現実逃避所 Ally of Jastice

The evil sprit.


ハイハイどうやらこの言葉なら通じるようだな。
……俺? 俺はな、悪霊、名はラムセス。
俺は一体なにかというと、人間……かもしれないし、そうじゃないかも。っていうか人間じゃない。悪霊だしな。
もともとの人間の姿を、俺は変えて使っている。
何にでもなれるっていうわけ。ただし、命のないものでないとダメだ。
それ以外のものに化けるには、実在する動物を3体以上組み合わせたキメラにしかなれない。しかしコイツはやっかいで、頭、胴、手足のそれぞれにエネルギーを使うんで長い間化けてはいられない。
元の人間の姿か、モノの姿か、キメラになってるわけ。
ま、こんなお粗末な変身力でも、陰謀を楽しむだけの力ならある。俺は超能力みたいな力も使えるし、ケンカのパワーもまぁまぁいいもんだ。人間を脅かしたりおとしいれたりするのは心地良い。ほんとに。
しかしここ最近、人間はだいぶ賢くなったみたいだ。唸っちゃうねぇ。
賢くなった馬鹿な人間――賢いか馬鹿かどっちかって? ハッ、決まってる。いつだって人間は馬鹿だ。愛とか名誉とか権力とか、力も無いのにほざいてる。まぁ、そのテのモノは俺も好きだけど力が違う――は、魔術を身に付けた。俺たちにもわからない意味不明な力。が、大したことない。悪霊にかかれば少ししか持たないだろう。
じゃ、なぜまだ征服できないかというと戦乱のおかげさ。――敵は、『魔界』を襲うエイリアンだ。けっこう強力で、魔物と呼ばれる悪霊の分身や、悪魔といわれる悪霊の下僕を次々とぶったおしてくれたから護りが弱まり悪霊の数が減っちまったからな。
こんだけ少なくちゃ、生界侵略を速やかに成功させるのも難しいって。わかる? わかんねーよなぁ!
……仕方ないか。ま、気にすんな。
とにかく、人間を片付けたら今度はエイリアン、というわけにも行かないんだってこれが。
エイリアンは人間界と魔界を同時に攻撃している。ほんとはもちろん人間界を先に征服し、エイリアンの武力の進行を止めたほうがいいんだ。けれど不甲斐なく手一杯な俺たち。
人間どもはさっき話した『魔術』でエイリアンに対抗してたみたいだ。
エイリアンも少々人間を見くびっていたみたいだな、ここ何千年かは人間界から手を引いてこっちに本腰を入れてやがる。
悪霊とエイリアンが戦っているからいいものの、人間界はあと少しでジ・エンド――終焉だ。たまんねーよなァ。嬉しいねぇ!
……だいぶ話がそれたが、俺が何者かって話だな。
固体じゃ『悪霊人間』としか表せないのはわかってくれたと思う。だから、役職で表そう。俺は『隠密地球侵略作戦部総指揮官』だ。
魔界での組織の一部で、エイリアンにも同じようなのがあるんだろうな――互いに戦っている間、なるべくこっそりと活動をし人間界を制圧しようと試みているようだ。悪霊とエイリアンのこのではどれだけ多くの下僕を先に手に入れるか――武力が問題となるだろう。
人間界にまだ少し残る魔術師を中心に、役に立つものが出来そうだし、それを使えばエイリアンのほうを侵略できるかも知れん。なんとしても人間という駒を手に入れて、生界のエイリアンから掃除するか、エイリアンが大きく動くようならエイリアンを先に倒してから人間を手に入れるか。
どちらにしろ、俺はこの少人数部隊でなんとか2度の戦いを勝利に導かなければいけない。
――しかし、わかると思うがなかなかこれも厄介だ。人間を先に手に入れようにも……一般的に魔術が使われていた時代に比べれば、俺の部下の暗躍、事実の偽装工作により魔術を知るものは極小数になった――が、その部下たちはみんな憎き魔術師にやられてしまった。かといって、さっきも言ったとおりエイリアンには少々てこずっている。今のところ戦果をあげられないのは俺の能力がないわけでわなく、人員――もとい、悪霊不足。部下は生き残ってるのしかない。手駒が少ないわけだ。
悩みの種はまだある。
非常に不快な事実だが、人間が滅びると悪霊も滅びる。
なぜなら、悪霊というのは誰かの強い邪念がなんらかの方法で、イメージされ創りあげられた人間の姿と結び付いて生まれるわけで(俺の場合は運よくナイスガイだったけど)、それを永続させるには悪霊になった邪念に更に人間の負の感情を与えることにある。つまり、俺が破壊活動とかをして、人間を殺したりして人間が悲しめば悲しむほど俺の寿命が延びるわけで……やっぱり多少は人間が必要なんだな。うん。
そして、悪霊が死ぬときはというと、寿命がなくなったときはもちろん、基本的には人間と同じように死ぬ。体力などはともかく、業火で焼かれれば死ぬし水に沈められても同じ。(ただ、切り抜けるワザは人間をはるかに超える。)
そしてもう1つ、自分のもとになる邪念を生んだ人間の負の感情が無くなること。別に、邪念を生んだ人間が死んでも想いは残る。やっかいなのは魔術だ。魔術にはどうもそれをなくす力があるらしい。
強力な魔法でその誰かさんの邪念――つまり俺らだな――をねじ伏せれば俺は消える。魔術でもとの誰かを蘇らせ、その心に邪念を清める魔法をかければいい。
もっとも、命を代償にするからこの術を扱う魔術師がいないんだけどな。
あとやっかいなのは、魔術師は俺たちが人間界にいるときのみ、召喚することが出来る。――悪霊の名前と悪霊を作った人物がわかれば、俺らを手駒にすることも出来るわけ。強力な魔法なんぞやつらが使わなくても、負の感情を消されそうになれば悪霊の中の元の人間の醜い想いが反応するんだ。消えたくない一心で、血が動いちまう。――人間って言うのは俺らを生んだだけあるよ、まったくしぶといやつらだ。まぁ、確か召喚して手駒にするのにもよほど代償があった気がする。
……こんな風にこの世は成り立ってるわけ。
でも大丈夫。馬鹿な人間社会はもうすぐジ・エンド。
そのうち人は悪霊のためだけの存在になる。霊長類ヒト科を支配するのはどんな気分だろう。
エイリアンの住む『死界』、俺の住む『魔界』、そして人間界とも呼ばれる『生界』――この世界でのあらかたの事情はおわかりいただけただろうか。
だいぶ話が長くなったな。……俺も一応総指揮官なんでね。これから重大任務なわけよ……ハァ。





