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-小麦粉記-
図書曲エチュード・・
…学生会がくるには少し早すぎる。しかも一人だ。もし学生会なら少なくとも会長の健介と副会長がセットで来るはずだし、第一こんなやつ見たことない。身長は小さいけどこの学園の制服はよく似合っている。髪は後ろ半分をまとめてシュルリとポニーテールにしてある。前髪は何もしていない。小さい顔で結構可愛い感じがする。目が半眼でなんとなくジト目で生意気そうだけど、そのくせ緊張してるながわかって、更に可愛い。
「…もしかして、一年生?」
ドアを開けたまま固まっていた女の子にそう声をかけると、一瞬ビクッと体を震わせた。慌てて机から足を下ろして制服を直す…長年着崩した制服のくせは、仕方が無いからできるだけ。極力丁寧な言葉を選んで、話しかけてみた。
「えっと、ここ司書室、図書局の部室だって言うことは、しってるよね」
女の子は、黙ってコクンと頷いた。ポニーテールが揺れた。
「それじゃあ、図書局に入局希望、っていうことでいいのかな?」
またも女の子は、黙ったままコクンと頷いた。
…これは、予想外だ。まさかこのタイミングで、もうダメだってあきらめたこのタイミングで新入局員が来るとは、全然思っても見なかった。だけど、これは…
…もしかしたら、図書局を守ることができるかもしれない!そんな考えが圭吾の頭の中にヒラヒラと舞い降りてきた。部局としての規定の人数は三人だから、もしこの女の子が入ったとしてもまだ二人なので三人には届かない。しかし、自分から進んで図書局なんぞに入ろうとする物好きなのだ。もしかしたら面白いことになるかもしれないと、根拠のない希望観測が圭吾の中に生まれてきていた。三年前に「俺はこの学園に入学できる」という根拠のない自信から、到底無理だといわれた秋野山学園に合格したときから、圭吾は自分の根拠のない自信や予感を、全面的に信じることにしていた。それに相応の努力もしていたが。
一方、池ノ内の方はと言えば、勇気を絞ってドアを開けた瞬間、目に飛び込んできたのが不良っぽい背の大きな先輩だったのであっけに取られていた。図書局というよりは、バスケ部とかにいたほうがずっと自然だと思う人が、イスと机にでん、と座っているのだ。おもわず表の「図書局」と書かれた紙を確認したくらいである。今のように容姿がもとで無駄にびびられたり、あらぬ誤解やトラブルによく圭吾は巻き込まれている。生まれついての宿命だと圭吾はあきらめていたが、事実中学のときはしょっちゅうケンカをしていたので本当にそれっぽい凄みが加わっているのは圭吾自信の責任なのだが。
絶体絶命打つ手無しの危機的状況から比べりゃ、一人入るというのは大きな違いがある。俺にもツキがまわってきたのかもしれん。まずはこの女の子を、確実に入局させなきゃなるまいよ。
俺はもう一つのパイプイスを用意して、女の子を座らせた。それまで女の子は一言も発していない。やっぱり緊張してるみたいだ。ジト目の生意気そうな目のままだけど、表情筋がぜんぜん動かない。何度か口を開きかけては、また閉じるというもどかしいことをさっきから五回は繰り返している。ここは先輩がフォローしてあげなきゃね。
「それじゃあまず確認したいことがあるんだけど、君は図書局に入局するって言うことで大丈夫?」
「…はい。大丈夫です」
はじめて女の子が声を出した。すこし低めの、落ち着いた声だった。
「よかった。新入局員がいなくて困ってたんだよ。よし、それじゃ名前とクラスを教えてくれ」
「あ、えと、池ノ内さよりです。クラスは1年4組」
「ふぅん。それじゃあ体育祭はおなじ組み分けか。で、最初に確認したいことがあるんだけど」
「あ、そのっ、私も聞きたいことがあるんですけどっ!」
と、突然女の子、池ノ内がイスから立ち上がって叫んだ。いつの間にか両手には何かの冊子が握られている・・・・・って、あれ?
「ねぇ、その冊子…去年学祭のときに出した図書局の冊子だろ!なんでそんなもん持ってんだ!?」
思わず俺も立ち上がってしまった。その冊子、学校に残っている分は忌まわしい記憶とともに完全に廃棄したはずの、あの冊子を、なんでこの女の子がよりによって俺の前に出す!?
