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・8章
と影は聞く。
許して、
と影は哀願する。
ごめんなさい、
と影は謝罪を重ねる。
光はそれらを。
笑いながらザクザクと・・・
天気は非常に良好。
青い空は適度に雲があり、なかなか快適な気温である。
そう、絶好の行楽日和とはこのことを指すのではなかろうか?
・・・などと思考を廻らせていると、
「・・・聞いてる?」
俺の正面から、少々・・・いや、かなり不機嫌な声が聞こえた。
「あ、あぁ・・・」
「じゃあさっき私が言ったこと。復唱できるよね?」
大変ご立腹なフィーナさんを目前に、俺は言葉を発せない。
「・・・むーぅ・・・」
「・・・マスクウェル!あなたは聞いてたよね?」
キッ、と、俺の隣を睨むフィーナさん。
そこには、俺の使い魔のマスクウェルがいるはずだが、よっぽど霊感の強い人間か、もしくは魔術師の類ではないと、姿は確認することはできない。
そのため、マスクウェルの背後にいたダンディな男性が、いきなり睨まれた理由が分からず、もの凄く混乱していたようだった。
「・・・・・・む、むーぅ・・・・・・」
・・・使い魔と魔術師そろってダメダメなもので、どうやら、両者ともに呆けていたようだ。
フィーナはやれやれというように肩をすくめ(幼い外見の彼女がやると、少しマセた中学生の女の子にしか見えないのでとても微笑ましいのだが)、もう一度話を始めようとしたところで、
「失礼しま~す、アイスコーヒーとサンドイッチのセットのお客様~」
お盆を持ったウェイトレスさんがやってきた。
「あ、はい、俺です。」
ウェイトレスさんはお盆を俺の前に置くと、仲のいい兄妹でいいですねぇ、のようなことをいいつつ去っていった。
ちなみに、俺とフィーナは現在、街のカフェのオープンテラスに、二人で座っている。
まぁもちろん、兄が妹に朝食を奢っているわけでもなく、ましてやデートでもないのだが・・・
さて、さっきの言葉に頬を膨らませていたフィーナは、やがて顔を元に戻し、再び・・・いや三度か、話を始めた。
「・・・じゃあ、もう一回だけ言うね。」
サンドイッチを頬張り、ジェスチャーで聞いていることを表す。
「一週間前、私たちは共同戦線を張ったわけだけど――」
そう、一週間前の休日、病室を出た俺とフィーナは、その場に出現したマスクウェルとイフリートにより、共同戦線を張ることを伝えられた。
表向きな理由としては、お互いに戦いたくないからだそうだが、恐らくは俺の反転後(とはいえ記憶があるかどうかは定かではないが)の戦闘力を危険視したからだろう。
まぁそんなこんなで一週間。
再び休日、寝床という、神器にも匹敵する毛布と至高のベッド、香しき朝の光によるパラダイス、パライソ、桃源郷にて華やかな惰眠を貪る予定だった俺は、突然部屋を強襲したフィーナによって外に連れ出され、・・・何故か朝食を奢らされているのであった。
「アルには、ちょっと戦闘能力というか、そこらへんのスキルが欠如してると思うのよ。」
・・・まぁ”アル”の前には、”今の”が付くのだろうが・・・
悔しいが認めざるを得ないだろう。
なにしろ、目の前の、せいぜい大きく見て15の少女にも戦闘で勝てないほどなのだから。
さらに、俺も堕ちたものだと思うが、反転後の自分・・・第二人格に忠告まで受けてしまっている。
――あまり反転しすぎると、最悪廃人になる、と。
それを回避するためにも、俺は戦闘能力エトセトラを上げなければいけない。
「ひとはふぁふぁるんふぁが・・・」
「・・・とりあえず、一般人にも分かる言語で話してちょうだい・・・」
やむを得まい。
お気に入りのレタスサンドを涙と共に飲み込み、再度口を開ける。
「意図は分かるんだが、何故こんな所に?」
するとフィーナは、待ってましたと言わんばかりに顔を綻ばせ、
「そう、そこよ!」
と、ビシィッ!と俺を指差しながら言った。
・・・今のは効果音がついたな、冗談じゃなく。
「いい、何事も基本からだと思うわけよね。」
目をキラキラと輝かせ、情熱的に語るフィーナ。
・・・できれば別の方向でもそれを発揮してもらいたいもんだ・・・例えばマンガの話とか。
雰囲気的にみて、彼女はマンガの類の話には興味が無さそうに見える・・・ってか無い。断言しよう。じゃないと俺の彼女に対するイメージが・・・
「で、こういう特訓の基本ってのは偵察アンド尾行じゃない!」
そんなことをもんもんと考えていると、意味不明な結論が聞こえてきた。
思わず素でつっこむ。
「・・・ちょっとまておいこら。どこをどう履き違えたらそうなるんだ?」
思わず口調がハードになる。
いや、むしろ仕方が無いことだろう。
特訓は分かる、特訓はな。
しかし、だ。
後の二つのどこらへんが基本なのだろうか?それともこやつ、もしや通常の人間とはネジの刺さってる向きが違うというか、実は未だ天動説を信じているヤツなのだろうか?
「・・・ものすごーく失礼なことを、心の中で言われていた気がするのは気のせい?」
気のせいじゃない。
・・・が、ここはまぁ穏便にな。
「いや多分恐らく気のせいだ。・・・で。偵察アンド尾行ってのは俺の聞き間違いじゃあないよな?」
「もっちろん!」
思わず溜息をつく。
・・・意を決し、禁断の質問を・・・してみることにした。
「なぁ、一つ聞いていいか?」
・・・ぶっちゃけ聞いたらダメな気もしないでもないが、ここは聞くべきだろう。
「なぁに?一つと言わず、いくつでもいいわよ。」
「・・・どこをどうしたらその二つが基本になるんだ?・・・ってかどこらへんが?」
「え・・・――」
まさに絶句、という表現が相応しい、まるで絶句のお手本のような表情をしたまま、フィーナは固まった。
「・・・え?え?基本だよ・・・ね?少なくとも私はそう教えられた記憶があるんだけれど・・・」
てめぇはどんな訓練を受けてきたんだおい・・・
と言いかけたが、流石にそれを言ってしまったら結末が見えている。
俺はあれだ、石橋を叩いてみて、さらに結合部分を補強して、さらに石橋の上に鉄の橋を作って渡る人間だからな、うん。
さて・・・泣きそうなフィーナの顔を元に戻すにはどうするべきだろう?
いや、なんとなく居心地が悪い気がしないでもないからな。
・・・答えは決まっていた。
「・・・分かった。基本だ、基本だよ。いいよな偵察に尾行。凄いなフィーナ、こりゃ世界の真理だぞ!」
「本当?やっぱりそうだよね!よしよし、じゃあ基本からいってみよう!」
・・・内心では大きな溜息。
(まぁ、こういうのもアリだよな・・・)
こうして、俺のトンデモなミッションが始まったのだった。
「こちらポイント136-68。標的は未だ動かず。どうぞ。」
「オッケー、こちら司令部。向こうが動いたら連絡して動いて頂戴ね。それまでは動かないこと。通信終わり。」
で。
俺はさっきの店の向かい側に、一人ぽつねんと立っていた。
人通りはそこそこあるが、車はあまり通らない。
そんな状況の中、俺はさっきの、ダンディなおっちゃんをさりげなく見張っていた。
理由は簡単で、
『知らない人よりは少しでもからみがある人のほうがいいでしょ。』
ということらしい。
幸いにして、そのおっちゃんは、通りに比較的近い・・・要するに俺から見やすい位置に座っていた。
これからの行動予定としては、
『あのオジサンを尾行して、そのオジサンの家もしくは会社を偵察するのよ!』
となっているらしい。
ちなみに、フィーナは情報係・・・と自分で決めた。
彼女は、自室で俺の送る情報を元に、ノートパソコンを使用してその建物、土地、地図・・・などなどを調べて、俺の携帯端末に送ってくれる、らしい。
・・・何故か役割の危険度がもの凄く違う気がするのは気のせいだろうか?
そんな事を延々考えていると、先のおっちゃんがいつのまにかトレイを片付け、まさに出ようとしているところだった。
「標的が店から出た。追跡を開始する・・・どーぞ。」
なんというか、やっていると楽しいものだ。
ガキの頃、こんな遊びをやった、のかもしれない。
「うん、追跡しちゃって~。どっちに向かってる?」
おっちゃんは背が高く、周りの人ごみの頭より、一つ抜け出て見えていた。
その突き出した頭が、通りを東に向かう。
「通りを東に。」
普通の歩調、足音、表情になるように、動作に怪しいものを含まぬように、注意を払いながら追う。
「東、ね。これから、曲がったりしたらその都度連絡して頂戴。」
「あいよ。」
おっちゃんは通りを東に、ただ直進する。
と。とある店の前で立ち止まった。
「・・・刃物店前で静止。ブロックD-3。」
「了解。・・・そこは5階層に渡ってるみたい。携帯に見取り図を送るね。」
・・・え?見取り図?
こ、この人は何をやっているんだろう・・・
1秒もしないうちに携帯端末が震える。
中に入っていくおっちゃんを見て、少し間を置いて俺は中に入った。
店内は快適な温度に保たれており、つくづく、ここが普通の百貨店ならば・・・などと考えてしまう。
だが、実際に展示されているのは刃物の数々だ。
携帯端末に送られてきた情報(隠し通路や抜け道、裏口からの脱出経路まで書いてあった)によれば、1階と2階は包丁やソムリエナイフなど、それなりに日常的なものであるらしい。
おっちゃんの姿を見失うことのないように、細心の注意を払いつつ、さらに追う。
・・・と。おっちゃんは締まりかけのエレベーターに乗ってしまった。
「――っち・・・!」
すっかり本気になっている自分に少し呆れつつも、階段を駆け上がる。
「目標はエレベーターにっ!こちらは階段で追跡する!」
「ん、二階にいなかったら五階だからね!」
二階・・・に降り立つ人々に、おっちゃんの影はない。
このエレベーターは二階以降は五階まで直通のはずである。
故に、全力疾走。
「ぅうぉぉぉぉっ!」
目標の周囲であれば言動挙動に注意する必要があるが、現在俺がいるのは、文明の発達によって、物好きやら健康バカやらぐらいしか使用しない階段である。
・・・だから。
「――Fortificando」
肉体を強化。
裏技だってまぁ、ありだろう。
三階踊り場の手前の階段、中ほどから、四階手前の階段まで飛び移る。
さらにそれを二回繰り返し、五階まで飛び移る。
そして、五階。
チン、という音と共にエレベーターが開き、中から人がわらわらと降りてくる。
「・・・目標を五階にて確認。尾行を再開する。」
「あー・・・アル?五階っていうのは・・・」
その言葉の続きは聞き取れなかった。
おっちゃんの後について、五階のフロアに繋がるドアと思わしき場所を通った瞬間、
――ブツッ
と、無線が切れたからである。
中に広がっていたのは。
「・・・へ?」
・・・闘技場だった。
とっさに携帯端末で確認する。
電波は圏外であるが、保存したデータは閲覧できる。
すると、五階部分には・・・
「ATRルーム」
と明確に書いてあるではないか。
「・・・あっちゃー、マズいな・・・」
「ふふふ、少年よ・・・私が何故ここに誘い込んだか分かるか?」
ポンッ、と。
肩に手をおかれた俺は、本気で寿命が五年ほど縮んだに違いない。
「のわぁっ!」
と素っ頓狂な声を上げて、俺は振り返った。
すると、そこには、尾行していたはずのおっちゃんが、俺の後ろに立っているではないか。
「あー・・・ということは何ですか、その・・・」
「そう、君は私の華麗なる策にハメられたのだっ!」
・・・こんなアホくさいオヤジの策に引っかかった自分が情けなくなる。
「・・・で?どうしてここに誘いこんだのでしょうか?」
「そりゃあもちろん少年、私の強さを証明するためだよ!」
・・・どうして?
もはやツッコミを入れる気力さえも失われた。
が。
「いいか?私は、強さとはこうあるべきだということを、この、尾行という姑息な手段をしている少年に叩き込もうとっ!そう思ってだな、ここに誘い込んだわけだっ!」
・・・あー・・・
さっきから三点リーダがいくつ使われているんだろう。
ん?まて?叩き込む!?
さっきの発言からすると、俺の尾行にはとうに気が付いているということか。
さらに、それに気が付いた場所というのは、どうやら通りでらしい。
ってことはこのおっちゃん・・・
「私はかなりのヤり手だぞ?てーごーわーいーぞー・・・!」
・・・やべぇもの凄く弱そうだ。
だが、多分、強いんだろう、多分。
こういうときは・・・
「三十六計逃げるにしかず、かな?」
「なっ・・・」
「それだけはやらせはせん!やらせはせんぞぉ、フフフフフフ・・・」
こ、怖い・・・
どうやらここは賭博場も兼ねているらしい。
男の鉄火場ってやつか。
・・・どうやら俺はその舞台に上がらなくてはいけないらしい。
「ちょっといいかな?」
おっちゃんは俺を引っ張って受付へと向かう。
おっちゃんが二言三言受付の兄ちゃんと言葉を交わすと、受付の兄ちゃんは、ニヤッと笑って、俺にカードを差し出した。
「よう兄ちゃん。それはここの闘技場のファイターの証だ。そいつをあそこの機械に差し込んで、対戦相手を選ぶんだ。ファイトマネーはランクによって違う。兄ちゃんのランクは一番下だから、一戦10$だな。」
10$・・・高いのか安いのか微妙なところだが、ま、まぁ・・・ATRだし死ぬことは無い・・・だろう多分。
「ちなみに、だが。あのATR、ちょっと痛みがリアルに来るぜ。首チョンパされたらまず意識不明だろうな。」
・・・ま、マジかよ。
ちょっとというレベルではない。
それはもはや、死ぬことはないからいいだろうなんてものじゃ片付かなくなってくる。
「ま、そんなこたぁないだろうけどな。んじゃ頑張れよ!」
・・・リアクション不能。
俺にはフィーナを恨むしかないっぽい。
遠く離れた自室でのん気にくつろいでいるであろうフィーナに呪詛の言葉をかけつつ、俺はおっちゃんに引っ張られて機械がある場所まで連れてこられた。
「さぁ少年、ここにカードをいれ、エントリーネームを決めるのだ。その後、指紋認証と、秘密の質問を選び、答えを入力すれば完了だぞ!」
俺が連れてこられたのは、もはや過去の遺物となったATMのような場所だった。
不法閲覧対策として、一人しか入れないようになっている上に、周囲は遮声遮光の上に防弾ガラス。驚くべきは、少しでも角度を変えると、画面が見えなくなることであろうか。
カードをいれ、エントリーネームを設定する。
「・・・エントリーネーム、ねぇ・・・」
流石に本名はないだろう。
かといって、本名を連想できるようなものもだめだ。
「・・・おぉ。」
俺はとあるゲームのキャラクターの名前にすることに決めた。
・・・まぁよくありがちな名前だが・・・多分、大丈夫であろう。
「NERO=FULLREっと。」
・・・声を出して・・・も大丈夫なようだ。
周囲の人間に変化は無いし、そもそもこの周囲は遮声である。
ネロ=フルーレ。
俺の記憶の中にあるキャラクターの名前では、それが最初なのではなかろうか。
記憶を失った当初、俺の友達は画面だけであった。
その時代にはまっていたゲームの、とあるキャラクターの名前がそれだ。
主人公キャラでも何でもなく、ただの一時的に仲間になり、その後のイベントで死んでしまうようなキャラなのだが・・・
当時俺は引きこもりであった。死語を敢えて使うのならばニートだろうか・・・まぁ年齢的にはニートとは呼べないのだが。
それで、だ。
引きこもっていた俺は、そのキャラクターが死ぬイベントまでに、そいつをレベルMAXまで育て上げた。
すると、どうだろう。
当たり前のように周りのキャラもレベルはMAXになるのだが、なんと驚くべきことに、そのキャラクター、ネロ=フルーレだけはすべてのステータスが異常に高いのだ。
まさに最強。
だが・・・それでも。
そいつはその後のイベントで死んでしまう。
そのゲームというのが、よくありがちなファンタジーものなのだが、そいつは大戦時に味方を庇って、敗走する敵の流れ弾に当たってしまうのだ。
そいつと主人公の最後の会話は未だに覚えている。
ネロ:「悪いな・・・先に行っちまうけどさ。」
主人公:「・・・おいおい、冗談、キツいぜ・・・?なぁ、本当は大丈夫なんだろ!?いつものように、『なんてな、冗談冗談!』みたいにしてさっ!な!?立ち上がれよ!おい!」
ネロ:「バカ・・・ヤロ。なんでも現実と妄想を一緒にするんじゃ・・・ねぇよ。マジで痛ぇし、死ぬのも・・・わかってる。・・・でもな。俺は、お前が、お前達が・・・笑って、いてくれたら、それで・・・十分だ。」
主人公:「お前がいなくなったら、それこそ笑っていられなくなるだろうがっ!」
ネロ:「いい加減にしやがれ!お前は我が儘過ぎる!死にゆく人間の願いを、そう簡単に踏みつぶしやがる野郎なんてな、・・・仲間じゃねぇっ!」
主人公:「・・・な・・・ぅ。」
ネロ:「悪いな、ロクなこと言えなくて。・・・あーあ、死ぬときは年金貰ってからだって決めてたのになぁ・・・青春さえ謳歌しないままこのまま死ぬのか・・・」
主人公:「・・・最後に、願い事、あるか?」
ネロ:「そうだな・・・平凡な、いつもの、日常に・・・戻りたい。お前らと・・・笑いあってさ。あぁ、そうだ、レミアの飯が、・・・ちょっと塩気が足りねぇ飯がさ・・・食い・・・てぇ・・・ょ・・・」
その時、気が付いたのだ。
俺はこうやって閉じこもっているが、それは果たして、戻りたいと思えるような日常だったのか、と。
いくら強くても、死ぬときはある。いや、死は確実に訪れる。
その死の瞬間、過去をちょっと振り返ったとき、それが戻りたいと思えるような日々だったら。
それは・・・どんなに素晴らしいことだろうか?
そう、それは今から作ればいい。
その日から俺の友達は、画面から周りの子供達・・・アイツらに変わったんだっけ。
思い出にふけるのは数秒だった。
懐かしい思い出。
俺が、今の俺であることを選んだゲーム。
ゲームによって左右される人生もどうかと思うが・・・
まぁ、それもいいだろう。現に・・・こうやって毎日がスリルだが、きっと振り返ったときには・・・。
不覚にも、少し泣けてきた。
浮かんだ涙を拭い、決定というタッチパネルのボタンを押す。
指を、脇に置いてあるウェットティッシュで拭き、指紋認証機に通す。
さらに、指紋認証が一致しなかった際の質問を選ぶ。
「・・・小学校の時の初恋の人は?」
こっぱずかしい、却下。
「・・・誕生日及び誕生時刻は?」
ちょっとまて、時刻まで聞くのかよ!
却下。
「・・・お気に入りのマグカップの銘柄は?」
知るかそんなものっ!
「・・・行き着けのバーは?」
これは喧嘩を売っているのか?
「・・・好きな戦国武将は?」
や、やっとマトモ(?)なものが・・・!
ちなみに、俺の好きな戦国武将は前田利家だ。
なんというか・・・あの生き方、性格がたまらない。
答えを入力し、再度決定ボタンを押す。
すると、カードが吐き出されて出てきた。
外に出るとまず、耳が圧迫され、周囲の音がガンガン聞こえてきた。
おっちゃんは外で待っていて、俺を、今度は切符売り場のような場所に連れてきた。
「少年、ここまですれば言わずとしてわかるだろう?ちなみに、だが・・・」
おっちゃんはここで歯を見せてキラン!と笑い、
「私のエントリーネームは“ダンディ花園“だ。」
・・・ドン引きする俺をよそに、おっちゃんは満足そうに笑ってどこかに行ってしまった。
花園かよ・・・
「さて・・・と。」
まずはおっちゃんのランクを確認する。
ランクは上から順に10~1となっているようだ。
なんとなく成績のようで怖い。
俺は当然のように1だが・・・と、おっちゃんがつかつかと戻ってきた。
「そうそう、君はただ一人のランク1だ。・・・意味するところは分かるね?」
・・・痛いほどに分かってしまった時には時既に遅し。
いくつもの対戦予約が入っていることを、カードから出ているホログラムの画面が教えてくれていた。
「なお、対戦予約を一つ解消しなければ、自分から予約すること、及びここから退出することは不可能になる。いいね?」
「・・・おいおい・・・」
思わず口に出してしまった。
・・・こうなれば仕方が無い。
一番ランクの低い人物を選ぶしかないだろう・・・幸い肉体強化の魔術はまだかかっている。
実を言えば、さっきの機械を壊さないか、少し心配だったぐらいだ。
画面をスクロールしていくと、
「ランク2:Reserved」
という人物が見つかった。
・・・ご予約席、ってとこか?
ま、まぁ適当だろう。ということで、俺はカードを、券売機のような場所にかざす。
そして指紋を認証させ、並んでいる多彩な名前の中から、ご予約席さんを選択した。
すると、上の大きな対戦表のようなところに、
{3:ネロ=フルーレ vs Reserved}
と表示された。
後は待つだけである。
1と表示された戦闘が終わり、2と表示された戦闘も終焉に向かっている。
・・・実際、俺には実戦経験はそれほどは無い。
あるとしても、同級生とかその程度である。
・・・ちなみに、だが。
マスクウェルはフィーナと共に帰ってしまった。
『私自身は濃密な魔力の塊だ。故に気配を消そうとしても消せない。邪魔になるだけだろうからな・・・ついては行かん。』
というのが彼の言い分であるが・・・どうせ、あのイフリート爺さんとダベっているだけなのだろう。
まぁ・・・この場に呼んだところで、何が出来るわけでも無いだろう。
・・・俺の順番が刻一刻と近づくにつれ、俺はかなり緊張してきた。
元々緊張、プレッシャーに弱い体質である。
そして、ついに。
2、の戦闘が終了した。
両者フラフラになって出てくるところに、罵声やら野次やら、賞賛の言葉やらが送られる。
・・・罵声、野次は聞きたくないな、なんて思いながら、俺は少し熱気の残るカプセルに入った。
場に転送される中、レフェリーの声が響く。
『さぁて!三回戦は先ほど登録したばかりのネロ=フルーレとReservedの対戦だぁっ!Reservedは昨日一昨日と負け越し中!挽回なるか!?』
・・・何故か。嫌な予感がする。
『対するネロ=フルーレは、先ほど登録したばかりの新人だぁっ!果たしてその実力やいかに!?』
もの凄く嫌な予感。
『ついでに言うと、ネロ=フルーレってのは俺も好きなキャラクターだぁ!本当はレフェリーがテコ入れしちゃダメなんだが、今回は新人だしな、特別だぁっ!』
あぁ分かってるね、分かってるよレフェリー。
あんたは世界の真理を分かってる。
・・・でも。
こんな予感がするときは・・・
嫌な予感を胸に抱きつつ、転送が完了する。
『さて、先に入場するのはReserved!予約済みってことかぁ!?手には二丁のコルトパイソンっ!なかなかいい趣味してるねぇ・・・!』
・・・あ。
俺・・・武器もってねぇよ。
『対するネロ=フルーレは・・・おおっと、なんと素手だぁぁっ!』
観衆のどよめく声が聞こえてくる。
いや、そりゃそうだろうな、うん。
・・・魔術は無しだしなぁ・・・
『さぁて!拳銃相手に素手の新人ネロ!どんな闘いを見せてくれるのかぁっ!?』
・・・ピンチ!絶体絶命じゃんかぁぁぁっ!
『銃でも剣でも銃剣でもっ!柔術でもカンフーでもテコンドーでもっ!使えるんだったら魔術でもネクロマンシーでもっ!なんでもありのATR・・・ファイッ!』
・・・なんでも、あり?
レフェリーのギャグに沸く観衆を声を聞きつつ、俺は気がついた。
一応、一般には魔術というものの存在は伝わっている。
が、それを行使できる能力者というのは民間では数が少ない。
少ないが、いないことは無いのだ。
ということは・・・!
「はっはっは・・・!数秒でカタがつきそうだな、えぇ、ナマガキ!?」
魔術行使もあり、ってことだ・・・!
「ナマガキ?今のうちにもっと吠えときゃどうだ、この負け犬め!一応祈っとけよ・・・神でも仏にでもな!」
言うと同時に、体内の魔力を練り・・・
「Luse-due-stile-di-spada!」
光の双剣を生み出す。
・・・ぶっちゃけた話、実際の戦闘では本物の剣の方がいい。
何故なら、魔力で編んだ剣は暴走する可能性があるからだ。
また、余程魔力の密度が濃くなければ、結合が弱くなり、崩れた魔力が周囲の味方に被弾する恐れもある。
だが、こういった個人の、しかも一回きりの戦闘ならば暴走、崩壊しても関係は無い。
魔力が0になっても、その次に来る敵に殺される可能性が無いからだ。
レトロちっく・・・だがそれは外装だけのようだ・・・なコルトパイソンから、高濃度粒子圧縮弾が射出されるのと同時に・・・
俺は戦闘を開始した。
少年は踊る。
ヒカリとヤミを織り交ぜ。
敵意のデコレーションをされた舞台の上で。
Dance,Dance,Dance…On the Edge.
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