ぱんだの喘息日記

ぱんだの喘息日記

僕らは君の敵じゃない


ステロイドの減量について・・・
呼吸器の先生は、正直、長期内服ステロイドの減量の仕方が下手だ。
呼吸器と言ってしまうと色々、専門があるので、喘息専門と言った方がいいかもしれない。
喘息の人は、大半がステロイドに反応する。
発作時も何日か点滴していけば、治まっていくし、良い状態という物を作る事が可能になる。
量だって、何年、何十年も多量投与をしている人は少ない。
まあ、プレドニン15mg程度でも多量の範囲になったりするから、結構いるんだろうけど。
でも、そこからの減量をする時が問題なのだ。
先生達は簡単に半錠、1錠ずつなんて言うけれど、長ければ長い程、その班錠が命とりなのだ。
1mgとて、なんとも言えない、辛さがやってくる。
それで、私は何度も失敗して、結局、基のの量、それ以上に戻って振り出しに戻る事も多かった。
だから、動けない、副作用も半端ではない、もう失敗は許されない。
時間はかかっても慎重にやりたかったのだ。
でも、そこで先生からダメだしが出てキレた。
「俺は絶対に、やらないからな!!」
捨てゼリフ!!
私は泣いた。どおして、確実な道を取る事がいけないのかと。
院長に、私は間違ってるのか!!
そんなにいけない事なのかと・・・
院長はそれでいいと言ってくれた。焦らなくていいと。
でも、先生はガンとして譲らない。
泣いて、泣いて、また一人ほっちになってしまったようで、暗い暗い穴に入った。また一人ぼっち。。。と書き口をきかなくなった。
すると、もう一人の先生。普段、穏やかな、とても優しい先生。
「僕らは君の敵じゃない。敵じゃないんだよ」と怒鳴った。
母が来て私は泣き叫んだ。
「もう誰も信じられない。信じられる人がいない」
母は先生に呼ばれ
「いつ死んでもおかしくないから。僕らも巻き添えです」
そう言われたそうです。
次の日は「もう、諦めてください」
そんな日が続き、母が私に言いました。
「我慢しなさい。何言われても我慢しなさい。本当に一人ぼっちになっちゃうから。ほんとに見放されちゃうから。我慢しなさい」
辛かったです。
そんな母の姿を見るのも、人を信じる事も生きる事も全て。
凄く、凄く、辛かったです。
私の消灯台にはカミソリを置くようになりました。
いつ死のう、我慢出来なくなったら、すぐに死のう、そう思って。
死にたかった。
先生も口をきいてくれないし、来なくなった。
足手まといな私は早く死ぬべきだと思って。
自分との戦いでした。
3日後くらいに先生は一応、診察には来るようになったけれど、口をきいてくれたのは一週間以上経ってからでした。


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