飛び去りし鳥への賛歌(LOTR)





まだ少し寒い。
東の空は俄かに色付き始めているが、朝というには早い時間だった。
塔の頂上に上ったファラミアは、先客がいることに気付いた。

「陛下・・・そのような軽装では風邪を召されます」
ファラミアの気配に気付いていたのか特に驚きもせず、アラゴルンが振り返った。
「執政殿は若いのに朝が早いのだな」
「陛下に比べればまだまだ若輩でありましょうが――それほど若くもありませぬ」
律儀な答えを返してくる執政に、アラゴルンはパイプを加えたままで穏やかに笑う。
彼の兄ならば、即座に皮肉の一つも返してきただろう。
「陛下――?」
ファラミアには、アラゴルンの表情に刹那に過ぎる影が見えた。

「まだ執務には早いと思うが・・・もう執政殿に呼ばれるような時間かね」
立ち上がったアラゴルンは、ファラミアから視線を逸らして地平線に目をやって問うた。
「いえ・・・いつもより早く目が覚めてしまったのです」
「貴公も思う事があると、よく此処に来ているな」
羽織っていたマントをアラゴルンに掛けようとしたファラミアの動きが一瞬止まった。
「お気付きでしたか――。
 私も幾度かお見かけいたしましたが、声を掛けるのが憚られましたゆえ・・・」
肩に掛かるマントの温もりに、アラゴルンは随分長い間此処にいたことを知る。
「ふふ、不甲斐ない姿を見られてしまっていたのだな」
「不甲斐ないなどと!そのような事を仰いますな」



朝日が昇る。
雲はなく、晴れ渡る空に光が満ちて行った。

「美しい国だ。我らの国――彼が守ろうとした世界だ」
昇りゆく光を見据えて、アラゴルンはゆっくりと言葉を紡いだ。
隣に立つファラミアは、沈黙のままに同じ光を見ていた。


「荒れた大地には緑が芽吹き、かつての風景が戻ろうとしております。
 しかしあの風景は全く新しいものです。過ぎたものは還らない・・・
 それを思い知らされます」
淡々とした口調で語るファラミアは、そこで言葉を切り僅かに表情を歪ませた。
「兄が私に見せた風景とは―――全く違うものなのです」
ファラミアの初陣前に、兄はミナス・ティリスの塔の上で夕日を見せた。
剣の行使を恐れるな、剣は守るものの為にあるのだ、と。

「兄は・・・指輪を使えばゴンドールを救えると――本気で考えていたのでありましょうか」
指輪の力によってゴンドールに繁栄が齎されたとしても、それはきっと仮初めでしかない。
自らの存続を懸けた戦いが始まるのなら、自らで勝ち取るべきだ。
己以外の力を頼るようでは、未来はないと言っていた兄が、何故指輪に取り込まれたのか。
それは、ずっとファラミアが疑問に思っていた事だった。
指輪の誘惑に負けるような人ではなかったと、信じている。

「・・・炎に包まれた首都の夢を視たと彼は言っていた。
 あれがそう遠くない未来の姿だというのなら、この手で未来を変えてやると」
暫くの沈黙の後で、噛み締めるようにアラゴルンは言った。
責務、自信、希望と絶望、焦燥感――彼を駆り立てた全てのもの。
誰よりも国の未来を憂いていた彼は、その重荷ゆえに指輪に魅入られたのだ。




白い小さな鳥が、群れを成して塔から飛び立つ。
朝の光に輝きながら遠ざかり、景色に溶けていく。

「飛ばない鳥は飛べないと・・・兄は口癖のように言っていました。
 籠の中の鳥は飛べないのではなく、飛ぶことを諦めているのだと」
鳥たちの群れを目で追い、ファラミアが呟いた。

「私達は王の帰還を待ち続けました。
 そして望みの叶った今・・・払われた犠牲の大きさにただ呆然とするのです。
 それが待つ事しかしなかった私達への罰なのでしょう」

「罰などと・・・」
自嘲とも付かない言葉を告げたファラミアを諌めようとして、アラゴルンは続く言葉を失う。
もっと早く、自分が王となる決意をしていれば?
彼の死を前にして、私はようやっと己の宿命と向き合ったのだ。
「――私の罪か。籠の中で飛ばない鳥とは、私自身の事だな」

「陛下・・・!いえ、決してそのような意味で申したのではありませぬ」
予期せぬ言葉に驚き、稀に見る慌てた表情で反論しながらアラゴルンに向き直り、今度はファラミアが絶句した。
頬を伝うただ一筋の涙が、陽光を弾く。
「籠の鍵は開いていたのだ。籠の外を恐れた私は・・・彼が扉を開いてやっと己の羽根に気付いた」


「貴方も――兄を愛していたのですね」
沈黙を破り、ファラミアが静かに言った。
弟にすら黙していた夢を、兄は未来の王と認めたアラゴルンに語った。
ずっと待ち続けたものを前に、しかしそれは執政が王に向けるものではなく、一個の人間として向けられた言葉だった。

「籠の中の鳥は、それでも歌を歌います。飛ぶ事だけが鳥の全てではないのです」
いつか兄に、一度だけそう反論した。
その時兄は、そのような見方もあるかと笑った。

「なるほど・・・そのような見方もあるな。
 ゆこうか、執政殿。この国の再建と平和の維持は残された者の務めだ」
かつて兄の言ったものと同じ言葉が、兄が未来を託した人の言葉となって返ってくる。
失われたものは還らない。
だがそれは、ただ失われたのではない。
全ては繋がっているのだと思わせる瞬間だった。



遠く飛翔し去って還らぬ偉大な鳥よ

我等は決して忘れぬ
 貴方の想いを
 貴方の夢を

我等は生きる
 貴方の残した未来を
 貴方という代価を払って得たこの世界を

願わくは、この平和が永遠ならんことを






presented by MISSING LINK/Mar.9.2004








◆言い訳など、少し。

王様ファンの方、すみません。ヘタレ王です。情けな王です。
だって原作で大泣きしてるイメージがどうしても・・・。
ヴィゴ王にしても怪我するし落ちるし。

てか私、兄上ファンですから(きっぱり)
その兄上、追憶にしか登場してませんが。ははははは。
書けなかったんですよ!書きたかったんですよ!
もうちょっと傷が癒えたら(?)書きたいです。
過去編とか。
しかし何気に兄上生きてたら編になりそうな予感・・・・・・・・・。
逃げるな私!!



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