たんぽぽの小道

たんぽぽの小道

三日月の晩に…

□■
■□
□■
■□
 あすかは三日月がとても好きでした。
 まんまるのお月さまも好きなのですが、細長いお月さまはもっと好きなのでした。なぜか心ひかれるのです。あの美しい姿に…。

 家の回りの草むらでは、夜ごと虫たちの演奏会がひらかれていました。でも、その音は日に日に小さくなっていき、深まりゆく秋を感じます。
 「お月さま、まんまるのお月さまも大好きだけど、三日月のお月さまはもっと大好きなの。三日月のお月さまが見たいの」
 あすかは月にお願いします。三日月を見るとなぜだかとても切ないような懐かしいような不思議な気持ちになるのです。「なぜだろう?」
 もう少しで思い出せそうな気がするのですが、あと少しのところで眠りについてしまうのです。
 「お月さま、お願い! 私が今よりもずっとちいさい時何があったの? 知りたいの。あの懐かしいような切ない、それでいてあったかい気持ちはなあに? ママに一度聞いたことがあるの。そしたらママ、びっくりしてた。もう少し大きくなったら教えてあげるわって言った。でもあさってはお誕生日。もう10歳になるのよ。明日ね! 約束よ」
 まんまるのお月さまはにこにこと微笑んでいます。

 お月さまにお願いした次の日、あすかは準備をはじめました。今日は、あの不思議な気持ちの正体を知るため、夜は起きていなければなりません。あすかにできること、それはたっぷりとお昼寝をすることでした。
 いつものあすかだったら、学校から帰ると、すぐ裏にある雑木林へ行ってどんぐりを拾ったり、色づき始めた木々の葉っぱを集めてみたり、時には木に登ったり、それは忙しく遊んでいました。
 でも、今日は違います。あすかはカーテンを閉め、眠りにつくのでした。

 ジリリ…
 目覚ましの音です。あすかは飛び起きました。時計を見ると夜の8時でした。
 あすかはそーっとカーテンをあけ、空を見上げました。満天の星が輝くなか、三日月のお月さまがぽっかり浮かんでいるのが見えます。
 「ありがとう。お月さま! こんばんは! 三日月さん」
 「ねぇ、三日月さん。あの不思議な気持ち、いったいなんなの? 教えてちょうだい。お願い、三日月さん。お願い」
 あすかは夢中です。祈るように三日月に話しかけました。
 その時です。手を合わせて祈るあすかの体がだんだんと小さく小さくなっていくのです。小さく小さく…。

 豆粒ほどのあすかがそこにいました。あすかは小人になったのでした。
 小さな声の主たちは、何ごともなかったかのように、か細い声で鳴いています。草木が時折り吹く風にゆられて、サワッサワッと音を立てています。お月さまは、そんな草木を照らし出しました。雲のないきれいな月明かりの夜がそこにありました。
 小人になったあすかは、不思議な光景を窓の外から見ていました。
 そこはある若い夫婦の家でした。
 あすかは女の人の方を見ました。それはまぎれもなくママでした。若い時のママでした。
 男の人の方を見ました。それはパパでした。一度も会ったことがなく、写真でしか見たことのないパパでした。
 あすかのパパは、あすかがまだママのおなかの中にいた時に、事故で死んでしまったのです。ママは、よくあすかを抱きしめながらパパの話をしてくれました。パパの話をしている時のママはとてもきれいで、しあわせそうでした。
 まだ若いパパとママの生活は、けして裕福な感じはうけませんが、ほほえみが互いに交差する暖かな家庭であることは、そばで見ているあすかにも十分わかりました。
 ふと気がつくと、涙を流しているママの姿がそこにありました。
 「私はこれからどうしたらいいの? あなたがいなくなって、おなかの中にいるあすかと二人でどうやって…。一人で育てるなんて…、無理よ」ママは泣いています。
 あすかは、悲しくなって、「ママ、ママ」と叫びますが、ママには聞こえないようです。
 どれくらいの時間がたったでしょうか?
 ママはスッと立ち上がると、弱々しい足どりでベランダの方へ歩き出しました。
 外は暗くなっていました。星がきれいな夜でした。見上げると、その先に細長いお月さまがスッと浮かんでいるのが見えました。
 三日月、パパがとても好きだった三日月がそこにありました。
 「私たち、お月さまが大好きだったよね。いつも時間があれば一緒に見てたよね。私はまんまるいお月さまが好きで、あなたは細長いお月さまが好きだった。理由なんてなかったね。ただお月さまを見てるだけでしあわせで、じっとみてると吸い込まれそうだねって言って…」
 ママはパパとの思い出がいっぱいある、三日月を見つめました。目を閉じると浮かぶのは、大好きなパパの優しい笑顔です。ベランダのいすに座りながら、うとうとと眠りについてしまうのでした。あすかもなんだか眠くなってしまい、ママの隣にもぐりこんでスースーと寝息をたてていました。
 そんな二人を月の光は優しく照らしていたのですが、やがて、ママはスーと月に吸い込まれていきました。もちろん小人のあすかも一緒に。