「えっ?いやっ!わたし、この中の小説読んで、なんていうかその、小説読んでこの学園の図書局に入ろうって決めたんです」
女の子…池ノ内が、いったん言葉をきって俺をまじまじと見上げた。池ノ内も俺も立ち上がっているから、かなり顔が近い。落ち着きを取り戻したのか、黒目がちの上目使いになっている半眼に、力がこもった。
「…そうです。この中に載っている一本の小説を読んで、合格率2%から頑張って入学したんです。聞きたいことって言うのは、いまでも図書局は、こんな風な冊子を出しているんですか?もし出しているんだったら、私にも小説、書かせてください」
そういって、俺の目の前で、池ノ内がすっと、頭を下げた。
「…お前、その小説って、もしかして、」
池ノ内が顔を上げて、ずいぶんと読み込まれた冊子の、さらに読み込まれたページを開いた。思ったとおりのページで、俺は思わず、顔に手を当ててうなった。
「この小説です。私、本当にこの小説、好きなんです。なんか書き手の気持ちがこもってて、すごく純粋で…。この小説、どなたが書いたか、知ってますか」
「あぁ、そいつは…そいつは、三年に上がる前に…転校してしまったよ。親父さんの仕事が特殊らしくてな」
池ノ内が、一気に泣きそうになった。
「…そいつな、ばかなやつだったんだよ。今はもう卒業した図書局の先輩のこと好きになって、いろいろ無茶なことやって。いつだったかはその先輩が寝ている間にくちびる奪ったりしたこともあってよ。その小説も、そいつと先輩のことをかいた小説でさ、かなわぬ恋ならせめて小説でも書いて気持ちを落ち着かせようとしたらしい。本当は内緒で書いてたはずなんだけどいつの間にか愉快な先輩に見つかって、その冊子にのせられたわけ。残念だったな、もうそんな奴は、いなくなっちまったよ。あんなバカやろうなんて、もうここにはいないぜ」
まだ名前を聞いていない先輩が、ひどくバカにした言い方で私にその小説を書いた人のことを教えてくれた。というか明らかにバカにしてたから、むっとした。
「…転校、ですか」
「あぁ、いなくなった」
「じゃあ冊子は」
「今は作ってない。書く奴が、いないからな」
何故か先輩は、半笑いの口調のくせに目はどこかずっと遠くのほうを見ていて、時々痛そうな感じになった。その人と、なにかあったんだろうか。
それよりも、せっかくあの小説を書いた人と会えると思ったのに、やっぱり世の中はそんなに甘くないらしい。しかも、冊子は作っていないそうだ。えーっと、そうしたら私は、どうしたらいいんだろう。
「あの、先輩」
「あぁわりぃ。名前言ってなかったな。高梨だ。高梨圭吾」
「…じゃあ高梨先輩。私は、どうすればいいんでしょうか」
「へ?」
「さっきも言ったけど、私、この小説を読んで、図書局に入ってみたくて、それでこの学園に入学したんです。だけどその先輩は、もういないって言うじゃないですか」
先輩の顔が、一瞬、とても痛そうに引きつった。
「いえ、別にその先輩がいなくても、図書局に入ってみたかったんです。あんなふうな面白い冊子を作れる図書局に、入ってみたかったんです。だから文学部も断りました。でももう、あの冊子も作ってないんですよね」
「・・・・・」
「それじゃあ、あはは、それじゃあんまりです。別に高梨先輩が悪いわけじゃないと思いますけど、わたしは何のために頑張ってこの学園にはいったのか、わかんないじゃないですか」
「・・・・・」
「まぁ、先輩にこんなこと言っても、迷惑ですよね。ごめんなさい、すぐ帰ります」
じわ、と目に涙が浮かんできたのw見られる前に帰ろうと先輩から顔を背けた。あー、結局こうなってしまった。中学の頃から何にも変われないまんまだ。いやになる。
ぽたぽた落ちてくる涙を拭いながら、乱暴に開けたカバンに冊子を突っ込んで、背中越しに「どうもお邪魔しました」と告げる。もう、本当に、私は何をしに来たんだろうって感じ。
カバンを引っつかんでドアを開けようとしたら、いきなりノックが聞こえて返事も待たずに勢いよくドアが開けられた。かなりびっくりして、思わず後ずさったら、高梨先輩にぶつかってしまった。ふわりと、タバコの匂いがした。
「おいおい、まさかまさかの新入局員かとおもったら、何をやってるんだ高梨は」
ドアのむこう側にいたのは三年生の男の先輩…たしかこの人、学生会長だ。入学式で愛さsつしていたのを覚えてる。そうしたら隣にいる二年生の機嫌悪そうな顔した先輩は、副会長みたいだ。
「まぁ新しく局員が一人入ったとしても、規定の三人にはたっしていないから間に合いませんけどね。それに活動計画だって書いていないみたいですし」
「でもよ、こんな健気な後輩が来てるんだぜ?ここは存続させてやるのが情っていうものだと思うがね」
「仕方ありません。情なんかもって学生会の仕事が務まりますか?」
…状況が読み込めないんですけど。学生会の先輩はなんか二人で話してるし、後ろの高梨先輩はさっきからずっと黙ったままだ。前の二人の話を聞いていると、どうやらこの図書局は、つぶされてしまうらしい。学生会長が副会長をなだめているけれど、どうやら副会長は折れそうにない。
「…図書局が、なくなる?」
思わず、後ろの高梨先輩を見上げて呟いた。先輩は、厳しい目をしていた。そしてえ突然、私の肩を掴んでぐいっと振り向かされた。男の人に肩を捕まれるなんてもちろん初めてで、身をよじって逃げようとしたけど、先輩の力が強くて振りほどけない。心臓が、どくどくいい始めた。ロマンチックなどきどきじゃなくて、どっちかって言うと、怖い。すごく、怖い。
「池ノ内、お前、小説書きたいか?」
「ぅえ?」
「だから、小説書きたいかって聞いてるんだ。あんな風な冊子は、もう先輩方がいないからできないけど、もし作れるんだったら、お前の小説を載せて、冊子を作りたいか?」
「…えぇ?」
だって、いますぐ側で図書局をなくすなくさないのは無しをしてるのに?っていうか先輩肩痛い。冊子を作るって、そんな
「どうする池ノ内。なんなら俺の文も一緒に載せてやる」
「はい。作りたいです」
自分がまずびっくりした。何にも考えないで頷いていた。そうすると先輩は、一瞬だけいやそうな顔をして、すぐに何かあきらめたような、でもちょっと満足そうな顔をして、私の肩を離してくれた。
その後私から離れて、まだなにやら話し込んでる二人に近づいてガン!と壁を蹴っ飛ばした。二人も、私も飛び上がった。
そして…いきなり土下座した。
「頼む。図書局を存続させてくれ」
圭吾は、いきなり土下座をした。突然の土下座に普通に驚いた池ノ内はともかく、以前の圭吾を知っている学生会の二人には、にわかには信じがたい光景だった。
あの高梨が、土下座かよ!という感じである。本人にあまり自覚はないが、学園では圭吾は不良で通っている。それも一匹狼タイプの。入学して三日目で二年生に目をつけられて、三人で囲まれたにもかかわらず全員に全治三週間の怪我を負わせて無傷、服装を注意する教師にガンをとばし、授業中に名指しでバカにされたときも、相手に手は出さなかったものの壁際に追い詰めて顔のすぐ横の壁に拳で穴を開ける等の行為をしていれば、まぁどこからどう見ても不良だった。そんな圭吾が誰かに頭を下げるところなどいままで誰も見たことがない。
副会長の里山は唖然としたままだったが、会長の慎一は、ニヤリと笑った。圭吾の数少ない学校での友達の一人の健介にも、圭吾がなぜこの期に及んで土下座などという行為に走ってまで図書局を守ろうとしているかはわからなかったが、どうやら新入局員が関係しているのは間違いないとふんではいた。
「だがな高梨、土下座をされても部局として存続するにはあと一人足りん。さっさと顔を上げろ。お前なんぞに土下座されても不気味なだけだ」
わざと意地悪して、副会長のようなことを言ってみた。案の定顔を上げた高梨は地獄の鬼のようなおっかない目つきになっている。里山が一歩俺の背中に隠れた。
「じゃあ慎一、学生会長を恐喝して副会長を人質にとってっていうのはどうだろう」
「馬鹿者。副会長を人質にしてあんなことやこんなことをするのは賛成だがもう少し簡単なやり方がある」
少しボケをかましたところ、高梨の目が和らいだ。…里山にシャーペンで背中を刺されたけど。
「だから、そこの活動計画に何でもいいから書けばいいんだよ。たしかに図書局に具体的な活動計画を書けと言ってもなかなか難しい部分もあるが、今の状況は違うみたいじゃないか。どうやら新入局員の後輩に、泣きつかれでもしたのかな」
「やかましい。そうかそうか、活動計画を書けばいいんだろ。いいさ取り敢えずかいてやる。おい、池ノ内。そこの紙とってくれ」
…池ノ内、というのか。この女の子は。うむ、高梨に何を言ったかはしらないが、この娘が来なかったのなら、きっと高梨は何にもしなかっただろうよ。黙って図書局の廃局のプリントを受け取っていたところだろうな。あの高梨が人のために頭を下げたか。人は一瞬にして、ずいぶんかわることができるものだな。もうこいつは、あの日からあのままだと思っていたが…。
なかなか面白いじゃないか。池ノ内君、君は高梨を、どんな風に変えてゆくんだい?
自分でも、まさか土下座をするとは、思っても見なかった。だけど、体も頭も納得していた。
高校に入ってからは、誰かに頭を下げるのも初めてだ。だが、どういうわけか、あまり悪い気分ではなかった。
池ノ内の目標だった図書局をなくしちゃいけないと思った。あの小説を見て頑張ったといった池ノ内の小説を、書かせてあげたかった。廃局ぎりぎりでやってきた、健気な後輩の願いくらい、かなえてあげたいじゃないか。あんな泣き顔を見せられたら、自分の恥なんて、どうだっていいだろうさ。それが先輩っていうもんじゃないか?
なにせ、あの小説をみて、図書局に入ろうとした、なんてき聞かされたら。
そんな勢いで、俺まで何か書いてやる、なんていうことを口走ったのは失敗だったかもしれない。それを言った瞬間「はい」って即答されたし、きっと忘れてないだろうよ。まぁ、そこはおいおい何とかするとして、今のところはこの計画書だ。
図書局の基本的な活動を書いてゆく。図書当番、図書の買い出し、高文連参加…そして
「池ノ内、最後はお前、書け」
「え?」
「だから、お前がやりたことを、図書局なんかにきたわけを、書けよ」
「…いいんですか?」
「あぁ。だってお前は、そのために図書局なんぞにきたんだろ?」
「…はい。じゃあ、遠慮なく書きます」
─図書局誌の発行─
圭吾の土下座と池ノ内の書いた図書局誌の発行によって、取り敢えずの図書局の存続はなった。ただし定期的な発行と学校祭における一定部数の売り上げ実績を作らなければ即時廃局という条件付で、だったが。
局室に残った圭吾と池ノ内…さよりの二人は、日が傾いたにも関わらず、特に何をするでもなく、黙ってイスに腰掛けていた。
校舎の外は、さしずめ夕焼け桜だった。おなかいっぱい味わいたくなるように色づいた空気の中で、桜も負けずに咲き散っていた。地面に落ちた花びらが渦を巻いてアスファルトをすべってゆく。ちょうどいいことに、前にいた先輩が学生会に内緒で取り付けた冷蔵庫には、ビンのお酒が二本入っているはずだった。
「池ノ内」
「…はい。なんですか」
「たとえばだ。お前は大体何で小説を書いているんだ?」
「何で、というと…手書きですよ。ワープロも使えますけど、家にパソコンがないので大体手書きです」
「手書きか」
「何か?ダメですか?」
「いや、ちょっと部屋を空けるわ。その間、すこし留守番してくれ」
そういって圭吾はゆっくりした歩調で部屋を出て行った。
司書室には、さよりが一人残された。
それにしても展開が急すぎるなぁと、さよりは頭の中で反芻してみた。高校生になったんだから自分を変えようと、思い切って司書室のドアを開けてみたら中にいたのは怖そうな先輩で、小説の話をして、学生会の人が来て、どうやら図書局は廃局されそうで、それでもって高梨先輩の土下座だ。びっくりした。というか、誰かに土下座をする人を、初めてみた。
「お前、小説書きたいか」って。「俺も書いてやる」って。これじゃあ、なんだか私のために頭を下げてくれたみたいじゃない。…私のために頭を下げた?もし全然そんな意味なんてなかったんなら自意識過剰だし、かといって実は本当に私のためにしてくれたのを「自意識過剰」といってむげにしてしまうのも、失礼だし何より悲しい。
取り敢えず図書局は存続らしいけど、高梨先輩がどんな人なのかもよくわからない。怖そうな外見していたし、制服は乱れてたし、ぶつかったときにタバコの匂いがしたし、でもきっと、いい人なんだろうとは思う。ただあの小説を書いていたっていう人をバカにしていたのは、少しムカつくけれど。…あの小説の人がいないのは、残念だと思う。なぜ高梨先輩がバカにするのかはしらないけれど、あんなきれいで純粋な物語を書く人なのだから、悪い人じゃないはずだったのに。今度聞いてみようかしら。
でも今は取り敢えず、高梨先輩と出す図書局誌のことを考えなくちゃ。…高梨先輩って、小説かけるのかな?どう見ても本読んだり小説書いたりっていう柄には見えないけれど。すごく強そうだし、身長は私より30センチ近くは高いと思う。私がちっさいのもあるんだけど…。しかも制服にタバコの匂いが染み付いてた。そういえばこの教室もどことなくタバコの匂いがする。消臭剤が三つも置いてある。…わたしがいる前では吸わないで欲しいといっておかないと。タバコを吸う人は、嫌いだ。くわえて不良も嫌いだ。そういう意味じゃ、高梨先輩と私の相性は、よくないのかも知れないのかな?
