暖冬傾向で、ゴルフ場の予約が多い!
100万ポイント山分け!1日5回検索で1ポイントもらえる
>>
人気記事ランキング
ブログを作成
楽天市場
070064
HOME
|
DIARY
|
PROFILE
【フォローする】
【ログイン】
ネオリアヤの言葉
好きなのに
「昇がね、啓ちゃんとセックスしてる夢をみてしまった」
私は起き抜けに口にした。
眼覚めのそばでは、私の頭はあまり巧く働かないくせに、
夢のことはしっかり覚えているので、
見た夢をそのまま口にする癖がある。
怖い夢を見たら、泣きながら眼を覚ます。
楽しい夢なら、笑いながら起きる。
おなかがすいて、
前方にあるたくさんの食べ物を追いかけながらひたすら歩く夢を見たあとの私は、
唇の端っこから涎を流している。
洋服ダンスの中に大切な人が押し込められている夢を見たら、
泣きながらタンスの中の洋服をひっくり返したりもする。
私自身は覚えてはいないので、あとになって昇が教えてくれる。
そういう単純な、簡単なふうにできていた。
「?」
先に起きていた昇は、突然起き上がった隣の私を見て黙っている。
昇の視線を意識して初めて、
私は自分の眉間に少し縦皺が入っていることに気づく。
左手でごしごしとこすって皺を延ばし、
私はゆっくりと昇を確かめた。
ちょっと無精髭の生えたあご、その上にある厚みのない唇、
骨ばった高い鼻、朝の陽に眩しそうに細めている眼。
ランニングシャツからベッドのシーツにまっすぐに伸びている、
少し汗ばんだ腕の筋肉。
指が体重を支えるように節を立て、シーツに皺を寄せていた。
「昇がね、啓ちゃんと寝ていたの。私見ちゃった…」
声には何の感情も、まだこもっていない。
半分以上の意識が、まだ眠ったまま。
「…橋本に殺されちゃうな」
昇は、私の頭に左手を乗せて髪をなでながら、ちょっぴり笑った。
「橋本くん? 私じゃないの?」
そこでようやく私の声に色がつく。
啓ちゃんは、私たちの共通の友人で、橋本くんは啓ちゃんの恋人。
四人で一緒に出かけることはないけれど、
たまに偶然街で出会ったりすると、本当に時々、お茶を飲んだりする。
そういうとき、私と啓ちゃんはお喋りに夢中になるけれど、
昇も橋本くんもそれを黙って笑って見ているだけで、
言葉を交わすことは少ない。
「どうして私じゃないの?」
「だって、啓ちゃんの恋人は橋本でしょ」
「私は昇の何なの?」
「大切な人」
「恋人じゃないの?」
「ナナ…」
昇は、少しだけ悲しそうな眼をしてから、私の手をみつめた。
その声は私に云い含めるように優しく、くぐもった感じがした。
「ごめんなさい…そんなつもりじゃないんだけど…」
勝手にそんな夢を見て、勝手に口にしたのは私。
それはわかっている。
そして、私と昇が恋人でも何でもないことは、
二人で決めたこと。
好きだから一緒にいる、それだけのこと。
幸せな気持ちだけを自由に心に抱いたままで。
昇に、こうして朝を迎える女性が何人もいることを私は最初から知っている。
そうと知ったうえで、
それでもそのままの昇を好きだと感じた私がいるから、この関係を始めた。
私に事実を伝え、私を好きだと云ってくれたことに好感さえ抱いた。
それに、ほかの女性たちを私は知らない。
存在は知っていても。
これから先、昇がそういう女性を増やそうと減らそうと、
私には関係のないことだと云える。
けれど、それが友達だったり、知っている人であることとは別だ。
とても辛い。
それを知らされてしまうことは、もっと辛い。
知らないことも苦しい。
私が昇とこうして過ごしていられるためには、
昇の口から、
女性たちの名前や顔を知らされないことが前提だった。
彼女たちの実体から守られていることで、
私は昇から大事にされていると感じることができる。
その存在に脅かされずにこの関係を維持できる。
彼女たちの名前も顔も、できれば正確な人数や存在さえも、
知りたくもない。
けれども、私がその現実から遠ざけられていて、
昇が、私と一緒にいる時間と私を大切にしていてくれれば、
