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傍聴していれば、知り得ることができた重要な話をします。 それは、冤罪論者が、この対馬放火殺人事件の犯人が受刑者でないことを確信するに至った根拠の一つとされていることです。 実は、受刑者が逮捕される前の日に、前出のK氏が、当時、鉄工所で受刑者の部下であったNに電話をしたそうです。 K氏は、これ以前にも、受刑者やNに、「今回の事件は、お前らは関係ないんだよな」と言っていたことは既述しましたが、K氏としては、世の中には冤罪ということもあるので、警察が犯人は殺されたS子さんの交際関係だとメディアに話していた時点でも、安心できずに、受刑者とNを心配していたのだと、冤罪論者は言っています。 なぜなら、受刑者とNは、事件前の数週間、殺害されたFさんと一緒にFさんの漁船の工事をやっていました。 このことは警察も把握していたので、すぐに受刑者とNにもコンタクトしてきたそうです。ただし、この時点の警察は、容疑者とその部下という視点ではありませんでした。 とにかく、K氏は2人が事件に巻き込まれないように心配していた、と冤罪論者は言うのです。 その受刑者が逮捕された1月27日の前日の1月26日に、K氏はまた心配になってNに電話したそうです。 すると、Nが言うには、「(前回、警察が鉄工所に来た後は)、長いこと、警察は来ていません。今度、警察が来るときは、(社長は逮捕されて)警察に連れて行かれると思います」 このN発言の翌日に、その予告通り、受刑者は逮捕されて警察署に連行されました。 K氏は、この事実を親しい人間に話し、そこから、識者や冤罪論者の耳に達しました。 それは、K氏が裁判員裁判で証言する前の話です。 問題なのは、なぜ、Nは、(今度、警察が来る時に)社長(受刑者)が逮捕されるということを、事前に知っていたのか、ということです。 冤罪論者は、否、冤罪論者だけでなく有罪論者ですら、「あらかじめ、段取りを警察から聞いていたからとしか考えられない」と言うのです。 そして、この段取りを警察が事前に教えているということは、警察のNへの処遇は、「君は逮捕はしないが、社長(受刑者)を落とすために協力してね」ということだったとしか考えられないだろうと言うのです。 既述しましたが、受刑者の鉄工所と自宅がある地点から3キロ離れたYバス停付近へ、受刑者がFさんの軽トラを証拠隠滅のために捨てに行った。その際、受刑者を迎えにYバス停へ行ったと、Nが証言したことも、すべて作出であると冤罪論者は考えています。 この供述についても、冤罪論者が次のように確信していることは既述しました。「Nが警察とすり合わせて、最終決定版が出来るまでは、時系列の説明が滅茶苦茶だった」「K氏の指摘を受けて、時間的整合性に問題がない陳述が出来るようになった」 ちなみに、Nは、「実は社長(受刑者)の逮捕日に、鉄工所に出勤する際、覆面パトカーが自分の車を尾行することに気付いていました」ともK氏に話していたそうです。 尾行の車ではなく、Nが鉄工所に向かうのと同様に、必要があって、鉄工所に向かう車両だった可能性だってあるのに、どうしてNは、それが覆面の警察車両だと特定できたのでしょうか。 警察としても、逮捕日、大勢で踏み込んで令状を執行する前に、Nに尾行を悟られるような愚はやらかさない筈だと、みんな、言います。 Nがスマホで社長(受刑者)に知らせれば、逮捕前に、社長(受刑者)は逃走したかもしれません。 警察とNとの間で、事前に了解事項があったんなら、話は別だと、多くの人間が言っています。 一定数の記者と識者、冤罪論者たちは、このような所にも不信感を覚えているのです。
2020.07.30
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本日は、まず、最初に、断っておきます。 これまで、警察、検察の不完全性ないし不備について、僕が言及してきたのは、警察組織または検察組織に所属する職員が全員、そうだと主張したわけではありません。 多くの警察職員、検察職員は誠実かつ適正に業務を遂行しているのです。 僕が言ったのは、あくまで、一部に逸脱する職員がいるという話です。 この、一部の逸脱者がいなくなれば、警察、検察の不完全性ないし不備の瑕疵は修正されるのです。 対馬放火殺人事件について言うと、捜査に関わった105人の警察官のうち数名は明らかに逸脱していました。法廷で弁護側に指摘されて、検察は反論できませんでした。このことは既述しました。 