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お昼をいただく前に、九条の商店街(ナインモール)から足を延ばして
ちょっと歩きました
上方落語にもよく名前が出てくる松島あたり…
日本一の歓楽街と呼ばれた時代もあったとか。
今も少しですが独特の飾りのついた建物( 宮尾登美子さんの
陽暉楼などにあるような…)があり
通りかかったお店は、暖簾の奥から年配の女性が通りを見ていました。
多くは大人の料亭だそうです。
松島飲食店組合の外灯の傍らに、立派な神社がありました。
茨住吉(いばらすみよし)神社
ご社殿は二階建てのコンクリートで鮮やかな朱色。
御祭神は 住吉大神(底筒男命、中筒男命、表筒男命)、
息長足媛命(おきながたらしひめ→神功皇后)
由緒によりますと、江戸初期の寛文元年(1624)に九条島の土地が開発され
当時の代官と開発者の池山新兵衛が船舶の安全と新田の繁栄を願って
住吉の神を勧請したのが始まりだそうです。
住吉の三柱の神々は、伊弊諾(いざなぎ)命が禊祓をされた水辺に
生まれた神々で、祓い・海上河川の守護。
住吉の名の上に「茨」と冠したのは、このあたりは荊(野薔薇みたいな)が
茂ってたからという説と、分霊を兵庫県の灘の住吉神社(莵原=うばら住吉社)から
迎えたためとの説もあるそうです
こちらが干拓されたときから産土さんとして
地域の人にとても大切にされてるようでした。
昭和20年の大空襲で全焼してからは寄付を募り、
昭和40年代にコンクリート造りで再建されたそうです。
ときおり射す薄日で向かって右側の奥が光ってました
そのあたりにはお稲荷さん。「玉照稲荷」ときれいな名前
蝋燭と線香をあげさせてもらいました。
花は、薮椿かワビスケかな…(゜▽゜)
市杵島姫(いちきしまひめ)神社です
この茨住吉さんが広い敷地を有していたころは、かきつばたの咲く池に鎮座され
その様子は江戸中期の観光ガイドブック「摂津名所絵図」に載ってたそうです。
その後、何度も境内で位置を変え、此処に落ち着いたということです。
お社の隣は大阪大空襲で焼けた、樹齢700年ともいわれるご神木で
今は「焼け楠」と呼んで大切にしているそうです。
住吉さんとしての創建以前から、この楠があり、傍らに小さな祠があった
との説もあるそうで、相当古くから信仰の対象だったかもですね。
この日は吉日だったようで、祈祷を受ける方が次々訪れていました。
読んでくれてありがとう☆

○o。.梅.。o○ 甲東梅林で 2014年03月03日 コメント(7)
梅.。o○o京都御苑 2014年02月25日 コメント(2)
門戸厄神さんへ、厄除け.。o○ 2014年01月27日 コメント(2)