二人の存在以外は、私にとって存在しないに等しい。
今も、本当は
「啓ちゃんとそんなことになるはずないでしょう」
と云って欲しかった。
現実的な人間の登場ではあったけれど、
非現実的なことだと云い切って欲しかった。
それだけで、私は安心して、昇にキスをすることができたのに。
そんな僅かな希望も、
それが仮定であればそれだけで、
昇にとっては何の意味もなくなる。
現実だけが昇にとって意味を持つ。
夢という仮定について、仮定で返答をすることの無意味さも。
たとえ夢でも、仮定であれば、
可能性が否定できないことも。
そのどちらの現実も昇の中には、存在しているのだ。
そして私の単純な頭では考えもつかないようないくつもの現実が。
「ナナ」
昇は、本当に優しい声で、心のこもった言葉で、
私の名を呼んだ。
そして、私の後れ毛にそっと触れながら、
昇は自分で顔を近づけて唇を合わせた。
痛いほど、苦しいほど互いにいろんなことがわかりすぎて、
それでも愛しくて、そうすることしかできなかった。
どうして、好きという想いだけでは満たされないんだろう。
付き合うという約束や、恋人という言葉の関係以上に、
好きだという想いがとても大切なはずなのに。
気持ちは言葉では縛れない。
好きだという想いだけが真実だとわかっている。
それなのにその先に何を求めているんだろう。
好きだと気づいたとき心がときめいて、
その想いが重なっていることを知ってとても幸せになって。
それだけでもう何もいらない、これ以上の幸せがあるだろうかと感じ、
たとえセックスをしなくても、
好きな想いと理解と優しい感情を抱き続けられるのなら、
この先十分に生きていけると心から想ったこと。
初めてキスをしたとき、
立っていられないほどの緊張と嬉しさで、涙が出そうになったこと。
そして、初めて体温が重なり混ざり合って、
腕や躰に触れる躊躇いを取り除けたとき、
感動と慄きと恥ずかしさと歓びで、
言葉のかわりに微笑みしか出てこなかったこと。
どれも確かに感じた、私がこの心と躰とで感じた真実だったのに。
いつから私はこんなに欲張りになってしまったのだろう。
相変わらず昇は私を大切にしてくれる。
私の寂しそうな表情に気づいたり、欲しい言葉をくれたり、
抱きしめてキスをくれる。
でも私が好きになればなるほど、昇の心に影がさしはしないかと不安になる。
私の想いが重たく感じられるのではないかと。
好きになるってことは、そういうことだと、
昇は静かに云う。
だからと云って、昇は自分の想いを言葉にしたりしない。
私の気持ちをどう感じ、
どう昇の気持ちが変化しているのかを云ったりはしない。
僕はナナのことを大切に想ってるから、
自分以上にナナを大切に想う人が現れたら、
その人と幸せになったほうがいいと、云う。
ナナなら、ステキな人が沢山できるよ、と。
私の幸せが、昇と過ごすこと以外にもあることを否定しないどころか、
率先して、先回りして云う。
私には昇といることだけが全てなのに。
いつまでもそうではない、と云いたいのかもしれない。
突き放して可能性だけを考えると、それも真実かもしれない。
けれど、今この時点で、私が昇を好きだと云っている今、
私に向けて発する言葉じゃない。
それはまるで、
昇を好きでいる私の存在を迷惑に感じていると云っているみたい。
昇を束縛することもしないし、
昇が私を束縛することもできない。
でも、私を好きでいるのなら、
昇を好きだという私の想いだけは否定しないで欲しい。
昇を好きになってセックスをするようになってから、
私はほかの男性と抱き合うことができなくなった。
したくなくなった。
ただ一人を除いて。
昇と出会った頃も、
好きだと気づいたころも私には四人ほど関係を持っている男性がいた。
関係への可能性を入れた「時間の問題」の男性を含めると、
実はもっといた。
彼らの誰にも、私は好意以上の感情を持っていたし、
私が逢いたいと云えば、
仕事や付き合いに支障のでない範囲で逢ってくれる人ばかりだった。
それぞれに、別のやり方で私を満たしてくれる人たち。
私にやきもちを焼かせてくれる人、
仕事の話をして私を成長させてくれる人、
何よりも私を第一にして、付き合いもほどほどに私とのセックスを求める人、
朝まで私の横にいてくれる人。
唯一共通しているのは、
仕事において私が尊敬できる人たちだということ。
結婚している人もいれば、未婚の人もいた。
この半年ほどで、私は彼らと逢っても寝られない自分の気持ちに気づいた。
初めのうちは、昇を好きだからだとばかり想っていた。
「ごめんなさい。今日はちょっとできない」
そう云って断ってきた。
その気持ちも当たってはいるのだけど、
ただ一人だけは今までどおり、
逢って食事をしてホテルに行って朝を迎えている。
その人を除くと、
全て、昇の存在だけで私が満たされていることを、
私は最近知った。
全ての様々な感情も仕事も、時間も会話もセックスも。
何人もで補っていたことが、昇一人で十分にこと足りる。
それは私にとって奇跡に近い発見だった。
欲しいことを手に入れるために、私はセックスを利用してきた。
もちろんその行為自体も私にとって重要ではあったけれど、
枯渇するほどに飢えていたわけではない。
それでも、感情や会話、情報のために、見合った相手を選んで、
私はそのとき必要な事柄を必要な分だけ引き出してきた。
そして、
選ぶことによってその人との「関係」も純粋に楽しめることができた。
そうすることで、少しずつ賢くもなり、
セックスを持ち出さなくても
欲しいものを手にできるだけの人脈も会話のやりとりもできるようになっていた。
もともとは、セックスを利用しようと思っていたわけじゃなかった。
本能的に、その時々で自分にとってその人の存在が必要だと感じたから。
それだけのことだった。
その気持ちの表現の延長上にセックスがあっただけ。
もし、あの時に昇と出会っていなかったら、
なんとなく彼らとの関係は続いていたように思う。
虚しさと、満たされる自分の欲望を抱えたままで。
今も続いている人。
その人は、私が一番長く関係を続けている人だった。
結婚している人だとわかっていたので、傷つかないと思っていた。
本気で好きにはならないだろうと思っていた。
でも、実際はその人との関係によって、私はずいぶんと成長した。
期待を持つことと、期待を持ちすぎないこと。
愛することと、愛しすぎないこと。
そういう悲しい理解が私の中にできあがったのも、
この人との出会いがあったから。
そうすれば、ひどく傷つくこともない。
そのかわり、恋愛に求めるハードルが低くなった。
それはある意味、とても大切なことだと今は思う。
好きだという気持ちだけが真実。
それを知ったのだから。
時間の長さに比例するようにして、
一緒に朝を迎える悲しさや空しさを何度も通り過ぎ、
いつしか健やかに穏やかに朝を迎えられるようになり、
その朝のそばに心を許せる人が眠っているということに、
安らぎを覚えるようになっていた。
ちょっとだけ彼よりも先に眼が覚めて、彼の寝息を感じて安心する気持ち。
たとえ彼が私よりも先に起きていて、
煙草を吸ってぼんやりしていたり、
テレビを観ていても、そこに居てくれるだけでいい。
言葉を交わさなくてもいい。
一緒に眼覚められない淋しさはとうに過ぎ、
私はまるで子どものようにして横たわり、
その居心地のよさに身も心も任せられる。
「おはよう」
「おはよう。よく眠ってたね」
私の声に、彼は煙草の白い煙のあいだから笑顔を覗かせる。
「何時ごろ帰る?」
「うーん」
私はシーツに躰を絡ませたまま、腕と足を思い切り伸ばす。
躰中に血液が流れ、少しずつ暖かくなっていく体温。
彼のそんなあっさりした言葉にも、
もう傷ついたりはしない。
それが普通の会話だと知っているから。
二人にとって「ずっと」なんてことはないから、
会うたびに別れがやってくる。
終わりの時間に、ギリギリまで苦しんだことも、
ホテルを出たあとで
まるで赤の他人のように反対方向へ歩き出すときの屈辱感も、
遠い昔のこと。
「一緒にいられるまでいたい」
想いを口にすることも、躊躇わない。
それが駄目ならNOの返事が帰ってくるし、
可能であれば時間が提示されるだけだから。
以前は、時間が提示されることさえ怖かった。
そこで私の全てが一旦停止するような気がしたから。
どんな言葉も、初めのころは鋭利な凶器となって私の心を傷つけた。
いとも簡単に。
「じゃあ十二時ころまでかな」
「うん」
そう云って私は時計をちゃんと確認する。
あとどのくらい一緒にいられるのかを知るために。
その人の躰に触れなくても、私はもう苦しくはない。
ただ一緒にいて、同じ空間にいることだけで十分になった。
抱き合うことも私を満たしてくれるけれど、
そういう欲望から解放された彼との関係では、
ゆったりと過ごすことに幸せがある。
この感覚だけは、昇とのあいだには、今はまだ見出せない。
だから、この人との関係だけは続いている。
昇では補えない感覚。
昇だからこそ補えるはずのない…。
あまりに昇を好きになりすぎて、
もっと知りたくて不安で、
私はうまく眠ることができない。
先に眼を覚ましてしまうと、昇の寝息を訊いては心が苦しくなる。
昇が先に起きていて、
何か私と関係のない眼をしてどこかを眺めているのを見るのも切ない。
昇のいる場所がわからなくて、
どこで声をかけていいのかわからなくなる。
でも、かと云ってその人とのように、
安心して朝を迎えたいとも望まない。
もっと昇に触れていたいし、抱きしめたいし、
抱きしめていて欲しいから。
そういう欲求が満たされず、日増しに強くなる一方だから。
昇がもっと私を求めてくれればいいのに、と思う。
どうしてもっと抱きしめてくれないんだろう。
昇は、初めから勝手にもう朝を普通に迎えていた。
昇にとっては自然なことなんだろうと感じるから、
それはそれでとても幸せになるのだけれど、
やっぱりもっと抱きしめて欲しいのだ。
朝から息がつまるほどに。
たぶん、昇のやり方は、
初めての朝を迎えたときからずっと、
たとえば終わりの朝を迎えるとしてもその日までずっと、
同じなんだろうと思う。
それは優しくて、少しだけ温くて寂しい朝の迎え方。
朝が光に満ちて、
晴れているからなんだか嬉しくて飛び起きてそばにいる人を抱きしめてしまう、
なんてことはきっとないんだろう。
どんなに暖かい朝も、寒くて凍えそうな朝も、今日も明日も、
何年先もずっとずっと、
朝はただ静かで穏やかな朝のまま、昇の心を行き過ぎる。
初めのうちだけ情熱に任せて抱きしめても、
それがいつしかただの習慣になり、
情熱が去ってこうして穏やかな朝になり、
そしていつか共に眠ることさえなくなるような関係であれば、
今のこのほうが永い眼でみると、変わらないという幸せなのかもしれない。
昇がこれまでの愛を通して見つけ出した方法を、私は否定しない。
私の知らないいくつもの朝のなかで、
今の私と同じように苦しんだ朝もきっとあったに違いない。
幾度となく繰り返され続けた情熱と苦しみによって、
昇は、恋や愛に没頭したり、朝や生活に執着しなくなったのだろうと感じる。
「ねえ昇」
「?」
「今までどんなふうに女の人のことを好きになってきたの」
昇の表情は、ベッドの背がついている側とは反対にある、
象牙色をした壁を見つめていた。
煙草の柔らかい煙と匂いが、壁に覆いかぶさるように見える。
「…いろいろだよ」
ちょっと考えるようにしたあとで、灰皿に煙草を押し付ける。
右手で前髪をかき上げながら、私のほうを眺めて微笑む。
「いろいろだよ」の言葉に、私の心が幸せになる。
この人は、大事なところで嘘はつかないと感じられるから。
誤魔化したりせずに、きちんと自分のことや人のことを伝えてくれる。
もしその言葉自体の真実が私を傷つけたとしても、
嘘は云わないという確信がある。
そのほうが私は余計に想像して苦しむこともなく、
昇の言葉だけを見つめていればいい。
私だけが特別だと云ってもらうことも嬉しいけれど、
私のことも他の人――これまで好きになってきた恋人――のことも、
きちんと選別された丁寧な言葉で同じように表現するほうが、
とても正直な気がする。
「いろいろって? じゃあ…どんな人たちだったの?」
私は躰を起こして、昇と並ぶように背をもたせかけると、
視線を同じにしようと、少しだけ背伸びをする。
でも失敗する。
あきらめてから、昇の端正な横顔を見上げた。
「…そうだね…自分の好きな仕事を楽しそうにしてる人が多かったように思うよ」
「みんなステキな人たちだった?」
「…ん…魅力的ではあったよ。…その分、欲しいものや手にしたい物に対しても、同じように情熱的だったけど」
「それって褒めてるの?」
私は微笑みほどの優しさを込めながら訊いた。
「そうだね…生きてくうえでは必要なことだけど…俺は、ほら、こういう性格だから…ああしてこうしてって云われても、なかなかね」
昇は眼を細めて、記憶を辿るような顔をする。
大切に、そして少し自嘲気味に笑うと、
「女性の強さって、男の強さとはちょっと違うからなあ…」と寂しそうな残念そうな表情をした。切ない表情なのかもしれなかった。
「でも、昇も相手の全てを独占したくなるような恋愛をしたことあるでしょう?」
「…まあ、ありますけどね」
今度は困ったような、懐かしむような顔をする。
ころころと、感情を隠さない昇の表情の変化は、昇が今、
記憶のどのあたりをどんなふうに、どんなシーンで、
どんな相手を想い出しているのかをはっきりと私にわからせる。
その人たちの名前や、はっきりとした人数や時期を訊いたことはないけれど、
たぶん、今、昇の心に浮かんでいる女性は、
いつだったか話してくれたとても綺麗で、
壊れそうなほどに芯が細かった人のことなんだろうと察しがついた。
長い沈黙ができる。
昇の吸いかけの煙草が灰皿の上で、白くて細い煙をくゆらせていた。
その消えかかる部分を見つめながら私の意識が再びぼやけていく。
「これ、吸ってみてもいい?」
私は煙草と昇を順番にゆっくり眺めて訊く。
「いいけど…初めて吸うなら結構強いよ」
「うん」
煙草を左手で持ち、ちょっと眺めてから唇に運んだ。
煙草を唇にあてるのは、これで数回目。
でも吸うのは二度目のこと。
私はフィルターの中央に染みている茶色を、一度唇から話して見つめる。
そしてまた唇に当ててから、吸うのではなく、
舌の先でそのフィルターに触れてみた。
細かい凹凸が私の舌にあたって、
それからぴりぴりと痺れるような感覚が残った。
少しだけ、昇で満たされる私の舌。
私の躰の一部。
細めた昇の眼が、私の行為と反応を見つめている。
沈黙が和らいで、昇の眼が
「どう?」と私に訊いていた。
少しだけおかしそうに、優しく微笑む口元。
その唇と眼に魔法の力があると云われても、私はきっと信じるだろうと思う。
私は少し湿った煙草を灰皿に押し付けて火を消した。
見つめられると、
そこに誘惑の色がなくても私は引き寄せられてしまう。
細くて決して切れることのない、でも眼には見えないピアノ線のような紐で、
まっすぐに昇へと手繰り寄せられていく。
心とか生き方とか、そんな小難しい精神論ではなくて、
ただその眼に見つめられて、そこに唇があるだけで、
私にとっての昇は存在している意味がある。
私から視線を外して、カーテンの向こう側にある世界を見つめている昇。
私の言葉は、私の疑問は、
昇にどんな想いを呼び起こしたんだろう。
記憶を辿らせることができただろうか。
それとも何の波紋も起こさなかったんだろうか。
昇は今どのあたりにいるんだろう。
夜中に呼び出されて駆けつけたのに、
「何しに来たのよ」と追い返されたときのことだろうか。
それとも出逢った瞬間の恋の衝撃だろうか。
眠ることすらできないほどに愛しくて仕方のなかった夜?
振り回されて疲れきってしまいそうな自分の心?
昇を人込みの中で見つけて、
まるで迷子だった子供のように走り寄ってきた彼女の柔らかい躰のスピード?
