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明日から海外出張のため、この何日間か殺人的な忙しさで、ブログ書き込みに手を抜いていますが、ご了承ください。レ ムリアの前世記憶ですが、いろいろな神話の寄せ集めのようで自分でも興味深いところがあります。 しかし、あらすじをぶっとばして突然細かい部分の掲載を始めてしまいましたので、理解しにくかったと思います。 遅ればせながら、あらすじを少々。 主人公は、レムリア王子の、愛称ミド、ことミチュエラ皇太子であり、彼が17歳の時に世界的大異変が発生し、世界の9割が水没等の被害を受けました。 レムリアも、彼の両親を含め、9割以上の国民が犠牲になったため、弱冠17歳で王位に就いたミドが、レムリアの復興や、他国との親交を進めていく物語になります。 不思議というか、荒唐無稽というかは、人間ではなく、天使や神まで登場することで、彼らとミドとのやりとりには、この世界の真理に迫る、哲学的、科学的な内容が含まれます。 また、彼は、一種の政略結婚になりましたが、3人の妃を持ち、計6人の王子、王女に恵まれますが、そのファミリーのあり方も、示唆に富んだものとなっています。 登場人物には、北欧神話のメンバーも登場し、オーディン氏?は、格好悪い役に終わってしまいますが、ロキ氏は、変幻自在の能力を活かし、この物語の陰の主人公にしてもよいほどの活躍をします。 今日は、手抜きをしてそのロキ氏の言葉でしめくくっておきます。 彼は、イュン(中国か)の皇太子披露式典で、レムリアのミトラス国王(ミド)の頼みでハン皇帝の影武者を務め、テロ計画を見事に未然に防ぐ活躍をしました。 ハン皇帝は、彼に翡翠の壁を贈って感謝しましたが、帰国した彼は、その壁を妻のシギンに手渡して、こういいました。「イュンのハン皇帝は、私を皇帝の壁を贈るにふさわしい人物と認めた。そして私は、お前をこの皇帝の壁にふさわしい妻と認めたのだ。」 結局、その大長編小説そのものを細切れにして掲載した方がいいのかな、との結果になりますので、その内そうするかもしれません。
Sep 27, 2006
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昨日の続き、大異変前のレムリア皇太子ミドと母である王妃シーヴァの会話です。ミドは、徹底的に運命を変える積りで、意識体となって遠い都ティカルに飛び、母シーヴァに心で話しかけました。『確かに私は、この世界のミドは辛い目にあうかも知れません。でも、それにはもっともっと先があります。私とトゥーラは何度も夫婦になります。幸な時も不幸な時もあります。ショーカやモンとも何度も一緒になります。母上とも。だからその時の為の今の生であると思えば、何事も辛くはありません。』シーヴァは、たくましくなった息子に涙した。「そう…。あなたは生まれながらに神の子だったものね、賢いわ。ところで、トゥーラさんとはもう契ったのよね。」シーヴァはこちらの方が気になった。予言ではそうならないはずだったから。『ええ。トゥーラを抱きました。』「そう、それはよかったわ。大切にするのよ。」シーヴァは、息子が運命を変えようとしていることを知ると、むしろ気が晴れた。『ところが、一つ困ったことがあります。』ミドは、トゥーラよりもツィンツンに肉体的な欲望を感じてしまうことを話すべきかどうか迷った。するとシーヴァが突然笑いだした。彼女にも心が読めるのだから、息子の考えは筒抜けだったのだ。『あっ、そうか。母上にはみんな筒抜けだった。』「そうよ。あなた父上と一緒ね。」『えっ…。』ミドには何のことかわからなかった。『実はね、父上私より前にステラ妃とミニア妃がいたんだけど、子供にも妃にも死なれたの。そのせいじゃないんだけど、私を抱くのには凄く苦労したのよ。』実は、ミトラスは、シーヴァを愛したものの、彼女の前ではどうもたたなくて困ったのである。ミドは、トゥーラと同じように威厳のある母の容貌から何となくわかった。次は、大異変を前にアストランが突然レムリアを攻撃してきました。しかし、ミドの父であるミトラス国王が見事に撃退した後、ミドは、アストランはレムリアと同じくヤシマ(日本だと思います。)を攻撃したことを知り、意識体の状態でヤシマ国王スサノオに会いに出かけました。スサノオは、鏡を通じて彼に語りかけました。そして、ミドがハイヤーセルフを使い分ける能力に驚いた顔をしたものの、依然目は閉じたままだったのです。『神も、いやこの言葉は適当ではないな。お前たちが神と呼んでいるものはだな、もっと大きな意思の断片に過ぎないのだ。』『わかりました。この世界全体、いやもっと大きな宇宙全体の意思の断片なのですね。』今度は、ミド自身の意思で答えた。『そうだ。おや、お前は自分の中でいくつもの意思を使い分けられるのだな。面白い人間だ。しかし、そこまでわかっていると、私の存在が気になるだろう。』スサノオは、ミドのことが気に入った。『ええ。それも終極的に宇宙の意思の一つだとは思いますが。』鏡の中のスサノオは、楽しそうに笑った。『こんな話しをできる相手に初めて出会った。宇宙の意思は、ある方向に向かって進んでいる。アストランの科学者は、それを進化と呼んでいる。』ミドは、アストラン出身のストラボン教授の講義を思い出した。『海の小さな生き物から今の人間まで変わってきたとする考えですね。』『そうだ。しかしアストランを見ていればわかるように、人間が考える進歩と、宇宙の意思が考えている進歩は、一致してはいない。お前は、アストランの偽太陽をどう思う。』(アストランは、核融合実験を行い、自ら太陽を作り出したと豪語していました。)スサノオはそのことまで知っていたので、やはり彼も神だと思った。『私は、自分を滅ぼすもの、むしろ進化に逆行するものと考えますが。』『そう。それもお前たちの言う『神』の意思なのだろう。お前も知っているだろうが、アストランは近いうちに滅亡する。』ミドは、その時スサノオがどうするか知りたかった。『スサノオ王、あなたはどうされるお積もりですか。』スサノオはまた笑った。『ヤシマは沈まぬよ。一時的に海がなくなった後反動の大津波に襲われるが、レムリアやヒンダスよりははるかに被害は少なくて済む。困ることは確かだ。その後も復興までは長い年月がかかるからな。しかし、心配されずとも結構。ヤシマは少なくとも次の世界の終わりまでは生き抜いていく。私とシーヴァは破壊の神と言ったが、もう一つの意味もあるのだ。』ミドは直観的に答えた。『創造の神ですか。』見抜いたミドのことを、スサノオは大変気に入った。スサノオは、ミドに、自分は神ではなく人間の敵として神が創造した鬼の血を引いていることも教えた。