MURDEROUS PLOT

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「ほたるの星」を読んで



私、「ほたるの星(作者は宗田理さん)」を読破いたしました。此処からはネタバレ区域に入りますので「いや~ん私他人に内容を教えられると冷めちゃうの~」という方や、「なんつーかこいつの感想じゃあ高が知れてるよな」と思われる方は、此処から先は読まれない方が懸命かと思われますが如何でしょう。(聞くな)









私はこれから、来るべき受験に備え、本の感想を書き残していこうと思いたった。元来飽きっぽい人間なので、受験が終わるまで続けられるかいまいち自信が無いのだが、まぁなんとかなるだろう。

そして、その記録残しの第一回目は、わが尊敬する宗田理氏(以下「宗田さん」と書かせていただくことをお許しください)の最新作「ほたるの星」である。長々しい前置きはこの辺で止め、まずその話の粗筋を書かせて頂こう。(本の背表紙より)

念願の教師になり希望を胸に、山口県の小学校に赴任した元(はじめ)。
が、子供達は、バラバラでしらけ気味。親は、要求ばかり。教師も型どおり……。
そんなある日、元は、子供達にほたるの飼育を呼びかけた。子供達は段々本気になり、周囲を巻き込み、幾つもの困難を乗り越え幼虫を育てていく。
そして翌年の夏、子供達の熱意が実り、ほたるが夜空いっぱいに舞い出した――。
実話を元に映画化された感動作「ほたるの星」の原作本。

本の帯には、映画の映像の一部が小さく写っている。そして、本の中で、大介というやんちゃな男の子が、比加里という、何処か陰を持つ少女に言った言葉が大きく載っている。優しげな丸みを帯びた文字で。

『ほたるが舞う夜
 一番会いたい人に
 会えるんだ。』

ほたるを通じて、子供達と元(はじめ)の不思議な絆が芽生え、子供達は勉強だけでは学べないモノを学んで成長してゆく。

以前私は、地元の文化会館(●スカ●●手)で、北海道のある中学(…高校かもしれない)が、ソーラン節で不良を更生させたという実話を元にした映画を上映するとのこと(勿論無料)で、足を運んだことがあるのだが、あの時と同じ…否、それ以上の感動をこの本に覚えた。

人は、どんなにドン底に居たって、きっかけさえあれば這い上がれるのだ。

そう、改めて強く思わされた。



吉田松陰に憧れて山口県の小学校の教師になった新米の元(はじめ)。


気づいたら、私は「元(はじめ)」になっていた。目の前にほたるが見えた。
宗田さんの作品は、とてもスムーズに、自分でも気づかぬうちに感情移入が出来る。その理由は、主人公の気持ちが、自分に気持ちと似ているからであろう。そして、宗田さんの持つ文才に他ならない。

この話のキーポイントは、先程も登場した「比加里」である。
彼女が居ない事には、この話は進展しない。
…今更ながらに思うが、「比加里(苗字は「星」)」→“星 光”…??
ほたるの「星の光」と掛けているのかもしれない。流石はキーポイント。

今日(こんにち)、環境問題は深刻化しつつある。
皆、気づいていても何もしようとしない。それは、周りの人が見て見ぬふりをする所為だ。…とは言っても、私も何もしていないのだから、偉そうには言えない。そういう状況を造りあげたのは、間違いなく自分達なのだから。
学校の先生も、今ある資源(石油・石炭etc…)も、もうすぐ底をついてしまうと仰った。時間が無い。世界が崩壊するまでの時間が。
だからと言って、こんな状況を指を銜えて黙って見続けてはいられない。
大切な地球の悲鳴は、私達人間が耳を傾けない限り、他の動物にはなかなか届かないのである。

そもそも、地球規模で捉えるのがいけないのかもしれない。
宗田さんのように、身近な所を見つめるのが良いと思う。
“めだかが川から姿を消した”
“鳥があちこちに見当たらない”
そんなことからで良い。それを解決するための筋道を立て、その道を歩んでいけば、例えどれだけ失敗を繰り返したとしても、きっと素晴らしい宝物を手に入れることが出来るはず。これが私の考えだ。

こんなに深く考えられたのは、矢張り宗田さんのおかげである。
宗田さんに心からの感謝をすると共に、此処まで書ききった自分に、ほんの少しだけ自信を持ってみたりして。

2004.1.25.PM3:00



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