そんな事を考えていたら、「おーい、ちょっとこのドア開けてくれー」先輩の声が聞こえた。
「あ、はい。今あけます」
ドアを開けてあげると、右手にハード、左手にディスプレイを持った先輩が、にやっと笑って立っていた。
「え、先輩、そのパソコンどうしたんですか?」
「いやなに、ちょっとパソ研の連中にお願いしてもらってきたんだ。やっぱりパソコンがなきゃ、原稿を作るのは面倒だしな」
「もらってきたって…お願いしてが、脅して、ん聞こえるんですけど気のせいですか?」
「…いや、あそこの部長が去年女子のプールを盗撮しているところを偶然目撃してね。証拠をがっちり掴んでるから、奴は俺に逆らえないのさ」
…やっぱり脅しだった。
「そんなパソコンで書きたくないですね」
「ん、気に障ったか?心配すんな。そういう脅しの部分もあるがいっつもパソ研部の連中にはできない力仕事を手伝ってやってたんだ。何でも古い型のパソコンらしいから、他の部員もあんまりいやな顔してなかったぞ。何故か部長が一人だけ激しく抵抗したから、ちょっと耳元に「ばらすぞ」ってささやいただけだ」
先輩はいたずらっぽい顔で笑った。こういう笑い方するのを見ると、思ったより怖くない人なのかもしれない。
「…そうですか。まぁ、それじゃあいいです」
さっそくパソコンの電源を入れると、その部長さんが抵抗した意味がすぐにわかった。起動音がアニメのシステムボイスになっていて、壁紙には小学生の女の子に人気のアニメのキャラクターがあられもない姿でこちらを見上げていたからだ。
「先輩、私こんなパソコンで作業したくありません!」
「俺もだ!」
取り敢えず今日のところはこの辺で帰ることにしようと、高梨先輩が帰る用意をし始めたときには、もう薄暗くなっていた。…なんだか夜桜がキレイ。お花見しながら帰ろうかな。
「あ、それじゃわたし、さき帰ります」
窓の鍵を閉めていた先輩の背中にそういって先に出ようとしたら「や、ちょっとまて」と呼び止められた。
「もう薄暗いんだ。送ってくから、ちょっと待ってくれ」
「いえ、大丈夫ですよ。このくらいならいつも一人で帰ってます。というか高梨先輩に送ってもらったら、逆に危ない気がするんですが」
「何だそれ?」
「いえ、別に先輩が送り狼になりそうとか、ちょっとまだ怖いとかそういう意味じゃないんですが…箱工の人たちに絡まれたりしませんよね?」
「…こういうなりしてるから逆に目をつけられるんじゃないか?と。なるほどね、いや、大丈夫だ。昔はよく絡まれたが、二、三人強いやつらをぶっ飛ばしたら急に仲良くなり始めたからな」
何もいえなかった。
先輩が帰る用意を終えて、そのまま二人で学校の外に出た。窓から見るよりも、桜がずっときれい…。山の向こう側に日が沈んで、ちょっとだけオレンジ色が滲んでいる以外、もう空は群青色だった。群青色、群青色、群青色…青が群がる色で、群青色、変な名前。その群青の空気の中を桜色した桜がはらはらひらひら舞ってゆく。母親に「まだ危ないから歩きかバスにしなさい」といわれているので私は自転車じゃないんだけど、となりで先輩がチキチキ自転車を押して歩いている。ずいぶん傷だらけの自転車だった。
「先輩?」
「ん、なした?」
「先輩は、不良ですよね。タバコも吸ってるみたいだし」
「あー、まぁ、タバコは別に不良じゃなくても吸うぞ?自分じゃ不良っていう意識はないんだけど、そう見えるみたいだな」
「見えますね。わたしは不良はきらいです」
「…そりゃおまえ、文脈からいって俺が嫌いってことになるぞ?」
「さぁ、どうでしょう」
「目つきもあいまって、なかなか生意気なやっちゃな」
「むっ、目つきのことは言わないでください。好きでこんないっつも文句あるような目になってるわけじゃないんですから。あと身長についての冗談も禁止です」
「文句の多そうな目をした生意気なポニーテールチビ」
先輩の足を踏みつけた。
「いてっ、ばか冗談だよ!」
