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昨日の傷が、じわじわと痛い。我慢できない痛みじゃないけど、常に気に障る感じ。病院で縫ってもらって帰ってきたら、同じチームの上の人が言った。「大変だったね。今夜とか、気をつけてね」?何がですか? 麻酔が切れるとめちゃめちゃ痛いとか?(そのときはまだ麻酔効果続行中)上の人曰く、「怪我とか事故とか、非日常的なことがあると、気づかないでいても 精神的にすごく疲れているから 夜になるとどーーんと来るかもよ。熱なんか出るかもね」この方には自分の病のことは話していない。その分、すごい説得力だった。たしかに、見えないストレスが溜まっているのかもしれない。おまけに、昨日は帰宅後ゴム手袋をはめての皿洗いと入浴で、あれこれうまくいかず、苛立ちをたっぷり感じたのだった。でも幸か不幸か「切り傷」には慣れている。左手の何本もの傷痕は健在だ・・・。病院で突っ込まれ、説明するのがしんどかった。しかしまあ、その慣れのおかげか、多少の眩暈のみで今朝を迎えることが出来た。熱は出てない。ちょっと安心。さて・・いかに手を使わずに、配偶者くんの朝ごはんを準備するか?
2005/09/30
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同期の友達との、今日の会話。M「病院行ってきたよ。結局、縫った」(今朝ケガをして、病院に行く行かないという話をしてたのです、事前に)友「縫った? そんな深かったんだ。お大事に。眠くなった?」M「眠い? え、なんで?」友「・・・なんでだろう。何かと間違えてたかも」M「まあ、実際眠いけど。 さっき先輩に誘われてコーヒー飲みに行ったから、しばらく大丈夫。 そこの喫茶店でなぜか牛の貯金箱もらったよ。 傷も痛いし居眠り防止になるでしょ」友「ふうん。今度見せてね」M「き、傷を?」友「牛。傷はいらない」会話が噛みません。どっちもどっちの、上滑りっぷり。べつに上の空で会話してるわけじゃないのになあ。(だいたい、この会話、メールだし)
2005/09/29
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日記の内容を反省してみた。相変わらず、「読めるし勝手な日記は書けるのに、対個人のコミュニケーションが辛い」状態である。・・・ごめんなさい。しかし、毎日そんなお詫びと過食が止まないという繰言ばっかり書いていると、自分に対する嫌悪感がどんどん募っていきそうだ。ちょっと目先を変えて、もっと日記っぽく、「今日あったこと」など書いてみたいと思う。といっても今はまだ早朝・・・29日は始まったばかりなので書くこともないなぁ・・と思ったけど、いや、あったあった。先ほど、パンを切ろうとしていたら、ついでに左手まで切ってしまった!!左手の親指の付け根をざっくりだ。いつもの自傷よりよっぽど深く切ったのか、さっぱり血がとまらない。痛みはもうないんだけれど、30分ぐらい経ってもまだ血が元気にどんどん溢れてくる。ええと・・止血方法、習ったよね。自動車学校と子ども会で。心臓より高い位置にする、付け根を縛る・・だったかな。朝から難儀だ。昨日は昨日で、お風呂の排水溝を掃除しようと思い立ち、念入りに掃除をして満足してたら・・蓋が戻せなくなっていた。どうやら、必要な部品をひとつ無くしたらしい。う・・どうしよう、これ。配偶者くんに言わなきゃまずいよなぁ。またドジ呼ばわりされちゃうなあ・・・***傷は塞がりつつあり、血ももう出ない・・・かに見えた。朝は。ばんそうこうも貼らずに出社して、気づいたら再び出血。あららら・・・慌ててばんそうこうを貼り、一安心。しかし、しばらくして見たら、ばんそうこうから溢れた血が手首に伝っているではないか。隣の席の女の子がかるく。悲鳴を挙げた。さすがのわたしも、わっと一声挙げてしまって、そうしたら超音波様が半ば命令のように「病院に行きなさい」と言ってくれた。おまけにネットで近くの病院も探してくれて、お気に入りの先輩が電話で診察時間なども聞いてくれた。周り中の人に手間をかけつつ病院へ。痛くないんだけど、血ばっかり出る。受付でも待合室でも診察室でも、そこかしこに妙にタイガースの気配を感じるその病院で、あっさり「縫いましょう」と言われた。はい、異存なしです。というわけで、直ちに施療。麻酔をして、2針縫った。麻酔の注射が飛び上がるほど痛かったけど、縫うのは麻酔のおかげで痛み無し。先生が縫っている間、しげしげと眺めてしまった。結局、全治一週間。麻酔が切れたら縫い目が痛くてたまらない。でもそれより不便なのは、包帯で固定された左手をぬらしちゃいけないことだ。うう・・料理も洗濯もゴム手袋無しではできないなぁ。
2005/09/29
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相変わらず、いただいたコメントにお返事ができないでいる。ここ数日本当に、心の底から、掲示板や日記にいただいたお言葉たちに救われているのに。或いは、拝見している日記の中の言葉や写真に癒されているのに。でもここで無理矢理何かを書いて的外れなことになり、更に自分を追い詰めるより、少し浮上して自然に言葉が出てくるようになったとき、改めて御礼の言葉をお返ししたいと思う。それまでもう少し・・甘えさせてください。***過食は、深夜から日中へ移行した模様。日中というか、とにかくまあ起きていて意識のある間、だ。意識があるから止め易かった。最初は。過食の量も頻度も減って、このまま治る!?って思ったけれど、ダメだ。最近はダメだ。止められない。今もかなりの量を食べている。気持ち悪いよ・・。苦しい。それでもまだ食べ物に手を伸ばしてしまう。だめだ。だめだだめだ自分がコントロールできない。***
2005/09/28
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やはり深夜3時ごろ帰宅した配偶者くん。さすがにわたしも寝ていたけれど、物音で目が覚めた。特に会話もなく再び寝てしまったけれど、ゆめうつつ状態で寂しいなって思った。どんなに遅く帰ってきても、わたしが起きていたら(もしくは起きてしまったら)いろいろ構ってくれたのにな。仕方ないか・・疲れてるし。とりあえず今日も秋晴れ。なんとなく朝焼けしてるから、夜は天気が崩れるのかも?今日も仕事は暇だろうけど会社には行くのだ。眠気と戦いながら。***今日、会社の「就業規則」を読んでみた。「解雇」の項に次のような内容が書いてあった。・就業が困難と判断される程度の肉体的・精神的傷病を負ったものは、これを解雇する。・業務遂行能力が著しく低く、再三の指導教育によっても改善されない場合、この者を解雇する・・・わたし?この分じゃ明日にもクビになりそうだ。こんな妻でごめんね、配偶者くん。本当はもう少ししっかりした人間のはずだったのに。どこかで道を誤ってしまったみたいよ。・・ああ、それも妄想で、最初からその程度の人間なのかもね?どちらにしろ。ごめんね。
2005/09/27
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昨日の日記にコメントをくださった皆様。ありがとうございました。相変わらず個別お返事もできず、申し訳ありません。気にしなくていいよと言ってくださったことに、ものすごく救われました。今しばらくそのお言葉に甘えてしまうと思います。こんなわたしですが、どうぞよろしくお願いします。***配偶者くんとぎくしゃくしてる。逃避していたことはもちろん問題だけれど、逃避から帰ってきて一番に接したのが実家の愛犬だったということが更に問題らしい。たまたまなんだけどな・・。現実に帰ってきてぼんやりしていたら、実家の母から電話があって、犬の散歩で社宅のそばに来てるけど出てこない?と誘われた。それで、降りて行ってみた。最近、週に一度くらい顔を見せていたせいか、珍しがってはもらえなかったけど、普通に歓迎された。しばらく一緒に散歩して、携帯で写真を撮って別れた。休日出勤中だった配偶者くんが帰ってきてから、それを話して写真を見せた。そしたらなんだかぎこちなくなってしまった。はあ。ごめんね、配偶者くん。***ふと手を見たら、すごく荒れてた。顔の荒れにはすぐ気づくのに、手荒れにはいまいち無頓着だった。家事のやりすぎ?なんて気取ってみるけど、やりすぎってほどやってない。要するに、不摂生なんだろうな。睡眠不足と栄養の偏り。ついさっき配偶者くんから電話があった。今日も遅くなるらしい。ぎくしゃくは解消されないまま眠ることになりそうだ。配偶者くんの好きな牛丼を作ってみたのだけれど、出番はないかな。友達が手紙をくれた。何気なく一読して、便箋を持ったまま泣き崩れた。悲しいお知らせだったわけじゃない。それでも泣き崩れた。
2005/09/26
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現実逃避から帰還。短い間だったけれどそれなりにリフレッシュできた・・・かな。文字をほとんど読まない生活を2日ばかり。ただ身体を動かした。限界まで走ってみた(結構早く限界が来る)。汗をかいて、風に吹かれていたら、日常から離れているのが不安になった。不安を打ち消すために更に走った。さきほど現実に帰ってきた。明日からまた頑張ろう。少しは前に進めると良いんだけれど。
2005/09/25
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現実逃避中です。
2005/09/24
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今日は母の誕生日。臨月の兄嫁は一昨日が予定日だったのだけど、まだ産まれない。今日産まれてくれたら・・母へのいいプレゼントになるのにな。初孫だね、お母さん。配偶者くんはゴルフに出かけていった。最近多い気がする。べつに文句はないけれど、経済的に大丈夫なんだろか?というのが不安。実のところ家計をまだはっきり樹立させていないので、それぞれ別財布で生活しているのだ。そろそろなんとかしなければ・・。左目の奥が鋭く痛む。昨日もお風呂で本を読もうと思ったけれど、読みたい本がどうしても選べず・・というか、どれも読みたい気になれず、結局何も持たずにお風呂に入った。変だ。楽天散歩はできるのに。自分の日記は書けるのに。なんでこんなんなんだろう?
