2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
全7件 (7件中 1-7件目)
1
姫君様の行列がさしかかります。大勢の供揃えを前後に従えましてやって来るんですが、御六尺と呼ばれる駕籠舁きが担いでいく。人間が舁くんですから休まななりまへんわぁな。立て場立て場で一服しながら行きます。 駕籠の中に乗ってるお姫さんはえろぉ疲れもしませんが、付き合ぉて休まんならん。駕籠の中でじ~ッと座ってなはると、御六尺と言ぅたかてやっぱり駕籠舁きやさかい柄の悪い連中が、何じゃかんじゃしゃべってる声が聞こえてくる。■おい、やっぱり何やなぁ。さっきチラッと見たけど、お姫さんて綺麗なもんやなぁ▲そらそやがな、育ちが違うがな■年はあれで十六ぐらいかなぁ、あんなん、いっぺん何とかならんか。▲アホなこと言え、しょ~もないこと考えるな、手ぇも触れるかい■そんなこと言ぅたかて、おんなじ人間やないか。どないかならんかなぁ▲アホなこと考えんと、早よいんで千擦でも掻いて寝てまえ。 これがお姫さんの耳に入った。「不思議な言葉を聞くなぁ……、あれは何のことかしら?」●さつき、これ、さつき★はい、お呼びでございますか●いま、棒の者の申すを聞けば「早よぉ帰って、千擦でも掻いて寝てしまえ」と言ぅておったが、あれは何のことじゃ?★はっ…… と言ぅたもんのお局(つぼね)さんも返答に困りますなぁ。「それは、あれをぉやってあぁやって……ピュッ」てなこと言われしまへんから、★はい、それはそのぉ~……、下ざまの言葉でございまして……●下ざまの言葉で、これは何を申したのじゃ?★はぁ、早よぉ帰ってゆっくりと疲れをとって休め。といぅことでございます●左様か。 そこはそのまま済んだ。「お立ちぃ~」といぅので、駕籠がまた持ち上がってお城へ帰ります。ご家老さんがお出迎えになる。◆これわこれわ姫君様には、ご無事ご安着。大慶至極に存知奉ります●三太夫か、出迎え大儀。そちも早よぉ帰って、千擦を掻いて休みゃ。今回は、ちょっと短いものを載せました。江戸時代のお姫様は鷹揚なものですね。こんにちの娘さんたちに聞かせても、反応はちがうでしょうなぁ。
2010年01月27日
コメント(11)
日本モンキーセンターで売り出している「絶対 落ちない」絵馬(@1,000円)。受験シーズン真っ最中、ワラにでも縋りたい気持ち‥私も60年前、大学受験のときに体験した気持ちである。JMC(日本モンキーセンター)のホームページでは、絵馬のご紹介絵馬は松材など、天候に強く、変形しないものを使用し、取り付けは紐ではなく、ナイロンの結束帯を使用し絶対に落ちないことを考えています。もちろん絵馬を下げるものもステンレスワイヤーを用いますので、安心していただけます。毎日、御祓いや祈祷はできませんがその前で、「絶対落ちない君」達が見守ってくれるでしょう。■適応例?○各種受験者○高所で仕事をされる方○株などを扱う方○航空機を操縦される方○就職活動中の方○各種セールスをされる方など、何でも信じて見ようと思われる方に ■落ちない君:フクロテナガザル(シャマン)○スマトラやインドネシアのごく一部の地域に生息するテナガザル中最大の種で、ワシントン条約付属書に掲載された希少種。○喉に大きなフクロをもち、動物中、最大級の美しい声でなく。○名前にサルと付きますが、チンパンジやゴリラ同様、人に近い仲間で類人猿の仲間。○モンキースクランブルではこれまでに38km/hという信じられない高速でウンテイをわたった。この速度はオリンピック男子100m走の金メダリストの記録よりはるかに早い。1m間隔の握り棒を4本おきに、5m飛びながらウンテイを移動する。○テナガザルは「落ちれば生きていけない」という生活スタイルから、落ちないための特殊な能力を持っている。掴もうとした枝が風で揺らいだり、つかんだ枝が折れることは日常で、常にそれを予測し、2~3手先まで読んで移動しているとも言われる。と記している。私は、どこも受験するわけではないが、わが「サル・コレ」に加えたいと思い、一枚購入したい。
2010年01月21日
コメント(3)
