二つのかんばせ 4(ギ×藍)
「あれ？東仙サンが此処に来るなんて珍しいですなぁ」ギンは東仙の訪問に驚いている。
東仙が五番隊隊舎に向かう途中、偶然ギンに出会した。丁度、次の角を曲がると五番隊隊舎入り口がある通りに出る路だ。もし、東仙が別の路を利用して五番隊隊舎に向かっていたら入れ違いになっていただろう。
「どうしたんです？藍染隊長なら霊術院やで」
「知っている」
「なら、何で此処に来たんです？」
その態度に東仙は苛立ちを感じる。
「市丸に話しがある」
「東仙サンがボクに話？」
ギンは不思議そうな顔をして小首をかしげた。
「単刀直入に聞く。昨夜、藍染殿と何があった」
「さぁ、何のことやろ？」
あまりにも直球の言葉に一瞬、ギンはわざと考えるような素振りをしそう答えたが、東仙の問いに口を開いた。
「もしかして藍染隊長が東仙サンに昨日の晩のこと、何か話したん？」
ギンのこの言葉に何かあったのだと確信をえる。
「いや、藍染殿は何も仰ってはいない」
「そうやろな。いくら藍染隊長でも言わへんはずや」
「おい」
話しをはぐらかすギンを東仙は諌める。
「何でボクやと思たんです？」
「他の者に隠せても私には判ることがある」
「それはそれは。東仙さんて怖いお人やなぁ」
「話しをはぐらかすな。市丸」
「かなわんなぁ」
そう言ってギンは頭を掻いた。
「その藍染隊長が何も話せへんかったってことは東仙サンに知られとうなかったんとちゃいますか？」
「何だとっ！」
「何ぁもあらへん」
しかし、東仙も後に引く気にならない。
「だが、あの様子は明らかにおかしすぎる。往来の中で藍染殿は──」
私のことを名で呼びかけそうになったのだぞ、と小声で言った。
「ほんまですか？そりゃボクが思てたより重傷やなぁ」
ギンはとても驚いた表情をしていたが、声は冷静である。
「笑い事ですませられるのか？」
「大したことあらへん。昨日の夜は一緒におっただけや」
その言葉に東仙は信じられない事に気が付いた。
『一緒に居ただけ』
普通なら聞き流してしまいそうな言葉。だが、ギンは含みを持たせる言い方をした。
「市丸！まさか、藍染殿を──」
東仙は感が鋭い。今の言い回しで昨夜、何があったのか感づいたのだ。
「野暮な話せんときましょ」
その言葉に確信を得てしまい東仙はギンに対して徐々に怒りが込み上げてくる。一方でギンは普段と変わる事無くただ笑って言った。
「貴様！」
東仙は思わずギンの胸ぐらを掴み殴ろうとしたが、ギンが静かに言い放った言葉に拳を下ろすことになる。
「此処で騒ぎを起こしたら昨日の夜の事が瀞霊廷中に知れ渡る事になるかもしれへんで。それは藍染隊長が一番望んでおらへんのちゃうかなぁ」
「くっ！」
確かに隊長格が暴力沙汰が起こせば理由を聞かれるだろう。今回ばかりは事の詳細を第三者に話す訳にはいかなかった。いや、それ以前に藍染、市丸、東仙に強い繋がりがある事を知られてはならない。計画がご破算になる可能性だってある。
「確かに、昨日の夜は切っ掛けはボクから作ったけど、これからどうするんかは藍染隊長しだいや」
「しかし！」
「昨日のことで藍染隊長に拒絶されてもかまへん」
珍しく瞳を開いて真剣な顔をしている。
「もし、拒絶されたら今後どうするつもりだ」
「それでも、例の事は今まで通り従う。副隊長も続けるで」
その言葉を聞きながら東仙は気持ちを押さえようと一呼吸ついた。
「聞いておきたいことがある」
「何やろ？」
「……何時からだ」
東仙は怒りの籠った声を押さえている。
「何時から藍染殿を──」
質問が言い終わらないうちにギンから解答された。
「初めて会った時からや」
「初めて？」
「せや」
「そんな昔から……」
あっさりと話すギンに東仙は少し驚きつつも言葉を続ける。
「だが、その事を伝えるにしても他の方法があったのではないのか」
関係を結ばなくても、と言いたいのだろう。
「藍染隊長は何事に関してもしっかりしている人や。何事に関しても何重にも対処方法を用意するくらいに。けど、この事に関しては鈍感やで。その証拠にボクが行動するまで全く気が付かへんかった」
「市丸……」
そこでギンは空を仰いだ。
「選ぶのは藍染隊長や」
そう言ってまた笑ったのだった。
「面白うないなぁ」
ギンは小さく愚痴をこぼした。
午後、霊術院から戻ってきた藍染とギンはその日初めて顔を合わせた。ギンは東仙の話から藍染がどんな表情をするか楽しみにしていたのだが、普段と変わりない様子に少々拍子抜けした。何故なら先刻、藍染はギンと顔を合わせた瞬間、動揺するどころか眉毛すら動かさなかった。この結果は多少は予想していた。表の顔と裏の顔を完璧に使い分けている人だ。内心を隠しきる事位、簡単にできるだろう。もしかしたら昨夜の出来事を藍染は全く気にしていない可能性だってあるのだ。
（ほんまに何も思ってないんとちゃうやろか
それは流石に悲しいで
もう一寸反応があったら楽しかったんやけどなぁ
東仙サンの話を真に受けへん方が良かったんとちゃうか
東仙サンも東仙サンや
期待させる様な事言ってくるんやから）
「市丸副隊長よろしいでしょうか？」
「んー、何？」
質問する隊士に対応し業務を続けた。ギンは藍染が意識している所をからかいたかったのだ。だが藍染は何時もと変わる事なく業務をこなしている。
（ほっんま、面白うない）
そう思ったギンは業務をこなしながら横目で藍染の様子を窺った。
「おや？」
暫くしてギンはあることに気が付いた。他の隊士は全く気が付いていないが、藍染がギンと二人きりになることを避けているのである。しかも、不自然にならないよう他の部下の隊士達が傍にいるように業務指示していた。業務上当然、隊長と副隊長の間柄の二人は会話はある。しかし普段なら私的会話が入る事があるのだが今日は全く無い。話すことは業務上の言葉だけなのだ。
「なんや、ちゃんと意識してるやん」
「何かおっしゃいましたか？」
ギンの独り言を隊士が自分に言われたのかと思い聞き返してきた。
「いや、何もあらへんよ」
部下にそう答えながらギンは嬉しくなった。そして、もう少し藍染の反応を楽しんでみたい。暫くの間、あえて踏み込んだ行動はせず今まで通りにしてみよう。まるで悪戯を考えている子供の様な感覚だがそれも楽しんでみようとギンは考えていた。
後日、現世に実習に出た院生の元に巨大虚が複数体出現、負傷者が出ていると救援要請の知らせが入る。
事の重大さと急を要する事態に一般の死神では対処出来ないと判断、隊長格が現世へ向かう指示が出る。その時、穿界門近くにいた藍染、ギンが現世に向かう命が下り二人は穿界門前で待機していた。
しかし、複数体の巨大虚の出現も、五番隊の隊長、副隊長が現世に向かうこともその指示が出るよう仕組んだことだった。
実験で生まれた巨大虚がどれ程の能力を有するか自分たちの目で確かめる必要がある。詳細な情報を得るには他の隊長格からその報告を聞くだけでは情報量に欠ける。自分たちが現世に迎えるよう巨大虚の出現時間に合わせ偶然を装い穿界門の近くに居たのである。
何も知らない鬼道衆が慌ただしく穿界門の開門処理を進めている。
開門を待っている時ギンが鬼道衆に聞こえないように小さな声で呟いた。
「今日の夜、この前と同じ事しましょ」
ギンはそう言って当人達にしか判らない程、僅かに藍染の腰に手を触れた。そして藍染が言葉を発せようと口を開こうとした瞬間だった。
「穿界門、開門処理終了しました！藍染隊長、市丸副隊長、お通り下さい！！」
鬼道衆の呼びかけにギンは藍染から離れ何事もなかったように穿界門へ向かう。
「ほな、藍染隊長。行きましょ」
「…………」
ギンの言動にまた藍染は頭を抱えそうになる。
「藍染隊長、どうかされましたか？」
動かない藍染に鬼道衆が心配そうに声を掛けた。
「何でも無いよ。さぁ行こう」
穿界門が開き入り口に向かいながら藍染は思った。
（ギンは優秀な部下だ。
それ以外の感情は……
ギンは何を考えているのだろう。
それにギンのあの台詞
僕が完全に受け入れたと思っているのか。
ギンは『待っていろ』と言った。
この前と同じ事を── ）
その時、あの場面の映像が藍染の脳裏を過り赤面しそうになる。が、その映像を振り切り穿界門を潜ったのだった。
そして現世で運命の三人と出会う事になる。この出会いで物語は新たな局面を迎え、それぞれの思いは迷路のように複雑になってゆく──。
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