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我が家の愛犬はパスカルというので、パキシルになんとなく親近感。今突然気付いたのだけど、パキシルを飲んでいたとき(今年の初め)は、躁状態が続いていた。パキシルをやめて1ヵ月後、激鬱の穴に落っこちていた。・・・。パキシル、効いてた・・? 副作用までしっかり?躁状態は疲れる。自分でもなんとなく「浮かれてるけどこれが本分じゃないよね」と冷静に考えてしまっていて、楽しみきれない感じだった。広い海原で、遠くの空に嵐を発見したときのように。必ず来るその嵐に対して為す術を持たず、ただ浮かれ騒いで気を紛らわせるしかできないときのように。効き目は興味深いけど、躁の副作用もなかなか困りものだ。おりしも週末は通院日。ドクターに相談してみよう・・。驚くだろうなぁ。薬のこと、自分から積極的に話すなんて、滅多にないから。***今日から新年度である。わたしは新しい部署で「ご挨拶」から始めることになった。とは言っても、同じ社内で、似たような顧客を相手にしている部署だから、顔見知りも多い。というより半分ぐらいは顔見知りである。そんなだから、わたしも少し油断していた。昨年度(昨日だ)までの部署の部長さんはさんざん我々を脅かしたけど、そこまでのことはないじゃん。なんて。しかし甘かった。午後から俄かに怪しくなった雲行きは一向に晴れず、時計が20時をすぎるのを横目で見送って、22時をすぎるころようやく「週末だしね・・」といって帰ってきた。でも辛かったのは遅くなったこと自体じゃない。夕方やってきた1通のメール。「新人教育担当者各位」。誰が!?何を??いつのまに???部署的には新人なんですけど。わたしも・・。それでどっと疲労が増した。以後、キーを叩く手もページを繰る手もずんずん鈍る。新人。マナー研修担当。なんだそれ。ちゃんと人を見て抜擢してよ!!こんなのに教育される新人さんこそ、不幸なのに違いない。
2005/03/31
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今日は、現在の部署での最終日(くどいって)。発つ鳥後を濁さず。その心意気で仕事を片付けるつもりが、つまらないことで上の人と口論に…。キレてます。言葉が過ぎました。上の人ごめんなさい。で、逃亡を決意。Meteorは逃げます。さあ定時だ。さらば。
2005/03/31
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とうとう平成16年度最終日だ・・明日から異動か。と、今日がまだ始まってもいないのに思ってしまう。取り越し苦労に終わるといいけど。まあよし、生活するためには、働き口があるのは感謝こそすれ、嫌がるいわれはないはずだ・・そうだ。生活しなくちゃならない。雲や霞を食って生きる、というわけにいかない以上、働かなければならない。かの歌人の言じゃないけど、働けど働けど なお我が暮らし豊かにならざる じっと手を見るなんてことにはなりたくない。泣き濡れて蟹と戯れている場合ではない。わたしは明日から社会人7年目、だ。会社に入ってまる6年が過ぎたということ。6年あれば人はいろんなことができるものだ。小学校が卒業できるし、中・高が卒業できるし、大学もマスターまでいける。生んだ子供を小学校に入学させることもできるし、・・・・変な恋愛を繰り返し、誰彼かまわず傷つけた末に、髪が抜けるほど悩みながらも結婚を決意することだってできる。人生は多彩だ。多彩すぎてたまに逃げ出したくなる。
2005/03/30
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期末である。思えば高校も二期制だったから、「前期・後期」という人生がもうかなり長いことになる。期末。来月から、異動になる。といっても組織改変異動なので、自分の身上はあまり変わらない・・と思っていたけど!!変わるのである。先週、部長直々にお話があったのである。今度行く部署はかつてないハードな場所になりますよ、と。・・・わたし鬱病治りきってないけど、いいですか。とはもちろん言えず。(発病以来、部長クラスが変わりすぎて、もはやわたしの鬱が認知されているかどうか不明)うんうんと頷いて役員室を辞去した。ええと・・考える時間をください。と思ったまま、なるべく考えないようにしていたけれど。さすがに思い出してしまった。4月はもう目の前だ。春の騒々しさが、襲ってくる。現実逃避もあと数日・・・***「ミルクケーキ」という名前のお菓子がある。コンビニで見つけた。白くて薄い板状で、堅くてミルクの味がする。原材料を見たら「生乳・砂糖」だった。シンプルなお菓子。最近これが手放せない。常に手元にないと落ち着かない。会社の生き帰りにコンビニに寄ってしまう。愛読書である本の中で、主人公がタバコをやめた理由を語るくだりがある。「夜中にタバコが切れたときの辛さとかを感じるのが面倒だったから」そんな内容のことを主人公が言うのである。なるほど・・と思った。タバコを愛喫していなければ、夜中にそれが切れて苦しむこともない。自分で自分を縛るっていうのはそういうことだ。タバコがないのが不安になること、辛くなること。そんな状態を作ってしまうのは自分だものね。してみるとわたしも、その「ミルクケーキ」に自分を縛り付けてしまったのかも?わたしは実にいろんなものに縛られている。通勤にも文庫本を持ち歩かないと気が済まないし(文庫本中毒)、チョコレートを食べない日はイライラする(チョコレート中毒)。そしてこの「ミルクケーキ」。わたしはあまりにも容易に、自分の心をあけ渡しすぎかもしれない・・
2005/03/29
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我々はの二人称単数は「あなた」である。我々というのはもちろん、わたしと配偶者(仮)のこと。出合った頃はもちろん、わたしは彼を姓で呼んでいた。彼はわりと早くからわたしを名前で呼んでいたような気がする。今、結婚を前にして尚、わたしは彼を名前で呼んだことがほとんどない。じゃあどう呼んでいるのかというと、これが「あなた」なのである。「あなた」でなければ、ねえ、とか、ちょっと、とか。彼もわたしを「あなた」と呼ぶことは多い。毎日携帯で交わすメールでさえも。この日記にもたまに、自分や配偶者(仮)の言葉を引用することがある。そのとき、文字に書いてみて初めて、「あなた」という呼称に違和感を感じる。なんか気取ってるな。なんかよそよそしいな。そう思う。でも本当に我々はそう呼び合っているのだから仕方がない。そういうことは他にもあって、例えばわたしは実の兄を「兄」と呼ぶ。誰に話すときでも。本人に向かってさえも。(「ねえ、兄、・・・」)それから、「我々」というのもそうだ。わたしはしゃべり言葉の中でも一人称複数に「我々」を使うことがある。どこでそれを学んだか知らないけれど。わたしの言葉選びには斯様に少々の難がある。いや、言葉自体は間違っていないのだけれど。聞く人に違和感を抱かせてしまう、それが「難」だ。***洒落を言うつもりはなかったのだけど・・呼称に続き、故障なのである。何が故障したかというと、自分の頭・・ではんなくて、我が家の温水器。う。お風呂が追い炊きできない。今朝までなんともなかったのに、母曰く、普通に操作してたら突然壊れたのだそうである。追い炊きできないから、一度入れたら立て続けに全員入ってしまうか、もしくは都度お湯張りからやり直しである。うちは庶民なんだから。都度お湯張りは無理だよ・・しかし立て続けに入ってしまうのも無理。(というか、いくら立て続けでも最後の人のときは冷めてるだろう)お風呂場はわたしの安住の地なのに。お風呂の中で寝られるならそれが一番幸せかもしれないと、夏でも思う。歌はあんまり歌わない。無心の境地にいるわけでもない。むしろテレビや本がない分、いろいろアレコレ考えている。そんな風に、悩み事や辛いことも全部湯船まで持っていくのに、それでもお風呂には救われている。決して良い案が浮かんだり、迷いが吹っ切れたりするわけではないのだけど。たとえ一人で悲しくなって泣いてしまっても、誰も見ていないんだし。お風呂あがりの上気した感じが、涙の痕も隠してくれる。もちろん泣いてばかりいるわけじゃないんだけれども。
2005/03/29
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雨だ。天気予報的中。この雨は恵みの雨だ。憂鬱な気分を雨のせいにできるから・・。月曜の憂鬱に、大義名分をくっつける必要はないのだけれど。雨は心を潤して、生暖かい空気でわたしを包む。そのまま停滞しないのが、春。ゼリー状の大気に押し出され、明日には一歩前に進まされているような、そんな気配を感じる。春が来たんだ・・麗しの春。暖まった土が腐り、そに有機的な混沌から生命の生み出される、春。わたしも別のものに生まれ変われたら楽なのにな。***わたしは、ここ以外にも日記を書いている。某会員制サイトで、そちらは先月末に始めた。そこでも同じ名前を語っているのだけれど、どうにも文章の調子が違う。調子が違うどころか、もうまったく別人なのじゃないかと思うほど、軽い。一応、「鬱持ち」「メンタルクリニック通院中」などとプロフィールを明かしているけれど、どこが? という突込みが入りそうなほど、能天気である(と自分では思う)。日記なのだから、書いている内容は全部事実で、脚色はない。なのに、楽天MeteorとそちらのMeteorは別人のようである。どっちも自分の中から出てきたもので、どちらに分があるわけでもないように思う。だとしたらあまりにも極端だ。人は誰でも、相反する感情・意見・性質を身の内に備えていると思う。何かひとつの気持ちで心が満たされるとき・・そこにある気持ちは、自分の人生経験上、どちらかというとろくでもないことの方が多い。例えば、あの男を恨んでたとき。とにかくあの男を貶めたい、傷つけたい一心で、時も場所もかまわずに携帯メールを送った。途中からあの男が携帯アドレスを変えてしまったため、会社のメールアドレスにも送った。検閲されたらどうする?会社のメールなんだから、管理者はその気になれば見れるんでしょ?そんなことは全部、後から考えたことだ。そのときは少しもそこに気が回らなかった。ただひたすらに嫌がらせのメールを送った。携帯が壊れそうだった。メール料金は数倍に跳ね上がった。ひとつの気持ちで心が満たされるとき。人は常識を超えてしまう気がする・・だから楽天MeteorとそちらのMeteorは別人でいいんだ。そうやって、自分をどうにか納得させる。
2005/03/28
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今日は配偶者(仮)と、来月辺りから我々が住むべき社宅を見学に行く。社宅。古いのも狭いのも不便なのも許せるけれど、何か漠然と抱いている「ご近所づきあい」に関する不安は拭えない。いやたぶん、その気になればわたしは「控えめ」とか「感じよく」とか評価されるように振舞うことができるだろう。ただし、人1倍・・3倍、4倍と苦労しながら。鬱なのに。ご近所付き合い? 無謀なんじゃないの?しかし現実は厳しい。お金の問題はその尻込みを凌駕する。だって社宅は月2万・・。多少のことは我慢する。もちろん。だいたい、学生時代に住んでいた寮は、おそらくその社宅に勝るとも劣らぬ年代ものだ。築40年近いと言えば知れるだろうか。そこで暮らした経験はわたしを強くした。でも、ご近所づきあいは「多少のこと」じゃないのに・・そうは言っても、お金、ないから。仕方ない。現実は渋い。その後はブライダルエステなるものに行く。行く予定じゃなかったのだけど、何の流れか、行くことに。結婚後はそんな機会もないだろうから行っとけば?というともだちの一言で、行くことを決めたけど、楽しみな反面・・というか楽しみ度をはるかに上回って、気が重い。美容院さえ嫌なのに。エステ。しかも結構なお金がかかるとなると、貧乏性のわたしはハラハラしっぱなしかもしれない。そんなんでリラックスできるんだろうか、ほんとに。少々疑問を感じる。ブライダルエステより先に、ブライダル整体とかマッサージに行きたい気もする。肩こりと腰痛、ついでにわたしは右肩が極端に下がっている。そっちを治すほうが先なのでは。そう思いながらも、人生初エステにでかけるのである。***社宅見学とエステ。用事を全てこなした。よし、自分を褒めよう。そのうえ式の招待状も(40通ぐらいなのだけど、自分で手書きしている)書き終わった。自分の、ねずみ花火の奇跡のような踊り狂った文字が、自分ばかりか配偶者(仮)のご親戚にまで届けられるのかと思うと、まだ投函してもいないのに悶絶してしまう。そもそも、まだ投函していないのがおかしいのだ。4月17日までにお返事をください、って書いてるのに。なんて迷惑な招待状だろう。まあとにかくみみず文字でもねずみ花火文字でも、書き終わったのだ。悶絶しながらでも自分を褒めよう・・社宅の掲示板には、ナントカ委員会とか、ナントカ当番とか、そんな文字がちらほら見られた。どっと疲れが出る。まあヨシ。学生時代のあの寮だって潜り抜けてきたんだから。やってやれないことはない。ただ・・学生時代は鬱発症していなかったけど・・・エステの方はまあ無事に終了。この間の美容院は、自分爆睡のため楽に終わったけれど、今日はそうはいかなかった。エステティシャンさんはコミュニケーションも技術のうちだから。いろいろと話しかけてくれた。おかげでわたしの方から気を遣って話題を出す必要はなかったけれど、せっかくマッサージなどしてもらって心地よいのだから、眠りたかった・・それは贅沢というものか。そもそも駐車場の時点で参っていた。停まっている車が、ベンツ・ベンツ・BMW・プジョー・ベンツ、たまにトヨタ車だと思えばハリヤーだし。そうねみんなお金持ちなのね。料金が払えないんじゃないかとハラハラしながら来てるのなんて、わたしぐらいよね。どうせ身の程知らずですよ。でもいいじゃん、普段贅沢のひとつもせず、慎ましく生きてるんだから。なんて、ひがみ根性も顔を出す。とにかく盛りだくさんで疲れた1日だった。明日は月曜だし、この疲れを早くなんとかしておかないと、また鬱に飲み込まれたら困る。明日は雨だ。それも柔らかい春雨ではなく、結構集中的な強い雨だとか。曇天が自分の気分に吉と出るか凶と出るか。寝て待とう。今からくよくよ考えても仕方ないんだ・・・
2005/03/27
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今日は朝からキャンセルの日。テニススクールをさぼってしまい、行く予定の皮膚科と郵便局も来週回し。午後からもテニスの予定があったのだけど、これもキャンセルした。実際天気も悪いけれども、テニスができないほどではない。昨日、ODとも言えないけど、でもまあ処方どおりよりは大目の薬を飲んだせいか、身体がだるいっていうのがたてまえ的理由かな。でもやっぱり本当に一番の理由は・・行きたくないから、それに尽きる。なんで行きたくないんだろう。あんなにテニスバカしてたのに。身体を動かすことが自分を救ってくれると知っているのに。今日は配偶者(仮)は出勤日。彼は制度的には週休二日、土日休み。そうは言っても大抵いつも、忙しさのあまり土曜は出ているのだけど、今日は違う。なんでも年に1度か2度の、公の出勤日・・つまり、そもそも会社が休みではない土曜日だとか。大手メーカーの考える精度はわからない、と中小企業勤務のわたしはやっかみ半分に思う。そして、彼がいないことに、なんとなく安らぎを感じてしまう自分がいる。別に喧嘩中でもなんでもないし、例えばメールも電話もないままだったら寂しくて不安で嘆いていたのだろうけど。なんとなく、顔を合わせるのが辛い。「あの男に会いたい」なんて思ってしまったせいかなぁ。たとえ恨みでも憎しみでも、殺意であっても、あの男に何か特別な感情を持つこと自体が、まだ「縛られている」証拠。配偶者(仮)は昔、言った。「これからは自分があなたを幸せにするから、嫌な思い出は忘れてほしい。悪意であっても、その人のことを考えないでほしい」わたしは素直に頷いたけど、今じゃこの体たらく。こういうのも裏切っているって言うんだろうか。言うんだろうなぁ・・***幼馴染のセクハラ君からメールが立て続けに来る。さすがに凹む。ええと・・・セクハラ君というのは、中学校・高校の同級生で、まあいわば幼馴染である。親同士も、買い物先で会えば子供たちのうわさを交換するような仲だし、わたしはそのトトロ見たいななりをした幼馴染が嫌いじゃなかった。しかし。何を開眼してしまったのか、ここ1・2年ぐらい、携帯にメールが来る。内容は・・セクハラまがいの下ネタばかり。それで「セクハラ君」。今日は朝から「今日も寒いね。女性ってスカートの下は何はいてるの? 下半身の寒さ対策はできるの?」「ぼくは制服姿ってすきなんだよな、制服を征服したい、なんちゃって」「マナカナ(双子さんですね。Meteor注)に挟まれて寝たい! 3人でしたらどうかなぁ」まったく返事をしなくても、そういうメールがちらほらと来る。最初のうちは、どうしたんだろう、何か嫌なことがあって色欲に走っちゃったのか、と心配したけれど。最近では、なんのことはない、単なるセクハラだと断じている。漏れなく無視、なのに3回も立て続けに送られるとさすがに凹む・・
2005/03/26
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新しい試み。配偶者(仮)に、一緒に病院に行ってもらうことにした。4月2日、来週の土曜だ。ドクターも心理師さんも、そうした方がいいよと言った。わたしは不安だった。一緒に来てよって申し出て、また「やだ」って言われたらどうしよう。鬱病について勉強してみてよってお願いしたときみたいに。怖かったけど。言ってみた。彼はあっさり「いいよ」と言った。(と言ってもメールだけれど)・・・・。それはそれでなんだか気に食わない。あまりにも軽く捕らえすぎているような気がする。もちろん考えすぎである。知ってるよ。大丈夫。今日、ともだちに「幸せだね」って言われた。「幸せだよ」って即答したら、その速さの分だけ、嘘をついている気持ちになった。幸せでしょう。何をためらうことがある。これ以上何を望むの?考えてみなよ、3年、そして4年前の自分を。幸せでしょう。文句は要らない。不満も発生するはずがない。でもそうやって幸せだ幸せだと自分に言い聞かせて、いったい何を確かめようとしているの?手元にはレボトミンが数錠。ルジオミールとアモバンとノクスタールも数錠ずつ。これ全部飲んだら眠れる?夜中に目覚めなくてもいい?目覚めて何かを貪り喰って、朝日とともに後悔することもなく?駄目だね。明日はテニススクール。飲んだら、行けない。・・・でもそれがどうしたっていうのだ?眠れることに越したことはないではないか。眠りたいんだ。深く深く・・・夢の中でならあの男に会えるかな。今日は無風、でもかなり冷える。冷たい空気が足元から這い登って全身を浸す。なにか悪い因習のように、今日の寒さは意地悪だ。震える手には、薬が数錠。合わせたら10を越す。これ全部飲んだら眠れる?
2005/03/26
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昨日の暴風雨はどこへやら・・今朝は輝かしく晴れている。ただし、寒い。地面が凍っていた。また着膨れスタイルに逆戻りだ。自律神経失調症、と診断されて以来、寒さに弱くなってしまった。今日は朝の陽光をみても、沈んだ気分にならない。鬱の波がひき始めたかな。嫌なことやストレスフルなことの有無に関わらず、波が訪れるものなのだろうか。今日だって気の重い作業がいくつもいくつも待っているのに、先週のような暗い気持ちにはならない。(行きたくないのは相変わらずだけど)このまま波に任せて浮上できるといいな。でも深夜過食は続いている。昨日はせっかく用意して寝たこんにゃくゼリー以上に、何かを探し出して食べていた。・・・・・。これじゃもうお手上げだ。手足を縛り付けて寝るしかないかもしれない。
2005/03/25
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どうしても、夜中の過食が止められない。夜中に起きだしてお菓子を食べる。虫歯にも美容にも健康にもよろしくない上に、翌朝には食べたことの記憶が曖昧で、したがって「美味しかった」という喜びもない。あるのは後悔とゴミの山ばかり。こんなの止めてしまいたいのに止められない。食べたい衝動を殺す薬ってないのかなぁ・・吐き気の副作用のあるものなら代わりになるかな。なんてことを益体もなく考える。頼るな。自分で乗り越えろ。そうだよね・・・あの男の影を振り切るよりはずっと簡単そうなのに。それすらできないんじゃ、ダメダメだね、自分。鬱がそうさせるのか・・生来の性格のせいなのか?誰か教えて。指摘をください。指導してください。自分で自分の道を拓くのには・・疲れました。だれか導いてください。どこでもいい、安らかな場所へ。***朝はなんだか投げやりな文章を書いてしまった。反省反省・・・。今ある事実を、真っ向から受け止めよう。そう決意したのはもう何年も前。今日も会社では強烈に眠かった。最近、更衣室が廃止されて、わたしが孤独にお昼ごはんを食べる場所がなくなってしまった。そして同時に、昼寝をする場所もなくなってしまった。鬱最盛期、始終とんがって回りの人間を威嚇していた時期は、お昼休みにわざわざ事務席で机に突っ伏して寝ていたものだけど、今はそれはさすがに憚られる。おかげでわたしは最近、昼ごはんが食べられない。したがって夕方に激しく空腹を感じ、チョコレートを山ほど食べる羽目になる。そして自己嫌悪。そのうえ昼寝もできないので、就業中の居眠りがもう我慢できない。なんだか・・・小学生みたいね。自分。このまま続けていくと早晩自分はキレる。そんな変な自信がある。けど、昨日、配偶者(仮)が電話をかけてきて言うことには、「お金を貯めよう!」。曰く、家を買いたい、子供ができれば学資も必要、将来は(いつのこと?)故郷に帰りたい・・で、お金が必要だ、年に200万ぐらい貯めないといけない、云々。前向きなのはいいけれど、わたしは一気に落ち込んでしまった。そんなこと言われてしまったら、会社を辞められない。まだすぐに辞めるつもりはなかったけれど、辞められないとなると、俄然気が重くなる。なのになんだかそわそわして、心拍数が上がった気がした。まだ寒いのに、嫌な汗をかいて全身が冷えた。飲み会で消耗しきって帰って来て、電話をくれたので喜んで出たら、そんな話。わたしは現実家だ。現実は常に見つめていたい。でも結婚してしばらくの間は、ただ一緒に暮らせることを幸せに思いたいんだけど・・ただでさえ結婚に不安があったのに。拍車をかけないでほしかった。これ以上わたしを追い詰めると、・・・ほんとうにあなたのまえから消えてしまうかもしれないよ、配偶者(仮)くん。
2005/03/24
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飲めもしないのに飲み会。経理係だとか言って出欠確認をして。自分は仕事が終わらなくて遅れてきたくせに。楽しい話題のひとつも出せるわけじゃなく・・おまけに「元カレ」である人に頼りきり。そして仲間たちの間で、あの男の名前が出るのを恐れてる。恐れてるのに耳をそばだててる。あの男の名前を出す可能性のある人に、話題に、注意を向ける。ゴメンナサイわたしには何もできない今ならよくわかるこういう自分を見限ってあの男は去ったんだそれ自体は罪でもなんでもなかった副産物としてわたしを必要以上に傷つけたっていうだけごめんなさいそれを罪だと騒いだのはわたしでつまり自分を追い詰めたのは自分恨むことで自分を支えたかっただけかもしれないごめんなさいゴメンナサイわたしには何もできない。
2005/03/23
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朝から重たい曇天。気持ちも曇るけれども、その気持ちの曇っていることが、曇天のせいにできるから少しありがたい。逃げ出したい。逃げられない。逃げたくなんかない。三つ巴である。今日は飲み会だ。会社関係の飲み会に一切行かないわたしが、唯一参加する、テニス同好会の飲み会。自分が経理係りなので仕方がないのだ。経理係りでなかったら・・会社ごと休んでるだろう。いつからこんな臆病になったの?・・・駄目だ駄目だ。この台詞はだめ。愛するアーティストの、聞いてはいけない歌の一説だ。逃げ出したい・・でも、逃げられない。そしておそらく、本当は逃げたくなんかない。どれが真実? 全部真実?自分の心を覗ける鏡があったらなぁ・・自分に聞いてみるのに。
2005/03/23
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朝書いた分の日記を先程消してみた。選択して、DELETEキーを押すだけ。それだけのことなのに何か決定的な操作をしたような気分になった。今日は結構忙しかったのに、19時になるのももどかしく、逃げるように帰宅した。帰宅した後も逃げるように部屋に篭ってPCを見ている。逃げるように。逃げ出したい。何から? どこまで? 何のために?今日が雨でよかった。雨の日は、心が晴れなくてもうしろめたくないから。そうだ、わかった。こういう自分から逃げ出したいんだ。どこまで行けるかわからないけど、倒れるまで歩いたら、自分という檻から逃げ出せるんだろうか?そんな希望はまやかしだ。逃げられるわけもないし、・・・・本当は逃げ出したくなんかないはずだ。手が震える。寒くもないのに。左目だけ、涙が流れる。悲しくもないのに。
2005/03/22
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名古屋に浄心という土地がある。「浄い心」とそのまま読むか、「心を浄める」と下すべきか。どちらにしろ美しい名前ではある。「愛を知る」、愛知県の浄心。すごくすごく言祝がれた名前である。弊社の事業所のひとつが、西春日井郡という場所にある。わたしの勤務地からそのビルに行くためには、くだんの浄心を通過する。地下鉄の駅名になっているから、嫌でもそれを意識する。そしてわたしはその度に身体を硬くする。浅間町、浄心、庄内通、そういう駅名が現れる度に。そこはあの男の住む場所だ。住所の上では浄心だった。最寄り駅は庄内通といっただろうか。そこにある小奇麗なマンションにあの男は住んでいる。小柄で美人な奥さんと、・・・「あの男に似て頭でっかち」だという息子と。テニスの練習でもその地域に行くことがある。そして浄心辺りに行く度に、あることを思う。「浄くないじゃん」浄い心だなんて。そんなの嘘だ。住人の心は浄くなんかないじゃない。少なくとも一人は、必要以上にろくでもない人間だと、わたしは知ってる。そしてそんなことを思う自分も決して浄い心は持っていない。心が浄かったら、こんなふうにいつまでもあの男の影に囚われたりしなかっただろう。あの男なんかさっさと思い切って、配偶者(仮)のためにこそ、人生を費やせただろう。いや、そもそも心が浄ければ、あの男とろくでもない関係に陥ったりはしなかっただろう。不思議なもので、あの男のことを憎むとき、「出会わなければ良かった」とは思わない。あの男に対してその言葉を投げたこともあったけれど、それは本意じゃなかった。「出会わなければ良かった」じゃなく、「一線を越えなければ良かった」そう思ってしまう。未練が・・あるんだろう、たぶん。あの男との恋人としての時間じゃなく。ただの先輩後輩として、気楽に楽しくやっていた時間に。時間を戻せるのなら、出会う前に戻すんじゃなく、変な関係になる前に戻したい。そう思ってしまう。未練・・・それを認めてしまったら、わたしは永遠にこの場所に縛り付けられてしまいそうだったから、今までその言葉は心から追い出すよう努めていたけど。もう限界だ。何かを知ったまま、自分に対しても隠し続けて生きるのは辛い。その辛さには耐えられそうもない。せめて恋人としてのあの男への未練じゃなさそうなのが救いだし、そうやって冷静な分析が加えられる分、傷は浅くなってきたのかもしれない。ただしそれを認めてしまったら。背負っていかなければならないものは更に重くなる。あれほど憎んだのに。あれほど恨んだのに。死んでしまえばいいのにと思ったのに。或いは、わたしを殺して殺人犯になってくれ、とまで思ったのに。未練? そんな人間に?短気で頑固でわがままで、顔だって10人並以下だった。そしてなにより嘘吐きで卑怯だった。そんな人間に、未練? どうして?わたしはどこで道を間違ってしまったの?戻ることはできないの?
2005/03/21
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ここしばらく、日記に暖かいコメントをいただいているのに、なかなかお返事もせず、申し訳ありませんでした。しっかり読んでおります。眠る直前まで何度も何度も自分のページを開いて、寄せていただいたコメントを拝見して、喜んだり涙したりしておりました。お返事を書きたい、書こう、何度もそう思いましたが・・なかなかキーを叩くことができなくて。皆さんのコメントにすごくすごく救われているし、コメントをくださるという事実そのものにも感謝しているんだということを、どうにか伝えたいのに・・・。自分が情けなくなりました。この場を借りて、お詫びと感謝を申し上げます。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。そして暖かい励ましを、本当にありがとうございました。両手にも抱えきれないほどの感謝を、皆様に捧げます。
2005/03/21
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昨日寝たのが1時半なのに、5時におきてしまった。成すところなく夜を明かす。その間、ずっとチョコレートを食べていた。延々。何個も何個も。眠れない夜ではなかったけれど、目覚めは最悪だ。過食をやってしまった後は激しい後悔しか残らない。今日は大事な日。そういうときには「正直」こそ最大の武器だと思ったのに、朝からチョコを貪り喰らう姿がわたしの「自然体」だったとしたら、正直で素直な自分は見せられない・・・我に問う。彼のことを愛していますか彼に愛されている自信がありますかこれからも彼に愛される自信がありますかお互い手を取り合って人生を歩んでいける自信がありますかワカリマセン答えられません自信は・・ありません心の片隅で、ねじ伏せたはずの気持ちが暴れている。あの男に会いたい。家の場所は知ってる。会いに行こうか。刃物を持って。もちろんそんなことはしない。配偶者(仮)をわたしは愛している。あの男の存在はその事実に影を落とせない。でも・・・。***集いは終了。そして深夜の帰宅。全てはさておき、疲れた。寝よう。今なら眠剤なんてなくても眠れる。何も考える余地はない。ただ、身体が痒い。アレルギーが目を覚ましたかな・・気に障ってしまうけど、それでも、寝よう。
2005/03/20
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朝から晴天だ。暖かいし風もない。テニス日和・・・なのに、行かなかった。朝起きたときは行く気だった。準備もした。これで少し、最近の「落ち」から浮上できるな。そう思って嬉しくなりもした。けど、行かなかった。ラケットを握っていても、逃れられない鬱はあるらしい・・・もう駄目かもしれない。テニスさえできなかったら、わたしは何に逃げたらいいんだろう。明日は、配偶者(仮)のご家族全員を愛知に招いての、結納式代わりの食事会だっていうのに。それだけは、這ってでも行かなければならないのに。今日は通院の日。病院だけは行く気になるから不思議なものだ。***病院に行ってきた。いつになくたくさんの言葉を吐いた。涙と鼻水に邪魔されるのは毎度のことだけれど、今日は嗚咽どころではなく、子供のように号泣してしまった。やっかいなのは、何が一番の心の負担なのか、わからないこと。それを訴えたいのに、表す言葉はみつからない。姿の見えない何者かと戦っているみたいで、的を定められない。だからとにかく思いつくことをしゃべった。子供のように、しゃくりあげながら。何を話したのかあまり覚えていない。明日は配偶者(仮)のご家族との食事会だ。結納式代わりの。彼は今日も出勤で、ろくに連絡はつかない。でも、考えてみれば、もう特に何も打ち合わせしておくことはない。その方がいいかもしれない。明日の12時。それまでに、この波を越えなければならないんだ。この鬱の波を。テニスラケットというお守りでさえ防げなかったものだけど、わたしは必ず乗り越えてやる。乗り越えなければならないんだ。大丈夫。きっと大丈夫。病院からの帰り道、風に沈丁花の香が混ざっていた。きっと大丈夫。信じなければ立ち行かないし、進むためには信じることが必要だ。
2005/03/19
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どうしたんだろう。朝、起きる。身体は動く。お腹が空いたとも思う。しかし・・鬱だ。去っていない。左腕には昨日つけた傷。結婚式まで2ヶ月なのに、腕に傷を増やしてしまった。配偶者(仮)とは昨日電話で話した。何もいえなかった。ただ四方山話と結婚式準備の話、そして「おやすみ」。喧嘩もなく、その気配もなく、穏やかな電話。携帯を握る手が震えた。今も、キーを打つ手が震える。薬のせいじゃない。ちゃんと規定量を飲んでいる。ODはしない。死にたいとは・・思わない。高校生のときみたいにごく普通に「そうだ、死のう」とも思わない。4年前のように苦しくて悲しくて、死ぬしか逃げ道がないということもない。わたしは幸せだ。家族があり仕事があり恋人との結婚を控えていて。死にたいと思う理由はどこにもない。だからわたしは死にたくなんかないはずだ。腕を切るのは死にたいからでは全然ない。朝からかみそりを握るのはただの景気づけだ。服につくから。真似だけでやめなよって声がする。手が震える。死にたくない。死にたくない。死にたくない死にたくない死にたくない・・・***それでも今日も会社に行った。昼間、書類の端で指先を切ってしまった。剃刀なみにすっぱりと切れて、やけに紅い血が出た。痛かった。慌てて洗いに行った。そして嗤った。自分で自分の腕を切ることを厭わないくせに、あんな薄っぺらな紙で切った傷が気になっている。生への執着ってたいしたものだ。薬を飲んで、ビルの屋上から飛び降りて、死を望んだこともある人間が。指先から滲む血に動揺してる。執着・・・生きることへの執着を捨てたとしたら、・・・嫌な思い出への執着も捨てられるんだろうか。
2005/03/18
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引き続き駄目だ。昨日の夜は眠れなかった。たまにある眠れない夜は、PCを見てしまうんだけど、昨日はそれもできなかった。夜が明けるのをただ、待った。途中で何度か居眠りした。その程度。夢も見ることはなくて眠ったという実感もない。身体の内に持っている暗い感情の塊が元気を得てきてる。あの男だ。暗い感情の中心にいるのはあの男だ。ここに居もしない者に掻き乱されたくなんかないのに。激鬱。それでも会社に行かなきゃならない。鬱なら鬱なほど、行かなきゃならない。負けられない。おまけに天気も悪い。こんな日は危険だ。キシネンリョが復活しそうだ。駄目だ。這い上がれない。配偶者(仮)の存在でも、この鬱は祓えない。時間だけが特効薬だ。・・・助けて。***会社には行った。行ったけど今日わたしは何をした?何もしてない。席をたってばかりいた。トイレ、給湯室、非常階段、そんなところをうろうろしていた。誰にも会いたくなかった。会社になんて行かなければよかった。でも家にもいられない気がした。自分はどこにもいられない気がした。助けに来てほしかった。誰でもいいから。誰でも構わないから。あの男に会いたい。会って、殺したい? 話がしたい?どっちでもない。どっちでもいい。ただ会いたい。会えば更に傷は深まる。今度こそ取り返しがつかないことになってしまう。・・知っているけど。
2005/03/17
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意味もなく突然、あの男のことを思い出してしまった。思い出す必要はどこにもないのに。どうしよう。ここは会社、まだ仕事中。逃げ出したい。逃げられない。どこへも行けない。誰にも助けが求められない。何も手につかないよ。誰でもいい、誰かわたしを卒倒するほど殴ってくれないだろうか?
