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一昨日なのですが、我が家で保護したニコを、乳母として育ててくれた、チビニャンが急死しました。元気だったし、ふっくらして毛艶も良かったのですが、残念でした。野良猫、生存競争は厳しいものがあります。チビニャンも、2年半の短い生涯でしたし、母親のチャバシラ2号も、その母親のチャバシラも、3年ぐらいの命だったと思われます。チビニャン、2年半の生涯でしたが、4回出産し、恐らく16匹の子猫を産んだのですが、1匹も育ちませんでした。しかし、母性豊の猫で、昨年8月に最後に出産した4匹が、直後の雨のためか、皆死んでしまった(と思われます。行方不明になりましたから、カラスに食べられたのかも知れませんが。)直後に、チャバシラ3号が2匹の子猫を産み捨てて行ってしまったのを、自分の子供としてお乳をあげて育て上げ、その1匹を、生後4か月ぐらいの時に保護したのが、ニコなのです。何故か、チビニャンが、2匹のうち1匹だけをどこかに連れて行ってしまい、残されたニコが、寂しいようと泣きわめいて、私の前でお腹を出して甘えたので、保護できたのです。不思議なもので、子猫の父親ではないのですが、我が家のヤマトの兄貴と思われる黒猫(黒兄と呼んでいます)が、チビニャンの愛人?夫?として、彼女に付き添っていましたし、死んだ後、体をなめてきれいにしてあげたようですから、最後まで尽くしていたのでしょう。野良猫は、なかなか人に馴れてくれませんから、せめて飢えないように、餌を供給しています。チビニャンは臆病で、よく似た子猫が2匹居たのですが、最初は幻の猫でした。ようやく人間が居ても、姿を見せるようになりました。こんな枯れ枝の中で出産を繰り返したのですが、自分の子猫は1匹も育ちあがりませんでした。乳母として育てたなかの、こちらは一号です。一号と二号(後のニコ)チビニャンと一号です。保護した後も、心配なのか、時々見に来ていました。ヤマト兄貴が面倒を見ています。チビニャンのお墓です。
Apr 21, 2025
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今年は、桜の開花が4月10日過ぎと、8年ぶりぐらいの遅さでしたが、その後の温かさの影響もあって、その後の開花は一挙に進んでいます。4月の雪自体はそれほど珍しいことではなく、例年は、桜に雪が積もったりしますが、3月中に咲いて、それに雪が積もるパターンです。今年は4月1日に雪が降りましたが、桜は、まだつぼみでした。クリスマスローズ 今年は、まだ咲いています。フクジュソウ四月初めの雪例年は、1月ごろからクリスマウスローズが咲いて、椿が咲いて、2月にはフクジュソウが咲いて、3月にイチリンソウが咲いて、ユスラウメが咲いて、スノーフレークと梅もその頃咲いて、その後3月末に桜が咲いて、4月に入ってからニリンソウとアンズとジューンベリーが続いて咲いて、ゴールデンウィーク前に最後にヤマブキが咲くものなのですが、今年は、3月初めにクリスマスローズから梅までがほぼ同時に咲いて、4月に入ってから、桜とニリンソウとアンズとジューンベリーとヤマブキが、ほぼ同時に咲き始めました。変な年です。ヤブツバキ侘助椿イチリンソウ(キクザキイチゲ)ユスラウメジューンベリースノーフレーク 元は京丹波の家にあったのですが、イノシシに食べられたので一部疎開しましたヤマブキ 今年は開花が少し早いフサスグリのお花ですニリンソウとタチツボスミレわかりにくいのですが、アケビのお花です。
Apr 19, 2025
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サヴァン症候群と直接関係があるのかどうかわかりませんが、私には、生来の感情がないのです。ないのですから、感情って何と聞きたいのは私なのです。私は、前世記憶だけでなく、生まれた時からの記憶があるのですが、現世では、最初から感情は無かったようです。生まれた時に、鉗子分娩で引きずり出されたのですが、冷たくて黒くて硬いものに挟まれて、居心地のいいところから引きずり出されたという感覚で、その時から感情は欠けていたと思われます。では、現在の私ですが、一応感情らしきものは身に付けました。でも、この感情、完全に後天的なものなのです。幼児の頃には、泣かない子供だったようで、そのこともあってか、母親から物凄い虐待に遭いました。この点で、感情が無かったことは大変幸運で、自分を可哀想とも悲しいとも思わずに済みましたから、毎晩のように殴る蹴るの虐待に遭いましたが、何とも思わずに済んだのです。これには、臨死体験も大きく貢献していて、私、母には少なくとも二回は殺されているのです。一回目か二回目かよくわかりませんが、1歳半の時に、縁側から4メートルぐらい下の岩に向けて突き落とされたのです。母は、私を笑いながら突き落としたのです。それで、仰向けに落下して行って、後頭部から岩に激突して、ぐしゃっと頭が砕けた感覚までありました。1歳半でも、幼児ながら、既に天才的な頭脳がありましたから、自分でも、あっ、これは死んだな、と覚悟しました。ところが、次の瞬間、青い光の満ちた、凄く快適な空間に移動していたのです。この時、眼に見えない神様?が、どうして、人間の子供がここに居るんだ、と慌てていました。幸い、私はまだ死ぬはずではなかったらしく、その空間に居る間に、砕けた頭が修復されて行ったのです。面白いのですが、頭が砕けた状態の時は、目が見えなかったのですが、修復されるにしたがって、右目、左目と順々に見えるようになったのが興味深い記憶です。それで、その見えない神様(イギギさまというらしい。古代シュメール語で看視者と言う意味だと教えてくれました。)現世に戻してもらえたのですが、私がそれこそ三途の川も飛び越えて移動した青い光の満ちた空間は、中間世というらしく、本来は、転生寸前の魂が、転生に備えて、肉体を修復される次元であるとのことでした。笑ってはいけないのですが、その時、目に見えないイギギさまが、「お前をこのまま帰したら、また母親に殺されて直ぐに舞い戻ってくるだろうから、特別製の肉体にして戻してあげよう。」と配慮してくださったのです。そのお陰で、その後私は、毎晩殴る蹴るの虐待に遭っても、痣一つつきませんでしたし、痛みも感じませんでした。もっとも、そのために誰も母の虐待に気付きませんでしたが。虐待は、小学校4年生になるぐらいまで続きましたが、その後、10歳から66歳まで馬に乗っていた時にも、この特別製の体は十分役立ちました。小学生の時には、障害飛越競技の横木がいっぱい並んだ障害に、馬ごと突っ込んだことがあったのですが、頭と顔で、横木をなぎ倒したにもかかわらず、無傷で済みましたし、大学の時には馬が転倒して完全に下敷きになったことが2回もあったのですが、その時も無傷で済みました。一番凄かったのは、オリンピック選手だった大先輩が、この馬2メートルぐらい楽に飛ぶぞと褒めたオリンピッククラスの馬に乗った時に、練習で、二つ並んで間隔が11メートルの障害を飛越させようとしたら、力が有り余っていたが、頭のネジの方は抜けていたらしい、良すぎる?馬は、一つ目の障害の10メートルぐらい手前で踏み切って、二つ目の障害に突っ込んで止まったのです。つまり、20メートル以上飛んだことになりますが、高さでも2メートル以上飛んでおり、一瞬目の前に馬の尻が見えました。それで、体操ならばウルトラC級ですが、馬の上の3メートルぐらいの高さを飛んで行って、空中で1回転して、二つ目の障害の向う側に後ろ向きで足から見事に着地したのです。この時も、無傷で済んだのですが、衝撃は物凄く、手綱、腹帯、鐙革すべてが切れました。56年間馬に乗ったわけですが、両方の鐙革が一瞬で切れたのは、この1回だけです。まあ、無傷ではありましたが、2日間ぐらい全身が痛みましたから、衝撃は半端じゃなかったのでしょう。