太陽の光が木漏れ日となって窓から差し込む。
窓際のベッドに降り注ぐ陽光で、少女は目を覚ました。9月とはいえ、まだ暑い。
星の光も好きだが、やはり朝のことを考えると薄カーテンをしめておくべきだった――
そんなことを思いながら、ベビードールから半袖Tシャツとショートパンツに着替え、階段を急ぎ足で駆け下りる。
リビングでは、少女の兄がピザトーストを食べている。
2階で両親がまだ熟睡していたのを知っているから、少女も自分で朝食を用意することにした。
「おはよう、ビビ。父さんたち、まだ寝てる? 」
少女の兄、プトレマイオスが言った。
ビビは頷く。
「まだ寝てる。またどっか掘り返しに行くの? 」
トーストにケチャップとハム、チーズ、コーン――材料は全てプトレマイオスが出しっ放しにしておいたものだった――を乗せながら、いつも通りの会話。
「人聞きの悪いこと言わないでくれ」
「でも、お母さんたちに言えないんでしょ」
プトレマイオスは、存在しない『魔術』について調べていた。
「内緒で古代の魔術師について調べるなんて、どうかしてる」
「それが……もうすぐ世界が滅びるかもしれない」
そう聞いて、ビビはくすくすと笑う。
つられてプトレマイオスもけらけらと笑う。
「はは……それに打ち勝つには、魔術ぐらいしかないからな」
「いつも冗談ばっかり……『魔術』はね、古代の科学文明で、もうとっくに現世にもあるの」
「さぁ、どうだかな? 歴史では違っただろ」
プトレマイオスは19歳で、ビビが12歳。
年の離れた兄というよりは、若い父親のような存在だった。
無口なプトレマイオスだったが、ビビとだけは時々会話をする。
「それじゃあ、行ってくる」
ビビが焼き上がったピザトーストと、オレンジジュースをテーブルにコトン、とおくと、そう言って彼は家を出た。

朝6時30分、通学に30分とかからない大学へ行くにはまだ早い時間だと、ビビは思う。
しまりかけたドアから朝の風が吹く。
閑静で落ち着いた民家や公共施設が立ち並ぶのどかな町で、小鳥のさえずりくらいしか聞こえない、なんとも爽やかな朝だった。
少し暑かったので、ビビはキッチンの窓を開けた。
椅子に座り、まずオレンジジュースを一口飲む。
朝はいつもこの『無農薬オレンジジュース100%』を愛飲している。
近所の農家で作っている、濃縮還元でない100%オレンジジュースだ。
ビビの住むこの町は、中くらいの港町だが、農家もいくつかある。
この町と隣の町とを隔てる山のふもとに農家が何軒かある。
若干遠いし、商品は高い。それでも、ビビは農家までジュースを買いに行っていた。
もちろん港は活気に溢れた小都市で、濃縮還元のオレンジジュースならば様々な種類があったのだけれど、今は港にあまり近づきたくなかった。

港には度々海賊船が止まることがある。
今、ビビの町に停泊している海賊船は、決して住民を攻撃しなかったが、貿易船と鉢合わせるとたちまち海上銃激戦をはじめるのだった。
住民に被害を与えないように大砲を使わないという海賊団によるポリシーらしいが、かえって流れ弾が危険だという。
そしてなにより、その海賊団が魔術に関わっているという。
(たぶん、プトレマイオスもそこで色々探ってるんだよね……)
トーストをほおばり、ため息をつく。
いつも朝早くからふらりとどこかへ行っては魔術について調べているプトレマイオス。
もし、海賊に目を付けられたらどうするのだろう――
嫌な気分をまぎらわすため、お気に入りの曲を小さくBGMにする。
そしてさらにためいきをもうひとつ。
(魔術なんて、あるわけないのに――)

昔、この国には魔術があったと言われている。
しかし、それはきっと伝説か何かに過ぎない。魔術なんていうものはありえない。
あったとして、古代に科学文明が発達していただけだ――と、ビビは思っていた。
プトレマイオスが調べ始めてみてから、ビビは魔術について考えてみたけれど杖を持ち呪文を唱えたところで何かが動いたり、箒にまたがった人が飛ぶというのはありえない――というのがもっぱらの考えだった。
『魔術』は、紀元後2000年前後、『アース』で生まれた。魔術はアースの宇宙局から、イリス星のこのトリクス国の宇宙局を経由して伝わり、当時の最大都市リベア――この町だ――を中心に広がっていった。人と人との戦争に使われたと言う。はるか離れたこの土地の宇宙局にアクセスできたのは、アースの魔術の高度をそのまま表しているらしい。
つまり、リベアというこの町はイリス星でのいくつもの戦いにおいて使用された魔術の発信地ということになる。
そして、その『魔術』は魔術師にはなれなかったものの、魔術を護ることを志す『リベアの守人』により、数々の戦乱で魔術師が滅びた後も伝えられていったと言われたが、魔術師が絶え、戦乱により文明が破壊され、町の復興時にはトリクスの首都がドルドーにうつっていたし、人々の間ではもとから魔術など存在しなかったという者も増えてきた。

ビビは、魔術が嫌いだ。
魔術は使い手を選ぶ。選ばれた使い手は魔術で戦争をした。
選ばれない、無関係で無力な民を次々と殺した。
けれど、そんな恐ろしい力が守人により今まで残っているのなら今のこの平和なトリクスはないはずだ。銀行強盗や、海上銃激戦などの事件は確かにあるが、一瞬の爆発にして何万人の人が黒焦げになるようなかつての魔術師たちが起こしたような事件はなにひとつない。
そして、今では魔術はビビにとって『元から存在しないに等しい存在』だ。
戦記に記されているとはいえ、それが『魔術』だとは限らない。おそらくそれは戦乱で各国々が破滅への一途を辿る前までに栄えていた、科学文明。
魔術という名の、科学文明が存在していた。
魔術師と言うのは科学者たちのことで、人々が思う魔術のようなおそろしいものが、今も存在するわけがない。今、トリクスには素晴らしい科学技術がある。それこそ現世に伝わりし魔術だ――と、ビビだけではなく、なぜか魔術を歴史で教える教育の裏で、ほとんどの人がそう思っていた。口にこそ出さなかったが。



