Never be A Hopeless

YWCA その2

エスケープ


**2004年4月に離婚が成立した後、2005年の春先から夏にかけて、元亭主Dが起こした親権訴訟の際に、ワタシがYWCAにお世話になった時のお話です。これまでのお話は こちら (長文です)からどうぞ...**

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アメリカの家庭裁判所では、離婚や親権問題といったケースは数組の当事者たちがひとつの裁判室(って言うのかな?)に詰め込まれる。そして時間がくると裁判所の職員が、その場にいるべき当事者たちの名前を一人一人読み上げ、出欠の有無を確かめた後に実際の審議に入る。

実際の審議はまるで流れ作業のように、一組一組が入れ替わり立ち代りコート(裁判)にたち、ある者は自分自身で意見陳述し、ある者は弁護士がそれをやる。
その場にいる人たちはなんだかTシャツにジーパンとか、ビーサン履きの人とか、あんたら本当に裁判しに来とるんかい、と突っ込みを入れたくなるほどお気楽な格好である(もちろん弁護士先生たちはびしっとスーツを着ていたが)。
ある女性など、つい最近ジェイルからでてきたばっかだ、とジャッジ(判事)に堂々と言いのけていた(彼女はまるでホームレスのような出で立ちであった...)。
日本でも裁判を見に行ったことはあったけど、こんなお気楽な服装でコートに立つ人たちはさすがに見たことなかったけど...。まあ、これも裁判大国アメリカならではなのであろうか...。
ちなみに、元亭主のDもTシャツにジーパンでした。Neverbなんて滅多に着ないドレスパンツにブラウス姿だったちゅーのに。


他人の裁判は、アメリカによくある類のコートショウ(実際の裁判をテレビで放送している番組。結構くだらない内容で他人を訴えていたりして馬鹿馬鹿しいがアメリカ人ってこんなもんだよな、と妙に納得するテレビショー)を生で見ているようで結構面白かった。どのケースも離婚または子供の親権問題でもめている(家庭裁判所だから当たり前か)。


むむむ、これはなかなか面白いぞ、生コートTVを楽しんでいたのもつかの間、ジャッジ(判事)がワタシとRの名前を呼んだ。急にわれに帰ったワタシは、やっぱりメチャクチャ緊張してジャッジの前に立った。


まずジャッジはDに奴が調停に出席しなかった理由についてたずねた。

D「調停の当日の朝、出かけようとしたら車が壊れていることに気がつきました。しょうがないのでタクシーで裁判所まで来たのですが、僕がついたときには彼女(Neverbのことね)はすでに立ち去った後でした。」

ジャッジ「わかりました。判決を下す前には調停を行う必要があることはわかっていますね。では、今日もう一度調停員のオフィスに出向いて、調停の予約を取ってください。その後、○月○日にもう一度コートに出廷するように。」


・・・・おいおい、ちょっと待て。それだけかい。こらおっさん、ワタシには何一つしゃべらせずに終わるつもりかい。


Neverb「判事。ちょっとだけよろしいでしょうか。」


ジャッジ「何でしょうか。」


Neverb「この男性、D氏はワタシに対して単なる嫌がらせをしようとしているだけです。離婚の裁判のときも、書類をファイルすることすらせず、調停はおろか一度たりとも裁判所に現れなかったような人物です。ワタシはLAからこの日のために仕事を休み、息子も学校を休み2時間の道のりをかけてやってきました。だけどなんの成果もなく、また最低二回、LAからSDまでやってこなくてはならないのです。」


D「判事、彼女はいつもこうやって僕のことを悪者に見せようと...」


ジャッジ「そういったことは調停員と話し合いをするように。では次のケースに。」


そうして我々はコートから出され、裁判所の職員に渡された再調停に関するメモをDが受け取り、調停員のいるオフィスへと向かわされた。


Dはスタスタとワタシとコニーのずっと前を歩いていた。


そのときのワタシはムカついてムカついて、頭から湯気が出ていたのではないだろうか。我々のジャッジは辛抱強いほうではないとは聞いていたが(弁護士情報による)、あんなにわからんチンだとは思わなかった。
てか、どーしてあのドアホウ(D)の言い訳を信用するか??Dのアパートは裁判所から歩いて20分かからないところにあったのだ。車が壊れていたなら歩いてこんかい。調停のあった日、指定された時間は午前10:00で、ワタシが調停員のオフィスを後にしたのは11時をとっくに回っていた。どんなに遅れても11:00までには間に合うはずである。間に合わないにしても、来る気があるんなら調停員のオフィスまで電話の一本くらいできたってもんだ。あのへタレはただ単に嫌がらせをしたいだけなのだ。調停の重要さなんて何もわかっていない、単なるNeverbのHaterなのだ。

しかもあのジャッジ、Dに一セントの罰金も課してねーじゃねーか!!!!こんなん、あいつの思う壺やんけ。ムカつく、ムカつく、ムカつく~~~~~~~!


さて、調停員のオフィスでは、Dがなにやらオフィスのおっさんと話している。


ワタシは煮えくり返るはらわたが口から飛び出すんじゃないかと思いながら、Dの横で次回調停の日時について話を聞いていた。そしてオフィスのおっさんは、我々の連絡先を聞いてきた。
ワタシは、思いっきりムカつきながら、でもできるだけ毅然とした態度を見せて、
「この男性にはワタシに対するドメスティックバイオレンスの過去があります。彼の前でワタシの連絡先を提示するのは安心できません。」と伝えた。

するとDは「ハハハハハ・・・俺はお前の居所を知っているんだ。居所が知られたくないだって?笑わせてくれるじゃないか。ケッ。」とのたまいやがった。


「ケッ」ですと?

確かに「ケッ」と聞こえたぞ。

貴様、日本人にむかって「ケッ」って言いやがったな...!


その場が裁判所じゃなかったら、Neverb、間違いなくカス・アウト(汚い英語でののしり倒す)してただろう。てめえ、何様のつもりじゃ。今でもワタシのことを支配しようとしているのが態度に現れとるぞ。何がどうして、そういう考えにたどり着くんじゃい。

もう頭の中が怒りでグツグツ音がしていたが、そこはさすがいい大人の女のNeverb(自画自賛)、オフィスのおっさんににっこりと微笑み、別紙に書いたワタシの連絡先を渡し、「じゃ、3週間後に。」とスマートにオフィスを去った。


ワタシの連れ、ビッグ・コニーもはらわたが煮えくり返っているようで、Dはhaterだ、大馬鹿だ。あんな奴がロンロンの父親だなんて信じられない。奴は父親でもない、単なる精子のドナーだ~!!と、ぶつぶつ、ぶつぶつ文句をずーーっと言っていた。


Dが調停をすっぽかしたことは、あの判事が担当である限り、奴にとって不利に働くことはないようである。てことは、やはり調停が今回のケースの鍵を握るのだ。


今回の件はまったく納得がいかないけれども、次回の調停に向けて万全の体制で臨むべく、ワタシは気持ちを切り替えたのであった。


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さて、無駄足に終わった裁判の日から数週間後。ワタシは再びSDに向けて車を走らせていた。

再度スケジュールされた調停が予定されていたのだ。その日はYWCAの弁護士、ケリーがワタシに付き添ってくれることになっていたため、朝早く、コニーの家に行き、ロンロンを預けたあとダウンタウンにある家庭裁判所へ向かった。

裁判所の前には、開門時間前にはすでに行列ができており、その中にワタシはDの姿を見つけた。そして、その数人後ろにケリーの姿があった。

Dは歩いてくるワタシの姿をチラッと見ると、またあさっての方向に向き直った。ワタシはそ知らぬふりをして彼の隣を通り過ぎ、ケリーに朝の挨拶をして、列の最後尾に行こう、と誘った。


ケリーはDの見てくれを知らなかったから、Dが彼女のすぐそばに立っているとは思ってもいなかった。ワタシは、人よりも頭ひとつ背が高いRを指差し、あれがDだよ、とケリーに伝えた。


と、そのとき。Dがその日着ていたTシャツが目に入った。

そのTシャツのバックプリントには、


「Fathers have rights, too.(父親にも権利はある)」と書かれていた。


・・・・まったく。


権利というのは義務と表裏一体で生じるものだ。Dがそのとき、息子に対して面会する権利、親権など一切の親としての権利を持っていなかったのは、離婚する際に一度もコートに現れず、子供に対する義務を放棄した結果なのだ。
義務を果たさずして権利を主張する?

前回の調停をぶっちぎっておいて、ぬけぬけとまあ...

それは幼い子供がおもちゃを欲しがってダダをこねるのとまったく同じ理屈である。だけど子供はおもちゃではない。子供が育つには執着心だけでなく、食べ物、洋服、学校教育、住居とたくさん必要なものがあるのだ。


しかしまあ、これ見よがしにあんなTシャツを調停に着てくるとは、奴もなかなかのチャレンジャーではある。あのTシャツが果たして可と出るか不可と出るか。あんなTシャツを着てきたことがこっ恥ずかしくならないようにしてもらいたいもんだ...


ケリーはDのTシャツに書かれている文字を見ると、

「よくいるのよ。特に自分のことを棚にあげるタイプはああいうものを着て、自分をアピールしたがるのよね...。ワタシが過去に担当したドメスティックバイオレンスがらみのケースでもあれと似たようなジャケットを着てきた父親がいたのよね・・・」と半ば残念そうに、そしてあきれ気味に言った。


さて。

調停が行われるオフィスに入ると、中には前と同じように約10組ほどの男女がそこにはいた。前回とは違って、Dもその中にいた。

ワタシは受付でチェックインを済ませた。そして、かねてからの打ち合わせのとおり、ケリーが受付のおっさんに、個別の調停を行うように申し立てる書類を提出した。
ケリーは手短に、Dにはドメスティックバイオレンスのヒストリーがあることを伝えた。受付のおっさんは、ケリーとは面識があるらしく、にっこり笑って「今日も付き添いかい?」みたいなことを話していた。
ケリーはさすがにYWCAで多くのDV被害者を救ってきただけあって、家庭裁判所では知られている女性のようであった。


さて、そのうちにその場にいるすべての人間がチェックインを済ませ、調停に関する教育ビデオのようなものを見せられた後、いよいよ各調停員が名前を呼びはじめた。


ワタシの名前を呼んだのは、長いブロンドのちょっと小柄な美人だった。ワタシは返事をして彼女の元に行った。彼女は自己紹介を済ませるとこう言った。


「今日の調停は、あなたが申し立てたとおり、個別に行うことにします。まずはあなたとの個別調停を行った後に、Dさんとお話をします。Neverbさんは、調停が終わったら、ワタシがDさんとお話をしている間にこの裁判所を離れていいですよ。」


・・・いい人だ!


この調停員の女性Tさん(仮名)は、ワタシとDとの間にドメスティックバイオレンスの過去があり、もしもDとの調停を先に終わらせると、ワタシのことを待ち伏せする可能性があることまで考えてくれていたらしい。だから、ワタシとの調停を先に済ませ、Dを自分が拘束している間に姿を消せ、と忠告してくれたのだ。


アメリカではドメスティックバイオレンスの事例は本当にたくさんある。ちょっとしたこづきあいから、命を落とした人まで、数だけならおそらく日本の数倍に上るだろう(日本人の家庭内暴力は表面化しにくいという面もあるけどね)。
Tさんはそんな女性たちをたくさん見てきた調停員だったのだろうか。


