全6件 (6件中 1-6件目)
1

史上初?、3回続けて、神坂俊一郎夫人の美奈子がお送りします。というのも、前回の続きだからです。例の脚立転倒事件、1週間たったのですが、夫が今日になって、体と頭が痛いと言い出したのです。事件以降新たな痣はできていませんでしたが、衝撃を受けたせいなのか、左の肘と手首が痛いんだそうです。頭の方はと言うと、午前中35度の炎天下13.7キロのサイクリングをして、午後は、自治会副会長のお仕事で、イベント打ち合わせに行ってきたら、軽い脱水症になったらしくて、頭痛になったそうです。まあ、この程度で済んでくれれば、2時間昼寝して復活したのですが、10年以上前に北海道出張中に脱水症になった時なぞ、気分が悪いと看護師に診てもらったら、何と脈が無く、即刻病院行きになったのです。しかも、病院の診察でもまだ脈が無かったとのことで、診察した医師が、「どうして生きているんだ。10分以上脈がなかったはずで、脳死になっていないとおかしいのだが。」と首を傾げていたそうです。本人、気分は悪いと言いながら、普通に話すし、歩けるし、医師は、どうしても信じられなかったそうです。その時は、点滴してもらったら2時間で復活し、「仕事させてくれ。」と訴えたものの、その日も翌日もドクターストップがかかって、そのままホテルに送還されて、1日半のんびりとホテルで過ごすという、大変贅沢な一時を送ることができたと、本人は喜んでいました。帰宅してから聞いて、私は蒼くなりましたが、彼は、下手すると死ぬ直前まで、平気な顔をしていそうで怖いのです。私の年金だけではとても生きていけませんし、猫2匹ブラス野良猫2匹も養えなくなりますから、頼むから私よりも後に死んでくださいと、神様にお願いしています。余談として、源氏物語の続きですが、夫は、「紫式部考雲隠の深い意味・柴井博四郎著」なる、老眼の私には読めない細かい字で417ページもある凶器になりそうな分厚い本を借りてきて、5日間で読んでしまいました。面白いことに、この著者文学者ではなく、応用微生物学と応用細胞生物学の研究者だそうです。それで、夫が言うには、切り口は全く違うが、源氏物語に対する考えは自分と全く同じだったそうですから、理系の解釈なのかもしれません。夫にしても、全64話145万文字の前世記憶に基づく小説「レムリア物語」を書いたりもしていますから、文学とのつながりは深そうです。以下のアドレスで、彼の小説が4つ読めますので、興味のある方はどうぞ。神坂俊一郎(@nyankomitora) - カクヨム扶養している?飼い猫2匹と野良猫2匹です。
Jul 29, 2025
コメント(0)

神坂俊一郎夫人の美奈子です。変な夫には、45年間一緒に暮らして、感心しつつも呆れています。つい4日前には、濡れ縁の屋根にシート貼っていて、2メートルぐらいの高さのある脚立ごと転倒したのですが、何故かほとんど無傷なので驚いたのですが、今日になって、何だか膝の後ろが痛いなと思ったら、大きな痣ができていたことを発見したと言って見せてくれたのです。10センチぐらいの大きさの痣でしたから、普通なら、直ぐに痛みで気付きそうなものです。まあ、彼の場合、京丹波の家で4メートルぐらいある屋根から転落して、肋骨5本折れて右の肺が血気胸で死んでいたのに、大して痛くなかったからといって、シャワー浴びて着替えて自分で運転して病院に行って、豪傑が居たと、京丹波中の話題になったぐらいですから、元々鈍感と言うのか、痛みに対する感覚が常人とは違うようです。まあ、今回はその程度で済んだから安心したというところですか。それで、どこをどうしたら転倒した脚立のむしろ下敷きになるような体勢になることができたのかと、右膝の裏側に痣ができたのか聞いたのですが、本人は、恐らく0.1秒ぐらいの間のできごとだと思うと言いながら、脚立が倒れた時点では一番上に乗っかっていたので、やばいと思って倒れながら3段目ぐらいまで下りたところで、右ひざ関節を脚立にひっかけて、そのままばたんと倒れて頭を打つのを避けたのだろうとのことでした。68歳にしてこれができたというのは、いまだに素晴らしい反射神経を持っていることが証明されたわけですが、彼の鈍感、今までも何度か、何故生きているんだと医者が首を傾げた状態になっていますから、そのうち本当に命にかかわるのではないかと言うことだけが心配です。そう言えば、彼は、私も知る人ぞ知る怨霊だと言いましたから、この際その話を、もっと聞いておきましょう。「私の前世、怨霊だったのよね。」「うん。れんさん。」「あなたとの関係は。」「僕の前々世が愛した相手。」それなら、怨霊にならなかったはずです。「何故、怨霊になったのよ。愛されていたなら、奥様になれたんじゃないの。」「そうしたかったが、時代が許さなかったから、自殺して怨霊になってしまったのだ。」いくら昔は身分の差があったにせよ、時代錯誤的です。「一体、何時の時代なの。」「江戸から明治になった頃の話だ。」それなら有り得るかなと思って、当時の事情をもっと聞いて見ました。「もっと何かあったのでしょう。確か国籍の差もあったと聞いたけど。」以前それらしいことを話してくれたことがありました。「そう。れんは、本名はイム・レンファ、朝鮮人だったんだ。だから、どうしても結婚を認めてもらえなかった。」「でも、あなたと愛し合ったのよね。」「そう。だから、更にかわいそうなことになってしまった。」確か妊娠してしまって、それでも認めてもらえなくて、自殺したと聞きました。「子供ができたのに、認めてもらえなくて自殺したのでしょう。」「いや、もっと複雑だった。大地主で庄屋の父は、とても働き者で気も良く付いたれんを気に入っていたから、おめかけとしてなら認めるとまで譲歩してくれたのだ。」「それって、当時はいい扱いだったのかしら。」おめかけというと、最近はあまり聞きませんが、私が小さい頃にはそれほど珍しくなかったと記憶しています。「当時は、日本人同士でもよくあったことだったから、悪くはないどころか、破格の扱いだったのだ。」「じゃあ、なぜ上手く行かなかったの。」「れんことレンファの姉のリーファが、問題をすり替えてしまったんだ。」「どう。」「妹を日本に売るのかと言ってしまったんだ。そうなると、父も認めることができなくなってしまっただけでなく、レンファは、堕胎を迫られた上に、帰る処がなくなってしまった。リーファは、妹のためを思ったのだろうが、その一言が、彼女を殺すことになってしまった。レンファは、逢引きの場所になっていた納戸で首をくくって死んだのだ。」「そうだったんだ。可哀想な私。」と言いつつ、美奈子が自分の首を触ったので、俊一郎は思わず笑ってしまった。「悪い、笑えることではない。」「そうよね。でも、私って、どう祟ったの。怨霊になっちゃったんでしょう。」怨霊と言うからには、祟りがあったことになります。「本当のことかどうかはわからないが、その後三代にわたって祟ったことになっている。」「場所は、神坂家の大邸宅の跡地だったって言ってたわよね。」それも、聞いたことがありました。「そう。祖父母の三千坪あった邸宅の山の上に、異様にしっかりした木材で建てられた物置小屋があったんだ。」「そこで、首を吊ったんだ。」「いや、元の化け物屋敷と言われた大邸宅の廃材で建てられた物置小屋で、その材木がレンファが首をくくって死んだ納戸のものだったんだ。だから、霊感のある私には、レンファの怨霊を見ることができた。」中学生ぐらいにしか見えない少女で、赤い襦袢に首に帯らしい紐を巻いていて、口と足の間から血を流していたと聞きました。「私の怨霊、怖くなかったの。」私と言われて、彼は苦笑しました。「美奈子ではない。そして、僕が見たのは、恐らく残留思念のようなもので、何十年も前の映像だから、怖くはなかった。」「でも、呼びかけたのでしょう。」「そう。赤ちゃんを道連れに殺してしまったと、嘆き悲しんでいた。物凄い悲しみを感じたから、「悲しいね。巡り合えたら、今度は大切にして幸せにするよ。」と声をかけた。」怨霊にプロポーズしたようなもので、このくそ度胸というのか、どうにも私には理解不能のことなのですが、私とは、前々世どころか、一杯いっしょになっているらしいのです。人間の歴史を全て知っているという、彼の前世のお友達だった天使も呆れた腐れ縁だそうですから、そんなことも言えたのでしょう。「そんなこと、言ってよかったの。」「うん。だから、こうして一緒に居るんだし、僕は幸せだから、言うことは無い。」現世でも、いろいろ大変な目に遭わせたのに、その彼が幸せだと言い切ってくれるのはとっても有難いのですが、他にも悪事を重ねていそうですから、確認しました。「だから、私の怨霊がやった悪さを教えて。」「まず、僕の前々世の妻を呪い殺した。」「子供は居なかったの。」「居た。娘が一人。その娘は、夫とともに関東大震災で死んで、孫娘一人だけ生き残った。確か、青華って言う名前の娘。」「その青華さんは、無事だったんだ。」「レンファの怨霊、子供を道連れにしてしまったことを凄く後悔していて、子供には手を出せなかったんだ。そして、大震災の時、青華は横浜の乳母宅に預けられていて無事だったから、私が引き取って育てた。皮肉なことに、彼女の母親代わりになったのが、リーファだった。」リーファって、レンファの姉だったはずです。「どうして、そこに姉のリーファが出てくるの。」「運命のいたずらで、私も彼女も、お互いの伴侶には早死にされてしまって、リーファは、竹野家の女中になっていたんだ。」「変な関係。えっ、もしかしたら、あなたと何かあったの。」ピンと来た美奈子は、俊一郎に確かめました。「今風に言えば、内縁の妻だった。」「私の身代わりってわけじゃなかったわよね。」「リーファが死んでから十数年はたっていたから、無関係だが、青華にはいい母親代わりになってくれていたよ。」「もしかして、その娘、現世でも一緒だったの。」「青華、結婚して、長生きして、最後は、広島のピカドンで死んだ。」「あなたは。」「割と長生きして60過ぎまで生きたが、私の死後竹野家は無くなって、転生した前世は、京都帝国大学の学生で、何と、母の婚約者だった。でも結ばれずに、学徒動員で、フィリピン辺りで戦死した。」「他にも、転生組は居るの。」「転生した青華は、現世では、摩耶美紀子さんだったよ。」しっかり、夫とは巡り合ったんだけど、私の責任ではないけど、結ばれずに43歳で亡くなっちゃったわけです。「現世は、早死にしちゃったんだ。」「そうだなあ、あれは残念。少し悲しかった。」最後はいいお友達になっていた美紀子さんが亡くなっても、少し悲しいで済むところが、元々感情の無い夫らしいところです。「私の悪行は、それだけ。」「いや、ちゃんと三代にわたって祟ったよ。」「確か、最初は竹野家だったわよね。」「そう。でも、竹野家の犠牲者は、前世の私の妻蓉子だけだ。」「後は。」「竹野家の跡地に住んだ岡田家には、レンファの怨霊は、同じように当主の正妻に祟って、彼女を狂死させてしまった。すると、岡田家は大恐慌のあおりもあって、一挙に傾いて破産して当主は自殺し、一家離散になった。」「岡田家で二代とすると、三代目って、もしかして、神坂家にならない。」結局神坂家は、破産したようなものですから、三代祟ったと言えないこともありません。「そうも言えるかな。でも、僕は、レンファの怨霊、三代祟ってやるなんてことは一切言わなかったと思うし、きっと偶然だよ。僕のところには、転生した美奈子本人が来たわけだから、美奈子に転生した段階で、怨霊も卒業しているから。」平気な顔をしているところが、夫らしい、つまり、変人です。「あなたは、元怨霊の私を娶って平気ってわけね。」「美奈子の魂とは、何度も一緒になっているし、現世では、君との結婚は、運命と言うか、僕の未来幻視の結果だったし、それがお互い一番幸せになる未来だったから、僕はそれを選択した。それだけだ。」「何時、私が元怨霊だとわかったの。」「入社式の日に見かけて、将来の妻めっけとまず気付いたが、絶対前世で会っていると思ったから、記憶を探って数日後には美奈子の前世はレンファだとわかったよ。」当時彼は、前世は孫娘青華の美紀子さんと付き合っていたはずです。「美紀子さんが居たでしょうが。」「彼女は、僕とは魂の双子、ツインソウルだったが、結婚するソウルメイトではなかった。」「それでも、何故半年間待ったの。」「美奈子と巡り合うきっかけを待っていた。それでなくとも、不思議に出会っただろう。」夫の言うとおり、広い東京で、あり得ないぐらい彼と出会ったのです。「そうよね。六本木で会ったのも奇跡的だったけど、午後3時ごろにお互い絶対乗りそうもない丸ノ内線の車内でばったり出会った時なんか、本当に不思議だなあって思ったわ。姉さんが入院した時だって、11時ごろに連絡が来て、慌てて病院に向かったら、駅の手前であなたとばったり会ったし、ああなると、本当に運命ってあるんだなって思ったわ。」「僕は、最初から美奈子と結婚すると幻視していた。だから、美奈子と正式に交際する前に、所詮交際するには無理がある相手だった摩耶美紀子さんと別れて、君一人にしたんだ。」「ブーブー、それって、二股かけそうになったってことじゃないの。」時期的に見て、あり得ることでした。「確かに近かったが、二股にはなっていない。」確かに、信じられないほど紳士的というか潔癖だったことは確かでしたし、彼は、女性は美奈子としか付き合ったことがありませんから、今更言うことではありません。美奈子は、引き下がりました。「そうね。あなたは、誠実に対応してくれたから、言うことはないわ。」「折角怨霊は卒業できたんだから、悪いことは考えないことだ。」「そう言えば、あなたとれんは、前々世の仲よね。」「そうだな。」「私とは、現世だから、一代分開いているわね。」「そりゃ、当然だ。」「何故。」「その間というか、竹野清十郎の後、何十年かの間、美奈子は怨霊やってたからね。」「ああ、単純にその期間私は怨霊だったんだ。」「そう。」「どうやって卒業できたのかしら。」「絶対とは言えないが、僕と巡り合えたからかもしれない。」「でも、あなたが私の怨霊見たのって、4歳ぐらいだったんじゃなかったの。その時私は山形の田舎で幼児やってたはずよ。」「いや、僕は2歳にもならないぐらいの時に、怨霊の居場所だった物置には行っているんだよ。それで、成仏して転生できたんじゃないかな。」「あなたが見た怨霊の姿は。」「何十年か前の、自殺した時のレンファの姿を、幻視できた。それで、呼びかけることもできたが、時間的なずれは、僕の過去から未来に至る幻視能力の賜物だから、無視できる。」都合のいい解釈ですが、それができたからこそ、私を一目で見分けて未来の妻だと認識することができたと考える方が自然です。「そうね。あなたは超能力者だから、何でもできるということにするわ。」「あはは、京大同窓会でも、僕は超能力者と言われている。でも、僕のいろいろな経験談を聞いて、総合的に考察した結果、僕には、普通の人には見えないものが見える超能力者と考えるのが最も合理的だと、十数名の賢い面々が合意したのだから、そのとおりなのだろう。」「そうよ。超越的頭脳のない私が考えても、あなたは超能力者と考えるのが一番納得できますからね。」「幻視能力は、僕が余計なことを話しさえしなければ人畜無害だが、イージスは要注意だから、気を付けてくれ。」そうなのです。彼がイージスと呼んでいる一種の自動反撃能力は、強烈なのです。彼は、自分に向けられた暴力も悪意も見事に反射するのです。暴力は目に見えますから、本当に不思議な力ですが、相手にとっては、自分自身に殴られるような感覚で、彼は一切手を出していないにもかかわらず、痛い目に遭うのです。ただ、暴力の場合は、お互いの自覚がありますが、悪意の場合は、本人は全く無意識の内に働くのです。つまり、その場に居ないどころか、距離が離れていても、彼に悪意を向けた人間は、呪われると言うのがぴったりな不運に遭うのです。変な言い方をすれば、何が起ころうが、彼にはアリバイがあるのです。残るのは、不運に遭った人間が、彼の悪口を言ったとか、悪意を向けたという客観的事実だけなのです。夫には、生来の自分自身の感情がないのです。でも、68年だけでなく、数々の前世記憶からも、人間としての反応を学んでいますから、彼に感情が無いことを知覚できる人間はほとんどいないでしょう。恐らく、現世では私と子供3人だけだと思います。言って見れば、見事な役者なのです。その結果、喜怒哀楽、特に憎しみ、妬み、といったネガティブな感情とは無縁というか、それ自体を理解できないのです。ですから、悪意というものがありません。神様が、そんな彼に、一種のご褒美として、絶対的な防衛能力としてのイージスを与えたのでしょう。でも、本当に、要注意なのです。そういう私も、2回も痛い目に遭っています。人を呪わば穴二つ、を見事に体現してくれる超能力者なのです。ただ、好意を持てば好意で返してくれますし、幸運ももたらしてくれる、福の神でもあるのです。その点では、私は大変いい目に遭っていますから、プラスマイナスを考えると、プラスです。そんな人間が実在することを、知ってください。くそ暑い庭に咲いているお花です。
Jul 28, 2025
コメント(0)

神坂美奈子の夫の俊一郎、もう68歳で、完全に仕事からリタイヤしてから2年たちますが、午前中はサイクリング、午後は、庭仕事をしたり、猫とお昼寝したり、読書をしたり、以前に書いた膨大な量の原稿を校正したりして、のんびり生活しています。サイクリングは、2か月前に、スーパーで自転車から降りる時に、止まった状態で前にダイビングして、左目の下をざっくり切りましたから、そろそろ危なくなってきたかと心配したのですが、3日でその傷がふさがっただけでなく、その後、以前よりも元気になりました。先日も、二階級特進wで副会長になってしまった自治会関係の集金があったのですが、彼、暇に任せてと言いつつ、いろいろ工夫して12件を二日でさっさと集めて来ました。他の人たちはまだ全く取り掛かっていない状況だったらしく、盆踊り大会の賞品の買い出しまで請け負って来ました。今日は、35度の暑さの中、濡れ縁と物置の雨漏りする屋根の上にシートを貼っていましたが、途中で何と脚立ごと転倒したのです。2メートルぐらいの脚立で後ろ向きにバタンと倒れたわけで、ガッシャーンと大きな音がしましたから美奈子が慌てて駆け付けたら、本人曰く、「まだ特別製の体が有効。」だったらしく、膝に2か所痣ができただけでけろっとしていました。ほとんど怪我をしなかったのはよかったのですが、その時彼、なんと「うたてやな。」と言ったのです。本人全く意識しないで言ったらしいのですが、これ、現代語ではありません。古語で、情けないと言った意味でつい出てしまったとのことで、最近「源氏物語」を再読したりしていたからなのでしょう。彼、旧仮名遣いも古語も、普通に読めるのです。源氏物語を再読した時も、現代語訳より原文を読んでいたと言います。腹が立つことに、彼にとっては、外国語も同じだと言います。現地で5日間も日本語のない生活を送っていると、大体何を話しているかわかるようになるのですから。何故そんなことができるのか聞いたら、興味深い答えが返ってきました。「人間、日本でもドイツでもフランスでも、大体同じようなことをしゃべっているから、聞いていると、言葉の意味が類推できるようになる。」確かに、国際担当で毎年パリに行っていた時には、現地の人が気付かなかった、地下鉄の出発番線の臨時変更のアナウンスまでわかるようになっていたと言いますし、海外研修の時で6か国巡った時には、アメリカ、カナダ、イギリスでは、英語を、ドイツではドイツ語をペラペラにしゃべっていました。イタリアとフランスは、現地の人たちが喋っている内容はわかったそうですが、話すところまでは行かなかったと残念がっていました。そんな彼にとっては、古語も一つの言語で、元が日本語の分、理解しやすいとのことです。源氏物語について聞いて見たら、まず一度全部読んで見ろと言われました。あなたみたいな言語の天才じゃないから、そうはいかないと拒絶したら、とりあえずあらすじだけでも理解した上で、面白い本があるから、それを読んでみろと勧められました。一つは、「六畳の御息所源氏がたり」でした。著者は林真理子氏で、何と六条の御息所の視点で描いた源氏物語なのです。原文読んだ後で読むと、なるほどと思うところがたくさんあるとのことでしたが、私は、聞いただけでギブアップしました。彼は、私と結婚する2か月前に、大学同期の元カノの生霊に首を絞められたという、面白い経験がありましたから、六条の御息所ファンなのです。私は、何故か初対面の時から私と結婚することを幻視していたという彼と交際することになった時には、彼女と別れた経緯も聞いていました。彼には、庶民の私相手なら問題にならない(これはこれで腹立つことですが)ヤーさんとのお付き合いや複雑な家庭の問題があり、源氏物語の六畳の御息所さながらに上流階級のお嬢様だった彼女とは付き合えなかったというのも理由の一つだったのです。