そして、これもまた既述したことですが、K裁判長は、一般論として事前に、「警察官は体力勝負で頭が悪い。頭が悪い警察官がいなくなると、もっと検察は仕事をやりやすくなる」と言っていました。 つまり、警察のポカは、実際には警察全体のポカでなく、一部の出来が悪い警官のポカであったとしても、検察のポカに繋がるということです。 実は、対馬放火殺人事件の捜査に関わった警官のポカは、法廷で明らかになった部分の他にも、もっとありました。 このことは、現地で警察の捜査に関わった人達や取材した記者達などが把握しているのです。 現地で警察の捜査に関わった人達とは、ずばり、捜査員から事件のことについて質問を受けたり、捜査員が話した内容を聴いた人達です。 その直接、捜査員とコンタクトした人達は、事件解決のため協力はしましたが、決して、無条件に捜査員を協賛したわけではありません。 事情聴取を受けた人達は、捜査員のおかしな部分については、人に話します。 対馬のような狭い田舎では、これが口コミで広がって行くのです。 結局、「人の口には戸が立てられない」ということなのです。 判決が確定して、被告人が受刑者となった今の話ではなく、裁判員裁判の公判が行われていた当時の話ですが、その当時、識者やメディア関係者の中で有罪無罪の意見が拮抗していた背景には、このような事情があったということです。 このことは、その時点では、裁判官にも裁判員にも知らされていませんでした。 僕も、後から聞いて、驚いた次第です。 かつて、読売巨人軍のオーナーであった、故正力松太郎さんは、「巨人軍の選手は野球選手である前に、社会的模範となる紳士でなければならない」と仰いました。 この言葉が、そっくり、そのまま、一部逸脱者の方々に当てはまると思います。
2020.07.29
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この対馬放火殺人事件では、後から後から、どんどんと警察の見解が変わることに、記者たちは慣れていたそうです。 警察が、犯人は殺害されたS子さんの交際関係者でほぼ決定であるかのような話をしたり、ハスラーの給油口が開いていたのは、そこから放火用のガソリンを抜いた可能性があると言ったりしたので、一定割合の記者たちは、結果的に、事実に反する記事を書かされることになってしまいました。 事実に反する記事を書いた記者は、「警察は、・・・だと見て、捜査している」という論調だったので、嘘を書いたわけではないと主張しますが、警察情報に惑わされなかった記者と識者、冤罪論者は、こう斬り捨てるのです。「警察発表や警察のリーク情報を精査することなく、支持的論調で紙面に載せていたら、誤った考えを、読者に刷り込んでしまう。世論を誤導することになるじゃないか」 警察を信用する度合いは、メディア各社、記者個人個人で濃淡があったので、淡いと感じる記者たちは、安易に記事化せず、裏を取るために、受刑者の家族、親戚などを取材しようとしていました。 僕はその記者の1人を知っています。 書類送検後や起訴後の裁判員裁判以前の話として、受刑者が逮捕された時点で、警察情報に惑わされず、可笑しいと思っていた記者が一定数いたということは刮目すべきことであると、識者、冤罪論者達は評価しているのです。 そしてN証人の証言内容が、K証人の証言と食い違ったり、曖昧だったりする点についても、一定数の記者と識者、冤罪論者たちは、作出の可能性が高いと考えているのです。 ところで、N証人は、「放火殺人事件の日にYバス停に迎えに来いと社長(受刑者)から指示され、それを実行したことを、事件から50日間も秘密にしていたことは辛かった」と法廷で証言しました。 そして、50日もの間、ずっと秘密にしていた理由をNは次のように証言しました。「社長(受刑者)は怖い人間だから、Yバス停に迎えに行ったことを警察に話すと、殺されたかも知れません。だから言えませんでした。自分はその時から、社長(受刑者)が犯人だと思っていました」 ??????????? この証言には、冤罪論者だけでなく、有罪論者までも首を傾げたのでした。 社長(受刑者)が犯人であると認識できていながら、50日間も隠していたのなら、N自身が共犯と疑われても仕方がありません。こっちの方が怖いだろう、ということなのです。 それに、「ずっと悩んでいた」と言いながら、この50日間、Nはパチスロ店通いを止めていたわけではありません。 またNは、この50日の間に、社長(受刑者)に隠れて、同業他社である他の鉄工所への移籍を検討していて、実際に、その他の鉄工所の人間と会っていたことが、法廷で明らかになりました。 