ワタシはTさんの気遣いに感謝しながら、ケリーに行ってくる、と目配せをし、Tさんの後について、彼女のオフィスへと向かった。

いよいよ、調停が始まろうとしていた。

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調停に際して、ケリーがワタシにくれたアドバイスがあった。要点は以下の3点だった。


1.調停が始まったら最初に、我々が裁判所にファイルした書類各種(ワタシ側からの言い分が記載されている宣誓書、ドメスティックバイオレンスにかかわる記述、ロンロンの障害に関する情報ならびに彼の通知表と先生の評価など)に目を通したかどうかたずねる。もしも、調停員がまだ書類に目を通していないようだったら、話し合いを始める前に書類を読んでもらうように請求すること。

...これは調停員に前もって状況を理解してもらうため。何の理解もないままに調停に臨むより、ずっと話が早く効果的だ、とのこと。

2.調停ではDがワタシに対してやってきたこと(過去のDV)の話に重点を置くのではなく、今のワタシとロンロンの住環境が息子にとっては最適であることを、彼の進歩の具合と照らし合わせながら説明すること。

3.歩み寄りの姿勢を見せること。
DVの過去があっても、Dが変わろうとする努力をするのであれば、こちらも協力することを提案する。また、ワタシの個人情報(電話番号や住所)を知らせるのは危険だが、もしもDがお金を払って息子専用の携帯電話を用意するのであれば、息子とRがコンタクトをとることは妨げない、と提案する。


ワタシはこの3つのアドバイスを胸に、調停員のTさんと話をはじめた。


まずワタシは裁判所に提出した書類を読んでくれたかどうか、Tさんに尋ねた。Tさんは、ワタシがファイルした書類、そしてDがファイルした書類のすべてに目を通しました、と応えた。

ワタシはケリーがくれたアドバイスに沿ってTさんと話をした。

TさんがワタシとケリーがファイルしたDVの詳細、息子のLAに引っ越してからの発達具合のレポート、そしてワタシがどのようにして息子の親権を獲得するに至ったかを記載した宣誓書を読んでいてくれたのは、大きなポイントだった。
Tさんとの調停は、それらの書類に書かれていたことの確認、といった感じだった。

Dはロンロンの障害のことを何一つ理解していないし、息子Dものことは父親だと認識するとは思えない、とTさんに伝えた。
また、Dは息子に対する暴力はなかったが、彼が暴力的な人間でないことを証明し、彼自身が変わろうとする努力を見せない限り、彼が息子に対する危険人物ではないと言い切れない。
そんな人間に対して、いきなり宿泊日を加えた面会スケジュールを許可するのは、子供に対して危険でありすぎるから、Dと息子との面会は、 まず監督人つきの面会からはじめ、彼がペアレンティングクラス(親としての心構えなどを教えるクラス)およびアンガーマネージメントクラス(怒りのエネルギーを自己制御することを学ぶクラス)を終了し、その証明を提出することができたら、少しずつ面会の時間を増やすようにして欲しい 、と伝えた。

Tさんは、ワタシの言うことに一つ一つうなずき、メモをとりながら耳を傾けてくれた。

そしてTさんは、ワタシがいまだにDVのトラウマを抱えているかどうかをたずねた。ワタシは、現時点では自分の中で整理はついている、と言った。
すると彼女は、書類棚の中から、もしも必要なときのために、と言ってDVの相談ができる場所のリストをくれた。
そして、監督者つきの訪問施設(Supervised visitation agency)を探しておき、見つかったら電話するように、と言った。Supervised visitation agencyのリスト等があれば、それを裁判の日には持参するように、とも言っていた。

彼女はまだDとの調停を済ませていなかったが、少なくとも私の言い分に加担してくれているらしかった。ワタシは本当に土壇場になると、必ずすばらしい人に出会うことができるんだな、と真剣にそのとき思った。