ミドは、自分の考えを伝えた。『鬼とは、結局は神の裏返しなのですね。』『そうだ。光と影のようなものだ。表には出ないが、やはり大きな力を持って生き続けてきたのだ。』『昔、あらゆる国の神官はヤシマで修行したと聞きました。それは真実でしょうか。』『そのことは、私にもよくわからぬが、こんな言い伝えがある。60万年前、明星から魔王クラーマがヤシマの地に降り立った。彼らは人間を作り上げたが、最初は失敗して猿のようなものを作ってしまった。そこで自分に似せて作りなおしたが、今度は能力まで近いものを作ってしまったため、神々の考えを読んで真似たり利用したりするようになってしまった。怒ったクラーマは、人間から心で話す力を取り上げ、言葉を使わなくては意思を伝えられなくした上で世界中の荒れ地にばらまいた。』スサノオの話は、各国の神話を統合するものであった。『なるほど、それで世界にはいろいろな言葉ができ、お互いの話が通じなくなったのですね。』スサノオは、にっこり笑ってミドに聞いた。『しかし、お前や私のように、神あるいは鬼の血を引く者がいるのは何故だと思う。』ミドは、前から考えていたことを答えた。『神々の中に、人間と交わった者がいたことになりますね。』『そうだ。クラーマは人間を他の動物のように見ていたが、神々の中には自分と同等に見て愛する者も出た。彼はそれに腹を立て、その神々を残して明星に帰ってしまった。しかし、神々の男も女も、それなりの欲望を持っていたため、その血がそれぞれの地に散った人間たちの中に受け継がれてきたのだ。』『鬼の一族は、その頃から存在していたのですか。』スサノオは、ミドの質問に伝説で答えた。『これも言い伝えだが、クラーマは明星に帰る時に、人間を滅ぼすために鬼を作って置いて行ったと言う。クラーマは、人間だけでなく残った神々をも始末しようとしたものだったらしく、人間は本能的に鬼の一族の容姿を恐れる。(スサノオの頭には2本の角が生えており、額にも目があった。)ただ、クラーマの目論見は外れて、鬼と神の代表が戦ったのち親友になってしまい、その血もまた人間の中に混ざって私のような存在に受け継がれているのだ。』ミドはなるほどと思った。それも各国の神話に似た話が伝わっている。『鬼は神の血に反逆するものとして生み出されたようだが、示す力は皮肉にも似たものとなってしまった。ただ、容姿が違ったために闇の中を生きてきたのだ。』スサノオは、ミドのことを認め、自分の娘サクヤとトゥーラの妹カムヌカを交換しようと申し出ましたが、露骨な政略結婚を嫌ったミドは、交換留学の形を取ることにしました。『わかりました。大異変後の貴重な種となるべき二人です。危険は分散した方がよいこともあります。また、鬼の血はどうか知れませんが、神の血はかなり危険なのです。対極するのが鬼であるとすれば、私はその血は混ざった方がよいとも思っています。』ミドの本心は、このことにあったのだった。『恐らく、神も鬼もその血を人間が引き継ぐことには危険が伴うのだろう。我々一族にもやはり鬼の血の呪いか、廃人となる者も狂死する者もいる。ヤシマの神の血にしても、レムリアと同じく発狂する者もいる。その点では、恐らく神とは脳の容量か構造かに差があったのではないか、とヤシマの科学者は考えている。私は、心の部分の容量が絶対的に違ったと思っているが、科学者たちも血を混ぜた方がよいと言った。よくぞ言ってくれた。では、今度はお互い生身の体で会うことにしよう。』スサノオは、ミドがそこまで触れたことに感謝した。結局ミドは、大異変前に急ぐような形で、トゥーラ、ツィンツン、サクヤの3人と結婚することになりますが、並行して大変な出来事が続きます。続きはまた明日。
Sep 24, 2006
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これから何回かは、何時かわからない時代、やはりどこにあったかわからない国レムリア(大陸の形は違いますが、現在の中部アメリカのような気がします。)の皇太子から国王となったミドことミチュエラ・カンヘルが経験した物語から、心に残った言葉を中心にまとめてみました。人々は、物心が付くと自分の存在意義に疑問を持ち、死ぬ時になって、自分はどこから来てどこに行くのかを考える。そして、その答えを神に求める。しかし、神は答えてはくれない。ミドは、精神感応の能力から、物心ついて以来、数え切れないほど多くの人々からその疑問を突き付けられてきた。幸い彼にはハイヤーセルフがあり、その疑問を受け止めることができたが、ハイヤーセルフと同時に幼児のミドの人格でも受けるのだから、彼が普通の幼児でいられるはずもなかった。そんなミドでしたが、16歳になった時、正式に皇太子として社交界にデビューするとともに、12歳のときから憧れつづけていた同じ年齢の巫女トゥーラことトゥリトゥーラ・ククルカンと知り合います。巫女としての優れた霊力とともに、他人の心を読むことができる彼女は、反面恐ろしく世間知らずであり、自分はパレンケ(中米に同名の遺跡がありますが、そのものかどうかはわかりません。)に伝わる予言では死ぬことになっていて、それがその時に夫となっているはずのミドのためだと考えながらも、それならいいかと自分から男子禁制のはずの巫女の領域にミドを呼び寄せてプロポーズしてしまったのです。ミドは、憧れの彼女でしたからその場で受け入れ、婚約することになったのです。しかし、ミドは、彼女と結ばれるよりも先に、予言を検証する旅にトゥーラと妹モン、そしてモンの婚約者である親友ショーカを連れて出かけます。聖地コパン(これもパレンケと同様です。)の神殿を訪れ、時空を超越する能力を身に付けたミドは、未来を予見してトゥーラに語ります。「宇宙から見れば人間はゴミ、いや塵みたいな小さなものだ。そしてこの大地から見れば人間はむしろ害をなす虫でしかない。特にアストラン(アトランティスとの関連が推測される科学文明を誇る国です。レムリアがアメリカだとすると、気候は現在とは大分違っていましたが現在の南極大陸かオーストラリアの位置であったと見るのが適当だと思います。)の言う科学、が進歩すればするほど害は大きくなり、人間は自分で自分の首を締めはじめる。自分が宇宙の中心だと思い込んでしまう。それは滅びの道なのだ。今それをアストランがたどっている。」そこまで言うと、ミドはトゥーラの顔を見つめなおした。トゥーラは、ミドが自分のことなんか超越して遠い存在になってしまったような気がしてつい悲しくなって涙を落とした。しかしミドは、運命は一つではないことも見てきたのだ。その中には彼と結ばれずに生贄となって死ぬトゥーラも、彼と結ばれて王妃となるトゥーラもいた。そして、ミドは、トゥーラが死なない運命を選択しました。ミドの妹モンことモンナベラも未来を予見することができましたが、彼女はミドと違って個人の人格を超えたハイヤーセルフを持たなかったため、その能力が目覚めると発狂して死ぬ可能性が高かったのです。そのためミドは、トゥーラの祖父であるオルメカ大神官と話し合って能力を封印することにしたのです。モンは、能力が目覚める予兆として自分が見た未来で、兄が冷酷にも淘汰の名を借りて人を殺す場面があったため、オルメカに尋ねた。「オルメカおじさま。兄は何千人、何万人もの人を殺すかも知れません。それも人々のためなのでしょうか。」その問いには、ミド自身が静かな声で答えた。「今ここに、百人の人しか生き残れない食べ物しか無かったとする。それを千人の人々が争ったらどうなると思う。」モンは答えられなかったので、代わりに彼女の婚約者となっていたショーカが答えた。「恐らくは、50人と生き残れないだろうな。」「では、その為に9百人を殺すと言うのですか、兄上。」モンが激しく詰め寄ると、ミドはまた静かに答えた。「そうだ。」「どうやって、残す百人を選ぶのですか。」「強く、優れたもの百人を選ぶ。」オルメカ、トゥーラ、ショーカは感心して聞いていたが、モンは悲しくなった。これがあの優しい兄なのだろうか、と。「モンよ、今はよい。私もこうやって説明するだけの余裕がある。しかし、本当にその場面になったら弱いものをかばう余裕はないのだ。黙って9百人を殺す。せめて苦痛を与えぬように。」モンは、泣きながら首を振った。「私、嫌。そんなお兄ちゃんみたくない。そんな時に生きていたくない。ショーカ、もしそうなったら私を殺して。ねっ、お願い。」ショーカは、モンを抱きしめた。「俺は、モンを愛している。しかし、お前の兄ミドは、王に、そして神になるのだ。神にならなければならない悲しい運命なんだよ。せめてそれを見守ってやれよ。神にならなかったお前や私、トゥーラさんも。」ミドは、静かに言った。「モンよ。私を信じてくれ。その時になったら私は容赦なく神の力をふるわなければならぬ。」オルメカは、ミドの手をしっかり握った。「最初の大いなる災いで世界の人々はおよそ百分の一に減るでしょう。その中で異世界シャンバラ(不老不死等の伝説が世界中に残っている異世界です。9/22のブログ参照。)への扉を擁する神殿都市パレンケは、次世代の種となるべき若者7百人を必ず守って見せましょう。7百人を種として次の世代に残すための土台を築いてくださるのが、あなたの使命なのです。」モンは泣いていたのでミドは妹の頭に手をおいた。「悪いことばかりではない。こんな未来もあるのだ。」兄を見上げた瞬間、モンは幻を見た。見慣れない服を着て遊んでいる子供がいた。一人は自分だった。そして、兄と思ったのは幼いショーカ、向こうでベンチに座って二人を微笑みながら見守っている両親は、兄とトゥーラだった。この光景は、ショーカが夢の中で見たという光景だ。「何なの、今の光景は。」モンは不思議だったので聞いた。「遠い、はるかな未来だよ。そのために私は神になる。鬼にもなる。わかるか。」モンは、兄の悲しみを知った。ミドはレムリア皇太子でしたから、彼ら一行を襲えば財宝が手に入るのではないかと誤解して襲う人々もいました。ミドは、自らの精神感応の逆で、相手の頭に手を触れることで、その人の心の貧しさを見せ付けることができたため、彼に触れられた相手は絶叫して失神しました。「おい、大丈夫か。」襲ってきた相手のことながら心配になったショーカが聞くと、彼は平然としていた。「まあ、命には別状あるまい。」「ところで、何をしたんだ。」彼が軽く頭に触れただけで、相手が絶叫して失神するのでショーカも興味を覚えた。「神になるための訓練の、初歩の初歩だ。」「何じゃそりゃ。」ショーカには、イメージが湧かなかった。「自分が今までしてきた悪行、後悔すること、怖かったこと、悲しかったことなどをまとめて味あわせてあげたのです。並みの人間だとこうなるんですね。ショーカも試して見ますか。」黙っていると本当にやりそうだったので、彼は慌てて否定した。「いや、遠慮しとこう。」トゥーラは、予言によると自分は大異変後に犠牲となって死に、双子の妹カムヌカを自分の代わりに彼の妃とし、巫女見習だった美女ツィンツンを愛人のような第二妃にするつもりだった。ツィンツンは、トゥーラと同じく心が読めたので、ミドに初めて会った時、彼の考えに戸惑った。「ごめんなさい。つい恥ずかしくなってしまいまして。」ツィンツンが謝ると、ミドは爽やかに答えた。「いいや、それでいいんだ。君は人の心を覗くことができる。でも、君はまだ若いし、覗かない方がいい。人の心は恐ろしいものだ。愛していて傷つけることもある、逆に憎んでいても優しく振る舞うこともある。どちらが真実だろう。私にもよくわからない。」ツィンツンは答えた。「私は、心が真実だと思います。男の人達は、私を見ると露骨に抱いてみたいと思われます。ミドさまは不思議にそうではありませんでしたけど。」ミドは苦笑した。「君の肉体を見れば、抱いてみたいと思う方が正常だろう。」「そうですか。」「そう。それだけ君は美しいし、魅力的だ。」ツィンツンは、トゥーラとは全く違うタイプのヒンダス(ずばりインドだと思います。)系美女だったが、ミドは彼女を美しいと思った。「もう、ほめないで下さい。恥ずかしい。」でも、ミドは確かに心からそう思っていることをツィンツンは感じていた。「レムリア人は、心を重んじる。アストラン人は、現実に起きたことを重んじる。普通の人には心は読めない。運命を信じるのは悪いとは思わない。実際下手に反発してもよい結果は生まれないだろう。ただ、受け入れるだけでは自分が生きている意味がない。自分でも良くしよう、良くなろう、と考えることだ。」ツィンツンは、レムリアの運命を司る大神官ともなるべきミドの言葉としては奇妙に思われたが、彼が言わんとすることは理解できた。「それでは、自分で運命を作ってみろとおっしゃるのですね。」「そうだ。私は既に一つ変えてしまった。」彼の言うとおりで、ツィンツンもパレンケの予言ではトゥーラが生贄となって死に、彼女の双子の妹カムヌカがトゥーラの代わりにミドの妃に、自分は愛人になることになっていた。そして、彼は大異変後の世界に君臨する魔王となるはずだったのだ。「確かに、あなたは未来を変えられました。そして、魔王ではなく、優しい王になるお積りのようですね。」しかし、ミドの言葉は案に反して冷たいものだった。「いや、人間全体の生き残りのためには、モンが予見したように、何千人もの人を殺すことになるだろう。君にも手伝ってもらう。」ツィンツンは、彼なら信じてついていくことにした。「わかりました。あなたがされることなら、きっと全世界のためなのでしょう。私は信じます。」大長編小説(私にとっては、自分が書いた実感はありません。単に記憶を記録に変換しているだけですので)の一部を切り取るのは難しいものです。明日以降も気が向いたら続きを紹介します。
Sep 23, 2006
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今日は、一転して夢物語の世界に戻ることにします。レムリアでは、二つの異世界が存在しました。一つは、世界的に伝説に登場するシャンバラ。もう一つは、天使たちの本拠地であるマガダでした。二つとも、不思議な世界でしたので、今日はシャンバラを紹介します。シャンバラは、現実と我々が考えている(思い込んでいるだけだとも思われますが)世界とは、時間と空間の概念が異なる世界です。レムリア時代の大異変の直前に、世界の7つの民族から、優れた若者の男女100人を選んで、シャンバラに送ったことがありました。シャンバラの王女であり、レムリアの巫女(後に王妃となった)トゥーラにその意味を尋ねたら、人類が危機に陥った時に、復活のための種として保存するのが慣例となっており、そのためには民族を越えた協力体制が出来上がっているとのことでした。レムリアの王族でありながら、私は全く知らなかったのですが、各民族の長老ははるか昔から言い伝えられてきたことであったようで、レムリア奥地の神殿に700人を集めるにあたっては、超時代的兵器でもあった飛空挺を保有していたヒンダス(インドか)とヤシマ(日本か)が、無償でそれらを提供して運搬にあたってくれたのです。では、その700人はどうなったかですが、そのまま眠りについており、活用される、つまりはこの世界に戻ってくるのは、この世界が作り替えられる時になるだろうとのことでした。シャンバラとの出入りなのですが、一つだけ不思議な条件がついていました。その条件は、「この世界に執着があってはならない。」だったのですが、余程の聖人君子でなくてはそんなことはあり得ませんから、送り込む際は、集団催眠能力を持っていた大神官が催眠をかけて執着を無くさせて送り込んだのです。シャンバラですが、全員眠っていては管理できませんから、当然その任にあたる者も必要であり、シャンバラの王族がそれに当たっていましたが、トゥーラの両親が、王及び王妃として統括したのです。そして、シャンバラは、時間の進み方が異なっており、眠り続けている種の若者も、管理している王族たちも、老化しないのです。しかし、完全な不老不死ではなく、この世界の500年ぐらいが、魂と肉体の限度であり、その頃になると承継の儀式が行われて代替わりされていました。幸運にも、(残されたトゥーラには不運だったかもしれないが)、トゥーラはその儀式に立ち会っており、夜、シャンバラから帰ってきた人々を迎えて儀式が行われ、翌朝日の出とともに代わりの人々がシャンバラに旅立ったのですが、帰ってきた人々は、日の出とともに灰になって消えてしまったといいます。(魂の転生の儀式でもあると説明されていました。)たまに紛れ込んできたり、反対にいなくなってしまったりする人はいたといいますから、浦島太郎や、ケルトの伝説のようで、興味深いものがあります。シャンバラは地底にあるとの伝説がこの世界では有力ですが、私はおそらく次元の違う世界であり、場所を云々できるものではないと考えています。マガダについては、次の機会に触れることにします。
Sep 22, 2006
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昨日のこと、朝通勤のため歩いていて、ふと思いついて歩道の端によってカバンの中を探っていると、ワイシャツのそで口に落下物がベチョ。思わず上を見ると、かなりの高さの電柱のてっぺんにとまったカラスが、馬鹿にしたかのように首を傾げていた。わざとやったとしたら、凄いコントロールだなと変なことに感心したものの、この鳥のフン意外に落ちない。まずはティッシュでぬぐったが、フンの後がはっきり白く残っているので、近くのビルのトイレでごしごしやってみたがこれが消えない。結局事務所に着いてから、石鹸つけてごしごしやってようやく落ちた。で、このせいではないのだが、2件あったアポイントの内、1件は見事にすっぽぬかされ、もう1件はこちらのミス(必要書類を忘れた。)もあったが、うやむやになってこれもバツ。重要な会議1件は無事終わったし成果もあったが、こちらは大幅に時間を超過。不ウンな1日と言えないこともなかったが、時間超過のため帰宅が遅れ、丁度スーパーの閉店前安売り時刻にかかったため、駅まで迎えに来てくれた妻とともに買い物に直行。夫婦円満の秘訣の一つ、二人で買い物にでかけること、を1週間ぶりに実践できた。また、夜結構冷えたせいか、妻ではなくお気に入りの猫が布団に入ってきて、一緒に寝ることもできた。猫は現金なもので、寒くなると愛想が良くなる。で、プラスマイナスと考えると、ちょっぴりプラスかな、と自分を慰めた1日であった。
Sep 21, 2006
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最近5日間出張したのですが、何回か不思議なことがありました。まずは、毎朝6時の猫の朝食時間前になると必ず目が覚めます。これは生活習慣ですから、一種の体内時計が機能していると考えれば不思議はないのですが、聞き覚えのある鈴の音が聞こえたのです。はて、我が家からは5百キロは離れているのに、これは一体どういうことか、その首輪に鈴をつけている猫に何か異常はなかったかと気になって電話したら、至極元気でいるとのこと。気のせいかと思っていると、翌日も同じ鈴の音が聞こえた上に、猫が抗議してスプレーする(要は、小便をまき散らすこと。)音まで聞こえたのです。あーあ、まだご飯がもらえていないのかなあと思いましたが、猫とつながったテレパシー体験みたいでした。帰宅してみると、鈴つきの猫と、スプレー常習猫は愛想がよかったのですが、一番若いお気に入りの猫は、一瞬誰が来たんだろうという風に見つめられました。すぐ思い出してくれたようでしたが、猫にも物覚えのよい猫悪い猫、中には1回転したら忘れる猫等いろいろいて面白いものです。
Sep 20, 2006
