MoMo太郎日記

MoMo太郎日記

Aug 23, 2025
XML
カテゴリ: 下町
平井の町の中を歩いていくと、街灯の上に弁天通り商店会という看板が。

弁天通りの名前に惹かれてこの通りを歩いて行くと、安養寺(→→→​ こちら ​)と書かれた門柱を発見。

なんか読みにくい案内板がありました。ざっと読んでみると、

平井の地に弁財天をまつるようにとのお告げがあったので、明治十七八年頃お堂が建てられた。 終戦後からこの弁財天に息災を祈願して、大般若経六百巻の転読があり、多数の壇信徒が集まって節分護摩豆まき会が行なわれている。山門は安永七年円覚上人の代の建築である。
とありました。
ということは、ここに弁天堂があるということなんですね。

さらに、富士塚というのもあるようで、
明治17年(1884)頃、境内の弁天池を拡張したときに、残土を盛り上げて築いたと伝えます。お椀形の小丘で、主として丸石で覆われていますが、部分的にボク石(溶岩石)も使われています。昭和40年代前半ごろまで「七浅間参り」のコースに入っていましたが、現在は講もなく、塚の一部を改造して、石がんとし、弘法大師の石像を納めています。また頂上の石祠(浅間神社)には、「□□十三庚寅六月吉日 氏子中」と刻まれています。

とありました。

これが弁天堂です。



参道があってお寺の境内に続いています。

参道沿いに小さなお堂が3棟並んでいました。
石碑には、
「南葛八十八ヶ所霊場発起人 八十一番、七十四番、八十二番 霊場」と刻まれていました。
南葛八十八ヶ所霊場(→→→ こちら )は、大正時代に旧南葛飾郡内を対象として整備された霊場だそうですが、まとめ三ヶ所あるとは、なかなか便利ですね。

山門を抜けると、富士塚がありました。チェーンで封鎖されていたので、ちょっと登るのはためらわれて、富士山登頂は諦めました。

富士塚の入口にあった石碑には、
「禮拝記念 羽黒山 月山 湯殿山 四国八十八ヶ所 西国三十三ヶ所、秩父三十三ヶ所 坂東三十三ヶ所」と刻まれていました。
日本全国、これだけお参りの旅をして、なおかつ石碑を奉納したとは、凄い人がいるもんですね。

こちらが、安養寺の本堂です。一段高く作られているのは、やはり洪水対策なんでしょうかね。


【つづく】


人気ブログランキング

平井の町を歩く(その10) 安養寺





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  Aug 23, 2025 05:23:34 AM
コメント(26) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

Calendar

Profile

MoMo太郎009

MoMo太郎009

Keyword Search

▼キーワード検索

Favorite Blog

岬麻呂旅便り349・甲… New! けん家持さん

中国のミサイルが日… New! 歩世亜さん

イチョウの黄葉 葉… New! ヤスフロンティアさん

購入したビオラは大… New! dekotan1さん

黄砂も無く、吾妻山… New! marnon1104さん

今日の散歩 New! やすじ2004さん

源氏物語〔34帖 若菜… New! USM1さん

ハーバーライトメモリーズ(河合… New! ごま塩5151さん

Saltyfish、目標達成 New! Saltyfishさん

人生日録・交際 大… New! 風鈴文楽さん

Comments

USM1 @ Re:山手線100周年 高輪ゲートウェイ→渋谷(その11) 品川区の目黒駅(11/29) New! こんばんは(USM) 源氏物語〔34帖 若菜 …
marnon1104 @ Re:山手線100周年 高輪ゲートウェイ→渋谷(その11) 品川区の目黒駅(11/29) New! 目黒には歴史ある立派なカソリック教会が…

© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: