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こぼれ話 3


※内容は、私がワーキングホリデイをした2001年1月~2002年1月の話です


こぼれ話 3


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私が体験した、面白おかしい!?辛い!?大変な!?出来事などを教えましょう 
 これから長期で海外へ行く人、場合によっては、これらに気をつけて!
過去に行ってた人、共感するかな?
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私的には、こぼれ話はとても気に入ってます。ネタも以外にあり、思い出しながら書いているうちに3まで突入!




□■ 100ドルデ オタノシミ ■□

 シドニーで初めにしたバイト先では、1週間分の給料をを週一で貰っていた。海外で初めてやったバイトだし、このまま飲み代や食べるお金に消えるのは忍びないので、毎週20ドルずつだけ取って置いた。

 そのバイトも1ヶ月ほどで終わったので、結局貯まったのは$100だった。さて何に使おうか…。

 Ausに来てからそれまで、買い物は余りしていなかった(もっぱら眺めるだけ)。もともと私は、考えて・考えて・考えてから買う人だけど…(衝動買いは、まずめったにない)。せっかく貯まった100ドルだから、それで買えるものを買うことにした。

 今からもう10年程前、海外通販に凝っていたころ、1万~1万5千円以内で、どれだけ欲しいものが買えるかという感覚で買い物をしていた。量も重視する私。100ドルももちろんそのように使う。一個じゃ終わらないわよ~。

 そして私が買ったものは…スポーツガールでSaleだったマフラー・Aus札用なのでコンパクトなサイフ・黒の靴(合皮)・秋用コート(4月に買ったので)・カーディガンの以上5点である。選ぶのも楽しかった事!なににしようかな、これにしようかなぁと、自分で稼いだバイト料で、楽しみながら5点をGetしました。

 買った物は、現地でもちろんお役立ち。そして日本でもまだまだ愛用中。特に靴!安かった割にはどこも傷むことなく、かかとも余り減らない。当り靴だったようだ!

 余談だが、当時財布は買って1ヶ月程で盗まれた。お金や新品のテレカなども悔しいが、買って間もない財布も悔しかった。ので、同じ財布をまた買った。その時はSaleをしていて半額で買えた。その財布、Ausの札のサイズなので、日本の札サイズには合わず、これだけは日本に帰国後は使っていない…。でも今でも好きな大きさ・デザインです!

□■ セイザヲシナイセイカツ ■□

 私は日本で働いている時、正座やお姉さん座りをする事が多く、家でもそうだった。その為か、くるぶしの所が黒ずんでいるのが普通だった。そしてそれが発展して、くるぶしの一部が硬い皮膚になってカチカチしていた。なんともおばちゃんくさい。夏に素足にサンダルを履くと目立つ感じがした。

 でもそれってもうどうしようもないもんだと思っていた。

 でも日本を出た私。正座をしない生活。どうなるんだろう…?って思ってた。

 そしてオーストラリアでの生活が始まった私。もちろん正座なんてしない毎日。どうなったと思う??結果…1週間で見事にきれいに消えました。本当の話です。あんな頑固なカチカチした皮膚が、あの黒ずんだくるぶしが、見事にきれいになりました。かなり驚き!!嘘みたいな本当の話。

 そして1年後、日本に戻った私。どうなったと思う?結果…1週間で見事にまた元に戻りました。くるぶしの黒ずみが…。うううっ。やはり日本で生活する限り、これはついてまわるようです。

□■ エエッ? ■□

 それは私がシドニーから北上しながらラウンドをしていたブリスベンでの事。それまでどういう訳か、一緒にラウンドしてしまったTさん(なかなかの変わり者!)とバイバイし、開放感と一人の時間にホッとしていた日だった。

 バスに乗ってマウントクーサへ行き、良い天気に良い景色を堪能していた。一人になって楽になったのはあったが、写真を撮る時に不都合だなぁなどと頭をよぎったその時、話し掛けてきた韓国人の男の子がいた。

 ちょうどいいとばかりにシャッターを押してもらい、相手も一人だったのでシャッターを押してあげた。私はシドニーから来た話と、彼はケアンズから来た話などをした。Ausにいつ来たとか、シドニーやケアンズはこんなとこだ、あんなとこだと、いろいろ話をした。

 もちろん英語で話した。私のつたない英語でも、一応話は通じる。私もさすがにその時は滞在歴8ヶ月目だったし。でも知り合い以外とこんなに話をするのは久しぶりだった。ラウンド始まってからTさん(日本人)とは日本語だったし。

 そんな感じで会話していた所に、突然「日本語で話しても良いですか?」と相手に言われた。「へっ?」まさか!まさかのまさかちゃんである。予想外だ。最初から言ってよって感じ。なんだか英語で一生懸命話していた私が馬鹿みたいだった(そんなことないって?)。

 ってことで、その後は日本語で会話しました(笑)。その日夕方まで一緒に観光しました。


□■ イイセンタク!? ■□

バイトの話を他の項目でも書いているが、私は2度目のバイトを一日でやめている人である。責任感がない訳じゃない。手軽に辞めた訳じゃない。これでも悩んで考えて辞めたのだ。

 1度目のバイトの後、イースターホリデーをやアンザックデイなどのお休みが重なり、スムーズに次のバイトが見つからなかった。それに加え、3泊4日のメルボルン旅行に出かけたため、色々忙しかった。でも、もういいかげん次の何かのバイトにつこうと思い、選んだのがラーメン屋だった。ラーメン屋とは言え、おしゃれな感じのラーメン屋なんだよ。食べに行ったことはなかったけど。

 面接を経て、めでたくあっさり採用になったラーメン屋。そこのラーメン屋さんは、黒尽くめの服を着なくちゃいけない所で、黒い服を持っていない私はバイトが始まるまでにそろえる必要があった。これって結構面倒。お金かかるじゃん!!唯一黒いローファー靴は持っていたけど(しかも、前に月に買ったばかり)、上も下も、とりあえず着まわせるように購入。日曜には、マーケット(フリマ)でも物色。今まで黒い服は余り着なかったけど、私が黒い服に目覚めたのは、このバイト以降である(今は好んで黒を着るまでに…)。

 そしてそのバイトなんだけど…店長は良い人で厨房の人も良い人なんだけど、私が四六時中顔を合わせる同じウェイトレス(この店で長く働く女の子)がガンだった…。私的には、この子とウマが合わずに辞めた。そんな甘っちょろい事を言っている私って…?一日で辞めようと考える私って…?いろいろ考えたさ。だからワーホリする日本人ってやつは…なんて評価をされたら嫌だし。でもホントに嫌だった。

 夕方バイトを終えてから、一応辞める気持ちを持ちつつ求人を見に行った。

 その日の夜ともちゃんにも相談して、他の友達にも電話して、やっぱり辞める事にした。働いたとしても、2週間後にはオーナーの奥さんが来るらしく、「その奥さんがまたすごい面倒な人だ」って、私がウマが合わないその子が言っていた事を考えても、私はそのお店で楽しむ希望は持てなかった。

 翌朝、意を決して辞めると電話した(しばらく後に、1日分の給料を取りに行かなければならなかったが、ウマが合わないその子が来る前を狙って、朝早くお店に取りに行った)。早速次のバイト探し。ラーメン屋に決めた後に知った求人に、良いのがあったことを思い出し(話に聞いた)ていた時、日本人の友人KとJに会った。「この間の求人って、もうきっと決ったよね?」「まだ貼ってあったよ」「え??まじで?」

 いつもはめったに行かない掲示板に貼ってあるらしい求人。確認の為に向かう。まだ貼ってあったとしても、「決ってしまいました」といわれるかもしれない。でも望みを持って向かう・・・と貼ってあった!早速電話した。

 なんと滑り込みだった。既に面接済みの人もいるし、2日後に面接する人もいると言う。急ぎなので、すぐ面接となった。必要というので、履歴書を買って記入。面接は、お店の近くの喫茶店にて。履歴書を見ながらだけど、関係ない話もいろいろとして面接じゃないみたい…。しかも1時間くらい話したんだよ。でも面接とは言え、なんか話してて面白かった(私はおしゃべり好き)。

 後にめでたく、ここが3度目のバイト先となった。日本食のお持ち帰りのお店。時給も良くて、周りの人もすごく良かった。3ヶ月働いたくらいだもん!ラウンドに行かなかったら、辞めたくなかった位。

 結果的に、2度目のバイト先を1日で辞めると決断して良かったと思っている。いい選択だった!!お陰で次のいい仕事・人に恵まれ、ずっとバイトを続けられた。もし我慢してそのままラーメン屋で働いていたら…と思うと、少しぞっとする。きっとまたちょっと違うワーホリになったかもしれない。

それと、後にオーナーに聞いたら、1時間の面接で、いかにその人を引き出すか考えながら話を聞いているらしい。そうやって、取るべき人材を選ぶようだ。この話も含めこのバイト先では、今までのバイトに対する意識を覆された場所である。

 運もあるけど、自分の選択次第でいろいろ違ってくる。ワーホリなどの海外生活ではこの選択する機会が多い。辛い事もあるけれど、楽しい事も待ってるし、これが醍醐味だったりするんだよね。

 □■ ニホンショク ■□

 海外に行くと日本食が恋しくなる。過去に私が海外旅行に行った時も、旅先で日本食を食べたりした。どうせなら現地の食事がいいけれど、時々日本食で休息しないと、食欲が減るし、体調が崩れそうだったから。

 そんな私だが、オーストラリアに行く時には、日本食の心配をしなかった。日本から持参した荷物にも、梅干位しか持参しなかった。どうせ現地で買えるし、食品よりも他の荷物を持っていくほうが私には重要だったし、どうせ1年いるんだし。

 オーストラリアに行って1ヶ月とちょっとで始めたバイト先が日本食のお持ち帰りのお店だった為、残り物を持って帰ってこれた。照り焼きチキンだのカレーだのコロッケだの。お昼はそこの売り物を食べる事が出来た。お陰で1ヶ月ほどは、日本食を食べる機会が自然に出来た。残り物を持ち帰った時は、韓国人の友達によくおすそ分けしていた。

 オーペアもしていたのだが、そのオーペア先は日本食好き。なので、カレーやハンバーグは定期的に食べる事が出来た。ご飯も必ず常備されている。時々照り焼きチキンも作ってたし、魚をオーブンで焼いて食べる事もあった。日本食に限らず、オーペアをしているお陰で、日本食に限らず、食にはかなり恵まれた。

 ラウンド前まで3ヶ月働いたバイト先もまた日本食のお持ち帰りのお店。ここは食事は出ないものの、私は午後~店を閉めるまでいる人だったので、残り物があれば選び放題・貰い放題だった。その時間まで残る人は、私とオーナーだけ。私が残す残り物は、次の日に昼間働く他のバイトの人たちで持ち帰る。翌日だと、余り日持ちしないものは置いて置けないし、生ものは基本的によく持ち帰れた私。物によっては、私が要らないのならごみ箱行き(すし関係)。もったいないから、何が何でも持ち帰ろうと思った。捨てるなんて出来ないよ~。

 オーペアの家族もかなり大喜びだったが、彼らが食べる量はたかが知れている(さすがに主体はAus食なので)ので、私は友達によく分けていた(オーナーHさん今更ながらスミマセン^^;)。

 バイトが終わると友達に電話。取りに来れる人には、店の近くまで来てもらった。飲みに行っている友達には、そこまで持参したり、近くまで持っていった。考えてみると、それって結構時間と体力と携帯電話代を使っていた。本来向こうから取りに来るものも、私はせっせと運んであげていた。でも、待っている時間を考えたら、私が行く方が早いと思ったから。残り物が多すぎて動けない日もあるので(重くて!)、そんな日は絶対取りに来てもらったが、無理くり業者のごとく運んだ事もある。

 私はオーペアの身なので、バイト終了後はとっとと家に帰るようにしていた。よって、友達とバイト後飲みに行ったり、ゆっくり待つ時間がなかったのだ(それでも、時々飲みには行ったけど!)。

 残り物がほとんどない日もあった。でも基本的にほとんどの日は、余り物がある。さっさと友達にあげた後は、バスやシティレールの時間までフードコートの椅子に座り、晩ご飯として一人残り物を食べ、帰路に着く。時間がない日は、バス停ですしの立ち食い(海苔巻ね)か、シティレールの座席で食べた。家に着くのは夜9時過ぎるので、帰宅してからだと遅いし、帰ってから家族の洗物や洗濯たたみが待っているし、自分の時間も欲しいので、ゆっくり食べている暇はないのだ。ハードスケジュールだった私。

 皆にあげることを前提として残り物を持ち帰るので、友達が誰一人取りに来れない・家に帰っている場合は困る。どう考えても、家には持って帰れない量(運べない)だったりするからだ。一度本当に動けない量を抱え、友達誰一人都合がつかず、もうどうしようもなくて、オーペア先のママに電話して車で迎えに来てもらった事がある(なんて話だ!)。私にとってはみた事のある残り物の量でも、ママたちにとってはとんでもない量で、「な~にこれは!!!!」とびっくりされた。余りの量に、笑い話になった。

 でも、その残り物の量を見たママはそれ以後、私のそのバイト先の経営状態を心配してくれるようになった。ビジネスマンなママなので、仕事が絡むと目が光る(笑)。私はそのお店からよくしてもらっているし、オーナーも良い人だと話していたし、周りの人間も良い人だと話しているので、ママもひと事じゃないのだ。私が働いている間、よくお店の状態を聞かれたものだった(ママって良い人!)。

 とにかく、3ヶ月間日本食を良く食べた。おすしも置くお店だったので、サーモンはかなり食べた。握りも巻きも。ほかのおすしも変わりネタだが全部美味しく、よく食べた。他にも、さばの塩焼きやひじきの煮物、切干大根の煮物、鶏のからあげなどなど、額にしたら相当分の日本食を食べた。

 バイトにオーペアにと、忙しい日々だったけど、日本食にはかなり恵まれ、美味しい事続きだったな。

下記は今後書きます。

□■ アノヒトヲミ1 ■□

□■ アノヒトヲミタ2 ■□

□■ アノヒトヲミタ3 ■□

□■ カゾクリョコウヲ ノガス ■□

□■ オタメシ ■□

□■ ハナシアイテ!? ■□

□■ バンコクキョウツウノ ナヤミ ■□

 私の髪の毛はくせ毛だ。小学校高学年の頃、突然カールし始めた。断りもなく(当たり前だが)。でもあの頃は天然パーマと呼ぶほど癖が強い物だったが、大人になってからだんだんくせが取れてきている。

 髪を気にする思春期時代、思えば自分の髪の毛がいやだった。ストレートに憧れた。これは誰もが通る道かもしれないが…。

 私がストレートに憧れるように、もともとストレートヘアーの人はウェイブヘアーに憧れる。そんなもんだよね。確かにアレンジが効くのはウェーブヘアーだけど、毎日扱いやすいのはストレートだと私は思う。違う?

 私がシドニーでオーペアをしていた時、その家のお姉ちゃん(当時中学生)とその親友(余談:彼女達は、ボーイフレンドがらみで一時音信不通の時があった)も、お年頃の為か悩みは同じらしかった。

 二人共、ハッキリ・クッキリ・パッキリとしたみごとなカーリーヘアーちゃん。すごく可愛いのだが、本人達はサラサラノストレートヘアーを手に入れたいらしい。友達が家に遊びに来た時、二人は髪の毛をお互いいじって遊んでいたのだが、そのストレートヘアーを手に入れるべく、ビックリするような方法に挑戦していた。

 な・な・なんとなんと、アイロン台に髪を乗せ、直に髪の毛にアイロンをかけ始めたのだ!現場を通りかかった私はビックリさ。「ええええええっ」と声をあげたくらいだ。「髪の毛傷むよー!」と言ってみたが、彼女達はもちろんやめない。ゲラゲラ笑いながら楽しそうだ。なんだか面白いので、私はこの姿を写真に収めた。そんな私を見てまたゲラゲラ笑っていた。

 それでも髪が傷むのはもちろんの事なので、せめて・・・と、薄手のタオルをその上からあてた方が良いって言ってみた。「そうね」って言って少し使ってたけど、直の方がやっぱりちゃんと熱が行き渡るので、タオルはすぐにさようなら。しかしかなり傷むと思うんだけどな。でもお姉ちゃんは髪をとかす時いつも、クシを思いっきり強く引っ張るので、もともと毛先はすごい事になっているんだけどね(枝毛だらけ~)。

 そしてアイロン後はどうだったか?って?いや~、それが見事にストレートになってたんだよね。さすがに根元は無理なのでウエーブが多少残るけど、他は見事にストレート。二人のロングヘアーはみごとにさらさらストレートに変身していました。

 やっぱり天然パーマの人がストレートに憧れるのは、万国共通なようです。


□■ カイガイリョコウホケン ■□


 私はAustraliaでのワーホリ滞在時、たった一度だけしか保険を使わなかった。今思えば、Sydneyと言う大きな都市にいたんだし、もっと利用しておけば良かったって思う。でも風邪をひく程度だったし、バイトなどが忙しく行くのも面倒…って言うか、行く暇もない感じではあったんだよね。

 Sydneyでは、24時間日本語で受け付けしてくれたと思う。持参した薬で風邪はしのいでいたけど、現地でひく風邪は日本の薬じゃ余り聞かないって言う話も聞いた事あったし、実際持参した薬の効きが良くも感じなかったし、保険を利用しちゃえば良かったのにね…って今更だけど思う。

 たった一度保険を使ったのは、Queenslandにある Airlie Beach。それはラウンド中の時だった。皮膚の一部が炎症をおこしたのだ。Whitsundayへのツアーを申し込んだ後だったんだけど、海に入るのにその皮膚じゃ痛いなぁと思って。ただでさえ痛かったし、薬局でも医者へ行くのを薦められたから。

 私が行ったAirlie Beachのメイン通りにあるその病院(小さい)は、英語のみだった。かすかな記憶でしかないけど、持参している海外旅行保険がきくかどうかを、まず受付で尋ねたかと思う。そしてOKだったから受診したと思う。

 先生とのやり取りももちろん英語だったけど、大した症状でもないので理解できた。飲み薬と塗り薬をもらい、ツアーの際に海に入っても問題ないといわれた。受診料等はもちろん払わなくてすんだ。ただ、書類に記入する事があった(サインや日本の住所など)。本人確認で、パスポートなども見せたと思う。

 それからしばらくしてからの事。日本の家族に電話したら「AusからFaxが来ている」と言われた。日本語で書いてあったらしいが、病院での書類に、私が記入するべき個所がもっとあったらしい。私は言われた所だけ記入したのだから、このミスは病院側のせいだ!(日本人が余り行かない病院だからかもしれない)

 FAXに連絡先が書いてあると言うので、私はすぐにそこへ電話した。Airlie Beachから北上しCairnsに滞在していた時だった。そしてその連絡先はCairnsだった。日本人の人がいるようで、連絡先にもその人の名前があった。電話した時は英語での受付だったけど、その人を呼び出してもらうと日本語でのやり取り。

 「書類の記入漏れがあるので、そこを書いて欲しい。」との事だった。今どこにいるのか聞かれ、「調度今Cairnsにいるんですよ!」と言うと、「調度良かったわね~、それじゃあここに来て書類に記入していって欲しい。」と言う。病院の場所がわからなかったので尋ねた。

 私はその電話の時、韓国人エージェントの所でタリー川でのラフティングの申し込みに行っていて、話を聞くのや申し込みは韓国人の友達に頼み、近くの公衆電話で電話していたのだった。日本の家に電話。そしてCairnsの病院に電話。タイミングが良かった…のは電話だけではなかった。

 その病院の場所を電話で聞くと・・・え!?なんと私は、その病院が見える場所から電話を入れていたのだ。それってすごくない?「私、病院が見えるところから電話していますよ。今から行きます。」一度友達の所に戻って理由を言ってから病院へ。

 道路を2本渡って行くだけだった。なんと言う偶然!?

 受付で、先ほど電話していた日本人の人を呼んでもらい会った。そして書類に追加記入(ほんの少しだけ)。すぐ終わった。もし私が足りない所に記入する事が出来なかった場合、書類不備でかなり面倒な事になったらしい。Airlie BeachはCairns寄りなので、こちらに書類が経由して来たようだ。今回の場合、Cairnsでしか解決できない処理だった。北上していてホントに良かったよ!!そしてたまたま日本に電話してそれが発覚して、病院に電話したらすぐそこで・・・って、何かすごくない??

 私はAusでのワーホリ中、そう言う強運がたびたびあり、運を味方につけたようですごいものを感じていました。












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