2005/03/16
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激鬱です。ダメだ。「春」それは、愛するアーティストの歌の題だった。あの男が良く歌っていた・「もっと早く出会っていれば何もかもが上手くいったのか」そんな歌詞。ハマりすぎてる。でもわたしたちは、もっと早く出会っていたら、もっと不幸になっていた。ダメだ。激鬱です。もう何もできない。
2005/03/16
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昨日の夜、ともだちからメールが入った。「音信不通だけど大丈夫? 心配してます」そうだった。彼女を結婚式に招待していながら、最近どうしてもメールが返せなくて、音信不通になっていた。彼女に限ったことじゃなく、他にも何人も、メールをもらいっぱなしになっている。最近、自分としてはあまり「落ち」を感じないんだけど、なんだかんだと理由をつけてメールを書かないあたり、やっぱり下降気味なんだろうか。ところで、昨日は眠れなかった。それでも明け方に2時間ぐらいうとうとした、その間に夢を見た。自分が韓国に留学することを決意した夢。何を学びに行くのかしらないけれど、韓国。周囲の誰もが驚いていた。わたしだって驚いていた。でももう話は決まっていて、動かせない。それで仕方なく留学準備。そんな夢だった。なんだろうなぁ。***カラスって雑食なんだな。朝っぱらからそんな光景を見た。わたしの通勤経路は繁華街真っ只中。風俗店もちらほら見える。でも朝の街は朗らかな感じで、夜の喧騒をすっかり忘れたように平和だ。ただ、カラスが多い。どういうものか、通勤経路の中盤あたりに、やたらに骨や肉の生ゴミが捨てられている場所がある。血まみれの、骨。鳥の皮の山積み。見ていて気持ちの良いものじゃない。そしてそこに、カラスたちがパーティーを開いている。いいご馳走になるんだろうな・・でも今朝はいつもとは違っていた。そこに捨ててあった生ゴミは、なんと豆腐。まだパックに入ったままのものもあり、むき出しのものもあり。とにかく豆腐、占めて20丁ぐらいはあっただろうか。それをカラスくんたちが、我も我もと食べている。・・・豆腐?カラスって雑食なんだなぁ。健康志向のカラスだったのかもしれない。今日は感情の起伏のない日だった。激しい苛立ちも怒りもなかった。ありがたいことである。ただし、笑顔を見せた記憶もないから、楽しい面白いこともなかったんだろう。でも、嫌なことがなかったんだからいいや。笑顔のない一日と、怒ってばかりの一日。似ているようでやっぱり違う。怒るのもエネルギーが要るから、それがなかった今日は、消耗も少なかったんだ。それでいい。笑えることがなくってもいいんだ。泣くことも怒ることもなかったんだから。
2005/03/15
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久々に、眠れないかも。今日は会社で引越し1日目だった。引越しって言ってもフロアを移っただけなので、たいして違いはない。ただ、この業界。PCだけは山ほどあるので、その移動が非常に大変だった。夕食前に飲んだレボトミン、今日は働いてくれないのかな。眠いのに、眠れない。そんな感じ。すごく眠くてまぶたが今にも閉じそうなのに、閉じたからって眠れるわけではないみたい。難儀だなぁ・・ちょっと他人事を気取って呟いてみる。とたんに虚しくなる。そんなことしてないで、眠れなくても寝る体勢に入ればいいのに。どこまで行っても芝居がかっているんだな、わたしの人生。
2005/03/15
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ふと登録件数を見てみたら、これで80件目の日記だった。もう3ヶ月近く経つのか。もののはずみで自分のHPを立ち上げて、案の定どんどんのめりこんで書いて、気付けば3ヶ月。書くことが好きなんだなと改めて実感する。しかしどれだけ書いても文章の悪癖は直らない。こういうのも、お手本があってこそなんだろうな。何は無くとも、鬱と親しくなったここ数年、何かひとつのことを根気よく続けることができなくなっていたので、80日もの間毎日欠かさず(膨大な)日記を書いていたことに驚きだ。たいした内容じゃなくても、とりあえず書けているので、集中力は続いているのだろう。今朝目が覚めたら、外はうっすらと雪景色だった。春が来る春が来ると最近書き付けているけれど、実際のところは、大寒波の最後の頑張りのため、寒い日々だ。冬が好きだった。春は、なんだか落ち着かない。成長、芽吹き、そんな季節は。季節の良いところは、絶対に別れを避けて通れない代わりに、それが今生の別れではないところだと思う。この日本、季節は必ず巡り来る。それはなにか人生のイメージにも影響を及ぼしているように思う。***わたしの手は、爪の長さがバラバラだ。例えば今は、右手の親指と中指、左手の薬指が極端に深爪だ。痛いぐらいに。その他の指も、かなり短い。右手の人差し指だけが唐突に長い爪だったりする。幼い頃からずっとそうだ。わたしには、爪をかむ癖ではなく、つめを剥がす癖がある。例えば高校生。テスト中、書いてある問題がひとつもわからない、問題文の意味さえ理解できないことがよくあった。そんなとき、無意識に爪を剥がしている。例えば中学生。授業中、先生に指名されて答えたわたしを見て、誰かがひそやかに笑った。さざなみのように広がるかすかな笑いの気配の中で、わたしは無言で爪を剥がしている。おとなになってからもその癖は変わらない。ある種のバロメーターになっているぐらいだ。「爪が短いときは、不調のとき」腹が立ったりイライラいしたり、動揺したり混乱したりするとわたしは爪を剥がすから。実際、足の指の爪以外、爪きりで切ったことがない。切る必要もないほどに、いつも深爪をしている。右手の親指がずきずきと痛む。今日はなんで爪を剥がしたんだっけ。わからないけど、その右手の親指と、左手の薬指。これは今日から深爪仲間に参加した。わたしの手は、指の関節が太く甲には血管の浮く男性的な手なので、爪が短いと本当に女らしさのかけらもない。山ほど持っているマニキュアは、ほとんど陳列用と化している。・・・4年前から。化粧をやめて、笑顔を捨てて、危うく人の道まで放棄しそうになったあのときから。ああ、いやだなぁ。そんなつまらない歴史忘れてしまえばいいのに。
2005/03/14
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風邪をもらってしまったかもしれない。配偶者(仮)は、相当苦しそうだったから。今日半日側にいたわたしにうつっていたって、おかしくない。今わたしまで風邪を引いてしまったら、式準備が・・結納食事会が・・お金のことだってある。そしてなにより、自分に余裕がなくなっちゃったら、彼を励ますのも慰めるのもできなくなっちゃう。今のところ、嫌な咳がひっきりなしに出るだけだ。これは今に始まったことじゃナく、昔からだ。寒い季節になると、ある日突然、夜中に咳き込む。激しすぎて、自分はもう二度と普通の呼吸なんてできないんじゃないかと怖くなる。その、いつもの発作でありますように。風邪ではありませんように・・・
2005/03/13
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美容院に行くのである。昨日に引き続き、来週の「結納式代わりの食事会」のためである。わたしは、半年ほど前まで、まっとうな社会人にあるまじき茶髪・・を通り越して金髪?ぐらいに脱色していた。あるとき突然その髪を真っ黒に染めていったら、課の人間は誰もがまさに「驚愕」という感じでわたしを見た。それ以来、わたしは穏やかな髪色をしている。でもその黒いカラーリングが落ちてきて、毛先の方はもとの茶色だ。根元の方は地毛の黒。結婚式準備のひとつとして、この極端なグラデーションの髪をどうにかしなければならない。というわけで、美容院。九時からの予約なのにまだ着替えてもいない。美容院は苦手だ。肩がこるし・・知らない人に愛想を振りまくのも疲れるし。美容院は苦手だ。***美容院に行ってきたのである。髪形は変えず、色を濃い茶色で統一するのと、前髪を切るのぐらいで、さくっと終わる。美容師さんとのコミュニケーション云々で悩む必要はなかった。オーダー時と移動時以外、ほとんど寝ていたからである。美容師さんも最初は「お疲れですか?」などと、気持ちを引き立たせようとしてくれたのだけど、そのうちこれはほうっておいた方が親切と判断したのか、何も言わなくなった。ので、爆睡。思いがけずよく眠れた・・。今日はこれから配偶者(仮)と式準備。会場装花を決めるのだそうである。ウエディングケーキのデザインも。ん・・・。隙あらば逃げようとする「やる気」を、しっかり捕まえておかなければならない。でもケーキなんて普通でいいですよ・・お花も普通で・・なんて言っているとまた配偶者(仮)からダメ出しがあるのである。自分は特にこだわりがないくせに、わたしが「お任せで」ってオーダーしようとすると、「自分らしさを出そうよ」などと言う。だったらあなたが考えてよ~~っ!はあ。春らしい空を、恨めしげに見上げてみる。青空は少し濃さをまして、雲も白く輝いて、春がくるよと告げている。風の中にも春の気配は満ちている。黒々と湿った土の中から、萌え出ようとするエネルギーを感じる。春がくるんだ。冷たく孤高で、でもわたしを拒むことのなかった冬は退いて、全てを曖昧に包み込み、穏やかだけれども確実に生物を前に進ませる、そんな春がくるんだ。成長を余儀なくされるような気がして、すこしだけ自分の存在が後ろめたくなる。英語の教科書で習ったな。Spring has come.Summer でも Winterでもなく、Spring。英語圏の国の人にとって、春は特別待ち遠しい季節なんだろうか?***会場装花を決めてきたのである。式場のレストランはお庭の綺麗さで有名な老舗。「お任せで」の一言が言えず、隅から隅まで、何の花をどう使ってどう飾って・・ということを決めてゆく。そりゃぁお花を見れば綺麗と思う。豪華なお花が飾ってあれば嬉しいだろう。でも、お花の種類もろくに知らない素人が、ブーケとメインテーブルと受付とケーキ周りとケーキカット用ナイフと(後略)を、バランスを取りつつ季節を考えつつ決めるなんて、無理。それでも決めなきゃ話は進まないわけで、知恵熱が出そうになりながら、しどろもどろの注文をつけていく。隣では配偶者(仮)が本物の熱を出したまま、ぼんやりとお庭を見ている。そういえば初めてここを訪れたとき、まだ冬の初めだった。木は茂ってないし、噴水は寒そうだし、西洋の庭園風のオブジェもなんだか冷たく見えた。それが今では、早くも新緑の気配だ。なんだかんだ言っても、式まであと2ヶ月なんだな。・・と感慨にふけっている間もなかった。すっかり打ち合わせが終わったら、病み上がり(というか、病続行中)の配偶者(仮)が辛そうなので、早々に帰途につく。の予定だったのに、彼が最近オープンしたデパート別館にどうしても行くと言うので、仕方なく寄り道をする。家に帰って寝なさいよと意見してみたけど黙殺された。無理矢理夕食を食べて、今度こそ帰途につく。明日は休めば、という意見も、一言の元に却下。「俺、人生で一度も病欠したことがないのが自慢だったんだ」・・・・それは確かに立派だけど。「知ってる? 薩摩武士は頑固でね、島津家は家訓で『敵を目前にして退いてはいけない』って決まってたから、関が原の合戦でも後退せずに、半壊したんだよ」・・・・知らない。わたしは中世前期が専門だったから。お願いだから心配かけないようにおとなしく寝ていてください。
2005/03/13
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なんだかなぁ。先程、配偶者(仮)から電話があった。というか先程まで何も連絡がなかった。熱は下がったよ、でも全身がだるいな、とのこと。心配かけんな!!とはさすがに言わなかったけれど、ほっとして力が抜けた。文句があるならいつでも結婚取りやめますよ、わたし、結婚願望は本来ありませんから。という強気の姿勢でいたはずなのに、気付けばこんなささいなことに一喜一憂・・「負けている」のかも?恋愛は、常により多く愛した者の負けである。と、誰かが言った。なるほどとそのときのわたしは思った。そして今、再びなるほどと思う。負けている?・・・心外だ。心外だけど、まあ負けてもいいかな。という気もしたりして。そんなふうに思うこと自体、心外だ。なんだかなぁ。