2005/09/23
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何の報い? 君を思い出すことが罪なのか 君を忘れてゆくことが罪なのか
2005/09/22
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昨日の日記に、たくさんの方から暖かいコメントをいただいて・・本当に感謝しています。ありがとうございます。こういう状態は持続しないものだと信じて、いただいたお言葉をきちんと心の中に畳み込みます。皆様の日記、読み逃げ状態が続くと思いますが、ご容赦ください。伝えたいことをごく自然に言葉にできるってことがいかに貴いか、よく解りました。
2005/09/22
コメント(4)
どうしてだろう。最近、いただいたコメントに返事ができない。こんなボヤキ文を読んでくださって、コメントをくださった皆さんに、感謝の気持ちを伝えたいのに。メッセージはちゃんと受け取って、新たな気づきがあったことを伝えたいのに。どうしてだろう。文字を記入しようとすると頭の中が言葉でいっぱいになって、どれを使えばいいのかわからなくなって、けっきょく「こんにちは」ぐらいしか書けず、リセットしてしまう。文章を書くのは、それで人とコミュニケーションするのは、嫌いじゃなかったはずなのに。こうやって自分の日記を書くことはできるのに・・・誰かに投げる言葉がなかなか出てこない。どうしてだかわからない。ごめんなさい。ごめんなさい。
2005/09/21
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今日はとりわけやる気が出ない・・ただでさえ、連休明け兼連休前なのだから仕方ないか。鬱のせいでなくてもやる気は出ないのだろう。でもそんなこと言ってないで、少ししゃっきりしようと思う。先週のことが結構心に重い。鬱が軽いならせめて、わたしはまっとうな社会人でありたい。***冬物の服を取りに実家へ行った。柿をごちそうになってきた。今シーズン初だな。今日は会社で比較的眠くなかった。比較的することがあったと言うべきかもしれない。手を動かしていれば寝ないぐらいには元気だった。連休明けにしては好成績だろう。・・・・・・・志が低すぎる。帰りの電車で、持ち歩いていた文庫本を読もうとしたけれど、どうしたものか読むのが苦痛になってしまって、1ページも読めなかった。愛読書なのに。なにも身につまされる描写やストーリーの登場しない小説なのに。不思議だった。手持ち無沙汰も苦しかったので、携帯でゲームをした。フリーセル。わたしはあれが得意だ。連勝記録更新(現在57)、及び勝率9割以上キープを目指して必至になっていると、降りる駅まではあっという間だった。携帯ゲームはできるのに本は読めないって、何なんだろ?目が疲れてるってわけでもないみたいだ。
2005/09/20
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その昔、学生時代の友人が言った。「好きなものは多い方が人生幸せだよね」全くそのとおりだと思った。イイコト言うなぁ。けれどもよく考えてみると、そのとき我々は「好みのタイプ」について話をしていたのだった。彼女は続けて言った。「女の子でもOKだよ。両方イケれば人生の楽しみが倍でしょ」・・・な、納得。
2005/09/19
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昨日の日記、長々と追記したのだが、その分が上手く反映されていないらしい。エラーかな。ま、いいか・・・。いずれたいした内容は書いちゃいないんだから。昨日配偶者くんは、かねてネット通販で注文していた「タイガーヘッド(タイガーウッズとお揃いだというクラブのヘッドカバー。トラ型)」をようやく手に入れてご機嫌だった。早速クラブにかぶせては眺めてニコニコ笑っている。子供のような笑顔を見るのは結構楽しい。「次はキーウィ型のも買うんだ」と彼は盛り上がっている。キーウィ型のカバーも、タイガーが愛用しているらしい。さて。昨日は実はのんびりの日にはならず、起きるのも早ければ、いろいろ動き回ってしまった。今日こそのんびりいこう。と思うのに6時前に目が覚めるし・・・。あーあ。***ハルシオンが2錠に増えたせいかどうか、午前中、珍しく朝寝をした。配偶者くんはCD棚を整理していた。夢うつつでそれを眺めていたら彼が取り出すCDが、ほとんど自分の趣味じゃないことに気づいた。へえ、そんなの持ってたんだ。知らなかった。半覚醒状態で何度も驚いた。そういえば、彼とはごく限られたこと以外、趣味が合わない。本棚を見ても蔵書は明らかに系統が違っている。それはそれでいいような気がする。昔の自分だったら、好きな人の好きなものを自分も好きになろうとしたし、相手にも自分の好きなものを好きでいてほしかった。それが当然だと思ってた・でもそうじゃないよなぁ。と思える自分は、少し成長?それにしてもPC横に毅然とした感じで立って(?)こっちを見ているタイガーヘッド(「フランク」という名前があるらしい)が気になる・・。あまりにも気に入ったので、「観賞用と実用用ってことで、もう一つ買おうかな」などと配偶者くんは言っていた。ま・・・まあ、いいけど。家せまいから。その点だけは考慮してね。
2005/09/19
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久々に何もない日。ここのところ、意識して予定を入れていたので、何もない日が思いのほかほっとする。幸いお天気が良いから洗濯を・・と思い、結局「家事」という予定を組み上げようとしている自分に気づく。結婚して数ヶ月、そんなに所帯じみるのが早いんじゃない?と母には笑われたけど、わたしはもともとこういう人間だ。学生時代だって、ひとたび潔癖症の発作(?)が起これば、ベランダの床まで雑巾で拭かなければ気がすまないような偏った生活をしていた。大体、起きるのが早い。何もないのに6時起き。・・・。テニススクールでも行ってこようかな。
2005/09/18
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数年前まで、自己紹介の「趣味」の欄には「読書」しか書くことがなかった。スポーツ? しない。映画? 観ない。音楽? 聴くのは人並み以下。演奏は皆無。料理・手芸? 学校の授業程度には。そんな人間だったから。ただ、本当に読書は好きだった。子供の頃は週に一度の図書館通いが本当に楽しみだった。本屋巡りは今でも好きだ。しかし履歴書の欄に「読書」としか書けないのはけっこう寂しい。就職活動中はそれで引け目を感じたりもした。そんな無趣味な人間つまらないって思われるかな?なんて。おまけに一番の愛読書は芥川龍之介だった。それをそのまま入社試験の面談で言うと、「いかにも」な感じでなんだか空々しいような気がした。文学少女気取ってんじゃないの?というふうに。実際は、図書館に通いつめて全集を隅々まで読むようなのめりこみぶりだったのだけど、「嘘臭いって思われたらどうしよう」と案じるあまり、愛読書はなんですかと訊かれるたびに、もっと「本当らしい」、現代の作家の名前を挙げたりしていた。就職して少し経ったら、様相は一変した。スキー以外のスポーツには一生縁がないだろうと思っていたわたしが、テニスを始めてしまったのである。凝り性なので、テニススクールにまで通うことにした。これは今でも続いている。それからお菓子作りも頻繁にするようになった。もともと子供の頃からお菓子作りが好きではあったけれど、実行する機会はあんまりなかった。それが、あるきっかけで道具をそろえ始めることになり、せっかく道具があるのだからとばかりにあれこれ作った。ビーズ細工を始めたのもその頃だ。結婚式で使うリングスタンドを地道に作成した。その力作は今も部屋に飾ってある。そして友達に感化されて、編物とテディベア作成にも手を出してみた。これは一回挑戦したぐらいでまだ定着していないけれど、暇ができたら再チャレンジしてみようと思っている。ほんの数年前と比べ物にならない多趣味ぶり。就職活動のときにこの状況だったらよかったのに、と思ったりして。しかし多趣味というのもなんだか胡散臭い。どれもこれも中途半端なのじゃないの?という気がしてしまう。無趣味をもって自認していた(寧ろ誇っていた)時代から、自分の内面がそれほど変わった気はしない。してみれば、今までは趣味と認識していなかったものを、趣味と標榜しているだけの可能性はあるんじゃなかろうか。そう思うとなんだか不安になるけれど、まあ実際、テニスを始め、お菓子を作り、ビーズと格闘しているわけだから。時間のつぶし方を「読書」しか知らなかった時よりは、なんとなく豊かな生活を送れていると思う。この「趣味」はすべて、余計なことを考えすぎないようにするため、そして頭を空っぽにしておくために始めたものである。手足を必至に動かしていれば、暗い気持ちになっている余裕がなくなる。後ろ向きな動機だけれども、結果オーライだ。趣味が多いほうが良いなんて一概に決め付けるのはナンセンスだけど、手慰みをたくさん知っているのは便利なことだと思う。
2005/09/17
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いいタイミングで通院日・・・。昨日のダメダメも相談してこよう。通院後は、友達とランチ。昼間出かけるのは久しぶり。年末には赤ちゃんの生まれる友達。最近身の周りで出産の話が多い。仕方ないか、そういう年だから。べつに複雑な気持ちなんかじゃない。素直におめでたいって思える。・・・思えると、思ってる。
2005/09/17
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あの日、その言葉に頷かなかったらどうなっていたんだろう。終電を逃さず帰っていたら。そもそも2人で飲みに行かなかったら。そうしたら、今でもわたしたちは普通の仲良しでいられた?でもそれはもう考えても仕方ないことだ。わたしはちゃんと知っている。この思い出に「もしも」は要らない。わたしたちに未来はない。2人が会うことはもう二度とないだろう。それでいい。二度と会わない方がいい。わたしたちが一緒にいても、誰一人幸せにできないんだから。それに、わたしのことなんてもう覚えてはいないでしょう?