この馬、試合の時にも立ち上がって仰向けにこけて、馬上の私は見事に馬の下敷きになりましたが、この時も不思議なことに、一瞬とはいえ、完全に腰から左足まで馬の下敷きになっていたにもかかわらず、無傷で済みました。小学生から馬に乗ったおかげか、馬の動きをつかむ天性にも恵まれ、私、ほとんど落馬しませんでした。63歳の時にも、乗っていた馬がゴロンと転がって、左足が完全に下敷きになりました。砂の馬場だったのですが、この時は、馬の下からよっこらしょと左足を引き抜いて、直ぐにまた乗りました。つまり、この時も無傷で済んだのです。また、馬繋場でこけた馬と、鉄柱に挟まれたこともありましたが、右腕が完全に挟まれたにもかかわらず、折れませんでした。喜んで、「折れてない。」と叫んでしまいました。56年馬に乗って、怪我しないで済んだのは、神様にもらった特別製の体のおかげでしょう。これらは、特別製肉体のお話ですが、感情に戻りますと、感情の無い不気味な子供だった私に小学校1年生の時に救世主が現れました。ベテランの女の先生だったのですが、私に感情が無いらしいことを見抜いた彼女、つきっきりで、いろいろお話をしてくれたのです。最初に、こんな時は、悲しくないのか、嬉しくないのか、腹が立たないのか、楽しくないのか、いろいろな例を挙げて質問してくれたのです。当時の私は、全て、なんとも思わないという答えだったので、彼女は、こういう時には、嬉しいものだ、怒るものだ、悲しいものだ、楽しいものだ、と喜怒哀楽を教えてくれたのです。そこで、完全に後天的に、感情を手に入れることができたのです。あの先生に教わらなかったら、どんな人間になっていたか、わかりません。人生の恩師です。頭の方は、10万人の一人の天才と言われていましたから、後天的にであっても、感情を手に入れてなかったら、サイコパスシリアルキラーになっていた可能性も濃厚です。きっと、完全犯罪で、ろくでもなかった両親を抹殺していたことでしょう。もっとも、祖父の莫大な遺産と、茨木駅から歩いて10分の三千坪の土地も手に入れていたと思いますが、人間としては、そうならなかったことを、神様に感謝します。今の人生が、サヴァン症候群由来の超越的演算による予測の結果、最も幸福になるものでしたから。黒猫2匹、ヤマトとニコ、仲良く元気です。
Apr 17, 2025
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我が家の庭には、いろいろなお花が咲いています。庭に元々生えていた草花もあれば、当然家を建ててから植えたものもあります。このグラジオラスは、35年ぐらい前に、息子が小学校でしおしおになって捨てられていた水栽培の球根を拾って来たので、私が庭に植えたものなのです。枯れないものの、二株のまま増えも減りもせず、毎年花を咲かせていたのですが、4年前に我が家が火事になって、20畳の居間兼ダイニングキッチンが丸焦げになった時に、そのリフォームの際に、この位置に工事用の簡易トイレが設置されたのです。5月でしたから、花は終わっていたのですが、工事期間中の約4か月、上にどんとトイレが置かれていたせいか、その後3年間、芽も出ませんでしたから、枯れてしまったかと思っていました。それが、4年目の今年、しっかり芽を出して、お花も咲きました。3年間休眠していたようですから、奇跡のグラジオラスです。このラッパスイセンは、元は大阪の家に植わっていたもので、今やかなり増えて、庭中に散在しています。ハナニラですが、これは、いつの間にか生えていましたから、鳥が持ち込んだものと思われます。緑の花ですからわかりにくいのですが、春蘭です。周囲の宅地開発の時に、保護して来ました。アズマイチゲですが、これも我が家の向かいの森が宅地になってしまった時に、保護してきたら、我が家で増殖しています。元の植生が失われつつある那須野が原ですが、我が家ではできるだけ残していくように、保護しています。
Apr 5, 2025
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