ねぇね2人と双子っちのママのお部屋。

「無題」第6章~第11章



 あれから三日三晩眠り続けた少将は、嵯峨野の別邸にいた。
「う~ん、ここはどこ??いた!」
「こちらは北の方様が亡き関白様から引き継がれた別邸と聞いております。」
「そう・・・おじい様の・・・・。僕はどれくらい眠っていたのだろう・・・。」
すると、乳母の娘で女房仕えをしている近江が部屋に入ってきた。
「まぁ!若君様!お目覚めになられましたか。この近江は心配で心配で・・・・。三日三晩ずっと付いておりましたのよ!丁度あの時北の方様が若君の晴れ姿を一目見ようと網代で見物されていたのがよかったのです。そのままこちらへ・・・。あら、北の方様が!」
すると北の方が女房達を引き連れてやってきた。
「気が付いたのですね。母は安心しました・・・。このまま意識がないままでしたら・・・。母は申し訳なく・・・。」
「母上、あのような失態をしてしまって・・・。たいそう父上も恥さらしと立腹されたことでしょう。」
「いえ、そんなことは・・・。あれは事故なのですもの。それどころか・・・近江、例のものをここに。」
近江は大きめの塗りの箱を運んできた。そして少将の前に置いた。
「これは?」
北の方は微笑んで
「開けて御覧なさい。」
箱を開けると、たくさんの贈り物や手紙が入っていた。
「これは都中の姫君からのお見舞いのお手紙や贈り物ですわ。大臣はこれを見てたいそう喜ばれてね。ほらこれは権大納言様の姫様、これは中務卿宮家の姫君で・・・。まぁ皆様のお手の綺麗な事。どの姫がよろしいのかしら・・・」
「母上!私には!!いたたた。」
「まぁ、いけないわ!早く横に。近江!薬湯を!ゆっくりお休みなさいませ。あと姫君たちにお返事を忘れずに・・・・おほほほ。」
そういうと北の方は部屋を出て行った。少将は横になるとひとつずつ手紙を読み始めた。どれも同じような内容のお見舞いの言葉ばかり記されていた。浮かれているのは近江だけ。ため息ひとつ付いて、晃を呼びつけると、どこかへ使いにやらせた。その後、また寝込んでしまった。心配になった近江は、しつこく問いかけた。
「今まで近江には言っていなかったのだけれども、晃の妹だから言うんだよいいね・・・。」
少将は近江に宇治の姫君のこと、葵祭での事を話した。
「今晃に葵祭の日に見かけた網代を探させている。あれは間違いなく宇治の姫君だ。つい見つめてしまって馬から落ちてしてしまった・・・。普通ならあれくらいの暴れ方では落馬なんてしないよ。」
「そうですわ!若君は宮中一馬術が得意でいらっしゃいますもの!おかしいと思いましたわ!その姫は初恋の君ってことなのですね。近江は感動いたしましたわ!さすが私がお仕えする若君様ですわ!一途な思い・・・とても素敵です。しかしどこの姫様かしら。この中にそのような文面の手紙はなかったように・・・・。」
「多分取り次がないように父上が仕組んでいると思うのだけれど・・・。」
「まぁ!さぞかしその姫君も心配なされていると思いますわ!兄様がちゃんと見つけてくれるといいのですけど。網代に乗っているってことは良いきっとお家の姫様なのでしょう。」
「そうだね・・・とても恥ずかしいところを姫に見せてしまったよ・・・。」
と少しはにかみながら、眠りに付いた。
 夜遅くに晃が帰ってきたようだが、気持ちよさそうに眠っている少将を起こさなかった。

第7章 右大臣家の姫君

 祭の日の夜、宇治の姫君こと綾姫は、宇治の君の落馬が心配でならなかった。夜もまぶたを閉じればあの時の光景が何度もよみがえり、うなされてしまい、ずっと泣き暮らしていた。三年間続けていた御妃教育そっちのけで、部屋に籠ってしまうので、事情を知らない右大臣はたいそう心配になり、朝晩姫の様子を伺いに来る。