 気がつくとママは月にいました。目の前には笑顔のパパがいました。パパは、ママをみつめてほほ笑んでいました。「大丈夫だよ。いつまでも見守っているよ」って、言ってるような笑顔。ママもほほ笑み返しました。そこにはことばはありませんでした。そんな二人を、小人のあすかもほほ笑みながら見つめていました。あすかにはパパの心の声が聞こえてくるような感じがします。もちろん、ママの心の声もです。あすかは思いました。ほほ笑みって、なんて素晴らしいんだろう。ことばをかわさなくても笑顔で伝わるなんて…。ほほ笑み、ほほ笑み、心の中でくり返すと、あすかはなんだかうれしくなりました。
 その時です。パパはあすかがいるママのおなかをいとおしそうにさすりました。
 様子を見ていた小人のあすかの頭の上に、あの懐かしいような、切ないような、不思議な感じがおりてきて、あすかを包み込んでいきました。
 「あっ、これよ。この感じだわ。あの不思議な感じはパパ。パパの手の感触だったんだ」
 あすかが三日月をみるたびに感じていた、あの不思議の正体はパパの手のひらの感触、そうぬくもりだったのです。
 小人のあすかはパパとママをもう一度見つめました。心で会話をしているようでした。すると、二人はほほ笑みながら、光の粒となって、あすかの前から消えてしまいました。静かな闇がそこにあるだけでした。

 気がつくと、あすかはいつもの様にベッドで横になっていました。スタンドの灯りは消され、毛布がかけてありました。
 今のはなんだったんだろう? 全部、夢? あすかは窓をあけて、夜空を見上げてみました。お月さまの姿はなく、肌寒い風がスーッと吹いているだけでした。
 「なーんだ、夢だったのかなぁ」
 あれっ? 枕元にきらきら光っているものが置いてあります。三日月のペンダントです。これはなあに? どうしてここに? あすかは考えてみましたがさっぱりわかりません。しまいにはペンダントをにぎったまま、眠ってしまいました。

 次の日の朝が来ました。
 ママが叫びます。「あすかー、時間よ。学校遅れるわよ」 あすかがトントントンと階段を駆け下りると、ママは待ってましたとばかり言いました。
「あすか、お誕生日おめでとう」 あすかは今日10才になったのでした。
 あすかはだまってペンダントを見せました。
「あっ、見つけてくれたの? プレゼントよ、お誕生日の。パパとママ、お月さまが大好きだったのよ」
 あすかは「知ってるわ、ママ」と心の中でとささやきました。
「結婚したばかりの頃、まんまるいお月さまと三日月のお月さまのペンダントをおそろいで買ったの。ママはまんまるいお月さまのペンダントをもらったの」
 そう言って、首にかけていたペンダントをあすかに見せました。
「三日月のお月さまのペンダント、あすかがもってた方が、パパ、喜ぶと思うわ。どう?気に入った?」
「うん、とってもきれい。大事にするね。ありがとう、ママ」
 あすかとママはほほ笑み合いました。
 あすかは自分の部屋に戻り、机の引出しの中にそっとしまいこみました。そこにはあすかの宝物がいっぱいありました。林でひろったドングリや赤や黄色にきれいに色づいた木の葉、鳥が落としていった白い羽根。宝物がまたひとつ増えました。パパがしていた不思議なペンダント。あすかの宝物。
 あすかは机の引き出しをそっとしめました。その瞬間、ペンダントがきらっと小さく光ったように見えました。




© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: