天のバラよ Rosa del ciel 森よ憶えているか Vi ridorda o boschi ombrosi 君は死んでしまった Tu se'morta 強大な霊よ Possente spirto (C.Monteverdi-A.Striggio1609) いかなる名誉が Qual onor ここはトラーチャの野 Questi i campi di Tracia
フランチェスコ・ラージ作曲 Francesco Rasi(1574-1621)
愛しい人よどこへ Ahi fuggitivo ben 太陽神は虚しく Indarno Febo
テオルボソロ曲
ロマネスカと変奏(ピッチニーニ作曲) Romanesca con partite variante (Alessandro Piccinini) 柔和なるタステッジョ カスタルディ式アルペッジョ(カスタルディ作曲 「カプリッチョ集」から) Tasteggio soave, Arpeggiata a mio modo (Bellerofonte Castaldi ''Capricci a due stromenti cioe tiorba e tiorbino'')
チェンバロソロ曲
1600年頃のイタリアの音楽様式に基づいた即興演奏
(曲目は変更もあります。)
Il Nō italiano? 死者の国に足を踏み入れたものは、二度とこの世に戻れない。が、オルフェオは死んだ花嫁・エウリディーチェを連れ戻しに黄泉の国に向かう。そんな彼に黄泉の国の王は条件つきでチャンスを与えた。「地上に戻るまで、決して彼女の姿を見ないこと」。エウリディーチェを背後に従え、オルフェオは地上を目指す。オルフェオは振り向かずに帰れるのか? 空前の繁栄を誇ったイタリア・ルネサンスが過ぎ去った彼の土地で、人々が1600年を迎えようとしていた頃、宮廷人たちの心をとらえた「オルフェオとエウリディーチェ」。二人の物語は、多くの宮廷音楽家によって彩られ、西洋音楽史上の「最初のオペラ」としてその姿を現した。その音楽を、人々は「新しい音楽」と呼んだ。 「新しい音楽」の新しさは、なんといっても「言葉と音楽」の関係だった。作り手たちは、この二つの間をこねくり回し、遊んでいた。まずは「台詞を語るのとほとんどちがわないような歌」、次は「旋律が言葉を彩り、ほんの少し節がついている歌」、さらにこれが「リズムに乗って歌らしくなった歌」、そして「螺旋を描く音楽に乗って自由に即興をする歌」・・・。 中でも「台詞を語るのとほとんど違わないような歌」や「ほんの少し節がついている歌」は技巧的で陰喩に満ちた詩を歌い手が自由に語るように歌い、伴奏者はその台詞回しや節回しに柔軟・敏感に反応しながら物語を支え囃し立てる。それも、常にリズミックっでキャッチーなメロディーが続くわけではないので、下手をすると聴衆はお経を聴くような感覚に陥ってしまう、独特の難しさがある。生まれたばかりのオペラ「オルフェオとエウリディーチェ」は結婚式で来客をもてなすエンターテイメントではあったが、その聴衆は自ら詩を作り、楽を奏で、哲学を語る宮廷人であった。 ある時、この音楽にとてもよく似た芸能が日本にあることに気づいた。それぞれの時代で貴族や武士や文人が教養として担っていたその芸能には、単に鑑賞するだけでなく、自分でも習ってみないと分からないところがあって、そこがまた本質であったりする。その言葉と節(ふし)の関係、つまり「ノリ」は、「台詞を語るのとほとんど違わないような歌」、次はこれに「ほんの少し節がついている歌」、さらにこれがリズムに乗って「歌らしくなった歌」、と微妙に区分けされ、その上、器楽陣である囃子方にも言葉に従った高度な即興性が求められる。「能」である。 「能」を多少知ってからイタリアに留学していれば、「難しい」タイプの「新しい音楽」がどういうものなのか、もっとすぐにピンときていたかもしれない!そういえば、最初のレッスンで「もっとしゃべれ、しゃべれ」としつこく忠告してくれたイタリア人師匠はイタリア語訳「風姿花伝」を愛読していた。「能」の曲はそれぞれ、ワキ方が訪れる地に深く根付いている。今、私達が生きているこの地に足をつければ、異文化が奔放に交わった求道会館に、音楽の女神が「新しい音楽 Il Nō italiano」を届けてくれるかもしれない。 辻康介