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土曜日に続き、余暇がありかつ、台風接近にも関わらず晴天でしたので、再度白山ひめ神社まで今度はサイクリングで行って来ました。2ヶ月前に一度挑戦したので、今度は道は近道で行けたのですが、フェーン現象による34度の猛暑の上、時々20メートルを超える強風でしたから、向かい風の往路は大変でした。上り坂は言うに及ばず、下り坂ですらこがないと進まないのですから、鶴来の手前で挫折しかかりましたが、帰りはおそらく楽だろうと考えて根性で行きました。今日は祝日の晴天だったためか、参拝客は沢山いましたが、残念ながら一昨日会った白いキジバトには会えませんでした。参拝者の名簿を見ると、カウンセラーやヒーラーのような人も散見されましたので、江原氏の影響か、私のようにお気に入りの場所にしている人は多いようです。大汗かいて金沢に戻ってきて、偶然県立美術館で信貴山縁起絵巻の特別展が開催されていたので、行って見ました。入場制限を実施するほど混雑していましたが、有名な飛鉢の術の場面は、意外に空いていてのんびり見られたのですが、護法童子による天皇の病の遠隔治療の場面が好評で列が動きませんでした。そうなると、日本人の悪いところで、割り込んだり先に行って逆戻りしてきたり、感心できないマナーの人が散見されたのが興ざめでした。しかし、国宝の絵巻そのものを見ることができたのは幸運だったと思いました。美術館側の説明でも、全3巻をまとめて展示できる機会は滅多に無いだろうとのことでしたから。美術館を出たら、隣の歴史博物館で今日まで開催されていた伊勢神宮の式年遷宮の特別展の招待券があまっていて、後1時間半しかないからと無料でくれた親切な女性がいました。前回来た時に見たいなと思って完全に忘れていた特別展だったので、これも縁だと感謝して興味深く見てきました。日本人、ニ礼ニ拍手一礼のポピュラーな神社の参拝作法だけでなく、古来の神道の礼儀作法は忘れつつありますが、何らかの意味をもつものだと思いますので、そのことを認識することも大切だと思いました。それよりも、そんなことを考えることができるだけの心のゆとりを持つことが先決ですが。
Sep 18, 2006
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ひめは、比と口へんに羊の字なのですが、旅先で借りたパソコンの変換ではどうしても出せませんでしたので、ひらがなにしておきます。私はこの神社が好きなので、以前から金沢に出張したときに暇を見て訪れていました。車で来ないと不便なのですが、前回はなんと金沢駅で貸し自転車を借りてのサイクリングで、今回は野町駅から北鉄利用で訪れてみました。車だとなんと言うこともなく急な坂を登って簡単に神社の直ぐ側の駐車場まで行けるわけで、気づかなかったのですが、サイクリングで行くと、鶴来から上り坂を登って、宝剣神社のあたりからのアップダウンの坂道が続いてといい運動になります。北鉄利用ですと、終点の加賀一宮(準急は、鶴来までしか行かないので注意。)を降りると、森の中の石段を登っていく趣のある参道になっていて、個人的にはこれが一番いいかなと思いました。今日は、参詣者がほとんどおらず、参道は一人で登りましたが、途中から毛色の変わったキジバトがついてきてしばらく一緒にうろうろしてくれました。帰りに参道を降りると、そのハト、下りきったところで待っていました。鶴来の町は本当に水の豊かな街で、雰囲気的には栃木県の日光にも似ています。そんなことも、車では気づかない点で、自転車や徒歩だと山から流れてくる水の豊富さを感じます。しかも大変おいしい水ですから、ペットボトルで持って帰ることをおすすめします。(駐車場わきで汲むことができるようになった。)スピリチュアルカウンセラーの江原照之氏も、確かこの神社が好きだとすすめていましたから、一度訪れてみるとよいでしょう。私は、北鉄利用をおすすめします。
Sep 16, 2006
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最近、家族とは何かを考えさせられるような事件が多発しています。親子で殺しあうケースあり、注意されただけで放火したりするケースあり、一体何を考えているのか理解に苦しみますが、一言で片づければ短絡的、になります。では、なぜ短絡的になるのかですが、これはいろいろ考えられます。食生活だなどという説もありますし、確かに動物でも、栄養が偏ると異常行動が見られます。愛情不足ともよく言われますが、注意するのも一種の愛情です。放任で起きるケースもありますし、厳しすぎて起こっているケースもありますから、結局は相互理解の不足なのでしょうか。我が家の場合、私は長男と、よくぞお互い無事だったと思うほどの殴り合い、取っ組み合いを何度もやりました。しかし、彼は彼なりに、父に理が、自分に非があることは理解していましたし、私が子供に対しては見て見ぬふりして穏便に済ませるようないい加減なことをしないことも理解していました。私も、見かけよりは力もあり、丈夫な体も持っていますが、高校生になると息子の方が大きくなっており、彼も力がありましたから、下手すると命がけになることもわかっていましたが、黙って見逃すことはしませんでしたから、本気で喧嘩しました。それで彼も、私が本気で向き合ってくれていることを感じることができたのだと思います。そのためか、息子は感情的に小言ばかり言う妻よりは私を信頼してくれていますし、非行に走ることもなかったのだと思います。そして、事件になったケースと比較して何が違ったのか考えて見ますと、私は、力で押さえ込んだ後は常に、アフターケアとして、冷静に説明しましたし、息子の言い分も聞きました。おそらく、そこが違ったのだと思います。スキンシップとしての喧嘩と、相互理解のための話し合い、どちらも大切だったのだと思います。ですから、私ができるアドバイスは、人生と同じです。お互い逃げるな。言いたいことは言え。しかし、相手の言うことも聞け。相手がわかってくれないなら、なぜわかってくれないのか考え、お互い納得できるまで話し合え。
Sep 14, 2006
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猫といえば、どうも魚が大好物であるかのように思ってしまいますが、栄養学的にはどうも違うようです。我が家の猫たちが、魚の、特に脂の多いものを食べると具合が悪くなるので問い合わせてみたところ、元々は肉食系、雑食系であり、魚食ではないというのです。言われてみると、山猫は肉食だし、我が家の猫も放し飼い時代はよくネズミや鳥を捕って食べていました。それでも、魚が食卓に乗ると大騒ぎで、人間としてはとられないように一生懸命隠して食べて、残骸も脂が多いと危ないので、食べられないように生ゴミコンポスターに直行です。何だか食べた気がしなくなるので、最近魚が食卓に乗ることが減っています。後、我が家の猫の変なところは、草の代わりにキュウリやモヤシを好んで食べることです。菜っ葉のお浸しも好物なので、茹でたら取られないように猫の手の届かないところに隔離しないといけません。刺身のつまの大根も、自分たちのものと思い込んでいるらしく、食卓に刺身が出ると、どっと押し寄せてきて、早くくれーとわめきます。下手に病気になられると人間よりもお金がかかりますから、普段の健康管理が大切ですし、猫も手がかかって大変です。私の友人が、真似して飼ったところ、猫の召使になってしまい、「癒されないの。」と泣きついてきたことがありました。人間も同じなのですが、心に余裕を持って接することです。そのゆとりがあれば、確かに癒されますし、夫婦の会話の源にもなりますし、家庭円満の秘訣にもなってくれるのです。
Sep 13, 2006
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正直な話、私自身の前世記憶は、本当に自分で経験したと思われるものと、単に過去に起きたできごとを幻視していると思われるものとが混在しています。 自分で経験したと思われる記憶にしても、容量の制限のためか、生まれてから死ぬまで記憶しているわけではありません。 それを思うと、アカシックリコードを幻視していると考える方が正しいのかも知れません。 でも、母や今の妻との前世記憶の中には、それこそ五感すべてで感じているような生々しい部分がありますから、やはり前世なのかなあと思うのです。 でも、記憶には楽しいものはほとんど残っておらず、悲しい、苦しいものばかりが鮮明に残っているのです。その方が印象深いのかもしれませんが。 それで、興味深いのは戦争の記憶で、悲惨さの感覚では、第二次大戦のものが一番悲しく感じるのです。 母や祖母の視点の大阪空襲の記憶は、焼夷弾の直撃で、目の前で母の親友の首と手が切れて飛んで来たり、人間が生きながら燃えていたりで、本当に恐ろしいものでした。私自身の記憶は、とにかく食べるものがない、空腹が主体で、何だか拍子抜けするようなものなのにです。と思えば、負傷して宮崎に戻ってきて八紘一宇の石碑の前で、自分だけ生きて帰ってきた意味を問う父の記憶も混在します。父の腹から背には弾丸が貫通した傷痕があり、南方で水雷艇、潜水艦と乗り組んだ艦が次々と撃沈され、その部隊唯一の生き残りだったのです。でも、彼はそのためにおめおめ生きて帰ってきた卑怯者と揶揄されたと言います。 でも、そうして父と母が生き残って私が存在しているわけです。私としては、生きていたかった人が他にもいくらでもいた中、奇跡的に生き残った二人が、その後の人生何故大切にしなかったのか、が最大の疑問です。 今となっては、本人からその答えを聞くことは永遠にできなくなってしまいましたが、そのための私の記憶なのでしょうから、私が何かを伝えないといけないのでしょう。 人生、つまらないと思わず大切にしてください。神様は、無条件に救ってくれるものでも助けてくれるものでもありません。 レムリアで、女神のセイシさまと、天使のアールマティーさまに聞かれました。「人間、何から救われたいと考えているのだ。」 私は、こう答えました。「自分の人生から、ですかね。」 二人は呆れたように言いました。「自分自身の人生から逃げて、救われることはあるまいに。」
Sep 12, 2006
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猫は勝手気ままに生きているかのように捉えられがちですし、実際に多頭数飼いを経験しない限りわからないことが多いのですが、結構高度な社会性があります。 順位付けですが、犬ほど明確には行わないようですが、猫にもあります。今は亡きニャンコ大長老の場合、我が家の娘二人は自分より下であり、長男とは同等と考えていることがはっきりわかりました。 後継者のミント長老の場合は、むしろ子どもたちよりも自分は上と考えているように思われます。 同様に、集団の中の順位と地位もそれなりにあり、皆避妊し去勢してはいますが、雌猫で出産経験のある猫の場合は、雌同士の権力闘争をして、自分の子供の地位を確保しようとするところがあります。 最近の人間よりも偉いのでは、と思えるのは子猫に対する接し方で、集団で子猫は大切にします。餌は優先的に与えるよう配慮しますし、少々いたずらが過ぎても、警告的指導程度にとどめて、全体で教育していくのです。今、地域社会のあり方が問題になっていますが、この点は猫を見習わなくてはいけません。 そして、1匹ずつ個性もありますし、自己主張の方法も違っていて面白いものです。 また、決して勝手気ままの一匹狼ではなく、愛情は求めます。気ままなところはありますが、ちゃんとかまってくれ、愛情を注いでくれ、と主張してきますから。 テーブルの上に新聞を広げて読もうとすると、特定の猫が来て、新聞の上に寝転がって、そんなことをするより、私をかまえ、と主張する(邪魔する)のは少々困りものですが。 寒いと、集団で固まってあたたかく過ごすべく協力しますし、猫社会も、ちゃんと助け合って生きているのです。 猫社会を見ていると、人間社会も、素朴な助け合い精神が必要だと思います。
Sep 11, 2006
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現世の母とは、腐れ縁と言っては怒られそうですが、大変な因縁があります。 私は、第二次世界大戦の時、彼女とは大学生の恋人同士だったのです。 ただ、正直に話すと怒られそうですが、当時の彼女、19歳のはずなのにどう見ても中学生で、婚約者に近い関係だったのですが、お互いその気にはならなかったようです。 そして、戦争が二人を引き裂きました。私は、学徒出陣で南方に向かうことになり、夜の公園で、彼女と最後のお別れをしました。 その時、彼女はこう言いました。 「私、自分の子供が産まれたら、あなたと同じ大学に行けるように、あなたに勉強を教えてほしいわ。」 これは、彼女なりのプロポーズだったのですが、私は生きて帰れそうにないと思ったので、こう答えました。 「僕は、もっと世界のことを知りたかった。今は敵になってしまっているけど、アメリカやイギリスのことも知りたかった。」 彼女も、これが今生の別れとなると感じながら再度頼みました。 「私の子供が、京都帝国大学に入れるようにしてね。」 「無事帰ってきたらそうしよう。大丈夫、きっとそうなるよ。」 私も、観念して答えましたが、二人が再会することはありませんでした。 でも、私は、その約束は守りました。 彼女の子供となって。 不思議なことですが、高校3年の時に、京都大学専願で受けることを決め、願書を取りに初めて京大のキャンパスに行ったのですが、凄くなつかしく感じたのです。ここは、私が来るべき場所、居るべき場所なのだと感じたのです。 そのためか、後から聞いたら冷や汗ものの点数ではありましたが、めでたく合格し、前世の約束を果たすことが出来ました。 でも、母は、最初の恋人と別れざるを得なかった不運を呪い、自分の人生から逃げ回った結果、坂から転げ落ちるような人生をたどることになりました。 途中、息子の私が京大に入学した幸せがありましたが、結果としては、それしか幸せなことがなかったような悲惨な人生になってしまったのです。 母は、悪いことは全て、私が大学を卒業する時に別れた夫(つまりは私の父)や、両親の不仲から小学生のころから父親代わりを務めた私のせいにしてしまいました。 人を呪うことしか能がないような母に、夫だけでなく、息子の私も、同じく実の娘の妹二人も愛想をつかし、彼女は今、老人ホームで寝たきりの廃人になっています。 もう、私のことも、夜の公園で恋人とした約束のことも、覚えていないでしょう。 人生は、そして運は、自分を大切にしない人には微笑まないものです。
Sep 9, 2006
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昨日は幽霊に頼まれた話をしましたが、そんなことは例外中の例外で、大抵は何らかの感情が伝わってくる程度です。 私が感じるのは、ほとんどが、悲しい、寂しいといった感情です。 いくつか挙げてみますと、駅に息子を迎えに行った時に車の中で待っていると、ふわふわと漂ってきた幽霊が窓から覗き込んだことがありました。その時、彼女(若い女性だったと思います。)から伝わってきた感情は、「寂しい。誰も迎えに来てくれない。」でした。 また、私の自宅近くに住んでいた高校卒業したばかりの若者5人が、免許取立てでドライブしていて、事故で全員死んだことがありました。その何年か後、夜その若者の一人の家の横を通りかかったところ、若い男の幽霊が、壁を通り抜けて家に入って行きました。感じたのは、「僕は家に帰るんだ。」でしたが、言い知れぬ悲しみを伴っていて辛いものでした。 そんな風に、幽霊は何らかの悲しみ、寂しさで現世にとどまっているのだと思います。本当にやりきれない思いを感じることもあります。 最後に一つだけ、逆に嬉しい、楽しいと思っていた幽霊のことをお話しします。 ある秋の日、夕方空を見上げていると、和服姿の老婆が空を飛んで行きました。私としては、何だ今のはと唖然としたのが実態ですが、彼女は、「よかった。これで私は解放される。うれしい。」と感じていたので、爽快な気分を味わえました。おそらく彼女、そのまま文字どおり昇天したでしょうし、これで解放されると感じていたのは、寝たきりでいての死だったからだろうとも思います。 こんな話をすると、医師や家族から非難されそうですが、私は、くも膜下出血で倒れた人に付き添ったことがあります。その時、集中治療室にいた病人の内、意識のある人の多くは、「早く楽にしてくれ。殺してくれ。」と望んでいましたし、脳死状態の人からは、何も感じませんでした。脳死状態になると、すでに霊魂はどこかに行ってしまっているのではないでしょうか。 そんな経験もあって、私は、安楽死、尊厳死について、日本も早期の導入を検討すべきだと思っています。 脱線してしまいましたが、自分も幽霊になりたくなかったら、執着しないで済むように、常日頃から身辺は整理しておきましょう。 そんな私も、家内から言われています。 「死んだ後、遺族がもめないように、遺言書いといてよ。」
Sep 8, 2006
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もう6年前になりますが、1月に妙な夢を見ました。 見覚えのある年配の男性が、あるマンションの1室に行ってくれと頼むのです。不思議なことに彼は一言も話さないのですが、テレパシーのように伝わってきました。夢の中ですから、無責任に請け負って行ってみたのですが、妙に暗示的で、二つの塔のようになったマンションで、私は違う方に行ったらしく、気づいて中層階の連絡通路を渡ろうとすると、つり橋のように揺れて渡らせないようにしているようでした。それでも渡って件の部屋の前に行ってみると、何と私に頼んだ男性が待っていました。そして、また無言で、中に入るか否かはあなたの判断で、私はこれ以上は強制できないと伝えてきました。ここまできてそれはないだろうと思ったので、私はドアーを開けて中に入りましたら、男は消えてしまいました。中に待っていたのは大学の時に不思議な関係を築いた女性だったのですが、当時のままの若い彼女、ピアノを弾いてと頼んできました。そう言えば、最後にデートした時、彼女の家でピアノを弾いたことがあったなあと思ってピアノの前に座ったところで夢は途切れました。 私は夢で幻視しますから、この夢も気になっていたのですが、2月に今度は京都で誰かに呼ばれているような気がするようになり、彼女も当然その候補に挙げるべきだったのですが、別の女性なのかなあとしばらく忘れていました。 そして、8月も終わりになってから大阪に出張した時、ホテルのチェックイン前に散歩していたところ、偶然彼女の住んでいるマンションの前を通りかかったのです。夢のマンションとは全然違ったのですが、何だかこの辺に住んでる知人がいたなあと思って見上げていると、管理人に不審者と思われたのが呼び止められ、逃げだしては本当に不審者になってしまいますから、ためしに○○さんはこちらに住まわれていますかと聞いてみたらビンゴで、部屋に案内されてしまいました。幸い?留守だったので、書置きして帰ったところ、翌朝早くホテルに電話が来て、夜に会うことになってしまいました。 私としては、一方的にふってしまったような関係でしたから心苦しかったのですが、彼女は何故か嬉しそうでした。会ってみると、夢と違って昔は健康的な美女だった彼女が、見る影もなく痩せてしまっていました。 こうなると、心配が先に立って、拒食症ではとの思いもありましたから、とにかく話を聞くことに徹しました。 すると、丁度夢に出てきた1月には入院していて余命1か月とまで言われていたことがわかりました。そこであの男性は、と考えてみると、彼女の父だったのです。ただ、彼女の父、夢の2か月前の11月に既に亡くなっていました。 娘が心配で、娘婿ではなく私に頼みに来たのかと思うと妙なものですが、頼られたからにはある程度責任は果たそうと考えることにしました。 家内は、自分と交際する前に私が彼女と交際していたことを知っていましたから、正直に話し、会って食事をするだけの関係でしたが、その後3回続け、私はひたすらサイコセラピストに徹しました。 そんな私のセラピーが効いたのか、それとも私からエナジーを吸い取ったのか、彼女元気になって、彼女の母に感謝されたりしたのですが、私が根本的な問題だと考えて婉曲に出した指示、「家族と和解しなさい。」には従ってくれませんでした。 そして…。 今度は、彼女に何かを頼まれることになるのかもしれません。
