助産婦メモルの日常~Happy Birthな毎日~

夫婦の絆



夫婦の絆

陣痛が始まって40時間、Uさんの疲労はピークに達してきていた。
陣痛発作のたびに「フーフー」と深呼吸をし、Uさんは痛みに耐えていた。

カルテには『家族の立ち会い希望なし 夫と離婚調停中』と書かれていた。

陣痛室でひとりUさんは必死に痛みと闘っていた。

「誘発するかなぁー。」
と医師は言った。
陣痛開始からは、かなり時間が経っていたが、陣痛は弱く、子宮口もなかなか開かない。
まだ赤ちゃんの生まれる気配はなかった。
このままでは、Uさんだけでなく、赤ちゃんも疲れてきてしまう。

陣痛誘発剤の点滴が始まった。
Uさんは助産婦や医師ともあまり話をしない。
医師の勧めに、ただうなずいた。

「これでいい陣痛が来なかったら、カイザーも考えなあかんなぁ。」
ナースステーションで医師はカルテを書きながらつぶやいた。

カイザー、帝王切開のことである。

夫に連絡すべきか、スタッフの中で話し合いになった。

入院時に、
「だんなさんに連絡しましょうか?」
と助産婦が声をかけたが、Uさんは
「結構です。」
と言っていた。

そんなに会いたくないのか?
ひとりで不安じゃないのか?
Uさんは口数が少ないだけに、詳しい事情は分からない。

しかし、手術となると家族にも連絡しなければならない。

点滴が終わる頃になっても、Uさんには有効な陣痛は得られなかった。
もう陣痛開始からは、50時間近く経過している。

赤ちゃんの心拍数は、正常の範囲内ではあるが、少しずつ下がりはじめていた。

婦長の判断で夫に連絡を入れた。
電話の向こうで夫は、
「すぐ行きます。」
と言ったそうだ。

それから15分程して、夫は来院した。
明らかに走ってきたという感じで、息はあがっていた。

「ちょっとここで待っていて下さいね。」
婦長はナースステーションの前のイスで夫を待たせた。

「Uさん、だんなさんが来られましたよ。ここに案内してもよろしいですか?」
と、婦長はUさんに声をかけたが、Uさんは首を振った。

婦長は夫にそのことを伝えた。

「構いません。ここにいてもいいですか?」

夫はナースステーションの前のイスに座った。

陣痛は徐々に強くなってきていた。
下がっていた赤ちゃんの心拍数は戻ってきていた。
「Uさん、赤ちゃんは元気です。帝王切開じゃなくて、このままいきますよ。もう少し頑張りましょうね。」
と、医師が言うと、Uさんは半分叫びながら、
「お願いします。」
と言った。

Uさんの苦しむ声は夫のところまで、届いてきた。
夫はずっと下を向き、必死で祈っていた。

それから、さらに10時間が経過した。
「少し休んで下さいね。」
と、声をかけても夫が眠ることはなかった。
ずっと下を向き、祈り続けていた。

「分娩室に入りますよ。」
ついにUさんが分娩室に入室した。

夫は分娩室の扉の前にやってきた。
CTGが捕らえる赤ちゃんの心音が聞こえてくる。
そして、Uさんの叫ぶ声も聞こえてくる。

「どうか、ふたりとも無事で・・・・。」
夫は必死に祈った。

それから、さらに4時間。
分娩室の中に、産声が響いた。

「おめでとうございます。」
分娩室の中から、助産婦の声がする。

夫は一気に力が抜け、崩れ落ちた。
そして、涙があふれてきた。

助産婦はUさんに声をかけた。
「だんなさんがずっと寝ずに待ってたんですよ。入ってもらっていいですか?」

Uさんは赤ちゃんを見つめながら、うなずいた。

夫が分娩室に入ってきた。
なんと声をかけたらいいのか・・・。
涙があふれてくるのを必死でこらえていた。

するとUさんが
「うちとあんたの子やねんな。」
とつぶやいた。
「あんたは来るやろうと、思ってた。」
そのあとの言葉はもう声にはならず、泣きじゃくった。

そして、泣きながらと夫に言った。
「一緒にいてくれて、ありがとう。」と。

二人は手を握りあって、泣いていた。
二人は赤ちゃんの誕生を心から喜んだ。

赤ちゃんの身長や体重の計測も終わり、
「じゃあ、お母さんだっこしてあげて下さい。」
と、助産婦がUさんに話し掛けるとUさんは、
「だんなに一番に抱いてもらいたい。」
と言った。
夫は慣れない手付きで赤ちゃんを抱いた。

「サルみたいに、抱かんとってよぉ。」
Uさんは夫に笑いながら、言った。

「これから慣れていくんやー。」
夫も笑いながら言った。

分娩室の中には、数時間前の緊迫した空気がウソのように穏やかな空気が流れていた。

赤ちゃんが、夫婦の絆を取り戻した。

赤ちゃんは、パパが来たときから、心拍数があがった。
ただの偶然かもしれない。

でも赤ちゃんはパパとママがそろったことが嬉しかったんだ。
そう考えてみるのも、いいかもしれない。




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