「萩、どうして姫は祭の日から様子がおかしいのだ?たいそう嫌だといいながら続けてくれていた御妃教育も先生たちを遠ざけてしまう始末。祭の日に何かあったのであろうか。もうそろそろ主上に東宮妃としてうちの姫を候補に入れていただけないかと、申し上げようとした矢先にこのような物の怪が付いたようになっては・・・。」
萩は黙ってしまっていたので、右大臣は話を続けた。
「内大臣め、罰が当たったのだ。大事なひとり息子が祭でのあのような失態。今日内裏では噂で持ちきりだったよ。いまだ意識が戻らんと聞く。」
すると寝所の方から姫が飛び出してくる。
「宇治の・・・いえ右近少将様の容態はよろしくないのですか?父さま!私は・・・。」
「うむ、明日あたりが山だと聞く。」
そういうと姫は泣き叫んだ。
「お父様は大嫌い!それだからお母様の病がよくならないのです!」
「もういい!これから出仕だ。早くよくなって貰わないと困る!」
右大臣はたいそう立腹した様子で部屋を出て行き、内裏に参内した。更に籠ってしまった上、食も進まないという姫を心配した右大臣は、早退してまた部屋にやってきて愚痴をこぼしになる。
「少将は今日意識が戻ったようだが・・・。しかし今日は昨日と一転、またあの内大臣の自慢しいが始まってなあ・・・・。困ったものだ・・・。何でも都中の高貴な姫君からお見舞いの文や贈り物が山のように届いたらしく、その中から選りすぐった姫と縁談を進めると威張っておったわ!主上も回復の兆しにお喜びになられて、使者を送られたそうだよ。すごく可愛がられているからな!そこが更に気に食わん!絶対あの少将とはだめだからな!お前はそれより東宮妃として入内してもらわないと困る!わかったな!早く元気になられよ!」
一方的にぺらぺらとしゃべったあと、右大臣は姫のために用意した唐渡の気付け薬を萩に渡して立ち去った。そして姫は萩以外の女房を退かせて話し込む。
「ねえ萩。宇治の君は私のことなどきっとお忘れになったのだわ!私はあれからずっとお慕い申し上げていたのに・・・。」
「しかし姫様。一度しかお会いしたことがないのに、姫様のこと覚えておられるのかしら。あのようなお方ですもの、きっとほかに・・・・・」
「そうかしら・・・あの時の宇治の君の顔・・・。そういえばお母様が裳着の日におっしゃっていらしたのよ・・・。私がどこの姫かとお聞きになったと・・・。お母様のことだから、お父様と宇治の君のお父様のことをよくご存知だから、詳しくいってないと思うけど・・・。ねえ萩、宇治の君がどこで養生されているのか、調べてくれないかしら・・・。どこかに右大臣家と繋がりがある人っている?」
「そういえば、新参者の女房の中にいたような・・・。そう!桔梗ですわ。姉か何かが内大臣家の側室の姫君にお仕えしていると聞きました。少将様の妹君といわれる四の姫様だったかしら・・・。一番の末の妹君の・・・。」
「ここに桔梗を呼んで、聞き出させてちょうだい!」
その日のうちに桔梗を使って宇治の君の居所を調べさせ、姫は桔梗を呼んだ。
桔梗の姉からの文を読み姫は落ち込んだ。
『お伺いの件ですが、四の姫様も、その母君様も、よくご存知ではないようで、北の方様の縁の別荘におられるとしかわかりませんでした。度々使いのものがやってきて、大臣様にご報告されるだけで、どのような怪我の状態かさえわからないご様子です。四の姫様の兄君を静かに養生させよという大臣様からのご命令のようで、これ以上はわかりません。でもどうして右大臣家に入ったばかりのあなたが、このような文をよこすのか不思議でなりません。少将様は都中の憧れの的のお人ですので、お仕えの姫様に頼まれたのでしょうけれど・・・。また私に出来ることがあれば、文をください。』
という内容であった。
「だめだと思うけれど、今から書く文を内大臣家の少将様宛てに送ってちょうだい!」
姫はすらすらと何かを書き終えると、葵を文に添えて萩に託した。萩はそれを抱えて、内大臣邸に向かう途中、見覚えある男を見かけた。
「ちょっとあなた!」
「え?何か?」
