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| 「単眼症」 この言葉を聞いて、何を思うだろうか。 「単眼症」 その名の通り、眼がひとつしかない奇形。 想像したこともなかった? それとも「一つ目小僧」という妖怪を思い出した? 「悲しい」、中には「怖い」という思いを抱く方もいるかもしれない。 これは「単眼症」の赤ちゃんの出産に立ち会った先輩助産婦Uさんから聞いたお話。 そこにあったのは、決して「悲しい」だとか「怖い」だとかネガティブな思いだけではなかった。 「嬉しい」、「かわいい」という思いに包まれて赤ちゃんはこの世に誕生した。 そんな素敵なお話をぜひ記しておきたいと思った。 もう何年も前のこと、Uさんの働く病院にその妊婦さん、Iさんは入院してきた。 妊娠初期から他の病院で、妊婦検診を受けてきた。つわりもなく、切迫流産もなく、順調に妊娠は経過していた。 ある日の検診で、「ちょっと赤ちゃんの頭にほんの少し水がたまってるよう。一度大きな病院で見てもらった方がいいかも。」と言われた。 Iさんは驚いたが、医師の「何も異常がなければ、またここに通ってもらえばいいですからね。」 という言葉に、「まぁ念のために、ってことなのかな。」と考えていた。 その1週間後、Iさんは地元でも有名な病院を受診した。 超音波の診察は小一時間かかった。3Dの機械で見たり、カラーで見たり、とにかく今までになく時間がかかった。 それでもIさんは「この病院は1人にこんなにも時間をかけるのかぁ、すごいなぁ。」 くらいにしか、思っていなかった。 診察を終え、医師からの説明を受けた。 「前の病院でも少し聞いてるとは思いますが、確かに頭に水が少したまってますね。」 「その他にも少し気になるところがあるので、一度入院して精密検査をしましょう。」 Iさんは「何もないです。」と言われることを想像していたので、気が動転した。 「頭に水ってどういうことですか? 他の気になるところって? 障害があるってことですか?」 Iさんは診察室に響き渡る程の大きな声で、まるで叫んでいるかのようにいくつも質問をぶつけた。 「大丈夫、落ち着いて。ゆっくり先生のお話を聞きましょう。」 そう言って、助産婦がIさんの手を握った。 医師は続けた。 「『水頭症』という病気があります。頭の中に水がたまる病気です。 でもIさんの場合は、少なくとも今超音波で見た段階では、 『水頭症』ですね、と言える程水がたまっているわけではありません。 あと、他に気になるところというのは、赤ちゃんのおでこらへんに何やら突出したものが見えます。 大きさにすると、2センチ程のものなのですが・・・。」 Iさんは聞いた。 「それは何なんですか?」 医師は少し難しそうな顔をして、 「おできのようなものかもしれませんが、今日の診察ではよく分かりませんでした。 病棟の方にはさらに精密な超音波の機械がありますし、 MRIという検査も入院して受けてもらった方がいいかと思います。」 その日、Iさんは気付いたら家にいた。どうやって帰ってきたのか分からない。 バッグの中に、入院予約表が入っていた。 仕事から帰ってきた夫に「明後日入院して検査を受ける。」と伝えた。 夫も動揺していた。 しかしIさんを励ますためか、笑顔でふるまっていた。 「大丈夫大丈夫。きちんと検査してもらおう。中途半端じゃかえって心配やしな。」 Iさんは夫の優しさが嬉しかった。 2日後、Iさんは検査入院した。 助産婦Uさんはこの時入院時の問診をした。 Iさんに対して、とてもはきはきしてる人だな、という印象を持ったと言う。 Iさんは超音波の診察をまた1時間近く受けた。そのあと、MRIの検査を受けた。 1泊だけで、いろいろな検査を受けるので、せわしない1日だった。 MRIの画像が出来上がった頃、Iさんは疲れ果てて病室で寝ていた。 その隣で夫はIさんの寝顔を見ていた。 その時、病室の戸が開き、医師が入ってきた。 医師は眠っているIさんを見て、夫だけに「ちょっとよろしいですか。」と小さな声で言った。 小さな部屋に夫は案内された。 医師が4人、助産婦Uさんも、その場に立ち会った。 「奥さんから少しは話を聞いてるとは思いますが・・・。」 医師が話し始めた。 「まず頭についてですが、MRIをとった結果、やはり頭に水がたまっていました。 量としてはそれ程多いものではありません。頭のサイズ的にも正常範囲と言えます。 ただ・・・。本来脳というのは『右脳』『左脳』のふたつに分かれているのですが、この子は分かれていないようです。」 「簡単に説明するのは非常に難しいんですが・・・、非常に厳しい状況にあるんです。」 そのまま医師は話を続けた。 「あと、外来で赤ちゃんのおでこらへんにおできなようなものがあると言っていたのですが、 どうやらそれは鼻のようです。」 