2005/09/16
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これで鬱病テーマ300回目の日記になるらしい。もっとも、テーマ分け・カテゴリ分けを始めたのは今月からで、それまでは全て、どんな内容も「鬱」に書いていたから、正式に「鬱」的内容の日記はもう少し少ない・・・と思いたい。今日は週末。先週「事情徴収」を受けてから1週間かぁ。早い。早すぎる。ミーティングは今日もある。また何か言われるのかなぁ。***今日、久しぶりに会った友達と話をしていたら、あの男の話題になった。あの男そのものの話というよりは、当時自分がどう思っていたか、現在自分がどう思っているか、将来どうなっていくのか。そういう感情たちは自分に特異なものなのか、或いは人間としてありがちなものなのか。そういうことをつらつらと話した。彼女も彼女で多様な経験があって、それについていろいろ話してくれた。そういうことを・・あの男のことを、心理士さん以外に語るのはものすごく久しぶりだった。もめていた当時以来、初めてかもしれなかった。やはり心が揺れる。夕方、仕事のことでお客さんに軽く怒られた。荒れる心には変な風にその刺が突き刺さる。ダメだ。駄目です。ダメダメ。ベランダに出て飛び降りを思う。ろくでもない。ここは4階。落ちたって死ぬはずないのに。「後片付けをする人の気持ちを考えろ!」又聞きの名言。友達の彼氏の言葉。見たことあるんだ。飛び降り死体。確かに辛かった。それでも肌寒い中ベランダで下を見る。配偶者くん早く帰ってきてよ・・
2005/09/16
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わたしの趣味のひとつに「お菓子作り」がある。女らしさを強調か!?いえいえ、とんでもない。同じ趣味を持つ方ならおわかりいただけると思うけれども、お菓子作りって結構力仕事で、タイミングが命の一発入魂、というものである。必死にバターをホイップする姿は決して「女らしく」などないと思う。それはさておき、趣味と明言するぐらいなので、それなりにいろいろ作ったことがあるし、失敗ももちろんあるけれど成功例はそれ以上に数多い。しかしながらそんな中で燦然と輝く鬼門の部門、それがロールケーキである。初めて作ったのは小学生のとき。クラスメイト数人で集まって、ワイワイと楽しく作り始めたそれを、オーブンに期待をこめてセットし、しばらくして覗いてみた時・・わたしは思わず言った。「う、海坊主」均等に膨らむはずの生地はなぜか泡のようにところどころ盛り上がり、泡の真ん中のひとつが群を抜いてぷっくりと膨れていたのだった。さながら海坊主のように。それ以来、ロールケーキを封印すること5年。高校の調理実習でそれを作成する機会を得た。ヨシあの時のリベンジだとばかりにはりきって取り組んだけど・・やはり上手くない。海坊主は出現しなかったけれど、生地は膨らみきらず、どうにもロールなんてできないような硬いシロモノが出来上がってしまった。(仕方がないので急遽「サンドケーキ」になった)。更に暖めること5年、今までの失敗は「多人数で取り組むこと」に原因があったのではないだろうかと都合よく考えたわたしは、今度は自宅にて単独でチャレンジすることにした。過去2回の失敗を知っていた母は「やめといたら?」と意見したが、そんな意見は容れなかった。今度こそ!!・・・案の定、二の舞である。高校生のときと全く同じだった。いったい何が不満なんだ、生地。普通のスポンジやシフォンを作るときは膨らんでくれるのに。それ以来、わたしが創作意欲に駆られてお菓子の本を眺めていると、母は横から「ロールケーキだけはやめてね」と言うようになった。今のところその意見に従っている。が、結婚して家を出て環境も変わったことだし、そろそろ再チャレンジ・・と懲りずに考えていたりもする。配偶者くんには過去の失敗のことは言わないでおこう。
2005/09/15
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今日は友達の誕生日。はからずも昨日、彼女のご懐妊の報を聞いた。6ヶ月だって。彼女も母になるんだ・・・。誕生日おめでとう、の言葉も色褪せちゃいそうなほど、昨日はいっぱい「おめでとう」を言った。でも今日も言っちゃおう。すごく不思議だ。その子とは、入社してすぐ、研修のチームが同じになった。それからほぼ半年間、同じチームで研修を受けた。研修後にもチーム飲み会を定例化させたし、皆でスキーに行ったりもした。メンバーが東京に異動になったり退職したりして、今ではあんまり集まる機会もないけれど。それでも大切な仲間であることに変わりはないし、思い出の中ではいつも我々は「新人」だ。その彼女がママになるなんて。時間は過ぎるんだな・・新人・・。自分、22歳とか。若かった。何も考えていなかった。そのころにはあの男とも何もなくて、配偶者くんとも出会ってなくて、学生時代の彼と穏便に別れてさっぱりしていた。そっか。そんな健やかな時期もあったんだ。***今日もまた、会社を辞めるとか辞めないとかそのへんの問題で凹んでしまった。考えなきゃいけない事だってわかってるけど・・しばらく放っておいてほしい・・考えられない。考えたくない。経済的なこと思えば辞められないのは明白。でもそれで健康を損なってたら何にもならない。でもでも、本当に健康を損なうほど追い詰められているのか?・・・ああ、考えたくない。それじゃ駄目だってわかってるけど、考えたくない。オネガイカンガエサセナイデ。友達が来年結婚するって聞いた。兄夫婦の赤ちゃんが、今週末生まれるらしい。世の中にはいいニュースもいっぱいある。明るいニュースばっかり見て暮らしていられたら良いのにな。
2005/09/15
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君と過ごしたわずかな時間は 月の光さえ眩しすぎて 逸らした視線はさまようばかり
2005/09/14
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最近、掲題2件について書かなかったけれど、決して止んでいるわけじゃない。早朝覚醒は毎日だし、深夜過食(最近は早朝過食)も依然止まない。ただ少し状況は変わってきた。以前は深夜にありえないほどお菓子を食べ、記憶がなくなっていたのが、最近では記憶が残るようになった。その分、歯止めも効く。そのかわり日中でもお菓子を食べ過ぎることが増えた。あっちを立てればこっちが立たず、上手くはいかないものだなぁ・・・もうどうにでもしてくれ・・・***すごい夕立だった。洗濯物が出しっぱなしだったのを思い出して、慌てて帰った。家の最寄り駅に着いたとき、雨はもう止んでいて、空気は爽やかに冷たくなっていた。駅の高架の上から空が見えた。わたしの住む場所はお世辞にも都会とは言えない場所で、だから高い建物が少なく、空が広い。頭上は暗雲。西の低い空には、切り取ったように夕焼けの気配が見えていた。夕闇と黒雲の帳が今にも自分の上に落ちかかろうとしているけれど、その外は明るい陽の光が残っているのだと感じられた。見遥かす夕空。今は暗くても道は開けるんだよ。暗雲はやがて去って、切れ端だけ見えていた夕焼けが世界を包む。明日は必ずやってきて、誰の上にも等しく時間が過ぎてゆく・・・そんなことを考えた。
2005/09/14
