ねぇね2人と双子っちのママのお部屋。

「無題」第17章~第21章



 親王が車に乗って東三条邸あたりにつくと、関白の指示通り、家臣に声をかける。
「政人、晃を呼んできてくれないか。疲れているのか、気分が悪い。」
「は!」
そういうと先導している晃を呼んでくる。
「若君、お呼びでしょうか・・・。」
「晃、なんだか車に酔ってしまったようだ・・・どこか休めるところはないかな。」
「そうですね・・・この辺ではやはり右大臣邸が良いかと。今から聞いてきます。少々お待ちを!」
「うん頼むよ。」
すると馬を走らせて右大臣邸の門前までやってくる。
「頼もう!右大臣様にお伺いをいたしたい。」
すると門衛が言う。
「どちらの家のものか。」
「われは恐れ多くも帝の二の宮常康親王の従者。親王様が途中車の中で体調を崩されたのだ。こちらで少し休ませていただきたいと思い伺いました。そうお伝え願いたい!」
「は!少々お待ちを!!」
と言うと慌てふためいて、聴きに入る。少しすると、慌てて帰ってくる。
「すぐにおいでくださいませとの右大臣様の直々のお許しが・・・。あと、車宿までお迎えにあがられるそうですので、どうぞお入りください!」
「助かった、そう親王様にお伝えする。」
と言うと馬を走らせ、車の側まで来ると政人に伝える。
「ただいまより右大臣家にお世話になる。早く若君をお連れせよ!」
「わかった。」
と言うと車の横で親王に申し上げる。
「右大臣様が直々に車宿までお出迎えにいらっしゃるようです。」
「わかった。晃あとは頼むよ。」
「は!」
すると晃は先導し始めた。右大臣家につくと、車宿では大騒ぎになっていた。親王は扇で顔を隠しながら車から降り、出迎えた右大臣に挨拶をする。右大臣は客間に案内をした。そして親王を上座に座らせ、話し出す。
「本日はお疲れのところ、よくいらっしゃいました。」
「いえ、関白様の心遣いのおかげと言うか・・・。右大臣様には本当に気を使わせて申し訳ありませんでした。今日しかこちらに伺えないと思い・・・。」
「本当に・・・関白殿はあなたのお気持ちを良く御存知であられる。偶然を装ってこちらに来られた方が、この立太子の前の親王様に都合がいいですから。」
「姫はこの私がこのような立場になったと言うことを知っているのでしょうか・・・。あれから半月何度か文を交わしましたが・・・。」
少し考えて右大臣は親王に言った。
「私の口からいっていませんが・・・・。先日も少将様はいつ嵯峨野からお帰りかと何度も聞いてきたことがありましたが・・・。」
「じゃあ知らないと思った方がいいのかもしれませんね・・・。今日を逃すともういつ会えるかもわかりません。関白様はできるだけ早く姫を入内できるように働きかけるとおっしゃっていただきました。」
「それはそれは・・・。」
「早くても夏までは会えないでしょう。明日からは鳥羽のおじい様縁の別邸にお世話になりますし・・・護衛が付くのでそう簡単に抜け出すことは・・・・。別邸の方にはうちの政人に体調不良のため今晩こちらにお世話になると先程文を持たせました。なんというか・・・。その・・・姫と今晩ゆっくりと、話できる時間をいただけますか?」
「どうぞどうぞ。このまま姫と契っていただいてもいいぐらいです。」
親王は真っ赤な顔をして、下を向くと
「それでは当分会えない姫がかわいそうで・・・姫ならきっときちんとした結婚を望むと思うのです!」
と言うと右大臣は扇で口を押さえて笑う。
「ホントに親王は相変わらずうぶで真面目でおられる。親王になられて少しは大人になられたと思ったのですが・・・。先日もあのような機会があってもただ添い臥しただけと伺っております。私ならそのまま無理やりでも契っていたでしょうに・・・。まあいいでしょう。お好きになさいませ。あの姫を親王に差し上げたのも同然ですので。」
相変わらず笑いをこらえている右大臣を見て、親王はさらに真っ赤になる。それを見てさらに笑い出す右大臣である。
 日が傾きだすと、右大臣は親王に姫の対の屋の行きましょうと誘った。親王は少し照れ笑いをしながら、右大臣の後ろをついて姫の対の屋に向かう。姫の対の屋では急なお客様がおいでというので、部屋を片付けたり、姫を着替えさせたりとバタバタしていた。
「ねえ萩。どなたがおいでになるの?この衣装だって新調したばかりの物ばかりで・・・。」
「姫が大変驚かれる方だと大臣様から聞きましたわ。うふふふ。」
「萩は知っているのね!そういえばさっき車宿が騒がしいといって出て行ったもの・・・。」
萩は右大臣から聞いているのか、親王になられたことも、立太子されることも、姫はいずれ入内されることも知っているが、姫には内密と言われているので、黙っている。それだけ萩は姫の反応が楽しみでしょうがないのだ。すると桔梗が走ってきた。
「姫様!今そこに大臣様が来られましたわ!お客様はなんと!宇治の君様ですわ!」
「え!そのような文は・・・。そういえばそろそろ嵯峨野からお帰りになられると思っていたわ。きっとそのまま来られたのかしら・・・。」
といって姫は真っ赤な顔をして自分の身なりを整えだした。
少しすると、外が騒がしくなると、親王が入ってくる。すると親王は額を押さえながら顔をしかめている。右大臣つきの女房は、冷たい水でぬらされた布を急いで持ってくると親王に手渡した。それを額に押しあてて案内されたところに座った。
「常康様。どうかなさいましたの?」
すると親王は恥ずかしそうに照れ笑いをする。
「常康殿は先程つまずかれて柱に額をぶつけられたのだよ。」
