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MURDEROUS PLOT
ほの暗い空に架かる虹。【芭夢】
ぽつり。
「うひゃあ…」思わず、溜息。
太陽は、薄く層になっている真っ黒な雲に覆われ、私には見つけることが出来ず。…少し、寂しい。
代わりに、私の目を釘付けにするものが一つ。それは、雨。
私は、今学校の体育館の屋根にお世話になっている。…そう、日除け、ならぬ「雨除け」をしてもらっている、という訳。
本当ならば、とっとと家に帰って読書の真っ最中と洒落込みたいところなのだけれど、そうは問屋が卸してくれない。
「うー。お天気のバッキャロー」…これって、女の子が吐く台詞じゃあないかもしれない。だけど、私の正直な気持ちがコレだから、許してほしいな。
暇つぶしになる物が無いか、手近にある鞄の中へと手を這わす。…何も無い。私は、教科書でも良いから無いかと、更に手を這わす。…無い。
そういえば、私は勉強なんて三度の飯より大嫌いなモンだから、いつも自分の机の中に教科書、ノート、全て置いていってるんだった。すっかり忘れてた。
「つまんない。」
ぽつり。小さく積もるは私の溜息。
ぽつり。ぽつり。ぽつ、ぽつ。ざー。ざー。溜まり溜まるは雨粒よ。
仕方が無い。私に今出来ることと言えば…
「空を見ることだけか。」そっと、空を仰ぎ見る。しかし、振り続ける雨しか私には見えない。何も、何も見えない。
大きく吐いた溜息を、そっと吐息と混ぜ合わせ、誰にもわからないように誤魔化した。…とは言っても、周囲に人なんて見当たらない。
それもそのはず。今日は、外の部活動は雨で中止。体育館で出来る部活は、今も継続中。文化部は、それぞれの教室で継続中。
私は、部活は無所属。…強いて挙げるならば、帰宅部。…そんな部活動があったのなら、私はすぐにでも入部するのに。
今まで私は教室に居た。何をしてたかと言うと、日誌を書いていた。一人寂しく、教室で。
私には、友達が居なかった。どうしてだろう。人と付き合うの、いつから面倒くさく思えてしまったんだろう。いつから、怖くなったんだろう。
人の目が、怖かった。ただただ怖くて。私は、話しかけられても、ぶっきらぼうにしか返せなくなった。相手の目に射抜かれる事が怖くて…。
誰とも、目を合わせたくなかった。誰とも。そう、誰とも。
空から降り続ける雨粒は、段々と勢いを増し始める。私は、本日何度目とも知れぬ溜息を吐き、そしてしゃがみ込んだ。
「あーああ。」…友達さえ居れば、「ごめーん傘貸してくんなーい」とか「ごめん!!!今度何か奢るから、傘に一緒に入れてって」とか言えたのかな。
それで、とっとと家に帰れて、読書とか、ネットサーフィンとか出来たのかな。
今まで、友達が居なくて不便な事なんて、無かった。だけど、だけど今回ばかりは少し手痛いモノがある。
「友達は、大切ですよ」
中学の頃の先生の言葉の真意が、今更ながらにわかった気がした。
こんな時…誰か来てくれたら――…。なんて、図々しい事を考えて、また溜息。
吐いた溜息は、淡い色となり、灰色の世界を潤した。そして去っていく。また世界は濁り始める。
それは、あまりにも突然の出来事だった。
「んなトコ立ってると、風邪ひくぜ。」低い低い、男子の声が、背中から聞こえた。男にしか出せない声。思わずそれにつられて振り向いた。
「誰、アンタ」それが私の第一声。私、トコトンぶっきらぼうだなぁ。バカみたいに、意地っ張り。
「んなコトどーでも良いだろ。お前、コート持ってないのかよ。」軽く軽くあしらわれる。そして、目の前の男は、私の体をなめるように見つめた。
「…無い。」第二声。目の前に男子に軽くあしらわれた事に、少しだけムッとしてるんだろうな。そう自分の事を客観的に判断した。
「お前、背が高いな。」出し抜けにそう言って、彼は私の頭に手を置いた。そして自らの頭に手を置く。…自らの身長と私を比べているんだ。そう、すぐに見て取れた。彼の様子からすると、自分と同じ位の背がある人間…しかも女…がいるなんて、思いもしなかった、というトコロだろう。
私は、ぷいとそっぽを向く。そしてまた、空を眺める。…どうせもう、空に期待なんてしてないけれど。見る物は、最早空しか残っていなかったのだ。
背後にいる男子は、私がそっぽを向いたのがお気に召さなかったらしい。突然私の目の前に立ちはだかり、私が空を眺める邪魔をした。
「何。邪魔よ。」つん、と冷たくあしらう。さっきのお返しだ。
「どうせ、空なんか見てないくせに。」彼はそう言って、おもむろに自分のコートを脱ぎ出した。予測不能な行動。…この人、絶対AB型だ。
目の前の男の一挙一動を、まじまじと見つめた。そして、暫くして、自分のそんな行動に赤面する。
…私、他人と付き合うの、面倒くさがってたよね。他人、怖いんだよね。
もし、今私が彼が此処に来てくれた事に感謝してるんだとしたら、それはきっと雨の所為。雨の魔力。
…雨は、人の心を寂しくさせるモノがある…。そう、私は思うのだ。
「ほらよ。」感慨に浸っている私を、制服姿になった彼のその一言が現実へと引き戻した。私へ「ずい」と差し出されたソレは。
「…コート。」そう言うと、私はそれを受け取るかどうか思案する。
…目の前の彼は、何故赤の他人に、このような事をしてくれるのか。…矢張り掴めない。
「寒いだろ。雨宿りするんなら、これ着て待てば良い。」私もぶっきらぼうだが、目の前の彼も相当のぶっきらぼうだ。つくづく思う。
でも、彼が帰る時に寒いのではないだろうか。そう思うと、私はその気持ちを口に出そうとする。彼に「伝える」ために。
「俺の事は気にすんな。どーせ制服の下にジャージ着てるんだし。」鋭い目線を緩めず、彼は私にそのコートを差し出し続ける。
私が言う前に、その質問の答えを返せた彼は、エスパーなのかもしれない。エスパー。きっと彼には私の心が丸見えなのかもしれない。
「どうすれば良いのかな。」エスパーの彼にそう尋ねる。彼なら、エスパーの彼なら、きっと私の本心も見えているはずだ。そう思ったから。
すると、今までの張り詰めていた緊張感が一気に解き放たれたかのように、彼は大声で笑った。口元には、微笑みのシワが出来ている。
目尻には、涙腺が緩んで流れた涙が。そして、鋭い目は、今ではその眼光を隠し、緩やかに弧を描いている。
「んなの俺に聞いてどうするんだよ。お前、変わってるのな。」その言葉を聞いて、私ははっとする。彼はエスパーでは無かったのだ。以前彼は笑い続けたままだ。よく彼を見てみると、綺麗な深緑の髪の毛が、枝垂れ柳の如くゆらゆらと揺れているのがわかる。
「ごめん。だって、君がエスパーだと思ったから。」思わず素直に白状してしまった。…その結果は、目に見えていた。
一旦渦から解放された彼は、もう一度渦に飲み込まれる羽目となった。お腹を抱えて笑い続ける。
「そっか。わかった。」…絶対、わかってない、この人。
結局、自分で選択しなければならない状況に陥ってしまった。はてさて、一体どうしたものだろう。
彼に言われて初めて気づいたのだけれど、私は相当寒かった。家で私の帰りを待っているであろうコートを憎みたい程、今の私は追い詰められていた。
「…それじゃあ、悪いけど。」そう言葉を返すと、彼の手元から、コートを受け取る。有難い気持ちで心の中が一杯だ。
「気にすんな。」にこ。さっきまでの笑い方とは違った、温かい微笑みに変わる彼の顔を見て、なんだかじんわりとした感情が胸に表れる。
――…。ああ。やっぱり、人付き合いって案外悪くないものなのかもしれない。
言えるかな。言えるかな。彼にこの気持ち、言えるかな。久しぶりに持った、この気持ち。上手く、伝えられるかな。
「…あの…。」
帰ろうと背を向けた彼を、小さな声で呼び止めた。彼は、くるりとこちらに向き直る。
「ん」彼はそう言うと、私の言葉を待っていてくれた。
「…ありがとう…」ぽつり、ぽつり。ゆっくりとこの「感謝の気持ち」を伝える。これが雨の魔力の所為で出た言葉だとしても、でも、この気持ちは本物。
「気にすんな。その内返してくれれば良いんだし。」彼は、優しい声でそう言ってくれた。人って、こんなに温かいんだね。
彼の優しさに触れて、思わず泣き出しそうになった。涙腺が緩み始める。私は必死に空を仰いだ。彼にバレない内に、涙を引っ込めたかった。
優しい彼は、きっと「どうしたのか」と、涙のワケを、問いただすだろうから。私は、またきっと白状してしまうだろうから。
「お前、目に雨粒がついてんぞ。」突然の彼の言葉に、ただただオロオロするしかない私。…気づかれたかな。
「何でもないから。」折角さっきは素直になれたのに、またもとに戻ってしまった自分が恨めしい。
「そ。なら、良いけど。」彼は、そっと私から視線を反らし、空を指差した。彼の手に導かれるように視線を上げる。私達を包む、優しい慈愛の光が見えた。
「雨、止んだみたいだな。良かったじゃん。」彼はそう言うと、私に視線を戻した。
「今の内に、帰った方が良い。多分、この空の様子だと、また降り始めるだろうから。」
“早く行け”と付け足して、彼は顎で自転車置き場を指し示した。私はコートを彼へ突き出す。「これ。天気、帰ってる間は大丈夫みたいだから」
「良いよ。着てけ。俺、ぶっちゃけると、『ジャージ着てるから、コートまで着たら暑くてたまんねーよ』って思ってたんだ。」
年頃の男の子の表情をして見せ、またもや顎で自転車置き場を指し示す彼にもう一度「ありがとう」と告げ、私はその場から走り出した。
自転車置き場で、彼から借りたコートを身に纏う。私の体をすっぽりと覆い隠したソレは、とてもとても温かかった。
自転車に跨ると、校門をそそくさと出て行く。今の私なら、きっと風になれる。そして、空を自由に飛んでいけるだろう。
「♪」
柄にもなく、鼻歌を歌いながら、私は家路を進み行く。寒さなんて、もう何処にも無かった。頬を伝う風さえ、心地よかった。
人の温かさを改めて知った日。私の世界は、穏やかに広がっていくだろう。そんな予感を抱きつつ、私は帰路についていた。
「あ。虹だ。」空に、7色クレヨンで描いたかのような、綺麗な虹が現れている事に気づき、微笑んだ。
世界が、色づいていく。私の何かが、変わりゆく。
灰色の空にかかった虹を、私は一生忘れる事は無いだろう。
製作時間→なんとまぁ…。ザッパーだけど、2時間位。あはははは。
2004年。3月4日。木曜日。PM18:09。先負。
本当に優しい人は、涙の理由を問いません。だから、彼は本当に優しいのです。
☆オマケ☆
家に着き、コートを脱ぎ、そっとハンガーを挟む。そして壁のでっぱっている部分にそれを引っ掛ける。目の前のコートを見ていると、何故か頬が緩むのだ。
「あ。そういえば。」コート、で思い出した。
「彼の名前、聞いてない。」
…致命的。これじゃあ彼にコートが返せない。
「ま、いっか。」にこり、微笑んで、私は全てをありのままに受け入れる決意を固めた。
「ケ・セラ・セラ。」
きっと、何とかなるさ。
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