それとも、もうその先には何も見えなくなってしまった二人が出した、
別れのときの温もりだろうか。
「もうずっと、そうはなってないの?」
「そうは、って?」
「苦しいくらい好きになること」
「…大恋愛みたいのは、もう何年もしてないかな」
もう十分だと云うように軽く笑ってから、昇はまた煙草に火を点けた。
「でも…これから先、苦しくなるような出逢いをしないとも限らないでしょう?」
「…可能性はなくはないけど…」
昇の苦笑いと、
その中に混じる真面目な気持ちが訊こえて初めて、
私はなんていう質問をしたんだろうと驚いた。
まるで、新聞記者やインタビュアーのように、
冷静な質問を昇に浴びせている。
あるのは、興味と関心だけのような。
けれど、私は昇の答えにやっぱり傷つきはしない。
予想の先にある諦めには似ていても、それは傷心ではない。
先のことは、二人にはわからないから。
「けどね…最初に激しく求めてしまうと、それはやっぱり継続はしないんだと思うよ。時間の長さは千差万別だけどね…何がそんなにも狂おしかったのかわからなくなるほど、気持ちが醒めることもあるし。反対に憎しみに代わることだってあるから…」
その声は穏やかで、いつもと変わらない優しい響きさえ湛えていた。
そこにはただ、経験に裏打ちされた、
冷静な分析と彼なりの哲学があるだけで。
「好きな想いや尊敬できる気持ちをずっと持ってられるほうが、いいと俺は思うんだ」
「わかるけど、それってちょっとズルいよね」
私は重たくならないように、軽く笑って云った。
「そうだね…俺は悪い男なんだよ」
「そういうの、自分で云う人に限って大したことないし」
「それもよく云われる」
初めて本当に笑う二人。
「ナナはさ、情熱的な部分もあって、仕事も自分で選んだことをどんどんやってるけど。俺はナナといると楽なんだよね」
「何それ」
なんだかあまり嬉しくない褒められ方だなあと私は感じて、変な、
納得のいかない表情になる。
「もちろん、ナナのこと俺は女性としても好きだし、とても魅力的なんだけど、優しいっていうか。…女性特有の強引さというか、強さを表に出さないし、あんまりそういうこと求めないでしょう」
ちょっと気を使って、昇は言葉を選び、隣の私を見て微笑んだ。
その瞳の色はとても綺麗だった。
「んー…まあ…求められても困るけど。…でも最初からそうだったわけじゃなくて…だんだんとそうなってきたんだけど」
「いい恋愛をしてきたんだね」
そして、
「俺が今まで出逢ってきたなかで、ナナは、一番素敵な女性だと思うよ」
と付け足す。
面映い感じがするのと同時に、心のどこかでは複雑な想いもある。
勝手な解釈だなと思いつつ、昇にそう云われると悪い気はしない。
「じゃあ私の何が情熱的だと思うの?」
「…真冬の夜中に逢いたいって電話してきて、外で俺を待ってるとか」
あの晩の光景と、私の心情が思い出されて、
私はちょっと照れる。
複雑すぎた私のあの頃、純粋に昇に逢いたいだけで呼び出したのではなかった。
それを昇は知らないだろうし、
もしかすると知っていたのかもしれない。
けれど、私の突然の電話要求に、
「十分くらい待っててくれる」
と、厭な困った声も出さずに答えた。
まだ告白には遠いころの出来事で、当然驚いたはずなのに、昇は、
「これまた寒いね~」
とジャンパーのポケットに両手を突っ込んだだけで、
マンションの近くの公園に来てくれた。
砂糖とミルク入りの、メーカーの違うホット缶コーヒーを二つ、
ポケットから出して、どちらがいいかと訊ねもせずに、
左手の中でジンジンしている缶を渡してくれた。
「駄目だ。寒い。車に乗ろう。ドライブにしよう」
昇はそう云って、どうかしたのとも訊かずに、
自分の提案に賛成してくれるかどうかだけを、私の眼に訊ねた。
ラジオから流れてくるFMの音楽だけが、
静かに聴こえていた狭い車のなか。
呼び出したはいいけれど、何も話せるようなことがなかったことに、
私はようやく気づいた。
でも、世間話ができるほど心は強くなくて、
ただ黙って助手席に坐っているだけ。
「ごめんなさい…これと云って話があったわけじゃないんだけど…」