2005/03/12
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前回の通院のとき、ちょうどイライラ最高潮期だったので、ドクターにその旨訴えた。そうしたら、頓服薬をくれた。昔もらったのは「ソラナックス」という、うす青いパッケージの錠剤だった。今回もそれかなと思ったら、「レボトミン」という名の、強烈に赤みの強いオレンジ色のパッケージの錠剤だった。この色はなんだかあからさまに「薬!」という感じで、効きそうといえば効きそうだけど、なんだか不吉な感じで禍々しい。なんて言ったらバチが当たる。このレボトミンは、イライラなどを緩和させる薬です、ただし眠気が結構きついので効きやすい体質のあなたは会社では飲まない方がよいでしょう、ということだったのだけど。やっぱり一番苛立つのは仕事中。なので苦肉の折衷案として、すっかり片付け終わって帰宅準備、となってから飲むことにした。すると、帰宅してごはんを食べてPCをチェックして・・というころ、激しい眠気に襲われる。それがだいたい23時半。飲んでから効き目が出るまでが長すぎる気がするので、レボトミンのせいではないかもしれないのだけれど、この眠気に身を任せると、次の朝まで目覚めないのだ!これは新しい発見だった。マイスリー、ロヒプノール、アモバン、レキソタン、ハルシオン、テトラミド、デプロメール、ルジオミール、メトリジン、その他諸々。これまでに処方された眠剤や抗鬱剤の中で、最も眠りの質がよい気がする。頓服なので毎日飲んでいるわけではないから、常用し始めるとまた何か変わるのかもしれないけれど、レボトミンを飲んだ日は眠りが深い。そして朝の目覚めも悪くない。ただし夜の眠気は本当に凄まじく、その場に倒れ伏して動けなくなるほどなので、そこだけは問題だ。昨日はそれで火事を出しかけてしまったし・・・(気付いたらクッションが焦げていた。おそらく、この間の原因不明の火傷もこのように発生したと思われる。大納得)***午前中は例によってテニススクールに行っていた。帰ってきて、お風呂に入る。それからうとうと。今日は何の結婚式準備もないし、配偶者(仮)は風邪で寝ている。彼の住居は独身寮なので、女性どころか男性さえも寮生以外は立ち入り禁止。もちろん抜け道はいくらもある。同期の友達などは、彼の部屋に出入りしているらしい(飲み会後、終電がなくなったときなど)でもさすがに、女の身でうろうろしていると、見つかったときに言い訳ができない。というわけで看病などにいくのもままならず。おかげで午後は暇だった。その暇な午後に、寝ていればいいものを、活動するわたし。実は来週、配偶者(仮)のご両親を招いて、結納代わりの食事会をするのである。そこに着ていく服がない。いや、あるんだけど、母からダメ出しが入った。わたしが想定していたのは黒いスーツ。でも母は「あなたは晴れの場の主役なんだから、華やかじゃなきゃダメよ」と言う。それで、衣装探し。街を歩くのは疲れる。それも、自分が心からほしいものを見に行くわけでなく、(わたしは「自分が華やかでなければならない」必然性が理解できなかった)思いもかけず必要となった物資を調達に行くのだから始末が悪い。午後になっても出かける気が起きず、ぐずぐずと寝転がっていたけれど、母にたたき出されるように外へ出た。仕方ない仕方ない。最初ッから「至らない嫁」ぶりを発揮してたら、彼に申し訳ないし。そう思ってどうにかこうにか意欲を掻き立てる。地下鉄が混んでる。お店も混んでる。似たような服はいくらでもある。ちょっと見に入ると、店員さんが親切に声をかけてくれる。余談だけど、最近、「何かお探しですか~?」と押しまくる店員さんが減った気がする。程よいところまで一人にしておいて、ころあいを見計らって声をかけてくれる気がする。閑話休題。とにかく、人、人、人。学生時代に見た難波や梅田、三条四条の賑わいに比べたら、祭りの後? というようなものだけど。それでも充分人あたりしてしまった。結局何も買わずに夕方帰宅。母は当然眉をひそめる。わたしは不貞腐れて、お金もないんだし手持ちの服で行くからいい、と言って黙り込む。配偶者(仮)にメールを送るも、返事はなし。大丈夫かな?電話かけてもいいのかな。寝てたら起こしちゃうもんな・・・上手くない。朝は、昨日眠れたことでゴキゲンだったのに。午後からなんだか流れが悪い。
2005/03/12
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引き続き、腹痛。でも今日は休まない。腹痛自体は時間が経てば治るものとわかっているし、昨日と違って今日は「休もう」という気にはならない。超音波声の主任さんとバトルだ。わたしが以前、懇切丁寧に説明したことをサッパリ覚えていない主任と。「まとめてメールで送っておいて」とクチをすっぱくして言うので時間をかけて極力わかりやすくまとめて送ったメールを、サッパリ読んでもいない(というかメールを送れといったこと自体忘れている)主任と。でも最近、けんか腰になりながらも、なんとなく自分の意見が通ることが増えてきた気がする。以前はすべて彼女のペースで、わたしの話は聞いてもらえない・・というか、聞いても普通に無視されていたけれど。気付けばたまには自分の提案が採用されている。それを自分の成長と取るべきか。主任さんの衰えと取るべきか。・・・両方、かな。***すっかり忘れていたけれど。今日は引越しの日だった。自宅のことではない。会社の事務室だ。フロアが変わるだけのマイナーチェンジなのだけど、なにしろ商売柄パソコンだけは山ほどあるので、それを繋ぎ直すだけでも大変な苦労である。そしてもちろん、個人の荷物と、業務のための資料の山。これを今日中に片付けて、いらないものはシュレッダーにかけ、いるものは箱詰めし・・・結構な重労働だ。テニスで鍛えている成果があったか、わたしは腕の力が強い。男性も驚くほどの冊数、ファイルを抱えて階段を昇り降りする。小学生の頃にも、牛乳25本入りを一箱抱えて歩いたな。意地っ張りだったから、重いとか手伝ってとか言えなかった。なんて懐かしく思い出していたら。ある瞬間、突然目の前が真っ暗になった。そのときのことは良く覚えていない。目の前が真っ暗・・・いや、それは違うな。何かが爆発したみたいに、突然視界の中の全てのものが輪郭を失った。次の瞬間には、その曖昧な光だけの視野が、すうっと狭くなった。それだけ。次に気付いたときに見えたのは、困惑しきった顔、顔、顔。な、なんでわたしが注目を浴びるのだっ。そう思って、心底驚いた。でも事情を聞いてわたしは更に驚いた。わたしはファイルを抱えたまま、倒れたらしい。倒れたというより、膝の力がなくなってその間にくずおれる、という感じだったらしい。意識を失っていたのは数分間らしい。何の前兆もなかった。たしかに起立性低血圧症は持病だけれど、そのときは突然立ち上がったわけじゃなかったのに。怖い。幸い、落としたファイルや側の机の角で頭を打つ、ということはなかったようで、無傷だった。けどこの場合、怖いのは傷ではない。わたしは自分の感情ばかりか、心までコントロールできなくなっているみたいだ。
2005/03/11
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まただ。またもや、会社に行けなかった。朝起きたとき心は既に決まっていた。今回は大義名分があって、「生理痛」、これが本当に痛かったのだ。でももちろん痛み止めを飲めば抑えられるし、休んでしまうほどの痛みだったかと問われると、前月よりは軽いかも・・と思ってしまう。だからやっぱり根本の原因は「鬱」だ。大義名分があった分、なぜか自分に対しても制御が効いた。今日は全日欠勤ではなく午前休扱いにしてもらった。嘘をつくのは辛かったけど、整理痛が激しいので病院に行きます、午前だけ休ませてください、そう言った。そしてちゃんと午後は行けるだろうという確信がある。それは進歩? それとも、易々と中途半端な「逃げ」の道を選ぶようになったということ?自分を大切にすることと、病気に甘えることの線引きは難しい。もしかして、朝、配偶者(仮)に会うのが気まずかっただけかもね。なんていう、自虐的な発想が浮かんで消える。でも考えてみれば、昨日は喧嘩したわけじゃない。わたしが一人で勝手に不安と混乱のスパイラルに落っこちていただけだ。彼は何も知らない。だから気まずいいわれもないんだけれど。彼は優しい。昨日の夕方、ちょっとだけ「お腹が痛いけど、レストラン(式場のこと)行ってきます。宛名書きの手配してきます」と不平がましいメールを送った。1時間ぐらい後、彼はまだまだ仕事中なのに電話をくれて、「レストラン、よろしくね。お腹痛中なのにごめんね。旅行のパンフ届いたから、明日持っていくよ」と気分を引き立てるように言ってくれた。今朝も、朝は休むって言ったら、無理しちゃいかんよ、午後も休めば?と労わってくれた。こんな人なのに。どうして自分はすぐ不安になるんだろう。午前休扱いだから、12時半ぐらいに出社すればいい。あと1時間は眠れるかな。午後出にしてしまったことが、現実問題から見れば何かと便利なはずなのに(午前中の鬱気分中に仕事をしなくて良くて、しかも今日中にやらなければならない仕事があっても午後から対応可なのだから)その中途半端さがチリチリと心に障る。午後から行けるならどうして朝はダメなんだ。朝ダメならどうして午後は行けるんだ。やっぱり甘えているだけなの・・・?***午後はちゃんと会社に行った。しかし! バチでもあたったのだろうか。いきなり障害が発生してしまった。弊社では処理が上手く行かないことや、上手く行っても結果が変、ということを指して「障害」というのだけれど、その障害を、自分のミスで引き起こしてしまった。それが発覚するや否や、超音波声の主任は更に2オクターブ高い声で「どうしたの? なんでコケた(障害が起きることをコケるとも言う)の?テストはしてたの? 確認は?」障害自体にヘコむ前に、彼女の超音波で頭痛がした。テストはしてたのも何も、ここ半月ほど、主任の言うがままにテストをしてたんだけど。確認は? って言うけれど、8日の日にその処理を行ったとき、事前・事後の確認結果を主任に再鑑してもらってたんだけど。主任はわたしのそれらの行動を全く覚えてないのだろうか。「ええと、このプログラムのところで間違いがあって、 それで結果が変になったんですよ(わたしは詳しく事象を説明する)」「どうして事前に気付かなかったの? 納品前確認はしてたの?」「ごめんなさい、実は隅々まで確認してなくて。 その見落としてた部分がちょうど、今回の障害のとこだったんです」「確認結果は再鑑してもらわなきゃ駄目じゃないの! いつも言ってるでしょう!」「・・はい。ごめんなさい」「テストのときは上手く行ってたの?」「ええと、テスト環境から本番環境へのプログラムの移行のときにミスがあって。そのミスが再鑑でも漏れてしまっていたので、本番流れるまで気付けなかったんです」「再鑑に頼っちゃ駄目っていつも言ってるでしょ!?」「・・・・」とりあえず、やり直しの効く内容だったので、お客さんに謝って再度処理をする方向で決着。それでも始末書みたいなものを書かなきゃならない。あーあ・・主任さんの声は耳から入って鼓膜を震わすのではなく、直接頭蓋を振動させて脳にショックを与える気がする。彼女の声を聞くと心拍が上がる。汗をかく。あーあ・・寝るしかないわ。こんな日には。
2005/03/10
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配偶者(仮)に、鬱病のパンフを渡した。彼は笑って目を通し、「こういうの、あんまり気にしない方がいい? それともしっかり気を付けた方がいい?」と言った。気にしない方がいいなら渡さないよ…。悲しくなった。やっぱり解ろうとしてくれてない。結婚なんて軽率に決め過ぎたかな。
2005/03/09