確か寺田寅彦のことばであったと思う。1995年の今日、淡路島を震源とする「阪神淡路大地震」が起きた。私は東京にいて、すでに起きていた。東京もグラッときた。すぐにテレビの速報を見たが、「阪神地方に地震」という簡単な字幕スーパーがでただけだった。しばらくして、神戸の街の驚くべき被災の様子が放送され、目の前が真っ暗になるほどの驚きを覚えた。関西の知人たちに電話をするが、ほとんど不通だった。時間が経ち、日が過ぎると、その被害は「地獄を見る」ようなことだった。同規模の地震が東京で起きれば、神戸方面の被害の十数倍であろうといわれている。しかも、関東に大地震があると言われてから久しい。しかし、マスメディアが騒いだときだけは、防災関連の物が多少は売れるらしいが、時が過ぎると、すぐに忘れてしまう。15年の間に国内でもあちこちで地震が起きている。国内のみならず世界中で大規模地震が起きている。しかし、そのときは騒ぐが「他人事」視している。阪神淡路大震災15年の今日、私は「いつ起きても不思議でない」という首都圏直下型の大地震が起きたら、どうするかを、もう一度考えなければならない。自宅にいるときは、どうするか? 何を持ってにげるのか、共に老いた夫婦は、どこへにげればいいのかなどを考えてなけれならぬ。また、外にいて地震に遭ったとすれば、どうするか。電車も止まってしまう、携帯電話も仕えない‥一体どうするか。取り越し苦労をし過ぎても仕方がないと言う人もいるだろう。しかし、老夫婦は「自分のことさえ自分できない」のである。取り越し苦労し過ぎるということはない。もう一度、寺田虎彦の言を繰り返してみたい。「天災は忘れたころにやって来る。天災は忘れなくてもやって来る。」
2010年01月17日
コメント(6)
この春、受験を控える、わが孫に贈ることば。私の自慢の一つに、日記がある。13歳から日記をつけ続けている。13歳といえば中学受験の年である。その受験の寸前に大空襲に遭い、結局は「無試験」で入学した。しかし、中学生渇は、あの戦時中だった。来る日も来る日も戦災の焼け跡整理、軍需工場での作業などが続き、ろくに勉強らしいことしなかった。厳しい「教練」という授業があった。あの雨霰と降ってくる焼夷弾に立ち向かうために、連日のように竹やりをもって戦う稽古をしていた。いま、考えてみると、滑稽に思うが、当時は軍国少年として「誇りをもって」竹やりの稽古をした。そして、一年生の夏休み(実際は休みはなかったも同然だった)中に、あの雑音だらけの「玉音放送」を聞いた。「一億火の玉」「撃ちてし止まん」「神州不滅」「神風が吹く」などということばに洗脳されていた軍国少年は、「無条件降伏」ということを受け止めるには時間がかかった。私を待ち受けていたのは「闇市」「復員兵」「進駐軍」「エログロ・ナンセンス」「アプレ」(戦後派)などで、「何を信じていいのか」が分からず、混迷と混乱の渦にまき込まれ、食べるに食なく、働くに職なく、住むに家なく、人々は迷っていた。その時、私の学校の先生が「日記をつける」ことを教えてくれた。毎日「書くこと」は同じだった。「腹減った」ということばが並んでいた。以来、65年間、私は日記を書き続けた。初めのころは、ざら半紙、広告の紙の裏などに書いたが、書くのも鉛筆さえ貴重なものだった。しかし、昭和30年ごろには、ちゃんとした日記帳が売られていたので、宝物のような万年筆で書いた。私は君と同年輩(19歳)のころの日記を探した。すると、ある人からの手紙がページの間に挟んであった。その人は中学の先輩で、すでに大学を出て社会人になっていた。その手紙は、私の手紙への返事だった。どんなことを書いたのかは覚えていないが、多分、受験勉強の苦しさに負けそうになっていたのであろう‥。その先輩は「自反而縮 雖千萬人 吾往矣」という孟子のことばを引用して、私を激励してくれた。いまはなくなったかも知れないが、私の育ったころには「漢文」の授業があった。これは孟子のことばである。「自ら反(かえり)みて縮(なお)くんば、千万人と雖も、吾往かん 」と読み下す。意味は「自分の心を振り返ってみたときに自分が正しければ、たとえ相手が千万人であっても私は敢然と進んでこれに当ろう。」である。私は、この先輩の手紙に奮起して、志望の大学への入試に合格した。この手紙を日記に挟んで残したのは、私の人生観を大きく変えたからである。わが孫よ、いまの君にこの孟子のことばを、そのまま贈りたい。「自反而縮 雖千萬人 吾往矣」。いざ、進め、迷わず、惑わされず、受験という難関へ向かって進め!
2010年01月12日
コメント(8)
東京へ来てから、とんと聞かぬようになったのは「えべっさん」である。さすがに商都・大阪では、今日・1月10日は、特別の日である。それは商売繁盛の神様「えべっさん」の愛称で親しまれている今宮戎神社(大阪市浪速区)の「十日戎」である。それは9日の「宵えびす」で始まり、こんにちの経済不況に苦しんでいる大阪人たちが「景気回復」などを願って、今宮戎神社に大勢詰めかけ、真剣な表情で祈るのである。会社経営者や商店主らはもとより、一般の大阪人たちが次々と境内へと詰め掛ける。「商売繁盛で笹持ってこい」とお囃子が流れる中、参拝者らは福笹(ふくざさ)を買い求め、福娘に縁起物の福俵を付けてもらったり、本殿前の巨大なさい銭箱に小銭を投げ込んだりする。年の初めの、大阪ならではの大行事である。「十日戎」は、翌日(11日)の「残り福」まで続き、同神社は3日間で100万人の参拝客を見込んでいるという。大阪人にとっての「えべっさん」は欠かすことのできぬお祭りなのである。「福笹」も、年々大きなものを買うという。また、若い女性にとって、「福娘」に選ばれるというのは、一種のステイタスなのである。元禄期になると十日戎の祭礼を彩る「宝恵駕籠(ほえかご)の奉納」も行われるようになり、今日と同じような祭礼となったという。紅白の布で飾られた宝恵駕籠に盛装した芸者が乗り込み、その周囲を幇間(ほうかん=たいこもち)が取り囲み、「ホエカゴホエカゴ、エライヤッチャエライヤッチャ」の掛け声とともに参詣する。現在では宝恵駕籠も地元商店街の協力の下、昔の様式を残しつつ、一般の応募者から選んだ「服娘」をはじめ、芸能人、野球選手、文楽の人形の参加を得て行列を華やかに盛り立てている。
2010年01月10日
コメント(10)
かねてから噂のあった、あの高さ世界一の超高層ビル「ブルジュ・ドバイ」が4日、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開業したという。 正確な高さは公表されていないが、地上160階以上で800メートルは優に超え、これまで世界一だった台湾の「台北101」(508メートル)や、建設中の「東京スカイツリー」(634メートル)、東京タワー(333メートル)をいずれも大きく上回る。 ドバイ政府系の不動産開発会社が2004年に着工。総工費は周辺の商業施設も含め約200億ドル(約1兆8600億円)で、オフィスのほかホテル(160室)や住居(1044戸)も入る。施設の90%は売却済みとされるが、昨年11月のドバイショックの後遺症も残る中、入居料はピーク時の半値程度に下落。地元では世界一のタワー効果で景気に弾みをつけたい考えだが、不動産価格の大幅下落で見通しは明るくないと新聞は伝えている。 10年以上も前のことだが、韓国を訪れたとき、ツアーガイドから「このビルは、サンシャイン60より高い」と、何度も聞かされたことを思い出す。キリスト教の教会も「われこそ、いちばん高い」と競っているように、どこへ行っても、十字架を掲げた塔が建てられている。 昔からのことばに「山高きがゆえに貴からず」と言われるように、建て物でも「高さ」を誇ることが多いが、高きがゆえに貴からずである。今度のドバイの「ブルジュ・ドバイ」にも同様のことが言えるのではないだろうか。 人間も「学歴が高い」「金持ち」「地位が高い」「顔がきれい」ゆえに「貴からず」である。その人の「内容」「中身」「人格」‥は、目には見えないが、そこに値打ちがあるのではなかろうか?
2010年01月05日
コメント(3)
あの、財団法人日本漢字能力検定協会が、その年をイメージする漢字一字の公募を日本全国より行い、その中で最も応募数の多かった漢字一字を、その年の世相を表す漢字として、原則として毎年12月12日の「漢字の日」に京都府京都市東山区の清水寺で発表する。昨年の一字は「新」だった。 では、2010年(平成22年)の「一字」をなんと予想するか。そんなことを考えながら、午前中に書初めをした。私が選んだ「今年の予想・一字」は『争』である。さて、この一字を書いてみると気づいたことがある。私はあの大東亜戦争を知っている最後の中学生である。菊花のご紋章が半分削られた「払い下げ」の三八銃を持った最後の中学生だった。鬼のような配属将校に学んだ「教練」を体験した最後の中学生でもある。 私が選んだ「争」は、戦争を知らない世代が人口の7割以上になっている、こんにちの日本であるから、まさか「争」の一字で「戦争」をイメージする人はあるまい。「争」を見て、何を思うか‥。そもそも「争」は、は、辞書によると「物をとりあって互いにゆずらない。優劣をきそう。うばいあう。あらそう」の意とある。その「争」の入った熟語には、争奪・争議・争論・争覇・争闘・争乱・競争・闘争・紛争・内争・戦争・力争・抗争・係争・党争・政争・論争などが挙げられている。 「争」の反対は「和」であろうか? 私は、この「争」を書いてみて、今年一年、日本はもとより、世界中で、いや地球上で、さまざまな「争」があると思う。小さくは、自分自身のいのちのなかで、家庭のなかで、社会のなかで、いろいろな意味の「争」があるように思う。もっとも「争」にはマイナスのイメージがあるが、必ずしも、それだけではない。「争」がなければ、発展や進歩もない。科学技術の進歩などは「争」から生まれると申しても過言ではない。 ただ、「争」が、人を傷つけたり、いのちを奪うことにつながってはならない。いい意味でみなが競い合うことが、私のイメージする「争」である。希望的観測でもある。
2010年01月02日
コメント(2)
全7件 (7件中 1-7件目)
1
![]()