そして、後から教えてくれたのですが、私も、前々世は、大阪の一部地域では知る人ぞ知る怨霊だったというのです。彼は、私の怨霊の姿も見たことがあるそうです。中学生ぐらいにしかみえない幼い姿で、赤い襦袢姿で、首に首をくくって死んだ時の帯がかかっていて、口と足の間から血を流していたと言いますから、4歳の時に見て平気だった上に、「悲しいね。巡り合えたら大事にするよ。」とその怨霊に平気で声をかけて、本当に実行した彼は、間違いなく変人です。ですから、生霊だけでなく、怨霊とも大変縁のある彼だったのです。源氏物語に戻りますと、もう一つの彼のお勧め本は、遠藤遼著「源氏物語あやとき草紙(全3巻)」でした。これ、紫式部の視点から捉えた作品で、源氏物語を執筆して行くにあたっての、藤原道長や、中宮彰子らとの関係を描いたもので、当時の時代背景がわかりやすく描かれています。と解説してくれたものの、彼や元カノのリアル六条の御息所ほどの超越的な頭脳を持たない私には、無理と言うものです。頭の良すぎる人には、普通の頭の人のレベルが理解できないようです。彼が言うには、こんな私でも、頭はとってもいい方で、理解できないと思う人には最初から勧めないと言うのですが、いまだに小さい文字も平気で読める超人的視力の彼と違って、私は60前から老眼で、彼に買ってもらった12インチのタブレットで、漫画や小説を大文字にして読むのが精々ですから、付き合いきれません。でも、結婚する前に、酒もタバコも賭け事もやらない堅実で健康な男で、自分よりも頭のいい人、との条件を考えていましたし、「馬鹿な男は絶対嫌じゃ。」と宣言していた手前、全てを満たした上に、超人的な運動能力と堅牢な身体まで持っている彼に、文句を言うのも贅沢なのでしょう。彼は、聞けば何でも、私にもわかるように教えてくれます。何と言っても、超人的な演算能力?によって、彼が、何万通りもシミュレーションして最適解として選んだという私との結婚は、私にとっても幸せなものなのでしょう。未来幻視どおり、78歳まで元気に生きていてください。お願いします。源氏物語とは直接関係はありませんが、同窓会で訪れた京都の醍醐寺です。
Jul 24, 2025
コメント(0)

先月下旬に京都で大学の同窓会がありました。私、近年ついでに京丹波の廃屋の様子を見に行く都合もあり、車で往来しているのですが、今回運転中に幽霊を見ることができました。元々私は見える人ですから、それほど珍しいことではないのですが、今回いろいろ検証しましたので、そのことにも触れてみます。まず場所ですが、京都とは全く関係がなく、今回、帰りはのんびりしようと、長浜と諏訪の二か所、偶然両方湖畔ですが、その2泊3日駆けて帰ることにした、2泊目のホテルの近くでした。物好きにも、長浜から諏訪まで、高速を使わずに行ったため、猛暑の中、関ヶ原、一宮、小牧、春日井、多治見、土岐、瑞浪、恵那、中津川と進んで、それから木曽路を通って塩尻、岡谷、下諏訪、諏訪のルートだったのですが、35度オーバー、ところどころ37度オーバーの暑さでした。現場は、国道20号を岡谷から下諏訪に降りて行く直線の下り坂で、左側(北)に比較的広い歩道がありました。見通しの良い直線ですし、他に歩行者は居ませんでしたから、そのセーラー服の女子高生(と思われる)は目立ったのですが、およそ2秒で消えました。逃げ込むような家も曲がり角もありませんでしたから、消えたとしかいいようがありません。そして、どんな女子高生だったかですが、まず、ここで第一の不思議がありました。後姿しか見えませんでしたから、わかったのは、髪が長めの子だったぐらいなのですが、気温30度超の6月30日午後4時頃に、冬服の長袖の黒のセーラー服を着ていたのです。いくらもの好きでも、冬服はないだろうし、2秒で消えましたから、その時点で幽霊確定でした。珍しいことではないと断ったように、私、昼夜にかかわらず、見える時は見えるのです。直近というか、その女子高生の前に見たのは、犬の幽霊で、恐らく飼い主なのだろうと思うのですが、明るい16時頃のことで、30代ぐらいのジョギングしていた女性の足にぴったりついて走っていたのです。茶色の犬だったと思うのですが、通り過ぎながら観察したところ、途中から顔と胴体が消え、最後は足だけになりました。