トーストの最後の一口を食べ終えたビビは、歯を磨いてリュックを背負う。
「あら、どこか行くの? 」
階段から降りてきたビビの母親が問う。
「とぼけてるの、お母さん? 今日は月曜日でしょう。学校」
「ああ、学校ね。いってらっしゃい」
ヴァネッサは寝ぼけながら相槌を打つ。
「ねぼけてるの? それとも痴呆症? 」
「どうして? 」
「今日が月曜日ってことは、大人も仕事があるんだけど」
皮肉交じりにそういうと、ビビは家を後にした。

ビビは小学生の割にマセていたというか、生意気だった。
19歳という年の離れた兄を持つからなのか、あまり子供らしい無邪気さを見せなかった。
「おはよう」
淡々と道を駆ける同級生1人1人に言う。
どこか少し、冷めた目で。
同級生はみな汗をかいて必死に走り、チャイムの中、校門をくぐり抜けている。
「貴女の兄のプトレマイオスは、そりゃあ優等生でした」
校門で待ち構えていた担任教師のビアンカ・スターゲイザーは言った。
何も言わずすたすたと歩くビビに哀れみをこめた視線を送り、彼女は続ける。
「ビビ、今日も遅刻です」
「そうですね」
「しかも、今日は記念すべき1000回目です」
「そうですか」
彼女の生意気さはとどまることを知らない。
まるで1000回目の遅刻なんてどうと言ったことでもないような顔をして――実際どうでもよかったが――ビビは言ってのけた。
「先生、このチャイムはホームルームの始まりのチャイムですけど」
「それが何か? 」
「早く行かないと先生も遅刻ですよ」
言い終わるか終わらないかのうちに、ビビは角を生やしたスターゲイザーのもとから駆け出した。

その日の一時間目と二時間目はビビの好きな歴史だった。
今日の課題は『魔術に対しての意見文』を書くことで、これの内容で評価が決まる。
大好きな歴史だが、評価はいつも決まってCだった。
ビビは、自分が魔術を毛嫌いしていること――確かに魔術と呼ばれるものは存在したが、その実態は古代文明の科学技術で、人々がイメージを抱いている『魔術』とは異なるだろう事、その理由に現代に科学技術は伝わるけれど、不思議魔術の類が見当たらないことを書いて、ABCの3段階評価でC(D)を貰った。
前回の『偉大なる古代魔術師に対する意見文』のC(E)評価よりはずっとマシだ。
「ビビ、またCだった? 」
休み時間、からかい半分に同級生のテッドが尋ねてきた。
「Cは、Cだけど、特上よ。C(D)評価」
いたずらっぽく笑って返した。
「おお、やるじゃん! おれはただのCだった」
「C? 腕あげたじゃん。このあいだはBだったでしょ」
「だってさぁ、みんなおかしいよ」
唐突に語り始めるテッドに、小さく反論する。
「テッドもだけど」
「ちょっとだけ黙って聞いてくれ」
その表情がとても語りたそうだったので、ビビはテッドの話を黙って聞くことにした。椅子の上であぐらをかいて、ひじをつく。
「みんなお腹の中では魔術はないって思ってるのに、学校の勉強になったとたんおせじをペラペラペラペラ、考えもしないようなことをスラスラスラスラ並べ立てるんだ」
「知ってる」
「で、でもおれはそれが嫌だ。もちろんお前もな」
「うん」
小さく頷いた。
「それで、だ。不思議に思わないか? 」
「何が? 」
「大人たちもみんな魔術なんてなかった、あったらなくすべきだって考えてる。スターゲイザーたち教師も同じだと思う。社会では、そういう考えでいっぱいなんだよ」
そこまで一息にまくし立てると、テッドは自分で腕を組み1人で頷いていた。
まるで自分の意見を頭の中で確かめているように。
一方ビビは、今までそんなことを考えたことは無かった。
しかし、テッドに言われて考えてみると、なるほど確かにC評価を持ち帰ってもお父さんもお母さんもそして兄のプトレマイオスも、口をそろえて「よくわかる、たしかにその通りだ」しか言わない。
それならなぜ、魔術について学校では教えるのだろう?――これだけは、いくら悩んでも答えが出なかった。
そこで、テッドに聞いてみることにした。
「テッドはどう思う? なぜ政府は教育カリキュラムに魔術の歴史を組み込むのかしらね」
「わからないな、きっとなんかあるんだろうってことくらいしか」
ビビとテッドは幼馴染だった。
そして、2人とも学校で魔術を教えることに反対だ――というか、魔術のようなありもしない、恐ろしいことを子供に教えることに何の意味があるのかと、大人に訴えたいと思っている。歴史の時間に目立つ行動をしすぎたせいで、2人はなんとなくクラスから浮いていたが、気にしなかった。クラスのみんなは、魔術なんて信じていないくせに学校に合わせている。――その学校でさえも、魔術など信じていないのに。
自由に反抗する。それが2人のモットーであり、過去の、現在の、そして未来の活動は魔術が架空のものであることをまわりに広めることだった。
「まぁいいや。とりあえずおれこれをどう父さんに説明するか考えるよ」
「テッドの家は大変ねー…お父さん、政府の偉い人なんでしょ? 」
「そこまで偉くないんじゃない? だって偉い人はみんなドルドーにいるはずだろ」
ビビの頭に、チカッとひらめきの明かりが灯った。
「ねぇ、じゃあなんで政府は魔術の歴史を教育に組み込んでるのか聞いてみてよ」
言い終えたところで、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴る。
テッドが慌てた様子で答えた。
「OK わかった。ところで、次の授業何? 」
「魔術じゃなかったっけ? 」
ビビがサラリと答えた。
「……ビビ? お前どうしたんだ? 」
「あたし、何か言った? 」
「次の時間が魔術の授業だって言った。歴史じゃなくて、そのまま『魔術』」
もちろん、魔術の授業なんて存在しない。魔術は歴史の授業の大半を占めているだけで、一般人があるとは信じていない魔術は独立した科目ではない。
2人は顔を見合わせた。
ビビは思わずくすくすと笑い出したが、ビビの言葉があまりにも自然だったためテッドは少し怖くなった。
結局次は科学だったが、2人は授業に少し遅れた。