「だから冗談禁止って言ったじゃないですか!」
急に二人とも静かになってしまった。それもこれも先輩のせいだ。やっぱりこの先輩との相性はよくないらしい。まぁどうせこの一年だけだ。いや、半年くらいかもしれない。それだけ我慢すれば、三年生はいなくなる。…いまさらながら、黙って文芸部に入ればよかったと思う。あの小説を書いた先輩は転校したっていうし、高梨先輩とは上手くやっていく自信がない。っていうかこの人、一匹狼タイプ何じゃないだろうか。きっとまともな友達とか、いなそう。そんな雰囲気かもしてるし、あんまり人を寄せ付けないし。
あぁ、でも、それは私も同じか。そう思い返して、ため息をついた。
「なにため息なんてついてるんだよ」
「いえ、なんでもないです」
「んだよ、そっけねーなー」
「別に先輩に話して聞かせるようなことでもありませんし、相談したところで先輩が解決してくれるとは思いません」
「ふぅん」
案外あっさり引き下がった。
もう入学式から三週間以上経ってるけど、まだ友達がいないのは、どっちのほうなのさ。先輩のイメージで勝手に友達いなさそうって言ってるけど、本当に友達がいないのは、私のほうじゃない。せっかく一緒にご飯食べようっていってくれる人を冷たく断って、これじゃ中学のときとなんにもかわんないじゃないの。…一人で食べるお弁当って、周りが笑いあってる中で静かに食べるお弁当って、ぜんぜん美味しくないのに。
そうしたら、思わず口から言葉がこぼれだしていた。
「…先輩は、お昼ご飯って、誰かと一緒に食べてますか?」
「ん?いや、一人だよ。」
「なんで一人なんですか?」
「…みんな、俺とは話しづらいみたいだから。目をつけられたら殺されるとでも思ってるのか、みんな俺を避けるんだよ。おはようっていっても、ろくに返さずに逃げちまうんだよな。そのうちあらぬ噂が流れ始めるし。まぁなかにはホントの話も入ってるからあながち否定できないんだけどな」
すごく、悲しそうな目をしていた。この人は、私とは逆だ。わたしは自分から相手を遠ざけてるけど、先輩は避けられてる。わからないでもない、確かに先輩は怖そうだ。それもちゃらちゃらした不良じゃなくて、ホントに怖いタイプだから。いま私がこうやって普通に話してるのが、不思議なくらいだ。ゼッタイにこっちから声をかけようとは思わない。話してみると、そんなに怖い人ではないと思うんだけど、まだ出会ってから数時間しか経っていない。どんなひとかはわからないっていうのに、まだ言葉が口からこぼれ続ける。私としても、勝手にでてくる言葉を無理やり飲み込もうとは思わなかった。この三週間、ろくに学校で口を開いていなかったせいかもしれない。初めてちゃんと話をできる人がいたんだ。例えそれが高梨先輩でも、話ができる人がいる、というのは、きっと安心できることなんだろう。
「私も、お昼は一人なんです。別に避けられてるわけじゃなくて、私が避けてるんですけどね。苦手なんですよ、そういうのが。どうやって人に接すればいいのか、イマイチわからないんです。だからよく、中学のときは「冷たい」って言われてました。先輩は、私と話して、やっぱり冷たいって思いましたよね」
「…さぁ、ね。少なくとも俺と普通に話してくれる奴を、俺は冷たいとは思わないぜ。お前は、十分あったかいよ」
一瞬、歩く足が止まってしまった。冷たいといわれることはたくさんあったけど、あったかいといわれたことなんて、初めてだったから。初めて。初めて。だから、慌てた。
「で、でも!私まだお礼も言ってないし!」
「なんの?」
「図書局とか、パソコンとか!」
「じゃあ今言えばいいじゃないか」
「え?」
「今、言えばいいじゃないか。そんなにお礼がしたいんなら、今言えよ。別に俺はあのくらい大したことじゃないし、お礼なんて別にいいけどな」
照れたようにも向こうをむいた先輩の背中に
「えと、それじゃ。ありがとうございます」
「おう」
そんな短いお礼をした。
その後、先輩が自転車のカゴのカバンから何かのビンを取り出して、おもむろに飲み始めた。
「花見酒」
なんですかそれ?ときこうとした私に、そう一言だけいって、また飲み始める。
「…先輩、未成年ですよね」
「あぁ、そんなに留年するほどバカじゃないぞ」
「じゃあ酒飲んじゃ、だめですよ」
「いいんだよ。ヨーロッパじゃ16から飲める」
「ここは日本です」
「…いーんだよそんな堅いこと言うなって池ノ内。お前も飲むか?」
「いえ、不良はきらいですから」
「いや、酒飲んだら不良っていうわけでもねぇだろ…」
「いえ、不良です。私の中学の同級生は、学校で一気飲みして酔った勢いで女の子に怪我させましたから」
先輩は黙ってしまった。またやっちゃったかも。場をわきまえない発言。これじゃ先輩が私を怪我させるみたいな言い方になってしまう。怒ったかもしれない。
「池ノ内、お前ちょっと俺の左側に来い」
「え?」
「いいから、左側に来い」
怒ったかと思ったけど、ちょっと違うみたいだった。左側って、何でだろう。不思議に思いながらも、自転車を挟んで右側にいた私は、先輩の左側に回りこんだ。そしたらいきなり腰に手を回されてぐいっと引き寄せられた…って、何するの!
「先輩、ちょっとしゃれになりません。早く離してください。ちょっとやめ、いや、離して、」
「いいから、ちょっとだけ我慢しろ」
我慢って何よ!信じられない。悪い人じゃないなんて思ってしまった私がバカだった。最低だ、高梨先輩は最低だ!やっぱり酔った勢いで私を!と思ったとき、向こう側から何人か柄の悪い人たちがぞろぞろ歩いてきた。
「だまって俺の後ろにくっついてろ」
箱工の不良連中。ジャージの色からみて一年生だと思う。あっちもみんな片手にビールのカンをもってがやがや騒ぎながら周りの人を睨みつけている。
「あいつら、まだ一年だから俺の顔を知らん。もしかしたらバカが絡んでくるかもしれない。目をつけられるようなことはしないでくれよ」
「…わかりました、静かにしてます」
道の端によりながらその集団となんにもなくすれ違う…はずが、
「おいおい、おめぇずいぶん調子乗った格好してやがんなおい」
案の定、絡まれた。…恥ずかしくてこんな事したくなかったけれど、怖くて先輩の制服の裾を掴んだ。
「てめぇシカトか、あ?聞こえてんのかよばぁーか!」
周りの連中が、私たちを囲んで笑った。…やっぱり一人で帰ったほうがよかったかもしれない。ゼッタイに先輩が目立つからこんなことになったんだ!と思いながらも、他にどうすることもできないので先輩に肩が密着する格好になった。
「おぉおぉ!可愛いじゃんその子!」
先輩の裾を、ぎゅっと握った。先輩の手が、私の頭をなでた。とても強いものに守られてる気がして、何故か安心した。
「あのさぁお前らよ、正直うざってぇんだよ。せっかくいい気分で帰ってたのに邪魔されてよ。とっとと一番強ぇやつ前にでろ」
先輩の買い言葉に色めき立った連中の中から一番強そうなとても一年生とは思えない人が出てきたけれど、一分しないうちに勝負はついてしまった。
殴りかかってきたその人の腕を軽く叩いてそのまま掴んで投げて、ひねって、おしまい。一瞬のうちに地べたに転がしてしまった。投げられた本人も何がなんだかよくわかっていない。
「はい、おしまい。お前らの先輩も言ってなかったか?秋野山学園の高梨には手を出すなって」
その言葉を聞いて、全員が口をあんぐりあけて、全員が同時に頭を下げた。
「もうしわけありませんでしたっ!高梨さんとは露知らず!ごめんなさい許してください!」
家に着いた私は、取り敢えず送ってくれたことへのお礼をした。
「…送ってくれてありがとうございます。一つ二つ聞きたいことがあるんですが」
「…まぁ、うん。何でも聞け」
「一つ、先輩って、このへんじゃ有名な不良なんですね?」
「違う!俺は不良じゃない!一年だったときに絡まれた相手全員ぶっ飛ばしたらあんなふうになってしまったの!それも全部カウンターだ!俺から手を出したことは一度もないわ!」
「やっぱり不良なんですね。二つ目。私も先輩と一緒にされちゃったんですけど、どうしてくれるんですか?」
「いや、それはなぁ…うん。もう変に絡まれることはなくなるぞ」
「私は不良はいやなんです。中学校のときはあの不良連中のお陰でいろいろ無茶苦茶にされましたから。あれ以来、あんな奴らを見ただけでいらいらします」
「それじゃあよ、俺を嫌いじゃない不良一号にしてくれよ」
一瞬、耳を疑った。いらいらするって言ってるのに、にこにこした顔でバカみたいに恥ずかしいことをなんのためらいもなくいいやがりましたよこの先輩。信じらんない。
「まぁさ、これから一緒に冊子をつくってくんだから、仲良くしようぜ?」
「いいです」
「え?」
「いいです。先輩みたいな人には頼りません。信用できません、怖いです、嫌です、冊子は作りますが、先輩は図書の仕事をしていてください」
なんとなく、嫌だった。今まで冷たいとしか言われたことしかなかったのに、私のことを「話してくれるだけであったかい」とかいってみたり、不良が来たときに頭を撫でてくれたときに無駄に安心してしまったし、何より私のわがままだけで土下座してみたりパソコンをもらってきたり、会って数時間しか経っていないのに、あまりに優しかった。外見とは裏腹の、頼りになる人かもしれなかった。だけど、まだ怖い。中学校のときからのトラウマじみた出来事が、まだ私の警戒を解かせてくれなかった。正直、ドアを開けて先輩の姿を見たときに、帰ろうと思った。でも怖くて足がすくんで、招かれるままに部屋にはいて、勇気を振り絞って、自分を変えようとした。
だから、先輩に頼ってばかりいるのは、嫌だった。先輩のような人に、助けられるのは、しゃくだった。
「じゃあ、また明日」
そういって私は逃げるように家にはいった。ドアを閉めた。そして先輩の声を聞いていた。
「俺もお前にお礼を言わなくちゃなんないな。池ノ内が来なかったら、俺は図書局を存続させられなかった。それになぁ、ちゃんと俺の目をみて話してくれる奴がいて、嬉しかったぜ。それじゃ、また明日な」
中二の今頃、お昼休みが終わって教室に戻ったら、私のカバンが開けられていた。ペンケースは破かれてて、お気に入りのボールペンも、お姉ちゃんからもらった大事なシャープペンも折られていて、消しゴムは丁寧にもカッターで切り刻まれていた。机の上にはマジックで「冷血人間」「定温動物」「シカトチビ」などなど、いろいろと書き込まれていて、破かれてしまった教科書が散乱していた。それならまだ何とか我慢できた。
「池ノ内さぁ、おまえこんな小説かいて、ばっかじゃないの?」
私を虐めていたグループの男の子が、私が書いた小説の原稿用紙を持ってにやにやと笑っていた。思わず「かえして!」と叫んだけれど背の高いその男の子が背伸びをしたら、チビの私には届かなかった。
「聞いたか!こいついっつもシカトばっかしてるくせにしゃべったぜ?どれどれ、何コイツ、マジで書いてるよこれ!」
男の子が小説を読み上げ始めて、私は思わず泣いてしまった。冷血人間も泣くのかよ!となじられた。あれいらい、あの男の子のような人を見ると怖かった。小説も書かなくなった。
そんな私を変えたのが、図書局の冊子に乗っていた小説だった。やめていた小説を、また書くようになった。
私はまだ、今のままの自分じゃいけないってわかってる。小説を書けるようになったところで、根本的には何もかわっていない。冷たいといわれた、あの頃のままだ。
高梨先輩は、きっと私に関わってくる。あの小説のように、まだ怖いと思っている先輩との出会いが、かわれるきっかけになればいいなと、先輩の「また明日な」を聞いて、少しだけ思った。
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