「はぁ。」 夫はその説明では、ぴんと来なかった。 「ここまでは、外来でも奥さんの方になんとなく説明していたことなのですが、 今日MRIをとって新たに分かったことがあります。 この画像を見せると、奥さんはびっくりすると思うので、とりあえず先にだんなさんにみていただきたいと思います。」 そう言って、医師は大きな袋の中から何枚もの画像を取り出した。 「ここが頭、分かりますか? これは水がたまってると思われる部分です。」 医師は画像を指差しながら説明をはじめた。 「このおでこらへんにあるのが鼻だと思われます。そして・・・。」 「分かりますか?ここ。目が一つしかありません。」 「えっ?!」 夫は声に出して、驚いた。 確かに医師の指差す画像には目のようなものが一つだけ見える。 「驚かれるのは当然のことですが、最後まで落ち着いて話を聞いてください。 この子はおでこに鼻があります。それは私たちの鼻とは違います。 『長鼻』とか『象鼻』とか言われるのですが、要するに象のように長い2センチ程の鼻があります。 鼻の穴は一つです。 そしてその下に目があります。一つです。その下の口は問題ないと思われます。」 夫は呆然と医師の説明を聞いていた。 「こうなった原因ははっきりとは分からないですが、胎児は妊娠初期にいろいろな器官が二つに分かれる時期があるのです。 脳が右脳と左脳に分かれる、目が右目と左目に分かれる・・・。その時期にそれができない何らかの理由があったのだと思います。 鼻は目が二つに分かれた、その間を通って、下に降りてきて鼻の穴が二つできて形が整ってくるのです。」 「結論を言いますと・・・、脳が正常にできてない、鼻が正常にできてない、というところから 呼吸がうまくできないので、生きていくことが難しいです。 お腹の中では呼吸をする必要がないので、生きていけます。 生まれてきて、人工呼吸器等をつけて、うまく呼吸ができたとしても 脳が正常にはできていないので、重い障害を抱えることになります。 つらいお話になりますが、もう今の週数では中絶もできません。 生んであげるしかないんです・・・。 生まれた時、挿管する等の蘇生処置をするかについて奥さんとよく話し合っていただきたい。 」 考えたこともなかった。自分の子どもが奇形を持って生まれてくるなんて・・・。 Uさんもどう接して良いか分からず、ただ側にいることしかできなかった、という。 翌日、Iさんは退院した。 「蘇生の処置は希望しません。ありのままで生んであげたいと思います。」 2人の意向は夫から、医師に伝えられた。 Iさんは陣痛がくるのを待つこととなった。 ぽこぽこと胎動を感じる中、Iさんはどんな気持ちで毎日を過ごしていたのだろう。 37週になって、Iさんに陣痛がやってきて、入院となった。 その日の担当もまた助産婦Uさんだった。 赤ちゃんが小さめだったこともあり、お産は順調に進行した。 いよいよ分娩室に行こうかという時、Iさんが言った。 「赤ちゃんの心音を聞きたい。」 Uさんは今まではずしていた児心音計を装着した。 聞こえてきたのは、ゆっくりとした心音だった。 「赤ちゃん、生きてるね。」 Iさんは陣痛の苦しみの中でも笑顔でそう言った。 「もういいです。はずしてください。」 ・・・これが赤ちゃんの最後の生きている証になった。 分娩室に入り、2、3回いきんだところで、赤ちゃんは生まれた。 産声のない静かな静かな赤ちゃんの誕生だった。 Uさんは迷わず、「おめでとうございます。」と言った。 Iさんの目から涙が溢れだした。 間もなく医師により、赤ちゃんの心拍の停止が確認された。 Uさんにきれいに体をふいてもらい、バスタオルにくるまれた赤ちゃんがIさんの胸の上に置かれた。 Iさんは涙でうるんだ目で赤ちゃんを見つめ、言った。 「もっともっとショックを受けると思っていました。でもまぶたもあるし、まつげもちゃんとあるし、かわいいですね。」 しばらくして、夫も分娩室に入ってきて3人だけの時間を過ごした。 翌日、赤ちゃんは火葬されることになった。 入院中のIさんも一時外出し、夫とともに火葬に付き添った。 病院に戻ってきたIさんはUさんにこう言った。 「骨はほとんど残らないと聞いていたけど、小さな骨がいくつか残ってたんです。 あの子の『忘れないで。』っていうアピールなのかもしれないな~と思いました。 生まれた時、助産婦さんに『おめでとう。』と言われた時は、何もおめでたいことなんてないって思いました。 でもあの子は祝われながら生まれてきたんですよね。今思うと、とても嬉しい言葉でした。」 そして最後に言った。 「ありがとう。」と・・・。 「おめでとう。」「ありがとう。」 なんて素敵な言葉なのだろう。メモルは改めてそう思った。 |
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