第21回 早坂茂三さんの遺言 その14

早坂茂三さんの遺言 14  マンガと文学


「RED STAR OVER CHINA(レッドスター・オーバー・チャイナ)だよ」と早坂茂三さんは大声で叫ぶように言いました。

 私にとっての毛沢東は、藤子不二雄のマンガ「毛沢東」でした。

「私はマンガで毛沢東を読みましたよ」と言うと、早坂さんは私を下から見上げるようにして「マンガぁ~でモウ・タク・トウ?」と問い直してきました。

「ハイ、藤子不二雄さんが描いたのです」と答えると、軽蔑するような目つきで私を見てこう言いました。

「イノウエさん、あのね。○○がオヤジの秘書になったときのことだがね。
 私がきみはどんな本を読んでいるのかね? 好きな作家、作品は何かと聞いたら、

白土三平のカムイ伝と言った。

それは何かね? と訊きなおすと、

ゲ・キ・ガ(劇画)です。と言った。

 私がマンガ? と呆れてしまって、そんなの知らないと言ったら、彼は風呂敷いっぱいに『カムイ伝』20巻はあっただろうか? 持ってきた」

「私も読みましたよ。非人を通して権力と差別から革命を描いたマンガでした」と私が言うと、

「それまで私は白土三平もカムイ伝も知らなかった。○○が持ってきた単行本を私も読んだ」と言って、タバコに火を点けて深く吸うのでした。

「井上くんはマンガを描いていたんですよ。手塚治虫氏を師としていましてね」
 早坂さんのタバコの煙が向かいの席にいる相澤さんに届いたことが合図のように、相澤さんが言いました。

「ほ~っ」と早坂さんは(意外だなあ)という顔をして私を見て頷きました。

「早坂先生を初めて知ったのもマンガでした。少年ジャンプの本宮ひろしさんの『やぶれかぶれ』に早坂先生が登場されましたね」と私が言いました。

「ああ……そんなことがあったねえ~。あのマンガ家が人を介してオヤジ(田中角栄元首相)に会いたいと申し出てきたんだ。そして私が対応したんだよ」と早坂さんは思い出したように言いました。

「毎週、田中角栄さんのことが取材ドキュメントとしてマンガ化されましたよね。毎週ドキドキして読んでいました」と私が言いました。

 早坂さんは笑いながら、
「そうだったか。イノウエさんはあのマンガで私(の存在)を知ったのかい」

「そうです。すごい秘書だと思いました。なにしろ大臣級の国会議員を怒鳴ることもあると書いてあったのですから」と私が言うと、気に触ったのか早坂さんは「私は怒鳴るなどしない!!そんなことはない!!!」と断言しました。(ちょっとまずかったなあ)と思いながらも私は話を続けました。

「先生。そうは言っても、あのマンガで政治家秘書早坂茂三さんの存在とその実力がうかがい知れたのですから、それなりの社会的効果はあったと思いますけど……」

「少なくとも井上くんには効果があった訳だよなあ」と相澤さんが言いました。一同が大笑いをしました。

「あのマンガ家さんは、その後売れっ子になったよね」と早坂さんが私に確認をしてきました。

 2004年11月2日記


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