そうしてワタシとTさんの調停は終わった。
彼女のオフィスからでて、ケリーやDがいるロビーに向かうときに、ワタシはTさんと固く握手を交わし、本当にありがとうございました、と伝えた。彼女はにっこりと微笑み、「You're very welcome.」と言ってくれた。

ワタシとTさんがロビーに行くと、TさんはDを呼び、二人は彼女のオフィスへと向かった。
ロビーで本を読んでいたケリーは、ワタシを認めると腕時計に目をやり、「えっ、もう終わったの?こんなに早く調停が終わるなんて、初めての経験よ。Neverb,ちゃんと言いたいことは伝えた??」と驚きながらたずねた。
ワタシは、Tさんがすべての書類に目を通していたこと、ケリーのアドバイスに沿って話をしたこと、Tさんがワタシの立場に理解を示しているようだったことを伝えると、ケリーはほっとした表情を見せ、「そう、よかった!やっぱり書類に目を通しておくように要請しておいたのは正解だったようね!」と言ってくれた。


そうして、ワタシの調停は終了した。Tさんは、調停終了後一週間以内に、面会ならびに親権に関する推薦状を裁判所に提出し、そのコピーをワタシとDあてに送る、といっていた。
ワタシは、DとTさんの話し合いがどのように進むかはわからないけれども、彼女だったらワタシの主張をわかってくれるはずだ、と確信していた。

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調停から一週間が経過したころ、Tさんの面会権ならびに親権に関する推薦文が届いた。

その推薦文には、ワタシとTさんの、そしてTさんとDとの調停の要約ならびにTさんの意見としての面会や親権に関する推薦が書かれていた。

その中で、とTさんの調停がどうなったかも書かれていた。Dはひたすら、ワタシの彼に対する供述がすべて言いがかりだ、と言っていたらしい。自分にはワタシに対するドメスティックバイオレンスの歴史もなければ、アルコールも飲まない、etc...。

まあ、それはいい。奴の記憶が自分に都合のいいところだけ覚えているようにできているのはワタシも百も承知だ。
しかし、ワタシが心から頭にきたのは、ロンロンの自閉症はワタシの英語を聞かされ続けているからだ、とTさんに語ったことであった。

何度も言うが自閉症は脳の機能障害であって、母親の育て方や幼少時の心の傷が原因でなるものではない。ロンロンの言葉の遅れは自閉症に起因するものであり、ワタシのまずい英語を聞いているからではないのだ。
何で奴はワタシのことをそこまで悪者にしたいのだろうか。今回の訴訟は奴が息子の親権を獲得し、息子の将来に加担したいという純粋な理由に基づくものではないらしい。奴は全く子供のことをわかろうとはしていないのだ。やはりDは、息子に会いたいという純粋な思いよりも、ワタシに対する復讐がしたいだけなのだ、と感じた。

自分の人生の中で、ここまで他人を憎いと思い、そして憎まれたのは初めての経験だった。


TさんとDの調停は、Dが思うようには行かなかったようだ。二人の間の話し合いで何があったかはここではあえて割愛するけれども、Tさんの推薦文は、Dの主張をすべて覆すものであった。

Tさんの推薦には、

1.法的、身体的親権とも母親に
2.宿泊を含むDと息子の面会スケジュールは現時点では時期尚早。また、徐々に面会の時間を長くしていくいわゆるステップアッププランを立てるのにも、父親は準備ができていない。
3.面会は母親と子供が住む地域にある監督者付の訪問施設で、週に一回、一時間以内とする。この週一回一時間以内の面会が半年続いた時点で、ステップアッププランを裁判所は考慮する。
3.両親とも、子供に対して他の親に関する否定的なことを言わないこと。
4.緊急を要する事項以外は、両親はファックスまたはemailで連絡を取ること。
5.父親は少なくとも面会の24時間前からは一切アルコールを口にしないこと。