とその男が振り返る。その男は、網代の主を探している晃であった。
「あなたは以前宇治でお会いした方のお付きの人じゃ・・・」
「え?宇治・・・・?私は右近少将藤原常康様の・・・」
すると萩はその男を引っ張り、通りの端に引き寄せた。
「やはり!少将様が元服前に宇治におられた時に一緒にいた橘晃という従者でしょ!」
「そうですが・・・・。もしかして・・・綾姫様の・・・」
「これを少将様に・・・姫様からの御文です。あなたに会えてよかったですわ。姫様はたいそうご心配で、塞いでおりますの・・・。遅れましたが、私は右大臣家三の姫様にお仕えする萩と申します。直接少将様にお渡ししてくださいね!」
「わかりました!必ず若君のお渡ししますので、安心してくださいとそちらの姫君にお伝えください。助かりました。丁度若君の使いで姫君の乗った網代を探していたのです。」
そういうと萩に晃は頭を下げて走り出した。萩はうれしそうに姫の待つお邸に戻った。するとばったり右大臣と廊下で出会ってしまった。
「萩ではないか・・・。姫があのような状態でどこに行っておった!ずっと付いておるように言ったであろう!」
「申し訳ありません・・・。姫様の使いで・・・。」
「使い?何の使いだ!」
「御文を・・・・」
「誰に渡してきたというのだ!あれほど私の許可なしに!誰のもとに送ったというのだ!男か!」
「いえません!」
「やはり男だな!どこのどいつだ!」
そういうと、右大臣は萩を引っ張って姫の部屋に向かった。
「どういうことなのか姫!誰に文を出したというのだ!」
「姫様申し訳ありません!」
「いいのよ萩、ちゃんと言うから。お父様、私右近少将様にお見舞いの文を出しただけよ!あの祭の日、うちの網代の前で右近少将様が落馬されたから・・・・。」
「お前は東宮妃候補の一人だぞ!勘違いされて変な噂が立ったらどうするのだ!萩、これからは一切の文などの取次ぎは禁止する!いいな!」
「お父様!」
右大臣は立腹し、寝殿のほうに戻って行った。姫は萩の胸元にしがみついて泣き叫んだ。
「姫様、このようなときに言っていいものかと思いますが、あの文は宇治で出会ったときそばにいた従者の方に直接お渡しするように託しましたので、ご安心ください。」
「そう・・・でも・・・」
「これからは桔梗を通じて文のやり取りが出来ると思いますわ。」
「うまくいくかしら。」
「任せてくださいませ!きっとうまくいくようにしますから姫様は元気になられて大臣様に気づかれないようにされないといけませんわ。」
「そうね・・・。」
晃に託された姫君の文は夜遅く少将の枕元に置かれた。

第8章 密通

朝、少将は枕もとの文に気づいた。
「晃、これは何?」
「驚かれる方からの御文でございます。朝餉をお済になられてからごゆっくりご覧ください。」
少将は急いで朝餉を済まし、ゆっくり立ち上がってすがすがしい風が流れて気持ちのよい泉殿にゆったりと腰掛けて例の文を読んだ。
『峠を越されたということで安堵しております。先日私の網代の前で落馬され負傷された時は大変驚きました。それからというもの、心配で心配で夜も寝られず、食事ものどを通りませんでした。私の父右大臣はいつもいつも宇治の君、少将様の悪口ばかり・・・。少将様は私のことをお忘れではありませんか?私はあれ以来少将様のことをお慕い申し上げておりました。お会いしたいお会いしたいと思いつつ日々慎ましく過ごしておりました。願いがかなうなら、今からでも少将様のもとに鳥のように飛んでいって看病をして差し上げたいと思うのですが、叶う訳もなく、泣き暮らしております。もしよろしければ、家臣を通じて、妹君四の姫様の女房の桜に文を渡しうちの女房の桔梗に渡れば、きっと無事に届くと思います。     綾子』
少将は少し照れながら文を胸元にしまおうとすると後ろから声が聞こえる。
「想い人からの文ですか?宮中では見たことのない表情だな・・・。」
振り返るとそこには東宮が立っていた。そして少将の文を胸元から取り上げてお読みになった。
「心配して抜け出してきた・・・・。療養していると思ったのに、このようなところで想い人からの文を読んでいるとわな・・・。なになに・・・・。」
「東宮!お戯れを!!お返しくださいその文を!」
「少将の想い人は右大臣の三の姫か。まもなくこの姫は私のところに入内になるだろうね。まもなく入内宣旨が下る。今のうちせいぜい恋人ごっこをするといいよ。いずれこの私のものとなるから。」
「恐れながら、東宮はいつも私のものを取り上げになる。小さい頃からそうでした。」
東宮はムッとした表情で言い返した。
「昔からお前は気に食わなかった!母上が実家にお帰りになった時はいつもお前をそばに寄せて私そっちのけでかわいがっておられた。少し転んだだけで、側の者にちやほやされ、私に向かって皆は体の弱い者をいじめるなとしかられた。まったく同じ顔のせいでよく比べられた!知っていたか?反対だったらよかったのにと先の帝にいわれたこともあった。もう帰る!」
といってたいそう怒った様子で帰られていった。晃は驚いて駆け寄った。
「若君!今争うような声が聞こえましたが、東宮様と何か!」
「黙っていろ!一人にさせてくれ!」
今まで見せた事のない形相で、晃をしかりつけた。少し考え込むと、立ち上がって近江を呼びつけると、狩衣を用意させ、晃が使っている馬に乗り、痛みをこらえつつ都の内大臣家に向かって走り出した。
 内大臣家に付くと、早速部屋に籠り、家のものを退けてなにやら考え出す。突然帰ってきた少将に皆は驚き、ついには内大臣まで内裏から帰ってきたのである。内大臣まで部屋の中に入れようとせず、籠りっきりで、考え事をしていた。
「どのようにすれば、入内を阻止することが出来ようか。」
早速後から追いかけてきた晃を呼び寄せて、四の姫の女房の桜を呼び出した。桜は初めての呼び出しに驚きつつ、少将のいる対の屋に向かった。少将は、桜が来たことを確認すると、部屋を閉め切りなにやら文を書き始めた。
「君が桜という女房か、これを君の桔梗という妹に託し、右大臣家の三の姫に渡すように。決してうちの者や、あちらのうちの者に見つからないように頼んだよ。」
「しかし・・・・。」
「口答えは許さん!今すぐ急いで欲しいのだ!」
桜は頭を下げると急いで、東三条邸に向かい、裏口から妹の桔梗にこの文を渡し、そして桔梗が綾姫にこの文を渡した。姫は桔梗と萩以外を追い出して部屋を閉め切ると、早速この文を読んだ。
『今日の朝、姫からの手紙を拝見し、とてもうれしく思いました。私も、あの宇治の一件より、あなたのことが忘れられないまま、現在に至っておりました。いろいろな縁談を父上より頂いたのですが、すべて断り、あなた一筋に想っておりました。しかし、今の状態では、私たちが結ばれることはなく、水面下であなたが東宮のもとに入内することが内定しているということをある人より直接耳にしました。一度お会いしたいと思っておりますが、まだ怪我が癒えていない状態で内大臣邸に戻っており、どのようにすればよいか考えている最中です。私があなたに会える様、手引きしていただけるのなら、私は怪我をおしてでもあなたに会いに行きたいと思っています。』
姫は萩にこの文を見せると、萩は耳元で姫に話した。
「姫様、さっき大臣様の女房が言っていたのですが、四日後になにやら急に宴を催されるようなのです。その時になら、この対の屋が手薄になると思うので、その日は如何でしょう。」
「姫様、桔梗にお任せください!きっと少将様をこちらまで無事にお連れしますわ。」
「そうね、萩は昨日お父様にしかられてきっと動けないだろうし、桔梗ならお父様も知らないわ。頼んでもいいかしら。今から少将様に文を書くのでお姉さんを通じて渡してもらってくれないかしら。」
桔梗は張り切った様子で返事をして、姫の書いた文を内大臣邸の桜のもとに届けた。桜は文を急いで少将のいる対の屋に届けると、早速返事を読んだ。
