煩悩日記

煩悩日記

二つのかんばせ 5(ギ×藍)

 現世から帰還し総隊長、山本元柳斎重國に報告を済ませ二人は一番隊隊舎を後にする。既に遅い時間。出歩く者は殆どいない。
 全ては予定通りだった。
 しかし現世に到着すると予想外のことが一つだけ起きていた。僅か三人だが一年生が巨大虚と対峙していたのである。
「あの三人、面白い子達でしたなぁ」
「一年生だが死神として志がしっかりしているね。良いことだ」
 五番隊の宿舎へ向かう途中、二人は自然と会話をしていた。二人きりで話すのは何日ぶりだろう。
「藍染隊長もしかして、あの三人の事、気に入りはりました?」
「あぁ、あの子達なら死神として十分に役に立ってくれると思うよ」
「霊術院を卒業する日が楽しみやね」
「そうだね」
 藍染は三人の姿を思い出しているようだった。
「阿散井恋次、吉良イヅル、雛森桃、か」
「もう名前を覚えたんですか?」
「当然だろう」
「藍染隊長らしいですわ」
 だが、この会話もそう続かなかった。藍染の私室に近づくにつれ会話がぎこちなくなったのである。ギンの問いかけに藍染は単調な返答しかしなくなったのである。
 暫しの沈黙。
 そして藍染は私室の入り口を一歩入った所で立ち止まり
「今日は下がっていいよ」
 と背を向けたまま言った。
「そんなこと言わんといて下さい」
 障子を閉められそうになったギンはそう言いながら藍染の部屋に無理矢理に入り背後に立つと静かに障子を閉めた。
「しかし、既に遅い時間だ。明日の──」
「ボクが昼間に言ったこと覚えてはります?」
 その言葉に藍染の動きが止まる。ギンは藍染を後ろから抱き締めて肩に顎を乗せた。抵抗はされなかったが、藍染の鼓動が速くなるのを感じると同時に羽織越しだが体温も高くなるのを感じた。明らかに藍染はギンのことを意識している。
「帰ってくれないか」
「藍染隊長」
 息を耳に吹き込むようにギンが囁く。
「────っ」
 その囁きから逃れようと藍染は顔を逆に反らせた。
「止めてくれ」
 だが、顔を反らされたギンにとっては藍染の首筋が強調されることになり、チャンスとばかりに首筋に口づけをした。
「……っん……」
「約束の時間やで」
「僕はその約束に応じるとは言っていない」
「でも、応じてくれはるんでしょ」
「手を……放して欲しい」
「先刻から前と同じようなこと言ってはるなぁ」
「どうしてこんな事を……」
「藍染隊長の事が好きやからや」
 ギンは抱き締めていた手を滑らすように藍染の腰まで下げてゆく。それと同時に藍染の全身が強張った。
「もしかして、また緊張してはります?」
 ギンは話しかけながら藍染の袴の紐を解きはじめる。
「……この状況に慣れる訳ないだろう」
「経験積んだらそのうちに馴れてくるわ」
「え?馴れるって、……一寸待て」
 藍染が声を出すと同時に袴が下に落ちる。
「これっきりやと思とったら間違いやで。ボクは藍染隊長のこと本気や」
 少し寂しそうに言うとギンは藍染の肩に顔を埋めたまま小さな声で話を続けた。
「それに今日はこの前みたいに腕輪は無い。ホンマに嫌やったら逃げたらええ」
「ギン──」
 その雰囲気と声にもしかして泣いているのか?と藍染はギンの様子が気になった。
 するとギンは突然顔を上げた。 
「あ、でもおもっきり攻撃するんは止めてや。痛いの嫌いやから」
 その言葉に藍染は少し呆れた。
「何を言うのかと思ったら……」
 抵抗するのに痛いもなにもないだろう。
「ギン、君って人は──」
 藍染の声が若干、笑っている。
「ボク変なこと言いました?」
 すると藍染の全身から強張りが緩くなると同時に藍染は後ろに立ったままのギンにそっと躰を預けた。
「お?!どうしたんです?」
 予想外の行動にギンは本気で驚いた。
「何でもないよ」
 と藍染は微笑む。
「藍染隊長の今の顔、めっちゃ可愛い」
 表の顔で藍染の笑顔をよく見ているが、比にならない笑顔だ。見たことのない柔らかな顔にギンは正直な感想を述べた。
「年上の男に可愛いは無いだろう」
「そうですか?ホンマに可愛いと思たんやけどなぁ」
「ギンが言うと信じ難いよ」
「そりゃ残念やなぁ」
 藍染は抵抗するのを諦めたのか、それとも受け入れてくれたのかはギンには分からなかったが、二人は向き合うと自然と顔を近づけ口づけをする。数日ぶりのに口づけだが唇が感覚を鮮明に覚えている。前回は無理矢理に口を開かせたが今は違う。互いに舌を絡ませ求め合う。ギンがより深い口づけを繰り返すと次第に藍染の脚の力が抜けていった。それに気が付いたギンは唇を外すと透明な糸が引かれた。それを指で拭き藍染が倒れないように腰を支えながら畳の上に座らせた。
「藍染隊長?」
 少し求め過ぎたかもしれない。呼吸もあまりできなかったようで息が上がっている。心配になり藍染の顔を覗き込む。
「……大丈夫だよ」
 少し顔が火照っているが、藍染が問いかけに返事をしたことでギンは安堵した。口づけだけで惚けられて欲しくなかったからだ。ギンが藍染の顔に両手を差し出すと眼鏡を外そうとする。すると藍染が慌ててその手を振り払った。
「眼鏡は外さないでくれ」
 珍しく強い口調で懇願する様な言い方をした。
「何でです?眼鏡無くても見えるやろ?」
 ギンは藍染の眼鏡が伊達であることを知っている。
「見える、見えないの問題じゃないんだ」
「この前の時は夢中で眼鏡を外すの忘れとったけど、今日はちゃんと藍染隊長の顔が見ていたいんや」
「それが嫌なんだ」
「はぁ……?」
 思いもしなかった返答にギンは少し眉を上げた。
「……まだ見られてたくないんだ。自分でも……その……」
 そう言って少し顔を顔を斜め下にして口籠ってしまった。
「もしかして恥ずかしいん?」
「……」
 ギンの言葉を聞いた藍染は閉口したまま僅かに顔が赤くなっている。
「やっぱり藍染隊長は可愛いわ」
 そう言ったものの、この顔も反応も『表』の彼だ。本心なのか、それとも演じているのかギンには分からない。ただ、大きな存在だった憧れの人が顔を赤くして自分の前にいる。それはまぎれも無い事実。
「藍染隊長」
「何だい?」
「ボクは何があっても藍染隊長の傍におる。それだけは忘れんといて下さい」
「あぁ分かっているよ」
 そう言ってもう一度口づけをすると手を重ね合わした────。


 数年後。
 ギンと藍染の関係は続いていた。二人の親密な関係を知るのは東仙のみで表沙汰になることは無かった。しかも、表向きでは反目し二人の間に溝ができはじめているように装っている。しかしこの日、久し振りに自然体で話をすることが出来ていた。その時、藍染が何か思い出したらしく、あぁと声を上げた。
「覚えているかな?昔、現世に出向いた際、巨大虚と対峙していた霊術院生の三人を」
「あー、あん時の一年生やろ」
「あの子達がもうすぐ霊術院を卒業するんだ。卒業後、三人は五番隊に入ることになったよ」
「ほんまですかぁ?」
「あぁ」
「とても優秀な子達らしい。彼等の卒業が楽しみだよ」
「ホンマに気に入ってるんやなぁ」
「あの子達なら五番隊だけでなく尸魂界の役に立ってくれるはずだよ」
 藍染はフッと薄く唇を上げて裏の顔で一瞬笑った。
「いろいろと、ね」
 そう言うと既に表の顔になっている。ギンは藍染という人の人格に惚れている。だが『表』と『裏』の両極端な二つの顔《かんばせ》を持つ彼もまた好きなのだと再認識をしたのだった。

(完)
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最後まで読んで下さりありがとうございます。
 今回は藍染受けというマイナーな話しを読んで下さり有り難うございます。この『二つのかんばせ』は白藍染、黒藍染の混在した部分を話の中心にしたかったので藍染の口調がバラバラです。そのためか、一寸、読みにくい内容となり申し訳なく思います。

 そして、一番苦労したのが片仮名言葉です。一護達なら問題ないのですが、死神達は片仮名を喋っている印象がなかったので漢字に変換することに。キス→口づけ、と言った具合でですね。が、一番悩んだのが『ロマンティスト』辞書を引いても同じ意味の日本語の単語が私の使っている辞書には書かれてませんでした。十数年前に購入した古い辞書ですから仕方がないですよね。で、散々悩んだあげく選んだ単語が『夢想家』一寸違う気もしましたが、限界でした。

 そして、この話は続きがあり、離反後のギン×藍染の話が半分くらい書けています。が、実はこの話の間に恋次×藍染が入っています。それが顔《かんばせ》シリーズ『そらへの階段』です。
こちらの絡みのシーンは白藍染がテーマになっていますので、別人のような設定になっています。しかし、『そらへの階段』ではギン×藍染のことには一切触れていないのでこの話しだけでもお楽しみいただけると思います。春か夏に離反後の話をオフセット本で出す予定でこの顔シリーズは完結予定です。宜しければそちらも読んでいただけると嬉しいです。


補足
何故、藍染が『受』なのか。
それはまだ真っ白だった(←?)藍染に惚れたからです。
はい、壁に串刺しになる前です。
あの、眼鏡の藍染に惚れたんです!!(←しつこい)
(でも、ヨ●さま似とは認めない!!)

最初から悪役様と分かっていたら当然、『攻』でしたよ。
でもね、一旦『藍染受』で萌えちゃったら、黒様降臨しても『受』でした。
そして、『俺様受』も好物になりました。『おやじ受』や『主人公攻』も好物に……。
歳とともに好みって変化しますねぇ。


奈々瀬 茜



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