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MURDEROUS PLOT
あなただけが。【猿野夢】
放課後のグラウンドを、教室から眺めていた時のことだった。
部活も終わり、生徒達の数が次第に減りゆく中で、ただ一人、ただ一人だけ、一向に帰ろうとはしなかった。
その人は、どうやら黙々と自主練習をこなしているようだった。この光景はさながら、青春ドラマのワンシーンのようで。
ぶんぶんと、何本も重ねたバットの素振りを繰り返し繰り返し行っている。鈍く輝く額の汗も拭わずに。
それは、余りにも地味な青年の努力の一部であり、私のような人間が覗いて良いはずもない行為であった。
あの憧憬は、今もこの目にやきついたまま、決して昇華することなどなく、私の中に残っている。
「ねぇねぇ、美祢。」
友人の聡里(さとり)の声に、私は振り返る。ご丁寧に、笑顔まで貼り付けて。
「何ー?」
休み時間の教室は、男子の喧騒や、女子の憤激の声でがやがやと落ち着かない。
私の席の真後ろの聡里とは、高校に入ってから親しくなった。まだ出来立てほやほやの友人である。
「あのさ、今日の放課後、野球部の応援に行かない??」
「やきゅーぶ?」
私が一部分を声に出して反芻すると、彼女もまた声に出して「そ、やきゅーぶ。」と繰り返す。
「お目当ての人でも居るの?」
その問いかけに、聡里は「いやーん大当たり☆」と言い、渾身の力を込めて私の額にデコピンを繰り出した。私はあまりの痛さに顔を顰める。
「で、誰なの?」
デコピンに対する恨みの念も込めて、声を大体1オクターブ程下げて尋ねてみた。しかし彼女はうきうきした声色で、「実は~」と切り出した。
「あのね、3年生の牛尾先輩!!!」
“きゃ、言っちゃった”と冗談めかして言う彼女の頬は、さながら熟した林檎のようである。即座に私の脳裏に、『恋』という字が浮かんだ。
「もしかして、その人のこと好きになっちゃったとか?」
私の問いに、彼女は無言を貫き通そうとする。――…拒否権行使ですか。思わず小声で呟いた。
「うん、よくわかったよ。いーよ、一緒に行ったげる。」
大げさなまでに聡里を糾弾していたけれど、実は自分も、先日チラリと見た青年のことが気になっていたのであった。
だからこそ、これ以上の糾弾は自分の身の為にも良くないと判断し、コロリと掌を変えたように彼女の申し出を許したのだ。
「牛尾先輩…。」
授業中、後ろの聡里の呟きが耳に届いた。そして私は確信する。「矢張り彼女はその先輩が好きなのだ。」と。
「常磐!!次の設問、訳を言ってみろ。」
いきなり、古典の松谷先生が、私を指名する。予め家で問題を解いていた私は、焦ることもなく先生に答えを返した。
昼になって、教室の片隅で私と聡里はお弁当包みを開く。
どうせ学食は1年生には使わせてもらえないのだ。先輩方が陣取っている中に混じれる程の勇気を、私は持ちあわせてはいないのだから。
「その蜜柑美味しそう!!頂きっ!!!」
聡里のランチボックスの左隅に残る蜜柑に、私はフォークを突き刺した。そして迷わず口に放り込む。ハウス蜜柑だ。贅沢者め!
「あ、それ最後のお楽しみだったのに!!!」
頬を膨らまして、怒りを露にした聡里は、彼女と同じく最後までとっておいた私の大好物の玉子焼きを、箸で突き刺して奪っていった。
「甘ーい!!」
満足そうにニコニコと微笑みながら、彼女は「ご馳走様でした。」と付け足すように言う。
私は、本気で怒るはずだったのだけれども、寸での所でそれを止めることにした。何せ、私も彼女の大好きな食べ物を奪ってしまったのだから。
「さあさ、グラウンドに行くわよー!!」
聡里は、授業中のだるそうな表情とは打って変わって、しゃきっとした覇気のある顔になる。恋愛とはこういうものなのか。
そんな元気にグラウンドへ向かい突っ走る彼女に服の裾を持たれては、私も走らないわけにはいかない。
「あんまり引っ張らないでー。」
逃げないからさ、と付け加えて、彼女から解放してもらった。そうしてグラウンドの鉄格子の近くへと歩み寄っていく。
「わ、ほら見て美祢。あの人が牛尾先輩だよ。」
「どれどれ?」
私は、彼女の指差す方向を見つめる。すると、その指の先には金髪の野球部員が1人、立っている。
「あの金髪の人?」
「そうそう!!」
心なしか、その人の髪の毛は重力に逆らっているように見えた。…気のせいだろうか。そうなら良いなぁ、と思う。
「あの人はねぇ、キャプテンなんだよ、野球部の。」
恍惚とした表情で、彼女は牛尾先輩について語り出した。これは当分止むことも無いだろう。好きなだけ言わせてあげようと思った。
「自宅は国宝級でね、途中までの道のりは絶対人には教えないっていう秘密主義なのよ!!
あと、詩を綴るのも好きで、毎週日曜日には、教会でお祈りを奉げているんだって!!!くぅー格好良いよね!!!!」
「うん、そうだね。格好良いんじゃないかな?」
彼女は私の気の抜けた相槌にさえ満足しているらしい。まだまだ話を続けようとする。
それはそれで構わないのだけれど、私は、あの人を発見してしまった。だから、正直に言えば、牛尾先輩の話より、あの人についての方が聞きたかった。
「ねぇ、あの人って誰?」
ある程度の彼女の牛尾先輩データに耳を傾けた後、本題に入る。茶髪をボサボサに振り乱しながらも、誰よりも強い意志を持った瞳を見せる人について。
「ああ、アレ?猿野天国っていう人よ。」
「へー。あの人はどんな人なの?」
ワンブレスで言い切ると、彼女は必死にこめかみを抑え始める。記憶を必死に手繰り寄せているように見えた。
「えっとね、確か高校に入ってから野球を始めた、超絶ドシロートさんよ。でも、何故かピンチの時には威力を発揮するってんで、重宝がられているみたい。」
先程までの牛尾先輩の話を語る時とは違い、言葉ひとつひとつがとても乱暴で、そして冷たかった。どうやら彼女は、猿野君のことを嫌っているらしい。
「そう。ありがとう。」
「美祢、あの人について聞いて一体どうするの?」
聡里は、眉間に皺を寄せて、私にそう尋ねた。彼女の表情は、言葉よりも雄弁にその心の内を語っていた。
私は、彼について聞いてどうかするつもりなんて、さらさらなかった。ただ、気になった。それだけのこと。
「ううん。ただ、何となく気になっただけだよ。」
「ふうん。美祢、あの人は止めておいた方が良いよ。」
私の雰囲気を察したのか、彼女はご丁寧に釘まで刺してくれた。心臓が、きり、と痛んだ。どうして痛んだのか、なんてわからないけれど。
その後、聡里は「じゃ!私、ドラマの再放送観たいから帰るね!!」と言って足早に校門から出て行ってしまい、私1人がグラウンドの外に取り残されてしまった。
…否、1人ではない。この前と同じく、また猿野君も、グラウンドの中ではあるものの、1人だけぽつりと取り残されている。
私は、この前のように、彼をじっと見つめる。…いや、違う。自然と目が吸い寄せられていくのだ。
彼は、何処か人を魅了するところがあるのだ。何処が、と聞かれても私には答えられないけれど、きっとある。
聡里に釘を刺された後も、ずっと彼の様子を観察し続けた。そうして、彼について、段々と知っていくことができた。
猿野君は、ピエロのようなところがある。おどけて、皆を笑わせて、いつの間にか皆の中心に立っている。
そして、彼は嘘をつくのが上手い。周囲から貶されても、上手に笑ってみせて、相手に腹の内を見せようとしない。
「ドシロート」と影から罵る声が聞こえても、それをジョークに変えてしまい、場を和ませる。そして彼はまた笑う。
だけれど、今の彼は、エンターテイメント性を兼ね備えたさっきまでの彼とは全く別で、その瞳には何か別のものが見えているようだ。
ただ、ただひたすらに、がむしゃらに何かを追い求める、男の人特有のそれだった。
彼の完璧なまでの周囲への気配り。そして、努力。それら全てを、格好良いと思った。嘘偽りなど無い。心から、そう思った。
その次の瞬間、私の体は勝手に動き始める。
鉄格子のドアを潜り、一旦バットを地面に下ろし休憩を取ろうとしている彼の元へと何の迷いも無く近寄る。
「ねぇ。」
彼は、くるりと振り向いた。私はそんな彼ににっこりと微笑み、そしてポケットの中のハンカチを取り出し、差し出す。
「無理のしすぎは、駄目だよ。」
「…アンタ、誰?」
私の言葉は無視されて、この存在についてを問われてしまう。少し寂しくなりながら「常磐 美祢です。」と返す。
「常磐さん、今俺のしてたこと、皆には黙っててくんない?」
“バレたら、きっと皆からバカにされちまうからさ”と、笑いながら彼は言う。でも、やっぱりその笑みはピエロのような冷たさを兼ね備えていた。
「あなただけよ、そんな風に努力を隠そうとするの。」
あなただけよ、そんな風に、バカを装うのは。そう、遠まわしに伝えてみた。それでも彼は笑う。
「まだ、皆に胸を張って言える程の努力なんざ、してないんスよ。」
彼が言うには、自分は皆よりも後から野球を始めて、誰よりも下手クソだから、自主練でもしなければ皆についていけないのだそうだ。
「でも、貴方はこんなにも一生懸命なのに?」
ホームランだって、沢山出してるのに。そう言いかけて、やっぱりこれは言わないでおこうと口を噤む。
だって、言ってしまったら、私が猿野君をずっと見ていたことがバレてしまうだろうから。
「俺のこと、そんな風に認めてくれた奴は、鬼ダチの沢松以来だな。」
鬼ダチ、の意味はよくわからないけれど、兎に角私は褒められているようだということはわかった。
「ありがと。常磐さん。」
『にっかー』今の彼に付けるとすれば、そんな擬音だろう。きっと。
私は、今まで見たことのない、彼の心からの笑顔を見て、なんだかとても嬉しくなった。それを見て、更に欲が沸いてくる。「彼のことを、もっともっと知りたい」と。
「あなただけだよ。」
「へ?」
出し抜けに言った私の言葉の意図がわからないらしく、彼は小首を傾けた。
私は、初めは正直に答えるつもりだったのだけれど、やっぱりそれは癪だから、「答えは自分で考えて~!!」と、私なりの最大級の微笑みで言った。
晩秋の夜空に、一番星がきらりと光るのが見える。それはそれは、きらきらと、眩い光を放つ星が。
あなただけだよ。こんなにも、私の心を突き動かすのは。
あなただけだよ。こんなにも、私を信用してくれる人は。
あなただけ。そう、あなただけ。
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製作時間は、昨日と今日とでわけわかめ。多分総合で2時間?
途中昨日寝てたし。微妙ー。
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