その日の学校の帰り道、ビビとテッドはプトレマイオスに会った。
「ビビ、テッド! 」
後ろから小走りでプトレマイオスがやってくる。
「ああ、プトレマイオス。大学は? もう今日の講義は終了? 」
「いや……その……今日は、サボりだ。うん」
「えっ? マジで? どうしよっかな。ビビのママに言っちゃおっかな」
にやりとテッドが笑う。
「内緒にしてくれよ、テッド。今日はおもしろい話があるんだ」
よほど興奮しているのか、声が少し震えていた。
「あててみせる」
人差し指を突き出して、ビビが自信たっぷりに言った。
「もしあたったら、そこのお店でケーキを買ってから家へ帰りましょ」
「いいね」
テッドが指をパチンと鳴らす。
腕を組み、目をつむり少し考えてからビビは口を開いた。
「プトレマイオス……アンタ今日大学サボって港に行って、海賊からなんか手に入れたんでしょ? おおかた魔術がらみのことでしょーけど。魔術がどうおもしろいのかなんて知ったこっちゃないけど、今日はどうせ暇だから話くらい聞くけど? 」
100%当たっていた。
ビビは昔からやたらと勘がよかった。それに、運がいいことも多いし、なくしたものを探すのも得意だった。
もちろん、勘がいいだけではなくて、科学や古文も得意だった。ただ、どうしても普段の生活がルーズなのだ。だから、両親に褒められるのはいつもプトレマイオスだったし、学校でも特にいい成績を収めているわけでもない。
しかし、今はすっかりビビのペースだ。いつもはダメダメなビビも、プトレマイオスを相手にするときだけは持ち前の勘を生かし、口喧嘩にしろ賭けにしろ、なんでも勝ってしまう。
負けを認めて、プトレマイオスが首を振る。
「ばっちり。ケーキはショートケーキでいい? 」
「おうよ! 」
「テッド!当てたのは私でしょ! 」
3人はティラミスとブルーベリータルト、チーズケーキを買ってビビの家に向かった。

「これが例の魔術石と、本。それから護石」
そういってプトレマイオスが机の上に並べたのは、白っぽい握りこぶし大の石と、くしゃくしゃで古文が書かれた古びた羊皮紙でできている本、そして透明なガラスのような小さな石だった。
今、3人はプトレマイオスの部屋――ビビの部屋の向かいだ――にいる。
ビビもテッドも、彼の部屋に入るのは久しぶりだった。
テッドにとっては、ビビの家に来ること自体が久しぶりだったが。
「これが、どうしたっていうの? 」
「だから、今朝港で海賊にもらったものだよ」
「で、それがなんなんだ? 」
テッドがにやにやして、いつものからかい調子で聞いた。
「さぁ、何に使うかはわからない。この本に詳しく書いてあるみたいだけど、古文で書かれていてよくわからない」
「古文ならあたしが得意よ」
ビビが得意げに言った。
「でもこれは、だいぶ古い文字で、大学の資料室にも手がかりは何もなかったんだ」
「それ、なんかいわくつきなんじゃないの? タダでもらえるって、おかしいじゃん」
テッドが不安げな目つきで3つを見回す。
「もらうっちゃもらったけど」
プトレマイオスが肩を叩き始めた。
「労働はしたんだよ。積荷を手伝った」
「ま、あの海賊団は変なポリシーがあるから恩を仇で返すようなことはしないね、たぶん」
ビビが相槌を打った。
「あ、そうそうプトレマイオス、今日テッドとの話題に上ったんだけど……」
2人はプトレマイオスにどうして政府は歴史で魔術を教えるかを聞いた。
「こないだ言ったろ? もうすぐ事件が起きるんだよ。だから、そのときに備えて魔術を歴史で教えてるんだよ。そもそも魔術っていうのは、アースで生まれ、トリクスに伝わったと言われていて……」
彼の話は、えんえんと続いた。
「で、ここからが大事だ。今まで俺の大学では教授が十何年間も魔術の真の発祥地、アースについて調べていたんだけど、アースはAD3000、イリス星と融合したんだ。アースは文明の進んだ国で、全てが電気信号になっていた。――が、それはやはりこの世の秩序を乱すようだった。人々は死に絶え、電磁システムが生き残り文明の信号はを全てイリス星にくっつけたんだ」
「うそ!? 」
すっとんきょうなこえをあげるビビ。
「それで……」

プトレマイオスの話が長くなったところで、テッドが思い出したように言う。
「あ、そうだ。おれもうかえんなきゃ、今日の夕飯カレーなんだ」
「あ、いいなー! ずるい」
「ケーキご馳走様ッ! 」
「こらテッド!」
虚しく声をかける兄妹をよそに、テッドはカレーを目指して走っていった。
遠くから、「ヴァネッサおばさんさよーならー」という声が聞こえる。
「プトレマイオス、テッド帰っちゃった」
「ま、いいか」
ため息をひとつ、ミルクティーを飲みなおすプトレマイオス。
「これ、護石なんだけど……ビビ、不思議な力感じるだろ? 」
透明な小さな石を、ビビの手のひらに乗せる。
「うん。プトレマイオスは? 」
「そんなもの感じないよ。――はは、変だよな。お前は魔術を信じてないのになんか感じるなんて」
けらけらとプトレマイオスは笑った。
「で、どんな力感じるんだ? 」
「わかんない。なんか、いつもの勘が絶対当たりそうな感じとか」
「そっか、ありがとう」
「えー…あー……それにしても、なんで? なんでわかったの? 私がこの石から何か感じてるって」
プトレマイオスが少し微笑んだように見えたが、それは気のせいかもしれないとビビは思った。
「なんとなく。これ、ビビに渡しとく」
透明で小さな古文字の刻まれた護石が、ひんやりとした感触を伴いプトレマイオスの手からビビの手に滑り落ちた。
ビビは、その石から少し光を感じていた。
そして、何か熱いエネルギーが体に満ちる感じがした。
「護石だから、お守りとして身に付けとけ。もし魔術が込められてたらお宝だ」
「魔術はまっぴらごめんよ」
今日の休み時間の終わりの魔術の授業の話をプトレマイオスに話そうかという考えがビビの頭をよぎったが――というか、もう相談するつもりでいたのだけれど――ヴァネッサから食事の合図が入り、その日はお風呂に入り宿題をして眠りについてしまった。


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