私はそれだけ云って、
進行方向にまっすぐ伸びる車道と車道沿いに流れる冬の川を見つめていた。
「相談じゃなくて、お願いがあるんだ。…逢いたいの、今」
自分の少し前の言葉を思い返しながら、
私は助手席で身勝手にぼんやりとしていた。
車内の空気が少しずつ温まっていく。
昇は、シートに深く躰を沈めたまま、ハンドルを緩やかに切っている。
「…言葉だけじゃないから」
たったひと言。
昇が、私の何を想像し、
そして自分で何を感じて何を思い出しながらそんなことを云ったのか、
私にはわからなかったし、訊く余裕もなかった。
けれど、とても心が柔らかくなるのを感じた。
そのとき初めて、この人だと想った。
今日逢ってよかったと。
もっと一緒にいたかった人と、終バスの間際に別れて、
やっぱりこの関係をもう終わりにしようと想って一人歩き出した帰り道、
ふと昇を思い出した。
半分は試して電話をした。
逢いたいと云ったら、この人は逢ってくれるだろうか。
ドライブの途中で、私たちはファミレスに入り、
薄い薄いアメリカンコーヒーを飲みながら、
いろいろな話をした。
互いの恋愛の話や、夢のこと。
今の生活のこと。
何杯もコーヒーをおかわりしながら。
少しずつ、崩れかけていた私の心が修正されていった時間。
そして、その晩を境にして、昇とは時々会うようになった。
それまでは、
互いに共通の友達から誘われてたまたまみんなで一緒に過ごすくらいだったのに。
「俺さ、セックスを含めた関係の女性(ひと)が、実は何人かいるんだ…」
昇の告白を訊いたとき、私は正直なところ、
あまり驚かなかった。
昇ほどの容貌と、自分に正直な生き方をしている男性を、
女性が放っておくはずがない。
昇も、女性が好きだということを私は知っていたから、
とても自然なことのように感じた。
私に数人の男性の存在があったことも、
理解の範囲を超えることがなかった理由のひとつだったろうけれど。
きっと、昇の言葉に、私の表情はちっとも揺らいだり、
怪訝になったりしなかったろうし、
不快な印象は浮かばなかったはず。
「へえそうなんだ」
くらいの、なんてことない明るい顔だったろうと思う。
ただ、どちらもまだ好きだとさえ言葉にしていないときのことだった。
私はいつ云おうかとタイミングをみてはいたけれど。
だから、昇から先にそんな発言をされたことに、私はちょっと嬉しかった。
「ひとつ訊いてもいい?」
「どうぞ」
丁寧に、まじめに昇は返事をした。
「そういうの、虚しいと感じたりはしないの?」
私は、昇自身の心を推し量るより、
自分のその頃の辛さや疑問、倦怠感や苦しさを重ね合わせていた。
昇に、というより自分に対しての質問に近かった。
「…」
昇は優しく笑って、少し困った眼をした。
「…そういう感覚は、もうずいぶん前に過ぎてしまったかな…」
初めて私は、
昇の悲しそうな響きを確認した。
何かをあきらめたような、
それでも自分が人を好きになってしまう性懲りのなさに半ば呆れたような感さえ漂う響き。
でもそんな自分を大事にして生きている様子がよくわかった。
そして、私は昇のことを、
きっとずっと好きなままでいられるような気がした。
私と似ている。
あきらめることと、捨てきれない煩悩。
苦しいことを避けるための、そして好きな想いを維持するための、
自然な生活の送り方。
相手に自由を許し、
そしてまた自分にも自由を与えようとする
――そうあることを相手にも求めるというより、同じ価値観を持っている人を本能的に探している――
ことも、似ている。
好きだから抱き合い、
逢いたいから逢う。
互いに存在することだけに感謝すらし、
それ以上の、今ここにあること以上を望みはせず。
私や昇のような感覚の人間にとって、
恋愛においても互いの自由を尊重するということはとても大切なことなのだけれど、
他の人にすれば、それは執着しないこと、
つまり本当に愛されているのかが不安になる大きな要因になってしまう。
強く求めさえしなければ、傷つくことはない。
平安な心を維持して、穏やかに相手と自分の距離を知り、
優しい微笑みでどんなときも抱きしめることができる。