「右大臣殿・・・皆に見られてしまって恥ずかしい限りです。」
姫は一息ついて右大臣に言う。
「だから先程たいそう騒がしかったのですね。お父様、私が常康様のお手当てを・・・。」
右大臣は扇を鳴らすと、
「そうだな!姫が手当てをするといい。あとで塗り薬を届ける。」
というと、一同を下がらせて自らも部屋を出て行った。姫は御簾からそっと出てくると、親王の側に寄ってきて、額を見る。
「まあ・・大きなこぶが・・・。おかわいそうに・・・痛い?」
「いえ、姫の顔を見たらふっと痛みは去っていきました。心配しないでください。」
「でも・・・。」
親王は微笑んで、姫を抱きしめる。
「お会いしたかった・・・。今までいろいろと忙しかったものですから、文もあまり出せないですみませんでした。」
「いいの、わかっています。」
すると姫は萩を呼んであるものを持ってこさせた。
「今日はゆっくりしていただけるの?大事な束帯を汚したりしわにしてはいけないと思って・・・。」
というと、萩が持ってきたものを広げた。
「狩衣一式ですか?」
「ええ。これに着替えていただけると、綾はうれしいです。」
姫は頬を赤く染めて恥ずかしそうに親王に狩衣を渡した。
「これは姫様が初めて縫われたのですよ。一生懸命一針一針・・・。」
「そう姫が・・・初めて縫われたのですか?ありがとう。早速着替えます。」
すると早速萩に着付けの手伝いをしてもらいながら、着替えた。なんとぴったりに仕上がっており、親王は感動し、親王は姫の手を取り、
「姫改めてありがとう。あ、姫の手、傷だらけ・・・・。」
姫は恥ずかしそうに手を引っ込めた。
「お母様に教えていただいて縫ったのよ・・・。いっぱい針で刺してしまって・・・。でも常康様の喜ぶ顔が見たくって。」
親王は一生懸命針で怪我をしながらこの狩衣を縫う姫の姿を思うと、とてもいとおしく思った。
「初めてにしては大変お上手ですよ。大切にします。また作っていただけますか?」
姫はうなずくと、恥ずかしそうに扇で顔を隠した。右大臣の女房が塗り薬を持ってくると、萩が受け取り姫に渡し、姫は親王の額に塗った。親王は姫の手のひらを、自分の頬にあてにっこりと笑う。つられたように姫も微笑み返す。いつの間にか部屋に二人きりとなっていた。いろいろ世間話をしているうちに、夜が更けていった。
「姫、本当に明日からは当分こうして会える機会はなくなります。しかし必ず暇を見つけて文も出します。必ずあなたをお迎えにあがります。それまでは右大臣様の言われるとおりにしてください。そうすればきっと・・・。実はこれから簡単に結婚できる立場じゃなくなるのです。こうして出歩くことも。」
「え・・・?」
親王は自分の立場を言うべきか少し考えながら、大きく深呼吸をすると、姫を引き寄せ、抱きしめた。そして姫の頬に手をあてる。
「いつ・・・いつまで待てばいいの?」
「そうですね・・・以前再会した祭の頃かもしれません。」
すると姫はほろほろと泣き出した。親王は驚いて、姫の涙をぬぐうが、ぬぐってもぬぐってもあふれ出てくる涙に、ある決心をする。親王は姫を抱き上げ寝所に運び姫を座らせると自分も座って話し続ける。
「私もこれから会えないことに寂しいのです。」
「綾はこの半月、ずっと寂しいのを我慢していました。半月でも胸がつぶれそうなほど、寂しくておかしくなりそうなの・・・。なのに今度はもっともっと会えないなんて・・・。綾は耐えられません。」
「そうですね・・・。姫、決して私は心変わりなどいたしません。姫なしでは生きていけません。わかってください。」
そういうと親王は姫を横にし、キスをする。
「今日は・・・・・いいですか?」
姫は軽くうなずき親王を受け入れた。
 夜が明ける前に親王は目を覚まし、火照った姫の顔を見つめながら、自分の心の整理をしていた。今までの身分であれば、このまま一緒に連れて行こうと思うが、そういう訳にもいかない。姫も目を覚まし、うつむいたままでじっとしていた。親王は立ち上がると、自分が束帯の中に着ていた衣を姫に掛ける。
「姫、本来の結婚のようにあと二日あなたに通うことはできませんが、この衣を私だと思って、大切にしてください。姫はもう私の妻同然です。」
姫は黙っていたが、親王の衣を抱きしめて、涙を流した。親王は夜が明ける前にここを立とうと、束帯に着替え、姫にもらった狩衣をたたみしっかりと抱き、姫の対の屋を出て行く。
「晃、今から帰るよ。準備はできている?」
「はい。こちらの方に車を寄せましょう。」
「頼むよ。あと鳥羽の別邸についたら、文を姫と右大臣殿に届けて欲しい。」
今朝は良く冷えると思ったら初雪が降り出した。車が来るまで、親王は空を見上げ、雪がちらちらと降るさまを見て、物思いにふける。晃が用意した車に乗ると、親王は姫が縫ってくれた狩衣を顔に当てて昨晩の出来事を思い出した。
(姫は納得していただけたのであろうか・・・・。きちんと今の現状を姫に言えばよかったのかな・・・。)
そう思うと昨日のことは姫にとっても自分のとっても良かったものなのかとさらに物思いにふける親王であった。
 一方姫は女房が起こしに来るまで、放心状態で脇息にもたれかかっていた。そこに萩が親王からの文を差し出した。
『今こうして文を書きつつ、昨日のことはあなたのとってよかったのかと悩んでいます。もっとあなたを苦しませてしまうのではないでしょうか。本当に申し訳なく、心苦しい時をすごしています。』
すると姫は返事の文を書き出した。
『何を言っておられるの?あなたに捨てられるのではないかとすごく不安だった私を助けていただいたのはあなたではないかしら?あなたの愛を感じることができた私はとても幸せです。』