『少将様。私もとても会いたいと思います。そのままどこかに行ってしまいたいぐらいです。私も少将様でなければ、一緒になりたくはありません。萩が四日後に右大臣家で宴が催されるといっていましたので、その時に裏門までおいでくださいませ。桔梗が手引きいたします。必ず少将様とわからないような格好でおいでください。もし門の者に聞かれた場合は、桔梗の恋人と申してください。そうすれば通してくれると思います。私も心待ちにしております。』
「桜、わかったとき今日に伝えてくれないか。」
桜はお辞儀をすると、裏門に待たせていた桔梗に少将の意向を伝えた。
 右大臣が宴を催される日の朝、姫の前に軽やかな足取りでやってきて、うれしそうに話し始めた。
「姫よ、今日の宴の事は知っているであろう。今日はお前の祝いの宴のようなもの。先日急に東宮様よりお前を入内させたいと直々に仰せられた。まだ正式に決まったわけではないが、ほぼ決まったのも同然!偉い方もいろいろいらっしゃるのでな、おとなしく部屋にいてくれよ。さあワシは準備で忙しいから、萩あとは頼んだぞ。」
というと忙しい忙しいといいながら寝殿のほうでの宴の準備に向かった。
「萩!どういうこと?私のための宴だなんて・・・・。」
「何もなければいいのでしょうが・・・・。」
姫はなんだか不安を感じつつ、夜が来るのを待った。
少将は狩衣を着込んで、牛車に乗り東三条邸の裏門近くに着くと、歩いてそっと裏門前に歩き出した。裏門の前では桔梗らしき女房が明かりを持って立っていた。
「お待ちしておりました。」
「うむ。」
門の者はなぜか皆酔いつぶれて寝てしまっていた。起きないようにそっと忍び込むと、姫のいる対の屋に案内した。
「こちらです、さ、お静かに・・・。」
「桔梗、ありがとう、感謝するよ」
と満面の笑みで桔梗にお礼を言うと、少将は戸を開けて、そっと中に入っていった。几帳の奥には姫らしい影が見えていた。物音に気づくと姫は几帳の奥から出てきた。姫の顔は祭の日に目にした顔よりも少しやつれていたが、満面の笑みで少将を迎えた。やはり以前の姫君よりも美しく成長していて、少将は顔を真っ赤にして、姫を抱きしめた。
「私を心配してくださっていたのですね。こんなにおやつれになって・・・・。」
「宇治の君はお怪我のほうは?」
「だいぶんよくなりましたよ。腰をちょっと打ちまして・・・・。」
と少将は照れた顔で姫を見つめた。姫も少将の照れ笑いを見て微笑んだ。
「姫様、桔梗と萩は、お外で誰か来ないか見張っていますわ。ごゆっくりお語らいなさいませ。少将様も。」
「ありがとう。女房殿・・・。感謝するよ。」
やっと二人きりになり、二人はひっそりと昔の話などを語り合い、いい感じになってきたとたん、表で何か騒がしくなってきて、萩が姫に申し上げた。
「姫さま!御簾の奥にお隠れあそばして!こちらに大臣様とお客様がいらっしゃいます。早く少将様を!!!」
姫は少将を御簾の奥のほうに案内すると、几帳で隠し、じっと静かに待った。
「大臣様!姫様はもうお休みに!!!」
「姫に大事な話がある、そしてこの御方が姫に会いたいと仰せでな!」
「大臣様!あ!」
「姫はおるのか?恐れ多くも東宮様がお前に直々に会いたいとこちらに・・・。」
すると別の声が聞こえてきた。
「ありがとう右大臣殿、姫とゆっくり話したいので二人にさせていただけないか。」
姫はその声に驚いた。まるで、少将の声にそっくりなのである。香のにおいは違うものの、御簾から見える姿かたちは少将そのものであるのに、姫は絶句した。すると東宮は何かに気がついた様子で、女房や大臣を遠ざけると、扉の鍵を閉め話し出した。
「姫らしくない気配がもう一人・・・・姫は奥に誰かを隠しておられる。それが誰かは見当がついているが・・・・。なあ、右近少将藤原常康。」
少将と姫はたいそう驚き、絶句する。
「まじめで堅物のお前がこのような振る舞いをするとは考えられなかったが、恋と言うものは人を変えてしまうのですね。今すぐ出て来い!隠れたってもう無駄だから!でてこなければ、人を呼び、ここにあるものすべて取り除かせることが私にはできる。」
すると少将は立ち上がって御簾の外から出て東宮に頭を下げる。
「申し上げます。私はこの姫でなければ嫌なのです。お許しください!この姫の入内をお諦めください!」
「うるさい!私には選ぶ権利がある!姫の父親もお前の事は許していないのだ。下がれ!」
すると東宮は少将を振り払うと、御簾の中にいる姫に向かって歩き出し、腕をつかんで姫を御簾の外に引っ張り出した。
「きゃ!」
東宮は姫のあごに手を当てると、
「これが少将の初恋の君か・・・・。想い人か。面白い。ますますこの姫が気に入った!今晩だけ恋人ごっこをしたらいいよ。姫、私と少将はまったく同じ顔。しかし、あいつよりも位はある。一生かけても越えられない身分の違いがね。」
すると姫はぽろぽろと大粒の涙を浮かべる。すると少将は姫に駆けより、姫を抱きしめる。
「おやめください。もうおやめください!」
「少将、私に歯向かうのか?お前どうなってもいいのか?わかった、帝にそのように伝えておく。私はもう帰るよ。覚えておけ!」
東宮は大きな音で扉を開けると、そのまま帰っていってしまった。網代まで見送った右大臣は驚いた様子で姫の部屋に入っていく。
「姫!東宮に何をしたのだ!お、お前は!右近少将!うちに大事な姫と何を!」
「お父様!少将様は悪くないの!私がお呼びしたのだから!」
「このままではうちの名誉に傷がつく!少将!うちの姫を傷物に!よくも!!!」
そういうと、太刀を持ち出して、少将に向ける。
「お父様!少将をお咎めになるのなら、私は自害します!私はこの方としか結婚しません!お許しにならないのなら、このまま尼になります!」
すると少将は姫に
「姫、私はあなたから身を引きます。このままでは官位を失うのも時間の問題。そうなればあなたにも害が及ぶでしょう。私はこのまま都から離れて謹慎します。場合によっては出家も考えなければなりません。」
「少将様・・・私も連れて行ってくださいませ!」
「きっと入内なされたほうが、幸せだと思います。私のことなどお忘れください。」
そういうと、うなだれた状態で、部屋をあとにする。姫は少将を引きとめようとするが、右大臣が姫を力づくで引き止めた。

第10章 吉野にて

 そのまま少将は吉野の縁の寺に謹慎に入った。姫を忘れようと、毎日写経三昧の生活。内大臣の北の方からの文によると、その日のうちに噂が流れ、内大臣はお倒れになり、床に伏しておられるという。今のところ、帝の少将に対するお言葉はないが、これ以上噂が広まると謹慎ではすまない、出仕停止どころか、罷免もありえる。一方姫は右大臣家の一室に閉じ込められ、身動きできないという。北の方が、姉上の皇后に文を出し、何とかお許しを獲ようと働きかけているようなのですが、まだなんともいえないようで、このような文が届いた。
『まだ例の姫は正式に入内の宣旨が下ったわけではないので、最悪な事は起こらないと思うのですが、東宮が異常なまでに立腹され、ある事ないこと帝に言っておられる確かです。皇后も例の姫とあなたの仲を許されてはどうかと、帝や東宮に申し上げられているようですが、あなたの名前を出す度に東宮はお暴れになられるそうです。姫との仲の件では問題はあまりない様に思われますけれど、一番問題なのは、東宮との言い争いにあるようです・・・。私もあなたのためにできる限りの事はして差し上げるつもりです。でないと姉上に申し訳なく・・・・。決して思い余って出家や自害などなさらぬよう。』
 夏が過ぎ、吉野の山が真っ赤に染まる頃、宇治の姫君の入内宣旨が下ったという噂が吉野にまで届いた。もう手の届かない存在となってしまったと、少将は嘆き悲しんだ。今のところ都では例の騒ぎは収まり、結局少将にはお咎めがなかった。再三内大臣から都に帰郷するようにと文をもらったが、断り続け、物思いにふけている。吉野の山を毎日のように散策し、村の者とも仲良くなった。村の子供たちを呼び寄せては、いろいろな遊びをして気を紛らわせた。しかし宇治の姫君のことを忘れようとしても夢に出てくるほど、忘れられず、自分に苛立ちを覚える。
「若君!申し上げます!」
「なに?晃。」
「北の方から急ぎの文が・・・。」
少将は文を受け取ると、庭先で座って読み出す。
『今すぐ帰郷なさいませ!あなたに大事な話があります。馬を用意させましたので、急ぎ内大臣家へお帰りください。』
少将は立ち上がって、橘晃に言う。
「母上がせっかく馬まで用意して頂いたのだから、帰らなければならないな・・・。住職に挨拶してくるから、帰郷準備を・・・・。」
少将は住職に長い間お世話になったお礼と、贈り物をして、晃と共に馬を走らせた。
吉野から京までは結構な距離がある。途中何度も馬を換え、飲まず食わずで、やっとのことで、内大臣家へ着いたのは翌日の早朝であった。久しぶりの都は相変わらずの賑わい様である。急ぎの馬が内大臣家の前についたことで、その場にいた都人が驚いて、集まって様子を伺う。
「開門!内大臣家ご嫡男右近少将様のご帰宅である!早くここをあけよ!!」
と橘晃が門衛に言う。門衛は急いで表門を開け、急いで車止めまでたどり着くと、騒ぎで出てきた女房たちが少将を出迎えた。
「少将様、お久しぶりでございました。さ、大臣様と北の方様が夜も寝ずにお待ちです。」
「近江、この格好では・・・・。」
「急ぎ寝殿へお連れするよう申し付けられています。」
「わかった。」
息を切らしながら少将は寝殿に向かう。

第11章 少将の秘密

 急いで戻ってきたせいか、着ていた狩衣は乱れ顔は薄汚れていた、寝殿に向かう途中顔を拭き狩衣を整え烏帽子をかぶりなおして寝殿の扉の前に立った。
「少将様、ただいま到着になられました。」
「うむ、近江。寝殿に誰も近づけるな頼んだぞ。」
「かしこまりました。大臣様」
少将は前の廊下に正座をし、今までのお詫びを内大臣に申し上げた。すると北の方が声をかける。
「常康君、いいのですよ、中に入りなさい。」
中に入ると内大臣、北の方のほかにもう一人いた。
「常康殿、お久しぶりですね。あの件はとても驚きましたのよ。まじめで堅物と知られているあなたが。まあ・・・残念な結果になりましたが・・・・。あの件で帝はたいそう心配されています。ですからこうして後宮からこちらに来ることが出来たのですから。こちらにいらっしゃい。」
もう一人の方とは、皇后であった。常康は大臣の横に座り、深々と頭を下げる。
「皇后様がおいでになられているのにこのような姿で申し訳ありません。今すぐにでも着替えに・・・。」
「いいのですよ、今日はあなたに大事なことをお伝えに参りましたのよ。まぁ田舎に半年ほどいらして随分鄙びてしまわれて・・・。そしてずいぶんお窶れに・・・。あの時そのまま育てていればこのような事はさせなかったものを・・・・。」
「え?」
すると内大臣が続けて言った。
「今までこの私も気づかなかったのだが、昨晩皇后様と北の方に聞いて驚いてしまったよ。はじめは冗談かと思ったのだけれども、亡き先の関白殿の遺言を拝見して真実だと・・・。この事は帝もご承知でおられる。」
少将は何がなんだかわからない様子で座っている。すると大臣は遺言状を少将に見せた。
『一の宮と二の宮の行く末が気がかりで死んでも死に切れない。今でも帝をだましているということが胸に刺さり、常康を親王としてお育てすればよかったと悔やんでいる。常康はきっとこの先自分の身分について気づく時が来ると思う。その時はすべてを打ち明けてこのような行いをしてしまったお詫びを伝えて欲しい。』
「どういうことですか?この私が・・・親王ということですか?」
すると皇后が一息ついて言った。
「実はあなたと東宮は双子の兄弟なのです。生まれて直ぐ、体の弱かったあなたを、妹に託したのですけれど、それがいけなかったのです。そのせいであなたと東宮が憎みあうことになるなんて・・・。親王として育っていれば・・・ごめんなさい・・・・。」
「でもどうして今頃・・・。」
「打ち明けなければならないことが起こってしまったのです。先日東宮が病に倒れたのです。薬師にみせたのですが、不治の病とのこと・・・。この事は帝や一部の者しか知らないこと・・・。帝には東宮のほかに親王がいらっしゃらないのはお分かりでしょ。東宮にもまだお子がおられないし・・・。あなたしかいないのです。あなたが唯一の親王なのです。」
「でも・・・」
「今すぐ殿上して、帝に会ってほしいのです。帝もあなたを待っています。」
少将はすぐに束帯に着替えると、内大臣や皇后とともに殿上し、帝の御前へ参上した。するとすでにほかの殿上人などが集まっており、何が行われるのか、不思議そうにざわついている。帝付の女官たちが、少将を帝の御前に案内した。
「右近少将様参内されました。」
その言葉に殿上人はさらにざわついた。
(吉野に謹慎していた少将が・・・・)
(いまさら殿上人を集めて何をするというのだ・・・)
すると内大臣が言葉を発する。
「黙りなさい、これから主上より重大な報告を賜る。帝・・・右近少将殿が参りました。」
「うむ。ここでみなに言っておかなければならない。今まで内密にしていたのだが、東宮の病が思わしくなく、いつ崩御してしまうかわからない状態である。私には今まで親王が東宮だけと思っていたのだが、理由があり、この内大臣の嫡男として育てられたのだ。少将、いや常康親王、こちらに来なさい。」
緊張した眼差しで、少将は殿上人の前に座る。
「本日より、この常康親王を親王として扱うよう!もし、東宮に何かあった際には、この常康親王を立太子させる。わかったか。この親王の後見人は、この内大臣とする。」
殿上人はみな少将に向かって深々と頭を下げる。少将はやはりまだ状況を飲み込めていないようで、キョトンとしていた。
「右近少将、吉野から戻られてすぐにこのようなことになったことは、そなたもさぞかし驚かれたことであろう。帝であるこの私も信じられなかったのだが、このような事態では疑ってもいられない。見ればわかるように、出仕して来た頃に比べるとこの私の若い頃に似てきているではないか・・・。皇后というよりもこの私に・・・。間違いない。この私の子である。皇后、よく打ち明けてくれた。」
「いえ・・・そのまま親王としてお育ちになっていれば、吉野に篭られる様な事はなかったでしょうに・・・・。この私が悪いのです・・・。この子のことなど考えてなかったのかもしれません。いつ身罷るかわからないような親王を生んでしまった罪悪感から、逃げてしまっていたのかもしれません・・・。」
「まあよい、このようにまじめで立派な公達として育ったのだから。まあ例のことはこの私でも驚いたのだけれども・・・。恋は人を変えるというが・・・まさしくその通り。のう右大臣殿。」
右大臣は焦りながら答える。
「今このような場所でする話題ではありません。もう終わったことですので・・・。」
帝は改めて右大臣に言う。
「そなたの三の姫入内の件だが、東宮がこのようになってしまったから、延期とする。この親王に関しても口外無用。さて、右近少将、今から東宮のところへ見舞いに行こう。他の者はこれで・・・。」
殿上人達は再びざわめきだした。驚くもの、今までよく思っていなかった者が自分の娘を・・・と思うもの。さまざまな言葉が飛び交う。
飲まず食わず夜通し馬で京まで帰ってきた少将の疲れは緊張も合わさって最高潮に達しており、少しふらつきながらも、帝の後についていった。


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