Nは同業他社に移籍しようとしていた理由を、自分の妻には、「社長(受刑者)から貰う給料は安いから」と説明していましたが、事実は違っていたことも法廷で明らかになりました。 Nは、社長(受刑者)からそこそこの額の給料をもらっていましたが、パチスロで散財するために、消費者金融や知人から、借金を重ねていました。そして、社長(受刑者)からも大金を借りていたので、毎月の給料から返済分を天引きされていたことが法廷で明らかになったのです。 この50日の間、前出のK氏も含め、誰もNが社長(受刑者)を怖がっていたとは感じてはいなかったと識者と冤罪論者達は言います。 そもそもK氏は、放火殺人事件発覚後、社長(受刑者)が逮捕される前の時点で、Nに「この事件とは関係ないんだよな」と訊いていたそうですが、Nは「関係ありません」と答えていたことも法廷で明らかになりました。 傍聴していた記者たちが驚いたことですが、裁判員裁判の50人ほどの証人の中で、ただ一人、答えに困って、1分以上沈黙を続けた証人がいました。 それがN証人でした。 検察は、「(Nは)お世話になった社長(受刑者)の不利になる証言をするから辛いのですよ」と主張しましたが、弁護側の他、一定数の記者と識者、冤罪論者達、それに一定数の一般市民は、そうは見ていないのです。
2020.07.28
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対馬放火殺人事件では、Fさんの軽トラを、受刑者が殺害放火現場から逃走する際に運転した、と検察は主張しました。 そして、受刑者はその軽トラを一旦自宅近くの何処かに隠し、自宅に戻り、後刻、証拠隠滅のために、自宅から3キロ離れたYバス停近くに捨てに行ったと検察は断じました。(この自宅付近の何処かを特定できていないことも、識者と冤罪論者は杜撰だと批判しています) 対馬放火殺人事件が起きた時、受刑者が経営する鉄工所では、殺害されたFさんの漁船の工事以外には仕事がありませんでした。 この事件は、最初のうちは、ただの火災事故でFさんは逃げ遅れて亡くなったのではないかと認識されていました。 それで、鉄工所社長だった受刑者は、Fさんの存否を確認することに躍起となったと弁護側は主張しました。 Fさんがいないと、Fさんの希望を聞けず、Fさんの漁船をどう仕上げればいいのか分からない状態だったそうです。 このような状況下、受刑者は、労務管理上、朝出勤した従業員Nを仕事が無いのにだらだらと拘束するわけに行かなかったので、「帰っていいよ」と帰宅させたそうです。 既述した通り、従業員Nは、仕事している時以外はパチスロ店でギャンブルにハマる男だったので、この日も、いつものように、鉄工所からパチスロ店に直行しました。 この、Nを鉄工所から返した後、受刑者は、自宅近くの何処かに隠していたFさんの軽トラを3キロ離れたYバス停近くへ捨てに行った、と検察は言ったのです。 そして、受刑者は、軽トラを捨てた後、帰りの足に困って、パチスロ店にいたNに電話して、「Yバス停まで迎えに来い。ついでに給料の一部の10万円も払うから」と言ったと検察は主張したのです。
2020.07.26
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裁判員を務めたことによる後遺症のため、精神的に行き詰まり、自殺が脳裏をよぎるようになって、どうしようもなくなって、このブログを開設したのが、今年(令和2年)の3月7日のことでした。 以降、記入率50%をやや超える割合で書き込んできましたが、今月に入って累計のアクセス数が1万を超えました。 これは、ひとえに皆様方のおかげであると感謝申し上げております。 皆様方は、僕の記述内容に興味や関心を持たれて閲覧されておられるのだと思いますが、裁判員後遺症で今なお精神を病んでいる僕にとっては、その皆様方の閲覧という行為が心の支えとなっているのです。 まだまだ、お話することは沢山あります。今後も、どうかよろしくお願い申し上げます。 それでは、1万という累計アクセス数に達したことで、本日は、僕の一方的な情報発信だけでなく、これまでにこのブログをご覧になられた皆様方のご意見、ご感想を紹介させていただくことといたします。 紹介させていただく方には、事前に了解を取らせていただきました。 中には、実名で書いてもらっても構わないと仰る方もいらっしゃいました。 しかし、いろいろと考えた結果、皆様方の氏名年齢職業等は一切、掲載しないことといたしました。 それは、あえて、このブログのコメント欄を利用せず、他の手段で僕にコンタクトを取ってこられる方々が大勢いらっしゃることから、僕がその理由を忖度して、勝手に配慮させていただいたのです。 尚、皆様方のご意見は概略を記させていただきます。 それでは、一番多かった意見から。「そもそも、対馬放火殺人事件のような有罪か無罪かの判断が難しい裁判に、まったくの素人が裁判員として、判断を強いらされるのは理不尽です。こんな難しい裁判は職業裁判官だけでやればいい」「この事件の裁判員の拘束期間が3か月とは長すぎる。自分だったら、理由を付けて、絶対に引き受けない」「K裁判長が、こんな人だとは知らなかった。裁判長のくせに、スロットやネット競馬にふけるのは良くない」「K裁判長は、宿泊費を出すと約束した以上、その通り、やってあげるべき。裁判長は自らの言動によって、裁判員に不安を感じさせたことに謝罪すべき」「裁判官には国家公務員法の適用があると、嘘の説明をしたK裁判長は、全ての裁判員に訂正と謝罪をすべきだった。今からでも、謝罪すべき」「素人の裁判員に罰則付きの守秘義務があるというのに、職業裁判官には、それがないというのは可笑しい」「裁判員になって、これだけの被害を受けたからには、もう、似蛭田さんは守秘義務を全うする必要はありません。記者会見を開いて、裁判員制度と裁判所から受けた苦痛を訴えたうえで、対馬放火殺人事件の評議の一部始終を公表すべきです」
2020.07.23
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僕の場合、裁判員業務が終了して、2年5か月経ちますが、この間、緊急連絡先の担当者は何人も変わっています。 この緊急連絡先の僕の担当者が言うには、例えば、次のような場合、裁判員を務めたことによるトラブルに該当するそうです。 殺人事件の懲役の判決に関わった裁判員経験者に「なぜ死刑にしなかったんだよ」と詰め寄ってなじり、判決は間違っていると批判した。その後、自分は何もしないが、人を使って、裁判員経験者に継続して嫌がらせを仕掛けるような場合。 「納得できる判決ではなかった」と裁判員経験者を批判して、その後、裁判員経験者宅に毎月3回程度ゴミを投げ込むことを半年以上継続するような場合。 僕は、担当した裁判員裁判の終了後、今日までの2年5か月の間に、何度か、裁判員を務めたことによるトラブルであるとしか解することができない執拗な嫌がらせを受けました。 これもまた既述したことですが、全ての人間に裁判員を務めたことを一生涯秘密にする事は不可能です。例えば、裁判員を務める際、仕事を休むために事情を話した関係者などから漏れ出ることを完全に防ぐことは出来ません。 仮に仕事関係者が全員、秘密を守ったとしても、裁判員は、裁判所への出入りを目撃されることもあれば、公判廷ではメディア関係者や一般の傍聴人に素顔を晒しているのです。 厳密に言うと、素顔だけではありません。公判廷が始まる際は、裁判員全員の法廷への入場を、先に法廷に入っていたメディア関係者や一般の傍聴人などは、起立して出迎えます。その際、裁判員一人一人の姿恰好が明瞭に認識されることになるのです。 対馬放火殺人事件は、もともと被害者宅にはなかった金槌またはスパナのような凶器を持ちこんで2人を惨殺し、その上、これもまた、もともと被害者宅にはなかったガソリン携行缶を持ちこんで放火して全焼火災を実現させた事件であったので、有罪なら、余裕で死刑になると識者は全員確信していました。 反面、自白や凶器の発見、目撃者などの直接証拠がない事件であったので、弁護側やそれにくみする人達は、疑わしきは罰せずという刑事裁判の原則通り、無罪が相当であると確信していました。 ところが、裁判員裁判の結果は、判決理由で、「怒気に任せた突発的で無計画な犯行」、「放火行為もそれほど悪質ではない」などと強調されて、無期懲役が相当であると結論付けられました。 そのために、判決後、裁判官と裁判員は全員、有罪論、無罪論、両方の立場の人達から猛烈なバッシングを受けたのでした。 以上のような経緯から、対馬放火殺人事件の裁判員経験者への嫌がらせには、それ相応の対応をしていただきたいと考える次第です。
2020.07.18
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裁判員経験者には一生涯、命の危険を含む、様々な災難に遭うリスクが付きまといます。 それで、裁判員を務めたことによりトラブルに巻き込まれた場合には、裁判所から教えられた緊急連絡先の電話番号を経由して、身の安全が図られるようになっていることは既述しました。 今回はこの点について掘り下げて、お話しようと思います。勿論、評議の秘密とは無関係なことなので、お話しできるのです。 実は、上記、裁判員経験者の身の安全を図る事案は、最終的には、裁判所を経由して、裁判員経験者が居住する地域を管轄する警察署へ行くことになっています。 この緊急連絡先には、裁判員と裁判員経験者が、「裁判員になったことによりトラブルに巻き込まれた」と判断すれば、電話をかけてもよいことになっています。 緊急連絡先に電話をすると、裁判所刑事部の担当者が応対して、トラブルの内容を聴いて、妥当だと判断すれば、「これは裁判所として警察に相談すべき案件だと判断しますので、警察に、この旨を伝えて、相談して下さい」と言うのです。 裁判所を経由すると言っても、裁判所刑事部が警察と繋がっていて、ダイレクトに警察を動かす訳ではないのです。 あくまで、裁判員経験者自身に警察に相談させるわけですが、裁判所刑事部が「裁判員になったことによりトラブルに巻き込まれた」と認めた案件なので、警察からすると、通常の一市民の相談とは峻別される相談であるのです。 裁判員経験者に嫌がらせを仕掛けてくる人達は、全員が、裁判員経験者が関わった裁判に不満を持っています。判決に不満を持つ場合が多いですが、裁判の過程に不満を持つような場合もあります。 このような不満が、その嫌がらせ行為の動機であることは間違いないことなのです。 しかし、嫌がらせを仕掛けてくる人達が、全員、「お前が裁判員として関わった裁判の判決に不満があるから、やってやるんだよ」なんて、心の内を表明するとは限りません。 このことが、問題を解決するための警察活動を困難にしている面があります。 また、警察の動き方に問題があったため、かえって、嫌がらせ行為がエスカレートする場合もあるので、警察には慎重さが要求される面もあるのです。 「裁判員を務めたことによるトラブル」とは、どういうトラブルをさすのか、全国すべての裁判所の担当者に共通した認識がある訳ではありません。 僕は、トラブルは制限列挙出来るものではなく、無限に例示列挙できるものであると聞きました。 これまでに、僕が直接あるいは間接に体験した範囲では、「裁判経験者であることを知った人間またはその関係者から、一般社会で通常、受忍義務とされる程度を超えることを継続して受けた場合は、裁判員を務めたことによるトラブルですね」と解釈する担当者が多かったです。
2020.07.17
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K裁判長が、裁判員選任直後に「これは一般論として、裁判員としてこの評議室に入られた皆さんに、最初に必ずお話することです」と前置きをして語った内容については、守秘義務に反しないことなので、これまでに何度か既述しました。 また、休憩中、評議とは関係のない雑談中に、K裁判長が、「その気になって、腹をくくりさえすれば、有罪だろうが無罪だろうが、どんな判決文だって書くことはできる」と言い切ったことも既述しました。 実は、もう一つ、K裁判長が雑談中に言い切った話に、次のような内容がありました。(K裁判長曰く)「同じ事件でも、それを審理する合議体によって判断が分かれることは裁判所ではよくあることです。懲役7年か懲役5年かとかで判断が分かれるというレベルの差異の話ではありません。ずばり有罪無罪の判断が分かれるということです。それも裁判員裁判と控訴審の判断が分かれるということだけではなく、職業裁判官のみの判断が、地裁、高裁などで180度違ったものになるということです。証拠をどのように評価するのかということも裁判官によって差異があります。全ての裁判官が同じ判断をする訳ではありません」 冤罪論者は、新証拠などが出る訳でもないのに、裁判員裁判や控訴審、あるいは差し戻し審などで、有罪と無罪に180度ぶれるような事件は、冤罪の可能性が高いと言います。 証拠をどう評価するのかが、裁判官によって、差異があるということも、とても怖い話です。 かつて、東京地裁で刑事部総括判事を務められた木谷明さんは、疑わしきは罰せずの刑事裁判の原則を貫かれた裁判官人生だったそうですが、控訴審で逆転有罪とされないように、難癖をつけられないような無罪の判決文を書かれたそうです。 裁判員制度が発足して丸10年を経過しましたが、裁判員制度以前の話として、司法には様々な問題点があると思います。 同じく、東京地裁で民事部総括判事の経験があり、最高裁判所調査官も務められたこともある法学者の瀬木比呂志さんは、このような司法と裁判官の、昔から続く問題点と裁判員制度の悪弊について多くの意見を述べておられます。 著作を数冊読ませていただきましたが、成る程と思うものばかりでした。
