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ちょっと落ち気味。昨日の疲れが祟ったか。早く寝れば良いのに、結局2時寝は変わらなかった。ただし今朝はのんびり昼まで熟睡。わたしの中でそれはほとんど有り得ない事だ。休みの日だからといって昼まで寝ていたなんて、人生を通しても、数えるほどしかなかったことだ。種明かしをすると、抗鬱剤・眠剤さまさま、である。メデポリン倍量、パキシル規定量、ルジオミール倍量、ノクスタール規定量、アモバン規定量、ハルシオン規定量、頓服のレボトミン規定量。これを、1時過ぎにまとめて飲んだ。全て許容量範囲内だ。若干、倍量飲んでいるものもあるけれど、それだって処方可能上限からは程遠い。さすがに良く効いて、朝8時に起こされたけれど(それでも8時に1回起きてるわたし・・)その後は夢も見ないままに12時まで熟睡。眠剤による強制的な眠りは、決して快適とはいえないけれど、寝不足を続けているよりはずっとずっと良いだろう。頭痛と眩暈がなかなか去らないけれど、それは仕方ない。しかし気分は落ち気味だ。少し暗い、少し重い。このまま本格的落ちに突入するかどうかは不明。いまはただなんとなく、高校時代のことなど思い出して、悲しくなったりするだけだ。なのに今日は配偶者くんが帰省するという。本州の果てまで、車で。10時間ぐらいかけて。先週末まで激務激務で疲れてるだろうに。でも、寂しいなぁと思う反面、・・・・ほっと一息、と思っている自分もいる。なんでなんだろう。なぜそこでほっとするんだろう。配偶者くんと一緒にいることさえプレッシャー?まさかね、まさか。違う、と思いたい。気分が落ち気味。こんな日は家でじっとしていたいのに。引越し準備をしなきゃいけない。ほかにもいろいろ。なかなかのんびりすることが許されないらしい。***お隣のお家で事件発生・・警察が山ほど来て現場検証中。我が家まで封鎖されていて、帰省する配偶者くんの見送りにも行けない。しかしそんな場合じゃなく、事件の被害者は近所の人、たぶん幼馴染の女の子・・。「犯人は逃走中」の声。なんで?なんでこんな田舎で?被害者さんは大丈夫なの?救急車が連れてったんだから、大丈夫なのよね・・・?頼りにならない我が家の番犬は大騒ぎ。今夜はまた眠れそうにない。幼馴染じゃなかった。そのお母さんだった。しかも・・亡くなったらしい。どうして!?つい先週、道で会ってお話したばっかりじゃない!?若いのにお孫さんが大きくてやんちゃ盛りで、バドミントンして遊んでたばかりじゃない!?どうして・・・?
2005/04/30
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連休1日目。なのに5時に目が覚めて、出かける準備を始めそうになった。お風呂に入る直前で「ああ、休みだ・・」と思い出す。あんなに楽しみにしてたのに、完全に忘れていた。これもある種のワーカホリックかもしれない。しばらくPCを見て(見なきゃいいのに)、再度寝る。うたた寝状態ながら、8時まで眠れた。快挙快挙。しかし気になるのは両親の会話。ドアの向こうで、8時ごろ、両親が朝ごはんの支度をしている気配を感じた。「あれ、Meteorは起きてこないの? 珍しい」「そういえば犬の散歩のときも起きてなかったな(父は6時半ごろ犬の散歩に行くのが日課)」「寝てるのねぇ。寝てるだけなら良いけど、息絶えてないでしょうね」・・・。生きてますよ。今日は夕方、会社の同期の二次会だ。結婚相手はわたしの高校時代の同級生。もちろん在学中には名前も顔も知らなかった人だ。わたしは高校が嫌いだったからほとんど友達もいなかったし、交友関係も極端に狭い。わたしの交友関係も狭いけど、会社の同期の結婚相手が偶然、高校の同級生だなんて。世界って狭い。しかし二次会かぁ。・・・・嫌だなぁ。ああ、久々に出てきてしまった。億劫のムシ。同期がいっぱい集まるパーティー、しかも高校の同級生もいっぱい集まるパーティー。そういうのは気楽かと思いきや、とんでもない。見ず知らずの人ばかりの方が気楽だ。満員電車みたいなものだもの。***そうやって考えていたら、どんどん行くのが嫌になってきた。だめだぁ・・参加メンバーには、仲良しの同期もいっぱいいるでしょ?そういう子と会うのは平気でしょ?主役の花嫁の子だって、大事な友達の一人でしょ?それでどうして行くのをしぶるの?3時半ぐらいに家を出ることにした。あと数時間。ギリギリまで寝て体力温存するか、少し早めに起き出して心と身体をウオーミングアップさせるか。どっちにしろ、もうすぐ買い物に出ている両親が帰ってきて、昼ご飯の支度を始めるだろう。そしたらまた「息絶えてるんじゃないの?」と言われないために、起きなくては。・・・わたし、結構気にしてる?「息絶えてないでしょうね」って。***帰宅。疲れた・・・。景気づけにパキシル飲んでいったのが効いたのか、会の間は概ねハイテンションで乗り切った。たまにトイレに逃げ込んで、顔の筋肉をほぐしつつ、不自然にかいたあせを拭いつつ、深呼吸を10回して身体の中の空気を総入れ替えする必要があったけど。まあよし。しかし消耗しきった。疲労困憊。そもそも、行きの道のりからして怪しかった。目的のお店は「久屋大通」という駅から歩いて2・3分の場所なのに、なぜかわたしは「丸の内」という駅だと勘違いしていて、おまけに一緒に行ったともだちまでもが、わたしの情報を鵜呑みにして詳しく調査していなかったため、見事に道に迷った。久屋大通と丸の内は1駅しか離れていなかったから復帰も容易だったけど、これが2駅も3駅も離れていたら、えらいことだった。今日の新婦は美人で有名な同期。もともと美人なのだから、ウエディングドレス姿なんて、今更言うまでもなく美しかった。一幅の絵のようだった。・・・正直、凹むね。自分の式も来月だけど。こんなに美しくないよ、わたし。まあ相手は同期に名立たる美女だから、比べる方がどうかしているんだけど。あれ、そんな女らしい虚栄心が自分にもあったんだ。自分の容姿については、とっくの昔に諦めがついていたのにな?こういうのは喜ぶべきか否か? 問題の、Meteorの容姿 ↓↓期間限定。数時間後には削除!↓↓
2005/04/29
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まだ今日が始まっていないのに、明日は休みだっていうのが嬉しくて仕方ない。おまけに5月の休暇を職場のチームで話し合っていたら、超音波主任が13日年休を取るという。わたしは16日と19日(式直前準備のために)に年休予定。おー、それだとしばらくは超音波様の顔を見なくて済む。何よりあの超音波を効かなくていいのは、なんて心の安らかなことだろう。最近、テンパっているときの超音波主任の声を聞いていると、動悸がして、頭痛と眩暈がして、顔が熱くなる。別に怒られてるわけじゃないのに変な汗をだくだくとかき、酷いときには、胸が詰まったように呼吸がしづらい。なんだろうこの拒否反応は・・・。あれだけ仕事上お世話になっているのに、酷い話である。でも本当に、汗をかき、動悸がして、震えがくる。呼吸が苦しい。何なんだろ、ほんと。***終わった!しかも今日は18時代に会社を出られた。快挙!そんなわけで気持ちはアップ。パキシルの副作用か連休効果か、気分は軽い。しかし身体の方はイマイチ不調だ。ダウン気味。夕方ごろ、突然吐き気がして、トイレに駆け込んでしまった。・・・妊娠、してませんから。と不要な言い訳を心の中でつぶやきつつ、不審の目で見る超音波様を尻目に、事務籍から脱兎。幸いすぐにおさまったものの、なんとなく口の中が変な感じで、食べ物が不味い。しかし何はなくとも明日はお休み。それでいい。それで充分。パキシル効果でも何でもいいから、この週末を満喫しよう。まずは・・・睡眠。
2005/04/28
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昨夜は1時前に眠れた気がする!さすがに日付が変わる前、には無理だったけど、いつもよりかなり早い就寝。しかも、割とすぐに眠れたと思う。ふとんの中でも記憶があまりないから。これでいつもの時間に起きられれば完璧・・だったのだけど、4時に目が覚めた。我ながら、しばし無言。いつもより1間早く眠れても、いつもより1時間以上早く起きてりゃ、プラマイゼロ。まあでも、どうせ短い睡眠時間なら、早寝早起きの方が身体に良いのに決まっている。なんて考えていたら、配偶者くんから電話。「今から帰る・・」。今から帰るって、4時に?明日は午後出勤にできないのかって訊いてみた。無理、と即答。でも、今日の朝イチ会議で製品が通れば、この激務からも解放だそうだ。心配だけどさ。今日で終わるなら、あと1日、頑張って!メーカー系勤務の彼は、28日からGW。連休の前半は帰省予定である。帰省は寂しいけど、実家でのんびりだらだら過ごしておいでね。お父さんとゴルフ三昧もまた良しですよ。わたしは5時から朝風呂タイム。だから今は風呂上りでいい感じ。二度寝に突入しそうでいけない。さて、そろそろ身支度に取り掛からなきゃ。***今日はわたしが終電になってしまった。配偶者くんは無事峠を越せたようで、今日は9時ぐらいにもう帰宅。新居の社宅の方で寝ていたらしい。ちょっと説明: わたしたちは今月中ごろに籍を入れ、社宅を借りたのだけど、 まだ一緒に住んでません。 配偶者くんはもともと社宅の隣の敷地にある独身寮に住んでいるので、 ただいま徐々に荷物を移し中。わたしはまだ全然。 GWに本格的に引越しをして、一緒に住むのは式が終わってからかな? とふたりで相談しています。社宅で転寝しながらわたしを待っててくれたらしいのだけど、さすがに終電で帰ってきてから社宅の方に顔を出す気になれなかった。行けば帰るのが嫌になるに決まっていけど、明日はまだ通常出勤だ。社宅には布団がないから泊まれないし・・電話でその旨話したら、ご機嫌斜めなようす。ごめんね・・しかし後1日、乗り切らねばならないのだよ、わたしは。これ以上睡眠不足を重ねられない。ちょっと守りに入ってる自分に驚いた。のめりこみやすい質なので、若いころは「体調不良なんていうのは会う予定を反故にする理由にはならないわ」とか思ってひた走っていたのに。「明日があるから」なんて言ってしまっている(どうせすぐには寝やしないのに・・)気持ちの若さを失ってるってこと?おとなになったってこと?単に疲れているだけ?配偶者くんを不機嫌にさせてまで帰ってきたんだから。今日は寝ようと思うのに、これからお風呂に入るので、あと1時間は寝られない。ダメだダメだ。もっと自分を労わろう・・
2005/04/27
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今日こそ休もう。と思いながらも、心の中で必死に休めない理由を探す。そうだ書類の提出期限。あれが今日までだったね、ほら、休めない。そのかわり明日こそ。そうやって毎日自分を騙し騙し進んでる。叱咤激励するより効果的かもしれない。昨夜も2時寝、5時半起き。ごめん脳細胞。酷使する気はないんだよ。あなたには休んでほしいのに。夢を見た。内容は覚えてない。でもたぶん、尼崎の事故に関わるものだろう。起きてまずネットニュースをチェックした(わたしの部屋にテレビはない)次は居間でテレビを見た。起き抜けの頭ではなかなか必要な情報がキャッチできない。ニュースは昨夜ほど事故一色ではなく、郵政民営化のことなど伝えている。チャンネルを変えることもなくわたしはぼんやりと事故のニュースを待つ。せめて顔を洗ってこよう。少しはしゃっきりするかもしれない。***帰宅して話を聞いたら、死者が70人を超えていた。尼崎の事故が重い。不謹慎な言い方だけど、身内がいたわけじゃない事故でこんなに心が痛むのだったら、大事な人が巻き込まれていたりしたら・・想像すると、ご遺族の方の気持ちがほんの少しだけ、わかる気がする。悲しすぎると、肉体的物理的に、胸が痛むんだなぁ。心臓の辺りが、本当に痛い。心は脳だけではなくて全身に宿っているのかもしれない。配偶者くんが帰ってこない。正確に言うと、「ほとんど」帰ってこない。夜中(明け方?)3時とか4時とかまで働いて、一旦帰って仮眠を取って、翌朝(というか、数時間後)8時には普通に出勤している。それが先週末からずっと続いてる。尼崎の事故も辛いけど、そんな彼を待つのも辛い。自分がうだうだと文句を言っていたのがほんとうに情けない。そして、こうやって反省するのに、次の朝にはまた「行きたくない」病にとりつかれてうだうだ言ってしまう自分が、心底嫌になる。わたしはただ我慢の足りない子供なのかもしれない。だめだ。気分が沈み気味。極端なことしか考えられない。今日の昼間は嵐だった。突然雨が降って雷が鳴って、聞くところによると雹まで降ったらしい。心の中の嵐をそのまま天気にしたみたいだ。なんて、ちょっと自意識感情に考えてみた。そしてそのことでまた自分にウンザリした。だめだなぁ・・・***昨日の日記にいただいたコメントを、再度読み返してみた。そして今日の自分の日記も読み返してみた。・・・反省が見られない。いたずらに自分を責めるばかりではなく、あることをあるように受け入れたうえで、その幸せに感謝しようと決めたのに。しかしここでまた自己嫌悪に陥っちゃダメだ・・だから少し前向きに自分を肯定してみよう。何かを辛いと思うこと自体は、悪いことじゃない。辛いときは辛いと思えばいい。ただし、他人に共感を強要しちゃダメだ。気が済むまでぼやいて、後はカラリとしていよう。そして早く自分を浮上させて、その分誰かの力になろう。こんな感じかなぁ。自分を肯定、し慣れてないから。なんだかぎこちない。無理矢理な自己肯定もまた、良くない傾向なのかな・・ああ、ダメダメ。スパイラルだ。疲れた頭では何を考えても効率が悪いな。**けんぴさん、ご入力の方、削除しておきました(笑)
2005/04/26
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眠い。起きられない。身体が動かない・・けど、今日はどうしても行かなきゃならない日。まだ目は半分しか開かないけれど、ともすればPCの画面さえぐにゃりと、曲がって見えるほどだけど、でも行かなければ・・・今日行ったら明日は休んでいいかもしれない。最近、毎朝それを自分に言い聞かせている気がしてきた。今日はいきつけのドラッグストア(会社近く)で、ポイント2倍デーだ。母からの頼まれ物を買うんだ。そんなささやかな理由でもいいから、何かないと勢いを付けられない。眠い・・階段なんて昇り降りできるのかなあ。ポイント2倍デー、そうだね我々は庶民だもんね。まだまだ目が開ききらないけど、仕方ない、行こう。駅の階段は要注意だな・・眠い。行きたくない。誰にも会いたくない。ずっと眠りの底で横たわってたい。しかし、出るのだ、ポイント2倍デーのために。***最近日記に書き付けることが「ぼやき節」ばっかりな気がする。楽しいこととか嬉しいこととか書けないんだろうか。いいことがないわけじゃないのに、嫌なことを先に思い出す、その根性が不幸を招くような気がする。ただでさえ、世の中には暗いニュースが満ち溢れてる。敢えて自分から拍車をかけなくてもいいじゃない?でもどうしても、暗いことや嫌なものをまず想像して、最悪の事態に備えてしまうんだ。それ以上悪いことはない、ってくらいまで覚悟しておけば、大抵のことは耐えられる気がするから。幸せ貧乏になってる。貧乏性は不治の病?今日、部長に背後から声をかけられた。しばらくの間無視してしまった。聞こえなかったわけじゃない。部長が新姓で呼んでいたからである。新姓はあんまり誰にも公表していない。というのも変な話だけど、わたしは社内では極力旧姓を使う予定なので、常に旧姓を名乗るし、できるかぎりの登録をそのままにしてある。だから、親しくない人は、わたしが結婚したことすら知らないかもしれない。尼崎のニュースを見た。ありえない光景だった。まだ閉じ込められている人がいるの?なんで運命はそんなに残酷なんだろう。命あるもの全てに平等に訪れる「死」は、訪れるときと場合までは選んでくれないらしい。わたしは毎日、こんなつまらないことで悩んでる場合じゃない。今この一瞬、PCに向かっていられることが、どんなに幸いなことか、改めて考えてみるべきだ。今日は頭が働かない。文章が纏まらない。書いたそばから消したくなって、何度も何度も書き直して、キリがないので先に進めれば、こんな散文みたいな文章。今日は持病の軽い不整脈が暴れてるらしい。死ぬほど苦しいわけじゃないので放ってあるけれど、こんな日にはそれさえも不安に感じる。眠りが足りないんだ。連日3・4時間しか寝ていないことだし。安心して眠れる夜を望むのさえ、尼崎の事件を思えば贅沢な気がする・・
2005/04/25
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昨日、土曜出勤していた配偶者くんは「日付が変わる前には帰れない」と暗い調子で電話をかけてきた。「もう何もかも上手く行かないんだ。設計ミスとかそんなレベルじゃない」(彼はエンジニアで、インバータの設計をやっている)「明日も出勤を命じられそうだよ」と言われ、そりゃ困る、と思ったけれど、言うわけにもいかない。今日は結婚式場であるレストランで打ち合わせの予定。それにはもちろん彼も来てもらわなければ困る。わたしは打ち合わせのたび、軽くパニックを起こしてしまい、結局何も決まらなかったり「任せます」を言い続けたり、それでも頑張って自分の意見を言ったとしてもそれを次回にはすっかり忘れていたり、そんなんなので、配偶者くんはどうしても必要なのだ。かといって自分の不甲斐なさを理由に「困るよ、明日は休んで」とも言えず、わたしはひたすら沈黙してしまった。その沈黙を、わたしが機嫌を損ねたと解釈したのか、「仕事なんだから仕方ないだろ」と彼も不機嫌に言った後、「でもまあ上の人に事情話して休めるようにする」と言ってくれた。べつに責めたわけじゃなかったのになぁ。ただ困ってただけで。ちょっと悲しくなった。おともだち期間を含めると、もう5年もの付き合いなのに。わたしがちゃんと、仕事なんだから仕方ない、ってところくらい理解してる、そのことに配偶者くんは気付かない。というわけで今日はそれを言ってみよう。ひとつひとつ、心に溜めるんじゃなくて、意識の表層にあるうちに解決しよう。***配偶者くんはどうにか休みをもらえたようで、今日は式場のレストランへ、「1ヶ月前打ち合わせ」に行ってきた。案の定、「お任せで・・」を連呼しては配偶者くんにたしなめられるわたし。でもまあ、今日はわりとスムーズに話が進んだ。打ち合わせに向かう途中、朝思ったことを話してみた。「仕事なんだから仕方ない」ってちゃんとわかってるよ、それで怒ったり拗ねたりしてない、ただ困惑してただけだよって。配偶者くんの反応は「ふうん?」だった。どうやらその会話自体忘れているもよう。・・・ま、いいか。次はその場で異議申し立てをしよう。自分から話せただけで、今回のミッションはクリア。打ち合せ後、社宅に寄って、買ってきた蛍光灯とカーテンを設営した。冷蔵庫も通電させておいた。カーテンがあるだけで、なんだか一気に「家」らしくなった。変な感じ・・・まだまだ自分の家という気がしなくて、お呼ばれして来たように、なんとなく畏まって座っていた。配偶者くんは「テレビがないと静かすぎておちつかない」と言って、冬眠明けのクマのようにうろうろと歩き回っていた。(実際彼は大男なのでクマのようである)変な感じ。じっとしていたら突然不安に襲われて、なんだか泣きそうになったので、それをごまかすためにつまらない冗談を言ってヘラヘラ笑った。心臓がぎゅっと収縮するようだった。なんだろ、これは。
2005/04/24
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今日はライブ。いつもの「愛するアーティスト」ではなく、いうなれば「準・愛するアーティスト」。親友がそのユニットの超ファンで、チケットを取ってくれたので、行くことに。朝はテニススクールを休んで1件用事をこなし、午後から社宅への家電搬入に付き添いだ。そもそもこの付き添いは配偶者くんの役目だったんだけど、彼は今日出勤になってしまったので、わたしが寸暇を惜しんで引き受けることにした。でも、実は不満。1時から4時の間に搬入やエアコン取り付けに来るらしいんだけど、ライブが5時開場6時開演で、親友とは4時に待ち合わせていたのだ。仕方なく待ち合わせを4時50分まで遅らせてもらって、4時ちょうどまでならわたしが付き添いをやる、ということにした。4時には社宅を出ないと間に合わない。でもモノがライブだし、親友は開場より早く行って並びたいだろう。(会場がブロック整理券制なので)だから4時50分でもほんとは遅すぎるのだ。そのことはもうずっと前、家電を買うより1ヶ月も前から配偶者くんに言ってあったのに。なんで昨日の夜突然、そんな話になったんだろう。仕事なんだから仕方ないけど、だったら最初からわたしが自由に動ける日に搬入してもらえばよかったのに。あなたはいなくてもいいから、とか言って、配偶者くんが今日に決めたのだ。おまけに土曜出勤は珍しいことじゃなく、彼はほぼ毎週、土曜は出ている。だったらもう少し考えて決めればいいのに。テニスにいけなかったこともあって、朝からまた不機嫌モードだ。でもいいや。夜はライブ。一番にではないけど、それなりに愛するアーティストのライブ。それまでに機嫌は直しておかなくっちゃね。***イマイチ機嫌の直らないままライブに向かう。zeppナゴヤ、3月にオープンしたばかりのライブハウス。小さいだけあって、舞台が近いのはいいのだけれど。zeppの造りは、背の低いものには辛いな、と実感。今日は、前半分にパイプ椅子を入れて指定席を作り、後ろ半分は立ち見席。てっきり1Fは全部立ち見だと思っていたけど、違った。わたしがいたのは、立ち見の一番後ろ。158センチしかないので、わたし。前に男性が立たれると舞台がまったく見えない。不完全燃焼な感じだったけど、ライブハウスでのライブはいいな。臨場感はドームやコンサートホールよりずっと強烈。それにしても自分は音楽の趣味の範囲が狭い。愛するアーティスト以外をほとんど知らない。知らないばかりか、耳障りにすら感じるものが多い。配偶者くんは逆に広い趣味の持ち主なので、彼の選曲でカーステレオを鳴らしていると、たまにイライラすることがある。だいたい、心が狭いのだ。好きじゃないものに対して冷たすぎる。人間に対してもそうらしく、母などにはよく注意されるけど・・自分では同じように接しているつもりなので、指摘されると、ややへこむ。改めなきゃなぁ、そういうところ。てなことまで連想で考えさせられた、ある意味有意義なライブだった。愛するアーティストのライブ後と違って肉体的疲労が全くない・・。声も嗄れてない。腕も筋肉痛じゃない。首もムチウチ状態になってない。不完全燃焼。
2005/04/23
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あなたがわたしの前から消えて、どれぐらい経つのでしょうか。元気で幸せに暮らしているようですね。たまに噂を聞きます。お子さんももう幾つになってしまったのでしょう。お子さんの成長がそのまま、あの苦しかった日々からの距離を示すのは、どんな気持ちのするものですか?或いはあなたはわたしのことなんてすっかり記憶から追い出してしまったのかもしれません。そうだとしたら哀しいけれど、わたしにはそれを止める術がない。忘れ去られるぐらいなら憎まれていたいと思うのだけれど、結局のところ、わたしにはただここでこうして繰言を述べることしかできません。それが何になるのかなんてわからないけれど、ただひとつ言えるのは、わたしの中にあの日々は今も色褪せずに存在するということです。あの時わたしは思いました。あなたを傷つけて貶めて、思う存分復讐するためだけに残りの人生を費やそうって。あなたにそう言いもしました。「それは何も生み出さない」あなたはそう言いました。「お前はまだ若い、そんなことに人生を費やすな」と。あれだけわたしに傷つけられていながら、尚、わたしの人生が無駄に費やされることに疑問を投げかけてくれたのでしょうか。それとも、ただひたすら、わたしの手から逃れたかっただけなのでしょうか。そんなのどっちだって構わない。わたしはあなたを心の底から憎んだし、自分の人生に残っているかもしれない幸せの全てと引き換えにしてでも、あなたを苦しめたかった。ただそれだけを願っていました。そこまで思いつめた自分を、愚かだったと思いますが、後悔はしていません。ついこの間、結婚しました。夫である人は本当にわたしを想ってくれます。わたしもまたその人を大切に思います。わたしは今、幸せです。幸せを拒むように生きてきたのに、その暗い人生に割り込んできてくれる人がいたんです。そしてわたしはその人を信じることにしました。もう一度、現実の世界を生きようと決めたのです。絵空事のような孤高の内閉世界を後にして。解放される。そう思いました。あなたを憎み、辛かった日々の思い出に囚われて、ひとりで泣く日々から。あなたのおかげでなくしてしまったいろいろなもの、それを惜しんで悔やむ日々から。あなたに気が済むまで復讐できなかったことへの未練に、焼けるように執着する日々から。自縄自縛のつまらない毎日から、解放される。そう思いました。それなのに、あなたの記憶が今もわたしを脅かします。ちょっとしたきっかけで傷は痛み始めます。あなたの噂を聞くたびに、どうしようもないほど混乱してしまいます。あの時の気持ちがそのまま甦り、あなたの目の前で死んでやろうとか、あなたに自分を殺させて、あなたを殺人犯にしてしまいたいとか、そんなことまで思ってしまいます。でもそれももう葬ってしまいたいんです。あなたが今もわたしを激しく疎んでいるのか、或いはわたしの存在自体、綺麗さっぱり忘れてしまっているのか、それはわかりません。なのにわたしはいつまでもあの日々の中に取り残されてる。真っ黒い嵐みたいだったあの日々の、その記憶の生々しい傷を抱えたまま、新しい人生を生きることはできません。だから思い出も記憶も葬ってしまいたい。わたしの中のあなたを葬ってしまいたい。あなたに何かをしてくれと望むわけではありません。今この思いを言葉にしたかっただけ。この文章をあなたが読むことがあるとは思っていません。自分に対して何かを宣言したかっただけです、たぶん。ずいぶん勝手なことを書きました。お気に触ったらごめんなさい。もう二度と会うことはないでしょう。わたしは幸せです。あなたのことは忘れないけど、もう思い出さないことにします。どこまで実行できるかわからないけど。さよなら。あんなに真剣に愛憎をぶつけた相手は、あなたが最初で最後でしたよ。
2005/04/22
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窓の外では風が猛り狂っている。電線に引き裂かれ、家々の窓を揺さぶって、ビルの腹に当たって流れる。風は何かを運んでいるんだろうか。近所に古墳がある。古墳の木々もひっきりなしに揺れ、ざわざわと森の中で何かを囁き合っている。こんな風には不安を掻き立てられる。別に何の思い出があるわけでもないけれど。自分が屋根と壁のある場所に居られて良かった、この風が自分に吹き付けるのでなくてよかった。そう思う反面、思う存分風に身を晒して、好きなだけ吹き付けられたら、何か身に憑いたものが落とせるかもしれない、そう焦がれる気持ちがある。さて。今日は週末。風は嵐の前触れとなるのか、厄落としとなって週末を飾るのか。眠い目をこすりながら、身支度を整える・・・***朝っぱらから気取った雑文書いてたら、通勤中に階段から落っこちた。それも昇り階段で。落ちたといっても2・3段、踏み外した程度なので、怪我も何もなかった。恥ずかしいというより妙に決まりが悪くて、慌てて立ち去ったけど、そのときカバンから吹っ飛んだらしくて、会社に着いたらハンカチがなかった。ツイてないな・・ツイてないことで始まった一日はツイてないままに進む。これといって大きな事件もない代わり、なんとなく星回りの悪い日だった。運は手を伸ばせば届くところにある、でもそれに気付いて手を伸ばすかどうかはその人の才覚にかかってる、それが「運も実力のうち」ってこと。昔、ともだちがそう言った。たしかに彼女は見極める目を持っていたみたいだった。自分にはそれが徹底的に欠けている気がする。せめて「悪い運を避ける目」を養えるといいんだけど。明日も早起きだし。寝てしまうに限る・・・けど、寝てしまえないんだろうなぁ。アモバンとハルシオン、頑張ってよね。何が不満で眠りを惜しむんだ、自分は?
2005/04/22
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会社を休んだ。って言っても、突然のお休みじゃなく、予定年休。前日ぐらいまで忘れてたけど、今日は結婚式準備の一環で、美容院との打ち合わせがあるのだった。打ち合わせはまたもや消耗しそうだけれど、・会社に行かなくていい・でも、今日はともだちとランチその2点が実に嬉しい。朝っぱらから婦人科通いの予定なので、それも憂鬱だけど、それが終われば、ランチだ、ランチ。ちょっと高級メのレストランで、お得なランチを食べるんだ!俄かセレブ気分。セレブったって、せいぜいランチ1000円なんだけど、我々は庶民だから。それで充分リッチな気分。そうやって楽しいことを考えて、自分を鼓舞する。そうじゃないと・・・わたしにとって産婦人科は辛い場所。思い出したくない事柄の宝庫だから。さて。鬼コミ市民病院対策として、受付開始の15分前には行かないといけない。会社に行くのとあまり変わらないスタートだなぁ・・・産婦人科で突然鬱にはまってしまいませんように。***産婦人科から無事帰宅。先生は初めての方だったけど、良い人で、ほんとうにありがたかった。鬱にもはまらず、次はランチに思いを馳せる。その次は美容院・・これはちょっと憂鬱、病院と美容院。冗談みたいだけど、わたしの中ではよくある組み合わせだ。結局早起きだったため睡眠不足はあまり解消されていないけれど、何はなくとも会社に行かなくていいのが嬉しい。***今から「引越しのご挨拶」に行くことに。我々が住むべき、配偶者くんの社の社宅だ。こんな時間(21時前・・)に、と思われそうだけど、明後日から家電の搬入を始めるっていうのに、明日はとてもまっとうな時間に帰れないと配偶者くんが言うので、しかたなく今から行くことになった。どうせ社宅に住んでいるのは配偶者くんと同じ社の、つまりは不夜城の人たち。こんな平日はむしろこれからがゴールデンタイムなんじゃないだろうか。挨拶・・わたし自身の引越しは5月になってからなんだけどなぁ。というか・・・近所づきあい。それを思うと胸が苦しくなる。見ず知らずの「特定」多数の中に飛び込んでいくのか・・承知で社宅住まいを決めたわけだけど、いざ直面してみると、やっぱり、気が重い。最初が肝心。手土産のお菓子も持ったし、直筆で一筆添えた。道具立ては揃った。愛想笑いのエネルギーが、7軒分、持てばいいんだけど。戦地に赴くみたいな気分で、今から家を出る。***戦地から生還・・そんな大げさなものではなく、とりあえず今日はさら~っと流れた。そりゃそうだ。21時に訪ねてきた「引越しご挨拶」と、長々話したい人はいないだろう。今日のは軽いウオーミングアップ。本戦はこれからだ!今住んでいる場所では(社宅から歩いて10分なんだけど)わたしは微妙に評判が悪い。微妙に、というのは、・有名進学高校に行ってた優等生である・髪を染めたり制服を改造したりしていなかった(高校まではね)・幼かりし日は夏休みの「町内ラジオ体操」などまめに出席してたという、高校生までの好評判と、・社会人なのに極端な茶髪・不明瞭な挨拶しかしない・朝帰り・迎えに来る車が度々変わるという、大学を卒業して帰省してからの悪評が混ざっているからだ。(被害妄想じゃなく、実際そう指摘されたらしい。母が。)ご近所の目って怖いなぁ・・挨拶をしないのは、低血圧のわたしは朝、半分眠りながら歩いているからだし、茶髪は去年の夏から改めた。朝帰りもしなくなった。それでも反応は微妙、らしい。自業自得だけど。ご近所の目って怖いなぁ・・・
2005/04/21
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昨日は「うちの人事じゃ対応は遅いだろう」って書いたけど、早かった。ごめんなさい人事の方。迅速な対応により、昨日のうちに保険証の仮発行をしてもらえたので、今週は堂々と病院に行ける。しかし今日は内科に行く元気がない。内科に行くには、会社を半日ないしは全日、休まないといけないからだ。それを言い出して周りに説明するのが辛い。だからきっと、今日も病院には行けずに普通に出社するんだろうなぁ。今日も睡眠不足。2時半か3時ごろに寝て、6時前に起きた。そろそろ脳細胞が死んでいってるのがわかる気がしてきた。記憶力と判断力が低下している。物事を認識する力も。キータッチも前の3倍ぐらい遅く、しかも間違いだらけになってしまった。労わらなければ、脳細胞を。***ふと思いついて、会社の近くの内科に行くことにした。歩いて5分ほどなので、昼休みに行くのが可能。どうせ昼はいつも時間を余らせて事務席で昼寝なんだ。これなら好都合。仮発行の保険証を片手に、雨の中をすたすた歩く。歩くうちに、不安になる。前回、いつものメンタルクリニックで「食欲そのものを抑える薬は存在するけれど、それは内科の守備範囲。うちでは扱ってない」と言われたので、単純に内科に行くことにしたけれど・・・そんな薬、簡単に処方してくれるんだろうか。もちろんわたしにはわたしなりの、切実な理由がある。深夜過食。夜中に起きだしてありえないほどものを食べ、その記憶がすっかりなくなっている。最近では深夜に食料を封印したため、昼間、意識のあるうちに過食が始まる。チョコレートひとつ、ビスケット一枚、それが火付け役になって、そこにあるものを全部食べるまで気がすまない。過食後は後悔の嵐で、太ったら嫌だし、ということで食事を控える。すると食事時間外に極端にお腹が空いてお菓子に手が出て・・その悪循環。後悔の嵐の中では、自分への罰なのか何なのか、腕を切ったりもする。もうどうしようもなかった。食欲と後悔と、付随する行動への衝動と後悔と、冷静なときの自分とのギャップへの恐怖と。何がなんだか頭の中がぐちゃぐちゃだった。とにかく過食だけでもおさまってくれれば、すこし道が明るくなると思った。けど、それって理由になるの?その程度の悪循環なら、誰もが一度ははまったことがあるんじゃないの?(まあ誰もが腕を切るとは言わないけれども)自力で抜け出せないのは、鬱病だのなんだのじゃなく、単なる意志の弱さなのじゃないの?そういう声が、聞こえる気がする。しかしそれでも歩き出してしまったんだから。わたしは内科に行って、医師に必死で訴えた。開口一番「わたし過食症なんです」。結果、「食欲を抑える薬はあるけれど、それは『肥満』が健康を害する程度に達していると内科的に判断された場合にのみ使う薬です。自分としてはできる限りだしたくない。しかしあなたの場合は、事情がわからないでもないので、当院の気持ちを汲んだ上で、それでも強く希望されるのであれば処方します」とのこと。迷いは数秒だった。わたしは答えた。「処方してください」院外処方なので処方箋を書いてもらう。で、近所の薬局に向かう。・・・よかったの?内科のスペシャリストが「できれば出したくない」薬を、無理に出させて・・。すぐに薬に頼る、その意志の弱さこそが過食の原因なんじゃないのか。後悔というより罪悪感が自分を襲う。嘘はついてない。ひとつも。状況を隠してもいない。他に飲んでいる薬も全部オープンにした。それでも、うしろめたかった。自分が何か取り返しの着かない方向へ一歩踏み出してしまった気がした。明日から、その薬を服用してみようと思う。2週間分。何が変わるんだろう。良かれ悪しかれ、何かは変わるといいのだけれど。
2005/04/20
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通勤電車は荒れ模様。わたしはいつも、朝起きて日記を書いて、帰宅してから追記する。なので朝イチの日記は、日記と言うより雑文である。それはどうでもよい。今日もまた、Cocco活動再開のニュースを見て喜んでいたのに、いざ出かける段になったら右の後頭部が熱くなる感じで、頭がぼんやりし始めた。しかしまあ慣れているので、そのまま出勤する。朝の電車で配偶者くんと待ち合わせているから、休んではいられないのだ。満員電車の中で「眠い」「行きたくない」を連発したら、「俺だって行きたくないんだから」と諭された。なるほど。そうよね。と思って引き下がるも、尚も「でも・・」と続けるわたし。「じゃあ何か面白いことばっかり考えてみなよ。会社に面白い人いないの?」「・・・いないなぁ」「いつも上司の文句言ってる元気はどうしたんだ。もっと前向きに考えろよ」「・・できないもん」「最初からできないって決め付けたらホントにできないだろ」「でも・・」「なんでそんな後ろ向きなんだよ」「気の持ちよう」でどうにかなる部分と、ならない部分があるんだよ。そのどうにもならない部分がストライキを起こし始めると、自分でも制御はできないの。拙い言葉でそれを伝えようとするけど、一緒にいられる乗車時間はわずか6分。最後まで言わないうちに、彼は満員をかき分けて降りてゆく。わたしは思いっきり不満な顔をしたことだろう。その後10分ぐら、いわたしは終点で降りて、歩き出す。そしたらメールが来た。彼からだった。一瞬喜んだけど、中を見たらたちまち悲しくなった。「会社行くのが嫌なら今日は休暇にしたら。病気なら休んで治すように。 いずれにしても僕がいろいろ話すことはマイナスらしいね。 役に立たない人間で申し訳ないです。すみません」わたしは悲しい。長い付き合いだ、文のニュアンスでわかる。彼は腹を立てている。ぐだぐだと不平満点のわたしに対して。役に立たない人間で申し訳ない、っていうくだり、これは彼が相当怒ってるときに登場するんだ。確かに愚痴を言い過ぎたかなぁ。眠いのも行きたくないのも、誰でも一緒だもんね・・自分だけ辛いわけじゃないんだもんね。睡眠不足だってある種自分の責任だし。愛するアーティストの歌声すら耳障り。イヤホンを引っこ抜いて、朝の繁華街をカラスと共に歩く。撃沈。会社でも今日のわたしは普段に輪をかけて不愉快な雰囲気を醸していただろう。・・・撃沈。
2005/04/19
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帰りたい。帰って眠りたい。今日は大事な処理があるからって、会社には来たけれど。ごめんなさい。勘弁してください。逃げたらダメですか。ダメです。わかってます。大丈夫逃げませんから。まだ働きますから。…眠い。
2005/04/18
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・・という歌詞が、愛するアーティストの歌にあったなぁ・・誰のせいでもない。わたしが勝手に起きるだけ。起こされたわけじゃないもの。昨日寝たのは?1時半ぐらい・・2時にはなってなかった。で、4時半起きかぁ。げっそりだ。でももう5時。も一回寝たら今度は確実に起きられない。一昨日、通院日。過食のことを激しく訴えたけど、何も解決策は得られなかった。・・・内科に行けば、食欲を抑える薬を処方してもらえるかもしれない。内科に行きたい。内科に行って、過食症なんです、薬をくださいって訴えたい。婦人科も行たいし・・ああ、休みがほしい。病院行く時間だけでいいから。休みがほしい。でも休めないし、休むと配偶者くんに怒られる。どうしよう。婦人科も行きたいけど、そこは土日は完全にお休み。ああ、平日に休みがほしい・・・・・。***朝からぼやき節を炸裂させていたら、バチが当たった。今日、退社してからコンビニに寄って、お茶を買って、レジで支払いを・・と思ったとき気付いた。左手の指輪がない!一瞬で血の気が引いた。お茶をレジに置いたまま、挨拶もそこそこにコンビニを出る。頭の中は大混乱だ。ない?婚約指輪が?慌ててかばんの中を隅々まで探る。けど、みつからない。今度は頭に血が昇って、全身が熱くなった。まて、と冷静に考える。指輪はジャストサイズで作ってあるから、自然に落ちることはありえない。ちょっと何かに引っ掛けて取れてしまうサイズでもない。ということは、自発的に外したとき、再び着けるのを忘れたんだ。いつだ?自分で指輪を外したのはいつ?そこで震えるまぶたを軽く閉じて更に考える。そうだ、退社間際に、ふと指輪を見たら、傷がついているような気がして、確認のために外してハンカチでぬぐったんだ。そう、そのときだ。思ったときにはもう、携帯で会社に電話をかけていた。たまたま超音波主任が出てくれたので、訳を話して、机の周りを見てもらう。みつからない。会社に戻る道を急ぎながら、引き出しの中も見てもらう。やっぱりみつからない。信号を2つほど無視して、(わたしは初めて車にはねられた高校生のとき以来、絶対に信号無視をしないことに決めていた)会社に向かう。夜の街を走る。錦三丁目、眠らない街。やっとの思いで会社に着いて、周りの人の同情半分、好機半分の視線も全く無視して、探す・・・けど、みつからない。どうしよう?目の前が真っ暗になりながら思ったとき、普段全く口をきいたこともない、派遣さんの女の子が、遠慮がちに「これ・・・」と差し出してくれた。まさに、指輪だった。脱力してその場に座り込み、5分ぐらい汗を拭いてから、ようやく会社を後にした。今もまだ緊張が抜けてない。ああ。よかった・・・だるいとか憂鬱だとか、我慢しますから、神様。この幸運に、感謝しますから。そんな大事なものの管理ひとつできない愚かなわたしを見捨てないで。でも・・・、とりあえず今は、眠らせて。
2005/04/17
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今日は情報処理試験。・・・だけどこの時間に日記記入。つまり、サボってる。昨日の夜、兄夫婦が帰ってから、イライラが最高に達して、レボトミンを飲んだ。就寝前の薬と全部まとめて飲んだのがいけなかったか、単に飲む時間が遅かったのがいけなかったか。今日は6時に目覚めるも動けず(それでも6時に目を覚ます悲しい習慣)。ついさっきまでふとんの中でぐずぐずしていた。サヨナラ、試験。なんてダメな自分。それなりに準備もしていたのに。通信講座を受け、対策セミナーも出て。今回は合格するぞ、って、結構本気だったのに、あっさりエスケイプ。こんな自分ともサヨナラしてしまいたい。薬なんて言い訳に過ぎないんだ。やる気やる気と言いながら、本気じゃなかったんじゃないのか?年に2度しかない試験。頑張れば、受からないこともない試験。頑張れないのは薬のせいでも、鬱のせいでもないんじゃないか。それはもう生来の性格のせいじゃないのか。これでまた会社的ウケが悪くなるなぁ・・・仕方ないので、部屋の片づけをしようと思う。気を紛らわせるために。というか、月末には配偶者くんとの新居(築40年の社宅)に引っ越すっていうのに、サッパリ何の片付けもしていない。そろそろ始めないと・・間に合わない。ああ何もかも遅れ気味だ。自分の人生を象徴しているようだ。散らかった部屋の中心で自責の言葉を叫びたい。愛を叫ぶんじゃなくて。叫んで紛らわせないと・・また剃刀を出してしまいそうだ。こんないい天気なのに。***午後から家具を買いに出かけることに・・・。前回、家電を買うのでとことん消耗したので、行く前からもう疲れ気味だった。・・・案の定、消耗。2時から8時まで、社宅の採寸と家具選びに奔走した。カーテン、レンジ台、ローチェスト、箪笥、衣装ケース。それだけ選ぶのに、今日一日では足りなかった。つまり、来週も寸暇を惜しんで家具選び。それも、何が問題になるかって言うと、社宅が狭いこと。狭いから、絶妙なサイズの家具でなければ入らないということ。もう見てくれで選んでいる場合ではなく、夢も希望も二の次だ。しかしまあ、忙しかったおかげで、情報処理試験すっぽかしのことは忘れていた。結婚準備で忙しくて・・と、言い訳の大義名分ができてしまった。まあ誰に言い訳する必要もないのだけれど。明日は月曜か・・・マンデー・モーニング・ブルーはもう慣れた。今は土曜の夜から既にブルーだ。サタデー・ミッドナイト・ブルー。下手をすると、サタデー・トワイライトーブルーだものね。高校生のときと何も変わっちゃいない。
2005/04/17
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今日は通院日。いろいろと話したいトピックスがある。珍しいことだ。いつも、漫然と行くだけだから。前回は、配偶者くんと一緒に行ったんだった。得がたいものを得たと思っている。今日はひとり。配偶者くんは出勤だ。今頃、インバータの設計と格闘中だろう。なんとなく、昨夜の孤独を思い出す。結局あまり眠れないまま、朝もお風呂に入って、テニススクールに行ってきた。そしてこれから通院。全く落ち着かない日だ。おまけに夕方から兄夫婦が遊びに来るらしい。ただいま妊娠中の兄嫁は、おなかが大きくなってきたかな。兄嫁のことは好きだ。・・正直な話、兄より好きだ。通院日。なんとなく、4年前の、通院を始めたころを思い出した。不毛の毎日。逃げられない状況。自分で自分の首を絞めること。そして、あの男への激しい感情・・・それをどうすることもできなかった。今は、受け止めてくれる人がいる。でもその安心がともすれば不安にすりかわる。その不安を打ち消せるうちは大丈夫。わたしは幸せなんだ。晴れた空の下、4年前の自分に向かって何かメッセージを送りたい気持ちに駆られる。さて。でかけよう。***で、通院から帰宅。病院から地下鉄5駅分のウオーキングにも今日は最適。・・と思っていたし、実際歩くのは気分が良かったけれど、わたしは歩きながら終始悪態をついていた。すれ違う人に聞こえない程度に。悪態をついていないときは、歌を歌っていた。MDを聴いていた。愛するアーティストのアルバム。英語詩を必死に追って、ついていけるところだけくちずさんだ。ええと、病院での話は、悪い方向じゃなかった。配偶者「(仮)」の取れたこと、前回一緒に通院してから今日までの、ふたりのこと。それから自分の不眠気味のことと、過食の事。30分でよくそこまでしゃべったよ・・と思うほどだった。しかし、終始、涙。滂沱の涙。そのくせ声が震えるでもなく、結構達者にしゃべったと思う。しゃべってるうちにいろいろ気付くことがあって、自分でも感心しながら話を進めた。涙と鼻水に邪魔されながら。話の内容は悪い方向じゃなかったのに、話し終わる頃、すっかり鬱気分にとり憑かれていた。カウンセリング後、ドクターと薬の相談をする。これまた鬱の気配。過食のことを必死に訴えるも、淡白なドクターは「そうですか」としか言ってくれない。結局、いくつか薬が変更になった。ついでに、整理。<現行>毎食後:メデポリン就寝前:ルジオミール、ノクスタール、アモバン頓服:レボトミン<変更後>毎食後:メデポリン就寝前:パキシル、ルジオミール、ノクスタール、アモバン、ハルシオン頓服:レボトミン就寝前が若干増えている。増えた二つは、どちらも昔、服用経験ありだ。特にパキシルは最近やめたばっかりだった。何で増えたんだろう。前回、配偶者くんと行った時、心理士さんもドクターも「もうだいぶいいですね」という意見で一致していたのに。増えてしまったことが、なんとなく、不本意。***兄夫婦来たりて帰る。結婚祝いといって、保温鍋とフードプロセッサをいただいてしまった。嬉しい。わたしは料理はできない・・しないくせに、台所用品が好きだ。お菓子作りやパンを生地をこねるところから作るのは好きなくせに、日々の料理はできない。しない。それでも、食器の類からお鍋、ヤカン、包丁、更にエスプレッソメーカーとか、銅版のたこ焼き器とか、家電も好きだ。一人暮らしのとき、バターナイフを7本とカップ&ソーサーを5脚(それも全部バラバラで)持っていた。美しい食器が好きだ。豊かな気持ちになれる。特にスプーンやフォーク・ナイフにはこだわりがある。イギリスのハロッズで一目ぼれしたナイフを、あからさまな観光客のなりをした東洋人が1本だけ買って帰って、ハロッズの人もいぶかしんだことだろう。3年前、親友がくれたマイセンのモーニングカップは宝物で、地震が来たら持って逃げようと思っている。ところで兄夫婦がビデオをもって来た。兄嫁のお腹の中の、赤ちゃんのエコー映像!15センチだそうで、それなのに手足や背骨や心臓の拍動まで、ちゃんと見えた。小さい手を動かして、子宮の壁を押していた。まだ5ヶ月にならないのに、すごいなぁ。人間って捨てたもんじゃないな。場違いにも、わたしはそんな感想を抱いた。