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2002年、9月1日。3年前のわたしの誕生日。この日、ともだちから素敵なプレゼントをもらった。それはテディベアだった。親友TAKが作ったものだ。彼女はその少し前、自分が結婚したとき、ウエディングベアを手作りして以来、テディベアを作るのを趣味にしていた。そして「Meteorが結婚するときは作ってあげるからね!」と約束してくれていた。でもわたしは、そんな日は永遠に来ないだろうって思ってた。もともと独身主義だったうえに、あの男ともめて苦しんでいる真っ最中だったから。自分が結婚なんていう普通の幸せを手に入れることがあるとは到底信じられなかった。2002年、わたしは苦しみの真っ只中にいた。誕生日のその日、彼女がくれた大きな包みの中からは、真っ白なテディベア・・・まだあどけない顔をした子が表れた。足の裏に日付とわたしの名前が刺繍してあった。「フライングだけど」とTAKは笑った。「結婚まで待てなかった!」「この子はまだ子供だからね、毎日話し掛けてやってね。 そしたらMeteorと一緒に成長していくんだよ。 顔を見ててね。だんだんおとなっぽくなっていくはずだよ!」嬉しかった。言葉も出なかった。今までの人生で、一番嬉しいプレゼントだった。実を言うと、それから3年経った今でも、一番だと思っている。わたしはそのベアに名前を付けることにした。考えた末、これ以上ないぐらい良い名前を思いついた。TAKの名前の頭文字「T」わたしの名前の頭文字「M」そして、あと2人、とても大切な友達の名前の頭文字「Y」と「M」これを名前として読めるように並べ替えたもの。「TYMM」おまけで、最も尊敬する女性(まあ、架空の人物だけど・・)スカーレット・オハラから拝借して、わたしはそのベアを「ティム・スカーレット」と名付けた。ティムをじぶんの寝起きする部屋に座らせて、毎日「おはよう」と「おやすみ」を言った。あの男との揉め事はもう、どうしようもないぐらい拗れてしまっていて、わたしは自分の心の醜さとあの男の卑怯さとに失望していて、「死んでしまおう、でもただ死んだらもったいない。 少しでもあの男を苦しめるように死ななければ・・」そればかり考えていた。そんな日々にも不思議とティムへの挨拶は続いた。ティムに救われていたのかどうか、そのときはわからなかった。でも、あんな暗い毎日の中、ぬいぐるみに向かって「おはよう」を言う自分がいたことは、今となってはすごく救いに思える。どんなに感謝しても足りない。もちろん、ティムは今もわたしの家・・・結婚して、配偶者くんと2人で住んでいる家にも連れてきた。「友達にもらったの」配偶者くんにはそれだけ話してある。今、ティムの隣には、また別の年の誕生日にTAKと2人で撮った写真を飾ってある。その写真のわたしも、とっても笑顔だ。今よりだいぶ若い、わたしとTAK。配偶者くんは写真についても何も訊かない。
2005/09/13
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またまた、配偶者くんと口論してしまった。口論と言うよりは、一方的に意見され、言い返さずに終わってしまったというところだ。言われた内容は、要約するとこんな感じ。そんなに辛いなら会社を辞めればいい。興味のもてない仕事ならしてても仕方ない。もっと楽な、或いは興味のもてる仕事はいくらでもあるんだから探せばいい。身体を壊してまで今の職にこだわる必要はないはずだ。どちらにしろ、仕事には真剣に臨まなければならないのだから、これを聞いてもし「なるほど」と思うなら辞めればいい。「なにくそ!」と思うんだったら頑張れ。会社だって営利目的の団体なんだからダルダルで仕事をしていてはいけない。すごく、へこんだ。朝から正論で囲われてしまった。もちろん、言い返そうと思えばいくらでも理屈を捏ねられる自信はある。でも言えなかった。その通り、と思ったからだった。正論で固められると、わたしは一歩も動けない。気持ちが暗くなった。ひとつだけ言ってみた。「ねえ、鬱病者に『ガンバレ』は禁句って学んでくれたんじゃなかったの?」「・・・学んだよ」ということはつまり、それを承知した上で言ってるってことかぁ。わたしには傍目にも頑張りが足りないかい?会社でのわたしなんて見たことないでしょ、配偶者くん・・。(ま、たしかに頑張ってそうには見えないんだろうけど)彼は強い人だ。そして真摯な人だ。禁句と解っていても口にする言葉には、それなりの思いと意味があるはずだ。きっと、「甘やかすことはできるけれど、それは将来的にわたしのためにならない」「厳しいことを言ってでも、身体の健康を尊重させたい」そう思ってくれているんだろう・・と思う。でも、ね。それでも甘やかしてほしい時ってあるんだよ。頑張らなきゃいけないのは重々承知。いろいろ考えてもいる。考えるのも結構消耗するんだよ。だからせめて、一番近くにいる人には、「インスパイア」されることじゃなく「ただ癒される」ことを望みたかった。それは間違っているのかい?それとも配偶者くん、あなたはわたしが「ちゃんと考えている」ってことを解ってくれてないのかな。そんなに見くびらないでよ。わたしは乙女座のA型だよ?星占いでも血液型占いでも、石橋を叩いた挙句に渡らない脅威の杞憂人間タイプだよ?そしてそれは結構当たっているんだよ?あなたの妻はそんなに考えなしの人間じゃない。でも、それもこれも、全部わたしが間違っているの?辛いなぁ・・・悲しい。とても悲しい。***今日は比較的忙しかった。暇を持て余して延々居眠りということはなかった。それでも配偶者くんに言われたことが気になって、気分はさっぱり浮かなかった。上の人に相談して、しばらく残業をせず定時で帰ることにさせてもらった。どうせ最近は暇で暇で、定時で帰っていたのだから一緒なんだけど・・敢えて取り決めたことにより、「みんな忙しいのに・・」っていう申し訳なさが少し減退するだろう。そうすれば気楽だ。帰り道、入社した頃に自分がいたビル(異動を重ねて、今は違うビルで勤務)の前を通った。7階建てのビルを見上げて、ふと思った。飛び降りたら楽になれるよなぁ。でも、積極的に死にたい・消えたいという気持ちがあるわけではなかった。ただ淡々と、楽になれるということを考えた。あの男ともめていた当時、どうせなら自分の死を精一杯の演出で飾って、あの男を苦しめるだけ苦しめようとか考えていた、その気分を少し思い出した。ナイフを持ち歩こうかと本気で思ったりしたあの頃。あの頃は積極的に死にたかった気がする。今はあの頃とは違う。そう思いたい。
2005/09/13
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この思い出に 「もしも」 は要らない 君をなくして学んだ真理
2005/09/12
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先週末、会社で面談を行った。わたしがあまりにも居眠りしていたり、放心していたり、吐き気で悶絶していたりするので、その挙動がとうとう上の人たちの間で問題になったらしい。問題といってもまあ、直上司の超音波様と課長と3人でお話をする、という程度のものだったのだけれど、その「事情徴収」はわたしを激しく疲労させる結果になった。面談の内容はべつにたいしたことじゃなかった。でも、病気のことや薬のこと、生活状況など、まるで病院で話すときのように話さなければならないのは、いかにもしんどいことだった。おまけに相手は病気のプロじゃないのだ。明けて今日は普通に出社。さて今日からどのように振舞ったらいいんだろう。休職、という言葉を真剣に胸に据えて考えている。でも踏ん切りはつかない。だってわたしは、仕事以外のこととなると、すごく元気だ。朝からテニススクールに通い、ライブに行って熱狂し、ともだちとご飯を食べに行ったりもする。昨日は「ベーグルを焼こう!」と思い立ち、昼からその作業に取り掛かった。家事だって一応人並みにやっている。なのに仕事となるとダメなんて・・・。怠けているか甘えているか、でなければ今の仕事に対する能力が著しく低いか。そのどれも不本意だ。能力云々は仕方のないことだけど、怠けているとか甘えているとか、それを認めたくはない。認めてしまったらわたしはただのろくでなしだ。しかし自分が認めると認めざるとに関わらず、職場での強烈な眠気やたまに襲う吐き気は自分から「やる気」を奪う。甘えているつもりも怠けているつもりもなくても、結果的にはそういうことになっているのかもしれない。自分はどうすべきなんだろう。まだしばらく悩まないといけないみたいだ。***今日もまた暇との戦いだった。お昼を一緒に食べている友達は、逆に、忙しくて忙しくて心なしやつれていた。何でこんなにバラつきがあるんだろう。彼女の忙しさの3分の1でも、わたしが引き取れたらいいのに。そうすれば、忙しさの波に乗って、わたしのやる気も少しは引っ張り出されるかもしれないのに。「ま、いいんじゃない」その彼女は言う。「ウチはね。いつ忙しくなるかわからないから、暇なときは暇を満喫するに限るよ」彼女が多忙でわたしが暇なことを、誇っても僻んでもない、淡々とした口調だった。今朝も隣の郵便局では局員さんが朝からラジオ体操をしていた。民営化とかなんとか、不安も多いだろうな。ふとそんなことが気になった。9月12日。気づけば9.11を過ぎている。あの日、あのテロ事件の日、自分は何をしてたっけ。・・なんとなく、あの男ともめていたような気がして、思い出すのを中断する。まだまだ思考が不健全だ。過去に縛られているうちは前には進めないよ、いったいこの先何年、呪縛されたままでいるつもり?そんなのわかんないさ。むしろわたしが教えてほしいぐらいなんだから。
2005/09/12
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昨日は愛するアーティストのライブだった。2年ぶり。昨年は活動を休止していたので。ここでわたしがたまに書く「愛するアーティスト」というのが誰なのかというと、実はふたり・・というか、2組のアーティストのことを混同して書いている。そのうちの一組のライブが、昨日だった。病院での件でちょっとテンションが下がり気味だったので心配していたけれど、行けば当然盛り上がれたので、そこはよかったと思った。わたしはまだ、彼らを見て熱狂するぐらいの心の余裕を失っていない。このアーティストにはすごくいろいろな思いいれがある。まず、ファンになったきっかけからして、鬼門の思い出だ。中学生のころ、好きで好きで仕方なかった親友たちが彼らのファンだったのだ。毎日その話ばっかりしていて、ついていけなかったわたしは、ただ彼女たちと話をあわせるためにだけ、彼らの曲を聴くようになった。そして年月を経て、彼女たち抜きでも彼らのことを好きになっている自分がいた。配偶者くんと縁を得たのも、彼らのおかげだ。いわゆるコンパというやつで知り合った我々は、最初の会話で彼らのことを話した。それでわたしは興味を持った。逆に、配偶者くんが彼らのファンだと言わなければ、配偶者くんに対して何の興味も持たなかったかもしれない。そして、あの男・・・。あの男と縁を得たのも彼らがきっかけだ・・・。あの男も彼らのファンだった。わたしが、FC特典でもらったポストカードを会社のデスクに飾っていた。それを見て、あの男は「お前もファンなのか!」と言って喜んで声をかけてきた・・。正直、あれほど深い話ができた相手はあの男だけだった。どの曲のどの部分がいいとか、どのライブのどの演出がすごかったとか、バージョン違いを聞き分けられるかどうかとか、そこまで深い話ができるのはあの男だけだった。2人で「密会」しているとき、あの男の車では必ず彼らの曲が流れていた。覚えてる。嫌になるほど。思い出が多すぎる。どれもこれも切ない。配偶者くんとだって、出会ってから順調に来たわけじゃない。昨日のライブ中も、この同じドームのどこかにあの男がいるんだろうな・・と思って、何回も苦しくなった。名古屋公演は2日。昨日と今日。あのおとこは土曜日に行くことが多かったから。奥様と一緒にきている可能性は大いに大だった。もし会ってしまったら?配偶者くんの隣にいれば大丈夫なのか、それでもまたぶっ倒れるほど揺さぶられてしまうのか。そんなことを考えていること自体が危険だと思った。愛するアーティスト。愛してるけど、見るたびに心が揺れる。懐かしさと悲しさと、・・・忌まわしさと愛しさ。全部一緒になってぐるぐる回る。そんな思い出と関係なく、純粋に彼らを見ることができたらいいのにと心底願うけれども、なかなか呪縛から逃れられない。もうひとりの「愛するアーティスト」の方は純粋に愛せてるので助かってる。その人は、自発的に好きになり、熱病のようにのめりこんで、あの男も配偶者くんも関係なく好きでいられる。若干渋い思い出がないでもないけれど・・でも、気楽。そんなこと延々考えてないで、選挙行かなきゃ。
2005/09/11
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週末の会社での事情徴収以来、モヤモヤと何かがわだかまっている。それを吹っ切れたらいいなと思って、テニススクールに行ってきた。先週休んでしまったので、その分を振り替えて、2コマ分ぶっ通しだ。寝不足の身体には辛いかな? と思ったけれど、案外大丈夫だった。午後は更に忙しい。病院へ行って、夕方はライブだ。ナゴヤドームまで自転車でいける距離にある我が家がありがたい。予定があるとモヤモヤを直視しないで住むので助かる。さて・・そろそろ出かけよう。病院ではいろいろ訴えたいことがある。***病院へ行ってきた。今日はカウンセリング無しで、診察のみ。ドクターといくつか話をした。最近思ったこと、金曜日の事情徴収のこと、過食、早朝覚醒、一瞬で入れ替わる気持ちのアップダウン。話題はいくらでもあった。それから「鬱じゃない」という件について話そうかどうしようか迷っていたら、その沈黙の間にドクターが言った。「そうですねぇ・・それはまあ、典型的な鬱の症状ですね。調子が悪いときは身体を休めてください」ん?典型的な鬱の症状・・・?以前にそれを否定されて、わたしはしばらく彷徨ってしまったんだけど・・?もしかして、ドクター。その話忘れてる?不信感を抱いてしまった。カルテに書いてあるよね?それを見たうえで言っている?いっぺんで混乱してしまったので、異議申し立てができなかった。困ったな。どうしよう。夕方からライブなのに、テンション下がってしまった。出かけた配偶者くんは帰ってこないし・・わたしはまた彷徨う羽目になるのかな。***ライブに行ってきた。とりあえず、少し発散。疲れた・・とりあえず寝よう。眠剤無しで眠れるかな。
2005/09/10
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ある朝、起きてきた配偶者くんが今で着替え始めたので、わたしは文句を言った。「ねえ、ほこりが立つからあっちで着替えてよ」「うん。・・ねえ、お金払った?」「お金? 何の?」「カンガルー」「・・・カンガルー?」「そう。払った?」「・・・」「払った?」「・・・払ったよ」「そうか」配偶者くん、満足げに退場。カンガルー買うの!?いつそんな話になったの!?その後、トイレから出てきた配偶者くんに訊いてみたけど、さっぱり覚えていなかった。寧ろわたしの方が変人扱い。どうして着替えをするぐらい目覚めてたのに、何も覚えていないんだっ!?***ふたりでテレビを見て笑っていた。特に会話はなく、それぞれでぼんやりと見ていた。しばらくたって、ふとわたしが「あれおかしいよね」と同意を求めたら、配偶者くんは転寝していた。ま、いっか。わたしは気にせずテレビを見続けた。しばらくしたら突然配偶者くんが叫んだ。「何!?」「・・何って、なにが」「俺、今、回答求められてる??」夢の中でクイズ番組にでも出てたのだろうか。***わたしが夕食後、洗い物をし終わって居間に戻ったら、配偶者くんは居眠りしていた。毎日のことなので放っておく。そのうち唐突に配偶者くんは悲鳴を挙げた。「うわっ!!!」さすがにわたしも驚いた。「な・・なに? なにかあった?」「何が居るんだ!? 白いの通ったよね? 白いの」ここで、ああ寝ぼけているのだなと気づく。「お化けでも出た?」「いや白いの。通ったって。今。なんだあれ?」「さあ」配偶者くんは心底「心外だ」という表情になって言った。「もう・・何がしたいのかわからん。全くわからん」わからないのはアナタですよ。***これまた食後の居眠り中。配偶者くんがごにょごにょと言葉にならない声を出す。いつもの寝言だねーとわたしは聞き流す。しかし突然、そこだけはっきりと、女名前を口にした。おまけに「さん」付けだ。「ちょっと! 何の夢見てんの??」「・・・んあぁ??」起こそうとしても一向に起きないので諦めて、翌朝問い詰めることにした。けど、ふと思い出した。それって妹さんの名前じゃん・・・。アナタ、シスコンだったんですか?***寝言って多彩だ。
2005/09/09
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また!4時起きである。しかし今日はひとりじゃなかった。目覚めたら配偶者くんがPCに向かって熱心に何かをしていた。今度はゴルフの下調べじゃなく、本当に仕事のようだった。「応募論文なんだよ」と彼は言う。「課長がやるはずだったのに俺に回ってきた」へぇぇ。学生時代ならいざ知らず、社会人になってからもそういうことで悩まされるとは。専門職は違うね、と感心したけれど、自分も一応「専門技術食」であることを思い出した。名前負けだけどね・・・それにしても眠剤を飲んでも飲まなくても、同じように早朝に目が覚めるのはなんでだ。それだったら、意識が朦朧とせず過食に歯止めのかかりやすい方がいい。多少寝つきが悪くなっても、眠剤無しの方がいい。ああ。一度で良いから、ぶっ通しで一晩ぐっすり寝てみたいなぁ。***今日は朝一番でミーティング。いつものスケジュール確認。・・が終わったら、自分だけ残された。嫌な予感。超音波様が言う。「最近、調子が悪いみたいね」これは身体の調子のみを言ってるのではない。超音波様には自分のメンタル的なことも話しているし、それ以前に、あの男との揉め事とそれによるわたしの変化の一部始終をリアルタイムで見せているのである。おまけに超音波様の双子のお姉さまは看護婦をなさっているそうで、病気のことにはいろいろ詳しい。超音波様は更に言う。「ちょっとお話しましょうか。課長も一緒に」来たな、という感じ。最近、あからさまに居眠りしていたし、吐き気がするといっては事務席で凍りつき、眠気が最高潮になると休憩室で仮眠していた。様子がおかしいのがバレないはずがない。ほとんど働いてないのが、バレないはずがない。そんなわけで事情徴収。課長と3人で面談・・・。課長はいい人だし、話の通じない相手でもない。でもそれにしても、こういう局面は消耗する。そういえばあの男と揉めてた時も、当時の課長と超音波様と4人とかで「面談」したなぁ。あれは異様だった。まるで小学校の学級会みたいだった。センセイ、この人がいじわるばっかりするんです。だって生意気なんだもん!!そんな感じ。で、今は家でのんびりPC。事情徴収の顛末・・・・・・・。書くのがだるいのでいずれ書けるとき書こう。ひとつ思ったのは、そろそろ潮時かもね、ってこと。
2005/09/09
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またもや4時起き気づいてなかったけどもしかしてわたし眠剤なしでは眠れないのか?もともと睡眠時間は短かった最近は寧ろ寝てる方だと思ってたでもここ数日決まって早朝覚醒もしかしてわたし眠れないのか??眠剤や寝る前の抗鬱剤を意識的に加減しているドクターもそうすると良いよと言ったからそれでも夜の記憶が飛ぶその分、夜中や早朝に目覚めたときの記憶は残るなるほどそれが深夜覚醒中の過食をやめていられる原因?安眠と引き換えに過食を止めるか過食は致し方無しとして睡眠をとるか究極の選択 なんてねどっちも手に入れたいって望むのは贅沢なのかまっとうな生活はまだまだ遠いなぁ***うんざりだ。午後イチからまた吐き気に悩まされた。派手に悶絶していたら、隣の席の超音波様に心配されてしまった。「調子悪いの?」「・・・いえ、べつに」なにが「べつに」だか。心配してもらっているのに、なぜそんな答えしか返せないのか。仕事のことじゃ、普段あんなにお世話になっているのに。良い悪いは別にして、仕事以外でも配慮してもらってるっていうのに。恩を知らない天邪鬼パワー。せめて笑顔を見せようとしたけれど上手く笑えなかった。お昼ごはんは最近、友達と食べている。そろそろ一週間になるだろうか。お互い都合がつけられなくて別々な日もあるけれど、基本的には一緒に食べている。お昼の時間が近づくと楽しみに思う気持ちとなにやら不安な気持ちと、両方に駆られる。今でも。彼女とは心地よい距離感がある。同じ趣味をひとつ持っているけど、それ以外は何の趣味も合わない。考え方の方向性は似ているけれど、表現の仕方はてんで違う。わたしが好きな芸能人を3人挙げたとしたら、そのうちひとりは彼女も大好き、もうひとりは大嫌い、最後のひとりは好きも嫌いもなく興味ナシ。そんな感じだ。救われている。それでも一緒にご飯を食べることに緊張と不安を感じる。情けない自分。子供の頃はそんなんじゃなかったでしょう?いつからこんな臆病になったの?
2005/09/08
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今日、実家の母から「オクラの花」をもらった。鮮やかだけどもやわらかい黄色の花で、花びら一枚一枚が大きく、南国を思わせるような花だった。そういえばオクラの花なんて見るのは初めてだ。オクラの花は「食べられる花」で、母曰く、細かく刻むとオクラの実のようにねばねばが出てきて、ポン酢か醤油でもかけたら美味しいよ、とのこと。花びらが? ねばねば?半信半疑ながら実行してみた。・・・仰るとおり。実より青臭さがないけれど、やはり「花」独特の香りがあった。それで思い出したのだけど、昔、オクラの夢を見たことがある。夢の舞台は学校の調理実習。グループに分かれて何かを作っている。わたしは唐突に主張する。「知ってる? オクラって断面は星型なんだよ」でもグループのメンバーは誰も信じない。じゃあ実践して見せましょうということになり、そこは夢なので都合よく、オクラの登場である。わたしはオクラを切る。しかしそれはやけにシナシナしたオクラで、切っても切っても断面は星型にならない。しゃんとしていないので、シシトウみたいにいびつな形になってしまう。メンバーは「ほら見たことか」とわたしを馬鹿にする。わたしはムキになって「いや、コレが悪いオクラなだけで、本当は星型なの!!」と言い張り、延々オクラを切り続ける・・・・という夢だった。その前日に調理実習があったという事実はないし、オクラなんてその前後、年単位で食べたこともなかった。断面が星型、なんて、自分は良く知っていたなあと感心するほどだった。フロイト先生、ユング先生。この夢を何と解釈してくれますか?わたしの「無意識」ではどんな自我が暴れているのでしょう。
2005/09/07
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ここ数日、布団で寝ていない・・いつも居間か台所で行き倒れている。睡眠時間は結構取ってるから大丈夫と思ってたけど、深夜2時・3時・4時と目が覚めるのに変わりはない。まっとうに寝たいなぁ・・・今日は嵐の音を聞きながら転がっていた。相変わらず心がざわめく。同時に、直撃だった地方の被害を思って不安になる。出て行かなきゃ・・今すぐ出て行かなきゃ。そんな衝動に意味はないのだけれど。眠いなぁ。***今日は配偶者くんは飲み会で遅くなる、夕御飯の支度をしなくていいのは嬉しいけれど、酔っ払い状態で彼が帰宅するのが今から憂鬱だ。わたしはお酒をほとんど飲まない。弱いのだ。実家の家族もほとんど飲まない。特に父は、わたし以上に、一切飲まない。飲めないのだ。だから「酔っ払いが帰宅する」という状況に遭遇したことがほとんどなかった。兄は若干飲んでくる機会もあったけれど、兄とは没交渉なので酔っていようがいまいが関係なかった。彼がお酒をたしなむことは以前から知っていたから、結婚するときほんの少しだけ気になった。わたし酔っ払いって慣れてないけど、大丈夫?で、配偶者くんに言ったことがある。「わたしはお酒も酔っ払いも好きではない。あなたに飲むなとは言わないけれど、ほろ酔いまでにしておいてほしい。泥酔して帰ってきたら家に入れないかもよ」彼はうんうんと頷いた。そういう譲歩は必要だよね、と言ってくれた。わたしにとって「ほろ酔い」を認めるのが精一杯の譲歩なんだとわかってくれたようだった。しかし現実は・・・。ご多分に漏れず、配偶者くんは飲み会のたび泥酔して帰ってくる。そういうときは本当に辟易している。なんだかよくわからないことで絡まれるし、お茶を注いで渡せば溢すし、タバコくさい服を着替えもせずにそこら辺で寝るし。おまけにどんなにわたしが苦労しても、翌日、彼はけろりと忘れているのだ。悪びれることもなく。わたしは薬で記憶が飛ぶたびに後悔と反省の連続なのに・・なんとなく不公平。たぶん今日も彼はご機嫌で帰ってくるだろう。あー、気が重い・・。自分もお酒を飲めたなら、酔っ払う気持ちが理解できたなら、少しは許せるようになるのかなぁ・・
2005/09/07
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どうか幸せであれ 矛盾した心 それがこの胸の真実
2005/09/06
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台風の影響は一旦東海地方を抜けた。朝は爽やか過ぎるぐらいに晴れている。今日の夜からまた天気は崩れるらしい。台風が大型だけに、直撃を受ける地方では被害が心配される。西日本には知り合いが多い。わたしは西日本で地震や災害があるたび、彼ら彼女らを思ってヒヤリとする。昨夜は深夜過食をしなかった。朝起きてもお菓子のゴミが散乱していなかったのでそう思うだけだ。夜中のうちにゴミまでしっかり片付けてしまっていたとしたら・・定かじゃない。でもまあ、口の中に後味もないし、たぶん、食べなかったんだろう。しかし朝食はチーズケーキだった。昨日、配偶者くんがもらってきた紫芋のチーズケーキ。過食はしなくても結局お菓子を食べるのかと思ったらなんだか自己嫌悪を通り越して可笑しくなってしまった。少しずつでいい。健全な食生活を取り戻したい。昨夜、深夜過食をしなかった理由は何だ?いつもと違った点は何?それを分析できたら、少しでも前進できる気がする。***夜になった。すごい勢いで風が吹いている。いままでの台風の中でも最強の風という気がするぐらいだ。まだ雨はパラパラ程度。心がざわめく。今すぐここを出て行かなきゃ。風に吹かれに行かなくちゃ。川の見えるところへ行かなくちゃ。東海豪雨を思い出す。見慣れた川が溢れていた。地震も雷も警戒してたけど、水害にだけは縁がないと思ってたのに。雷雨と風が冗談のように襲ってきた。膝まで水に浸かりながら、雷鳴の下を歩いて帰った。濁流は見ているだけで吸い込まれそうになる。水の群れに押し流される自分を想像する。苦しいだろう。呼吸もできず、思うように動けもしない世界。溺れるより先に、岩や木に身体をぶつけて命を落とすのかもしれない。不穏な想像は、それでも、ステレオタイプ過ぎて嫌になる。もっと自由な発送はできないのかなぁ。現実のわたしは川を見に行く事もできずに(母から「行っちゃ駄目!」と釘刺しメールが来た)酔狂にも洗濯をしている。どうせ部屋に干すんだから台風でもただの雨でも同じじゃない?
2005/09/06
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嘘つきな君の 正直すぎた言葉の棘が この心を現実に繋ぎ止めてる
2005/09/05
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こんなに残暑が厳しい中、しっかりと秋の気配を感じる。どんなに暑くても晩には虫の声が聞こえるし、昼間の空ももう秋のものだ。コンビニにもおでんやら中華饅やらがとっくに並んでいる。昔から秋が好きだった。冬も好きだけれど、冬が何か決定的な感じなのに対して、秋はなんとなくうら寂しく、曖昧で緩やかな終焉をイメージさせられる。それはわたしの中で、決して悪い意味のことではない。秋。いろんな思い出がある。いや、思い出はどの季節にも存在するから、秋だけが特別なわけじゃない。四季のハッキリしたこの日本では、思い出は有耶無耶にならずに、季節の風物に寄り添うように毎年姿を現してくる。あの男が消えてしまったのも秋だった。配偶者くんと本格的によりを戻したのも秋だった。11月には、配偶者くんと親友TAKの誕生日がある。秋、ね。自分も一応、暦の上では秋の生まれだ。だから贔屓してしまう季節なのかな。***配偶者くんは今日、歯医者に行くとかで、会社から素早く逃げ出してきた。そして歯医者に行って帰ってきたのは20時だった!平日なのに、すごい。快挙。わたしも相変わらず暇だったので、あっさり帰って夕飯を作る。平日なのに、2人でごはん。久しぶりじゃない?普段はわたしが先に食べて待ってるからね。たまにはこんなのもいいね。
2005/09/05
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歩道に石があるのである。子供のころ通っていた書道の教室の前に、大きな石が置いてある。石というより瓦礫だ。どこかの家で工事をしたときに出た、コンクリートの塊といった体のもの。結構な大きさがある。大人でもひとりでは持ち上げられないだろう。子供の頃はその上に乗っかって遊びながら、書道教室の順番を待った。(教室が狭かったので、混んでいる時に行くと外で待つ羽目になった)高校生までその教室に通っていたけれど、受験を期に通わなくなり、大学に入ったら地元を出てしまったのでますます縁遠い場所になってしまった。その場所自体、用がないので、滅多に行かなくなってしまった。正直、そんな石のことすっかり忘れていた。でも最近、思い出した。いま通っているテニススクールに行く途中、ちょっとだけ道を逸れると、その教室・・その石のある場所に出るのだ。それで、今日は寄り道をしてみた。あの石はまだあるのだろうか。はっきリ言って邪魔だったし、個人の家の敷地内でなく歩道にあるわけだから、撤去されている気がした。瓦礫だし。もう10年も昔の話しだし。書道の教室はいま、やっていないみたいだった。先生は結構お年だったから、辞めてしまわれたのかもしれない。なんだか寂しかった。近所の友達と誘い合わせて通ったお習字教室。しかし石は依然としてそこにあった。お習字教室がなければそこに子供が集うこともなく、乗っかって遊ぶ子供もいないだろうに。石は記憶と寸分たがわぬ場所にひっそりと存在していた。回りの景色は変わってしまったのに。空家だった場所はアパートになり、畑だった場所は建売住宅になった。雪が降ったら思わず敬遠しちゃうような急なV字坂の途中にある、その石。久しぶりに乗っかってみる?そう思ったけど、さすがにできなかった。できない自分が、お習字教室に通っていたあの頃から、はるか遠くまで来たんだなということを実感した。
2005/09/04
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今日は久しぶりに友達とおでかけだ。といっても、夕ご飯を食べに行くだけなんだけど。配偶者くんを残してでかけるのは久しぶり。いつもは、彼が休日出勤の日や彼もお出かけの日に合わせて動いてたから。昨日はテニスで今日はおでかけ。土日に二日間とも予定を入れると、月曜日が辛いんだけど・・いいんだ。頑張ろう。***ジンギスカンを食べてきた。初めてだった。美味しかった。お店が超人気店だとかで、いい時間には並ぶの必至だそうなので、開店と同時に行った。17時。それでも結構お客はいて、18時には満席になっていた。うーん。早く行動してよかった。友達とのんびりジンギスカンを食べていると、正常な食欲を思い出せそうな気がしてきた。3度の食事を美味しいと思って。夜中に起きて、何かを生めるように余分なお菓子を食べまくらなくて済む、そんな「普通の」生活。考えてみれば、14歳で拒食症を経験して以来、まっとうな食欲というものから縁遠い。空腹というより「飢餓感」に襲われて、急かされるように物を食べるか。食べることそのものを罪悪に感じ、ひたすらに食べないでいるか。その振幅に中間はない。普通の生活に戻れる日はあるのかな。物心ついてからを人生と考えるなら、摂食障害の人生の方が長くなってしまった。それを「戻る」って表現していいのかな・・
2005/09/04
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わたしの友人に、フランス好きが嵩じて、会社を辞めてフランスに1年、ワーキングホリデーで行ってしまった人がいる。彼女はまた大変なパン好きでもあって、フランスでパン屋さんめぐりをし、更にはパン屋さんで働きまでして、帰国したときには「パン屋になろう」という夢を固めていた。そしてそのまま上京してパン屋さんでアルバイトから始めてしまった。もちろん彼女には、調理師学校などの経験は無い。夢と情熱でそこまでいけたのだ。***学生時代、寮のルームメイトだった先輩は、4年の大学を卒業したあと、専門学校に通い、アパレルの道を目指してひた走った。今では夢の通りパタンナーとして活躍している。この先輩は、時代錯誤な狭い寮の中、ロックミシンまで持ち込んで、本格的に服を作ったりしていた。自分のワードローブを写真に撮ってリストを作ったりもしていた。服というものが大好きだったのだ。***これまた学生寮で仲良くしていた後輩で、パン好き(またか(笑))の子がいて、この子は今パンの中身を考える会社で働いている。餡とかクリームとか、そういうものの開発をして、町のパン屋さんや大手メーカーに売り込みに行くのだそうである。企画、プレゼン、営業、いろいろ手がけているらしい。思えば彼女は大学1回生のときから、パン教室に通ったりしていた。本当にパン好きだったんだなぁ。***わたしの従姉妹は生まれながらに音楽一家で、姉はヴァイオリン、妹は現在パイプオルガンをやっている。姉は東京芸大に進み、留学を経験して、細々とプロをやりながら、今ではイタリア人ヴァイオリニストの妻になっている。妹は一旦「音楽理論」で芸大を卒業した後、パイプオルガン科に入りなおして(編入でも院でもない、試験を受けて1回生から始めたのだ)頑張っている。道は険しそうだけれども生きている実感はあるだろう。すごく。我が従姉妹ながら尊敬している。***自分は?自分は何か、追い求める夢があったか?もしあったとして、そのためにちゃんと努力したことがあったか?ないよね。ともだちやら従姉妹やら、偉大なる彼女たちに憧れるばかりで、ただぼやぼやと人生を過ごしている気がする。そもそも自分は何か大きなことができるはず、って思ったことさえない。好きなものはある。お菓子作りが好きだ。細かい手作業が好きだから、手芸も好きだ。文章を読んだり書いたりするのも好きだ。テニスもここ数年ですっかりはまってしまった。得意なこともある。文章は、少なくとも会社のろくでもない上司連中よりずっと達者だと思っている。人の話を聞くのも得意だ。普段口数の少ない人に、延々30分しゃべらせたことがある。でもそれが何になるんだろう?好きなもの、得意なこと、それを延ばそうとしたことがあったか?その力を、好きだという情熱を、何かのために役立てようとしたことがあったか?なんとなく、自分が無為なものに思える土曜日の午後・・それでもテニスに出かけていくのである。壮大な夢を追いかけること以前に、自分というものを確かに保つ、それが自分には必要だ。・・・レベルが低いかも。
2005/09/03
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台所で転がって迎える朝。清々しくないなぁ。誕生日の「幸せモード」の反動か、なんとなく身体が重い。気分も重い。うだうだしていたら、テニススクールに行けなかった。昼からは会社の同好会テニスに行ってこよう。すごく久しぶりで、おまけに一番仲の良い同期が来ないと知っているので、これまたなんとなく曇天模様。まあいいさ、テニスができれば。昨夜の記憶が全くないので、今朝、起き出してみると謎がいっぱいだった。ええと、どうして自分のカーディガンがこんなとこに脱ぎ捨ててあるんだろう。そして配偶者くんの服一式、別の場所に脱ぎ捨ててあるのはなぜだ!台所の床においてあるビール1カートンは何物?流しに何でこんなに食器があるんだろう。やれやれ。とりあえず洗濯をする。終始洗濯をしている気がする。そういえば学生時代も洗濯は眦を吊り上げつつ必死でやっていた気がする。散らかったものを片付けなきゃな。午前中に終わるかなぁ。
2005/09/03
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夜の記憶が皆無。いつものような深夜の記憶どころか、10時ぐらいから記憶なし。気づけば台所で倒れるように眠り、居間では配偶者くんが大きな身体で窮屈そうに居眠り。寝室には布団が敷いてあるのに、どうして2人とも居眠りしてるんだ?お風呂入ってないし、化粧も落としてないや・・今から入ってこよう。配偶者くんは土曜出勤と言っていたからどうせ今日もふたりして6時起きだしね・・ってわたしは5時起きだけど、いつも。さて。人間らしい生活は、いつになったら手に入るんだろう。
2005/09/02
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赦したい君と過ごした 短い時をただの「闇」にはしたくないから
2005/09/02
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誕生日だったのだけど、誕生日のうちに、配偶者くんは帰ってこなかった。9時ごろメールが来て、「ちょっと遅くなりそうだけど、お土産あるから起きて待ってて! 日付が変わるまでには帰ります」と言うので、うきうきしながら待ってみた。それにしても昼間から、これといって誕生日らしいことは何もない日だった。ただもう友達や家族、そしてここの皆さんからのメッセージだけが喜びで、止めとけと思いながらも、会社から楽天広場を見てしまった。まあねぇ。大人になると、誕生日だからってその日に何かがあるわけじゃないものね。サラリーマンは平日は何もできない場合が多いのだ。しかしながら配偶者くんには帰ってきてほしかった・・仕事だから仕方ないけど。おとなしく待っていたら、不覚にも寝入ってしまった。配偶者くん帰宅の物音で目を覚ましたのは、2日の朝4時!!午前様どころの騒ぎじゃない。びっくりして飛び起きたら、配偶者くんが紙袋をいくつもくれた。あ、i-POD!!最近わたしがMDウォークマンの調子が悪いってこぼしてたから、それなら・・ということで買ってくれたらしい。それから、キルフェボンの桃タルト。桃は一番好きな食べ物だ。今のとこ、この県には1軒しかお店がないんだけど、いつ買ったんだろう?配偶者くんの会社とお店は離れた場所にある。それと、「朔日餅」。伊勢名物「赤福」が出している、毎月1日だけに売るお菓子だ。月ごとに季節のものを使っている。今月は「お萩」だった。先月は「粟餅」だったかな。「最後のは誕生日プレゼントじゃなくて、いつものおみやげ」と配偶者くんは笑った。「誕生日のうちに帰ってこられなくてごめん」ありがとう。プレゼント、すごく嬉しい。どれもみんな、ちゃんとわたしを見ててくれてるなって思えた。ほんとに嬉しい。ありがとう!!起きて待ってるつもりが、寝ちゃってたから、髪は寝癖だし顔は寝ぼけてるし・・・こんなお出迎えでゴメンね。もっと小奇麗にしてればよかったね。それでも自分から彼にひっついてみた。おや、素直。素直になれるって嬉しいね。しかし案の定彼は「明日・・いや、バリバリ『今日』だな。普通に出社なんだよ。ちょっと寝る!」と言って寝てしまった。4時に帰ってきて8時半出社って・・・。もうちょっとなんとかなりませんか、電機メーカーさん!!
2005/09/02
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懐かしい人へ昨日、偶然に、あなたが亡くなったと聞きました。教えてくれたのは後輩ちゃんです。誰だかわかる? わかるよね。わたしが、寮で仲良くしてたあの子です。あるサイトで偶然その子に会って、あなたのことを聞きました。卒業してからは縁が切れちゃって、ふと思い出しても、それは具体的な思い出じゃなく漠然としたイメージだったりして・・あなたのことを、忘れるわけじゃないけれど、「思い出」として括り挙げてしまうところでした。そんな中飛び込んできたニュース。あなたのことを思い出せたのは嬉しいけれど、そのきっかけがこのニュースでは寂しすぎます。夜、あなたが星空を見上げながら、将来の夢について語っていたのを思い出しました。こんな事書くと、「何気障なこと言ってんだ」って言われそうですね。でもしょうがないよね、わたしたち「天文同好会」だったんだから。星空を見上げるのはロマンというよりサバイバルだったよね。気障というよりマニアの世界だったね。あなたはどうして行ってしまったんだろう。まだ早すぎたんじゃない?詳しいことはわからないけれど・・わたしはここであなたを悼むしかできません。いずれわたしもそっちに行くから。また、チョコパフェを食べながら、熱く語り合おうね。あなたと観た映画のこととか、わたし結構覚えてるから。その記憶力で驚かせてあげるよ。そのときまで、わたしを忘れないでいてね。
2005/09/01
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月日の慈悲が君が残した傷跡をこの身を飾る輝きに変えて
2005/09/01
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誕生日です。友達と母からメールをいただきました。ちょうど昨日は心がささくれ立っていたので、思わず涙の連続で、朝から配偶者くんに心配されてしまいました。新しい1年。最近何かと自分を取り巻く環境が変わるけど・・上手く順応して生きていきたいと思います。ここの皆様にも、すごく助けられています。誕生日は、自分がこの世に生まれて、素敵な出会いを得られたことに感謝する日。・・・であるといいな。いつの年も。生まれたことを悔やむ人生は、もう、いやだから。
2005/09/01
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