そういちの平庵∞ceeport∞

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仏像のこころ 梅原猛



四諦(したい)苦に対する4つの真理

人生は苦である。苦の原因は愛欲である。愛欲を滅ぼせ。愛欲を滅ぼすために
正しい行いをせよ。人生の苦。釈迦は四苦八苦とする。

生まれる苦。病の苦。老いる苦。死ぬ苦。この真理は変わらない。

釈迦はさらに4つを加える。愛別離苦。怨憎会苦。求不得苦。(求めることが
得ることができない苦)、五陰盛苦(ごおんじょうく)感覚によって増す苦。

人間の感覚が鋭ければ鋭いほど苦が増す。原始仏教はこの苦の実在と、苦から
まぬがれる方法を教えた。しかし仏教は苦を世界化、客観化した。世界の実体
を苦と考え、苦の深い世界から苦を免れた世界に至る10の世界の秩序を考え
た。われわれの世界は六道。そのもっともひどい世界として地獄をもつ。
極楽ははるか遠いところにある。

地獄図は奈良時代にさかのぼることができる。しかし地獄思想が普及したのは
平安時代になってから。天台の中心教説は、一念三千。つまり瞬間の那珂に全
世界が宿る、という思想である。世界には十界がある。地獄、餓鬼、畜生、阿
修羅、人間、天、声聞、縁覚、菩薩、仏。この間の六界、すなわち六道は迷い
の世界で、後の四界は悟りの世界である。しかし天台では、この10の世界の
中にさらに10の世界があることを教える。地獄の世界にも仏の世界があり、
仏の世界にも地獄の世界がある。10x10の100の世界はそれぞれ10の
様相をもち、同時に五陰(ごおん)、衆生(しゅじょう)、国土(こくど)と
いう3世界をもつ。合計3000世界。一念、すなわち瞬間の中に三千世界が
実在している、と説く。

この天台の教えが、地獄の思想を日本の民衆に植え付けた。

 地獄のイメージ。恵心僧都源信の「往生要集」。日本仏教の傑作である。

夜中には読まない方がいいようです
       往生要集における地獄

衆合地獄。刀葉林という林がある。刀葉林に置かれた罪人は、ふと樹を見ると、
女がいる。女は美しく、たまらなくなって樹を登ろうとするが、樹の葉はすべ
て刀となって、男の身体をさく。かくて男は血みどろになりずたずたにさかれ
てやっとの思いで樹上に上ると、不思議なことに女は地の上にいる。媚び含ん
だ眼で、あなたのために地獄に来た。ここに来て私を抱いて、という。男は可
愛さあまって樹をおりようとすると、今度は樹の葉が逆になって、剃刀のよう
になっており、男の身体をずたずたに裂くのである。そして地におりると、女
はまた樹上にいて、これを無量百千億繰り返す、というのである。

これは己の心にだまされたのである。女の美しさは男の欲望が生み出した幻影
である。

等活地獄、黒縄地獄、衆合地獄、叫喚地獄、大叫喚地獄、大焦熱地獄、無間地獄。
以上、地獄には8つの地獄がある。人間の罪が重くなるごとに地獄の苦しみが深
くなる、とのこと。

初めの等活地獄では、鬼が鉄の棒で罪人をうちくだく。閻魔に舌を抜かれるが、
また生えて永遠に抜かれ続ける。熱い鉄の墨縄で身体に墨を受け、熱い鉄の斧
で墨縄のとおりに切られる地獄。山が両方から迫ってきて押しつぶされる地獄。
これが源信の描いた地獄のイメージである。

餓鬼の世界。いつも飢えと渇きにせめられて、身体は枯れてかわいているが、
水を飲もうとすると鬼にさまたげられたり、水が変じて火になったりする。
人間の欲望は、無限にふくれあがり、膨れ上がった欲望と貧しい能力の矛盾。
これが餓鬼の世界。自虐の餓鬼、残酷の餓鬼、汚辱の餓鬼。現代文学はまさに
自虐と残酷の餓鬼の世界ではないか。

餓鬼の世界の次は畜生。実在の世界。畜生の世界は不安の世界。強弱相食す。
畜生の次が阿修羅。怒りと戦いの世界。阿修羅は宿命のように、帝釈天に対す
る戦いをいどむのである。勝ち目のない戦いを戦い、阿修羅は怒りゆえの苦し
みを受けるのである。

次が人間世界。人間の本質は、不浄、苦、無常である。(源信)。絶世の美人
の死骸。もともときたない糞に化粧をしたもの、と説く。苦は、いつも見て
いるとおりである。無常。「摩耶経」生まれたときから死刑を宣告されている。
永遠を求めることを説く。

天は永遠の世界。天人の五衰。不浄観・・・これは神道から受継いだもの。か
つては死の穢れは生の肯定であったが、源信は生すら不浄のものにしてしまった。

 苦の思想、地獄の思想。現世を苦と見、地獄と見る思想は日本にはなかった。
これは仏教のもたらした思想である。現世を苦とみる思想は極楽を求める
思想でもある。

能のシテは死者。魂は成仏せず、地獄の、餓鬼の、阿修羅の苦しみを苦しむ
魂である。ワキは僧。里人に史跡の由緒を尋ねる。里人、怨恨、嫉妬、殺意、
絶望、妄想、呪詛を表わす。妄執につかれ、六道をさまよう霊魂のドラマで
ある。


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