流産の時の話


12月7日に結婚式を挙げそのままハネムーンへ、楽しい思い出とともにもうひとつ子供もつくってきました。そのことがわっかたのは、年が明けた元旦の日。病院へは次の週に行くことにしました。パパは、あまりの早さにびっくりしていたけど、私はすぐにでも欲しかったからすごくうれしかった。

初受診日、尿検査で陽性と確認し、エコー検査へ。よ~く、探してみたけれど受精卵の姿がみあたらない。まだ、週数が早いから見えないのかもとのことで、来週まで様子をみることに・・・。

私は、当時脳神経病棟に勤務しており、冬は非常に忙しく、周りの人たちには完全に決定したわけではない妊娠を言うことが出来ずにいた。
2回目の受診日、尿検査では間違いなく妊娠しているとのことだが、やはり受精卵は見当たらず、もしかしたら子宮外妊娠かもといわれ不安が募った。

そして、次の週、夜勤明けに寝ていたのだが、夕方パパが帰宅したので起きたらジワッと温かいものが出たような感じがあり、急ぎトイレへ。そうしたら、月経の時のような出血が!!
パパとともに、かかりつけの病院の救急外来へ。そのとき、先生に
『車椅子で診察台まで行きなさい』
といわれ、事の重大さに気づいた様に思う。診察後切迫流産と診断され、入院することに。先生からは、
『99%だめと考えてもらっていい』
と宣告されました。
1%の可能性でもあるのなら助かって!!祈る思い出ベットの上で1日過ごしていた。けれど、トイレの許可がでて歩いた途端に、また何か出たような感覚が・・・。トイレで確認したら、血の固まりのようなものが出ていた。それを看護婦さんに渡し、調べてもらうことに。検査の結果、その固まりは受精卵ではなかったが、妊娠を継続することは不可能と言われ、次の日に中絶手術をすることになった。その日は、看護婦さんが心配になるくらい泣き続けたの。入院したところは、婦人科だけど廊下の反対側は産婦人科で、出産を終えた人たちがいる場所だった。赤ちゃんの鳴き声がひっきりなしに聞こえてきた。本当ならば、10ヵ月後には私もあそこにこの子を抱いていたとおもうと涙があふれてきた。

手術は、お腹の中をぐりぐりとかき回されているようで痛かった。気づいたら病室にいたが、看護婦さんも先生も口をそろえて
『若いんだからすぐにできるわよ』という。
そんな言葉でなんかなぐさめられやしなかった。流れてしまった子供のことを思うとそんな気にはなれなかった。あまりにも軽率な言葉に、がっかりした。けれど、私も同業者。このような経験がなければ同じようなことを言っていたかもしれないと思うと私の看護観は、偽りだったのかな~とわかった。この子は、私にそのことを教えてくれたのかな~と思う。
私にそのことを気づかせてくれたのは、この子の存在だったと感謝して一生忘れないと誓ったの。



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