2020.07.13
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僕はこう考えるのです。 裁判員を舐めてもらっては困るのです。 裁判員は素人ですが、裁判官と等しい事件の評議者なのです。 ひょっとすると、真摯に事件と取り組む裁判員の方が、事なかれ主義のサラリーマン化した職業裁判官以上に、より本来あるべき裁判官像に近い存在なのかもしれません。裁判員の方が、より刑事裁判の原則に忠実に仕事をするかもしれないのです。 だから、この対馬放火殺人事件のように直接証拠がなく、裁判員に難しい判断を迫ることになることが事前に分かっているのであれば、検察に全ての間接証拠を出してもらいたいのです。 冤罪論者は、被告人(現在は受刑者)を有利にする間接証拠を、検察は隠しているか消去したと言っています。 証拠とは言えないまでも、いくつかの事実について、警察官と検察官が説明した内容と矛盾する話をする、新聞記者、法律家、識者、冤罪論者、対馬市の住人などの存在を僕は確認しています。 対馬放火殺人事件の裁判員裁判の判決から2年と5カ月。 時間が経てば経つほど、法廷では知ることが出来なかった新事実がどんどん判明してきます。 「これは、有罪無罪の判断には関係のない話だから、裁判員(裁判官も?)には伏せておきましょう」 必ず、こんな話があったと思います。 でもねえ、人が2人惨殺されて家屋が放火されて全焼した事件の重大性と直接証拠がなくて有罪無罪の判断させる苦悩度を考えたら、後々裁判員の心の負担を少なくするために、もっと情報を出すべきでしたね。 冤罪論者は、真犯人の追及に世論が動くと困るから警察と検察がいろいろな事実を隠していると言っています。 しかし、有罪論者ですら、仮に良い意味での配慮があったとしても、事実をいくつも隠すということになると、後でそれを知った裁判員(裁判官も?)が、自分達が下した判決に誤りがあったのでないかと苦悩するから、対馬放火殺人事件のような事件の場合、事実は明らかにすべきであると言うのである。 畢竟、その事実を明らかにしたとて、大勢に影響はなく、検察が有罪を確信するのであれば、それを明らかにして、少々、裁判員裁判の公判と審理の期間が伸びた所で裁判員サイドの大勢にもたいして影響はないのである。 僕たちは2年前、1月下旬から3月下旬まで拘束されましたが、あと半月か一か月拘束期間が伸びた所で、投げ出すようなことはやらなかったと思います。 もう一度言いますが、直接証拠がない重大事件で難しい判断を裁判員に迫る以上、時間短縮の配慮は要りません。 その証拠、その事実が、些末なものであるとか、大勢に影響ないということは、警察官や検察官が判断するのではなく、裁判員に判断させてもらいたいと思います。
2020.07.13
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裁判官と裁判員は、担当する事件について、警察や検察と同様の情報を得ている訳ではありません。 このことについて、裁判員に選任された直後、K裁判長から、「これは、今回の事件に限らず、刑事事件の裁判員になった人、全員に必ず最初にお話する一般論です」という前置きがあって、次のような説明があったことは既述しました。「警察と検察は、持っている証拠の全てを出すわけではないと考えて下さい。警察と検察は被告人を有利にする証拠は持っていても法廷には出さないので、この点は覚えておいて下さい」 それは、この対馬放火殺人事件についても同様だなと感じる所が多々ありました。 裁判員裁判の判決後、裁判所が裁判員メンタルヘルス窓口の電話相談を秘密録音した問題や、虚偽の説明をしたK裁判長のことを、守秘義務に反しない範囲で、メディア関係、政党議員関係、法曹関係、学者関係などの方に相談しました。 すると、特にメディア関係、法曹関係の一部の人達から、この事件について、裁判所からも検察からも被告弁護人からも僕が全く聞いていなかった、新事実を知らされることが幾つもありました。 穿った見方をすれば、K裁判長、T右陪席判事、M左陪席判事は知っていた可能性があると思います。 K裁判長からは再三、嘘の説明を受けたので、上記、K裁判長がした一般論の説明もそのまま信用することはできないかもしれないのです。 ただ、僕としては、現実の裁判所と検察庁の関係は、先に紹介したテレビドラマの「99・9刑事専門弁護士」で描かれているような歪んだ関係ではないということに期待したいのです。 仮に裁判官たちが知っていたとしても、有罪無罪の判断の資料としては些末な事で、弁護側も取り上げないようなことだから、裁判員には知らせなかったということは考えられます。 しかし、僕は、このことには、大きな引っ掛かりを覚えずにはいられないのです。 それは、弁護側も完全ではないからです。 この対馬放火殺人事件の裁判員裁判に、警察と検察が、それぞれ県警と地検の総力を挙げて取り組んだことに比べると、被告側の弁護士3人は、全員が国選弁護人という立場で、時間にも人手にも圧倒的ハンデを背負いながらの活動を余儀なくされました。 それで、一定数の新聞記者と冤罪論者は、弁護側が十分に弁護し切れていない部分が随所に散見されたと言っているのです。 事実、法廷で、検察側証人の反対尋問で、弁護人3人が誰も気付かないことに、反対尋問の終了後、裁判員が気付いて質問して、裁判員を擁護する裁判官からも追及されて、検察側の主張が部分的に崩れたというようなことがありました。
2020.07.12
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これまでに何度も既述してきましたが、裁判員経験者には、担当した事件の評議の内容について、一生涯、守秘義務が課されています。この守秘義務に違反すると、6月以下の懲役または50万円以下の罰金に処せられます。 そして、その評議については何も話すことができないことが、精神的苦痛を増幅していることも、何度も既述しました。 全ては、法曹関係者や識者が「死刑か無罪かの二者択一しかあり得ない」と評していた裁判員裁判の判決が無期懲役刑だったことに起因しています。 裁判官と裁判員は、有罪論者、無罪論者の全員から、物凄いバッシングを受けました。 家族や親しい友人からも大いに抗議をされました。「おかしいじゃないか」と。 被害者2人とは全く接点のない人、しかも、無罪論者の一部からですらも、次のように言われて、責められました。 「有罪にするのなら、死刑にしてやらないと、被害者遺族の心は救済されないじゃないか」 また、こんな事を言う人もいました。「凶器とガソリン携行缶を準備して、2人の惨殺と全焼火災を実現させて、やっていないとシラを切って反省しない犯罪者が無期懲役刑で済むのなら、今後、同様の犯罪の発生に歯止めがかからないぞ」 そして、「ある人」からはこう言われました。「被害者遺族は本当のことを知りたがっています。評議室にいて、全てを知る貴方が、ご遺族の心を救ってやって下さい。判決文には書かれていない真実があるはずです。それを被害者遺族に教えてやって下さい」 僕は、その時、胸を締め付けられました。 とても苦しくて辛くて、涙が出ました。 法曹関係者と識者、新聞記者などのほぼ全員が、裁判員裁判の判決前に措定していた「死刑か無罪かの二者択一」であるべきだったことが、妥当だったかどうかは、僕は口外する立場にありません。 ただ、被害者のご遺族が、この判決に不満を持たれて、そのお気持ちを裁判員裁判の判決から2年以上もずっと引きずられて今日に至っておられることは、痛いほどよく理解できるのです。 いっそのこと、被害者のご遺族に、僕が知っていることを全て、お話しすれば、「ある人」の言う通り、被害者のご遺族の心が救われるだろうなと考えたことは、この2年5か月の間で何百回もあります。 評議の内容を話して、救われるのは、被害者のご遺族だけではありません。 もし、そうする事が出来るのなら、一番救われるのは、僕の心なのです。
2020.07.06
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対馬放火殺人事件の被告人(現在は受刑者)の無期懲役刑が最高裁判所で確定したのは、昨年12月のことです。 これで、刑事裁判としては一応の決着がついて、被告人(現在は受刑者)は刑務所に収監され、無期懲役囚という境遇に置かれることになりました。 ところで、FさんとS子さんの遺族は、刑事裁判の判決確定から半年後の先月、長崎地方裁判所に民事の損害賠償請求を起こしました。 受刑者に、突如として家族を失ったことについて「多大なる精神的な苦痛を被っている」として、あわせて1億3千万円の損害賠償請求権の一部、1千万円を請求したのです。 被害者遺族はメディアの取材に対して、「自分の犯した罪と向き合い、しっかりとした償いをしてもらいたい」とコメントしました。 しかし、この訴えに対しても、受刑者は、逮捕以来、一貫して主張している通りのことを繰り返したそうです。 つまり、受刑者は、「自分は犯人ではありません」という内容を書いて、裁判所に送付したそうです。 先月30日の第1回口頭弁論は、被告が刑務所にいて出廷出来ないという理由で開かれませんでした。 識者は、「受刑者は、まさか、民事で訴えられるとは思っておらず、突然のことで、弁護士に依頼する時間が無かったのではないか」と言っています。