などの要点が盛り込まれていた。


ワタシはTさんの推薦文を読んでとにかく安堵した。やはりTさんはワタシと息子の立場をよくわかっていてくれた。まだ、完全に安心はできないけれども、我々の担当判事はほぼ100%調停員の推薦を採用するらしいから、もう、何も心配することはない、と自分に言い聞かせていた。


後は、一週間後に控えた裁判当日を待つのみとなった。


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裁判の日を翌週に控えた週の木曜日くらいだっただろうか。仕事中にふと携帯を見るとYWCAのケリーからメッセージが入っていた。

「Neverb、とってもいいニュースがあるのよ。このメッセージを聞いたらできるだけ早く電話を頂戴!」


いいニュース?はて、いったいなんだろう?ケリーがもたらすいいニュースとは、必ず裁判がらみのニュースのはず。もしや元亭主Dがケースを取り下げたのか??
などと想像を膨らませながら、仕事が終わるとすぐにケリーのオフィスに電話した。


ケリーは待ってましたといわんばかりに弾んだ声でこう言った。

「Neverb!とってもいいニュースよ!私たち、YWCAのケースを裁判でクライアントを代表して議論してくれる、協力関係にある弁護士がいるのよ。先日私が彼女と話をしたとき、あなたのケースのことを話したのよ。そうしたらね、その弁護士の女性が、Neverbの裁判の時間に体が空いているから、Neverbのことを代表して法廷に立ってもいい、って言ってくれたのよ!。」


...へっ...?えええええ~~~~~!!!まじっすかああ~~~~!!!!


つまりはこういうことだ。そのYWCAと協力関係にある女性弁護士、Vさんが今回のケースを受け持ち、ワタシの弁護士として裁判所に行き法廷に立ってくれる、というのだ。しかも、VさんはYWCAに依頼されてワタシの弁護をするのだから、ワタシがVさんにお金を払う必要はない、と言うではないか...。

正直、法廷に立って議論をするのは元亭主が相手とは言え、簡単なことではない。少ないながらも裁判を見守る人たちがいるわけだし、おまけにワタシ達の担当判事はモゴモゴしゃべるので聞き取りにくい。判事の性格にもよるが、何度も聞きなおされたりするのを嫌う、短気な判事もいるらしく、英語が第二外国語であるワタシには結構プレッシャーだったのだ。

だけど!Vさんがワタシを代表して弁護してくれるというではないか!なんてワタシは恵まれているんだろう...。

ワタシはこの機会を与えてくれたケリー、そしてVさんに心から感謝した。


さあ、これで本当に怖いものはなくなった。ワタシにはYWCAという強い見方だけでなく、家庭法の専門家でドメスティックバイオレンスにも通じている女性弁護士という切り札が登場してくれたのだ。


あとは、Vさんに任せておけば間違いない。ワタシはそう思い、裁判の前の週末をロンロンと楽しむことができたのだった。


***************

さて、いよいよ裁判の当日。

開廷の時間より約一時間前に、女性弁護士Vさんと打ち合わせの予定が入っていたワタシは、SDの家庭裁判所に再び足を踏み入れた。


法廷の前には、その日の裁判に出席する当事者、そして弁護士達と思われる人たちが数名ベンチに座っていた。

その中に、元亭主Dの姿もあった。

Dはワタシに気づいているのか否かはわからないが、ワタシが奴の目の前を通り過ぎても全く目をあわそうとはしなかった。


ワタシは法廷の前のベンチから少し離れたところでVさんの到着を待っていると、まもなく入り口のセキュリティーチェックを抜けて、白のスーツに身を包んだ金髪の女性が現れた。ワタシはVさんとはその日まで面識がなかったが、YWCAのケリーからVさんの特徴を聞いていたので、人目でその女性がVさんだとわかった。

ワタシはVさんらしき女性に近づき、
「こんにちは、Vさんですね。YWCAのケリーから紹介されたNeverbです。」と挨拶をした。

Vさんもワタシの特徴を聞いていたらしく、
「はじめまして。すぐにあなたがNeverbだってわかりましたよ。」と言ってくれた。


そしてVさんとワタシは、法廷の前から少しはなれたロビーのような場所で、打ち合わせを始めた。


Vさん「Neverb、あなたはD氏が調停員が提出した 推薦文 に同意すると思う?」

Neverb「この内容はDにとっては厳しいものなので、彼が素直に同意するとは思えません。」

Vさん「ではD氏がこの推薦文の内容を受け入れるための譲歩案として、推薦文にあるように面会の場所をあなたと息子さんが住んでいるLAではなくてLAとSDの中間地点、OCにする、というのをR氏に提案しましょう。」

Neverb「OCならばLAから車で40分くらいですから、そのくらいの譲歩はしてもいいです。」

Vさん「そのほかに何かこの推薦文に付け加えたいことはあるかしら?」

Neverb「Dにペアレンティングのクラスに参加してもらい、修了証書を裁判所に提出する、というのを付け加えてください。」

Vさん「それは確かに息子さんの安全を確実なものにするためには必要なことよね。Neverb、ワタシは開廷する前にD氏と話をして、彼が推薦文の内容に同意するかを確認します。そして譲歩案を提案し、彼がそれでもいいというか尋ねるわ。」


ワタシはVさんの真意がわかりかねたが、とにかくお願いします、といってワタシ達は法廷の中へと向かった。


***************


ワタシが傍聴席に着席し、Dが中に入ってくると、VさんはDに声をかけ、二人は法廷の外でなにやら話を始めた。

やがて二人は再び法廷内に入り、法廷と外をつなぐドアが閉められ、裁判所の係員が開廷を宣言した。


判事は相変わらず淡々と個々のケースをさばき、まもなくワタシとDの順番に来た。

判事「はじめるに先立てて、なにか双方申し立てることはありますか。」

Vさん「一部の修正を含めて、双方同意に達しました。」

判事「修正の内容を提出してください。」

Vさん「面会の場所をLAではなくOCにすること。D氏はペアレンティングのクラスを履修することを加えます。」

判事「Dさん。なにか言いたいことはありますか。あなたはこの内容で同意しますか。」

D「yes。」

判事「半年後の○月○日にフォローアップの審議を行います。D氏はそれまでにペアレンティングのクラスを履修し、修了証書を入手して法廷まで持参するように。ではこれにてこのケースを終了します。」


・・・・へ?なんだかあっけなく終わったけど?判決文を言い渡したりはしないわけ??

なんだかわけがわからないけど、とにかくケースは終了した。


結果は、子供の親権は以前と変わらず100%母親であるワタシが維持し、今まで面会権のなかったDに一週間に一回、一時間以内の監督者付の面会権が与えられた。また、その面会は、息子の学校、放課後のYMCA、そして土曜日に通っているスピーチセラピーのスケジュールを妨げるものであってはならない、とされた。
そして、半年間このスケジュールで、面会を続け、Dがペアレンティングのクラスを終了したら半年後に面会のスケジュールを見直す、というものだった。


Vさんは法廷の外に出ると、あらかじめ用意してあったOCの監督者付面会施設のリストをDに手渡した。面会施設を見つけ、その場所をワタシ側まで伝えるのはDの役割だという。

Dはリストを受け取ると、何も言わずに裁判所から立ち去った。

Vさんはワタシの所に戻り、にっこりと大きな笑顔で、右手を差し出した。

「Neverb、おめでとう。これであなたはこのケースから解放されたわよ。面会権が与えられた以外は、何一つ変わらない。親権はあなたのものよ。」

ワタシはこちらもにっこりと微笑み、

「Vさん、ありがとうございました!本当に、本当にありがとうございました!」
と、手を握り返した。


そしてVさんはじゃあね、と言って颯爽と裁判所をあとにした。


ワタシは裁判所を出ると、すぐにYWCAのケリーに電話をした。

「ケリー!すべてワタシの希望通りになりました!裁判官は一部の修正を入れた調停員の推薦状を採用しました。本当に本当にありがとう。もしもあなたに出会うことができなかったら、ワタシはどうなっていたかわかりません。ワタシの権利を守るために立ち上がってくれて、本当にありがとう。あなたはワタシがアメリカで出会ったアメリカ人の中でも最もすばらしい女性の一人です。YWCAにヘルプを求めて本当によかった...!」

恥ずかしながらワタシはケリーに電話しながら泣いてしまった。


「Neverb、本当によかったわね。すべてがうまく行ったようで、本当にうれしいわ!これからもロンロンを大切に育ててあげてね。また何か質問や困ったことがあったらいつでも相談してちょうだい。」


・・・・長いようで短かかった約4ヶ月間だった。今回もNeverbはさまざまな人の善意に助けられてピンチを切り抜けることができた。

あきらめないでよかった。必死にヘルプを求めてよかった。やっぱり人生は、どんなに厳しい状況に追い込まれても、自分が鼻先を向けた方向に進んでいくらしい。


フフフ。
さすがNeverb、 「伊達に修羅場はくぐってねえ!!!」





・・・どんなに絶望的だと思っても、必ず希望はある。

今、どん底に落ちていてまったく光が見えない人もいるかもしれない。だけどね、必死に手を差し出したら、その手に気づいてくれる人が必ずいる。そしてその手を握り返してくれる人が、きっといる。

だから、あきらめないでほしい。どうか、自分の人生をあきらめないでほしい。
自分自身のためにも、そしてあなたが守りたい誰かのためにも。


Love & Peace,
Never be a Hopeless



YWCAにお世話になったときのことを書き始めたのが去年の5月くらいのことでした。
それから半年以上かかってようやくお話が終わったのですが。

まあ、その間ブログさぼったり、他の事書いたりと、なんじゃかんじゃやっていたのでね、時間がたっぷりかかりましたがな。


このお話の後日談ですが。


結局元亭主、D氏は面会の手続きを全くせず、半年後のフォローアップのヒアリングの日にも現れませんでした。
もちろんこうなることは予想していたけれども、いったい何のための親権請求の訴えだったんでしょうね。

確かにDにとって厳しい判決だったと思いますが、その内容に同意した以上、本当に父親として息子の人生に関与したいのだったら、大変でも面会に来るのが筋だと思います。あの判決の日、素直に推薦状の内容に同意したから、少しは考え方が変わったのか、と思ったんですが、どうやらそれは大きな間違いだったようで。

その半年間の間に、ワタシはチャイルドサポート(養育費)請求の訴えを起こしましたが、Dはトンズラこいたらしく、住んでた家からも身を隠し、どこにいるか全くわからない状態です。

ま、いいけどね。

てなわけで、Neverbとうちのかわいい息子は裁判の前もあとも、な~んにも変わらない生活を送っております。


以前も書いたのですが、YWCAのケリーは、ワタシのケースが終了してからしばらくたった後、YWCAを去りました。今彼女がどこにいるかはわかりませんが、昔話してくれたように、HIV/AIDS患者たちの法的擁護関係の仕事について、また困っている人たちを助けているんだろうな、と思います。
彼女にはいつかまた、どこかでぜひお会いしたいと願っています。


過去を振り返る作業とは、時にはヘビーで、辛くなったりもしましたが、自分の中で整理をつけ、前に進んでいく上で必要なことだったように思います。

一応、このYWCAのお話でワタシの経験したドメスティックバイオレンスがらみの記事は終わりです。これからもDVに関することは時々書いていきたいと思いますが、ワタシの経験談はこれで終了。この経験談が、いつかどこかで、少しでも誰かの役に立ってくれるといいなあ、と心から願っています。


(おわり)


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