伊勢神宮のルーツは


その体験を興奮気味に話す私のニュージーランドの友人の彼の顔は輝いて見えた。
おかげ横丁は、おかげさまで日本を彼に少しは見せてくれた。
大阪の町は西洋と変わらないが、
伊勢の神宮と二見が浦の人ごみで日本を彼は少し味わったようだ。
土、日、月は込みますが、火、水、木は比較的少ないですよ、と神宮の人は言う。

伊勢に天皇の皇女が奉剣したのがBC5年と聞いている。
それまで26箇所をめぐりめぐり、
今の伊勢に神宮が落ち着いたのがその頃だと言われている。
それから2000年の歴史を20年に一度建てては壊しの遷宮をしながら今に到る
この不思議な歴史を解明するのは、世界の学者多しと言えでも誰もいないかも。

私はそのルーツを聖書のモーセの幕屋以外にその例を知らない。
だがそれがルーツだとは、断言もできないのがもどかしいが
その神秘に何か不思議な好奇心を抱いている。

 おかげ横丁で江戸時代の模型をみた。
その時代、男と女の実物大の人形が150センチから140センチであるのが
日本人の身長であったのが驚きであった。
将軍綱吉は126センチであったらしいが、犬公房は“小さい人物”であったのだ。

ジム(NZの友人)は西洋人も昔は小さかったのだよ、と言う。
世界の人が、その身長が伸びたように
心も豊かになり精神的にも成長すればよかったのだが
反比例しているような人類の歴史を現在見ていると
進化論は信じれない。むしろ私は退化論を信じたい。

「なぜ伊勢には狛犬と獅子が神殿の前にないのか?」と
内宮の人に聞くと
「伊勢は一番原始的な形を今も保つことに忠実なんです。」との返答がもどってきた。
私は伊勢のその素朴で質素な、自然の中に溶け込んでいる姿が大好きだ。
神宮の石畳は、私の足に清い振動を与え、その音は都会のコンクリートの冷たさから
とうてい感じ取れない日本の心を響かせてくれる。

群集は、何がおわすか知らねどもそのありがたさに涙こぼるる、と
拝殿に向かって頭を垂れて両手を合わせている。

「知られない神を教えてあげよう」と
世界の大伝道者はギリシャの神殿で大声を上げた、そして
多くの人がその後に続いてヨーロッパは変えられた。
そのようにこの日本で、同じ声を上げている者の数は少ない。



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