2020.07.06
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30年以上前の旧司法試験の合格者数は、概ね500人を切る程度に抑えられていました。 旧司法試験制度のまま、合格者数を700名程度まで増やしたり、1000人程度まで増やしたりしましたが、硬直化した試験制度の悪弊に解決の目途が立たなかったから、法科大学院創設による新司法試験制度への移行がなされました。 率直な話、予備試験ルートも含めて、現行の司法試験は、昔の旧司法試験に比べると、試験問題は簡単だし、合格者数が昔の3倍以上であるから、今の試験は、昔の法曹志願者からすると、かなりちょろい試験であるように感じられています。 それに、昔だったら、東大文Ⅰに行くような優秀な人材が、今では、はなっから官僚や法曹の道を選ばず、医学部に行く傾向に、この20年ほどで拍車がかかっているので、東大卒の司法試験合格者と言えども、昔の合格者より質が落ちていると言う人もいるのです。 東大医学部を卒業して医師にならずに、国家公務員I種試験に首席で合格して財務省に入省した吉本曉子さんのようなケースもあります。昔だったら、考えられないことです。昔は、上位一桁は優に東大法学部が独占していました。 ところで、昔の旧司法試験合格が難しかった話は、K裁判長もしていました。 K裁判長が合格した年度は合格者数が700名程度だったそうですが、これは、現行の制度の合格者数の半分程度です。 このことはK裁判長の誇りです。 ただし、K裁判長は一発合格者ではありません。かと言って、だらだらと5回以上受験したわけでもありません。だらだらと受験していると、合格時の年齢が高くなって、任官できなくなります。 K裁判長は、「旧司法試験には実力で合格したのではない。運が良かったから、合格できた」と言っていました。 実は、K裁判長は次のような本音をこぼしました。「二次試験の論述式のある科目で、たまたま直前に目を通していた論点を問う問題が出題されて、ラッキーにも、その科目で満足できる答案を書けたことが、合格の主要な原因です。あれで気を良くして流れが良くなった。あれがなければ、たぶん試験は落ちていたと思います。そして、その後、何回受験しても合格したという自信はありません」 僕は、これまで、東大法学部を卒業してでさえ、不合格を繰り返し、旧司法試験についに合格できなかった複数の人達と出会ってきました。 その人たちの中には、K裁判長の言うように、旧司法試験のギャンブル性を指摘して、「運」を口にする人もいました。 でも、どんなに難しい試験でも、一発合格する人や、二回目で合格する人がいることも事実なのです。 東大法学部のトップの人達は、かつて、上級職国家公務員試験と旧司法試験と旧外交官試験のうち、2つくらいを掛け持ちで勉強して、2つとも在学中合格を果たすという光景がよくあることでした。 合格者が500名未満だった頃ですら、当時の法曹は今以上に重宝されていたのに、司法試験合格を蹴って、大蔵省(現財務省)や通産省(現経済産業省)に入省する人が結構いました。 それに旧司法試験合格と上級職国家公務員試験合格の両方を蹴って、学者の道を選ぶ人などもいました。 東京のそこそこの家庭で生まれ育った人達は、一般大衆が評価するほど、裁判官や検察官が群を抜いて高い存在だとは認めていないのです。 東大法学部で良い成績を修めながら、故鳩山邦夫さんのように政治家になるために、はなっから、官僚も裁判官も検察官も眼中にない、と言う人もいます。 企業経営者の息子で東大法学部に行く人達も、跡を継ぐために、はなっから、これらの試験は受けません。 K裁判長は、三重県の出身で東大卒ではなかったので、このような事情をよく知りませんでした。 K裁判長は、任官以来、今日に至るまで、裁判官という職業を絶対的で最高位の存在だと思い込んできたようでした。 ご自身が「運よく旧司法試験に合格して、運よく裁判官になれた」と思っているのなら、一緒に仕事をする裁判員にも「この裁判長と出会えて、私は運が良かったわ」と思わせるような裁判官であって下さいよ。K裁判長どの。
2020.07.01
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