Sep 7, 2006
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超越思考というとよくわからないかも知れませんが、要はプロセスをすっ飛ばして結果だけ導き出したりすることです。私は、小学3年生までは、幻視能力も併用して、勉強ではプロセスを飛ばして解答だけ出し、日常ではあらゆる物事の結果を予知していました。当時の担任の先生は、非常に理解のある人で、「彼はできるからよいのです。みんなもできるようになればよいので、そのためにどうすればよいか勉強しましょう。」と説明してくれていました。実際、欧米で行われているように、超越思考を操ることができるような天才児は、飛び級で段階を引き上げてやれば、おそらく黙っていても更に先に進みますから大変効率的ではあるのです。ところが、日本の教育では、良い点でも悪い点でもあるのですが、思考のプロセスを重視するため、超越は認めないところがあります。私自身は、その後本末転倒的にプロセスの説明の方にこだわる先生に変わったら、加減乗除の暗算等、今まで難なくできていたことまで含めてできなくなりました。しかし、その代わりに、他人の感情を考慮せず、なぜそうなるかの説明もせず、残酷な結果だけ宣告することもなくなりましたから、むしろ幸せにはなれたと思っています。日本のレベルでの天才の範疇でも、ある東大の教授が、優秀な教え子ほど、企業の役には立っているが、幸せにはなっていないと嘆いていましたから、超天才がどうなるかは、推して知るべしです。日本に限らず、中庸が賢明なのではないでしょうか。
Sep 6, 2006
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偶然の一致などと言われますが、世の中果たして偶然で片づけてよいのやら、よくわかりません。私の場合、以前に触れた幻視能力がありますから、何が起きても、ああ、やっぱりこうなったかと淡々と感じることの方が多いものです。いわゆる虫の報せで、祖母が交通事故で亡くなった時、私と母のところにお別れに来たこともありましたが、これはむしろ霊能力に関係しそうです。シンクロニシティーで笑えるのは娘二人で、二人同時にマイナーな曲を口ずさんだり、200キロ離れたところで姉が豚カツを食べていたら、妹が急に豚カツが頭に浮かんで食べたくなったりするのです。最後にものすごく低い確率で起きたできごとを一つ紹介します。ある朝歩いていたところ、自然に振っていた手で、はるか高い空から落ちてきた鳥のフンをつかんでしまいました。鳥のフンに当たること自体低い確率ですが、落ちていく途中の空中のある一点で手の動きと一致して握りしめてしまうことまで考えると、天文学的な確率でしょう。無意識につかんでしまってから、なんじゃこりゃあと手を開いて鳥のフンだと気づいて空を見上げると、電柱の上とかではなく、はるか高い空にカラスが舞っていたのです。ちなみにその日の帰り道、一陣の強い風とともに千円札が一枚飛んできて私の顔に当たりました。これも低い確率のできごとだと思います。
Sep 5, 2006
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猫嫌いの人は、猫は何を考えているかわからないと言います。でも、猫にもちゃんと表情がありますし、言葉がありますし、こちらの言葉も理解します。雑種軍団の我が家の22匹の猫中、2匹だけアメリカンショートヘアーがいます。この2匹、我が家にはもらわれてきたのですが、以前の飼い主がひどい人で、自分が病気になって飼うのが大変になったから、捨てるか殺すと言ったので、わざわざ千葉県から栃木県の我が家にもらって帰ったのです。そして、この2匹、最初はうんともすんとも言わないし、まったくの無表情なので、アメショーは鳴かないし、表情がないのかと思ったほどでした。しかし、しばらくしたら、顔に似合わない可愛らしい声で鳴くようになり、それとともにちゃんと表情も示すようになったのです。おそらく以前の飼い主がちゃんとかまってやらなかったのだと思います。ですから、猫もちゃんと意思表示をしますし、表情もあるのです。まったくないと言う人は、自分の飼い方を再検討してみてください。いわゆる猫かわいがりは嫌いますが、猫なりに尊重してやって付き合うと、ちゃんとかまってくれとか、餌はまだかとか、猫の心もわかるようになりますよ。
Sep 4, 2006
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我が家には何故か猫が22匹もいます。元々は家内が好きなのですが、皆驚きます。それでよく、見分けつくのと聞かれますが、よく似ていてもちゃんと特徴がありますから、見分けもつくし、間違えることはありません。ここまで来ると、もうそれだけの数いるのが当然のようになっています。猫は現金なもので、飯時とかまってほしい時以外は寄り付きません。私は家にいる時は飯係なのですが、22匹が「ニャー、飯じゃー。」と鳴きながら押し寄せてくるのは壮観です。それから、3人の子供たちが我が家から出て、家内と二人の生活になると、猫たちが夫婦の潤滑材になっています。おそらく猫たちがいなければ、夫婦間の会話は半分以下になってしまうでしょうし、そうなると、ぎくしゃくとしたものになってしまうと思います。その点、手はかかりますが、猫に感謝です。あと、猫たちの顔つきは、その家庭を表すように思われます。我が家の猫たちは、22匹もいる分はぐれものもいますが、それだけいてもほとんど喧嘩もせずにかたまって仲良くしていますし、顔つきも柔和です。おかしかったのは、一度派手に夫婦喧嘩したところ、1匹の猫が見事に禿げてしまったのです。家内は皮膚病かとあせったのですが、私は人間で言う円形脱毛症だろうから、喧嘩したらだめだということだろうと言い、仲直りしたらその猫も見事に元に戻りました。今や半数以上がシニア猫になっていますが、私たち夫婦とともに幸せに年を重ねてほしいと思っています。
Sep 1, 2006
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