アインシュタインの母


/////// 霊(気)が人を生かす //////

教と学は霊(気・精神)でするものである 2003・2・25


私は、父兄にひとつの映画を見てもらった。
アメリカで子育てのカウンセリングに関する書物を著している
ドヴソン博士の公演映画「上手な叱り方」である。
「私の妹にも見てほしかったわ。」ひとりの母の感想だった。

 教育は育と教から成り立っている。
この2つは自転車の両輪のようなもので同じように回転しなければならない。
学校や塾にだけに教を任しておいて、
成績向上即社会に役立つ人になると考えている両親は、
子どもに一輪車をこいで、目的地に到達せよと言っているに等しい。
不安定な精神状態をよぎなくさせられる子どもたちは、
すぐに倒れてしまうだろう。
育ての分野で家庭の占める割合を忘れている昨今の風潮に、
一本のくさびを打ち込もうと、教育セミナーを開いて、
前述の講演映画などを見てもらっている。
 親が啓発され子が育つのであって、
子が啓発されて自らが育つのではない。
自由放任は親のわがままの裏返しであって、子どもの将来をダメにする。
 「教」の方だけ全力を注いでやっておればよい
と言われるのもよく理解できるが、
大天才といわれたアインシュタインでも家庭のしつけと育てが
大きくものを言った話をここに記したい。

 アルバート・アインシュタインが20世紀の最も偉大な科学者であることは、
だれも異論はないだろう。
1879年ドナウ河の左岸に、シュワーベン・アルプスを仰いでいるウルム市で、
ヘルマン・アインシュタインの長男として生まれた。
父は大学には進まず電気工事店を開く。
やがて母となるパウリーネ・コッホと結婚、
アインシュタインが1才のとき、ミュンヘンに移住した一家は貧しかった。
アルバートは口数も少なくおとなしい子どもだった。
小学担当教師は、アインシュタインにひどい評価をしている。
「この子は、これでは何をやっても成功しないだろう」
 ひどく成績が悪かったのだ。
ところが両親は、アルバートに深い愛情を注いだだけでなく、
常に励まし、自信を与えるよう努めたのである。
両親は傷ついて帰ってくるアルバートをいつも守ったのである。
 学校の評価を基準にすることなく、
自分たちの家庭における基準を用いたのであった。
といって甘やかしたのではない。
ただ、家庭を学校の分校とすることを拒んだのである。
自分たちのしっかりとした世界を持っていたのである。
アルバートは中学校に進んでも成績は悪かった。
学校では詰め込み教育が行なわれ、棒暗記や丸暗記をしなければならなかった。
 後にアインシュタインは
「小学生は下仕官のように見え、教師は将校のようにみえた」と回想している。
 とくに、母パウリーネはつねにアルバートをかばい力となった。
彼女はピアノを弾き、歌を歌うのを好んだ。
とくにベートーベンのソナタが好きだった。
 アルバートは学校ではひどい点をとったが、
家に帰ってくると両親はつねにアルバートを励まし、自信を与えた。
そして、後になってみれば、両親のほうが学校より正しかったことが証明されたのである。
(M・トケイヤー氏の「日本には教育がない」より参照)

 ソロモン・フロイトの名を聞いたことのある人は多いだろう。
近代心理学者の創始者である。
父親ヤコブ・フロイトは、機織り職人で、母親アマーリエは、後妻として嫁いできた。
2倍以上も年上であるフロイトの父のところに。フロイトは、伝記の中で、
「自分を育ててくれたのは、その母親であった」と書いている。
 フロイトは、1856年チェコスロバキアで生まれ4才の時、父は破産。
一家はウィーンに移り、貧しさの上にユダヤ人には蔑視と差別が激しく、
ソロモンはいじめられた。それでも、母親はつねに、
「ソロモンや、お前は偉い」とか、
「ソロモンや、お前はいまに必ず偉い人になるよ」
と励ました。このように外で何がおころうと、
家で両親から独立した人間として敬意を払われていると、
子どもは自信をもち独立心が養われ育って行く。

 数学者で大道芸人ピーター・フランクルの名を知っている人もいるだろう。
今、日本で活躍している人で、テレビなどにときどき顔を見かけるときがある。
彼が言っている。
「父は、私がベッドにつくとき、かたわらでお話を、
30分から1時間してくれる。毎日3、4才のときから12才ころまで続いた。
父は病院の院長で、日曜日は1日中いっしょに過ごしてくれた」
 子どもといっしょに過ごすことを大切にする人であったのは、驚くほどである。
彼は、私たち日本人にするどい賢察をしている。
「なぜ父がそんなに子ども好きだったかとよく聞かれますが、
ぼくは逆になぜ日本の父親は、子どもと過ごす時間が短くて平気なのか」

 子が勉強に熱心にとりくむため、言い換えればやる気をもてるためには、
必ず親の愛の支えがなければならない。
「ボクは愛されている」
「ワタシのことを思っていてくれる」
という意識の確実な裏付けが必要なのである。
知識を詰め込ませるために塾があるのは、百も承知の上で、
書き記したいのであるが、それでも、
教育は愛の上にしか成り立たないことを明言したい。

 愛は甘やかしとは違う。甘やかしは子をその責任から逃れさせることで、
愛するとは愛する側に大変な代価を要求される行為の積み重ねである。
 父が新聞を読みながらハシをもって食事をし、
子の顔を見ないで話もしないなどお話にもならない。
愛は、ことばの行き交いを生み、愛は一緒に遊び、
一緒に学び、自分の時間も自分の趣味も、
いや仕事さえ時にはわきに押しやられる代価を要求する。
 子が、自発的に責任を果たすことを期待しているのなら、
愛することが必要であって、甘やかし(自由放任)ではない。

 すばらしいことばであるが、すばらしい厳しいことばを引用して締めくくりたい。

 コリント第1の手紙13章である。キリストの弟子パウロの記述である。
 愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。
 愛は自慢せず、傲慢になりません。
 礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、
人のした悪を思わず、不正を喜ばす真理を喜びます。

次のことばがもっとも胸に響き渡るのではないだろうか。
私たちにとってこれほどの助けはない。

 すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、
すべてを耐え忍びます。

 愛は、私たち多くが思っているような、甘いものではなく、
きびしい訓練と人の考えを遥かに勝る何ものかをたくさん含んでいる
ように思えてならないが、そこからうまれでるものは、
すべての人が求めているものである。


ひとこと:
高校生3人がニュージーランドに長期留学に
2003年3月の末頃から出かけていきます。
ご両親の協力と援助がなければ彼らにはできないことなのだが、
なんと恵まれていることか。
でもこれもその高校生自身の決断がことの始まりだから、
やはりひとりひとりの決断にかかっていると思う。
http://www.rakuten.co.jp/jakotour/ 

また、http://www.newlife-jp.com 
で報告しますので興味ある人は
詳しいことをメールでおたずねをしてください。
  詳細は、E-mailでお尋ねください。

次号は、●ボーイズ ビィ アンビシャス・・・・お楽しみに

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