犬は、自宅近くを一人で運転していた時のことですが、その前に見たのは、葛籠のような四角くて大きな箱を背負った、白髪の美女で、これは雨の夜19時頃のことで、となりに妻が同乗していました。それで私が、「こんな雨の中大きな荷物を背負って大変だなあ。」とつぶやくように言うと、彼女はっとして、「家を出てから、誰も歩いいる人なんて居なかったわよ。」と答えたのです。「えっ、今そこに。」と言いながら私が振り返ると、妻の言うように、誰も歩いていませんでした。ただこのケース、場所が大変興味深いのです。我が家から2キロぐらい離れている葬儀屋の前だったのです。しかも、どなたかのお通夜の最中でした。この美女、白髪でしたから、イメージ的には、高橋留美子の漫画「境界のRINNNE」に登場する名誉死神?魂子だと思ってもらえればぴったりです。何でそんな幽霊なのか死神なのかわからない存在を見ることができたのか、不可解ではありますが。セーラー服つながりでもう一つ紹介しておきますと、季節は真冬の12月、雪が積もっていた北海道の帯広市で、私は一人で散歩していました。帯広って、変な町で、道路が原則碁盤の目の中、駅から斜めに緑ヶ丘公園に向かって通っている道(公園大通り)があるのです。そして、その大通りに沿うわけではありませんが、昔製糖工場と駅を結んでいた線路跡に設けられた道である「トテッポ通り」もあり、真冬でなければ、サイクリングにいい通りなのです。それで、トテッポ通りを端から端まで歩いて行くと、日本甜菜製糖の研究所があるのですが、そんなところに行っても仕方がないので、せいぜい「ますやパン」のお店あたりで戻るのですが、寒かったこともあって、その時は零下7度でうっすら雪も積もっていましたから、売買川に突き当たった所でUターンしました。大体、冬の北海道、昼間でも、歩いている人はまず居ません。私は、余程の物好きに分類されるのだと思いますが、川沿いを少し歩いて戻ろうとしたら、道端に高校生のアベックが黙ってたたずんでいたのです。正直不気味でしたが、更に不気味だったのは、二人とも夏の白の半袖制服だったのです。凍死しかねない気温ですから、あーあ、また幽霊かと思いつつ、黙って側を通り抜けて10メートルぐらい離れてから振り返ると、消えていました。地元の人に、そのあたりで心中した高校生がいるかと聞いたのですが、そんな話は聞いたことが無いとのことでしたから、どういう関係の二人だったのか、不明のままです。まあ、私としては、季節外れの幽霊と縁があると言えますが。今や、大抵の車に、カーナビだけでなく、ドライブレコーダーが装着されています。そこで今回のセーラー服幽霊目撃で思い出して、たった2秒ぐらいでしたが、ドラレコに映っているのではないかと、帰宅してからマイクロSDカードを取り出して映像を再生してみたのです。すると、恐ろしいことに、当日、6月30日の、長浜から諏訪に至る約7時間の映像だけが、全く記録されていなかったのです。私の車のメルセデス純正のドラレコ、前後双方向の自動録画ですし、前後の日も他の日もちゃんと記録されていましたから、不可解としか言いようがありません。セーラー服の幽霊は、余程証拠を残したくなかったのでしょうか。また同じような事例が発生したら、確認して報告します。現場の写真は撮れませんでしたから、代わりにホテル近くの諏訪湖畔の映像をどうぞ。
Jul 10, 2025
コメント(0)

あっちっちの毎日、後編を書く前にあっというまに1週間が過ぎてしまいました。それにしても、6月からですが、私は那須塩原に移住して41年になりますが、エアコン4台全稼働させたのは、今年が初めてです。家を建ててから36年ですが、当時はまだ那須塩原は避暑地で、エアコンも必要がなかったのです。それが、3年ぐらいたつと、やっぱりある方がいいになって、20年経つと、1台では足らないとなって、30年たつと、4台になったのですから、温暖化は凄いものがあります。もっとも、私は、二酸化炭素は、全くというと語弊がありますが、温暖化の原因ではないと考えます。逆に、温暖化すると増えるが、減らしても温暖化を防止する結果にはならないことは、化石時代からの温度変化を見れば明らかだと思います。むしろ、太陽の活動が、温暖化の主原因でしょう。同様に、太陽光発電も、周囲の乾燥化、高温化を招いているように思いますから、私は反対です。脱線しましたが、後編に行きます。前編の後、夜には同窓会の宴会が開かれましたが、我が同期、農水官僚もいれば農家も居るので、話題の米不足について、議論になりました。専門家?の回答は、マスゴミの報道とは全く違っていました。減反政策もあって、米の収量は確かに年々減っていたのですが、令和4年までは、需要も減っていたため、影響はなかったのです。それが、令和5年6年と連続して米は不作であり、そこに米不足だと騒いだマスゴミの影響で、消費者も業者も買いあさったため、需要と供給の原則により、一挙に高騰したのです。まあ、農水の立場で行くと、備蓄米が一挙にはけて良かったそうですが、農水も業者も、高値誘導した事実も、買い占め等の事実もなく、単純に需要による値上がりと言う経済活動が原因だったのに、叩かれたのは心外だそうです。そして、今年も恐らく猛暑で不作だろうから、来年もまた米価高騰騒ぎは起こるだろうとの予想でした。どこぞの馬鹿首相が、今年から米を増産するなどと世迷言をぬかしていますが、既に田植えも終わっているのに、そして、農地も農家も確保できていないのに、どうやって増産するのでしょう。いい加減嘘をつくのはやめてもらいたいものです。今後、絶対自民党には投票しないぞ。で、有意義な宴会の翌日、折角京都に来ているのですから、私は、朝5時に起きて、南禅寺を散策しました。ひところJR東海が、早朝の京都観光を宣伝していましたが、早朝だと、内部の拝観はできませんが、外国人観光客もほとんどいませんから、快適です。お勧めします。石川五右衛門のセリフ「絶景かな、絶景かな。」は嘘ですが、大きな門で、登れば確かに絶景です。(拝観料がかかりますし、拝観時間でないと見られません。)有名な疎水のインクライン。南禅寺って、お国もお寺があって、更に登って行くと、東山の大分上まで行けます。滝行ができる場所もあるのですが、わるいことをした観光客?が居たようで、封鎖していました。東山は、少し登るとこんな感じです。しかし、毎日運動している私みたいな人間でないと、登るだけで一苦労でしょうから、お勧めしません。お宿を出た後、醍醐寺に参詣しました。醍醐寺、大変広い、かつ暑かった。京都で最も古い五重塔だそうです。同窓会を終えて、帰途に就く途中の大津SAからみた琵琶湖です。今回、帰りは琵琶湖畔の長浜のリゾートと諏訪湖畔の温泉ホテルに泊まってのんびりしました。琵琶湖です。ホテルから見た関ヶ原方面。諏訪湖です。同じく諏訪湖。琵琶湖と違って少し生臭い。来年は、関東でやろうかと言う計画ですから、今日とはお預けです。私は、車で走り回っていますし、もう結構の年齢ですから、往復とものんびり行き来することにしたいと思います。
Jul 9, 2025
コメント(0)

先週の土日、大学の学科の同窓会があり、京都に行って来ました。天気が良かったのはいいのですが、35度超の暑さで、68歳の今でも毎日のようにサイクリングしたり運動している私は平気だったのですが、皆結構へばっていました。土曜の午前中に岡崎の宿にいち早く着いた私は、すぐ散歩に出かけました。まず、鹿ケ谷の方から真如堂に向かったのですが、東参道、白川通からの上り坂が思ったよりも急でした。この白川から左(西)方向に山を登って行くと真如堂があります。真如堂です。それから、少し下って、吉田山荘の脇を通って、宗忠神社に抜けたのですが、ここがまた登り坂でした。宗忠神社前を通り過ぎて吉田山を下っていくと、吉田神社の大元宮があります。吉田神社の鳥居です。京都大学の時計台です。ここの売店で、色々買えます。大学構内から出たところの疎水添いです。白河疎水道というらしい。白川疎水道を進んで、白川と交差して、銀閣寺の近くから南禅寺にかけての疎水添いの道が「哲学の道」です。哲学の道の終点?手前から岡崎公園の方に下っていくと、動物園や平安神宮があります。初日は、35度近い炎天下を約3時間歩き回った結果、3キロぐらい減量できました。
Jul 3, 2025
コメント(0)
全6件 (6件中 1-6件目)
1


