ねぇね2人と双子っちのママのお部屋。

「無題」第38章~第39章



 東三条邸に滞在中の帝は若宮と共に眠りについた。久しぶりに眺めるかわいらしい寝顔を見て、今日内裏に連れて帰りたいと思いながら、ぐっすり眠っている若宮の頬を触って微笑むと、若宮の部屋の表がまだ夜が明けきっていないにもかかわらず騒がしい。するとそっと何者かが入ってくる。
「何者だ・・・若宮はまだ就寝中である。静かにせよ。」
すると寝所の御簾に近付くとそっと申し上げる。
「橘晃でございます。」
「晃か、急ぎの用か・・・。」
「はい・・・。」
帝はそっと起き上げると若宮に単をかけて御簾から出てくる。そして几帳にかけていた単を肩にはおり、部屋の隅で橘晃の報告を聞く。
「申せ。」
「は、先程内大臣邸の早馬が参りまして、麗景殿中宮様親王無事出産とのことでございます。詳しい内容はこちらの内大臣殿からの文でご確認を・・・。」
「晃ご苦労。そこで少し待っていてくれないか。」
帝は橘に明かりを持ってこさせると、内大臣からの文を読む。
『少し中宮のご予定よりも早く親王が生まれてまいりました。少し小さめに生まれてまいりましたが、とても元気な産声で生まれてまいりましたので、皆安堵しております。しかし相当な難産であったため、中宮は直後気を失われ、何とか今のところ命には別状はないもののまだ意識が戻っておいでではありません。なんとも申し訳なく・・・。 内大臣 二条宮実仁』
この文を橘に見せると、帝は橘に助言を聞く。
「今すぐ行ってやりたいが・・・・。どうしたらよいものか・・・・。」
「そうですわね・・・少し覚悟が必要かもしれません。もともと麗景殿様はお体が弱く、体力も弘徽殿様ほどおありではありません。このまま産後の肥立ちが悪いうえに意識がお戻りにならないようでしたら・・・・。」
「そうか・・・このことは仲の良い弘徽殿には内密にせよ。晃、今すぐ馬を用意せよ!馬で今すぐ内大臣邸に参る。車では遅すぎる。早く!」
晃は下がり馬の用意をする。その間、帝は狩衣に着替え車宿まで急ぐと用意された馬に乗って急いで内大臣邸のある二条院まで走らせた。
「開門!わが名は五位蔵人兼侍従の橘晃と申す。今上帝の至急のお出ましである、すぐここを開けられよ。」
門兵は急いで門を開け深々と頭を下げる。橘晃を先導に車宿に馬を預けて中宮のいる部屋に向かう。途中内大臣が帝を迎えると、とりあえず中宮の部屋は立て込んでいるという理由からか客間に通す。すると中宮つきの播磨が急いで客間にやってきて深々と頭を下げて申し上げる。
「誠に申し訳ありません!この私がついておりながら、中宮様があのようになられるとは・・・。」
「そなたが悪いのではありませんよ。今はどのような状況か?」
「実は・・・中宮様は双子を御懐妊だったようで、親王様は無事お生まれになりましたが、片方の内親王様は逆子のため出産後すぐにお亡くなりになりました。典薬寮女医に言わせますと、いまだ内親王様についていた胎盤が少々残っている様子で出血がひどくそれで意識が戻らないとのことでございます。」
帝は脇息にもたれかかってため息をつくと、真剣な顔で考え事をする。急いで女医がやってきて帝の前に座ると、深々と頭を下げる。帝は珍しく冷静さを失い女医に怒鳴りつける。
「女医というものが居ながらどうにかならないのか!侍医をこちらに呼べ!」
女医はいつも温厚な帝の態度におどおどしながら、申し上げる。
「恐れながら・・・われわれもできる限りのことはしております・・・。気を御静めに・・・。」
帝は脇息にもたれて肘をつき、涙を流す。帝は涙を拭うと、立ち上がって中宮の部屋に向かう。部屋に入ると中は静まりかえり、播磨が若宮を抱いて帝の前にやってきた。帝は若宮を抱くとまた泣き出した。
「この子は雅和と名づける。」
「そういえば帝もこれくらいの小ささでお生まれになりましたわ。きっと立派な親王としてお育ちになりますわ。」
帝は播磨に若君を渡すと、亡くなった内親王の亡骸を持ってこさせる。生きているのではないかと思うぐらいかわいらしい顔をしていた。
「この姫宮は少しでも生きていたのだろ。雅子内親王として内親王宣下をしよう。丁重に葬ってやってくれ。」
内親王の亡骸を女房に渡すと、帝は中宮の寝所に入られる。いまだ意識は戻っておらず、荒い息で眠り続けている。帝は白い中宮の手を握り締めると、その手を帝の頬にあてた。中宮の手は冷たく、今にも命の灯火が消えてしまいそうであった。
「播磨、外で控えている橘晃に東三条邸と、内裏に中宮の意識が戻るまで公務も何もかも取りやめにすると伝えよ。このままここに滞在し、中宮の看病にあたる。」
「しかし・・・。」
「権限は関白太政大臣に一任する。あと、生まれたがなくなった雅子内親王を内親王宣下し、喪に服すよう。」
「はい畏まりました。」
播磨は部屋の外で控えている橘晃に帝の言葉を伝え、橘晃は急いで馬に乗り関係各所に帝の言葉を伝える。もちろん内裏は混乱して予定されていた更衣や尚侍入内もすべて無期延期された上、生まれた内親王の逝去により、宮中は喪に服すことになり、様々な節会や宴は半年間すべて中止となった。もちろん東三条邸の皇后の耳にも入り皇后はお悔やみとお見舞いの文を帝と内大臣に送った。皇后はとても思い詰められたのか、夕方東三条邸より、二条院に急ぎの早馬がやってくる。
「帝に申し上げます。東三条邸の皇后様、御予定より半月早く陣痛が始まったようでございます。皇后付きと女医によりますと、夜半ごろお生まれになるとのこと・・・。」
「そうかわかったと伝えよ。あちらには摂津も橘もいるから心配ない。皇后も二度目の出産だ。生まれたら知らせてくれないか・・・。」
橘晃は深々と頭を下げると、東三条邸の使者に帝の言葉を伝える。
 夜半ごろ、帝はずっと中宮の側に付きで、綿に含ませた水を中宮の口元に当てて水分を与える。女房達が帝に食事を持ってきても口をつけずに、ひたすら中宮に付き添っている。すると橘晃は入ってきて御簾の側で申し上げる。
「どうした、晃・・・。弘徽殿のことか・・・?」
「はい、内親王のご誕生でございます。母子共に健やかという知らせでございます。どのように致しましょうか。」
「御料紙と筆を・・・。あとで届けて欲しい・・・。これを届けたら晃は帰っていいよ。政人と交代しなさい。お前もずっと寝てないのだろう。」
「いえ、これくらい・・・。」
御料紙と筆を受取ると、皇后にお祝いとお見舞いの文を書く。
『綾子、無事に生まれたようだね。本当ならすぐにでも会いに行きたいのですが、和子の容態が思わしくなく行けません。申し訳なく思っています。内親王の名前は孝子と名付けようと思っている。きっと雅孝は私のことを怒っているであろうね。  常康』
皇后に宛てた文を橘晃に託すと、また中宮の側についた。
 丸々二日経ち、夜が明けようとしているのか、隙間から微かな光が漏れてきた。やはり帝は一睡もせずに冷たい水に浸した布で中宮の汗を拭いたり、水分を与えたりして時間を過ごした。まぶしい光が隙間から中宮の顔に漏れると、少しずつだが、中宮は意識を戻しだした。帝は気がついて中宮の名前を呼ぶと、中宮は目を開けて帝の顔を見る。
「帝?」
「気がついた?ずっと眠っていたのだよ。さあ女医を呼ぼう。」
「帝・・・少し待ってくださいませ。私・・・。」
「何?」
帝は中宮の白い手を頬にあてて中宮の言葉を待った。
「私夢を見ましたわ。とてもきれいな野原に立っておりましたの。きれい過ぎて何だか先に進みたくなったのですが、突然小さな姫を抱いて品の良い直衣を着た帝によく似た方が現れて、帝が悲しまれるのでここから先は行ってはいけないと・・・。訳を聞こうとしても微笑まれるだけで・・・・。気がつくと帝が私のことを呼んでおられたのです・・・。」
(もしやそれは兄上と亡くなってしまった内親王ではないか・・・・。)
そう考えた帝は、中宮に優しく言う。
「それは私の双子の兄上かもしれないね・・・。兄上はあなたが入内された日に病気でお亡くなりになられた。本当に私と瓜二つの優しいお方だよ。いつも品の良い直衣を着ておられた。中宮、女医を呼んできましょう。みんなとても心配しているよ。可愛い若宮も母君の事をきっと待っているに違いない・・・。」
帝は立ち上がって御簾から出ようとすると、中宮は帝に聞く。
「姫宮は?後から生まれた姫宮は?帝・・・。」
帝は一瞬立ち止まったが、そのまま何も言わずに近くに控えていた播磨に女医を呼ぶように命令する。慌てて女医は中宮の具合を見るとなんと不思議なことか、今まで弱々しかった脈は正常に戻り、産後の戻りも正常に戻っていた。その事を別室で帝に伝えると、帝は緊張の糸が切れたのか、突然倒れてしまった。ちょうど帝の寝ずの看病を心配して侍医が控えていたので、すぐに客間に運び診察すると、大変な高熱で意識も弱い状態であった。内大臣は慌てて客間に飛んできて侍医に帝の病状について問いただす。
「ご心配はございません。単なる過労と御見受け致します。丸二日も寝食もされず看病をされたのですから・・・・。二、三日ゆっくりお休みされて精のつくものを御召し上がられると、元通り元気なお体に戻られます。私も倒れられたと聞いた時は大変驚きましたが、中宮様が予想以上の回復様に驚かれ、一気に疲れが出たのであろうと思います。中宮様ももう心配はありません。処方いたしました薬湯を朝晩お与えください。また、中宮様も消化の良い物から順に食事をお出しいただき、とても栄養豊富なものをお召し上がりになればひと月後の床上げも可能でしょう。私はこれで・・・。何かあればお呼び下さいますよう・・・。」
そういうと侍医は典薬寮に戻っていった。内大臣は東三条邸から帝の乳母である橘を呼び寄せると、帝の側に付き添わせ、内大臣は内裏に報告のため参内する。丸一日眠り続けた帝は、眠りから覚めると熱も下がり、起き上がることができるようになったが、立ち上がろうとするとめまいがして倒れそうになった。
「帝、まだもう少しこちらにお世話になりましょう。中宮様の件で無理なさりすぎですわ。二条院からの知らせを聞き、橘はもう心配で心配で・・・。もちろんこのことは皇后様には内密にしておりますが、東三条の若宮様が珍しく駄々をこねられて・・・。」
帝は橘から受取った薬湯を飲み干すと、苦笑する。
「雅孝には本当に悪い事をしてしまったね。さぞかし怒っているのであろう・・・。」
橘はうなずき、薬湯の入った器を受取ると今度は重湯の入った器を帝に渡して言う。
「もちろんですわ。ここに来る時もついて来られると・・・・。駄々を・・・。新しくお生まれになった弟宮を見たいとも言っておりました。本当に二条院の若宮様は中宮様によく似たかわいらしい若宮様ですわ。姫宮様がすぐにご逝去されたことは残念でしたが・・・。東三条の姫宮様は皇后様に良く似ておられますのよ。先が大変楽しみで・・・。」
すると部屋の外で何だか騒がしい。
「中宮様!」
「和姫様!誰か!和姫様を御留め申し上げて!」
と外では女房達が騒いでいる。
少し経つと、小袖に単を着ただけの中宮が帝のいる部屋に飛び込んでくる。
「帝・・・・。」
橘は帝のいる御簾から飛び出して中宮を止める。
「橘さん、帝に会わせてくれないかしら・・・。帝をこのようにしてしまったお詫びを・・・。」
「中宮様、さ、お戻りになられて静養を・・・。」
「少しでいいの、帝は気が付かれたのでしょ。私の口から帝にお詫びを・・・。」
すると帝は少しふらつく体でありながら立ち上がって、御簾を出て中宮のもとに向かい、そして中宮を抱きしめた。橘は急いで帝に単を掛け人払いをする。
「和子、ゆっくり横にならないと・・・。私はただの過労、たいしたことはない。」
「播磨からすべてを聞きました。姫宮のことも、帝が寝食もされずに私に付き添っておられたことも・・・。そしてそれがもとで倒れられたことも・・・。なんとお詫びしたらよいか・・・。」
帝は涙でいっぱいの中宮をさらに抱きしめ、額にキスをすると言う。
「ずっと一緒にとお約束したではありませんか・・・。この件で私は本当にあなたが私にとって大切な人であると痛感いたしました。妻は綾子ただ一人と思っていたはずなのにおかしな話ですね。さあ、お戻りなさい。早く元気になって後宮に戻ってきてくださいね。」
中宮はうなずいて橘に支えられながら戻っていった。
「晃か政人は控えているか?」
政人が帝の御前に現れると、政人から御料紙を受取り内裏に向けて文を書く。
『尚侍及び更衣の入内を白紙にせよ。もうこれ以上後宮に人を増やすつもりはない。内裏に戻るまでの権限は関白太政大臣に任せる。   今上帝 常康』
書き終わると政人に渡し、帝は寝所に横になる。またもや帝の急な入内白紙の言葉は宮中を混乱させた。

第39章 疑惑

 亡くなった内親王の喪が明けると、皇后と中宮は揃って二条院の若宮と東三条の姫宮を連れて参内し、帝の御前に挨拶に現れる。皇后の側には東三条の若宮を連れている。帝は東宮である東三条の若宮を呼び寄せ、膝の上に座らせる。帝の側には宣耀殿女御が座っていた。一通り皇后と中宮が挨拶を済ませると、帝の御簾の中に入りそれぞれの御子を見せた。
「父上、弟と妹はとても可愛いね。」
「そうだね。雅和と孝子というのだよ。雅孝はもう二人の兄上だから、可愛がるのですよ。特に孝子はお前と同じお邸に住むのだから仲良くな。」
「雅和は?」
「母君が違うので違うお邸だよ。」
「ふ~ん。でも遊びに行ってもいい?」
「内大臣殿か雅和の母君にお聞きなさい。良いと言われたら行ってもいいよ。」
すると東宮は中宮のもとに駆け寄って、小さな若宮の頬を触って言う。
「雅和の母上様、雅和が大きくなったら一緒に遊んでいい?」
中宮は微笑んで東宮に言う。
「東宮様は雅和のお兄様ですもの。誰も反対するものはいませんわ。必ず行く前に二条院に御文を書かれてから遊びにいらしてね。」
今度は皇后のところにやってきて姫宮の頬を触る。
「母上、孝子も連れて行っていいでしょ。ねえ。」
「まあ、孝子は姫宮ですのに?もうちょっと大きくなられてからね。」
帝は東宮の行動を見て微笑んだ。すると慌てて関白が御前にやってきたので、帝は皇后たちを後宮に行くように促し、下がったのを確認すると関白の言葉を聞いた。
「帝、側の者を遠ざけていただけませんか?」
帝が合図をすると、側についている者たちが下がっていった。下がったのを確認して関白は御簾の中に入って小さな声で帝に申し上げた。
「東宮様が当分の間滞在される予定の藤壺の床下からこのような物が・・・・。」
紙に包まれた物を帝に渡すと、続けて話し出す。
「これは人形。ただの人形ではありません。陰陽師に見せたところ、呪いの願掛けに使われる型の物。そしてこれが一緒に添えられていたものです。」
帝がその紙を開くと顔が青ざめた。
『怨 東宮雅孝様』
「すぐに陰陽頭をこちらへ・・・。」
「控えさせていますのですぐに・・・。」
陰陽頭を近くに呼び寄せると、詳しく人形について聞く。そして対処法を話し合うと都でも一番といわれる陰陽師を呼び、東宮に何事もないように対処させる。
「安倍殿、今のところ大丈夫と?」
「はい、東宮様には強い守護霊がついておられますので・・・。」
「これ以上何かが起こらないよう頼んだよ。誰か心当たりはないか・・・。」
関白も陰陽寮の者も首を横に振る。
「とりあえず、当分の間弘徽殿に東宮を・・・。」
帝は今参内している太政官を集め、この件について話し合った。
すると右大臣が言い出した。
「この中で一番怪しいのは内大臣ではありませんか?今日、中宮様が久しぶりに後宮に戻られたというのに来られていない。東宮が退位すると一番に得をするのは生まれたばかりの二の宮のいる内大臣。皆さんそう思いませんか?」
するとほとんどの太政官がざわつき、右大臣の意見に賛同をする。ただし関白と左大臣は反対の意を唱える。
「本日内大臣が休んでおられるのは内大臣殿の父宮のお見舞いによるもの。前々から聞いておりました。右大臣殿、あなたも怪しい面がございますよ。あなたの姫も入内されている。そして大納言殿、右近大将殿、式部卿宮殿・・・・。あなた方は決まっていた入内を急に白紙にされている。内大臣のみが怪しいわけではありません。調べもせずに勝手な事を帝の御前で言われるのではない。」
と関白が言うと、帝も続けていった。
「内大臣がそのような事をするわけはない。もともと内大臣にと勧めたとき、始めは中務卿として一生を終えるのが気軽で良いとお断りになった経緯がある。あの方は出世欲のない方だ。麗景殿が入内の際もあまり乗り気ではなかったし。私はあの方ではないと思う。ここのところ出仕もしておられないし・・・・。どうやって藤壷の床下に置けるというのか?今日はこの話はここまでにしたい・・・。何かわかれば報告を・・・。」
そういうと続々と太政官は下がっていく。すると左大臣は残り帝に申し上げる。
「この件は当家で養育しております東宮に関係あること、ちょうどうちの息子達が近衛府、衛門府におりますので、左大臣家が調査いたします。帝、時間をいただけますか。」
「わかりました、左大臣殿に任せます。内密に調査してください。何か必要なものがあれば、申し出ていただきたい。また政人や晃を使っていただいても構いません。そうそう、弾正台尹宮にも相談されたらいいと思います。きっとお役に立つ人物をお使いになるでしょう。よろしく頼みましたよ。」
左大臣は早速邸に戻り、自分達の息子達と共に調査の方法を練っていった。とりあえず、滝口所に皇后の弟である衛門佐を宿直ついでにいかせ、数日不審な者がいなかったかと聞きにまわらせ、また内裏に出入りした者の調べをする。また、後宮に左大臣家縁の女官を入れ、徹底的に調べさせていった。
 数日が過ぎ、内大臣が出仕すると帝は内大臣を御前に呼んだ。
「内大臣殿、何か感じられましたか?あなたが宇治に行ってらっしゃる頃色々あなたに疑いがかかりましてね。」
「何かあったのですか?そういえば私が殿上するなり、殿上人がなにやら不審な視線で私を・・・。」
「今東宮が後宮に滞在しているのを知っておられますか?」
「いえ、こちらに来られるというのは聞いてありましたが、東宮御所の方に滞在されると思っておりました。それが?」
「それは本当の話ですか?」
「ええ、私はここ半月体調のあまり良くない父宮の側にいましたので、急についてこられることになった東宮様の滞在場所など知りませんでした。こちらに来られると知ったのも、中宮からの文で、文を読んだのは確か中宮が後宮に戻られる当日のはずです。」
「それは確かですか?」
「はい・・・当日文を持ってきた私の従者の源翔介に確かめていただけたら・・・。いったい何が?」
帝は少しほっとして今まで東宮の呪詛の話を内大臣に伝えた。内大臣は驚いて口を閉ざした。帝は即内大臣の従者に確認を取ると確かに内大臣の言うとおりであった。今度は左大臣が御前にやってきて、調べた内容を報告しようとする。帝は人払いをして報告の内容を記した紙を左大臣から受取ると、側に控えていた関白と共に読んだ。
『滝口所・・・人形発見される前日まで異常はなし。特に不審者もなし。
 該当日に内裏出入り者の中で、疑っておられる式部卿宮、右近大将関係者の出入りはなし。
 後宮に該当する縁の者・・・大納言家縁のもの一切なし。
 疑われる三家につきましては一切該当はなし。
 内大臣家・・・発見された日前後に内裏及び後宮に出入りした形跡なし。以上』
「よくここまで調べていただけました。感謝します。他の殿上人は調べましたか?左大臣殿。」
「もちろんでございます。ただ右大臣家のみはっきりしたことが掴む事ができず、悪い噂ばかり出てまいりました・・・。ただしこの件に関しての物は・・・。」
「引き続き右大臣について調べていただきたい。」
左大臣が下がると、関白が申し上げる。
「まさか右大臣殿が・・・。いくら出世のために手段を選ばないと言われた方でも・・・自分の首を絞めるような行為をなさるとは・・・。信じられません・・・。」
帝は脇息にもたれかかるとため息をついて考え事をする。
(あの人形に添えられていた文字・・・。どこかで・・・あまり印象はないけれど確か見たことが・・・。)
「どうかなさいましたか?」
「いや・・・この字、どこかで見たことがあるのですが・・・。関白殿はないですか?」
「いえ・・・このような字は・・・。」
帝は文箱を橘に持ってこさせると、今までの文を隅々まで見ていく。殿上人、役所、身内、最後に皇后、中宮、女御の文を一枚ずつ見比べていくとある一枚で帝の手が止まる。その一枚を握りつぶすと帝は立ち上がり、関白に言う。
「右大臣は参内しているのか?」
「はい、殿上しておりますが・・・。何か・・・。」
「これを書いた者がわかった・・・。今すぐ宣耀殿に参る。右大臣も呼ぶように!」
帝は、とても怒った様子で、宣耀殿へ向かった。宣耀殿に向かう途中、弘徽殿の前を通ると、東宮が飛び出してくる。
「父上、あそぼ、ねえ!」
「雅孝、父上は大事な御用があるから、摂津や萩と遊んでもらいなさい。摂津!萩!東宮を頼む!早く!」
摂津と萩は急いで東宮を抱いて弘徽殿につれてはいる。東宮の泣き叫ぶ声を聞きながら、帝は宣耀殿に急いだ。宣耀殿に入ると女御はきょとんとして帝の方を見つめる。帝は女御の前に座ると、紙を女御の前に置く。
「冬姫!これはあなたが書いたのですか!これがどういうことかわかってやったことなのですか!」
ちょうど右大臣が入ってきて帝の怒り様に右大臣は驚いて女御に言う。
「冬姫、帝に何をされたのか!事によってはこのまま連れて帰り、尼にさせる!」
女御は泣きながら言う。
「だって・・・だって・・・帝は私のこと・・・。お父様もいつも・・・。」
帝は右大臣に紙切れを渡す。紙切れの字を見て、右大臣は女御の筆跡であると確認する。右大臣は起こって女御の頬を叩いた。
「これはどういうことかわかっているのか!このような呪詛状を書くなど!冗談でも許されないこと!私はこのような姫に育てた覚えはない!」
「だってお父様はいつも帝が通われないのは私が幼いとか・・・言うじゃない!この前だって若宮様さえいなければと・・・だから私・・・。」
「父はそういう意味で言ったのではない!つい口が滑って、もしいなければお前は寵愛されたかもしれないとは言ったが決して若宮をどうにかせよとは言っていない!宮中を騒がしたのだからそれなりのことは覚悟しないと・・・。申し訳ありません!謝っても済むことではありませんが、お許しください。」
まだ帝の怒りは収まらず、急に立ち上がって清涼殿に戻ろうとした。
「帝!」
側についていた関白は右大臣に言った。
「えらい事をいたしましたな。これから帝を交えてあなた方右大臣家の処遇を審議致さないといけません。これは帝に対し謀反に等しい行いです。右大臣殿、姫君が勝手に起こしたとはいえ、覚悟は必要ですぞ!かわいそうなのは結姫だ。関白家が引き取っておけばよかった。亡き院、常仁様もさぞかし姫宮の行く末に嘆いておられるであろう。行く末を託された帝もきっと・・・。では審議が終わるまでここで待機されよ。」
そういうと関白は急いで清涼殿に向かっていった。右大臣はたいそう落胆して女御に怒る気もしなくなっていた。
「分家ではあるが、摂関家の流れをくむ右大臣家は終わったも同然。四の姫の行いひとつで、二の姫、婿の参議殿、三の姫、婿の頭中将殿、そしてお前とお前の母君、この私は罪人として死ぬまで指を指される。当家の使用人、縁者に至るまで・・・。ここまで苦労して登りつめた位が一気に水の泡・・・。はあ・・・。何をどう間違ったのか・・・。」
女御はずっと泣き崩れて自分が起こした行いの罪悪感に苛まれ、嘆き悲しんだ。女房達も皆、
同じように嘆き悲しんだ。
 一方、清涼殿では五位以上の太政官右大臣家縁者以外すべてが招集され、今回のことに関して一から十まで説明をし、右大臣家の処遇を審議した。もちろん以後このようなことがないように厳罰にするという意見が多く、その方向で進んだ。問題は亡き院の姫宮で参議の養女である結姫の処遇であった。帝は何とか守りたいと前もって晃に結姫と結姫の乳母を関白家に移すようにすぐ対処し、審議が始まる前に結姫を内親王皇籍復活の宣下をした。おかげで内親王と宣下したので審議にはかからなかった。即、右大臣邸は反逆罪として門が閉じられ、右大臣や女御も右大臣邸に閉じ込められ、正式な処遇を待った。
 次の日になってもなかなか処遇が決まらなかったが、やっと決まったのはその日の夕方になった。帝の勅使が、右大臣邸を訪れ処遇を告げた。右大臣を始め女こどもは縁のない寺にて出家を言い渡し、他のものに関しては北へ南へ流された。もちろん女御は称号を剥奪され、大原にある縁のない寺に母君と共に預けられ、出家をした。一通り処分が終わると、空いた位はそのままずらす形で皆が昇進していく。内大臣は右大臣に、大納言は内大臣に関白の嫡男である中納言は大納言に昇進した。そして結姫は大納言の養女として迎えられ、帝の妹宮が大切に育てることになった。後宮はまた皇后と中宮のお二人のみとなった。


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