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最近、朝風呂にに浸かる権利を、母から公認された。わたしは極端に恒常体温性が低いらしく、空気が暖まるか、身体が完全に暖まるかするまで、動けない。その点お風呂は有効だ。寝癖を直したり顔を洗ったりするのにも役立つし。そんなわけで朝からお風呂に入る。これが夏なら、もうそろそろ明りは要らない。日が昇るからだまず、じわじわと懐柔策で夜を取り込み、端の方から、入れ替わってゆく。闇が陽光を染めるから夜のなるのでも、陽光が闇を暴いて昼とせしめるのでもないと思う。夜はただ夜。昼はただ昼、別のものという気がしてならない。だからどちらが正しい世界の姿かという問いには答えられない。夜が昼を隠すのではなく、昼が夜を隠すのでもない。夜の世界、昼のせ世界、ふたつはそれぞれに存在して、譲り合っているのだとわたしは思う。どちらが正しい、というのじゃなく。・・強いて言うるなら、両方とも正しい姿、だろうか。同じ建物にも草花にも、生きとし生けるもの全てにも、そして生命活動のないものにも、陽光は等しく降りそそぐ。鳴り物入りで登場する朝日には、一種独特の殺菌効果や消炎効果があるように思う。山際山の端を気取るまでもなく、見えるのは民家とマンション、パチンコ屋だけ。それでも見慣れたこの光景を私は愛している。あと少し、あと少ししたらその見慣れた光景に降りそそぐ朝日を見ることができる。それは美しい転換だろう。夜が、朝に取ってかわる、転換しかしわたしは陰性の気をもったもの。本当は、夜の方が身体に馴染んでいる。夜は優しいから。陽光は優しいときと厳しいときがあり、心の弱いわたしはたまに、酷く打ちひしがれてしまうのだ。***今日、彼に、「うつ病の人と接するには」のパンフレットを渡した、毎朝同じ電車に乗っているので、渡す機会はいくらもあったのに、今日になって突然それを持ち出したことを、彼はいぶかしんだようだった。でもまあ訳を説明し、迷っていたけどやっぱり渡すわ、といって読んでもらう。彼は、それを読みながら・・おどけた口調でなにかと突っ込みを入れていた。そして笑顔で読み終わって、最後に言った。「こういうの、あんまり気にしないほうがいい? それともちゃんとしっかり気を遣ったほうがいい?」悲しくなった。まあべつにどっちでも、などと不明瞭な答えを返し、わたしは満員電車で寝たふりをした。彼は、たぶん、わたしの・・というか鬱の症状を甘く見ている。そしてわたしが鬱だということを、心の底では認めたくないんだ。でなければ、鬱の話になるたびに「でももう治ってきてるんだよね?」とは言わないだろう。「『励ましすぎちゃダメ』・・これはしてないよね、俺。『自分の考えを押し付けちゃダメ』・・これもしてない。『外出や運動を強く勧めすぎちゃダメ』これも大丈夫だね」彼はおどけた口調で言った。外出や運動は、強制されなくてもやっている(寧ろ止められるぐらいだ)。彼は自分の考えを絶対に曲げないし貫き通そうとするけれど、押し付けはしない。彼は「鬱病なんかに負けるな! 頑張れ!」と明確に口にしたことは一度もない。でも、裏返せば。・・彼は絶対に自分の意見を曲げない。私が反対の意見を持っていても、とりあえずそれを引っ込めるまで、強烈に自分の意見を主張する。・・彼は鬱病という言葉を口にしたことはない。わたしが通院や薬の話をすると、困ったような顔で見ている。励ますというか、「でももう治ってきてるんでしょう?」「やっぱり気の持ちようだって」という類の言葉を繰り返す。披露宴をするしないで揉めたとき、着飾って人前に出て、良く知りもしない人から「ご祝辞」をいただいて、ご親戚やらご友人やらが歌だの踊りだの披露するのを笑顔でうけて。それがどんなに辛いことか、消耗するか、わたしは必死で訴えた。最初は「海外挙式で、自分たちと両親だけで」って言ってくれていたのに、途中から意見を翻すなんてわたしの病気のことは忘れちゃったの? と言い募った。彼は言った。「忘れてないよ。ただ、披露宴はやった方がいいと思うんだよ。嫌なのはわかるけど、ちょっと我慢すればできることなら、我慢してでもやっておいた方が、後々、あなたのためにもなると思うんだよ」ちょっと我慢すれば?我慢?・・・わたしはわがままを言っていたんだっけ・・・?そんな人だから、深い理解を求めてはいけないのだろうか。でもそれじゃあ何のために結婚するの?わたしはこの人の何を好きになったんだった?結婚して、やっていけるの? 本当に?結婚して、毎日毎日憂鬱や苛立ちが募って、いつか大爆発したらどうなるの?そのときもしも、子供がいたら?不安は限りなく増大する。可能性は暴走する。不吉な予感はどんどんと加速する。それでも。それでも、朝、彼の顔を見ると、わたしは戻ってきてしまう。昨晩、頭が痛むほど考えて悩んで、ひとり泣いたり怒ったりしていた記憶は、その瞬間だけ霧消する。彼と別れて家に帰る。すると嫌な感情が目を覚ます。自分の将来に対するある漠然とした不安・・・この世で最も尊敬する小説家は、それを理由に自殺した。わたしはまだ彼の歳に追いついていないけれども、猶予はあと数年しかない。
2005/03/08
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今朝。とても嫌な夢をみた。配偶者(仮)と言い争う夢だった。言い争いといいながらも、それはもう別れに向かう手続きでしかなかった。答えの出ないと解っている問いをどんどん投げて、彼を困らせた。それが更に一層彼の心を自分から離れさせていくことも解っているのに、止められなかった。言えば言うほどお互い傷ついていくだけだ。そこにはもう、ストレスの発散とか、わかり合うための感情の交換、などの前向きな要素はなかった。わたしはただ激情して彼を罵り、売り言葉に買い言葉のように彼も言い返し、出口のない争いが延々と続いた。怒りじゃなかった。ただ、悲しかった。あの男のときと同じだ、と思っていた。夢の中でも忘れることができなかった。夢の中のわたしは、自分が4年前のいざこざを繰り返していることに気付いていた。その事実がわたしを余計に追い詰めた。逃げる場所がなかった。あの男の思い出から逃れて、一緒に幸せを造っていこうと思う相手。その人に、過去の失敗をそのまま投げ渡そうとでもしているかのようだった。酷く酷く罵りながら、ずっと心の底で叫んでた。行かないで、置いて行かないで。それは顕著な症例だという。・・・ボーダーライン症候群。境界性人格障害。久々にその言葉で苦しい思いをした。思えば一昨日、腕を切ったのも、ボーダーの表出?怖くなった。夢の余韻がまだ身体の中に残っている。こめかみの辺りで滞って、しくしくと痛む感じだ。こういうわけのわからない痛みこそ、夜の朦朧状態の中に置いてこられるといいのに。全てを有耶無耶にする、度量の広い闇の中に、苦しいことも悲しいことも置き忘れてこられればいいのに。***この間の通院の日、ドクターがパンフレットをくれた。「うつ病患者さん接するには」というもの。もうすぐ結婚する相手がなかなか理解してくれなくて・・と、心理士さんとドクターと両方に訴えたら(というか、愚痴をこぼしたら)それをくれた。ごく軽い、医者や薬局に行くとおいてある類のものだ。「正しい歯のみがき方」「高血圧を避けるには」「これって水虫?」などと同レベル。でも、中を見たら、結構しっかり書いてあったので、却って配偶者(仮)には渡せなくなってしまった。うつ病患者さんを励ましすぎちゃいけない、外出や運動を強烈に勧めてはいけない。自殺のサインに気付くには、ただ一緒にいるだけではダメ、等々。心理師さんやドクターに訴えているときは、確かに苦しかったんだ。彼が理解してくれないことが。或いは、理解したうえで、敢えて「病気に甘えない」姿勢にわたしを導こうとしていることが。だから熱心に訴えた。でも。いざパンフレットをもらって、気軽に見てもらってくださいといわれて医院を出て、次の日会ったとき・・彼にそれを渡せなかった。月曜日、朝会ったときも渡せなかった。今日になったら彼は風邪を引いていて元気がなく、おまけにわたしは今朝の夢のせいで彼の顔を見るのが精一杯の状態だったので、やっぱり渡せなかった。渡せないまま毎日持ち歩いているパンフレットは、だんだん紙が傷んできてしまっている。明日は渡そう。でも。「でも」? その続きは?なぜそんな気軽なパンフレットを渡せないの?今朝の夢のせいにすることはできない。彼の風邪のせいにすることはできない。だってそれらが判明する前から、わたしは渡せず迷っているんだから。どうして?ふ、と嫌な考えが頭をよぎる。一番理解していないのは・・したくないと思っているのは、自分なのじゃないの?自分が鬱病だっていうことを、何年も煩っておきながら、本当は認めたくないんじゃないの?そんな考えは自分を辛くするだけだから。今日は頭を空っぽにするために、また本を読み耽ろう。眠る直前まで読んでいられれば、今朝みたいな夢も見なくて済むだろう。夢。たったそれだけのことが、今日1日を暗くした。形もない、薬による眠りの世界の産物が、自分をこんなにも憂鬱に誘う。行かないで。夢の中で激しく思った言葉が、今も胸の奥に凝っている。行かないで、というのは、去り行くものにかける言葉だ。誰か去ってゆくの?わたしの前から? ・・また?そうだねぇ。慣れてるから。慣れてるから、驚かないよ。傷つかないとは言わないけどね。
2005/03/08
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イライラ大復活だ。土曜日は通院日だったので、イライラのことを相談したら、頓服をくれた。名前は忘れてしまったけど、「頭がぼうっとして眠くなり、イライラを忘れますよ」とのこと。・・会社では飲まない方がよさそうだ。会社でこそ、腹の立つことも多かろうに・・・でもとりあえず、もらった日の午後から1錠試してみる。うーん・・テトラミドを飲んだときのようなショックはない。でも確かに眠かった。イライラはぶつぶつ言いながら帰っていった。そのイライラがまた、ぶり返してきた。今度のゆり戻しは大きかった。久々に腕を切った。幾本か。1本は深かったらしく今も血が滲む。そこらにあった要らない広告など、ありとあらゆる紙を全部手で引き裂いた。腕の止血に使ったティッシュが赤く染まっているのを見ると、それもまたイライラの種になった。どうしてもほこりを払うんだと言い張って、夜のベランダでクッションをたたき続けた。古い手紙の束を、ベランダで焼いてしまおうかと思ったけれど、さすがに止めた。火事が起きるから、と言うよりは、ベランダで寝起きしている愛犬に飛び火したらいけないからだ。***上の日記を書いた辺りで力が尽きた。その後、激しくものを食べた記憶がる。側にあったお菓子を全部食べた。(お菓子というか、栄養バランス食品を、会社に持っていくために先週末に買い込んでおいたのだ)クッキーの袋やらチョコレートの箱やら、きちんと分別されて捨てるばかりになっている。朦朧状態の過食中でもゴミの分別。律儀だな。自分。最近、調子の上下が激しい気がする。マリッジブルーだと親友は言う。結婚してしまえばおさまるよ、と。でもわたしには彼女が言わなかった最後の部分が聞こえる気がする。「結婚してしまえばおさまるよ、そう信じなきゃやってられないでしょ?」彼女との付き合いは長い。配偶者(仮)より長い。3倍ぐらいだ。彼女はわたしのことを了解してくれている。理解じゃない、了解。わたしがこういう性格であること、そこから引き起こすいろんな行動を、了解してくれている。そんな彼女が言うので、わたしも信じてみようと思う。これはマリッジブルーで、すぐに過ぎ去るんだよ、と。腕の傷はもちろん彼には見せられない。***また、組織改変だ。弊社4月の組織改変予定が通達に出ていた。珍しい。いつもなら、施行の先日ぐらいにようやく出される通達が、半月以上も前から公に出されている。やれ部署名が変わるの事務室が移転するの、どこかとどこかが合併するの、その手の話。今回、こんなに早く発表になったのには何か謂れがあるのかと疑いたくなる。まあ、でも、実際のところどうでもいいんだ。わたしは働く。部署の名前がどうであっても関係がない。組織改変を繰り返す会社は末期である、と何かの経済書で読んだ。末期。そうかもね。末期症状、帰りの電車で思わず口に出して言ってしまったら、周囲の目がほんの少しだけ痛かった。
2005/03/07
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本を読んでいる。先週、三冊衝動買いしたうちの一冊目である。肌理が細かく懐の深い物語なので、一箇所を丹念に読む。おかげで一週間近くそればかり読んでいるのに、まだ読み終わらない。わたしはもともと、早く先を知りたいと気が急いて、初回はやたらに速読である。張られた伏線を理解して、作者さんが効かせた隠し味を味わいながら読むのは2回目以降だ。そうやって何度でも読む。子供の頃も、図書館で同じ本を繰り返し繰り返し借りていたので、よく母に「それだけ読むならもう買っちゃってもいいかもねぇ」と言われた。(けど貧しかったのでなかなか買ってもらえなかった。幼い子供の本というのは、ハードカバー版なので高い)今回はそうではなく、初回からじっくり読んでいる。少しでも引っかかるところがあれば、遠慮なく頁を繰って読み返す。実際、そういう作業の必要な・・というか、そういう読み方をすればするほど面白くなる本だ。***運転をすることになった。できないわけじゃない。ペーパードライバーではない。でも自信があるとも言えない、そんな程度。しかも今日は午後からちょっと調子が悪く、頓服を飲んでいる。運転中は全身が緊張するから、居眠りしたりはしないと思うけれど・・つまらない不注意で事故、というのだけは避けたい。まあ、往復1時間もかからない道のりだから、そんな心配したものでもないだろう。運転に対する自信の無さが、無謀な運転を招かないことを今は喜ぼう。さて。免許も持ったし・・でかけるか・・。***運転終了。眠い・・・。我が家の車庫は、めったやたらと入れにくい。入れにくいので、父がいつも車庫入れナビをしてくれるのだけれど、はっきり言ってサッパリ役に立たない。「もっと右! 右! あ、違った左!」「ハンドルを右に切れ! もっともっと! もっと切れって! 切りすぎ!」と、まことに唐突で、しかも聞こえない。しかも、指示通りにやると大抵失敗してどこかをぶつけそうになる。そういうのは非常にイライラする。自分で判断して、時間をかけても自分で感覚をつかみたいのに。父がひっきりなしに怒鳴りながらいい加減なナビをするので、さっぱり自分のペースでやれない。無視してやろうとすると文句を言われるし。「右って言ってるのになんできらない? 右だ!右!・・違った左だ」 あり得ない。先週末のイライラが復活だ。明日から月曜日なのに。
2005/03/06
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今日は通院日。そしてテニススクールの日雪の予報はどこへやら、すっかり朝からいい天気だ。風もなくて、おかげでテニス日和。スクールは今日がたぶん最後のアウトドアレッスンになる。3月末からインドア化するのだ。転向に左右されやすく、日に焼けたり花粉にやられたりと何かと不便だったアウトドアも、気持ちのよさでは抜群で、わたしは結構気に入っていた。もうすぐこの景色は見られなくなるな。でもその後は、天気に全く左右されずにテニスができる。ちょっとだけ吹く冷たい風も、今日はなんだか親しいものに思えた。なにしろ、テニスにはまっている。大学生のときにも全く見向きもしなかったこのスポーツに、今ではすっかり浸りきっている。多少の憂鬱ならラケットを握っていれば寄り付けないし、身体の不調も忘れさせるほどテニスに向かう道の足取りは軽い。昔、このポジションはスキーが占めていた。わたしの中で「ゲレンデマジック」と呼んでいた、憂鬱撃退と身体の活性効果。でもやっぱりスキーは季節と場所がすごく限定されるので、夏は専らテニスにお世話になるのだ。こんなにスポーツに熱を上げるのは、鬱になってからである。身体を動かし、全て忘れてその運動に集中することの意義を、しみじみ思い知った。忘れていたいことが多かったから。お菓子作りやビーズ細工、もやしの根っこ取り(すべてわたしの趣味である)でももちろん頭は空っぽにできるけど、終わった後の心地よい疲れ、という点ではスポーツには適わない。そんなわけで今日もラケットを担いで行ってきた。昼前から通院のため再度家を出る。晴れてよかったな。病院の帰り道のウオーキングも、もう1年ぐらい続く習慣である。***今日、病院で血圧を測るために袖まくりをして思い出した。左手の人差し指に、火傷の痕が・・というか水ぶくれがあるのである。気付いてからもう1週間近くになる。身に覚えは全くなくて、眠剤による朦朧状態のときに作ったのかなぁ、しかしいったい何で? いくらわたしでも、夜中に鍋は火にかけないし・・と思っていたら。2日後、胸の辺りにも同じ水ぶくれがあることが判明。それも2個。うーん・・・?鎖骨の下、ちょうど服で隠れるギリギリの場所。こんな場所に熱の出るものの触る謂れはないし、するとやっぱり熱湯の飛沫が飛んだか。熱い! って思った記憶はないんだけどなぁ。朦朧状態もバカにできない。顔に火傷を作ってしまったらショックだろうから・・こんな目つきの悪いおたふくみたいな顔でも。
2005/03/05
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今夜は雪になるらしい。今からもう、じめじめと天気が悪い。そのせいというわけではない思うけれども、頭も痛む気がする(寝すぎだ)。なんとなく、朝から「正しくない神」がごちゃごちゃ言っているけれど、今日は行こう。会社に行ってしまいさえすれば、それほど鬱にハマりこんだりもしない。そんな自信がある。だから今日は行こう。眠いけど。雪が降るっていうのなら、その中を歩かない手はないし。帰宅時間、電車がとまらない程度に、雪が降っているといいな。だいだいにおいて、夜は自分に優しい。陰性の自分(陰陽道でも女性は「陰」だし)に、夜は優しい。***雪は降らなかった・・。残念。ただ、空は重く曇っていたから、きっと夜が更けるにつれ雪の気配は近づくだろう。でも考えてみれば明日は土曜日、テニスの日。そして通院日、ウオーキングの日。できれば降らない方がいいかな?今日は、憂鬱よりも苛立ちが勝った一日だった。通勤電車は相変わらずの満員。毎日一緒に通っている配偶者(仮)が、途中の駅で降りてしまってから、何もかもが腹立たしく見えるようになった。終点まで乗って、細い階段を上る。前を行く人がやけにのろのろ歩いているのが許せなかった。始業時間が過ぎて、欠勤届やらなにやら、昨日の欠勤の後始末をしていると、超音波声の主任から「欠勤届出しなさいね」という声がかかる。小学生の宿題じゃないんだぞ。そう思ってまた苛立つ。思わず「出しました」とそっけなく答えてしまい、その声に悪意がこもり過ぎていて自分でも驚いた。そこでまた、自分に対しても腹が立つ。更に、問題の欠勤理由。「体調不調のため」、そう書いて提出してみた。案の定、それを見た主任は、「風邪だったの?」と軽くパンチを繰り出してくる。「いいえ」わたしはあからさまに挑戦口調で言ってしまう。もう止められない。「昨日の電話では発熱って言ってしまいましたが、違います」主任は何も言わない。「体調不良の中身まで書く必要がありますか?」わたしは言外に威嚇する。書けって言うなら、真実を書きますよ? 覚えてますよね、昔書いたこと。そしてそこで初めて真っ向から彼女の顔を見る。子供も泣かす、と言われた視線で。でも主任の方が上手だった。「そうね。発熱とか腹痛とか、何か書いた方が通りがいいんじゃない」「・・・。そうですか」わたしは主任から視線を逸らす。「じゃあ、通りの良い方にしておきます。一般うけのよい方に」最低だ。べつに、いいじゃないか。書きたくないものを書けって言われたわけじゃない。寧ろ主任は他の役務者の目からわたしを守ってくれようとしているんだ。わかってるのに、なんでそんなつまらない小競り合いをしてしまうんだろう。おかげで今日は丸一日、イライラしっぱなしだった。憤りを隠し味に、腹立ちと苛立ちをブレンドして、破壊衝動のスパイスを効かせた感じ。久々に、人前で物にあたってしまった。そして襲う脱力感。ネムリタイ。ただ、ひたすらに、ネムリタイ。
2005/03/04
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3月3日。雛祭りだというのに鬱が襲ってきた。今日は悩む間もなかった。身体が動かず、嫌な汗をかいて、目の前に星が散った。低血圧だ。鬱最盛期、自律神経が狂うだけ狂って、体温も血圧も好き勝手に上下してたあの時代。もちろんあのときのように酷くはないけれど、それでも同じ気配の不穏な星が目の前に散る。ダメだ!いつもなら見せ掛けにでも抵抗してくれる「正しい神」は、今日は全く抵抗の気力はないようだ。「正しくない神」の言うままに、わたしは母に妙にきっぱりと「今日は休むわ」と言った。母はちらりとわたしを見たけど「そう? じゃそんなとこに転がってないでお布団で寝なさいよ」とだけ言って出て行った。(母はパートに出ている)なんだかすごく申し訳ないことをしたような気になって、時計を見上げた。まだ間に合う、今なら、すぐ用意をすれば始業時間に会社に着ける。行くべきか・・?いやもちろん行くべきだ。「正しい神」じゃなく自分自身で、「正しくない神」と戦ってみる。・・ダメだ。寝よう。休もう。誰に後ろ指を刺されたっていい。昨日は悪い日じゃなかった。疲れたけれど。全社一斉残業なしデー、ということで昨日は夜の待ち合わせまでに、本屋さんに行った。最近全然チェックできていなかったので、好きなだけ散策して、文庫になっていたら買おうと思っていた本を素早く発見し、他にも2冊ほど衝動買いしてしまった読むのが楽しみだった。そして夜、配偶者(仮)とその後輩くんカップルとの飲み会は、動揺したし緊張したし、途中パニックにもなりかけたけど、全体として「今は辛くても先は明るいはずだ」と思えるイメージを残して終わった。予想外に降り出した夜の雨の下、後輩くんカップルはあからさまに手をつないで歩き、知った人の前では必ず50センチぐらいの距離をおく配偶者(仮)も、なんとなく寄り添うように歩いてくれた。雨は冷たかったけど、それほど激しく降ったわけではなく、風のない冷たい空気は、冬の夜が「もうすぐ春と交代するよ」と言って、最後の力で我々を包み込もうとする、そんな気配だった。名残を惜しむことはないんだよ、季節はまた必ず巡り来る。そう言われているような気がした。だいたいにおいて、季節の変わり目の夜は優しい。家に帰ってからも、頓服で飲んだソラナックス(だったかな?)の効果が切れず、寧ろいよいよ頑張ってくれちゃって、なかなか眠れなかった。けど、まあ、悪い気分ではなかった。なのに、どうして?何が気に入らなくて、鬱は襲ってきたんだろう。わたしは、会社に行きたいんだ。もちろん、今の会社は疲れることも傷つくこともいっぱいで、しょっちゅう「辞めてやる!」って思うけど。それは今の環境が嫌なだけで「働く」ことが嫌なんじゃない。自分が社会の片隅にでもちゃんと参加している、その手応えを得るために、そしてもちろん生活費を稼いで、心と財政の平和に貢献するためにも、「仕事」自体はしたいんだ。なのにどうしてそれに歯止めをかけるの?今のところわたしが働けるのはあの会社だけなんだよ?それをどうして邪魔するの?どんどん自分が駄目になっていく気がする。夜が終わり、早朝を過ぎて「朝」になる。朝の空気はわたしに冷たい。もちろんそれは、わたしの側に問題があるんだけれど。****************************上の日記について、謝罪しなければなりません。「自分がどんどん駄目になっていく」と書いたけれど、それは「会社に行かない」こと自体を指して言っているのではありません。もちろん会社をお休みされたり、辞めたりされた方のことも、駄目だなんて思ってはいません。もし上の日記をご覧になって、不愉快に思われた方がいらっしゃったら、ここに謝罪申し上げます。本当にいたらない発言でした。申し訳ありません。わたしの鬱は、もうだいぶ回復期であると自負しています。もちろん、自傷行為や摂食障害、希死念慮は続いているけれど、鬱最盛期のように、身体が動かないほどのだるさや感情の激化はもうあまり発生しないのです。だから、自分が今までできなかった分、会社にもちゃんと行って、家族・・親兄弟やこれから家族になる人に、精一杯孝行もしたい。そう思っていたんです。なのに、たいしたきっかけもなく、その決意を翻す・・それを指して「駄目だ」と思ったんです。だから例えば、親と喧嘩したときや、配偶者(仮)を信じられなくて不安になったり、そういうときにも「駄目だな」って思います。そしてそれは、その事実そのものよりも、自分が「こう」と決めたことを全然守れていないじゃん、ということを以って「駄目だ」と思ってしまうのです。
2005/03/03
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朝、起き抜けの朦朧とした頭で日記を書いた。内容を今(会社から)チェックして驚いた。殆ど記憶にない。。内容はひどく感情的で、その感情もまた嫌になるほど子供っぽい。でもまあ、今夜の予定が不安なのは事実。初対面の二人と上手くしゃべれるのか?「相談」になんてのれるのか?
2005/03/02
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どういうわけか、今夜、「配偶者(仮)の後輩君とその彼女(もちろんわたしはふたるとも初対面)」と4人で飲むことになってしまった。その彼女さんは・・病んでいると思う。いろんなエピソードを、彼から聞いた。その感情の流れや高ぶり方が、後輩君→彼観→わたし の又聞きなのに、手に取るように伝わってきた。彼も後輩君も、その彼女の行動にはひたすら困惑しているらしい。「死にたい」「何のために生きているの」は毎日のセリフだし、後輩くんの実家に挨拶を兼ねてつれて行けば、夜中に起き出して歩いて帰ろうとする。前の前のカレ、という人と、しょっちゅう遊びに行ってしまう。それを後輩君が止めると、どうして行っちゃだめなの? 信じてないの?と泣いて怒る。後輩君がほかの女の子と飲みに行くと、これも泣いて怒る。そして、「あなた一人だけって決めて、愛して、依存して、それであなたに裏切られたらどうなるの?わたし、全部なくしてしまうじゃない。 それはいやだから他の人とも遊んでおくのよ。どうしていけないの?」後輩君がどんなに「捨てないよ、大丈夫」って言い聞かせてもダメらしい。彼女は、前の男に同じことを言われ続けて・・非道な振られ方をしたらしい配偶者(仮)から聞いているうちに涙が流れた。彼女の気持ちが、わたしには理解できるのだ。しかし、恋人である後輩君も、もちろん配偶者(仮)も、彼女を理解せず、ただの「ふしだら」と思っているふしがある。そうじゃないんだよって、どんなに説明しても解ってもらえなかったけれど。そして、そんな彼女に同調するわわたしを、「お前もか!」という目で見ていたけれど。その彼女と、今日、初めて会う。同じ病を持っている、彼女は。たぶん。そんなわたしなら、他の人に理解できなかったことを、解ってあげられるだろうか。正直言って不安だ。知らない人がふたりもいる中で食事(飲み)をするのも、もちろんその中の一人が、おそらく同じ病であろうということも。わたしは引きずられないかな?配偶者(仮)は、ことわたしの病に関しては理解してないし、しようともあまりしてくれない。寧ろ、わたしが通院したり薬を飲んだりするのを嫌がっている。最近でこそ言わなくなったけど、昔はしょっちゅう「でももう治ったんでしょ?」と言われた。言われるたびに哀しかった。とても不安だ。もしわたしの言葉が、彼女を必要以上に傷つけてしまったら?彼女の言動に、自分の中の衝動が引きずられて目覚めることはないの?わからない。不安だ。この不安を、でも今回はちゃんと配偶者(仮)にぶつけてみようと思う。わかってくれなくてもいい。とりあえず、ぶつけるんだ。それが正しいかどうかわからないけど。ああ、今日は仕事になりそうもない。***朝書いた分の日記を会社で読んで、我ながらウンザリした。で、消そうかなぁとも思ったのだけど、残しておくことにする。何かの役には立つかもしれない(そうでもないかな)初対面で張り切ってしまう、自分のいつもの性格が顔を出し、加えて後輩くんも彼女さん(奇しくもわたしと同じ名前だった・・)も気のいい人で、今日の集まりでは「会話が途切れる」という気苦労はなかった。しかし頑張りすぎて、途中、彼女さんから「よくしゃべる人ですね」的なことを言われ、ヘコみかける。決して嫌味じゃない感じで。寧ろ、羨ましそうに彼女さんはそう言った。ほんとに羨ましかったんだと思う。それでもヘコみかける。それにしても美人な人だった。美人で、お化粧もちゃんとして、派手すぎず地味すぎずな服を着て。あの眼差しで見つめられたらそりゃあ好きになっちゃうよ・・まあ気を取り直して、話す。専ら話題は「彼女さんが、男女入り混じった、後輩くんと関係のない人たちばっかりの飲み会に行くのはOKかどうか」。後輩くんはもちろん嫌がっているんだけれど、彼女さんは真剣な眼差しで「浮気とかではなく、本当に友達がほしいの」と訴える。故郷を遠く離れてきて(彼女さんは奇しくも配偶者(仮)と同じ出身だった・・)友達も少なくて、しかも昔つきあっていた人との辛い記憶があって、ついつい安全策を張ってしまいたくなる・・それは理解できる。でも、後輩くんが本当に彼女さんを好きで好きでしょうがなくて、できればもっともっと側にいてずっと自分だけ見ててほしいと思っているのが、行動にも現れている。・・・・。八方塞りだ!どっちの気持ちも解った気になれてしまう!と一人でパニックになりかけながら、それでも笑顔を保つことに終始する。配偶者(仮)はおおらかな感じで言った。「お互い好きなんでしょ? じゃあ問題ないじゃん」う・・そんなに単純な話じゃないのでは・・?と反論しそうになったけど、どんなにいろいろ考えて悩んで苦しみぬいても、後輩くんは彼女さんを心底好きみたいだし。彼女さんも、何かに追い立てられるように不安に駆られているようだけど、後輩くんへの気持ちを訊くと、そこだけはきっぱりと「好きです」と答えるし。結局、単純に考えたときと同じような結論しか出ない。「好きなんだから仕方ないじゃん」もちろんそれは極論で、乗り越えなきゃいけないものが山ほどあるわけなのだけど。難しい。考えること自体が自分を辛くする、けど、考えないではいられない。後輩くんも彼女さんも同じスパイラルに陥っている。なんて、「理解した」つもりになっているけれど・・それは思い上がりというものなのかなあ・・結局、相談らしい相談には乗れなかったのだけど、まあ、後輩くんカップルが「言いたいことを口に出して言う」場を提供できたらしいので、よしとしよう。自分の不安とかなんとか、そういうものを引っ張り出す余裕はなかった。まあいいか。配偶者(仮)から聞いていたほど、後輩くんカップルが荒んでいなかったので、自分の不安も少し勢力を削がれた感じだ。後輩くんカップルは、深刻な内容を話しながらも、傍目には単なる仲良しに見えるぐらい自然に寄り添っていた。うん。状況はそこまで悪くないじゃない。頭がぐちゃぐちゃで半分躁状態で、よくわからないけど。(薬に頼ったせいで今頃ハイになっている。寝れない・・)
2005/03/02
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今日、ドラマでアルコール依存症のお話を観た。篠原涼子さんが熱演していて、観ていて胸が痛くなった。まず自分が病気を受け入れるまでの葛藤、なかなか周囲の理解を得られない苦悩、そしてもちろん、禁断症状の辛さ。それでも治りたいと願う気持ち。鬱病も似てると思う。この経緯は。家族で見ていたのだけど、何度か涙が零れそうになって慌てた。子供の頃から、テレビや本で感動して泣くことが多かったけど、それを家族に見せたことがなかった。今日のドラマが「家族の理解」に重点を置いていたため、よけいに家族の前では泣けなかったな。わたしはボーダーライン症候群。家庭内暴力とまでは行かなかったけれど、破壊衝動に負けたことが何度かある。母はそれも全部受け止めてくれた。今、自分が落ち着いてきたからこそ言えるセリフだけれど、わたしも家族に感謝している。どれだけ恩返ししてもし足りないぐらいに。
2005/03/01
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いつだったか鬱で会社を休んだ翌日、欠勤届に「体調不良のため」と書いて提出したら、「もっと詳しく内容を書いて」と突き返されたことがある。普段はそんなこと言われたことがなかった。そのときは1日で鬱が去り。身体の不調は全くなかったから、翌日はケロリと出社したのだった。それをズル休みと思われたのか、珍しく追求された。それで、わたしは「鬱病により眠剤を過剰摂取し、身体が動かなかったから」と、全く偽りのない真実を書いて再提出した。ほどなくして、上の人から、届けは再び却下されてきた。「やはり『体調不良』のままでいきましょう」・・・世の中なんてそんなもんだ。***「死ぬ瞬間には笑っていたい」この言葉をわたしはよく使う。死ぬ瞬間に、「いろいろあったけどいい人生だったね」って笑って言えるような、そんな生を歩みたいと思うのだ。この言葉を誰かを励ますのにもよく使う。でも、書くたびに、かすかな違和感を覚える。それはごく微小なものなので、気付かないふりをしていた。でも。思い出してしまった。そうだ、それはもともと、わたし自身の言葉じゃなかった。わたしが希死念慮に取り付かれていたとき、それを言って励ましてくれた人がいた。「辛いのは解るけど、勢いで死んでしまったら、死ぬ瞬間に後悔するぞ」「どんなときでも自分が『良い』と思ったことを貫きたいんだ。じゃないと死ぬとき後悔する」「死ぬ瞬間には笑っているっていうのが俺の目標だ」月並みだったかもしれないけれど、そこに込められた本気の気分を、わたしはちゃんと受け取った。だからその言葉はすんなり胸にしみこんで、やがて自分自身の内部から出てきた思いと同じレベルにまで定着した。その言葉をくれたのは・・・あの男だ。わたしの人生を突然かき乱して、傷つけるだけ傷つけて、自分自身も傷ついて、あっけなく去ってしまったあの男。我々が幸せだった本の僅かな時間に、あの男はその言葉をわたしに植え付けた。それを今でも後生大事にしていたなんて。不覚だった。不安になった。あんなに憎んだ男の言葉さえ、出展を忘れて自分のものと思っていたの?もしかしたら他の全ての意見も借り物なんじゃないの?わたしという人間は、誰かからの借り物の寄せ集め難じゃないの?もちろんそんなことはないはずだ。誰かに影響されているのだとしても、その誰かの意見を「いいな」と思うワタシがあってこそ、それは根付いていくのだから。・・・そう思いたい。
2005/03/01
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