そして許すことができる。
結局は、経験を通して私が感じてきたのと同じことなのかもしれない。
昇だけに想いを強要することはできない。
ただ、私は昇と出逢って、
好きになるという感情の原点を取り戻すことができた。
だから、昇のすべてを知りたくて、知りたくなくて、
全てを受け入れながらも満足できない。
殊、昇と迎える朝に限って。
いつのまにか。
一見、穏やかな朝のようで、
私の心のなかは激しくささくれ立ち、
見てくれの穏やかさを受け入れまいとして、
別の人との朝のなかでその安らぎを享受している。
そうすれば、昇と過ごす朝に、
何らかの変化をもたらすことができるような気がして。
昇がいるから、
私はあの人の存在によって補われる時間が必要なのか。
それともその反対なのか。
考えれば考えるほどわからなくなってくる。
そうして自分の感覚を昇に置き換えてみると、
昇は私に対して何を求めているのだろう。
何も求めないから、こんなふうに過ごせるんだろうか。
私と昇とでは似てはいても別々の人間なのだから、
そのまま置き換えること自体、意味がないのだけれど。
私で何かを補おうとしないから、私を好きでいられるのだろうし、
ほかの女性の存在も変わらずそのままなのだろう。
あくまで好きだから一緒に過ごす、という最初の気持ちにだけ、
正直に生きているから…?
「コーヒー飲みにいこうか」
昇の声がする。
私は体育坐りをしていた膝から、両手を離し、
眼で昇の姿を追う。
ジーンズを履くために立ち上がった伸長が、やけに遠く感じる。
こんなに好きな人と、一緒に朝を迎えていることに、幸せを感じる。
恋をするととても忙しい。
幸せになったり、不幸になったり、嬉しかったり苦しかったり。
「うん」
私は頷いて下着を身につけると、洗面所に行って顔を洗った。
鏡のなかにいる表情は、ぼんやりと、
でも少し幸せそうな眼をしている。
「準備できたよ」
玄関で靴をはいて待っていた昇が、優しく笑って、私の靴を揃えてくれる。
「ありがとう」
「ナナ」
「?」
そっと、柔らかく唇を重ねてくれる。
私は、ちょっとだけ早いタイミングで眼をあける。
顔が離れる瞬間の、眼を閉じたままの昇の顔があって、私はまた幸せになる。
「好き」
「俺も。好きだよ」
昇は、この朝一番の優しい眼をしてつぶやく。
これでいいような気もする。
この瞬間だけが私の知る限り、最も幸せな瞬間。
好きだけど。
好きなのに。
だから、好き。
ジャンル別一覧
出産・子育て
ファッション
美容・コスメ
健康・ダイエット
生活・インテリア
料理・食べ物
ドリンク・お酒
ペット
趣味・ゲーム
映画・TV
音楽
読書・コミック
旅行・海外情報
園芸
スポーツ
アウトドア・釣り
車・バイク
パソコン・家電
そのほか
すべてのジャンル
人気のクチコミテーマ
気になる売れ筋レディースファッショ…
体型カバー 着痩せ
(2026-05-04 11:26:11)
着物がダイスキ♪
春らしい木綿着物と木綿帯
(2026-03-27 21:18:16)
雑誌・本の豪華付録
いちご新聞 輝け!サンリオキャラクタ…
(2026-05-04 12:00:05)
© Rakuten Group, Inc.
X
共有
Facebook
Twitter
Google +
LinkedIn
Email
Mobilize
your Site
スマートフォン版を閲覧
|
PC版を閲覧
人気ブログランキングへ
無料自動相互リンク
にほんブログ村 女磨き
LOHAS風なアイテム・グッズ
みんなが注目のトレンド情報とは・・・?
So-netトレンドブログ
Livedoor Blog a
Livedoor Blog b
Livedoor Blog c
楽天ブログ
JUGEMブログ
Excitブログ
Seesaaブログ
Seesaaブログ
Googleブログ
なにこれオシャレ?トレンドアイテム情報
みんなの通販市場
無料のオファーでコツコツ稼ぐ方法
無料オファーのアフィリエイトで稼げるASP
ホーム
Hsc
人気ブログランキングへ
その他
Share by: