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MURDEROUS PLOT
ピアノ弾きと宮廷医【バティスト夢】
成り行きで此処で働いているので、あまりこの国のことについて知らない。知っているのは、このお城の持ち主が、カルネー公爵様であるということ。それから、その奥様がソランジュ様という人だということ。
きっと、この城内で働く者の中で、そこまで城の中身について無知なのは、私くらいだろう。
この城は広すぎる。田舎育ちの私だからか、一つ一つの部屋の特徴など覚えていられない。
寧ろ、まだ全ての部屋を見た訳では無い筈だ。きっと地下室だってあるんだろうし。
それに何より、私は『暖炉の掃除』を仕事としていたので、暖炉のある部屋にしか行ったことが無かった。
新米だからだろうか、それとも他に理由があるのかもしれないけれど、私はこの城に来てすぐに『暖炉を掃除すること』と命令された。仕事の為に来たのだから、何ら差し障りは無い。どちらかというと、きちんと仕事を貰えて嬉しい気分だった。
談話室の暖炉の内側を雑巾で磨き上げる。ススが沢山あって、ケホケホとむせてしまう。
もうすぐ、冬になろうとしていた。だからきっと、私はこの城に採用されたんだろう。暖炉が本格的に使われる前に、綺麗にして欲しかったから。
少しずつ消えていくススに、満面の笑みを零す。もう一息だ。
今日の『暖炉の掃除』は終わった。全ての暖炉も見回ったし、きちんと一個一個掃除していった。
召使いである私に宛がわれた部屋への帰り道、ふと悪戯心を起こしてしまう。すっと、脇道にそれてみた。
いわゆる『寄り道』ってヤツ。
いつもよりも早く仕事が終わったから、少し城内探検にでも洒落込もうと思ったのだ。
「…ピアノ?」
途中で、ドアが無造作に開かれた部屋を見つけ中を覗くと、大層ご立派なピアノが視界に飛び込んでくる。
通路をキョロキョロ見回しても誰も来る気配が無かったので、調子に乗って部屋の中へ侵入してしまう。
「宮廷音楽隊の部屋かな?」
城のお祝い事とかでしゃしゃり出てくる音楽隊のことを、世の中では宮廷音楽隊って言うらしいし、現に此処は『宮廷』な訳だし。きっとそんな感じの人達が居座る場所なんだろうな。
そう思いながら、そっと鍵盤に触れると、質の高い音が耳に響く。触れた指の力加減を緩めると、鍵盤は力強く私の指を押し返してくる。上質なピアノだ。流石はお金持ち。
こんなに豪華なピアノなのに、その上には埃が積もり始めている。きっと、最近は誰も使っていないんだ。
――…そんなの、宝の持ち腐れじゃない。
田舎に住んでいた時は、いつも家にはピアノが側にあった。…っていうよりも、ピアノしか側に無かった。
他にあるのは家具と家族。唯一の娯楽品は、ピアノだったのだ。
小さい頃から側にあったピアノに、触れない機会が無かったら可笑しいだろう。私は当然、触れていた。それも、日課のように、毎日ベタベタ引っ付いていたのだ。
だから、家族一ピアノが上手に弾けるようになった。講師はお姉ちゃん。でも、私は終いにはお姉ちゃんの腕も抜いていた。
基本的な歌も弾いたし、巷で流行っている曲もアレンジして弾いた。新しい曲を即興で作ったりもした。
だけど、此処に来てから私のすべきことは『暖炉の掃除』だったから、すっかりピアノの存在を忘れていたんだった。忘れていた自分が信じられない。あんなに大切で、身近だったのに。歳月って恐ろしい。
――…良いよね。
意を決して、鍵盤の前にそびえる椅子に仰々しく腰をかけると、その椅子が、ピアノのセットにしてはすわり心地の良いフワフワした革が使われているのに気づいた。
私の雇い主である、カルネー公爵様やソランジュ様に見つかれば、きっとタダではすまないだろう。
少し考えれば誰でもわかること。なのに私は、この時全くそういう考えを持ってはいなかった。
『ミレミレミシレドラ…ドミラシ…ミソシド…』
ベートーベン作曲の、『エリーゼのために』の導入部を、軽やかな音で始める。頭の中には、完璧に楽譜は収まっているし、指だって、頭で思うよりも先に動いてくれる。
誰に聞かせる訳でも無い密やかな出だしで、ベートーベンになりきり、愛する人への情熱を込めてみる。
前半は、ひたすらに感情を押し殺し、弱く、でもその中に彼女への気持ちを誠実に五線譜に乗せていく。
後半の始まり付近でようやくフォルテが顔を見せる。耐えに耐えた感情を爆発させ、猛る心を弾ませた指で表現していく。
そして、最後には、再び静寂が戻ってくる。
最後の最後まで神経を張り詰めて、愛する人に捧げる恋の歌を弾ききってみせた。
……懐かしい感触だった。久々に弾けたピアノに満足感を抱いて、『また何かを弾こうかな』と考える。
今度は、恋愛の曲ではなくて、もっと元気なものを弾こう。
そんな条件下で弾く曲を決めて、そっと指を鍵盤に這わせた。
『ソソソ・ミ・ド・ミ・ソ・ミ・ド・ミ・ソ…ド・ソ…』
スピンドラーの『ラッパ手のセレナード』。サロン向きの曲を数多く書いたスピンドラーの楽譜も、勿論きちんと私の心と手には染み込んでいる。
テンポの速いマーチ風のリズムに乗るのは、いかにも金管楽器向きの旋律。
歯切れの良いスタッカートが心地よさを生むことは、とっくのとうに知っていたから、一つ一つに力強くて大胆な音を込め、飛び跳ねるように続けていく。
最初からフォルテで始まるこの曲は、強弱をはっきりつけることで、それぞれの音の鋭敏さが増す。中盤には、悲しげな旋律も表れるが、それさえも力強いフォルテシモで乗り切っていく。いっそ、その力強さが清々しい。
結局、終始そんなペースで、最後はフォルテシモで終わっていった。
「…ふぅ。」
良い仕事をしたなー、と何やら訳のわからない言葉を呟いて、私はピアノに触れていた指を下ろす。下ろした手を頭の裏へ持っていき、大きく伸びをした。
「綺麗な音色ですねえ」
ふと、背後に気配を感じて振り返ると、褐色がかった金の瞳の前で黄金の髪が、風も無いのにたおやかに揺れている。はっとして気づけば、それは彼がこちらに向かって歩いてきているからだった。
容姿端麗、とでも言えば良いのだろうか。端整な顔立ちをしている青年だ。年の頃は恐らく20を越えたばかりだろう。この世の美しさを結集させたような人だと思った。
すらりとした体に纏っているのは、白衣だろうか。そういえば、フレームの細い眼鏡をかけている。それから察するに、宮廷医といったところかと考えを巡らせる。
「…それは、どうも」
目の前に突然現れた人物に不信感を抱き、歯切れの悪い返事をする私を見て、彼はさも今何かに気づいたばかりという風に言う。
「ああ、自己紹介がまだでしたねえ。僕はバティストです」
「あ、私はマリアです」
お互いに自己紹介を軽く済ませると、また彼は一歩こちらへ踏み出してくる。
彼が近づいてくると、段々何やら変わった匂いが鼻を突くようになってくる。この匂いは彼の体に染み付いているのだろうかと考え、『医者だからか』と一人納得する。医者なら臭い薬の匂いを背負っていてもおかしくはない。
「マリアさんは…その格好からすると、宮廷音楽隊では無いようですねえ」
その格好、と言われてふと自分の体へ目をやると、雑巾を使っていた手以外は、全てススだらけだった。それに、服装も召使いに配給されるもので、ひどく簡素なものだった。確かに、本当の宮廷音楽隊なら、もっときらびやかな出で立ちで、体の何処にもススを付けてはいないだろう。
「あ、はい。暖炉の掃除をしています。そう言うバティストさんは、宮廷医さんですか?」
そう問うと、目の前の彼はその褐色がかった金色(こんじき)の瞳を丸くさせた。まるで、鳩が豆鉄砲を食ったように、綺麗な瞳に動揺の色をありありと映し出している。
「…マリアさん。此処に雇われてどれだけ経ちますか?」
突然話を反らされて、少しだけふくれっ面になりながら「もうすぐ一ヶ月です」と返す。すると「ああ、それなら仕方がありませんねえ」と彼は勝手に会話を自己完結してしまう。
――…何ていうか、『変わっている』というよりも、どっちかと言うと『不思議』な人だ。
そう思いながら目の前の彼を見つめていると、彼はしばらく腕組みをした後で
「…そうですね。宮廷医、みたいなものです」
『みたいなもの』って、何だろう。宮廷医は宮廷医でしかないのに。
…ああ、似たような仕事をしている、ってことだろうか。例えば、宮廷医見習いとか。あとは、宮廷医の助手とか。
「バティストさんは、偉い人ですか?」
「いえ、そんなには」
『あ、なら公爵様にバラさないようにお願いしなくちゃ』と思い立つ。今見たことを内緒にしてもらえれば、私もお咎めナシで済む。まだ雇われて一ヶ月なのに、即刻解雇だなんて笑えない冗談だ。
「それなら、お願いがあります」
金色の瞳に見つめられて、一瞬怯みそうになる。でもそこを何とか見つめ返すことで持ち直した。
「何でしょう?」
「今見たことを、このお城の偉い人達には、言わないでいただけますか??」
『――…特に、カルネー公爵様や、ソランジュ様には。』と付け加えて、彼の瞳を見上げると、少し困ったように微笑んでいるのが見える。
――…どうして、そんなに困った様子なんだろう。私、何か変なことでも言ったっけ?
「どうしてですか?爺さん…カルネー公爵とソランジュ夫人なら、きっと貴方のその腕を買うでしょうに」
爺さん、とカルネー公爵様を形容するのは正しいと思った。カルネー公爵様は、御年90歳なのだから。
だけど…『爺さん』って呼び方が気にかかる。だってそれはまるで、彼に敵意を抱いているか、或いは…相当に親しい間柄みたいではないか。
そう思ったけれど、口には出さないことにする。だって話をややこしくすると、会話が円滑に進まないし。
「いえ…。私の仕事は『暖炉の掃除』ですし。仕事の後で、勝手にお城の品を使ってしまったんですよ?きっと、どれだけ謝っても許してはもらえないでしょうから。」
告げた後で、口をつぐんで俯いてみる。
――…どうか、彼には黙っていてほしかった。
もしも田舎のお母さんの元に、公爵様の物品を勝手に使ったことが知らされたら、私は穴を見つけて入って、きっと二度と出て来ない。お母さんの家に、帰れない。大手を振って、街を歩けない。きっと仕事も見つからない。
でも、告げ口されても無理はないし、とても馬鹿なことをしたと思っている。後悔ばっかりが後で出てくるのはもう手遅れっていうことわざもあるけれど、正にそれを痛感していた。
「別に、言いやしませんよ」
その声に弾かれるようにして顔を上げる。上げた目の前には、私の目線に合わせて屈みこんだ彼が、先程よりもずっと近くに迫っていた。まるで、まるで…
――…まるで、キスするみたいな。
慌てて後じさりすると、彼は悪戯っぽく微笑んでにじり寄ってくる。更に下がれば、彼も追う。イタチごっこ。終わらないの?終われないの?それとも終わらせたくないの?
とんっと何かにぶつかって、それ以上下がれないことを知ると、素直にただ彼を睨むことにした。
「…マリアさん。誰にも言いませんから……」
そう言って顔を近づけられて、私は次に来る衝撃に歯を食いしばる。犬に舐められたと思えば大丈夫だ、と思っても、やっぱりキスなんて怖い。
…決意をして、横を向いて震えていると、彼の吐息が耳にかかる。
「 」
…え?何??
てっきり来るだろうと思っていたモノは、結局どれだけ待っても来なかった。ほっとして、安堵の溜息を一つ漏らす。そして、「ごめんなさい。もう一度言ってくださると助かるのですけれど」と述べ、横に向いた顔を前に戻す。
「僕の為に、またピアノを弾いていただけませんか?」
そりゃあもう、喜んで弾きましょうとも。私の暴挙を見逃してくれるのなら、どれだけの代償行為も辞さないつもりなのだから。
「はい。こちらこそ、喜んで」
仮END。まだ書きたいこと続いてるけど、一旦終了★
♪仮あとがき♪
バティスト様の口調が大好き♪♪書けて嬉しいでっす★★
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