2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
全6件 (6件中 1-6件目)
1
日本を代表する歌舞伎専門の劇場「歌舞伎座」が年4月の公演を最後に、全面的に建て替えられる。老朽化に伴うもので、新劇場は2013年中にもビルと劇場の複合施設として誕生する。戦後、60年近く歩んできた名建築が姿を消すことで、保存を求める声も上がっている。 ずいぶん前から「さよなら歌舞伎」と銘打って興行を続けてきたが、この四月に、いよいよほんものの「さよなら歌舞伎」が上演されることになった。その興行の「とり」をとるのが、歌舞伎十八番の内 助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)である。花川戸助六 團十郎 三浦屋揚巻 玉三郎 通人里暁 勘三郎 福山かつぎ寿吉 三津五郎 三浦屋白玉 福 助 朝顔仙平 段四郎 曽我満江 東 蔵 髭の意休 左團次 くわんぺら門兵衛 仁左衛門 白酒売新兵衛 菊五郎 口 上 海老蔵 これ以上の配役はあるまいと思うほどの豪華キャストである。團菊の「曽我兄弟」は、贅沢なことである。通人の勘三郎も贅沢な配役だ。福山かつぎの三津五郎も大付き合いだ。朝顔仙平の段四郎、門兵衛を仁左衛門も贅沢なお付き合いだ。芝翫、雀右衛門のお二人は、もう老齢化してしまったから、揚幕の玉三郎も現状では一番の選択かも知れない。白玉の福助もまずまずの配役だ。菊之助ということも考えられるが‥。意休の左團次は、もういまやはまり役となっている。 そして、あの方は、どうしたのかと心配していたら、なんと「口上」を勤めるというではないか。「さよなら歌舞伎座」の最後を飾るのは、お祖父さん似の海老さまが「口上」ということだ。これ以上の贅沢はない。助六の口上は歌舞伎狂言でも貴重なものである。下手から、口上役の海老さまが、鉞銀杏(まさかりいちょう)の髷(まげ)に、市川家の家の紋(三升)をつけた柿裃(かきのかみしも)といういでたちで出てきて、助六劇の由来を述べ、来年ならば「その助六を当世團十郎が相勤めまする。なにぶん古風な狂言でござりますので、ゆるゆるとご見物のほどを‥」と口上を述べた後、舞台正面の格子内に居並ぶ河東節(かとうぶし)連中に向かって「河東節ご連中様、どうぞお始めくださりましょう」と挨拶をして引っ込む。始まる前からドキドキさせる憎い演出である。十八番の助六ならではである。
2010年02月25日
コメント(2)
今日は平成22年2月22日。2時22分22秒‥とまでは申しませんが、もう二度とない日である。私は「そんなくだらぬこと」と蔑んでおりましたが、「誕生日の消印」などとともに、「ぞろ目」の消印も少し集めています。いままでのなかで、「平成2年2月22日」とか、「2000年2月22日」などがあり、消印だけ押印してもらったものや、誰かさんの手紙や葉書の消印がたまさか「ぞろ目」であったりするのがあります。誕生日のは、毎年、娘たちや孫たちのくれるバースデーカードの消印がちょうど誕生日に当たっていれば、なんだか嬉しいように思います。「ぞろ目」の消印なんて、とお思いでしょうが、集めてみると、なかなか趣のあるコレクションになります。
2010年02月22日
コメント(6)
私より1歳下の役者が亡くなった。テレビのはじまったころ、「てなもんや三度笠」での藤田まことさんの姿(時次郎)が目に浮かぶ。「あたり前田のクラッカー」のCMもよかった。それから、「必殺」での恐妻家の中村主水、純情派の安浦刑事、池波作品の秋山小兵衛…。さすがに「上方役者」で庶民派、人情派で、幅広い層に愛され、年を重ねた後も大舞台での座長公演ができる人だった。 だんだんと昭和時代の役者が少なくなってくる。「いぶし銀」のような役者たちが姿を消すたびに、自分の年を考える。寂しいものである。今の人のように「なにかのきっかけ」でのし上がってくる人と違って、芸に深みがあり、人間性がにじみ出ている人が少なくなってきたのは、時代の変遷のスピードのせいであろうか。 藤田まことさん、ご苦労さまでした。ゆっくりと天国でお休みください。
2010年02月18日
コメント(4)
「端唄」というのは、江戸の座敷唄の中心で、文化・文政の頃に流行し、弘化・嘉永の頃には、全盛期を迎えたといわれています。その特徴は、長唄などの段物に対して、短い曲である事と、当世風で自由な曲調だといえます。 季節の風景や、風物の擬人化、粋な恋愛模様を短い曲の中に折り混ぜてあり、中には洒落や風刺を利かせたものも多く、庶民に広く愛唱された様です。 また掛詞(かけことば)の技巧を取り入れたり、男女の秘め事・色事を花や風景などに例えて、ストレートに表現しない言葉遊びも特徴のひとつです。とにもかくにも、江戸っ子は『粋』『いなせ』にこだわりを持っていたと思います。<奴さん>(端唄)♪ハア コリャコリャ エー 奴さん どちらに行く ハア コリャコリャ 旦那 お迎えに さても 寒いのに 供揃い 雪の降る夜も 風の夜も サテ お供は辛いね いつも 奴さんは 高端折 アリャセ コリャセ それも そうかいな エー♪ハア マダマダ エー 姐さん ほんかいな ハア コリャコリャ きぬぎぬの 言葉も 交わさず 明日の夜は 裏の窓には 私独り サテ 合図はよいか 首尾をようして 逢いに来たわいな アリャセ コリャセ そうも そうかいな エー ハアコリャ コリャなんとなく、お座敷遊びの雰囲気がおわかりでしょうか?続けて、もう一つ‥。<松づくし>(端唄)♪ 唄い囃せや 大黒 一本目には 池の松、二本目には 庭の松、 三本目には 下がり松、四本目には 志賀の松、五本目には 五葉の松 六つ昔は 高砂の 尾上の松や 曽根の松 七本目には 姫小松 八本目には 浜の松、九つ 小松を植え並べ、十で 豊久能の伊勢の松 この松は 芙蓉の松にて なさけ有馬の 松ヶ枝に 口説けば なびく 相生の松、また いついつの約束を 日を松、時松、暮れを松 連理の松に契りをこめて 福大黒をみさいな
2010年02月17日
コメント(2)
バレンタインデーのチョコをだれからももらえなくなって久しい。「そんなもんはいらん」と口では言うものの、内心はほしい。聞くところによると、同じチョコでも、「本命」と「義理」があって、いちばんはブランドの「手造り」だそうな。あれは、きっとチョコレートメーカーの作戦が功を奏したに違いない。スーパーでさえ、チョコ売り場を特設している。なかには男の子が並んでいるのを見かけた。外国でも同じようなことをしているのかしら? 日本では「女性から男性にチョコをあげる」と聞く。また、来月には「ホワイトデー」とやらがあって、これには男性から女性にプレゼントをするという。アホらしいことをするものだ‥と言うのは、どこからも、だれからも、チョコどころかあめ玉一つさえもらえない僻み老人の戯言なのかも‥。いずれにせよ、キリスト教文化に由来したこの2月14日をチョコレート屋がほくそえむ儲け日としたことから、大和撫子らが巻き込まれ、また煽りを受けて日本男児らが「義理チョコ」とも知らずに、やに下がっているのを見て、「大和魂は何処に?」と嘆く昭和一桁生まれの後期高齢者である。
2010年02月13日
コメント(4)
明日は「紀元節」である。70年前の昭和15年の「紀元節」は、皇紀2600年だった。授業はお休みで、学校の講堂に集められ、「紀元2600年」の歌を歌い、紅白の饅頭をいただいたことを覚えている。紀元2600年奉祝会選定紀元二千六百年作詩 増田好生 作曲 森義八郎昭和14年 日本放送協会製作 金鵄(きんし)輝く 日本の栄(はえ)ある光 身にうけていまこそ祝え この朝(あした)紀元は二千六百年ああ 一億の胸はなる歓喜あふるる この土をしっかと我等 踏みしめてはるかに仰ぐ 大御言(おおみこと紀元は二千六百年ああ 肇国(ちょうこく)の雲青し荒(すさ)ぶ世界に ただ一つ>揺るがぬ御代に 生立ちし感謝は清き 火と燃えて紀元は二千六百年ああ 報国の血は勇む 間奏潮(うしお)豊けき 海原に桜と富士の 影織りて世紀の文化 また新(あらた)紀元は二千六百年ああ 燦爛(さんらん)のこの国威正義凛たる 旗の下(もと)明朗アジア うち建てん力と意気を 示せ今紀元は二千六百年ああ 弥栄(いやさか)の日は上るまた、戦局の悪化とともにいちじるしいインフレに見舞われていた当時の世相を反映し、値上げが行われたタバコの銘柄に掛けて「金鵄あがって十五銭、栄えある光三十銭、朝日は昇って四十五銭(「今こそあがる煙草の値」「今こそ来るこの値上げ」トモ)、紀元は二千六百年、あゝ一億の金は減る(「あゝ一億の民は泣く」トモ)」という替え歌が作られ、後年はむしろこちらのほうが有名になった。(Wikipediaによる)それにしても、たいへんな時代だった。この年の翌年(昭和16年)に太平洋戦争がはじまったのである。
2010年02月10日
コメント(4)
全6件 (6件中 1-6件目)
1