そう書くと、返事を待っていた晃に渡すように萩に渡した。この返事を見た親王は、安堵して、姫のために何か送ろうと晃に手配をさせた。

第18章 歌会にて

 親王立太子の儀礼も滞りなく終了し、年が明けた。御年19の東宮は、新年を迎え、様々な行事に出席するようになり、初めてのことが多く戸惑ったが、何とかこなしていた。以前少将のころはなんとも思わなかったことも東宮ということで気苦労も増えたのである。その時、皇后からの文が届けられた。
『三日後に関白家の一条白鷺邸で歌会をしますからあなたも出席なさいね。この歌会はあなたの妹宮幸子(ゆきこ)が弥生に降嫁する前の思い出にと私が主催します。』
幸子内親王は東宮よりも三つ年下の同腹の妹に当たる内親王で、弥生三日に関白の嫡男である参議殿に降嫁されることになっていて、その前の思い出作りに同年代の貴族の姫君を呼んで歌会をいたしましょうと言うのは表向きで、本当は東宮のお妃候補選定のひとつとして開催されるようである。それを知らないのは東宮と、御招待された宇治の姫君のみ。この歌会を考え出したのは、もちろん関白殿で、いろいろな殿上人が東宮妃候補にと根回ししてきたので、公平にという事(本当は公平ではないが、形だけは公平)で、このような縁談の歌会を開催するように決めて、皇后主催と言う形での歌会になった。同時期に宇治の姫君こと右大臣家の綾姫にも右大臣を通じて皇后から届けられた。姫はとても困惑したが、皇后から招かれたということでしょうがなく出席を了解した。
 歌会当日、様々な姫君が競うように関白邸に集まった。色とりどりの十二単を身にまとい、きれいに化粧をしている。その中には浮かない様子の綾姫も案内された場所に座っている。やはり姫君たちは家柄順に席順が決められており、まず上座から、右大臣家の綾子姫、内大臣家の四の姫冬子姫、中務卿宮家の和子姫、大納言家の響子姫、右近大将家の庸子姫など総勢十名近くの姫君が順番に座っている。やはり家柄からいっても、綾姫はいいようで、皇后たちがいる御簾の近くに座っている。
「皆様、間もなく皇后様をはじめ東宮様、内親王様が参られます。」
と、皇后つきの女官がいうと寝殿内は静まりかえった。
 歌会が始まると、お題が出されそれにしたがって即興で歌を作り、発表する。様々な姫君たちは東宮に気に入られようと一生懸命歌を詠んだ。綾姫はほかの姫とは違って、やはり浮かない様子で歌を考えているのを見て、東宮は心配しながらじっと綾姫を見つめた。
「まあかわいらしい姫君たちだこと・・・。微笑ましいわねえ・・・ねえ東宮。」
「ええまあ・・・。」
「お兄様、皆様お歌がうまいですわね。さすが家柄の良い方達ばかり。私、圧倒してしまうわ。」
「そうだね。」
すると皇后は、東宮の耳元で囁く様に言った。
「あの方ね。東宮の宇治の姫君って方は。まあなんとかわいらしい気品のある方でしょう。一番趣味の良い唐衣をお召しで・・・。」
「ええ。あれは私が選んで差し上げたものです。」
「あの姫なら姑としてうまくやっていけそうだわ。」
「まあお母様ったら。お兄様がお困りよ。ねえお兄様。」
顔を真っ赤にさせながらまだ綾姫をじっと見ている。
(体調でも良くないのかな。ずっと浮かない顔をして一向に歌を書かないなんて・・・。)
何とかできた歌もいつもの文に書いてあるような歌の出来ではない。
 歌会が終わり、続々と姫たちは満足そうに帰っていく中、綾姫はいまだ座って浮かない顔をしている。一緒についてきた萩も心配そうに声を掛ける。
「姫様。どうなさったのですか。あんなにお得意な歌を・・・。」
ひとつため息をつくと、御簾の中から声が聞こえた。
「綾姫、今日はどうなさったのですか。あれほど得意な歌を期待していたのに。御簾の中からひやひやしてしまいました。」
東宮はそういうと、御簾から出てきて綾姫の前に座る。綾姫はフッと我に返り、顔を上げる。萩は東宮に一礼をすると後ろに下がった。
「その唐衣、似合っていて良かった。気に入ってくれた?」
「え?どうしてここに常康様がいるの?」
萩はあせって言う。
「姫、東宮様ですよ!」
「いいよ萩、姫にはちゃんと説明してないのだからびっくりするのは当たり前だ。」
「え、どうして?」
「ちゃんと御簾の中から見ていましたよ。浮かない顔してどうしたのですか?まあ今回の歌会はなんか仕組まれているような気がするのだけどな・・・。どう見たっていろいろな姫君との顔合わせにしか思えなかったよ・・・。まああとでゆっくり話してあげるから、さあ元気を出して。久しぶりにあなたの笑顔を見たい。」
すると姫は急に顔を青ざめると、気を失った。
「萩、どこか部屋を貸していただけるか聞いてきてくれないか、あと薬師も!早く!」
「はい!」
萩は急いで聞きに走った。東宮は唐衣の帯を緩め、姫の顔をなでる。少し経つと、皇后が急いで寝殿に入ってくると、東宮に言う。
「東宮!早く私の部屋に移して!大事な姫様でしょ。早く!薬師はもうすぐ来ます!私から右大臣家に姫御倒れと知らせておきますからついてあげて!良いわね!」
「母上、はい!」
そういうと、姫を抱き上げ、皇后のいる部屋に運んだ。そして寝所に寝かすと、女房が持ってきたぬれた布を額に乗せた。
「萩、姫はいつからおかしかった?今日もずっと調子悪そうだった。」
「はい、年が明けてから気分がすぐれないと・・・よく臥せっておいででした。」
「それを知っていたらこのような歌会など・・・。」
急いで薬師が入ってくると、脈をはかったり、額を触ったりしたあと、萩にこっそりと何かを聞くと、御簾の外に出てきて微笑んで東宮に申し上げた。
「おめでとうございます。ご懐妊の兆候とお見受けいたしました。御予定は、秋口でしょうか・・・。今の時期は何かと不安定な時期ですので、ご安静に・・・。」
そういうと薬師は、深々と頭を下げると帰っていった。
「まあ!何ということでしょう!お相手はどの殿方でしょう。まあ一人ではできないものですし、ねえ東宮。」
東宮は、信じられない様子で、顔を扇で隠す。
「東宮になられてすぐにこの喜ばしい知らせ・・・。帝も私が入内すぐに懐妊した時は東宮みたいに大変驚かれていましたわ。この私に孫ができるのね。確かに東宮のお子でしょうね。」
「一度きりでしたけど・・・・何というか・・・・。」
「一度であっても出来る時は出来るのよ!でもまだ入内させていない姫が懐妊だなんて・・・・。帝と関白のお兄様に相談しないと・・・。とりあえず、この姫はこの私がお預かりしてよろしい?私は当分里帰りしているし・・・まあおめでたいことには違いないわ。」
すると女房が入ってくる。
「申し上げます。右大臣家の北の方様が右大臣様の名代で来られましたが・・・。」
「すぐにお連れして・・・。」
女房は頭を下げると、姫の母を連れてきた。
「まあ、静宮様!お久しぶりでございますわ。」
「まあ、皇后様・・・私の姫綾子が倒れたと聞き、飛んでまいりましたの。お久しゅうございます。何年ぶりかしら?」
「東宮、この静宮様は帝よりも年下であられますが、帝の叔母上様ですのよ。右大臣家に降嫁されたと聞きましたが、三の姫様のご生母でしたの?私が入内間もない頃よく御相談にのって頂きましたのよ。ところで、綾子姫様なのですけれど・・・。」
静宮様は不安そうな顔を半分扇で隠し、皇后の言葉を伺った。
「あのですわね、大変喜ばしい反面、少し難儀な問題がありますのよ。」
「皇后様、包み隠さずはっきりと。皇后様と私の仲ではありませんか・・・。」
「実はですね、ここにあられる東宮様の御子をご懐妊されたようですの。元々東宮と姫は恋仲であられたので問題はないのですけれど、まだ姫は入内されていない状態。水面下では入内の話が進んでいたのですけれど、これでは入内をどうにかして急がせなければならないかもしれません。」
「あら、東宮様って・・・4年前宇治でであった若君様?お懐かしいございます。」
すると東宮は会釈をすると、少し照れながら姫が気になっているのか、そちらの方ばかり振り向かれる。
「うちの姫は一度入内の宣旨を受けておりますので、いつでも入内できるように出来ておりますが、何とかごまかさないといけない部分が出てきますわね。」
皇后と静宮様は日が暮れるまでごそごそと相談をしている。東宮は、姫の手をとりずっと看病をしていた。すると内裏から関白が帰ってきたようで、表が騒がしい様子だった。その騒がしさが、この皇后のいる部屋まで近づいてきた。
「皇后、何ですかしんみりして、おかしいですよこの雰囲気は。東宮様もまだ御所にお帰りにならないと大騒ぎでしたが・・・。」
「兄様!どうにか右大臣の三の姫を早く入内できないかしら!すぐにでもよ!」
関白は困り果てた表情で、答える。
「尚侍などなら早く宮中に入ることは出来ようが、東宮妃となると・・・最低半年、いや!3ヶ月はかかるかもしれませんよ。何を馬鹿なこと!」
すると皇后は扇を鳴らして言う。
「そうよ!とりあえず東宮の尚侍として宮中にお入れして、頃合を見て東宮妃として入内よ!さすがはお兄様!そのように根回ししてくださらないかしら。帝には私からも文を書いて知らせておきます。」
関白は不思議そうな顔をして言う。
「どうしてそんなに急がれるのですか?」
「そう言っていられない事態になってしまったの。実は姫君は東宮の御子を懐妊されたのよ!」
「え?懐妊ですと?そんな馬鹿な・・・いつ?もしかして・・・。」
「お兄様心当たりがおありですのね!」
「ちょうど立太子の宣旨を受けられた日に右大臣家に東宮は行かれてお泊りに・・・。」
「そ、それですわ!」
「まさか東宮がそのような・・・。」
「東宮もれっきとした殿方ですよ。いくら堅物で真面目といわれる方であっても、ついということが!」
「本当に懐妊されているのですね。わかりました何とかしてみます。この件に関しては内密に事を運びますので、いいですね東宮。」
すると東宮は返事をしてまた黙り込む。3人は夜が更けるまで、話し合い、段取りを話し合った。決して右大臣にはいわないように、静宮にも釘をさす。でないとこの計画が漏れてしまうというのは確実であるからです。とりあえず、皇后が里帰りを終え、後宮に帰る時に綾姫も一緒に後宮に入り、尚侍の宣旨が下るまで待ち、ある程度日が経つと今度は東宮の御子をご懐妊として報告し、生まれた後に東宮妃になるという計画を立てた。これでうまくいくかはやってみないとわからないのだが、皇后はこの件について帝に文を書くと、すぐに返事が返ってくる。内容はそのように計らえとのご命令である。明日前触れもなく、勅使を右大臣家に出し、急遽尚侍に決まったからすぐに御所に入ると命を下し、明後日ごろに姫と静宮を連れて皇后が御所に行くという内容が、こと細かく帝の文に書かれていた。いずれにせよ内密にと言うのは一緒であった。
 朝方、姫は目を覚ました。東宮は一睡もせず姫の看病をしていたようで、少し疲れた様子で、ずっと横に座っていた。東宮は姫の目覚めに気がつくと静宮と皇后を呼んだ。すると、お二人とも、うれしそうな顔で御簾の中に入ってきた。姫はまだ気分がすぐれないようで、起き上がるのもやっとであったが、東宮に支えられて起き上がった。とりあえず東宮は姫に白湯を飲まし落ち着かせると、静宮が話し出した。
「綾姫、いいかしら。」
「お母様・・・私はどうしてここに?常康様?」
「綾姫、あなたは懐妊されているのよ。誰がお相手か心当たりはありますわね?そのことで皇后様よりお話があります。」
皇后は姫の側によると、手をとってお話になる。
「お相手が東宮と聞いてとても喜ばしいのですが、まだ姫様は入内どころか宣旨も下っておられません。一時宣旨があったとしても、先代の東宮の妃としてでしたからこの懐妊の事は一時伏せておかないと、東宮を始めあなたのお父様など様々な方の信用問題にかかわります。そこで、とりあえず本日東宮は御所に帰られますが、その後に御所の一室を賜り尚侍として宮中に上がっていただきます。そして頃合を見て、東宮の寵愛を受けて御懐妊として、発表し、お子様がお誕生になられたら妃になられるよう、帝もご承諾の上のことになっております。良いですか、これはあなたのためでもあります。」
すると姫は東宮の顔を見上る。
「常康様。どうして常康様が東宮になられるの?常康様は内大臣家の・・・。」
「いろいろあってね・・・私は親王だったのだ。また落ち着いたらゆっくりと話すよ。今はゆっくり安静に・・・その・・・お腹の僕と姫の子を大切にはぐくんで欲しい。何か食べたいものとかある?萩に持ってこさせるから。参内の準備も静宮様にお任せしたし、姫はゆっくり休むといい。ここの関白家は僕が元服までお世話になったお邸だし、関白殿もとてもお優しい方だから、安心して明日の参内までゆっくりしていたら良いよ。僕はこれから御所に帰らないと皆が心配しているし、姫をお迎えする準備も指示しないといけないから・・・。」
そういうと、東宮は姫を横にすると、御所に戻る準備をし、夜が明けると帰っていった。姫は自分のお腹に手をあてて涙ぐむ。うれしいのか、それとも不安でしょうがないかは定かではないが、姫は萩に看病されながら関白邸にお世話になった。朝早くいきなり勅使がやってきた右大臣家では、案の定大騒ぎで、明日の参内に向けて準備を急いだ。北の方の女房やら、姫君の女房やらがあっち行ったりこっち行ったりと、一日中ばたばたしている。御所に戻った東宮も、帝からの命で尚侍の出仕を形式上知らされ、尚侍用の部屋を片付けさせる。そして尚侍付きの女官や女房の選定やら、こちらもばたばたしている。夕方近くになって、帝がお越しになる。
「父上、お呼びくださればこちらから・・・。」
「いいのだよ。明日の急な尚侍の出仕で呼んでも来ないだろうと思ってね・・・。どうかな、準備は?」
「万端とはいえませんが、なんとか・・・。」
「ところで・・・。」
そういうと、帝は扇を鳴らし、東宮と二人きりにさせた。
「ところで昨日皇后から伺いましたよ。あなたらしくない・・・びっくりしてしまいました。しかし喜ばしいこと・・・。」
「はあ・・・。」
「ほんとにあなたの御子でいいのですね。」
「はい、もちろん。一度きりでしたが・・・。」
「まああの右大臣のことだからほかの公達を通わすということはないであろうし。早く孫の顔を見たい。楽しみにしているよ。姫のお体をちゃんとお守りするのですよ。」
「はい。静宮様もご一緒と聞きましたので大丈夫だと・・・。」
「おお、叔母上もご一緒なら大丈夫だ。私も叔母上に会えるのを楽しみにしているよ。」
そういうと帝は、内裏に戻っていかれた。
 東宮は緊張で寝ることが出来ず、朝を迎えた。

第19章 尚侍の出仕

 出仕当日の朝を迎えた。姫はつわりのためか、あまり元気はないが、何とか十二単に着替えて右大臣家からの迎えの車が来るのを待った。
「姫様、帯はゆるめに着付けさせていただきましたので。あまり無理はなさらぬように。」
「ありがとう、萩。」
すると皇后が入ってきて、挨拶する。
「まあ、やはりお綺麗ですわね。東宮が一目惚れさえたのもうなずけますわ。やはり気分がすぐれないのね・・・。私もそうでしたわ・・・。あと二月ほどしたらずいぶん楽になりますわ。今日はまず帝にお目通りして、東宮御所にお入りになられます。いいですか、帝の前では大変でしょうが、出来るだけ笑顔で・・・。たぶん東宮も同席されていると思いますので。」
「はい、がんばります。」
「そうそう。帝は大変あなたに会われるのを楽しみになさっておられるのですよ。東宮がとても愛しみになられている姫ですもの。きっと入内されても東宮の寵愛を一身に受けられるのでしょう。私もそうでしたわ・・・。いろいろな高貴な姫君が、入内されましたが、いまだに私だけを側においてくださるのですもの。」
「あの・・・やはりいろいろな姫様が入内されるのでしょうか・・・。」
「そうね多分・・・。今のところ内大臣家の四の姫様、大納言家の一の姫様、中務卿宮家の姫様。このお三方は必ず名乗り出てこられるでしょう。でもね!関白様には適齢の姫がいらっしゃらないのだから、あなたが筆頭のご身分なのです。それも第一子をご懐妊なのですから、堂々となさっていいのですよ。特に皇子なら申し分ありません。ご安心なさって。私がついておりますもの。私はあなたの味方よ。当然東宮もあなたを大切になさるでしょ。」
姫は扇を顔に当てて、考え事をするうちに、迎えの車がやってきた。姫と静宮が車に乗り込むと、皇后の車を先頭に内裏に向けて出発した。やはり車は揺れるのか、姫は気分悪そうに、母宮に寄りかかって、我慢をする。やはり右大臣家の姫が出仕ということで、相当な量の行列である。内裏に着くと、まず清涼殿の帝の御前に挨拶に行く。帝の横には東宮と皇后が御簾の中に座って待っている。母宮が、まず帝に挨拶をする。
「帝、お久しゅうございます。もう何年振りでしょうか・・・。」
「そうだね、私がまだ東宮の頃か・・・。叔母上、いや静宮はお元気でしたか?」
「ええ何とか・・・降嫁した後いろいろございましたが・・・・。」
「さてそちらがあなたの姫で?」
「はい。このたびありがたいことに尚侍の官位をいただきました、綾子と申します。さあ、姫。」
すると姫は、扇で顔を隠しながら、何とか笑顔で挨拶をする。帝はたいそうお気に召して、お喜びになられる。
「静宮、あなたに似てとてもお美しい姫君ですね。これならほかの姫とも引けをとらない。なんというか・・・。」
するとこそっと帝が言い直す。
「右大臣に似ておられず、よかったですね。」
静宮は顔を赤らめて、
「まあ、何ということを・・・。うちの殿にも良いところぐらいはありますわ。」
「そうですね・・・。でもすばらしい姫で安心しました。さて、綾子姫、今日よりあなたは尚侍として東宮の身の回りのことをしていただきます。といっても事務的なことですが・・・。東宮はとても性格の良い子ですので、きっとあなたをかわいがってくれますよ。宮中では何かと気苦労が多いでしょうが、がんばってお勤めしなさい。いいですね。」
姫は会釈をすると、東宮が話しかける。
「体調が思わしくないと聞きましたが、いかがですか?今日はお疲れでしょうから、御所の一室でお休みになってください。何かありましたらお呼びいたしますので。」
「はい・・・。ありがとうございます。感謝いたします。御前失礼いたします。」
そういうと、姫は母宮と共に、東宮御所に入られた。賜った部屋は御所内でも日当たりが良く、とても空気の流れの良い一室で、一女官が賜るような部屋ではなかった。用意された調度も、女房も皆きちんとされていて、東宮の性格が現れていた。間もなくして一人の女房が姫の前に現れた。
「はじめまして。私は尚侍様の身の回りの世話をいたします近江と申します。」
近江といえば、東宮の乳母の子として、ずっとお仕えしてきた女房である。
「まあ、あの宇治の姫君様と対面できるなんて光栄ですわ・・・・。東宮様よりお聞きした時よりずっとあこがれていたのです。思ったとおりのお方ですわ。遅れましたが、私は東宮様の乳母子で、東宮様が幼少の頃よりお仕えしてまいりました。」
すると母宮がいう。
「まあかわいらしい女房だこと。東宮様の乳母子なら大丈夫ですわ。ねえ姫。頼みますよ近江。東宮様よりいろいろお聞きになっているかもしれませんが・・・・。」
「はい内々的に伺っておりますし、尚侍様近くの者達はみんな口の堅いものばかりを東宮様が厳選の上厳選されてお決めになった者ばかりです。もちろん御所のものすべて内部のことは口外無用と仰せつかっておりますので、尚侍様のことは決して外部には漏れません!」
「そうそれなら安心しました。ねえ姫。そうそう、姫、せっかく東宮様がゆっくりなさいと仰せなのだから、早く横になって・・・。」
尚侍は唐衣を脱ぎ、小袿になると、横になった。よろしければどうぞと、近江は蜜柑などを差し上げた。すると、東宮が御所に戻ってきたらしく、外が騒がしい。
「まあ、東宮様。今尚侍さまはお休みに・・・。」
「近江、わかっているよ。ちょっと顔がみたくなったから・・・。」
東宮は寝所に寝ている尚侍を見ると、静宮に話しかけた。
「この部屋、気に入っていただきましたか?本来ならここは東宮妃用の部屋なのですが、ここが一番景色も日当たりも良いので、無理を言ってこちらにご用意しました。調度も良いものを、使い勝手の良いものを、女房も教育のいきわたったものをご用意させていただきました。」
「ほんとに身分から言って申し分けないくらいの物を賜りまして大変感謝しておりますわ。きっと姫も元気に健やかにお過ごしになるでしょう。東宮様も連日のことでお疲れのようですから、ごゆっくりと・・・。いつでも姫に会えるようになったのですから・・・。」
「そうですね・・・。早く姫の元気いっぱいの笑顔を見たい・・・。それだけが私の願いです。」
そういうと東宮は会釈をして、自分の部屋へ帰っていった。本当に東宮の用意した女房達は教育がいきわたっており、噂話や影口など一言も言わない女房達で、安心して過ごす事が出来そうである。萩も何とか東宮の用意した女房と溶け込むことが出来たようで、近江とも仲良く出来たようだ。
「近江さん。本当に東宮様は性格がとてもよい方ですのね・・・。尚侍様も安心してお仕え出来ますわ。」
「ほんと。東宮様は私達のような女房にもよく気を使っていただくし、真面目できっちりとした方なので、私達も安心してお仕え出来るのですよ。萩さんも宇治の姫君様のようなお美しくて東宮の寵愛を一身に受けられている姫君にお仕えされているなんで・・・うらやましいわ。」
二人はとても気が合ったようで、仲良くしている姿を見て、東宮は微笑まれる。
(近江と萩が敵対したらどうしようと思ったけれど、これなら安心だな・・・。これで近江から姫の詳しい体調やらを聞けるし・・・。)
 次の日から一応形式上の書き物などを少しずつ尚侍はこなし、毎晩のように東宮は寝所に来て姫と歓談するのが日課となった。尚侍もだんだんつわりも治まり、元気になっていった。

第20章 御懐妊の発表

 卯月、正式な尚侍の懐妊発表が行われ、予定通りに女御の宣旨が下った頃、すっかりつわりは治まり、少しであるが、お腹も目立ってきた。正式に懐妊発表が行われたため、東宮は暇を見つけるとすぐに姫の元にやってきて、お相手をするようにした。
「東宮、聞いてくださいませ!」
「何?萩。」
「つわりが治まったとたん、姫様ったら食べて食べて!!このままでは豚さんになってしまわれますわ!東宮様からもご注意くださいませ!」
すると東宮はお笑いになり、姫にそっと忠告される。
「姫、食べてはいけないとは言いませんが、お腹のお子のために、良いものをお食べくださいね。このまま太られると、姫のお顔が・・・ぷぷぷぷ。」
姫は顔を真っ赤にして、顔を背けた。そのかわいい表情に東宮は微笑まれる。
「常康様。」
「なに?姫。」
「私は今とっても幸せよ。毎日こうして会えるし、ここの女房達はとてもいい人ばっかりで、お母様がお邸にお戻りになっても、寂しくないわ。それでね、最近おややが元気に動くのがわかるの。ちゃんと元気に育っているんだなって・・・。」
「そうか、よかった・・・。なにかあったら近江に言うと良いよ。近江、母上からあずかったものがあるだろう。持ってきなさい。」
すると近江が絹をかぶされたものを持ってくる。そして姫に手渡す。
「これは皇后が用意した、姫のための戌の日のお祝いだよ。腹帯とお守りが入っているらしい。僕はこのことは良く知らないから、古参女房の摂津に聞けばいい。摂津は元々母上の女房であったから、きっと詳しいし・・・。」
東宮が扇を鳴らすと、古参女房数人が入ってきて、姫の戌の日のお祝いの準備をする。
「摂津、姫のことは頼んだよ。今から私は帝の御前に参るから・・・。」
「はい畏まりました。二代続けてこのようなお役目を頂、ありがとうございます。きっと良いお子様がお生まれになるでしょう。お見受けしたところ皇子様のような気がしますわ。」
「それならいいのだけど。さすが年の功だね。じゃあ頼んだよ。」
そういうと、東宮は御所を出て、帝のいる清涼殿に向かわれた。摂津は、姫の前に座ると、戌の日について講義する。その後に数人の古参女房と共に、姫のお腹にさらし帯を巻いていく。
「かわいらしい姫様だこと。東宮のご寵愛もうなずけますわ。結構華奢ですのね・・・。私、東宮様もお取り上げいたしましたのよ。とてもかわいらしいおややでしたのよ。少しお体が弱かったのですけれど・・・。」
「あの・・・摂津さん、東宮様のこと詳しく教えて?今までどうして内大臣家の嫡男としてお育ちになったのか、どうして急に東宮になられたのか・・・。東宮はいずれいずれとお延ばしになられて・・・。」
「東宮様の許可なしには詳しくはいえません・・・。申し訳ありません。きっと東宮様はお話になってくれますわ。」
「そう、ごめんなさい・・・そうよね・・・。」
姫は悲しそうにうつむき加減で、青々としたお庭の緑を眺める。
(いつになったら教えていただけるのだろう・・・。)
姫は今まで東宮と過ごした日々を思い起こしながら、脇息にもたれかかって、ため息をつくと、お腹をさすってお腹のおややに声を掛ける。
「あなたのお父様はいつになったらお話してくださるのかしらねえ・・・。」
すると東宮が戻ってきた。
「誰と話しているのですか?早めの切り上げて戻ってきたのですが・・・。今日は何をしましょうか?」
「お腹のおややと話していたのです。だって常康様は何もお話にならないのですから!」
姫の乱れように驚いた萩は、すっ飛んできて、東宮に
「申し訳ありません・・・。ご懐妊中で気が高ぶっておいでなのですわ。」
東宮は優しい顔をして姫に言う。
「あの件ですか?本当はお話したいのですけれど、よく知らないのが本音です。そうだ、摂津をこれへ・・・。」
すると摂津が入ってきて、二人の前に座りお辞儀をする。すると、東宮は、ほかの女房を下げ、摂津に詳しい話を話すように命じ、東宮がお生まれになった経緯から、今に至るまで、わかる範囲で申し上げる。姫は納得したようで、表情が穏やかになった。

第21章 東宮のお出掛け

 女御入内が終わり落ち着いた頃、季節は梅雨の時期である。帝の名代で、兄院のお見舞いに東宮は出かけた。久しぶりに宮中からの外出。本当は女御も連れて行きたかったが、だいぶんお腹も目立ってきて、二月後に出産のため萩や摂津とともに、里帰りすることになっている。その時に一緒に数日右大臣家に東宮がお世話になる予定をしているので、やめておこうと思ったのである。また以前の争いがあったことでもあるし・・・。
朝早く、女御に見送られて、嵯峨野の院が静養している内大臣北の方の別荘に向かった。別荘に着くと、数人の女房がお迎えにあがった。そして、院の部屋に通されると、院の北の方(元女御)がお迎えになる。東宮は、北の方のお腹を見て驚く。
「まあ東宮様、驚かれました?もうすぐ生まれますのよ。年明けまで気づかなかったのです。ずっと院の看病ばかりしておりましたでしょ。院も私の懐妊を知って、なんだか元気になられたようで、おややの顔を見るまで死ねんといわれて・・・。」
「そうですか・・・それは喜ばしいことですね。うちの女御も秋ごろ生まれます。おややがいると周りが明るくなりますからね、きっと兄上も元気になられることでしょう。」
 東宮は、北の方と話し終わると、院のいる寝所に向かう。すると、院は脇息にもたれながらも、座って東宮を待っていた。
「兄上、横になってください。」
「最近調子がいいのだよ。痛みもひどくないしね。久しぶりだね。例の姫が懐妊されたとか・・・。うちの妻の懐妊には驚いたよ。」
院は少し以前と比べて顔色はいいが、あまり良くない顔つきである。東宮は、帝から預かった文を渡し、いろいろ宮中のこととか、院の北の方のこととか、女御のことなどを話される。
「常康、私は何とかして御子を抱いてから死にたい。でも私が死んだら御子はどうなってしまうのだろう。妻の実家にお世話になってもいいのだが・・・。常康、後のことは頼みたい。妻と生まれてくる御子が幸せに暮らせるように・・・。」
「兄上何を弱気なことを・・・。さあ、横になられて・・・。」
「そうだな・・・ちょっと疲れたから寝るよ。」
そういうと、院は眠ってしまった。東宮は寝所から出ると、北の方に話しかける。
「顔色は良いが、やはりあまり調子はよろしくないようですね。とてもお腹のおややのことを気にかけておられました。私も弟として、姉上とお子のことを見守っていこうと思います。ですから、安心しておややを生んでください。もし不足のものがありましたら、何なりと言ってください。一応このことは帝に報告しておきます。決して帝のことですから、悪いようにはしないと思います。」
「東宮・・・。感謝いたしますわ。東宮様も女御様をお大事に・・・。」
「ありがとう・・・。またお見舞いに伺います。これからもう一軒お見舞いに行かないといけないところがありますので。」
「どちらへ?」
「育ての母上のところへ・・・。先日内大臣殿より母上が風邪を召されたらしくて・・・。ついでに・・・。」
「そうですか・・・お気をつけて・・・。」
東宮は会釈をすると、内大臣家に向かった。内大臣家に着くと、やたらうれしそうに内大臣が迎えに来る。ちょっと不気味に思ったが、育ての母が気になり案内されるまま寝殿に招かれる。
「内大臣殿、母いえ叔母上の風邪の方はいかがですか。」
「風邪?ああ風邪ね、だいぶん良くなったみたいだ。」
「それなら良かった・・・。叔母上にお会いしてすぐにここを出ますので、気を使わないでください。」
「いえいえ、東宮、せっかく来ていただいたのですから、ゆっくりとしていってください。今呼んできます。」
(なんかおかしいぞ・・・・。ここで待てない!叔母上の対の屋までいこう!)
そう思うと立ち上がり、女房達の制止を振り切って北の対の屋に行こうと寝殿出た時、ばったりある姫に出会ってしまった。右大臣はあわてて言い訳をしようとし、姫はきょとんとして、扇で顔を隠しながら東宮の姿を見る。東宮は怒って、内大臣に言う。
「先程から何だかおかしいと思いました!もしかして四の姫と私を会すために叔母上が臥せっておられるといったのですか?もう帰ります!叔母上には改めて文にてご機嫌伺いをいたしますから!」
「東宮!」
「女御が入内したばかりで、もうすぐお子が生まれるのです!今のところ他に入内させるつもりはありません!内大臣殿、あなたはわかって頂けないようですね。後見人のあなたが・・・・。このままでは関白殿に後見人をやって頂くしかないかもしれませんね。では失礼します。」
今まで見たことのないような剣幕で怒る東宮を見て、内大臣も四の姫も驚いた。
 急いで帝へ見舞いの報告も行かずに、東宮御所に戻ってきた東宮は、珍しくいらいらした状態で、部屋に篭った。尋常でない東宮を見て、女御は東宮の部屋へお渡りになる。
「常康様どうかなさいましたの?お見舞いから帰られてから変ですわ。」
すると東宮は悔しそうに脇息をこぶしでたたいて、女御に言う。
「内大臣に企てられた。」
女御は不思議そうにもう一度問いかける。
「何をですの?」
「叔母上が寝込んでおられるというので、院のお見舞いの帰りに内大臣邸に寄ったのだけど、なんか様子が変で、異様に嬉しそうにするものだから、変だと思って寝殿を抜け出そうとして出たらすぐに四の姫とばったり会った。はじめから仕組まれていたんだ。姫との顔合わせが・・・。このことが噂になればきっと入内になるところだった。すぐに帰ってきたから何もないと思うけど・・・。きっぱりと入内はないと断ってきたし・・・。」
「まあ!ところで、帝には院のことをご報告されましたの?」
「あ!忘れていた!早く報告しないと・・・きっと首を長くしてお待ちになっておられる・・・ありがとう姫。もういいよ、姫は部屋でゆっくり休んでなさい。心配することないよ姫。誰も入内させるつもりはないから。姫はかわいいややを産むことだけ考えていたらいいよ。」
そういうと急いで、清涼殿に向かった。姫はさっき東宮が言っていた事が気になってしょうがなかった。
(きっとこれから何人もの姫が入内されるのは当たり前のことなのですもの・・・)
そういうと、姫は大きくなったお腹をさすりながら、自分の部屋に戻った。部屋に戻ると、萩と近江が心配そうに待っていた。
「女御様、あの温厚な東宮様がひどい剣幕で戻ってこられていかがなされたのでしょう。」
「ほんとですわ・・・あのような東宮様は今まで見たことがありませんわ・・・。この近江でも。」
女御は微笑んで、萩と近江に心配ないことを伝えた。女御は脇息にもたれかかると、一息ついて、最近はじめたおややの産着を縫う。摂津に指導されながらひと針ひと針縫っていく。
東宮の尋常ではない態度を気にしながら、縫っていかれるのです。
 東宮は、御前に参上すると、院の病状や元女御の懐妊について報告すると、帝は東宮に任せるといい退席されようとするが、東宮は後見人について帝にお聞きになる。
「そうだね、後見人は関白殿に変えたほうがいいかもしれないね。関白殿は適齢の姫がいないから・・・。考えておきます。あと東宮、他の姫を入内させることも考えなさい。女御一人だと、いろいろ問題があるからな。いいね。」
すると東宮は少し顔をしかめながらも会釈をして退席した。複雑な気持ちで、御所に帰って行った。


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