そういちの平庵∞ceeport∞

そういちの平庵∞ceeport∞

源氏物語


源氏物語の宇治川で身投げする浮き舟の事を考えたりした
横川僧都は、時の僧侶「源信」がモデルだという指摘を梅原猛大先生が言ってたので多分そうなんだろう
宇治川のダムに身を投げた若き会計士の癲癇持ちの友がいた
色々なことを話し合ったものだ
彼は頭良く性格良く、癲癇の物凄い発作に苦しんでいた
僕等二人と仲間達が酒を飲み交わしてるとき
彼の癲癇の発作を目の当たりにして僕は言葉を失った
そのあまりの凄まじさに・・・
顔がすぐにどす黒くなり、痙攣発作、息すらできないのだ
空を掴もうとする彼の腕
僕に「助けてくれと言う」彼にしてあげられたこと
それは彼の手を握る事だけだった・・・これは死んだ従妹の時もそうだった
彼は病に疲れダムに身を投げた
残された彼の婚約者の痛切な顔・・・僕は彼女に浮船を見たと思うんだ
彼の苦しみ・・・それは愛する人がいると同時に病を抱える苦しみだった
男として生きる道を捨て彼女に甘えられれば彼は死ぬ事も無かったのかもしれない
人の世の儚さはいつも同じだよなあと思う

今上帝と明石中宮の皇子(みこ)匂宮(におうのみや)と源氏の君の正室・女三の宮の皇子・薫の君という2人の皇子に同時に愛された浮舟は、悲劇のヒロインと呼ばれています。

2人の皇子に愛されたがゆえにその板ばさみとなって悩み、苦しんだあげく入水(じゅすい)し葬儀まで行われます。

しかし、実は横川僧都(そうず)という僧に命を救われていました。
その後、手習いの日々を送る浮舟は、みずからの希望を妹に伝えます。
「源氏物語」「手習」の巻に記されています

(浮舟)「あま(尼)になし給(たまひ)てよ。さてのみなんい(生)きるべき」

現代語訳は次のようになります。

(浮舟)「どうか、私を尼にさせてください。そうしていただければ、私はこれからも生きていくことができます」

「ただ、いただ(頂)きばかりをそ(削)ぎ、五かい(戒)をう(受)けさせ奉(たてまつ)る」

現代語訳は次の通りです。

「ほんの少し、髪の毛先を削(そ)いだ程度で、五戒だけをお授けなさる」

浮舟は、尼になることを願いますが、剃髪(ていはつ)の真似をして
毛先だけを切っていることがわかります

浮舟を助けた横川僧都(そうず)の言葉です

「今は、かばかりにて、いたはりやめたてまつりたまへ」

現代語訳は次の通りです。

「今は、これくらいにしておいて、あとは病気がすっかり直ってからにしなさい」

社会的悲劇に苦しむ女性が幸せになれる方法
これを同じ女性であった紫式部が渾身の思いで痛切に描く源氏物語
女性の置かれる立場は何時の時代も変わらない
子を産み育てるという事が女性を決定的に縛る
今も結婚子育てすることに強迫観念がある女性は多い
これが男の場合仕事と扶養だ
しかし現代社会が男性論理で動いている限り
女性の不幸は続くし男性の不幸も終わらない
女性が経済的に自立出来るようになってまだ日は浅い
それまでは経済的に縛られ社会的に縛られ性的に縛られ
男性は男性で生きる上での強さを常に求められ
弱い男達の多くの悲劇を産んだ・・・現代の悲劇で言うと「ひきこもり」だろう
そんな時代が長く続いた
僕は僕の物語をこれからも生きるよ
悲劇はもう沢山だ
僕は幸せを生きるんだ
彼女と二人で
死んで行った皆の分まで


© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: