Wyhappyの部屋

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かわかない心



講師:松原 哲明 師    臨済宗 妙信寺は 龍源寺住職
1939年生まれ 早稲田文学部卒 ブリヂストン入社3年後修士取得の為早稲田再入学

私は玄奘三蔵法師の足跡をたどってみた。玄奘三蔵法師は王革宮(亡くなった場所)で62歳の冬に足を滑らせて亡くなった。
 お経 戒律 論理 
律は出家した僧が守るべきもの 
3つの事をマスターした僧が三蔵という。
出生地は洛陽から20km離れた所
祖父は陳奘玄(八尺ほどあった)父も背が高かった 4人兄弟の末子 姉が1人いたらしい 
祖父・父は有名な学者。次男は出家、法師は兄の影響を受けたらしい。度(試験)を得て僧へ
度は、12から13人取るところに、数百名集まった。(資格は15歳以上)
校長である「鄭 善果」(ティ ゼンカ)は、門の前にいた背が高く年長に見えた少年に「何故、受験しないのか?」と尋ねたが「私は13歳で資格がありません。」と答えた。「ならば、君の夢は何か?」と尋ねた所13歳の少年が、「唐天竺に渡って写経して戻って広めたい。」との答えた。鄭 善果は、これにいたく感激し特別に入学を許した。
玄奘は中国人として初めて27歳~47歳まで唐天竺に一人旅をするが、誰も行ったことが無い魑魅魍魎の世界に足を踏み出す勇気を持っていた。誰しもが止めた旅であるが、(三遊記が生まれる背景)自分の夢を実現させるために危険を承知で旅する。その頃の天竺までの旅は想像を絶するものがあったと思われる。標高7000m級が連なる天山山脈を越えて、インダス川を渡り、トルコ・アフガニスタン・パキスタンを経てインドに入り、同じ道を通らずにタクマラカン砂漠から帰国した。
玄奘は物を売るのではなく自分の実現したい夢をかなえた事(写経してきた事)がすごい。シルクロードには色々な物を持って行き、珍しいものを安く購入し自国や他国で売る事も可能だった。
その後399年後に法顕が60歳でインドに渡り、78歳でセイロンから船で戻るまでは初めての事であった。

昨日、新潟へ行って来たが、グリーン車に新潟選出と思われる代議士が乗っていた。漫画を読んでいる→漫画が悪いとは思わないが政治家ならば王道である政治学を学んで欲しいと思う。

「竹に上下の節あり」→節目(セツモク)…人として最大の節目は誕生した事。
私の節目は長男を亡くした事。生まれて間もなく病院から電話があり、突然息子が亡くなった事を知らされた。東京でも有名な産院だった。今でも死んだ理由は判らない。私はその時僧侶だった。私はベッドに横たわる息子と対面している内、色々な節目を継いで死んだ息子に言われた気がした。→「お父さんは何の為に生まれてきたのか?」「お父さんは何者なのか?」
これは知識で答えられない・意識で答える事。一度しかない人生、何を大切に生きるか?
知識と意識の教育が必要、内から観るだけではなく外から観る事も必要・バランスが必要

  遺伝子からのメッセージ「村上 和雄」
   人には46の染色体がある。

生命の尊厳をどう説いたか!

「君が生きているのは大海の一針のようなもの」「妙高の線(いと)」 針=自分
意味は「大海の中から針を拾う。」あるいは、「山の頂上から一筋の糸が最後に針の穴に入る」ように本当に偶然が重なって、自分が生まれたということ。
命というものは、自分が造り上げたものは髪一つない(親が造ったもの)
自分の30代前に必要な遺伝子は10億と言われており、それは、先祖からの授かりものだから大事しなければならない。正直に生かされ続けてきたと言える。
命というものはそのように尊いものである。
  命を使う→使命    命を生かす→生命
三宝(大切なもの)→仏=師  法=使命  僧(SAN)=2~3人の友人
あなたは、一人で船を漕いでいないか?(僧を持っているか)
ろうそくは芯があり最後まで燃える(使命を果たしているか?)
三宝黄帝が老子に質問…どうすれば氣を養う事ができるか?
意(頭)=心=氣(*米を炊く時にでる湯気)  氣悔丹田(きかいたんでん)




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