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私は、息子の出産及び離婚後、社会保険労務士であった期間を含め約20年位、「なぜ、自分だけが、こんなに不運な人生を歩むのか?」と悩み、人生の氷河期を歩み続けました。その転機となったのが、ユーチューブを通じて出会ったマントラの音楽です。今人気のヒーリング・癒やし系等に讃えられるミュージックを、連日欠かさず聴くことにより、「ニート・ひきこもり・・・」の世界から脱出できたワケです。今想い返せば、自分としては、「自分の周りの人々が、結婚して幸せそうに暮らしているのに、ナゼ、俺だけが、こんなに不幸なのか?」と自分が世の中で最も不幸と信じ込んでいたから、人生の氷河期に突入した原因なのです。デモ、本当は、自分は不運であったのではなく、逆に幸運が良すぎて、その本物の幸運を素直に受け取らず、逆に悪意に解釈して、それを、むりやり跳ね返して、せっかくの、天の神様が与えてくださった、天の恵みを台無しにしたことが、人生の反省材料なのです。今人生を振り返ってみれば、実はとても幸運な人生を歩んだ者です。だって、出会って、ほんの最初の何回かデートで・・・(恥ずかしながら、出来ちゃった婚)今想い返せば、あの時産まれた息子は、天や神様から与えられた、天や神様の恵みカモ知れない。世の中には、政治家、有名芸能人、プロ野球選手、医師、弁護士、経済会の有力者など有名人が多数存在します。その有名人の皆様方は、有名人になるために、普通の人々の何倍何十倍もの努力を積み重ねた人々です。でも、子宝とは不思議なもので、その有名人の中には、子宝に恵まれず、又は産まれたお子様でも、その不幸に遭遇されるなどと、親本人の努力の結果のワリには、必ずしも子宝が反映されるとは限らない、この世とは、わからない世界ですよね。そのような有名人を差し置いて、当時、ダメ落ちこぼれ地方公務員の私と、その妻のために、健康で優良な息子を選んで子宝を授けた意図とは、なんぞや?つまり、人生は修行であり、この子は、私を、何とか将来の立派な地方公務員のエリートとして成長させるよう、授けてくださったのです。もし元々優良な両親の元に、子宝を授けても、子供は優良な環境に甘えて、もちろん、その両親も甘えて努力しないので、これでは人生の魂の修行になれない。そこで天の神様としては、本来は優良な素質はあるものの発展途上にある両親のもとに、子宝を授けさせて、これから人生を歩む子はもちろん、その両親(となる天の神様が選定した2人)も、その子を一生懸命育てさせようと、過去の非行を悔い改め、一生懸命人生に磨きをかけるよう努力させるワケです!本来なら、我が子の誕生は、人生最大の祝福べき瞬間ですよね!シカも、健康的な男児で(未熟児でも・・・でもなく)後に自衛官として成人された、幸運のお子さんのハズですよね。その我が子の出産を無事行い、同時に我が妻の母体を守った、産婦人科のお医者及び看護師さんその他ご一同さん、本来とても感謝すべきですよね。デモ、その天や神様の恵みを素直に享受できず、むしろ・・・(ブログ掲載不能な表現・・・、もしカキコしたら、ブログ炎上だからやめます。)私の息子の出産を担当された、産婦人科のお医者さんが、経営されている、産婦人科クリニック、残念ながら2年前に廃業されたという情報を得たので、その現地を訪問したところ、現地の病院の建物一式は、跡形もなく、更地となっていました。その更地となった、記念すべき場所を眺めてその後、「ここで、我が元妻と、我が子を、母子ともに無事出産された、本来感謝すべき場所ですよね・・・」そこで、今更遅すぎると人々から言われるのは、当たり前ですが、私の心から、自責の念が、こみ上げました。本人には直接申し上げるのは困難ですが、次のとおり、私の心を発表します。「我が妻、我が息子、そして一生懸命我が子の出産のため治療行為を行い、我妻や子の生命を守ってきたにも関わらず、私はその行為を理解できず、逆恨みしたことを深く、お詫びするとともに、今後とも、当時の担当医さん及び我が妻子さんの、今後の幸福をお祈りします。」
2013.01.09
こんなこと、悲恋した人々の心を逆なでするようで、長いことブログにカキコすることを迷ったが、ネットで検索しても、誰もカキコしていないようなので、人類初めての試みとして、あえて私がカキコすることにした。ちょっとその前に、アンデルセンのおとぎ話に、「裸の王様」があります。王様が、変な業者に騙されたフリをして、裸で街並みを行進します。それを見た人々は、誰も明らかに王様が裸とわかっていますが、王様の逆鱗に触れるのを恐れて、誰も王様が裸であることを指摘しません。デモ、幼い子供が、あっさりと「あっ、王様、裸ジャン!」と指摘します。それを聴いた王様は、自分の恥さらしを指摘されたと激怒するどころか、逆に、「子供は正直だね!」と、その子供を褒めるという、国王・独裁者・ワンマン経営者など、権力者にとって、逆に、その圧倒的な権力がアダになって、誰も、その非を指摘できずに、かえって、人々の前で恥さらしになるという、現実に直結した逸話です。さて、本題に戻ります。実は、私には、昨年10月に二十歳になった息子がいます。息子は、どうやら航空自衛隊の自衛官として活躍しているようです。(デモ、息子とは、平成6年春の離婚調停の時だけ、たった1回初めて見ただけですが!)別れた妻は、現在オール電化の営業として、バリバリ、頑張って働いているようです。(実は、前職の地方公務員を離職した直接の原因が、離婚をめぐる裁判沙汰などトラブルに起因したことにあるのですが、この件をめぐり、前職の職場をはじめ、友人・知人などに、大いに迷惑をかけました。この件に関してこれ以上説明すると、前職の職場が心配して多くの業者に根回しして変な投稿を連発するなど、ブログが炎上してストップされそうなので、ここまででやめます。)最近、離婚や失恋したと考えないで、前の離婚や失恋した人から卒業したと考えるようになりました、離婚や失恋した相手には、大勢の親戚や友達・知人などがいて、自分にも結婚式の披露宴にも大勢の親戚や友達・知人が出席するなど大勢の味方がいるので、双方とも大勢の人々に愛された人間です。それでも、別れたのは「その人と、自分とは、相性が良くなかった!」ただ、それだけです。実は長い間、息子の存在を否定していました。だから、自分の人生は、長い氷河期で雪と氷に閉ざされていたようです。確かに、今振り返ってみれば、自分は元妻らに対する怒りと苦しみで、かなり荒れていて、とてもまともに働けるようではなかったようです。だから、田舎ののどかな場所にある出先に配属して、軽易な仕事につかせて、いつも5時過ぎには帰宅できるようにするなど、残業ほとんどなく、精神的に刺激しないように配慮したようです。おそらく、社労士会にも熊本パレアの「しごと支援センター」にも、話が伝わっていたのでしょう?とても仕事を任せられる状態ではないと。それで、長い間、「社会保険労務士」の名前を借りた「ニート・引きこもり」の状態だったのです。転機が訪れたのは、平成22年春「どうやったら社会復帰できるのだろうか?」とあれこれ考えたら、ユーチューブにて、マントラの音楽を試行錯誤しながら選曲して、聴く方法を選びました。そしたら、だんだんと心境に変化があってきて、次第に、元妻を許し、息子の存在を認める方向に雪解けしてきたのです。そしたら、天の神様に、自分の心の変化が届いたのか、あっさりと再就職が決まり、社会復帰できるようになりました。息子は、昨年10月に20才の誕生日を迎え、今年1月成人式を迎えるハズです。元妻と息子は、再婚したようですが、新しい苗字は知らないし、どこに住んでいるかも、その前にどんな顔をしているかさえ、わかりません。でも父親として、何もしなかったことをお詫びすると共に、成人式を「おめでとうございます」と言ってあげたいです。
2013.01.05
世の中に、「人生修行説」を唱える人は、昔からかなり多いです。宗教家・会社経営者・有名芸能人など。例えば、大霊界で人気を呼んだ有名俳優は、「人生は、修行である、この世に生まれてきたのは、修行を積むためなのだよ。」とか。私が、前職の地方公務員を離職した後、LEC地元校に社会保険労務士受験のため通学するのと並行して、近所のパソコン教室に通学していました。そのビデオ講義にて、全国に何百ものパソコン教室を事業展開している経営者が、あるビデオにて、唱えた言葉が印象的でした。「私は、会社を退職した人、クビになった人に、『おめでとうございます』と励ますことにしています。なぜなら、また新しい仕事にチャレンジするチャンスが与えられたからです。」「会社を退職したとかクビになったと考えるな、会社を卒業したのだと考えなさい。」もちろん当時は、この言葉に抵抗がありました。前職出世コースから外れ、粗末な建物の出先を転々して、とうとう豪華な建物の本庁舎で仕事できるのをあきらめて、地方公務員を離職した者として、再度、ホワイトカラーとしてリベンジするのを夢見て、社労士やパソコン・簿記などの資格検定を取得するなど努力している者として、「何が、卒業だ!俺は、ホワイトカラー人生をあきらめないぞ!再度花咲かせて、前職の人々をみかえしてやるんだ!」でも、結局あきらめて、平成22年7月7日、宅配便の短期アルバイトとして赴任しました。つまり、ブルーカラー人生のスタートとなる、記念するベキ日です。そして、9月2日が、契約社員の長期雇用(半年毎更新)として本採用され、本格的にスタートした記念日です。そして、平成25年1月現在、もうすぐ2年半になり、その間に、だんだんと物の考え方が変わってきました。その契機が、短期アルバイトと現在の職場を見て、あまりの仕事場の広さに感動したことです。現在の職場は、3階建てですが、1階あたりの広さが、近くの大型ショッピングセンターの次に広い、地元デパートの一階よりも広いのでは?「わ~~、こんな広い場所で、仕事するの生まれて初めてだ、ウレシイなあ~」何しろ、地方公務員時代、狭い職場でしか働いたことがないので、嬉しいのは当たり前です。だから、長い間心の中で高く降り積もっていた大雪が、2年半の間に溶けてゆくのを感じました。そして、ようやく「離職したのではない、卒業したのだ!」と考えることができるようになりました。つまり、あのままホワイトカラー人生にこだわって、狭くて粗末な建物の出先周りのドサ回りしてまで、巌窟王みたいに、しがみついていても、自分の人生のためには、何もプラスにならないし、人間的な成長を妨げてしまっていたでしょう。それよりも、前職への未練を断ち切り、前職を「卒業」して、また新たに新しい仕事を見つけて新しい仕事先に「入学」して、広大な職場で、思いっきり自分の体全身を動かして、汗の流して働くことを学ぶ方が、はるかに人生の修行する意味では、大いにプラスになっていることを、今やっと実感しています。今、とても忙しくて、やっと正月明け3連休なので、カキコできるようになりました。これから、「人生の卒業」をテーマに少しずつブログを展開してみたいです。
2013.01.05
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