2005/04/16
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眠れない夜は危険。ろくなことを思い出さないから。だけどそんな人生悲しいじゃない?ふと思うことが「ろくなことじゃない」なんて。楽しかったこと。幸せだったこと。それを考えてみようよ。あるでしょ? 記憶の中に、いくつでも。それより先に、辛いこと悲しいこと悩んだこと、そういうマイナス要素を思い出す。その思考回路がまずダメらしい。人間誰でも一度は本気で「死にたい」って思うものだと思ってた。だから自分がそう思っても、それは特殊なことじゃないと信じてた。最近身近な人にアンケートをとったら、違ってた。死にたいって本気で思ったこと、ある人の方が少なかった。どうして?思春期ごろ、死にたいって思わなかった?辛い恋をしたときとか、受験が上手く行かなかったときとか。でも、思わないらしい。みんな。辛いとか悲しいとか、それは「死にたい」に直結しないらしい。じゃあさ、高校生のとき、普通に「自分が死ぬときは自殺だ」って思ってた自分は何なんだろ?当たり前のように。動かしがたい宿命を受け入れる、そんな穏やかな気持ちで自死を思った。わたしはいったい何者だった?今はどう?死にたいって思ってる?思ってない。死にたくないよ。わたしはまだ終われない。なのに、電車を待つホームで、ふと「飛び込んだら、終わる?」って思う。高いビルに登ればまず「ここから落ちれば、生還しないな」って思う。車を運転していると、「アクセルを踏みすぎたらどうなるんだろ?」って思う。死にたくないのに。自分は自分の思考にとり殺される気がする。日常的に死を思う、その気持ちがいつかわたしを殺すかもしれない。死にたくないのに。・・・死にたくないのに?自分自身の存在への嫌悪感。それでも捨てきれない自己愛。自己愛に応えられない不甲斐ない各種才能。瞬間で入れ替わる、プライドと自己嫌悪。そういうものは慢性化して、漠然とした不安に変わる。底に凝って心を圧迫する。最近自分は幸せだ。・・・この幸せを失ったら、今度こそ立ち直れない。失いかけているの?そんな心配があるの?そうじゃないでしょ?そんな取り越し苦労こそが破綻を生むんだって、嫌というほど学んだはずでしょ?ワカラナイ。自分の心がわからない。眠れない夜に閉じ込められて、つまらない考えに縛られている。夜は生暖かく、何かを促している。わたしは一人、春の夜の片隅で、自分をもて余してる。涙さえ流すことはできずに。
2005/04/15
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ようやく週末だ。昨日は朝から「会社行きたくない病」とのバトルだった。辛くも勝利をおさめ、会社には行ったものの、日中眠いしだるいし、つまらないミスはするし、あまりいい調子ではなかった。今朝もそのまま「行きたくない病」は持ち越しか・・と思ったけれど、意外にも、今は穏やかに諦めモードである。「仕方ない。働こう」最近の呪文。昨日もまた眠りは浅かった。夢を見た。このブログで知り合った方たちと、実際に会っている、という夢。わたしは自分の容姿にとことん自信がないので、かなり気後れしていた。皆さん非常に美形だったし・・・。それでもまあとにかく集まって、漫然と話をしていた。そこまで。それから食事に行ったとか遊びに行ったとかはなく、そこで終わりの変な夢。他にも夢は見ただろう。覚えていない。ちょくちょく起きて時計を見た記憶があるけど、携帯にともだちからの着信があったのには今朝初めて気付いた。携帯にも起こされず寝ていたということか。よくわからない。けど・・依然、眠い。今日は週末だし。「仕方ない。働こう」で、20時間後には安らかに夢の中だと思いたい。***夕方ごろ、母から携帯メール。「区役所から親展で封書来てるけど」すわ、婚姻届に不備が!?と焦ったけれど、婚姻届受理のお知らせだった。ほっと安心。区役所さん・・・脅かさないで。朝は割と調子よく家を出たのに、今日は不調な一日だった。後輩くんが、音がしそうなぐらいテキパキと働き。先輩はみっつぐらいの仕事を同時に進行させながら、ジョークに紛らせて愚痴を言う余裕もあり。わたしは?睡魔と闘いながら、今日はひたすら、あちこちに質問の電話をかけまくっていた。社内の情報処理部門。経理。人事。業務の顧客に、宅配会社に、大手文具メーカー。今朝ぐらいからようやく普通に声が出るようになったと思ったら、電話ばかりの一日。しかも、どれもこれも「誰でもできる」内容ばかり。何しに来たんだろ?わたしが来た意味、あるの?休んでもよかったんじゃないの?顧客への納品物を入れるトランクに鍵をかけながら、わたしがいなければならない理由は、せいぜいこの鍵のありかをわたししかしらないことだ、と思った。自分が役立たずなのには慣れている。でも今日はそれが少し・・いやかなり・・寂しかった。認められたい、そう思って頑張っていた時期を思い出した。あの情熱が今はない。
2005/04/15
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最近、天気の話ばかりしている気がする。まあでもとにかく、今日は晴れ。よかった、久々に晴れやかな太陽を見た。でも今日はちょっと「行きたくない病」が頭をもたげ中。朝から会議があるから。休むわけにいかないんだけど・・休みたい。今日は結構切実に休みたい。嫌な夢を見た。内容は忘れちゃった。でもすごく嫌な夢だった。眠りは今日も浅かった。夢が現実を浸食して、起きたときまだ意識がそこらへんを浮遊していた。週末は通院日。ドクターに相談してみよう。***今日、用事があって弊社別ビル(自分のいるところから歩いて10分強)に行った。そうしたら偶然同期の友達に会った。彼女は入社前、「内定者」のときからのともだちで、だからかれこれ7年の付き合いになる。出会ったときは学生だった。会社の、内定者懇親会で、偶然そばにいた男女7人で仲良くなった。お姉さん肌で気持ちが優しくて、明解で聡明な物言いをする子が中心となり、その後も我々の集まりは続いた。中心人物たるその子にはいつしか「ボス」というあだながついた。しょっちゅう一緒にいたわけじゃない。でも事あるごとに集っていた。忘れ去ることがないから、酷く懐かしく思い返すこともない。ふと気付けば心の中にある、そんな暖かい仲間。何ヶ月、何年ブランクをおいても、「集おうよ」と言い出せは実現する、そんな仲間。ボスは、今ちょっと事情があって会社から離れている。わたしたちはみんなボスが大好きで、だから今日会ったともだちとも、自然ボスの話になった。彼女は寂しがっていた。というより、悔しがっていた。「ボスはあんなに頑張り屋でやさしくて・・仕事もできて。 なのになんで、そういう子に限って、辛い目にあわなきゃいけないの? 人一倍幸せになっていいはずなのに、 そんなに苦しんでるなんて・・・何か腹立ってくるよ」 「わたしはもう一度、ボスが楽しく働いてる姿が見たい。 自分はいつ辞めようかって考えてばっかりなのに、ボスは前向きで。 お手本だったのよ。 もう一度、一緒に働きたいよ。悔しい。ほんとに悔しい。 でもそれでボスが辛いんだったら、帰ってきてねっても言えないし・・・」明るい真昼の太陽の下、彼女はそれ以上のことを言わなかった。わたしも彼女の気持ちに打たれて言葉を失った。ふたりして数秒、沈黙したままうつむいた。用事があったからそれからすぐに彼女と別れてしまったけれど、提出する書類を握り締めて歩きながら、泣かずにいられなかった。帰ってきてよ。こんな会社辞めちゃいなよ。どっちも本心。どっちも同じ分だけ願ってる。こんな会社辞めて、楽になってほしい。けど、もう一度ここで、同期として、会いたい。どっちも本心。でもどちらも、言い出せない・・・
2005/04/14
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思えばここしばらくまともな食事をしていない。朝はインスタントのスープとカスピ海ヨーグルト。昼はお菓子とゼリー飲料。よるはゆで野菜とお味噌汁と、お菓子。一番充実しているのは朝で、前の晩の残り(家族は普通に食べているので、その残り)を食べることも多い。そうすると、そこだけはちゃんとした食事だ。だいたい、会社で一人で昼ごはんを食べるようになってから、3年ぐらい経つ。あるとき。昔は唯一の楽しみの時間だったランチタイムが、楽しい反面、ものすごく疲れることに気付いてしまった。鬱最盛期だったのだ。それで、突然、ドロップアウト。更衣室で一人で缶コーヒーとお菓子を食べた。その後、鬱が少し改善しても友達の元には戻れず、結局今も一人で食べている。今はもっと劣悪だ。更衣室が廃止されたので、喫煙コーナーなどで立って食べる。そしてすぐ事務席に戻り、残りの時間はそこで居眠り。遅番の人もいるからやめなさいと暗に諭されたけど、どうしても、誰かと一緒に食事ができない。そして余った昼休み時間は、眠りに充てたい。そんなこんなで、主食がお菓子。身体の中はぼろぼろだろう・・・改善しなければならない。突然の変革は無理だ。だって、休憩室でごはんを食べるのは、まだ当分できそうにない。となると、喫煙コーナーでは簡単なものしか食べられないから、まともな昼ごはんは難しい。ましてや同期の友達が退職で減った今、ただ雑然とした休憩室で、知らない人たちの中で昼ごはんは食べられそうにない。そんな弱音を言ってたら、永遠に改善しないんだ。彼と一緒に住むのは5月頭から。結婚式は5月末。それまでの半月ほどを、リハビリに充てよう・・・これまでに何度も、友達のもとへの復帰を試みた。その度に挫折した。それでも諦めない。鬱は・・・回復してるんだから。きっとできるはず。そのぐらい、できなくては回復なんて語れないんだ。
2005/04/13
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昨日は久々に眩暈がするほど残業だった。時間的にはたいしたことなかったのだけど、日中、昼休みを取る間もろくになく、トラブル対応に追われていた。おかげで薬も飲めず、夜になったら心臓がドキドキして、頭に血が上った感じで眩暈がした。今日はそのトラブルも片付けて、さっさと帰って安眠したい。(しかし本当にこんなトラブルだらけでいいのか、この会社)昨日の夜も眠れなかった。11時ごろに激しく眠くなったけど、なぜかそこで寝ることができず、12時ごろには目が覚めてしまった。今度は起きださず、布団の中でひたすら耐える。しばらくそうしていたら、どうにか眠れたようだ。でもやっぱり朝は5時起き。空はまだまだ曇天模様。春の青空はなかなか拝めない。青空を待たずに、地中からは生命が顔を出し始めている。有機的な湿った匂いが空気に混ざる。全ての生命が眠りから覚めるときだ。こんな天気の下には、思い出す人がいる。思い出す場面がある。悲しい思い出? そればかりじゃないけど。でも今、わたしは現実を生きている。全ての生命と共に、新しい自分も目覚めさせたいんだ。思い出に囚われる人生は・・要らない。***手帳を見ていた。わたしは手帳に、思いついたことを書き付ける習慣があった。何年か前の手帳、罫線のない白いだけのページに、ぽつんと書いてあった。 「愛憎」は両立できる裏表 君に出会って学んだ真理 君を憎む 生きるための原動力は 「愛」じゃなくてもいいはずだから誰に捧げた言葉だったか。・・なんて、考えるまでもない。生きるための原動力は、もちろん愛じゃなくてもいいと思うけれど。それが「憎しみ」だとしたら、少し悲しいと思う。今のわたしは?何を原動力に生きているんだろ?
2005/04/13
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眠れなかった。神経が興奮してたのか、さすがに。2時半まで記憶があって、次に目覚めたら4時ぐらいで、うむ、と思って再度寝て、更に5時に目が覚めた。それからずっと起きている。今日の9時から17時ぐらいの間に、配偶者(たぶん)の携帯に区役所から連絡がなければ、昨日出した婚姻届はめでたく受理されて、我々は晴れて夫婦。ここにくるまで、長かった。なんとなく、最後のオチとして、笑える書類ミスがあるような気がするけれど。昨日が何かの記念日だとかで、特に昨日の日付にこだわるわけではないので、それならそれでもいいや。さて。目下の問題は、会社にほとんど何も報告していないこと・・・。誰に何を言うところから始めるんだろ?それはちょっとだけ気の重い事項ではある。でもそのぐらい。大丈夫。こなしてみせる。***区役所から連絡が来なかった!婚姻届は受理されて、我々の結婚は成立したもよう。今日は絶対、上司に言おうと思っていたのに、またまたトラブルが発生して(どんな会社だ。大丈夫か)、対応に追われていたら一日が終わった。・・・・。こんな意志の弱いことではいけない。相変わらず声は嗄れたままだけど、明日は言おう。書類に課長印をもらって人事に提出しなければ。
2005/04/12
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「(仮)」が取れました。ついさっき、出してきました。婚姻届。夜間提出なので、書類に不備がなければですが・・(我々のことだから、おおいに有り得る、書類不備)まあとにかく。気持ちの上では、今日から彼は、掛け値なしで配偶者。わたしも彼の配偶者。共に生きていこうと決めたのです。付き合い始めの頃は何度も結婚をお断りしたし、去年の6月に「うん」と言う直前まで、独身主義でありました。幼い頃から結婚に憧れがなかった上に、あの男とのいざこざで・・・結婚は愛情の墓場だ。ぐらいに思ってた。今も不安でいっぱい。不安だらけで目が眩んだり、吐き気がしたり、衝動的に腕を切ったりしています。それでも、そんな瞬間にも、死にたくなかった。高校生のとき、思ってました。「自分のやりたいこと、やりつくしたら、死のっと」悲壮に思いつめる感じじゃなくて、ふと答えを思い出したときのように、そうだ死ねばいいんじゃん、って。拒食症で死に掛けたとき、正直、このまま死んでもいいかな・・と思いました。あの男と揉めたときは。辛くて苦しくて哀しくて、あの男を殺すか、あの男の目の前で自殺するか、あの男に自分を殺させてあの男を殺人犯にするか、それ以外に道はないって気がしてました。でも今は。今も鬱に襲われて、死への願望がチラつくときはあります。でも、心のどこかがジタバタしてます。死にたくない。そう思います。彼のため、とか、具体的なことじゃない。でも、彼に出会わなかったら、今頃生きてなかったかもしれない。共に生きていくのです。自分を信じて。彼を信じて。迷うことも道を踏み外すことも、きっとたくさんあるはず・・わたしの決心はすぐ鈍ります。でも。それでも彼と共に生きて行くのです。「いつの間にかじゃない、自分で選んで歩いてきたこの迷路」わたしは必ずゴールするのです。それがどんなに遠い道でも。
2005/04/11
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朝から超無言。調子が悪いわけではなくて、単純に声が出ない。原因は、この週末に叫びすぎたからなので、自業自得なんだけど・・しゃべれない、というのがこんなにストレスフルだと思わなかった。過食の夜に激しく後悔してから3日目。昨日と一昨日の夜は、家中のお菓子(我が家にはお菓子が山ほど常備してある)を全部まとめてカゴに入れ、父と母の寝室に退避させてもらった。もちろん自分でも買わないようにして、のど飴以外のお菓子を一切遠ざけた。思いのほかストレスに感じる。今までだって、深夜覚醒の過食以外、夜はそれほど食べてなかったのに。手の届くところに全く無いと思うと、なんとなく不安になる。夜中に死ぬほどお菓子がほしくなったらどうするんだろう?って。しかしまあ、2日とも、意識のある間はお菓子に焦がれることもなく、夜中に覚醒はしたけれど、無いものは食べられないので、過食には及ばなかった。試みは成功って思っていいのかな。この軽いストレスを感じなくなれれば完璧だ。朝からストレスのことばかり書いている。ダメだなぁ。今日もまたもや曇天模様。天気に左右されないように、気持ちをしっかり持っていなければならない。だからせめて、朝イチには楽しいことを書きたいんだけど。考えてみればまだ一日は始まっていないのだから、楽しいことの起こる余地もないのだった。夜には楽しいことの書ける一日でありますように。***終日ほぼ無言。無声音でしかしゃべれず、そうするとどうしたものか、相手も合わせて小声になってくれるので、何を話しても密談のようになる。困ったのは電話。事務室の電話は非常に感度不良なので、囁き声では文字通り話にならない。かかってきた電話は取らず(幸い自分宛にはかかってこなかった)、自分がかけるべき電話も筆談で後輩くんに任せた。必要以上に黙っていたら、そのうち全てが他人事のように思えてきた。ひどい話だけれど、他人事だと心が穏やかだ。朝起きたときはしゃべれないのがストレスだったけれど、会社に来たら、発声を免除されていることが結構快適だった。実際、仕事のことを除けば、声が嗄れていてもいなくても、言葉数に大差はない。それでなくても黙っているから。いつも。むしろ堂々と黙っていられる分、気楽だと言うことに気付いてしまった。・・・・・孤独なヤツ。それでも、夜、配偶者(仮)と電話ができないことだけは、寂しいと思う。
2005/04/11
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今日はまた、うっそりと曇っている。冬の空とはちょっと違う。冬の曇天は不吉な空気はなく、ただ重く、その懐に我々は閉じ込められる感じなのだけど、春の曇天は何か不穏なものを孕んでいる気がする。春の嵐が来るかもしれない、そんな予感がある。空気に湿った匂いがするのが原因だろう。わたしは味覚も視覚も聴覚も、方向感覚も音感もままならないけれど、自分の嗅覚だけは結構信頼している。曇天模様に流されて、下降曲線逆戻りにはなりたくない。幸い今日はまだまだイケる、そんな気がする。鬱は「気の持ちよう」の病気では絶対にないけれど、それでも「やる気」になれるかどうかは、何か一瞬の風の気配、すれ違った誰かの言葉、目を閉じて浮かんだ最初のもの、そういった小さなことに左右されている気にもなる。今日の曇天は、気分をどう左右するんだろう。***けっこういけた。近所にパチスロがあって、昨日と今日は新台入れ替えオープンの日だとかで、前々日ぐらいから整理券を配るほどの盛況ぶりだった。その様子を見ても、腹が立たなかった。そのパチスロに人が朝から並んでいるのを見ると無性に腹が立つのが常だったのに。鬱発症よりも昔から、その光景を嫌いだったことを思うと、寧ろ躁状態の兆しだろうかと不安にさえなる。でもまあよし。人ごみは基本的には嫌いだ。しかし例外は勿論ある。どうしようもなく孤独な日の、通勤電車。愛するアーティストのライブに向かう、同志たちで混み混みの道。そういうのは、ほっとする。人間は孤独に生きてるけれど、世界では自分ひとりがこの孤独をかみしめているわけではない。というような感慨があるから。しかし、どうしようもなく孤独なときでも、帰宅の電車が混んでいると妙に腹が立つのはなんでなんだろう。
2005/04/10
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昨日の夜は最悪だった。まったく記憶がないのだけれど、朝起きて、散乱しているゴミを見たら、信じがたいほどの量のお菓子を食べていたことが判明した。もはや呆れて何も言えない。とりあえず母に報告して、ついでにこんなんじゃ予約してあるウエディングドレスが着られなくなっちゃうから、せめて起きている間は極力食べない、と言った。母はなんとも言えない顔で、「太ってないじゃない。べつに」と言った。それが気休めであることは、自分が一番良く知っている。母は・・お母さんは、恐れてるんだよね。わたしがしょっちゅう摂食障害を起こすから、その度に、高校生のときに拒食のあまり死に掛けたことを、思い出してしまうんだよね・・・ごめんなさい。どんなに心配してくれたか、今は知ってる。お母さんがどんなに心を痛めたかも、知ってる。でも、昨日の過食の事実を知って、何もかもが面白くなくなって、イライラして腹が立って、言わずにはいられなかった。だってドレスが着られなかったらどうするの?おまけに過食の件は、ドクターに話しても「そうですねぇ、まあなるべく食べないようにしてください」としか言ってくれない。・・そんな簡単にできるようなら相談しません。配偶者(仮)にも相談したけど、ドクターと同じ反応だった。誰も真剣に取り合ってくれない。そんなに後悔するなら、食べなきゃいいじゃん。それが一般的な意見なんだろう。百も承知で尚、それができないわたしは、やはり単に意志の弱い人間だということだろう。食欲は麻薬のようにわたしを捕まえて話さない。過食は不安から起こることが多いと何かで聞いた。不安? 何に対する?人生への不安なら、子供の頃から山ほど抱えていたのに、わたしは。***親戚のおばさん(母の叔母であるらしい)から、電話が入っていた。「お漬物と、Meteorへのお祝いを送ったのでよろしく」とのこと。このおばさんは、お漬物が趣味(?)で、裏の畑で育てた野菜をアレコレ漬けている。お正月やお盆に訪ねるたびに、いっぱい持たせてくれる。わたしが大学を卒業する頃、早婚の多い母方の親戚(従姉妹は二十歳で1歳児の母!)から、「Meteorはいつ?(何が?)」「大学でいい人つかまえなかったの?(女子大なんですけど)」という声がちらほら聞かれた。正直、耳をふさいで走って逃げたかった。結婚する予定はありません。いい人も捕まえてません。紹介してほしくもありません。そうだった。おばさんからの電話で思い出した。頑なだったんだな。でも今じゃその意見はすっかり翻って、結婚を実行しようとしている。これは良い変化ってことにしておこう。結婚の是非はともかく、「頭から否定するもの」が減ったのは、良いことだ。嫌いな食べ物がひとつ食べられるようになったようなものだから。あ、少し前向きにものを考えられるようになってる。午前中までの下降曲線が少しは上向きになったかな。せっかく週末だから、上を向いてくれるといいな。
2005/04/09
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朝になっても気分が晴れない。かといって激落ちというわけでもない。緩やかな下降曲線のままだ。このまま下がり続けると、激落ちまでいってしまうんだろうか。うつむいて一歩歩く。それは自分にとって新しい一歩なのに、顔を上げると目の前には一本の足跡が、どこまでも続いている。追っているのか、導かれているのか、・・引きずり込まれているのか。「砂の上の足跡」というモチーフは、昔好きで読んだ本に出てきたものだけど。今はその足跡が自分の目にも見える気がする。さあ今日も出かけよう。足跡は会社を目指してる。だって先週、配偶者(仮)と一緒に病院に行ったとき、ドクターが「たまに休んでしまうとはいえ、会社に普通にいけているのだから、鬱もたいしたことないでしょう」と明るく言った。配偶者(仮)も喜んでいた。あと少しだね、先生もそう言ってたね、と言って。だからわたしは彼らの期待に背くわけにいかないんだ。わたしはあと少しで治るんだし、治らなきゃならないんだ。それが彼らの望んでることなんだから。***朝、「砂の上の足跡」のことを書いたら、ついでに階段のことを思い出した。駅の階段。近所の私鉄は、地下鉄と相互乗り入れしてもいないのに、一部地下を走る。で、その地下駅が、高校の最寄り駅だった。お城のお膝元なその駅は、めったやたらと深いところにあった。おかげで階段は威圧的にまっすぐ続き、毎日良い運動になったものだ。高校生のとき、拒食症の真っ只中だったわたしには、その階段は辛かった。何度も転がり落ちそうになった。というか、一度に昇れず、途中で何度も休憩した。そんなとき、ゆっくりゆっくり、階段を数えた。毎日。それがなぜか、3回に一回ぐらい、段数が違っているのである。86段というのが普段の段数だったけど、それがしばしば、増えたり減ったりした。ついに数も数えられなくなったかと、ずいぶん怖い思いをした。恐怖と共に階段を上りながら、顔を上げると、そこに「砂の上の足跡」が見える気がした・・・。その小説では、登場人物が幻視する「砂の上の足跡」は、彼を断首台に導いていた。断首台。拒食症で死にかけていたわたしには、不吉な符合に思えてならなかった。砂の上の足跡。本当にそんなものが見えるようになったら、・・・・ドクターも「たいした鬱じゃない」とは言ってくれなくなるだろう。
2005/04/08
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眠い。会社のトイレに隠れて、携帯から書いている。眠い…。最近、トラブルなどで忙しかったので睡眠不足が気にならなかった。眠さも忙しさに紛れる。しかし今日は眠いなぁぁ。眠すぎて倒れそう。***倒れずに帰宅。20時ごろ、一心不乱に緻密なデザインを施していたエクセルが突然落ち、セーブをとっていなかったというお定まりの大打撃。すっかりやる気を失くしていたところに持ってきて、後輩の男の子があの男の名前を出すものだから、突然テンパってしまった。電話(なんで20時に客から電話が入るんだろう・・定時内にかけてきてよね)応対もままならず、目の疲れが頂点に達したか、メモを取る手まで震えだしたので、「薬が切れたから返ります」と不必要に挑戦的な調子で宣言して帰ってきた。最寄の私鉄駅まで15分、ちょうど地下鉄一駅分。歩く間に頭が冷えた。頭が冷えたついでにほっぺたも冷えた。ふと気付くと涙と鼻水でグズグズだった。わたし、けっこういい歳なんですけど・・というか、これじゃ酔っ払いだよ。酔っ払いねぇ・・わたしは飲めない。飲めないから飲まない。5年前のあの夜以来、飲まないって決めている。繁華街っていうのは、存外安心なものだ。そこにはいろんな人がいて、泣いたり笑ったり怒ったりしている。繁華街を夜歩いて帰ることを、配偶者(仮)は心配するけど。真っ暗な夜道より何倍も安全で安心だと思う。悲しく閉じた人間の集う街。そこでなら、いい歳した女が泣きながら歩いていても許される気がする。哀しいファンタジーの繰り広げられる街でなら。
2005/04/07
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天気が変わるのが早い。昨日あんなに晴天だったのに、夜から雲が広がったかと思うと、今朝はもうこんな雨だ。今日も暖かいらしい。そういえば昨日、入社当時は仲良くしていたけど、異動を繰り返してだんだん疎遠になっていた先輩に、偶然会った。結婚するんですよ、と報告をした。その人はあの男と今でも交流があると知っていた。そしてその人が、わたしとあの男とのイザコザを知っていることも。先輩は伝えてくれるだろうか。あの男に。あの男は何を思うんだろ?「アイツが結婚できるとは」「相手はどんな酔狂だ」それとも・・・何も思わない?昔は思ってた。もし自分が結婚することがあったら、結婚式の招待状を送りつけてやろうと。もちろんあの男はそれを破り捨てるだろう。実を言えば、あの男が会社を辞めてから数年の間、誕生日とお正月は葉書を送っていた・・・送りつけていた。今年もよろしく、って書いてやっていた。それをしなくなったことにきっかけはない。今でも、ふと思い立ってやってしまいそうな気がする。でもまあとにかく、結婚式の招待状は送らなかった。だからあの男は知らないはずだ。先輩は伝えてくれるかな。あの男に。せめて驚いてくれれば、わたしは報われるのに。そんなこと考えるのも、天気のせいだ。今週はダメだ。落ち気味。真っ逆さまじゃないけど、下降曲線。あの男の影に飲み込まれないようにしないと・・・。
2005/04/07
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昨日は課の新人さんに「電話マナーの指導」をした。まあ、それはよし。それには自信がある。でもこれがまだまだ取っ掛かりで、この先こういうマナーのいくつかを指導しなければならないなんて、気が重い。わたしの方こそ指導されたいぐらいなのに・・・アイツを今すぐ指導しろ、っていう旧人がいっぱいいるのに・・・さくらが咲いて。木々の芽吹く匂いが風に乗ってふうわりと漂う。湿った土の下の、命の再生も気配で感じる。なんとなくそわそわする季節。春だなぁ。依然気持ちは落ち気味である。今日はこんないい天気だっていうのにな。***今日も朝から超音波主任は苛立っていた。Meteor「『依頼書』のファイル、やはり見つかりません。どうしましょう」主任「そもそもそのファイルは存在するの? 誰か依頼書をちゃんとファイリングした?」何気ない会話だけど、わたしは驚き呆れ返った。だってわたしがファイルを探していたのは、主任が「依頼書のファイルがあるはずだから探して」って言ったからである。「依頼書のファイル? 何センチですか?(ファイルの厚みの規格のこと)」って聞き返したら、3センチ、と答えまでした主任さん。何ゆえ「そもそも・・」なんてことが言えるのか。そして早速それを、斜め前の席の先輩にメールで愚痴った。そうしたらその先輩から「超音波さんイライラモードだね。Meteorもその下で大変そうだね。でもMeteorの人生は僕のよりいいんじゃないかと思うよ。今日は小学校の入学式なんだけど、入学式にも行けない父親の辛さ。(この人は離婚して、お子さんは奥様が引き取っている)春の出世からは漏れて、給料が上がらないから家のローンも大変だし、転職も全滅だった。おまけに今日は友人の通夜。半鬱モードだったけど全鬱モードになりそうだよ」という内容のお返事をいただいた・・・。話せば長いので端折るけれども、この先輩は、わたしと似たような・・でも正反対の経験を持っている。そしてそれ以来、不眠に悩んで眠剤を飲んでいると言っていた。そのとき彼ははっきり言わなかったけど、「わたしも鬱で」とか「抗鬱薬の加減を間違えてどうしても起きれなくて」とか、その手の話をしても驚かないし、疑問も質問も返ってこないところを見ると、眠剤を飲んでいるだけじゃなく、鬱の治療もしているのかもしれない。「他の人よりはずっと深いけど、全部オープンなわけじゃない」程度に自分のろくでもない経験を語り合って、なんとなくその先輩に仲間意識を持っていた。その人に、自分が結婚を決めたことが、なかなか言い出せなかった。なぜ言えないのかわからなかった。最近ようやく発表したけれど、わたしたちの間にその話は出ない。今日、その先輩からもらったメールを見て、なんとなくわかった。彼を・・「恋愛の傷持ち仲間」を、裏切ったような気になっているんだ、自分は。自分が誰かを「裏切った」なんて。そんなの思い上がりだ。そういう自意識過剰は安っぽいし、いやらしい。そう思ってたのに。そんな自己分析、したくなかった。
2005/04/06
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で、働いている。こういうのは「働く」というよりただ「動く」という感じだな。朝から何枚書類を書いたか。今はビル間移動中。朝イチ超音波主任の怒りメールで幕開け。小落ちが中落ちに昇格しそうだよ。***結局トラブルは片付かず。明日に積み残り案件ひとつ。明日もこの調子なのかな。今日は課の新人さんと話をした。若いなぁ・・希望に溢れた表情をしていたな。緊張で顔を上気させながら電話に出る姿は、・・・自分もそういう時期、あったのかな。そういうわたしを見て、あの男は「かわいいな」って思ったのかな。それで、手を出したと?ああ、丁度わたしとあの男の歳の差は、わたしと新人さんの歳の差と一緒じゃないか。てことはまさに、あの男はこういう心境でわたしに手を出した?受け入れた自分が悪いんだ。ほんとは知ってる。ああ、会いたいなぁ。配偶者(仮)、早く帰ってこないかなぁ。今日は暖かいから、お花見日和で楽しんでるんだろうな・・
2005/04/05
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目が覚めたら、空が青かった。雨の気配は去ったんだなぁ。空気も暖かいし、春の匂いがする。春だ春だ。春になったんだ。今日は配偶者(仮)は花見だそうである。大きな公園まで、会社から電車で出向いて、ゴザ敷いて宴会だとか。前の週末に、そのための食料や酒類を調達していた。単位が「課」だから、25人。この季節、公園に行くたびに、ああいうのはどんな人らがどんな経緯でやってるんだ?と不思議に思ったものである。カラオケ機材まで持ち込んでるグループがあったりして、ほんとにやかましい。酔狂だなぁ。そしたらまさか自分の配偶者になろうという人が参加しているとは。今週は落ち気味。今朝はあんまり、自分の心境を書く気になれない。月例腹痛も始まったし・・でも仕方ないので会社にいくのだ。***ともだちからメールが来ていた。学生時代のともだちで、わたしは彼女にいっぱい心配をかけている。それだけでも胸が痛いのに、今日のメールを見て、心底申し訳なくなってしまった。それは、2・3日前にわたしが送ったメールへのお返事だったのだけど・・彼女の引用を見ても、自分が書いた内容を思い出せなかった。怖くなって送信BOXを確認。もちろんメールはあった。開いて、読んでみる。絶句。なんだか今にも消えてしまいそうな暗い口調で、早朝覚醒だのなんだの、自分の鬱のことが書いてあった。送信時間は夜中3時ごろ。彼女はそれを見て、すごく暖かい励ましの言葉をくれた。自分でも覚えていられないようなメールだったのに。ごめんね。嘘はひとつも書いてないけど、そんなんばかりがわたしの生活じゃないから。わたしはちゃんと、普通に暮らしているから。そう、書いて送ろう。彼女に。薬で記憶を失うなんて、不甲斐ない自分を見せるのは辛いけど。彼女をこれ以上心配させたくないから。それにしても・・帰ってきてよ、配偶者(仮)。こんな話でも聞いてくれるでしょ?あなたのことだから、ただ「うんうん」って聞いてはくれなくて、いろいろ意見をくれるんだよね。それが辛いときもあるけど・・今はそれでもいいから話を聞いて。とにかくそばにいてよ。・・なんてな。これをこのまま、照れずに飾らずに、彼に言える自信がほしい。自信はないけど、今日はこのことを彼に話してみよう。
2005/04/05
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日記入力一覧を見ると、毎日書いてたはずなのに、4/1と4/4が空欄に。きっと入力時間の関係で、前日か翌日に振られてしまったんだろう。悔しいので、無内容で穴埋め(笑)
2005/04/04
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今日は友達の誕生日、だからどうということもないんだけれど。またちょっと、オチ気味である。先週はすっかり回復の饒舌ぶりだったけど、今日はなんだかよくないみたい。今日は18時から、配偶者(仮)と電化製品を見に行った。そういう買い物は疲れる。買い物間、しきり彼が言う。「でももうドクターもだいぶ治ってきたって言ってたし。もうすぐだよね。笑顔が戻れば回復は近いって。俺が毎日あなたを笑わせてあげるから」嬉しい言葉である反面、なんとなく気分が暗くなった。やっぱりこの人は回復に焦っている。再発、なんて考えてもいないだろう。再発。常にそこにある危険物体なのに。
2005/04/03
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桜がちらほら咲き始めた。家の近所に大きな桜の木のあるお宅がある。今年はその桜も出足が遅い。昨日は、配偶者(仮)とともに通院という、一大イベントの日だった。得るものが多くて、とても有効だったと思う。一夜明けた今、昨日の病院での話を反芻してみる。うん、大丈夫。ノープロブレム。たったひとつだけ、影を落とすのは、「子供」の話。わたしはもともと、子供が好きではなかった。ましてや自分の子供なんて、絶対要らないと思っていた。結婚自体に反対だった頃には。自分と、自分が選んだような相手の遺伝子を半々に持ち、自分たちのようなものが育む人間。・・・そんな不幸な人間を、この世界に輩出するのはよくない。本気でそう思っていた。でも最近は少し気持ちが和らいだ。母になる覚悟は持てていないけれど、そこまで後ろ向きに考えなくてもいいんじゃないの?と思えるようになったのだ。もちろん、今すぐ積極的に作りたいわけじゃない。けど、近い将来、そんなこともあってもいいんじゃない?そう思っていた。今では。昨日、ドクターと配偶者(仮)と3人で、薬と妊娠の話になった。わたしが飲んでいるもののうち、これとこれだけは絶対やめてからの方がいいですね、これとこれは、まあお薦めはしませんが、服用期間中に妊娠してしまっても、中絶するほどではないでしょう。そんなような話。ちょっとだけ、右のこめかみの辺りにチリチリとした痛みが走った。心拍数が上がった。思わず、ドクターが示す薬の資料から目を背けてしまった。子供? 妊娠?そうだよね・・「婚約者」を連れて病室にきてるんだもの。そういうことも話すよね・・・。・・・子供。妊娠。わたしが? 母になって? 子供を育てるの・・・?親友に子供ができたとき、嬉しかった。兄夫婦のときも、嬉しかった。いろんな人の日記で、子育てシーンが出てくると、「わたしもいずれ」って思った。でも・・自信がないよ。子供? 妊娠?それは今すぐ考えなきゃいけない懸案事項なの?今までだってそういう話が出なかったわけじゃないのに、なんだかとても動揺してしまった。一夜明けても、その動揺は僅かに右のこめかみに残っている。
2005/04/03
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配偶者(仮)と一緒の、初めての通院。事件としては些細なことかもしれないけれど、わたしには大きな一歩だった。カウンセリングが始まる。まず、今日はどういう気持ちで彼を連れて来ましたか?と訪ねられた。鬱と向き合っているときの自分を見てもらいたかったからです、と答えた。次に彼が、ではあなたはどういう気持ちで来られましたか?と訪ねられた。「病気のことは時々聞いていたけれど、僕はたぶん、身体的にも精神的にも、恵まれた環境にいます。だから、彼女の悩みに共感してあげられないときがある。正直、彼女は考えすぎ悩み過ぎだとも思ってました。でもこれから一緒に暮らすんだから、できるならそれを分かち合いたいです。だから来ました」わたしは言葉を失った。それは、でも、失望のためじゃなかった。その少し前、待合室で待っていた5分の間に、彼が囁いた。「メンタルクリニックって明るいね。もっと暗いとこを想像してたよ。本とか読むと結構すごいことが書いてあったからさ・・」ん?本とか読むと?わたしは驚いて、訊いた。本を読んだの? 鬱の本? 彼がそれに答える前に、名前を呼ばれてカウンセリング室に入ることになったのだった。数秒の沈黙の後、思わず言っていた。「でも・・・前に、鬱の勉強をしてよって言ったら、ヤダって即答したじゃない?」彼の答えは簡潔だった。「そうだっけ? ごめん、覚えてない」覚えていないのは、それはそれでもちろん問題だけど・・ここしばらくの引っかかりが取れたような気がした。そうだ、これで、漠然としていたモヤモヤはなんとなく集約される。問題なのは、彼が理解しようとしてくれないことじゃない。彼とわたしの「言葉」に対する熱の違いだ。わたしは言葉をたいせつにする。こだわると言ってもいいい。「ただ言ってみただけ」「冗談に決まってるじゃん」それはわたしには通じない。(本心が伴わず)言ってみただけの言葉にもわたしは傷つくし、冗談を冗談と受け取れなくて動揺することが、たぶん人一倍多い。しかし彼はそのキャパシティが広い。自分が広いから、他人も大丈夫だと思って悪気なく話す。彼は「理解しようとしてくれない」のではなく、それがわたしに伝わらなかっただけなのだ。わたしの鬱に対する否定的な言葉や態度も、たぶん、その場の雰囲気的なものがおおいに関係してたんだろう。例えば、せっかく楽しくデート中なんだからそんな重い話は後にしようよ、というような。でも、それを受け取ったわたしは、鬱そのものを否定されたと思って、動揺してしまう。そういう「言葉」に対する熱の違いが、行き違いの原因だ。それは、心のどこかで予想していた選択肢ではあったけど。今回の通院で、はっきりとわかった気がした。その後は専ら、お互いの気持ちを伝え合う、ということについて3人で話した。わたしはもっと、自分の気持ちをはっきり彼に伝えるべき。(鬱状態のときの「根拠のない落ち込み」は黙っていたら他人には理解されにくい)彼は、自分のものさしで測るのではなく、ちゃんとわたしの反応を見て言葉や態度を選ぶべき。(ここは傷つきどころじゃないだろ、っていうとこでも、わたしが傷つくことがあるんだと理解すること)そんな具体的目標までみつかった。これはまだ、一歩でしかない。まだまだ問題はいっぱいある。山積み、というぐらいだ。言葉に対する熱の違いそのものが解消されたわけではないし、問題が具体化することにより、それと向き合うことを余儀なくされる。でもこの一歩はとても重要だったと思う。ふと冷静に考えてみると、そのぐらいのことは、カウンセリングを受けずとも二人の関係の中で気付くべきだったんじゃない?とも思える。逆に言えば、カウンセリングを受けなければたったそれだけのことにも気付けなかった我々は、かなり危険な状態だったのではないか。危ういところで正しい道に復帰できたんだ。よかったんだ、これで。目指すものが見えたことは、すごくすごく支えになるから。結局その他の話、薬がどうとか、会社であったこととかは話せなかった。時間切れ。それは次にしよう。
2005/04/02
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今日は、配偶者(仮)と一緒に病院に行く。初めての試みだ。彼はそもそもわたしが鬱であるという事実を認めたくないのか、とかく否定的・・というか、非協力的である。それが「理解が足りない」からなのか、「理解はしているけれど、敢えて甘やかさない方法でのサポートをしようと思っている」のかは判じられない。以前に「鬱について少し勉強してみて」といったら「ヤダ」と即答されたことあがり、わたしも彼にいろいろ相談するのを怖がっていた。だから今日の通院は、わたしはとしては大きな決断だったし、今でも不安でいっぱいだ。おまけに配偶者(仮)は、隙あらば「車で送っていって、待ってるから、一人で行ってこれば」などと言う。それじゃ意味がないんだってば・・・今日は、新人教育係になってしまったことや、パキシルのことなど、他にも話したいことがいろいろあるのに。彼と一緒であるというこの自体に気持ちが集中しそうで、話せないかもしれない。たしかに、行ったことのない人が「メンタルクリニック」に行くというのは、抵抗があるだろう。しかも彼は筋金入りに心身が健康だ。心の病というものを、感覚で理解ができない人だ。だから仕方ないとは思っている。あたかも、生理痛は男性には一生涯実感できないのと同じに。でも、これからわたしと一緒に人生を歩いていくわけだから。理解してほしい。理解しようとしてほしい。それでわたしはかなり救われる。逆に、まったく歩み寄りが見られなかったらどうなるだろう?わたしは失望・・いや、絶望するだろう。でも、それでは配偶者(仮)との結婚をやめるかとなると、そこは話が別、と思ってしまう。不満も不安もいっぱいあるし、根本的な人間性の違いさえ感じる彼。それでもわたしは彼と一緒に歩いていこうと決めたのだ。かつてあの男ともめたとき、わたしは宣言した。「わたしはもう誰も好きになんかならない。結婚も、信用できないから、誰ともしない。全部あなたのせいです。あなたがわたしの人生を閉じたんです」その思い込みは延々続いていたのだけれど、わたしは意見を翻した。何がきっかけってこともないけれど、そうだこの人とやっていこう、足りない部分はこれから補えばいいそう思えたからだった。だから今日、一緒に通院することは、些細なことではあっても、わたしにとっては始めの一歩である。この試みが吉と出ますように。余分な涙を流さなくて済みますように。柄にもなく天に祈る。
2005/04/02
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記入力一覧を見ると、毎日書いてたはずなのに、4/1と4/4が空欄に。きっと入力時間の関係で、前日か翌日に振られてしまったんだろう。悔しいので、無内容で穴埋め(笑)
2005/04/01
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