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神坂俊一郎

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Apr 26, 2023
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カテゴリ: 京都
このブログ、なぜか編集したものが消えてしまったので、2回目です。
割と楽天ブログでこのような事故が多くて、ふつうは復元できるのですが、今回は元からなくなっていました。

さて、これは全くの実話でスタートは4月22日のことです。
大学の同窓会出席のために栃木の那須から車で行ったのですが、前日のうちに京丹波の廃屋の近くまで行って23日に泊まる民宿に顔を出してから箕面の勝尾寺に参拝し、我が家のお墓(とはいってもお骨は全く納骨していませんから、単なる石碑)にもお詣りして、大阪に宿泊しました。
そこで22日の朝に大阪から京都に移動したら、土曜日の早朝だったためか全く渋滞にひっかからず9時に着いてしまったため、岡崎の宿屋に車を預けて散歩に出ました。
私、歩くのは苦になりませんし、京都は歩いたほうが絶対おもしろいと思っていますので、特に行くあてもなく出発したのです。
まず、平安神宮に参拝したのですが、門前でイベントがあるらしく小さなお店がいっぱい出店準備をしていました。
その中を通り抜けて川の流れならぬ疎水の流れに沿って西へ向かうと、割と大きな池に出ました。
疎水の水をためて発電するための池だったそうですが、私66歳の人生の始めの3分の1の22年間は大阪に居て、京都にも子供のころからよく来ていて、大学の4年間は京都に通っていましたから大分いろいろなところを巡っていたはずなのですが、ここにこんなものがあることは初めて知りました。
今回は、そのような初物尽くし満載記事です。
池と発電施設を横目で見ながら通り過ぎると川端通りに出ました。





京都を徘徊していてうっとうしいのは信号で、まあ、安全のためではあるのですが、やたらに信号にひっかかるのです。
で、川端通りを渡ったのは二条で、ついでにそのまま直進して鴨川も渡ると、川床が見えました。
鴨川の川床は、川から大分離れていますし、川に手を突っ込める貴船の川床と違って納涼感は今一つです。


鴨川を渡り切ると、右からハイヤーが続けて出てきたホテルがありました。


それで、ホテルを横目で見ながらそのまま西に進んで河原町通りまで渡ると、寺町通に出たので、今度は南に進みました。
すると、左側に、古臭いと言ったら叱られそうですが、昭和以前の感覚の建築が出現しましたので良く見たら京都市役所でした。
御池通りは車でよく通っていましたから、市役所は初物ではありませんしそのまま南進して御池通りを渡ると、左側に本能寺出現。
こちらは初物でしたので、境内まで入ってお詣りしました。
確か、信長が死んだとされている本能寺はこの場所ではなかったような記憶はあるのですが、とりあえず本能寺初参拝です。



ちょうど本能寺の変で信長と一緒に燃えた彼の愛刀薬研藤四郎を復元したとかで、その刀が展示されていたのですが、わざわざお金を払ってまで復元刀を見ようとは思いませんでしたのでそちらはパスしました。
寺町通に戻って三条まで南進したところで、通りが斜めになって、まっすぐに戻ったところに牛すき焼きで有名な三嶋亭がありました。
寺町通はよく通ったのですが、京極新京極あたりしか記憶になく、名前だけは知っていたものの、三嶋亭は初物でした。
そのままさらに南に、寺町通を姉三六角蛸錦と歌のように進んでみることにしました。
六角通りで妙な三角形の空き地がありましたから見ると、その先に誓願寺があったのですが、 よくよく見ると、私の記憶にはないのですが、このお寺新選組に関係してるとかで顔出し看板があって、修学旅行らしき中学生たちをタクシー運転手が案内して来ていました。
ついでにその後ろについてお詣りしましたが、これも初物。


六角通りで寺町通が二つに分かれて、京極、新京極の商店街になりますから、行ったり来たりしながら南に進んでみました。
蛸薬師通でも、蛸薬師如来永福寺に先刻の中学生団体様がお詣りしていましたから、つられてお詣りしましたが、これも初物でした。



寺町通、三条あたりから外国人観光客が出現し始めたのですが、この後しばらくは、日本人よりも彼らのほうがたくさん居ました。
錦小路で、またも中学生ご一行と錦天満宮に参拝(初物)した後、外国人観光客で大混雑の錦市場を横目に見ながら四条通まで出てみました。



富小路まで西に進んでから錦小路に戻って、黒門市場を真似たのか串焼きをほおばる外国人観光客の間を縫って進んで、錦市場の端まで行って高倉通を下って大丸デパートに寄ってトイレ休憩です。
大丸を出ると、烏丸通を今度は北上し、信号が青になったら渡って西方向にジグザグに進んで三条まで上がって来たら、丁度堀川通でした。
アーケード街から出て見通しが良くなって気づいたのですが、京都市内も結構アップダウンがあることを発見しました。歩かないとわからないと思います。(初物)



堀川通を渡ってみると、三条商店街がありました。
これまた初物でしたが、こんなに立派な商店街があるとは知りませんでした。しかも地元密着型の商店街のようで、外国人観光客はほとんどいなくて日本人買い物客でそこそこ盛況でした。



これまた端まで歩いて行くと、千本通に突き当たりました。
千本通を北上すると、JR二条駅がありました。
二条駅、学生時代に亀岡のお祭りに馬引き役で動員されたときにここから乗車して亀岡まで行きました。
当時は光秀祭という名で、祭りの間中明智光秀は名君だったとのアナウンスが流れていたのですが、その後明智光秀はイメージが悪いとなったらしく亀岡祭に改称され、その後またまた見直されて光秀祭に戻りました。
お祭りに馬が参加するのは京都ではよくあることで、大学馬術部の学生のいい稼ぎになっていたのですが、この光秀祭は異例で、亀岡の乗馬クラブからアルバイトの学生も自ら馬に乗って駅近くのお祭り会場までなんと公道を走らせて行きましたからよく覚えています。
ちなみにその時の私の愛馬?サラブレッドではなくブルトン種のマメタンクという名の馬でした。
マメタンクの名前の通りにブルトンとしては小さ目でしたが、サラブレッドとは全く違う足が太くてごつい感じの馬でした。
そもそも私が二条駅まで送ってもらえて亀岡のお祭りに参加することになったのは、「マメタンク、馬車を引けるぐらい力がありますから、馬扱いになれたあなたにしか任せられないのです。」とのご指名だったので、ありがたくお受けしました。
すると、無難に勤め上げた成果で、なんとその後卒業するまでお祭りでマメタンクを使う時には、私が専属でした。
時代祭にも大阪の天神祭にも、マメタンクとコンビで出演しましたが、平安神宮の禰宜さんを乗せた時代祭で信号が赤になって、私がマメタンクの前に回って当時まで市電が走っていましたから音に驚いて暴走しないようにしっかり抑えている写真が翌朝の京都新聞にでかでかと掲載されていました。

後編に続く。





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Last updated  Apr 26, 2023 10:23:57 PM
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Yoko@ Re:ヤマトタケル異聞8(10/04) 記紀とは違うヤマトタケルを興味深く拝読…
Yoko@ Re:ヤマトタケル異聞1(09/21) ずうずうしくリクエストをしたYokoです。 …
Yoko@ Re:ヤマトタケル?2(04/19) 21日のご返信に気が付かず、ご返信せずに…
神坂俊一郎 @ Re[1]:ヤマトタケル?2(04/19) YOKOさんへ アメーバブログも確認したら全…
神坂俊一郎 @ Re[1]:ヤマトタケル?2(04/19) YOKOさんへ 既に発見されたかも知れません…

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