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とうとうREALIZE2もおしまいとなりました。実は、3 も書き始めていたのですが、どうにも手が止まってしまって。。。もうこれ以上は、お・と・な の世界になるので、全年齢に。。。とはいきませんでしょう。wで、以前に書いていたスピンオフを掲載予定です。え? たぶん明日の朝から、かな。「小説家になろう」でも掲載中です。(REALIZE) ブログ掲載後の推敲だから、少し変更した物をお楽しみいただけます。。??
May 20, 2022
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厳かな音楽と新郎新婦を見守る人々の温かな愛情に包まれた、幸せな結婚式をまじかでみたヒカルは、はあっとうっとりとしたため息をついた。「シャルロット先生、とってもきれいだったわぁ。お父さんも幸せそうだった」「シャルロット先生ではなくて、お母さまでしょ? さぁ、あなたたちも行ってらっしゃい。そろそろダンスの時間が始まるわよ。ハワード、ヒカルをお願いね。」 ソフィアに言われて、思わず「はい」と返事を返し、二人はフロアに赴いた。 そっと差し出された手に自分の手を預けてほほ笑むと、水色の瞳がほんの少し緊張したようにとび色の瞳を捉える。何かあったのだろうか。そんなヒカルの疑問を打ち消すように、ハワードは笑顔でリードする。「あの頃、初めてダンスレッスンでハワードさんと一緒に踊った時、私ったらいっぱい足を踏んづけてたわね」「確かに。それを考えると、ずいぶん上達しましたね。」「ハワードさんとダンスの先生のおかげです」 微笑みを浮かべていたハワードが、ふいに真剣な表情になった。「ヒカル… あの…」 言いよどんでいるうちに、曲が終わっていく。もう1曲一緒にと思っていたのに、貴族たちが一斉にヒカルに詰め寄って来た。「王女様、次は私と」「いえ、次は僕の番ですよ」話しが途中になったヒカルがハラハラしているなか、アランがすっくと前に出た。「あーおほん。次は私の番です。みなさん、ご配慮を」 アランがそっとヒカルの手を取って、踊りに誘った。ギャラリーの端でシャルロットが笑っているのが見える。「ヒカル、すっかり大人になったね。お父さんからのプレゼントはどうだった?」「ふふふ、ありがとう。お父さん。私もお母さまみたいな素敵な花嫁になれるよう頑張るわ」 踊りながらほほ笑む娘に、アランは思わずステップを忘れそうになる。「え?ヒカル? 今、お母さまって言った?」「そうよ。シャルロットお母さまよ。」「ヒカル… 結婚しても、子どもが出来ても、ヒカルはお父さんの大切な宝物なんだからな」 今日の主役である新郎アランだが、この時ばかりは父親の顔になって瞳を潤ませた。「ありがとう、お父さん。だけど、私も自分の宝物を見つけたわ。」「そうみたいだな。この国の王族には、お前たちカップルを応援する大人たちがうるさくてね。」 アランはそう言ってウインクして見せた。曲が終わると、待っていた貴族がここぞとばかりに寄ってくるが、次にはシルベスタが、その次はガウェインがダンスの相手を申し出た。あっという間にラストダンスになって、ヒカルが手を取ったのは、やはりハワードだった。 会場には二人のダンスを見ようと周りを囲むように貴族が並んでいる。多くの女性を魅了し続けた麗しの騎士王ハワードと、美しい淑女に成長したプリンセスヒカルのダンスは、見ている人々をも魅了した。 曲が終り向かい合った二人は礼をする。すると突然、ハワードはヒカルの前に片膝をつき、そっと手の甲に口づけた。「ヒカル王女様、私はもうあなたしか目に入らないのです。こんなところで言うのは許されないかもしれませんが、どうか、私と結婚してください」 周りの貴族は一気にざわついた。「ウソだろ。俺だってずっと好きだったのに」「いやよ。ハワード!」「姫、早まらないで!」 周囲の喧騒はすさまじい物だったが、ヒカルはそっとアランとシャルロットに視線をやり、ガウェイン、シルベスタ、ソフィアへと順に視線を送り、そのすべての人が微笑んでいるのを確かめると、つぼみが開くようにふんわりとほほ笑んだ。「ハワードさん、よろしくお願いします」「はっはっは。ここにこの二人の婚約が成立したことを宣言する!」 ヒカルの返事を待っていたかのように、ガウェインが高らかに宣言した。恥ずかしそうに頬を染める二人の周りには、拍手と残念がる若者の声と、それを仕方ないさと慰める大人たちの笑顔であふれている。 「ねえ、シルベスタ、気になっていることがあるんだけど」「なんだい?」「この前、あと一押しとかなんとか言ってたけど、いったい何を言ったの?」「え、ああ。簡単なことさ。アランの結婚式の宴が終わるまでに答えを出さないなら、僕がお嫁にもらってもいいかいってね」「まぁ!ハワードはさぞや緊張していたでしょうね」「だろうね。普段の彼なら、あんな群衆の前でプロポーズなんて絶対しないと思うよ」「はぁ、本当にあなたっていつまでも困ったいたずらっ子ね」 呆れるソフィアの横で胸を張るシルベスタは満足げに言う。「だってほら、これで一気に貴族たちにも了承させることが出来たじゃないか。ガウェインの保証付きだよ。まさか王太子殿下の結婚式に異論を申し立てて場を悪くさせるわけにもいかないだろ?」「どうだった。私の婚約承認のタイミング、最高だっただろ?」 ソフィアたちがいる席に戻ってきて、自慢げに言うガウェインを見て、ソフィアはこめかみを抑えた。 控室に戻ってきたヒカルとハワードは、すぐさまアラン夫妻に会いに行った。「アラン王太子殿下、その、この度は急な申し入れをしてしまい、申し訳ありませんでした。」 平謝りのハワードに、アランは苦笑いだ。「大丈夫。きっとそうなるだろうと思ってたよ。だけど君があんな貴族たちの前でプロポーズするとは思わなかったから焦ったよ。どうせシルベスタさん辺りが仕組んだんだろう?」 あ、そういうことか。と、ハワードが目を見開いている。「ハワード、ヒカルを頼んだよ。」「はい!」 握手する二人の瞳には、一点の曇りもなかった。おわり
May 20, 2022
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翌日、アイスフォレスト王国に帰るなり、厨房を借りて久しぶりにプリンづくりをしていたハワードは、ヒカルの習い事の隙間に、プリンを持ってやってきた。「王女様、久しぶりにプリンを作りましたので、お持ちしました」「プリン?まあ、久しぶりですね。 では、ハワードさんも一緒にいただきましょう」 ヒカルは侍女に合図して、紅茶を持ってこさせると、席を外すように指示した。 相変わらず、プリンを目の前にしたヒカルの瞳は輝いているが、あの屈託のない表情は見られない。「ハワードさんのプリン、やっぱりおいしいです。だけど、どういう風の吹き回しですか?」 いたずらっ子のような表情でハワードの瞳を覗き見るヒカルは魅惑的だ。ひとさじスプーンですくいながら、ハワードは観念したように語りだした。「あの旅の途中で、私がふさぎ込んでいるとヒカルにはずいぶん心配をかけてしまいました。あの時は、ヒカルに人間のドロドロしたものを聞いてもらいたくないと言いましたが、本当は子供らしくプリンを見つめて笑っていたあの頃のヒカルを自分の中にとどめておきたかったのだと思います。あの時決心したのです。こちらに帰ったら真っ先にプリンを作ろうと、そして、ヒカルに食べてもらってあの子供らしい笑顔を堪能したいと。だけど…」 少し寂しげにも見える水色の瞳が、じっとヒカルを見つめている。「あなたはもう、私が想像していた以上に大人の女性になっていたのですね。」「そうでしょうか? 今でもハワードさんのプリンは、私の最高の癒しですよ」 ヒカルが眉を下げ、申し訳なさそうに見つめると、ハワードの瞳に日が差したように幸せがにじむ。「以前言えなかった話を聞いてもらえますか? 私の異世界での家族の話です。」「聞かせてください」 水色の瞳が、まっすぐにヒカルを捉えていた。ヒカルは姿勢を正してその瞳に答えた。「私はカリフォルニアのごく普通の家の子どもとして生まれました。前にも言いましたが、年の離れた弟がいます。父とも、母とも似ていないこの水色の瞳は、私と弟だけの色なんです。街でスカウトされて、俳優になって、家族は反対するどころか、自慢の息子だと喜んでくれていました。ですが、映画に出るようになって、大金が家にはいるようになると、徐々に大人たちの生活は変わっていきました。父はギャンブルに狂い、母は現金を持ち逃げして行方不明です。そのせいで弟も心がすさんでしまって…。心配しても、スケジュールは過密でなかなか家に帰れない日々がつづきました。 やっと帰ってきたら、弟が金を要求してくるようになっていました。一番安心できるはずの家庭は無残にも崩壊いてしまったのです。あの時、ウェリントン公爵領でベランダにいたのは、懐かしい波の音がしていたからなんです。自宅でも不安なことがあるといつもベランダに出て、波の音を聞いたりしていたので…。そんな時、ヒカルがやってきたので、なんだかみっともない自分が見透かされそうな気がして、逃げ出したんです」 ヒカルはそっと席を立ち、向い側に座るハワードの隣にやってきた。そして、その悲し気な顔を両手で包んで、自分の胸に抱き寄せた。「不安だったでしょう。だけど、親のしたことで自分が恥じることはないと思います。親の身勝手を子供がどうこうできる物ではないですから。私の母も、物心つく前に男の人と出て行ったそうです。友達のお母さんたちが噂していたので知っていました。お父さんは隠しているつもりみたいだけど。だけど、ハワードさんも、私も、こうして真っ当に暮らしているじゃないですか」 ハワードは頷きながら、そんなヒカルの背中に腕を回して同じように抱き寄せ、「ありがとう」とつぶやいた。 いよいよアランの結婚式当日となった。淡いピンクのジョーゼットを重ねたドレスはその花びらのようなスカート部分のふちに輝く小さなラインストーンの粒が連なり、結い上げられた髪にはハワードの瞳とそっくりのアクアマリンの髪飾りが輝いている。これはハワードからずいぶん前にプレゼントされたものだ。それに合わせてイヤリングもチョーカーもアクアマリンでそろえている。 着付けを終えて、鏡の前で確かめていると、ドアがノックされてハワードがやってきた。今日のヒカルのエスコート役を、アランから指名されてきたのだ。その服装は、ところどころにシルバーが入ったシックな燕尾服で、胸にはピンクのジョーゼットのチーフが刺さっている。 部屋に一歩入った途端、淡いピンクのドレスを着た愛らしい姫君に言葉を失う。「王女様、お迎えに参上致しました。本日はアラン王太子殿下のご指名をいただき、王女様のエスコ―ト役をさせていただけることになりました。恐悦至極にございます」 ベスは早々に支度を片付けて、他の侍女を下がらせた。「王女様、いえ、ヒカル。本日はおめでとうございます。このままこのお二人の結婚式があってもおかしくないですね。二人とも、とっても素敵ですよ」「ベス、ありがとう。あなたも急いで着替えてきてね。ぎりぎりまで手伝わせてごめんなさい。」 ベスはふふふと笑って、「では、式場で」と言って下がった。「ヒカル、今日もとっても素敵です。」「ハワードさんもね」 ではっと、ハワードが腕を出すと、ヒカルがそっと手を添えて式場へと歩み出した。つづく
May 19, 2022
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その頃ハワードは、カリフォルニアの住宅エリアに来ていた。観光客の多い道路を避け、細い路地を抜けて長い坂道を登っていくと、緑の屋根のこじんまりした家がある。門の前までくると、スミスと書かれたウェルカムボードが置かれている。「懐かしいなぁ」 そっとウェルカムボードに触れた後、庭を覗いてみると、子どもの頃遊んだブランコが未だ健在だった。「リチャード、リンダがお庭に行きたいんだって、少し付き合ってあげて。今手が離せないの」 家の中から若い女性の声がした。そのまま庭を通り過ぎて様子を見ていると、明るい金髪を短く刈り上げた男性が、同じく明るい金髪の巻き毛を愛らしく編み込んだ幼女を連れて出てきた。「よーし、今日は天気がいいからブランコしようか。リンダ、ここにすわってごらん」 楽しそうに笑い声をあげる子どもと、目じりを下げたリチャードがブランコで遊んでいる。ああ、子どもの頃はあいつともあんな風に遊んだなぁ。ハワードは懐かしさを抑えて通り過ぎ、少し離れたところから懐かしい我が家を眺めることにした。 その時、家の中からリチャードを呼ぶ声がした。「リチャード、電話よ」「ああ、リンダ。ちょっとだけ待っててね」 リチャードが急いで家の中に入ってしまった。リンダはしばらくゆらゆらとブランコに揺られていた。お天気が良く庭でのんびりするにはぴったりの休日だ。 ハワードは、もし自分に子供が生まれたら、あんな感じなのだろうかと少し離れた場所からぼんやりと眺めていた。ヒカルの薄茶の巻き毛も捨てがたいなぁ。などと考えていると、家の裏側から不審な動きをする男が現れた。ハワードが反射的に自宅に駆け戻ると、リンダが口元を抑えられているところだった。 ハワードは夢中で庭に飛び込むと、男を蹴散らした。飛び込んだ拍子に、目深にかぶっていた帽子が転げ落ちる。突然やってきたハワードにひるんだ男は慌てて逃げ去った。ハワードは男を追いかけず、ベソをかいている幼い少女に近づいた。そして、胸ポケットにあるブレスレットを取り出して、リンダに差し出した。「怖かったね。もう大丈夫だよ。これはお守り石が入ったブレスレットだ。良かったら持っててね」「おにいちゃん、だぁれ?」 リンダはまだまるい頬に涙の粒をつけたままブレスレットを受け取ると、ハワードを見つめてはっとした。「パパとおんなじお目目」 それには答えずに微笑み返すと、「じゃあね」と立ち上がり、帽子を拾って再び目深にかぶると、そのまま庭の柵を超えて去っていった。「リンダ、どうした?大丈夫か?」 物音を聞いてやってきたリチャードに、リンダは嬉しそうにブレスレットを見せた。「あのね。怖い人が来たの。お口をぎゅってされたのよ。そしたらね、かっこいい王子様が来たの。パパとおんなじお目目の人だったよ。悪い人をやっつけてくれたの。怖かったねぇって言って、お守りだよって。」「え? 王子様だって? おんなじお目目って…まさか兄さん?」 リチャードはすぐさま道路に飛び出して辺りを探したが、ハワードの姿を見つけることはできなかった。その頃ハワードは、すでに撮影スタジオに向かっていた。手にはリンダのふわふわした柔らかな感触が残っている。ヒカルとはまた違った愛しさを覚える。「元気に大きくなってね。」リチャードがちゃんと父親として暮らしている姿を見られたのが何よりもうれしかった。 通いなれたスタジオには監督がいるはずだ。彼には一度きちんと会って謝罪しなければならない。スタジオの入り口前で、係員に監督を呼んでほしいというと、怪訝な顔をされた。仕方なく目深にかぶっていた帽子を取ると、明るい金髪がさらりと肩に零れ落ちた。「お久しぶりです」 その一言で、係員ははっとしてすぐさま監督を呼んでくれた。「ハワード!戻る気になってくれたか!」「監督、今日は、謝罪とお別れを言いに来ました。長らくよくしてくださってありがとうございました。事故に遭って、しばらく記憶をなくしていたのです。でも、もうそちらの世界で生きて行こうと決めました」 監督は蒼白な顔で嘆く。「ふう、これはえらいことだぞ。世界中の女性が号泣だ」 監督は頭を抱え、ハワードは大げさだと笑った。「あの時の子役の子、良い感じに育ってるんじゃないですか? ちょうど僕がデビューした年齢ぐらいにはなってるでしょう」「ああ、そうだ。あいつもお前に会いたがっていた。親は子役だけにさせて、他の道に進ませたいようだったが、おまえさんの演技が気に入ってずっと俳優をやると言い出したんだ」「そうですか。彼の事どうぞよろしくお願いします」 監督は残念そうに眉を下げ、名残惜し気にハワードを見つめた。「決心は固いんだな。はぁ、チクショー。どんな道に進むのか知らんが、がんばれよ!俺はいつでも応援している。うまくいかなかったら、いつでも戻ってこい」 二人は固く握手して、それぞれの道に別れて行った。スタジオを出ると坂道から海が見えた。この海を見ることはもうないかもしれない。それでも、ハワードはためらわずに水晶玉を握り締めた。つづく
May 18, 2022
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荷物をほどいて、再び次の旅にむけて準備をしていたハワードは、ちらっと部屋の窓から見える東館の一角に目をやった。ハワードが暮らすこの部屋からは東館がよく見えるのだ。 ふんわりと明かりが広がっていた東館が、ふっと暗くなった。窓の桟にもたれて暗くなった東館をぼんやりながめる。「ヒカル、おやすみ」 胸のあたりがキュンと締め付けられる感覚は、旅の途中からずっと続いている。まさかこの歳になって、こんなに人を好きになるとは思いもしなかった。明日になれば、転移することになっている。両親はともかく、弟がどうしているか、是非確かめたい。自分が俳優になっていなかったら、平穏な暮らしが続いていたのだろうか。大切な人が出来たからか、余計に弟の今が気になった。 翌朝、早速転移省に出向いたハワードは、担当者から水晶玉を受け取り、転移室へと移動する。長い廊下を歩いていると、後ろからトトトと軽い足音が近づいて来た。「おはようございます、ハワードさん。もう出発されるのですか?」「王女様!おはようございます! はい、数日、旅人として故郷を見て回る予定です」 涼し気な水色のドレスは、ハワードの瞳と同じ色だ。そっと差し出された手に小さな石を通したブレスレットが二つ乗っている。「これを。一つはハワードさんの旅のお守りとして、もう一つは弟さんに。もし会ってお話出来たらお渡しください。お守り石を紐に通しているものです。」 ハワードは一つをその場で腕に通し、もう一つを胸のポケットに入れてほほ笑んだ。「ありがとうございます。これ、以前にリッキーを助けたというあのお守り石ですか?」「どうかしら。あの時のお守り石が消えていたのだとしたら、少しは役に立っていたのかも。」 自信なさげに微笑むヒカルに頷いて、「それでは」とハワードは踵を返した。「いってらっしゃい。よい報告を待っています」「王女様、王妃様が陛下の執務室でお待ちです。参りましょう」 侍女に急かされて、ヒカルはその場を後にした。今日はベスが休暇を取っている。 王族関係の主要なメンバーが、改めてヒカルから地方の問題や出来事について話を聞いた。地方の問題点も明らかになり、クランツ首相は早速領主から事情を聴くという。ガウェインとシルベスタは、鎮魂碑を建てることに大いに賛成した。「ヒカル、以前の王国の人々に心を砕いてくれて、ありがとう。私からも礼を言う」「そうだよね。本当なら、僕たちが気づいて真っ先にやらなければいけなかったことだ。でも、次の世代だからこそ、気が付いてくれたのかもしれないな。僕たちは、国を維持することに必死だったから」 二人からの言葉に、ヒカルは恐縮した。大人たちはみな一様に満足気だ。多くの出来事に触れ、人々に触れ、ヒカルは明らかに大人になった。公務を抱えている王子やその護衛達は、ヒカルと一緒に退室し、執務室はいつもの3人になった。「きっと何か進展があったのね。あの子の瞳に艶っぽさが見られたわ。ふふ。これからが楽しみね」 ソフィアは終始ご機嫌だ。「まあ、途中で発破をかけたからね。ハワードは真面目過ぎるんだよ。旅先でぐらいちょっとは開放的になればいいのに」「おい、まさかお前、何か仕掛けたんじゃないだろうな」 眉間にしわを深めたガウェインに、シルベスタはにんまりと笑って見せた。「あ~、これはやらかしているわね。シルベスタ、白状なさい」「やらかしたとは失礼だな。幸福の鐘を二人に鳴らしてほしかったんだよ。それだけだよ。あの土地はいわゆるパワースポットなんだよ。土地からのエネルギーを受け取って、地形的にも下から風が吹きあがってくる感じでね。高揚感とか幸福感を味わうにはピッタリなんだ」 それを聞いてソフィアが呆れたように言う。「じゃあ、ヒカルが言ってた宿の隣の旅人って、あなただったの?」「ん、気づいてもらえると思ってたんだけど、どうもそれどころじゃない雰囲気だったからさ。あの時のハワードの顔は見ものだったよ。クックック。だけど、あと一押しが足りないんだなぁ。やっぱりあの手で行くか…」 ガウェインとソフィアは盛大なため息をついた。「まったく…。アランが聞いたら卒倒するぞ」「そうだ。アランの結婚式にジュード先生を招待するのはどうだろう。せっかくヒカルたちが見つけてくれたんだ、これを機会に王政のアドバイザーになってもらうっていうのもいいんじゃない?」 諫めるガウェインの言葉をものともせず、シルベスタが提案する。ヒカルの報告会は、そのまま今後の王政についてと議題が替わり、夜遅くまで続いた。つづく
May 17, 2022
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第7章 目覚めの時「父上、ただいま帰りました」「ふふ。なかなかいい顔になって戻ってきたね。旅は有意義だったかい?」 ヒカルは満面の笑みを浮かべて答えた。「はい。とても勉強になりました。お話したいことが山の様です」 娘の生き生きした表情を見て、アランも誇らしく思った。「では、さっそく陛下に会いに行こう。ハワード、リッキー、ベスも一緒にね」 アランが歩き出すと、フランソワが馬車の荷物をほかの侍女とともに運び出す。それをさりげなく手伝うジークが目に留まり、ヒカルが駆け寄った。「ジークさん、先日は楽しい時間をありがとうございました」「喜んでいただけて、幸いです」 ジークは片眼を閉じて人差し指で唇を抑えると、すぐさま荷下ろしに戻っていった。ヒカルはクスっと笑って、廊下で待つアランの元に駆け戻り、王の執務室へと向かった。 見聞きした多くの事を語り、その度に、王を喜ばせたり考え込ませたりした4人だったが、ハワードが「これを」と差し出した王冠を見て、ガウェインは目を見張った。「サルビィの丘の近くの谷間に埋もれていました」「よくぞ見つけてくれたなぁ。これは、父の形見だ」 王冠を見るガウェインの表情で、それが手放しで喜べない何かを孕んでいるのだということが分かる。続いて、森の奥の小屋に一人で住んでいた老人の話をすると、ガウェインが身を乗り出して尋ねた。「そのご老人は足が悪いのではないか?」「そういえば、少し足を引きづっていらしたように思います。あ、それから、陛下の事を、悪ガキとおっしゃっていました」 ガウェインは心底驚いたように目を見開いて玉座に座りなおした。「そうか、生きておられたのか。子供の頃の恩師だ。よく叱られたのだよ」 ガウェインは老人の言葉を聞き、ハワードが持ち帰った王冠を眺めながら、深く頷いていた。「この王冠は、戒めの品として保存しておこう」 ガウェインの言葉に、ヒカルはハワードに視線を送った。やっぱりハワードさんの言ったとおりだった。ハワードがそれに頷いていると、ドアがノックされてソフィアが入ってきた。「まぁ、ヒカル! おかえりなさい」 ヒカルを優しく抱きしめると、ソフィアの視線はヒカルとハワードを往復する。視線を感じたハワードがそっと視線をそらしても、耳が赤くなっていてバレバレだ。「ゴホン」 後ろに控えていたジークが咳払いをしてヒカルの傍に進み出た。「さあ、今日のところは一旦お住まいに戻られて、お休みいただきましょう。」「あら、そうなの?」 ソフィアはお楽しみを奪われたように肩を落としたが、ジークはお構いなしだ。「ヒカル王女様には、新しいお住まいが待っています。お話は後日ゆっくりと」「そうね、お楽しみは取っておくことにするわ。ヒカル、ゆっくりおやすみなさい」「はい、ありがとうございます。」 4人は新たに用意されたシルベスタの邸宅に隣接する敷地まで戻ってくると、ヒカルは仮住まいへ、リッキーとベスはその従業員宿舎へ、そしてハワードは主の邸宅へと帰っていった。 ヒカルの仮住まいは、シルベスタの邸宅の東館を借りることになった。以前の住まいと変わりなく準備が整えられているのは、フランソワの腕によるものだ。「ヒカル王女さま、おかえりなさいませ。今日は早めに湯あみを済ませて、夕食はこちらの館で召し上がっていただきます」 たった一人の夕食は、昨日までの旅の楽しさを反転させたように静かで味気ない物だった。寝室のベランダに出て夜空を見上げても、サルビィの丘のような満天の星は見えない。それでも、胸の奥がほっこりと温かい理由を、ひかるはすでに知っている。 ドアがノックされてベスが入ってきた。「王女様、そろそろお部屋にお入りください。まだ夜は冷えますよ」「ベス! 旅から帰ったばかりなのに、もう仕事?」「すみません。なんだか一人でいるのが寂しくなって、侍女長にお願いして王女様の顔を見に来ました」 ベスはちょっと照れ臭そうな笑顔を見せた。侯爵令嬢然とした凛とした姿のベスからは想像できない愛らしさにヒカルはほっこりさせられた。「ありがとう、ベス。楽しい旅だったわ。みんなが一緒でなかったら得られなかった経験だった。」「王女様、いえ、今だけは、…ヒカル、おめでとう。やっと想いが通じたのね。これからも仲良くね」「ああ、ベス!気づいていたのね、ありがとう! ベスもお幸せにね!」 ヒカルは思わずベスに抱きついて涙をあふれさせた。「あらあら、抱きしめる相手が違いますよ。 さて、紅茶を淹れます。ぐっすり眠れるカモミールにしましょうか。」 二人はしばらく旅の余韻を楽しんで「おやすみなさい」とランプを消した。つづく
May 16, 2022
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フレイヤたちに見送られ、ヒカルは馬車に乗り込んだ。馬車の中は華やかなホワイトローズの香りが満ちている。「わぁ、いい香り」「お気に召しましたか? フレイヤさんへのプレゼントのついでに、こちらにも少し買ってみました。ヒカルが喜んでくださるなら、何よりです」 ホワイトローズに負けない甘い微笑みを浮かべたハワードが、満足げに言う。予定していた行先がほぼ終了して、少し余裕が出てきたのかもしれない。 しばらく走っていた馬車がゆっくりと止まる。外を見ると、きれいな湖のほとりに出ていた。外から休憩しようとリッキーの声がかかる。 馬車から簡易のテーブルやイスを出し、買い込んでいたサンドウィッチを取り出す。ベスが淹れる紅茶を待っていると、気持ちのいい風が湖を渡ってきた。「リッキーとベスの結婚式はいつの予定なの?」「え、あ。まだ、日程までは決めていないけど、この旅が終わったら、両親にベスの事を紹介するつもりなんだ。王太子殿下の挙式が目の前に迫ってるから、俺たちはその後だな」 ヒカルの直球の質問にもすんなりと答えるリッキーは、語尾をベスにむけて語っている。ベスも頷いている。もうすっかり夫婦の様だ。「王城に帰ったら、急に忙しくなりますよ。新居の荷ほどきや王太子殿下の挙式の際のドレス選びも待っています。フランソワさんのお話では、新居は王城ではなくシルベスタ様の邸宅の近くになると伺っています。私たち使用人の宿舎も併設されるそうです。ただ、新築になるので出来上がるまでは、シルベスタ様の東館をお借りするそうですわ。ハワードさんは両方に行き来することになるから、きっと大変だろうって、フランソワさんも心配していましたよ」「ご心配、ありがたいことです。でも、私はこの旅が終わると少し休暇を頂く予定なんです。シルベスタ様には元々数人の執事がついていますし、ヒカルはしばらくは王太子殿下の挙式の準備に忙しいでしょうから、私が抜けても大丈夫でしょう」 ハワードがそういうと、ヒカルが急に不安げにハワードを見つめる。そんなヒカルに笑いかけて、ハワードは計画を明かした。「私を召喚した人間が誰なのかは未だ分からないままですが、とりあえず転移で元の世界に戻って、以前居た場所の様子を見に行こうと考えているのです。召喚された時点で、私の存在がどう扱われたか分からないのですが、とりあえず弟が普通に暮らしているかどうかは見ておきたくて」「ウェリントン侯爵領で話していた年の離れた弟さんのこと?」 初めてハワードの口から直接聞かされるプライベートな話にどぎまぎする。「ええ、6つ年下なので、もう大人になっているんでしょうけど、私が俳優になってなかなか家に帰れなくなる前は、まだ小さかったので。どうなっていても私にできることはないのでしょうけどね。それで、あの世界での自分とは決別するつもりです。」 ハワードの表情は晴れやかだった。もう自分の進む道は決まっているのだとその表情が如実に語っていた。ヒカルは心からの笑顔で言う。「いってらっしゃい。気を付けてね。私は、お父さんの結婚式の準備をしながら待っています」「ありがとうございます。必ず帰ってきます。あなたの元へ」 ヒカルを見つめるハワードの瞳にくもりはなかった。ベスとリッキーはそんな二人を満面の笑みで凝視している。それに気づいて、ハワードは慌てて顔をそらした。 その後も馬車は順調に進み、いよいよ懐かしい王城が近づいてきた。城に近づくにつれて、街がとてもにぎわっている。お祝いの垂れ幕や花飾りがいたるところにあるのだ。王太子殿下の結婚式を祝うものだ。カーテンを開けて街の様子を眺めていたハワードは、ふいにカーテンを閉めてヒカルに声を掛けた。「もうすぐ王城に到着します。ご準備を」「ハワードさん。あの…。私にはこの旅で一つだけ、心残りがあるのです。聞いてもらえますか?」 幸福の鐘を鳴らした時の気持ちを確かめたい。城内に入ったら、しばらくは二人きりでは会えないだろう。ヒカルは逸る気持ちを抑えて、問いかけた。改まった様子を感じて、ハワードが向き直る。「あの丘で鐘を鳴らした時、私は不思議な気持ちになりました。鳩に驚いてハワードさんにしがみついたときのハワードさんの表情が、その…、なんだかお父さんが私を見るときや、リッキーがベスを見るときの表情ととても似ていて、その…」 下を向いて言いよどむヒカルを引き寄せ、ハワードは自分の腕に抱きしめた。「こんな、顔でしたか?」 驚いて見上げたヒカルの目の前には、頬を染めて照れ臭そうに、でも幸せそうに笑うハワードがいた。「ベスから、あなたの気持ちを汲んであげてと言われました。シルベスタ様からは、さっさと告白しろと言われました。リッキーには、好きな子を守りたかったらちゃんと自分の気持ちを伝えないと誤解されると言われました。 あなたより10歳以上も年上の貴族でもない私が、王太子殿下の娘であるあなたに想われているなど、とても信じがたいのですが」「ハワードさん自身の気持ちはどうなのですか? お父さんに跡継ぎが生まれたら、私は王族を離れるつもりでいます。なんの肩書もない私をどう思いますか?」 ハワードは目を見開いて、それからはぁーっとため息をついて笑った。「私たちは、同じような気持ちで同じような隔たりにおびえていたんですね。私は、ヒカルのことが大好きです。あの丘であなたを抱きしめたとき、もう離したくないと痛切に思いました。肩書なんてどうでもいい。ただ、あなたがいてくれたなら、それだけで」 ハワードの言葉を聞きながら頷くヒカルの頬を、何粒もの涙が流れては落ちる。二人はやっと、想いを打ち明け合えた。「ヒカル…」 ハワードがそっとヒカルに口づける。その時、馬車が止まってリッキーがドアを開けかけてそのまま閉じた。「王女様、王宮に到着いたしました!ご準備をお願いいたします!」「あら!ふふふ。リッキーったら、棒読みじゃない」 ベスが察して笑っている。「おかえり。リカルド、エリザベス。ご苦労だったね。ヒカルは…?降りてこないねぇ?」 出迎えに来ていたアランが馬車に近づこうとすると、リッキーが一歩前に出て立ちはだかって、一層大きな声で言う。「王太子殿下、お出迎えくださりありがとうございます。」「いや、リッキーを迎えたいわけじゃないよ。ヒカルをね…」 不思議そうに言うアランになおも食い下がるリッキーは、「ちょっと待ってください」と言って、馬車の中にむけて声を掛ける。「開けてもよろしいでしょうか?」 すると、ドアがゆっくりと開いてハワードが降り立ち、ヒカルの手を取ってエスコートした。つづく
May 15, 2022
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「なあ、それならさぁ。この辺りに休憩所でも作って、果物や焼いた魚を売るっていうのはどうだ? この峠って、西に行くのに必ず通る街道だろ? 俺だったら、この辺りで休憩をはさみたいなぁって思っていたから食べ物や果物が売られていたら嬉しいけどなぁ」「ふふ。リッキーは食いしん坊ね」「それはいいですねぇ。近くに小川があるなら、馬の水飲み場を用意してもらえたら、旅人にはありがたいですよ。」 リッキーの提案にハワードもすっかり乗り気になってきた。それを聞いていた男たちもそうだそうだとにぎわいだした。机とイスを用意しよう。雨の日には屋根がいるなぁ。などと、いろんなアイデアが出てすっかり盛り上がっていた。「では、私たちは失礼しますね。皆さんの健闘を祈ります」 ハワードが立ち上がると、4人は馬車に乗り込んだ。「待って、これを」 ヒカルは小さな袋に自分の紋章をしたため、食事代を入れてお頭に渡した。「おいしい山ぶどうをありがとうございました。もし、なにか困ったことがあったら、これを持って王城に来てください。少しはお役に立てるかもしれません。それでは、ご機嫌よう」 驚く男たちを残して馬車は走り出した。馬車を見送ってお頭が袋を確かめると、小屋を建てるのに十分なお金が入っていた。袋の紋章にももちろん見覚えがあった。国旗に描かれている剣と魔術師の杖のマークだった。「あの人たち、うまくやっていけるかなぁ」 馬車に揺られながらヒカルがぽつりとつぶやくと、ハワードはふわりとほほ笑んで答えた。「たぶん、大丈夫でしょう。あれだけ意見が言い合えるグループなら、誰かのいいなりと言うこともないでしょうし。」「そうですよね。大人が興味を示さないというのは、逆に言えば自分たちでやり切ってしまえるチャンスってことですもんね。大人の都合で振り回されるのは、いつだって子どもだもの。いい機会になるといいな」 最後は独り言のようにつぶやく顔は、王女ではなく、心細げな少女のようだった。向いに座っていたハワードは、そっと席を移ってヒカルの隣に座ると、「心細い時は、いつでも私を頼ってください」と細い肩に手を伸ばしかけて、微笑むだけに留めた。 西の果て、ライオネル子爵領に到着したのは、陽がだいぶ傾いたころだった。街中には人があふれ、みな一斉に自宅へと向かっている。この領地は、ビジネス街と住宅街が切り離されており、朝夕のラッシュは平日の定番の様だ。 ハワードは早々に宿を見つけて馬車を止めると、みんなを促してレストランに向かうことにした。宿を出ると、さっきまで街中にいた人々が嘘のように消え去り、レストランも閑散としている。「平日に外食する人は少ないからね」 店長が朗らかに笑っている。この辺りはライオネル子爵が開発した移動装置や通信機器の製造が主な産業だ。多くの人が会社勤めなので、平日の夕方はいつもこんな感じだと言う。「お客さん、週末じゃなくてラッキーだよ。週末はとんでもない混雑ぶりだし、よその土地の人には冷たい土地だから飯にありつけないところだったよ」 眉を下げて笑いながら言う店長は、やはりほかの土地からきた人間だった。 翌朝、外が騒がしいので窓から覗いてみると、街中で号外が配られていた。宿の人間に聞くと、ライオネル子爵令嬢が婚約したという。「あら。先日あった時はそんなこと言ってなかったですのに」「お祝いがてら挨拶に行ってみましょうよ」 不満げなベスもヒカルに言われると承諾するしかない。 すぐにライオネル子爵家に連絡を入れると、先日会った老執事が歓迎するという。 ハワードにお使いを頼んで、ベスには身支度を手伝ってもらい、早々にライオネル子爵邸を訪ねたヒカルたちは、調度品のない会議室のような広い部屋に通された。例の老執事がやってきて恐縮した様子で対応する。「主は先ほど工場で何かトラブルが発生したということで、帰ってくることが出来ないようです。本当に本当に失礼な事とは存じますが、お許しください。じき、フレイヤ様がお見えになります。」 執事が退室してしばらくすると、フレイヤがやってきた。眉間に深いしわを寄せてばつの悪い表情を浮かべている。「この前は、失礼しましたわ。ちょっとタイミングが悪かったのですわ」 言い訳するフレイヤの傍で、執事が柔らかく微笑みながらみなに紅茶を配っていた。ベスは呆れたような盛大なため息をついている。そんな様子を楽しげに見ていたヒカルが、そっとフレイヤに歩み寄ってその手を取った。「おめでとうございます。街で号外が出ていましたよ。婚約されたのでしょ?」 笑顔のヒカルに大きな花束を渡されて、フレイヤは目を見開いて驚いていた。「あら、あの…嫌味を言いに来たのだと思っていましたのに」「ほほほ、何を言ってるの。おめでとうを言いに来たのよ。相手はどんな方なの?」 ベスが笑って言うと、柄にもなく恥ずかしそうな顔をしたフレイヤが、こまごまと説明する。そのしぐさや表情が乙女らしくて、4人は思わずニヤニヤしてしまうのだった。「もう、笑い事ではないですわよ!次はあなたの番でしょ?」 フレイヤがベスに突っかかると、ベスも少し頬を赤らめて「そうね」と肯定した。後ろでリッキーがむせている。ヒカルとハワードは思わず声を出して笑ってしまった。それにしても、とフレイヤは不思議そうにヒカルを見る。「こんな少人数でお忍び旅とはどういうことなのですか?こんなところに来てもなにもありませんわよ」父親は研究ばかりに夢中で、領土については専門の執事が取り仕切っているから、面白みのない領土になっているという。自分が貴族らしい服装や振る舞いをするたび、無駄遣いだと文句を言うのだとも。「フレイヤさん、ご結婚されたら是非、領土の管理はあなたがやるべきだと思います。その前には、私のように、少しお忍びで領土内を散策されることをお勧めします。普段見えていないことがきっと見えてきますよ」ヒカルの言葉には実感がこもっている。つんとそっぽを向くかと思われたフレイヤは、意外にも真剣に聞いている。「実は、私も領土経営については気になっていたのです。いろいろ父には声を掛けてみるのですが、専門家にまかせておけ、の一点張りで。せっかくなので、彼と相談してみますわ」「領土経営は領民との信頼関係も重要よ。いつぞやのパーティーの時みたいな真似はやめるべきね。」 ベスの一言に、バツの悪いフレイヤは横を向いた。ヒカルたちが異世界日本からこちらの世界にきた帰還パーティーでは、王女の控室まで乗り込んできて、ベスより自分の方が侍女に相応しいと豪語したという黒歴史を持っている。「だけど、あの行動力は認めましてよ」「恐縮ですわ。また…、相談に乗っていただけないかしら。フォリナー侯爵様の手腕はこちらにもとどろいていますわ。私もお手本にしたいですもの」帰還パーティーの頃からは考えられないほど、フレイヤは大人になっていた。つづく
May 14, 2022
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第6章 宝石の原石たち 再びいつもの服装に戻って、4人は旅を再開する。次は西の領土へと向かうのだ。西の果てまでは5日を要する。小川のほとりで休憩したり、木の実を取ったりしながら進んでいく。この辺りは人家のないエリアだが、食べられる果実が多く生っている「それにしても、ヒカルったら、ずいぶん言うようになったわね」「言い方はアレだけど、言ってる内容はなかなかいいアイデアだったんじゃないか?」 馬車の御者席でリッキーとベスが話している。「確かにね。なんだかとってもヒカルらしくて面白かったわ。それに、確かにあの領地経営ではだめよね。身分に固執しているくせに、どんどん先細りして、将来爵位返還もありそうな感じだったわ。」「はぁ、俺もがんばらないとなぁ。」「あら、リッキーには私が付いているでしょ?」 二人は顔を見合わせて笑った。シュルツ侯爵領での出来事は、ベスの心配事を吹き飛ばすに余りあった。そうよ。爵位になんてこだわる必要はないわ。シュルツ侯爵を見ていて気が付いた。自分の両親はあんな考えをしていない。きっと分かってくれる。 そのころ馬車の中ではお説教が続いていた。「ヒカルは自分の立場が分かっていますか?あなたはミト・コーモンじゃないんですよ!」「ミトコーって、なに?」「あれ?知らないのですか?日本の有名な時代劇ですよ。偉い人が身分を隠して旅をしてその先々で事件を解決する奴ですよ。ほら、スケサン、カクサンとか、カザグルマノヤヒチとか出てくるのです」「知らない…」 ハワードは自分が相当な日本マニアであることに気付いていなかった。「そ、それは失礼しました。だけど、もし逆恨みされて御身が狙われでもしたら大変です」「分かったわ。じゃあ、おとなしくしています。だけどさ、シルベスタ様は私の自由にしていいんだよって、言ってくださったのよ」 下を向いて口をとがらせているヒカルはまだまだ納得できていない。その時、急に馬車が止まった。外で荒っぽい男の声がしている。「命が惜しかったら、そのまま馬車を置いて立ち去れ!」「盗賊か」 リッキーが馬車を降りて身構える。ベスが馬車の扉の前に立ちはだかって二人に事情を伝えた。「ほう」 最前線にいる男が、リッキーの構えを見てにやりと笑う。その後ろで腰が引けたようになっている男が心配そうに言う。「お頭、こいつ、騎士なんじゃ…」「バカ言え、こんなところに騎士なんぞ来るはずがない。それに俺より背が低い」 リッキーはばかばかしくなって、構えていた剣を下ろして言う。「お前たち、どういう了見でこんなことをしている?」 凄みの利いた声に、お頭以外はみんなすっかり怖気づいてしまった。リッキーは早々に剣を鞘に戻してため息をついた。「おい、お前たち、ビビッてんじゃねぇ!」 啖呵を切ったところで隙だらけのお頭の腕をひねり上げ、剣を落としてリッキーがすごむ。「お前ら、いつもこんなことをやっているのか? ほかにやることはないのか?」「な、なんだよ。頭のいい奴ばっかり良い思いしやがって。俺たちだって普通の人間なんだ。仕事をもらえないなら、こうやってでも生きていくしかないだろう」 年若いお頭は、手を離されたとたん座り込んですねたようにぼやく。他の者たちもしょぼくれた様子で座り込んでいた。 外の様子が落ち着いたので、ヒカルたちが顔を出した。「ねえ、この辺りはどこの領土になるの?」「ここらあたりはヴァンサン男爵の領土だよ」 後ろで座り込んでいた一人が答えると、お頭が拳骨を食らわせた。「言うなよ!」「なんだよ。いいじゃないか。本当の事だもん。こいつはヴァンサン男爵の次男なんだ」 内輪もめを黙って聞いていたベスが不思議そうに尋ねた。「ねえ、ヴァンサン男爵って、科学の研究が熱心だって聞いてたけど、そうじゃないの?」 男たちは顔を見合わせて「そうだ」とそれぞれ頷いている。「じゃあ、それを手伝えばいいんじゃないの? 自分の親の領地でこんなことしたらまずいでしょう?」「ああ、もう!悪かったな!俺は兄貴みたいに賢くないから、役に立たないんだとさ」「僕たちは、ライオネル子爵の試験に落ちたんだ。試験に合格した者だけが仕事に就ける。あとの人間は自分たちでなんとかしろって」「大人の人たちは、あなたたちのしていることをとがめないの?」 ヒカルの質問にお頭がふっと笑った。大人は仕事が忙しくて誰も出来の悪い子供に興味がないのだという。「ま、そのおかげで自由気ままにやってるけどな。ここの森には食べられる果物がたくさん育ってるし、川魚もうまい」「これ、あげるよ。さっき採ってきたやまぶどうさ」 後ろにいた幼さの残る少年が山ぶどうを差し出した。リッキーが用心深く受け取り、一粒毒見をして、ヒカルに渡した。「大丈夫」「じゃあ、みんなで味見させてもらうね」 ヒカルはベスやハワードにも分けて、山ぶどうを堪能した。「こんなにおいしいものが採れるなら、よその領地に売りに行ってみたらどうですか? 今までめぐってきたどこの領土にもこんなにおいしい山ブドウはなかったですよ」「そうよね。他には何が採れるの?」 おいしそうに山ぶどうを食べながらヒカルが問う。「オレンジが採れる時期もあるし、あけびやほかの木の実も採れるよ」「もうちょっとしたらニジマスが釣れるんだ。あれを焼いたのが最高にうまいんだ」「山の奥の方に行ったらすももの木もあるよ」 気が付くと、みんなヒカルたちを囲んで、近くの地べたに座り込んでわいわい話し出す。つづく
May 13, 2022
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もやもやしたまま4人は食事を終えて早々に宿に戻ってきた。馬車で着替えて宿の入り口に一歩踏み入れると、従業員が慌ててやってきて裏口へまわれという。領主さまが王女にあいさつに向かったとのことだった。ベスは、ヒカルに頼んで再び令嬢らしくドレスに身を包み、自分も王女とやらに挨拶したいと言い出した。そして、ベスは侯爵令嬢らしく、堂々と落ち着いた所作でロビーへ現れた。「こちらにシュルツ侯爵様がお見えだと伺ったので、ご挨拶にきました」「シュルツ様はただいま王女様にご挨拶に行かれましたので、お待ちくださいませ」 従業員は焦った様子でベスを止めたが、「そうですか」と引き上げるふりをして、ベスは最初に案内された部屋に乗り込んでいく。 ドアをノックすると執事が現れ、今は面会できないと断ろうとした。しかし、ベスの顔を知っていた執事ははっとして、対応に困ってしまった。「そう、王女様というのはフレイヤのことだったのね。そこを通していただくわ」 ちらっと後ろに控えるヒカルを気遣いながらも、ベスはこぶしを握り締める。「どなたかしら。突然部屋にやってくるなんて失礼な方ね」 令嬢が鋭く言う中、ゆっくりと姿を現したベスは、にっこり微笑んで見せた。「お久しぶりですわね。シュルツ侯爵様。そして、フレイヤ・ライオネル子爵令嬢」「え?」 支配人が驚きすぎて固まってしまった。「おや、これは、これは。フォリナー侯爵家のご令嬢ではないですか。王女様と旅をされていると聞いたのですが、こちらの方ではないのですか?」「あ…。わ、私は別に王女に成りすましていたわけじゃないわ。こちらの人が勝手にきめつけていたのよ!ホントに迷惑だわ!」 支配人や従業員が混乱する中、二人のにらみ合いが続く。「ベス、もうその辺にしたら? この土地のことはよーくわかったから」 後ろから侍女の服装のヒカルが言うと、シュルツ侯爵とフレイヤが真っ青になった。「お、王女様!どうしてこんなところに!」「お久しぶりですね、フレイヤさん。私は王国の事を何も知らないから、勉強させていただいているのです。あなたも旅を? 執事さんお一人つけているだけだなんて、旅慣れていらっしゃるのですね」 フレイヤは真っ赤になって下を向いてしまった。「これはいったいどういうことだ。冗談ではないぞ」 焦るシュルツにヒカルは穏やかに言う。「こちらの領土に来てから、いろんなものを見せていただきました。今日はこのような服装ですし、明日、改めてお目にかかっても?」 シュルツは分かりましたと平伏して、その場を退散した。「フレイヤ様、この度はよい勉強になりましたね。多くの方との出会いは人生の糧になります。さて、じいは腰が痛うございます。明日には領土に帰りましょう」 執事が穏やかに言うと、フレイヤは分かったと素直に呟いた。「このお部屋は王女様に使っていただいて、私はほかのお部屋に移ります。支配人、指示を」 フレイヤに言われて、我に返った支配人が従業員に指示を出す。かくしてヒカルたちは元の部屋に戻り、フレイヤは一泊しただけでそそくさと帰っていった。 宿を出立する朝、廊下ですれ違ったハワードに、ライオネル家の老執事が言う。「本当に素晴らしい王女様ですね。うちのお嬢様にも温かい言葉をかけてくださって。これで素直に家出を解消できそうです」 その頃、ヒカルはベスに手伝ってもらって身支度を整えると、シュルツ侯爵家に出向いた。予想通りではあったが、門からずらりと執事や侍女たちが並び頭を下げる。その間をゆっくりと通り過ぎると、その先にシュルツが満足げに出迎えていた。「ヒカル王女様、本日はご機嫌麗しく、我が邸宅にお越しくださって誠にありがとうございます。さぁ、どうぞこちらへ。王女様のために特別室をご用意いたしております」 それを無表情な目で眺めていたヒカルは、おもむろに語りだす。「いえ、結構です。シュルツ侯爵様、ご存知の通り私は王女の肩書をもらいましたが、異世界から突然転移させられてきた小娘にすぎません。もとより王位を継ごうとも思っていませんから分かっていないと笑われてしまうかもしれませんが、一言お伝えしておきます。先の大きな災害は、多くの民が身分制度を緩めて怠惰な生活をした罰を与えられたのだと、こちらの領土の方々が口をそろえておっしゃっていますね。これにはいささか抵抗を覚えました」「何か、王女様にご迷惑をおかけしたのでしょうか?」 シュルツは身を乗り出して尋ねる。名前さえ聞けば直ちに投獄しそうな勢いだ。「“王女”には迷惑などかけていませんよ。皆さん身分にはとても敏感で。ですが、身分に気を取られすぎではないでしょうか。職位のない旅人にはとても冷たい土地ですね。」 ああ、そんなことかとでも言いたげなシュルツは、苦笑いを浮かべて答える。「お言葉ですが、雪深いこの地方では、お金のない旅人に施しをするほどの余裕がないのですよ。産業といえば山岳地帯の天然石の発掘ぐらいですからね。」「その天然石の発掘を一部の貴族が牛耳っているということなのね。そんなに雪深いなら、スキーやスノーボードの施設を作ったら観光客も見込めるのではないかしら。貴族だけではなくて、一般の人も来るようにすれば、土産物も売れるし、レストランも流行るでしょう。量の限られた天然石にしがみついていては、先が知れていると思うわ。まぁ、これは小娘の思い付きです。お父様に声を掛けたら、もしかしたら侯爵様のお手を煩わせずに国営のレジャー施設になるかもしれないわね。その時は、従業員として侯爵の領民の貴族以外を使う様にさせていただくわ。威張るばかりで役に立たない貴族なんて、使えないものね。ふふふ。侯爵様、あまり頭が固いと時代に取り残されますよ。」 シュルツの物言いにうっぷんをためていたヒカルは、とうとう言葉遣いも態度もすっかり王女らしさを失くして、言いたいだけ言うと、「見送りは結構よ」と言い放って、結局一歩も侯爵邸に入ることなくその場を後にする。ハラハラしながら後ろに控えていたハワードが胃を押さえていた。つづく
May 12, 2022
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第5章 偽物 大雨から3日が経った。ハワードの怪我もヒカルの体調も整い、4人は荷造りを始めた。次は北の領土を目指す。全体に気温の低い北の領土は、冬、雪深くなるので、温かい気候のうちに見ておかなければならない場所だ。 北の果て、シュルツ侯爵領に入ると、まずは宿をとることにした。いつものようにハワードが出向くが、どこも受け付けてはくれない。「ここもダメでしたね」「どうしてかしら。満室でもなさそうなのに」「どうも身分が高くないと泊められないと言われるのです。ヒカル、どうされますか?身分を明かしますか?」 それでは本当の姿を見ることは叶わないだろうとヒカルが考えていると、リッキーが思い付きで言う。「じゃあさ、ベスに侯爵令嬢として行ってもらおう。俺が付き人になるよ」 ベスは困惑気味だったが、とりあえずは宿を取りたい。ヒカルに手伝ってもらってドレスに着替えると、しかたなくリッキーを連れて受付へと出向いた。「こちらに泊まりたいのですが、お部屋はあるかしら」「失礼ですが、ご身分は?」「私はフォリナー侯爵令嬢 エリザベスです。それがなにか?」「いえ、失礼いたしました。それでは一番良いお部屋をご用意させていただきます。」 馬車を止めて、3人がベスに追いつこうとすると、途端にホテルマンに止められる。「あなた方はどちらの方ですか?」「私はフォリナー侯爵令嬢の侍女です」「あ~、それじゃあそこの通路を右に曲がったところに従業員の部屋があるから、そっちに行ってな」「あら、この人たちは私の旅の仲間なのよ。お部屋に入れてあげて」 ホテルマンは目を見開いて、それから呆れたように笑ってみせた。「いえいえ、この宿は高貴な方のみにご利用いただいております。だいたい、平民が貴族の方々と同じ部屋を使うなど、ありえないことです。この北の領土では、きちんと身分制度を守っているのです」 すっきりと胸を張って自慢げに言うホテルマンに、あきれ果てた。「分かったわ。でも今後の打ち合わせをしたいので、席を外していただけるかしら」 ベスは極力怒りを見せないように言うと、ホテルマンを退室させた。「随分変わった考え方ですね。」「う~ん、私、この土地では侍女のふりを通して、この土地について調べたいわ。」 ベスは承服しかねるといった顔をしていたが、仕方なくヒカルのドレスを借りて、ヒカルを侍女として従えて夕食をとり、部屋に戻ってきた。そして、ヒカルたち3人は下働きが集う店で食事を摂ることになった。 ホテルの並ぶ大通りをわきに入って、平民が暮らすエリアを歩く。大通りとは雲泥の差の古びた街並みが続いている。道行く人に、この地域は以前から身分が厳格に守られるのかと問いかければ、当然そうだと返事が返ってくる。「北の領土はあの震災でもほとんど被害がなかったからな。魔素が流れたから仕方なく移動してきたが、まだ向こうにも家が残っているよ」「ああ、サルビィの丘を見てきたのか。あの辺りは全部流されただろう?規制が緩く怠惰な生活をしていた罰が当たったんだよ」「わしらは領主さまのおかげでひどい目に遭わずに来れたんだ。旅の人も、くれぐれも失礼のないようにな」 周りを見渡すと、この土地には高齢者が多い。災害の生存率が高かったことを物語っていた。 翌朝、宿の従業員たちがあわただしく何かを用意しているのが見えた。ハワードが店員に聞くと、王女様がこちらに向かっているというのだ。「ヒカル王女さまだよ。王太子殿下のお嬢様だ。これは大変光栄なことだ」 どうやらベスが名乗ったことで、シュルツ侯爵がフォリナー侯爵家に連絡を取ったらしい。その時、派手なドレスに身を包んだ令嬢が大きな馬車から降り立ってきた。「今日はこちらに泊まります」 令嬢がちらっと視線を投げかけると、年老いた執事がすぐさま宿泊代金を差し出した。「こ、これは。多すぎます。すぐにお釣りを」「いいえ、結構よ。一番良いお部屋をお願いね」「はっ!すぐにご用意いたします」 従業員は慌てた様子でベスの部屋へと向かう。執事が受付に記帳しようとするが、こちらは支配人が丁重に辞退した。ぽかんとその様子を見ていた3人だったが、突然従業員に呼ばれてベスの客室に行けと言われた。高貴な方が見えたから、部屋を譲れというのだ。呆れながらも部屋を移った4人はどんな人物が来たのかしばらく様子をみることにした。 客人はともかく、宿側はどう考えてもヒカルと勘違いしているようだ。最高のもてなしをと、それのためにはほかの客など邪魔だと言わんばかりだった。夕食を宿内のレストランで摂りたいと言えば、王女様のためにレストランを使うので、外に行けという。4人は、馬車の中で平民の服装に着替えて下町の古ぼけたレストランに入った。 やっと落ち着いて食事ができるとほっとしたのもつかの間、乱暴にドアを開けて、店内に男たちが入ってきた。酒が入っているのか大声で乱暴にしゃべり、ずけずけと好きな席に陣取った。隣にいるヒカルたちに目をやると、ニヤニヤしながら近づいて酌をしろと言い出す。「見ず知らずの人間に酌をしろとはどういうことだ」「ほお、平民のくせにずいぶんな口をきくじゃねぇか。俺はこれでも男爵家の人間だ。言うことを聞け!」 胸倉をつかまれて、一瞬剣に手をやったリッキーをハワードが止めた。「失礼いたします。こちらにいらっしゃるのは、マイヤー子爵のご令息です。見聞をひろげるために身分を隠して旅をしているのです。お戯れはその辺りでおやめください」 執事然とした振る舞いに、男たちは驚いて勢いも一気に消え去った。途端に店内もしんと静まり、店主が慌ててやってきた。「も、申し訳ございません。大変な失礼をいたしました。我々のような店ではお口に合うものができるかどうか…」 そういいながらも、頼んでもいない料理が次々運び込まれる。「さっきからいただいていますが、こちらの料理はおいしいですよ。どうしてそんなに貴族におびえるのですか?」 リッキーが問いただすと、店主は遠慮がちにシュルツ侯爵の命令だと答えた。「王国では身分制度が緩くなり、生活が乱れている。以前のような災害が再び起こっては大変だとおっしゃって」つづく
May 11, 2022
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リッキーは、落ち込むベスを励ましながら、すぐさま持ってきていた魔石を使ってシルベスタに連絡を取る。ヒカルが魔素のないサルビィの丘で、天候を操ったと聞いたシルベスタはあきれ果てていた。「仕方ない。しばらく寝かせてあげなさい。2日ほど眠ったら復活するだろう。君たちも危険のないように気を付けて、2日間は休暇だと思ってゆっくりしたまえ。それで、ハワードは大丈夫なのかい?」「足をひねってしまって、シップしています。あの様子だと、激流に飲まれそうになったんだと思われ、疲労が激しいです。こちらも2日もすれば良くなるかと。それより、ん~なんていうか、いろいろあって、あ~なんていうか…とにかくじれったい感じです」 リッキーの説明に、シルベスタはブハッと噴き出して大笑いした。「リッキー、それ、ものすごく分かるよ。まったくあいつは生真面目なんだよなぁ。まあ、もう少し様子を見よう。」 シルベスタはのんきにそういうと、通信を切ってしまった。 ヒカルとハワードがぐっすり眠っているので、リッキーとベスは二人で夕食の支度を始めた。「私、もう少し魔術の勉強しようかと思うの。あんなに魔力のあるヒカルでも、治癒魔術には向いていないっていうし、私の家系なら、治癒魔術も適正はあるらしいから…」「無理はするなよ。今回の事を気にしているのなら、気にしなくていいよ。どんなにこっちが気を使っていても、ヒカルならきっとやらかしていたよ」「そうかしら。だけど、やっぱりリッキーが怪我したときとか、役に立ちたいもの」 リッキーは途端に真っ赤になって、夕食にかじりついた。 その頃、馬車の中でハワードが目を覚ました。くじいた足は熱っぽいが、ずいぶん痛みは落ち着いていた。自分でも無茶をしたと反省する。あのまま雨が降り続いていたらあるいは…。それにしても、これを発掘できたのは良かった。内ポケットに入れていた物を取り出してほっとする。 ガウェイン王の前の王は豪快な王様だったという。決して国民を蔑ろにしていたわけではないが、貴族との交流も華やかだった。その象徴のような代物が、今ハワードの手の中にあった。大粒の宝石を贅沢にあしらった王冠だ。前回、サルビィの丘で馬車を奪われた後に助けてくれたあの老人が言っていたことが頭をよぎる。アランなら、そして、その右腕にヒカルがいるというのなら、きっとそんな国にはならないだろう。これは、その時の戒めの象徴になるだろう。しばらく眺めていた王冠を片付けていて、ふいに薬箱の向こう側に人がいることに気が付いた。静かで、身じろぎもしないそれは、まるで人形のようだった。「え? …ヒカル? ヒカル!まさか…」 頭の中が真っ白になった。色素を失くした顔にはいつもの表情がなく、息すらしていないかのように横たわっている。とっさに体を起こして、足の激痛にたじろぐ。それでも気になって、足を庇いながらそっと近づき、その腕をつかんだ。細い手首に脈が打っていることが分かると、安堵から座りこんでしまった。そして、確信した。―ああ、やっぱり。やっぱりヒカルが死力を尽くしてくれたんだ。―あのまま雨が降り続いていたら、自分はきっとあの濁流に飲まれていただろう。足を掬われ、木の枝にしがみついたあの瞬間、まだ死にたくないと心から思った。まだ、自分はちゃんと想いを伝えていないと。「ヒカル、私はとんでもない愚か者です。震災の跡の大雨の話は先日あなたに講義したばかりだというのに、自分がそれに対処できていなかった。それなのに、こんな魔素のない土地で、あなたは倒れてしまうほどに力を使って助けてくれたのですね」ヒカルの手を両手で包むと、自分でも驚くほどの震えるようなため息がでた。「お姫様を目覚めさせるのは、王子様のキスよ」 不意に声がして、ハワードは驚いてヒカルを見た。ほんの少し頬に赤みがさしている。ハワードは沸き起こる喜びをどうしていいのか分からなくなって、ヒカルの唇にキスを落とした。「んん~~!ほ、ホントにするとは思わなかったー!」 慌てたヒカルが目を開けると、真っ赤になったハワードが覆いかぶさるように抱きついてきた。「ヒカル!ヒカル!気が付いたのですね!良かった。ホントに良かった」「ハワードさん、苦しいよぉ」 バシバシと背中をたたかれて、やっと我に返ったハワードは、照れ臭そうに体を離すと、リッキーとベスが顔を出した。「ヒカル、気が付いたのか?」「良かったわ。どうなる事かと思いました」「ごめんね、心配かけて。でも、まだ魔力が十分じゃないみたい。体が重くて動けないわ」 ベスから、もう2日寝てないとだめだと告げられ、素直に従った。二人分の食事が運ばれてくると、ハワードはくじいた足を引きづりながらも、甲斐甲斐しくヒカルの世話をする。「起きられそうですか? それとも、横になったまま召し上がりますか?」 ハワードに抱きかかえられながら体を起こしたヒカルは、そんなハワードを見てふふっと小さく笑う。そして、ぽろぽろと涙をこぼした。「ヒカル? どこか痛いのですか?」「ううん。ハワードさんがいつも通りだなぁって思って。ちゃんと元気にここに戻って来てくれて、本当によかったなぁって思って…」「ヒカル…。私は、何があっても必ずあなたの元に戻ってきます」 ヒカルの手を取り、膝をついて真剣なまなざしのハワードに、ヒカルもゆっくりと頷いた。つづく
May 10, 2022
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テントの中で外の様子をうかがっていたヒカルだったが、いつまでも降りやまない雨にとうとう耐えられなくなって、丘のふちまで様子を見に行った。テントの中でもうるさく感じていた雨音は、傘を差して外に出てきてもとどまることなく続いている。ぬかるんだ丘は一足踏み出すごとに、草の中からじわっと雨水があふれ出してくる。それさえも、気にならないほどの大雨だ。昨日見下ろしていた丘のふちまで到着したが、ハワードが帰ってくる様子はない。何かあったのだろうか。胸の奥でずしっと嫌な重みを感じた。すると、ドドドっと今までとは比べ物にならない圧倒的な水音が始まった。「これは!!」昨日訪れた山の上の池の事が脳裏をかすめ、全身に鳥肌が立った。見る間に谷の上流から水煙が上がっている。途端に、過去の豪雨の喧騒が思い出された。「ハワードさんが危ない!!」 とっさに持っていた傘を振り払い、ヒカルは両手を組んで意識を集中し、風を起こす術を発動した。ここにある魔石はもしもの時に残しておきたい。ヒカルは自分の中にある魔力を出来るだけ引き出す様に意識した。「シルベスタ先生に教えてもらった一点集中の技、ここで出せないでどうするのよ!」 胃の奥がキューンと縮み上がるような恐怖と叩きつけるような大粒の雨に怯みそうになる自分にけしかける。途端に突風が噴出し、雨雲が流れ始めた。ヒカルの額には冷や汗が流れる。歯を食いしばっているが、雨雲は重く、なかなか途切れてくれない。「まだよ。まだ終わってない。お願い、雨雲を吹き飛ばして!」ありったけの力を込めて、魔力を放出した。 その少し前、ハワードは谷間の村のあとに辿り着いていた。山の斜面には崩れかけた家がそのまま放置されているが、谷に降りてしまうと、そこに人々が暮らしていたのが信じられないほどに何もない状態だった。安全なようならヒカルを連れてこようと考えていたハワードだったが、どうやら雲行きは怪しい。踵を返したところで大粒の雨が降り出してしまった。「まずいな」 獣道を登っていると、斜面に半分埋もれた物を見つけた。「これは…」 ハワードはとっさにそれを持ち帰らなければと思い立った。近くにあった瓦礫を使って掘り起こそうとするが、木の根が回っているのかなかなか掘り出せない。そうこうしているうちに川が突然増水して、ハワードの足元まで這い上がってきた。焦る気持ちを抑えて、懸命に周りの土砂を掻き出し、取り上げたところで水かさが一気に上がってきた。「うわぁ!」 恐ろしい勢いの流れに足を掬われ、とっさに近くの木の枝に手を伸ばす。近くに会ったはずの足場はあっという間に流され、あと一足踏みあがりたいところが踏ん張れない。その間にも、水の勢いは強くなり、ともすれば体ごと持っていかれそうなってきた。嫌だ、まだ死にたくない!ハワードは渾身の力を込めて腕の力だけで体を起こし、水の流れから体を持ち上げた。そのまま大きな木の枝を伝って、丘の縁まで辿り着くと、そこで意識を失ってしまった。 さっきの豪雨が嘘のようにピタリとやんで、ベスとリッキーがそれぞれのテントから抜け出して様子を見に来た。空はぽっかりとサルビィの丘のあたりだけ、青空をのぞかせていた。「ハワードさん、大丈夫だったかしら」「うん、俺も気になってたんだ。ちょっと見てくるから、ヒカルの事、頼んだぞ」 リッキーがぬかるんだ獣道を慎重に下っていく。その後ろ姿を不安げに見つめながらベスが声を掛ける。「リッキーも気を付けてね!」 リッキーが谷間を降りていくと、小川だったところは先ほどの雨で水かさが上がって、ドウドウと激しい流れになっていた。周りを見渡していると、大きな木の根元に人が倒れているのが見えた。「ハワードさん? おい!大丈夫か?」 リッキーの声に気が付いたハワードだったが、立ち上がろうとすると足に激痛が走った。「すみません、足が…」 リッキーがハワードの足に触れると「ううっ」とうめくような声が漏れる。「腫れてはいないけど、くじいてるな。肩を貸すよ。それに、全身びしょぬれじゃないか。早く着替えないと風邪をひくぞ」 リッキーはハワードに肩を貸して、なんとかベスのいるテントまで戻ってきた。「リッキー、ハワードさんが見つかったのね。良かった。うわぁ、ずぶ濡れね。早く着替えた方がいいわ。そのままだと風邪をひいてしまうもの」「ひ、ヒカルはどうしていますか?」 ハワードはリッキーに運ばれながらもヒカルが気になっていた。あんな大雨が急にやんでしまうのはおかしい。以前アランから、ヒカルが晴れのおまじないをすると聞いていたハワードには、嫌な予感がしていたのだ。「いや、まずは着替えて怪我の治療だろ。こっちでシップするから横になっててくれ」 リッキーに促されて馬車に入ると、ベスがタオルを持ってきた。リッキーに手伝ってもらいながら着替えを済ませると、そのままソファに横になるよう促された。疲れが出たのかハワードはそのまま眠ってしまった。その頃、ベスは焦っていた。リッキーがハワードを探しに行っている間に、ヒカルのテントを見に行ったのに、テントには誰もいなかったのだ。周りを探しているうちに、リッキーがハワードを連れて帰ってきたのだ。ハワードのことをリッキーに任せて、すぐさま丘のまわりを探しに行くと、リッキー達が戻ってきたのとは反対の方角に倒れてずぶ濡れになっているヒカルを見つけた。「ヒカル!!」魔力を著しく消耗してぐったりしているヒカルは、呼びかけても反応はない。「魔力がほとんど感じられないわ。ヒカル、気づくのが遅くなってごめんなさい」ベスはすぐさまずぶ濡れのヒカルを抱きかかえてテントに連れて行くと、濡れた服をはぎ取り、丁寧に体を拭いて着替えさせた。そして、リッキーに頼んでハワードと同じく馬車の向い側のソファにそっと寝かせた。一度に二人も倒れてしまったことで、ベスはしおれ切っていた。もっと、何か対応できたのではないか。他に対策が採れたのではないかと自分を責めながら、向かい合わせのソファの間に、薬品の入ったバッグをうずたかく置いて対応に備えた。つづく
May 9, 2022
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食料を買い込み、リッキーとベスが戻ってきた。ここから魔素のない東の果て、サルビィの丘を目指す。険しい山道をゆっくりと昇っていくと、緩やかな丘に辿り着いた。4人は馬車を降り、周りの景色を確かめる。「この辺りがサルビィの丘跡地です。案外険しい地形ですね」「お母さまに聞いたら、生き残って今のアイスフォレスト王国にいる大人は、大抵このサルビィの丘の近くに住んでいたそうですよ。この先の谷間にあった集落は全部ながされてしまったそうです」 ベスの説明を聞いて丘のふちまで進んでみると、ごっそりと足元の土が掻き取られたようになっている。これでは谷間にいた人々はひとたまりもなかっただろうとヒカルは急に足元に震えを感じた。「この先を進むと以前の避難所跡があるそうです。行ってみましょう」 ハワードに薦められて、ここからは馬車を置いて進む。魔石で結界を張ることも忘れない。木々が茂って木漏れ日を落とす山道をもくもくと歩き出す。馬車を止めた場所からずいぶんと上がってきた。ヒカルが振り返ると、緑が茂る中にミズキやヤマボウシの花が見えた。大きな災害があったなんて想像もできないような美しい景色だ。「さあ、着いたぞ。ここで一息入れよう」 リッキーの声に視線を戻せば、目の前にはきれいな池が広がっていた。「わぁ、きれぃ…」言いかけたヒカルは思わず口元を手で抑えた。池のふちに不自然に積みあがっている木片に気が付いたのだ。それは、どうやら避難所だった建物の瓦礫らしく、30年という年月よって、朽ち果て、つる草に巻かれ、少しずつその姿を失いつつあった。 不意に、ヒカルの耳に当時の喧騒が聞こえたような気がした。地震で壊れた家屋を立て直そうとしていた人々に豪雨と土石流が襲い掛かる。地面に叩きつけるような雨音、とどろく雷鳴。避難を促す叫び声さえかき消すような川の激流。ここには、懸命に生きようと奔走した人々が確かにいたのだ。心臓がドクンと音を立てる。「ヒカル、大丈夫ですか?」ハワードの声で、倒れそうになっていた自分に気が付いた。 ベスがシートを広げ「こちらへ」と促す。シートに横になって呼吸を整える。水面を渡る風に当たると、先ほどの恐怖を覚えるような喧騒は霧散した。あれはいったい何だったのだろう。「何か感じるものがあったのですね」 気が付くと、ハワードが背中をさすってくれていた。「ええ、この国の人々の声が、一斉に頭になだれ込んだように感じて驚きました。」「やっぱりここは念の強い場所なんだろうな。とりあえず馬車の所まで下りよう。そろそろ日が暮れるし」 リッキーに促されて、4人は馬車を置いた場所まで下りる、馬車からそれぞれの木箱を出し、リッキーはテントを張って、ベスは食事の準備を始めた。ハワードに促されて木箱に腰を下ろしたヒカルは、辺りを見回して大きなため息をついた。この土地はとても騒がしい。たくさんの気持ちが残ったままになっているんだとヒカルは痛感した。「大丈夫ですか? 少しは落ち着きましたか?」「ええ、ありがとうございます。だけど、あんな風に、突然昔の出来事が頭の中に飛び込んでくるなんて、今までなかったので、驚きました」「以前主から聞いたことがあります。その土地の精霊に呼びかけると、昔のことを教えてくれることがあると。だけど、こちらから聞き出そうとしていないのに訴えてくるということは、それほどまでに強い念をもっているんでしょうね。ヒカルや私は異世界から来ているのでこちらの過去には疎いですが、それでも、どこの世界にいたとしても、昔から脈々と人々の暮らしは続いていて、今につながっているのですから、無下にはできないですね」「私、お父さんに頼んで鎮魂の碑を建ててもらおうかと思うの。ここがあったから、今のアイスフォレストがあるんだものね。それから、帰ったら国の地図をじっくり見ようと思います。この国が安全かどうか今一度、確かめたくなりました」「ヒカル、それはいい考えですね」 二人が頷き合っているところに、食事ができたと声がかかった。 翌朝、小鳥のさえずりで目を覚ましたヒカルは、テントを抜け出して大きく伸びをする。すぐ近くの梢に座っていたリスが、慌てた様子で隣の木に渡っていった。カサっと木々の奥で物音がする。目をやると鹿が心配そうにこちらも伺っていた。あんな災害があった後でも、動物たちは暮らしているのだ。「ヒカル、おはようございます。早いですね」「ベス、おはよう。起こしちゃった?」「いいえ、主より起きるのが遅いなんて、侍女失格ですね」 ベスは少し困ったような顔で言うが、そんなことはない!と、ヒカルは心の中で言う。自分が視察に回っている間に、食料調達、衣類の洗濯、それぞれの場所に行く度に荷ほどき、荷造り、全部ベスがやってくれているのだ。ベスはさっそく朝食の準備にかかっている。その頼りになる後ろ姿を見ながら、ぽろりと本音がでる。「ベスはなんでもこなしちゃうから、私は甘えてばかりになってるなぁ。ねえ、ベス。結婚しても侍女は続けてくれる?」「け、結婚ですか?」 声がひっくり返って赤面するベスは、実は自分の将来についてできるだけ考えないようにしようと無意識に逃避していた。「そう、するでしょ? リッキーと。見たいなぁ、ベスの花嫁姿。絶対きれいだよね。」「か、考えてなかったです…。」「そうなの?では、ぜひ前向きにご検討ください。うふふ」 フォリナー侯爵領にいるとき、ベスの両親からリッキーに手紙が渡されたのは、どうやらベスの知らないことだったらしい。ヒカルはふざけた返答をしながらも、ベスに負担を掛けないようにしなくてはと思った。アランと二人で日本に居たときも、何とかやりくり出来ていたのだ。この旅が終われば、住まいも別館に移る。今一度気を引き締めて体制を整えなくては。「はぁ、気持ちいいねぇ。ちょっと散歩に行ってくるね」 ヒカルはこの後のことを考えながら、森の中を散歩していた。 森の奥からザクザクと草を踏みしめる音が聞こえてくる。ヒカルが目を凝らすと、何やら果物を抱えたハワードが戻ってくるところだった。「ヒカル、おはようございます」「ハワードさん、おはよう。その実はなに?」「これは、アケビという果物です。確か私たちのいた世界にもありましたよ。収穫時期は違うようですが」 差し出されたアケビはほのかに甘い香りがしている。テントまで持ち帰ってくると、ベスが木の枝を集めてかまどを作っていた。ハワードは持ち帰ったアケビを木箱に乗せると、上着のポケットから種類の違う果実を取り出した。「こんなのもありました。これは、たぶんザクロでしょう」 そう言って外皮を割ると、中から宝石のような小さな真っ赤な粒があふれ出た。「わぁ、きれい!」 ヒカルとベスは顔を見合わせて喜んだ。一粒口に入れて、ひゃぁ、すっぱい!とはしゃぐ。3人の笑い声でリッキーも起き出した。4人で山の果実を満喫して朝食を終えた。「今日は、谷間の様子をみてみようかと思います。安全が確認できるまで、ヒカルとベスはこの辺りで散策を、念のため、リッキーも彼女たちの護衛をお願いします」 そういうと、ハワードは元王国の庶民が暮らしていた谷間に向かって下っていった。リッキーは朝食のアケビが大層気に入り、もう一度森に行こうと二人を誘った。 人の手が入っていない森は果物も取り放題だ。たっぷりのアケビを収穫してテントに戻ってくると、そろそろ昼食のしたくに取り掛かる。ヒカルも枯れ枝や枯葉を集めて協力していたが、ふいに周りが暗くなって空を見上げた。「あれ?なんだか空模様が怪しいなぁ」 ヒカルの言葉にリッキーも空を見上げる。さきほどまでの澄み切った青空はすっかり雨雲に閉ざされ、続いて嫌な風が吹いて辺りは一気に暗くなり大粒の雨が降り出した。「ハワードさん、大丈夫かしら…」つづく
May 8, 2022
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翌朝、ヒカルは教えられた平和の丘に行ってみたいと言い出し、4人は馬車に乗り込んだ。ハワードは少し不機嫌ではあったが、反対する理由はない。 ゆるやかな丘を登り頂上近くまでやってくると、美しい山々が遠くに並んでいるのが見えた。途中からは馬車を降りて登っていく。歩を進める度、美しい山々との間には大きな湖があることが分かってきた。きらきらとまばゆいばかりに湖面をきらめかせている。丘の先は断崖絶壁になっていて、その切っ先に小さな祠のような小屋があり、そこにいぶし銀の鐘が下がっていた。その上には不自然なほど高い塔が建っている。 今朝は、どうもヒカルの言動に違和感を感じる。リッキーとベスは時々目を合わせて心配そうにしていた。ハワードも同じことを考えているらしく、どこか戸惑い勝ちだ。「きっとあれがそうだわ。ハワードさん、一緒に行きましょう」 瞳を輝かせたヒカルに手を引かれて近づくと、鐘のそばにはロープが下がっていた。二人でロープを引っ張ると、祠の上につながっていた鐘が次々に鳴りだし、そばで羽を休めていた鳩が一斉に飛び立った。 思いのほか多くの鳩が飛び立ち、羽音に驚いたヒカルがハワードにしがみつく。その小さな肩を、ハワードが庇う様に抱き留めた。後ろで見ていたベスが「うわぁ、なんだか結婚式を見てるみたい」とつぶやいた。 続いてリッキーとベスも鐘を鳴らす。丘の下から吹き上がる風に煽られ、厳かな鐘の音に背中を押されて、リッキーは思わずベスを引き寄せて口づけた。「あ、ご、ごめん。なんだかたまらなく幸せな気分になって」「ううん、私もなんだかすごくドキドキしちゃった」初々しい二人は真っ赤になって、逃げるようにその場を離れた。 停車場まで戻ってくると、小さな子供がヒカルたちを指さしてはしゃいでいる。「あ、さっきのお兄ちゃんたちだ!ねえ、お母さん。あの人たちケッコンするんでしょ?」「ふふふ、きっとそうね。鐘が全部鳴って、鳩が飛び立ったものね。それにとても幸せそうだったわ」「いいなぁ。私も全部の鐘ならしてみたいなぁ」 親子の会話は続いていたが、言われた二人は真っ赤になってそそくさと馬車へと急いだ。「おーい、ちょっと待ってくれ! これは二人への記念品だ。受け取ってくれ」 丘の上の店舗の主人が、愛らしいブーケを持って走ってきた。「あの、これはどういった?」 戸惑うハワードに店主はニヤニヤしながら言う。「あれ、アンタたち知らないで鐘を鳴らしたのかい? あの鐘は、普通は1つか2つしか鳴らないんだよ。全部の鐘が鳴って、そばの鳩が空に舞い上がったら、そのカップルは結婚するって言われているんだ。いやぁ、よく見りゃ美男美女じゃないか。羨ましいねぇ。お幸せにな」 呆気にとられるハワードにブーケを手渡し、その背中をバシバシ叩いて笑うと、店主は元来た道を戻っていった。 困った顔のハワードはそのままブーケを差し出した。「ヒカル、ブーケをどうぞ」 しかし、ヒカルは受け取らない。見る見るうちに眉間に深いしわが入り、ぷいっとそっぽを向いてしまった。「ヒカル?」「…なんでもないです。これは私の心の問題です。今日の講義は欠席します!」 そのあとは、どんなに声を掛けても、ヒカルはハワードと目を合わそうとはしなかった。愛らしい花束は、そのまま水を入れた小さなカップに刺しておくことになった。 それから2日間、ヒカルはハワードの講義を受けず、窓の外をにらみ続けていた。ベスやリッキーが間に入ろうとしても、「自分が悪い」「自分が不甲斐ない」と言うばかりだった。そして、そのまま決闘を受けるため王宮に転移する日がやってきた。心配そうな3人に見送られても、ヒカルはあっさりと転移してしまう。「はぁ~」ヒカルの姿が見えなくなると、ハワードは思わず深いため息をついた。小さなブーケをさしたカップの水を替えながら、物思いにふける。あの鐘が鳴り響いたときの気持ちは不意打ちだった。自分の気持ちを抑えこむのに必死だったというのに、ダメ押しの花束が来て、まぎれもなく動転していた。一体自分はどんな顔をしていたんだろう。その様子を見ていたベスが声を掛ける。「ハワードさんは、あの幸福の鐘がたくさんなったことを不愉快に思っていたの?」「まさか!」意外な言葉に驚くハワードをよそに、ベスは続ける。「女の子って、好きな人がどんな表情をしているかすごく気になるの。たとえそれが照れ臭かったりはずかしかったりしていただけだったとしてもね。ましてや、ヒカルとハワードさんには、立場の壁も年齢の壁もあるから、不安でたまらないんだと思うの。あの子の気持ち、汲んであげてほしいな」「いや、まさかそんな。ヒカルからすれば10歳以上も年が離れているのですよ。私の事なんてなんとも…」 ドカンっと派手な音を立ててヒカルが帰ってきた。こぶしを握り締め、憤懣やるかたないと言った様子だ。「ヒカル!もう戻ってきたの? 魔術師のことはどうなったんだ?」「全部やっつけてきた! なんだかもやもやするから、当たり散らしてきたの」 あまりにも早すぎる帰還に、思わずリッキーが尋ねた。ヒカルは誰とも目を合わせようとせず、ほんの少し唇を尖らせて言い放った。「全員やっつけたのか? それで、王宮は大丈夫だったのかよ」「大丈夫、その辺は手加減したわ。でも、シルベスタ先生に荒れてるなぁって呆れられちゃった。…仕方ないもん。どうせ私は未熟者だもん。気持ちのコントロールなんて、全然できない。」 ヒカルは珍しく馬車のソファに座り込んで、顔を伏せて落ち込んでしまった。 ベスは、リッキーにそっと耳打ちして、買い物に行ってくると二人で出かけて行った。二人だけになったハワードは、どう声を掛けてよい物か迷っていた。しかし、気が付くとヒカルが寝息を立てている。ケットをそのか細い肩にかけ、そっとさすってみる。「ヒカル。あなたを不機嫌にさせたのが私の所業のせいなら謝罪します。あの鐘が鳴り響いたとき、確かに私の心に、純白のドレスを着たヒカルが微笑んでいる姿がイメージできていました。鳩に驚いてしがみついてきたあなたを抱き留めたとき、そのまま抱きしめていたい気持ちに駆られたのも事実です。ですが、あなたは気高い血筋の王女様です。どんなに焦がれても立場が違いすぎる…」 ソファからとろりと垂れ下がった手を持ち上げると、「どうか今だけはお許しを」そう呟いてその甲にそっと口づけた。召喚される前の孤独な自分が、ヒカルと出会って少しずつ過去へと変わっていることを、ハワードは実感し始めていた。この若い王女は、自分の外見ではなく本質を見ようとしてくれる。ただそれだけのことでどれだけ心が満たされることか。 しばらくしてヒカルが目を覚ました。 馬車の中はハワードと二人っきり、その彼は静かに読書を楽しんでいた。体を起こしてゆっくりと頭が冴えてくるとヒカルは「ごめんなさい」とつぶやいた。「シルベスタ先生に言われたの。今回の事で魔術師としての腕は認めると。それで、お父さんのところに跡継ぎが生まれたら、自分の後継者として修業を始めないかって。そのために陛下が計画してくれている住まいをシルベスタ先生のおうちの近くに建てればいいって。もう身分や年齢にとらわれずに自由に生きていいんだよって。私、王女様として生まれ育ったわけじゃないから、正直ほっとしたの。だけど、お父さんとすっかり遠ざかってしまうから、ひとりぼっちになるのはまだ少し不安で」 本を閉じてヒカルの話を聞いていたハワードは、そうですかとつぶやいた。「主がヒカルを認めてくださったのですね。それはすごいことです。ということは、ヒカルは次代のアイスフォレスト王国の最上位魔術師ということでしょう。ガウェイン陛下にシルベスタ様がいたように、アラン王太子殿下にヒカルがいつもそばにいて、意見を交わすことが多くなるのではないですか?」 ヒカルは驚きのあまりぽかんとしてしまった。確かにそうだ。ガウェインとシルベスタはいとこでもあるし、大親友でもある。次の世代がアランとヒカルなら、仲良し親子なのだから申し分ないだろう。「次に向かう元の王国があった場所も、じっくり見学しておきましょう。この旅で見るもの聞くものすべてが、ヒカルの将来にとても重要なものになるでしょう」「はい、がんばります!」元気に返事をするヒカルだったが、以前のような幼さはもう見られない。プリンをおいしそうに食べていた頃のヒカルを思い出して、王宮に帰ったらすぐさまプリンを作ろうと決意するハワードだった。ヒカルは、グラスにささっているブーケを見て、そっと手に取る。ブーケを差し出した時のハワードが幸せそうに見えなくて、どうにも悲しくなって受け取ることが出来なかったのだ。だけど、あの丘で、きれいな青空の下、鐘の音が鳴り響く中、ハワードの腕に飛び込んだ時、自分を庇う腕が優しくて、その表情がたまらなくしあわせそうだったことが嬉しくてそのまま離さないでほしいと願ってしまった。自分が王女でなくなったら、あの優しい腕に触れることもできなくなるのだろうか。そんな不安が、とび色の瞳に影を落としていた。つづく
May 7, 2022
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宿の部屋に荷物を運びこんで、久しぶりにちゃんとしたレストランで食事をとることになった。ウェイターが注文を聞きながらちらちらとヒカルの様子を気にしている。ヒカルは人好きのする笑顔で会釈しているが、ハワードは心配そうにウェイターの動向を見つめていた。「こんばんは。旅の途中ですか?」 不意に隣のテーブルの女性から声がかかって、「はいそうです」とハワードが返すと、突然女性は席を立って、ハワードの傍まで来ると、親し気に話しかけてきた。「もし、こちらの宿に泊まられるなら、食事の後、一緒にラウンジにいきませんこと? お子様たちには先に休んでもらって、大人の時間をたのしみましょう?」「いや、結構です」「あら、遠慮なさらなくてもいいのよ。子供たちを連れての旅は大変でしょう?たまには羽根を伸ばさないと」「お前たち、しつこいぞ。行かないと言ってるだろ!」 堪り兼ねたリッキーが口をはさむと、女性はキッと睨みつけて言う。「あんたには関係ないでしょ。食べ終わったらさっさと部屋に帰りなさい」 あたりの雰囲気は一気に険悪になる。気が付くと、カウンターに座っている男もヒカルやベスを値踏みしている。「あの、もう食べ終わったから部屋に帰りましょうか」 ヒカルが遠慮がちに言うと、ハワードもすぐさま立ち上がった。そそくさとレストランを後にするが、行く先々で「あら、いい男」「おっと、かわいい子がいるねぇ」などと声がかかる。 それまで黙っていたハワードは「ヒカル、失礼します」と、突然姫抱っこしてすたすたと速足で歩きだした。リッキーとベスはそんな二人を見てクスクス笑いながらついていく。「え? あの…」「大丈夫です。ヒカルの事は私が守ります」 キリッとした表情でそう言い放つと、近くにいた店員から「ひゅー、かっこいい!」と声がかかる。しかし、ハワードはそんなことを気に留めることなく、いや、声がかかる度に抱き上げている腕に力を込めて、どんどん進んでいく。破壊力の強い美顔がすぐ目の前だ。耳元にその息がかかって、ヒカルはドギマギしてしまった。そして、ヒカルたちの部屋の前まで来ると、はぁっと脱力したハワードが、そっとヒカルを下ろして自分の特異な容姿について忘れていたことを謝罪した。いつもの帽子やサングラスをつけていなかったのだ。つややかに流れる明るい金髪に誰もが目を奪われる涼やかな瞳。こちらの世界に来てからは、大人の色香も出てきて、一層周りを引き付ける。「しばらく人里離れた場所にいて、すっかり忘れていました。申し訳ない。それに、ヒカルもこれからはおいそれとは外に出られませんね。これからはヒカルの服装も気を付けた方がいい…ん?」 言いながら、ヒカルが下を向いて真っ赤になっていることに気が付いて、ハワードはそっと顔を覗き込んだ。「ハワードさんのバカ!!」 ヒカルは部屋に飛び込んで内側から鍵をかけてしまった。驚いて目を見開いている美丈夫に、仕方ないなとベスが間に入った。「ヒカル、ハワードさんに悪気はなかったのよ。ちゃんとお話ししないと分からないでしょう?」 ドアの向こうからはベッドで暴れるような音がしているが、返事がない。リッキーは、戸惑うハワードを促して、隣の自分たちの部屋に落ち着いた。「私は、なにか失礼なことをしてしまったのでしょうか。あ、いえ。突然抱き上げたのだから、もちろん謝罪する必要はあると思うのですが…」「ふふ、ハワードさんって、ほんとに恋愛したことなかったんだね。好きな子を守りたかったら、やっぱり自分の気持ちをちゃんと伝えなくちゃ、誤解を生むばっかりだよ。まあ、さっきのは、嬉しすぎて混乱してたみたいだけどさ」 はははと楽しげに笑うリッキーに、ハワードの眉間にしわが深く入った。「どういうことですか? 嬉しすぎる? さっきはずいぶん気分を害してしまったように思うのですが」「なんか面白いね。なんでも完璧にこなすハワードさんが、こんなに翻弄されてるなんて」 はぁ、と深いため息をついていると、隣でもドアの開く音がして、どうやらヒカルがベスを部屋に入れたようだった。少し頭を冷やそうと、ベランダに出たハワードは、隣から人の話し声が聞こえてはっとする。「こんばんは、星がすごいよねぇ。君も旅の人?」「え?」とヒカルのためらうような声が聞こえて思わず警戒する。しかし声の主はまるで能天気な様子で、観光地の話を始めた。「もう平和の丘には行ったかい?あそこにある幸福の鐘をならすと幸せになれるというらしいよ。もしよかったら明日案内してあげようか?」「いえ、結構です!!」 気が付いたら、ベランダの柵越しに身を乗り上げて叫ぶ自分がいて、ハワードはそんな自分に驚いていた。しかし、動き出した思いは止められない。そのまま部屋を出て、ベスとヒカルの部屋のドアをノックすると、驚くベスをしり目に部屋を突っ切り、ヒカルのいるベランダに飛び込んだ。「なぁんだ。彼氏持ちか。残念。まぁ、仕方ないね。君みたいにかわいい子が一人のはずないよね。幸福の鐘は彼氏と鳴らすといいよ。じゃあね」 青年はあきらめたように部屋に戻っていった。「ヒカル、気を付けてください!今のはナンパですよ!」「ナンパ?」 まるで分っていない風なヒカルにハワードは焦りを覚える。ヒカルの両肩を掴んで、深呼吸すると、改めて謝罪を口にした。「ヒカル、さっきは私の突拍子もない行動のせいでご迷惑をお掛けしました。ですが、実際ヒカルだって多くの男たちの視線を集めていたのです。どうか、もう少し周りに気を配ってください。そうでないと…」 言葉に詰まるハワードを見つめるヒカルは困惑気味に問いかけた。「そうでないと?」 ハワードは途端に顔を赤らめて黙ってしまった。ヒカルはモヤモヤした気持ちのまま、ベランダにあるイスに腰かけて深いため息をついた。「私、今までナンパされたことなんて一度もないです。買いかぶりすぎですよ。お父さんやシルベスタ先生、ハワードさんみたいなキラキラしたオーラなんてない、ただの小娘です。さっきの人も観光地を教えてくださっただけだったし。旅に出るとみんな開放的になるのかもしれないですね」「いや…」 どう伝えたものかと考えるハワードの背後でノックが聞こえ、リッキーが入ってきた。「今、ジーク団長と連絡が取れた。どうやら王宮魔術師団を解任された何人かがヒカルを出せと騒いでたみたいだ。自分の落ち度を棚に上げて、ヒカルのせいで解任されたと思い込んで、決闘を申し込んでいるそうだ。バカじゃないのか?どこの世界に王女様に決闘を申し込む魔術師がいるんだよ」 呆れるリッキーをしり目に、ヒカルはすぐさま水晶玉を借りて、シルベスタに決闘を受けると連絡した。「ヒカル、本当にあいつらの相手をするのかい?時間の無駄だと思うけど、それで君の気が済むなら、準備しよう。では3日後にこちらに転移してきてくれ」 シルベスタは事も無げに告げた。つづく
May 6, 2022
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とうとうゴールデンウィークが終わっていきますね。あ、明日お休み取ってる方などはもうしばらく続くのでしょうか?我が家では、毎年子供の日には、一大イベントを開催していたのです。なんたって、子供の日ですから!ここでたらふく童心に戻ってはしゃいだら、翌日から正気に(?)戻って、お仕事するのですよ。我が家の子供の日はね、家じゅうを会場にして、宝探しゲームとか、家族総出で盤上ゲーム大会とかね。(スマブラとかスィッチとかは敢えて使わないのです)もちろん、勝者にはそれなりの報酬も準備しておりました。ところがね。今年、突然我が家から子供がいなくなったのですよ。そう、この4月から18歳以上が成人だって言うじゃないですか!!末っ子プチしんた、18歳。もうしばらく子供と遊べると思っていたのに。。。うわぁ~~~ん!ヤダヤダヤダ!!コロナのせいで、絵本の読み聞かせや子育て学習室などのイベントもないんだもん。子どもたちの屈託のない笑い声が聞きたいよぉ!
May 5, 2022
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一晩休むと、ヒカルもすっかり元気になっていた。朝からリッキーは老人の薪割りを手伝い、ヒカルとハワードは近くの川で魚を釣ってきた。そして揃って畑を耕したり収穫を手伝ったりした。ベスは小屋の中の掃除をがんばり、ご飯の支度を手伝った。昼食をとったあと、今まであまり目を合わそうとしなかった老人が4人の前に座って語りだした。その昔、華やかだった在りし日の旧アイスフォレスト王国の話だ。「贅沢を極めた貴族たち、商魂たくましい商人たち、平民たちも精一杯に生きていた。しかし、王族には平民の生活が見えていなかった。あの災害で最初に亡くなったのは平民たちだ。地響きを立てて襲い掛かってくる土石流になすすべもなく村ごと流されていった。今のアイスフォレストはどうだ?少しはマシになったようだが、あの悪ガキのガウェインに平民を守る意思はあるのだろうか。王太子となる青年はずいぶんひ弱だと聞くが、ちゃんと世間が見えているのだろうか」 問いかけるように一人一人に視線を送る。ヒカルは、そんな老人の視線を跳ね返すように訴えた。「陛下は、すべての国民を大切に考えています。」 老人の目がヒカルを捉える。薄茶の髪に薄いとび色の瞳。そして、まっすぐに見つめ返す強い視線にふっと合点がいった顔をした。「ところでそなたのようなまだ若い娘が、ずいぶんと過酷な旅をしているのだな」「はい、父と先生に世間をしっかり見て来いと、そして視野を広げて来いと言われました。確かに昨夜は厳しい状況でしたが、私には、頼りになる仲間がいますから、たとえ疲れて座り込んでも、また立ち上がることが出来るのです」「ほう…」 真剣な目で見つめるヒカルを、どこか懐かしさを感じるような表情で見つめ返した。そして、思い出したように告げた。「そうだな、今日の午後から薪を仕入れに若い衆が来る予定だ。それに乗せてもらえば、とりあえずは街まで行けるだろう。」 4人は荷物をまとめて、若い衆が来る直前まで薪割を手伝った。そして、老人に礼を言って、馬車に揺られて街までやってきた。そのまま市場に向かうと言う若い衆に礼を言って街を歩きだすと、早々に見覚えのある馬車に出会った。どうやら問屋に売りつけに来ていたようだ。店の前では店主と見覚えのある御者が言い合いをしている。店主は、馬車の荷台の後ろに小さく記された王家の紋章を指さして「こんなものを買い取るわけにはいかない」と恐れおののいていた。「あの、商談中のところを失礼するよ。これはうちの馬車なんだ。返してもらおうか」 言うが早いか、リッキーが御者の首根っこをひねり上げ、早々に縄で締め上げた。「食品も着替えも路銀も無事です。ご亭主、お騒がせしました。」「いや、しかし。あなたたちはいったい…」 店主が戸惑うのも無理はなかった。4人はそろってどろどろの服を着て、髪もぼさぼさだった。仕方なく、ヒカルが紋章の入ったお守り袋を見せると、やっと店主も納得した。 そこからは、リッキーが御者を務め、ベスも隣に座ることにした。街中の宿に落ち着くと、途中で買っておいた軽食を取り、ゆっくりと湯あみをして、ふかふかのベッドで横になる。生き返ったとつぶやいたのは、ヒカルだけではないだろう。 翌朝、4人は馬車に乗り込み、再び東の最果てを目指した。ベスがリッキーの隣に座ったことで、馬車の中は二人きりになってしまった。ぎこちないながらも歴史の講義は続く。「ここまでで分からないところはありますか?」 講義の終わりにハワードが尋ねると、ヒカルは少し考えてからぽつりとつぶやいた。「ハワードさん、今はもう平気ですか? 何か抱えたままになっていませんか?」 言いながらも自信のなさが瞳ににじむ。「私のような小娘に心配されるなど、不快かもしれもしれませんが、旅の仲間として、できるなら力になりたいのです」「ヒカル…。いえ、ご心配には及びません。馬車も手元に戻ってきましたし、これで安心して旅が続けられますよ」 笑顔で返すハワードをじっと見つめていたヒカルだったが、視線は徐々に下がって、しまいには首を垂れてしまった。「そうですか。私がもう少ししっかりしていればよかったのですが。不甲斐ない私で本当に申し訳ないです」「ヒカル。なぜあなたが謝るのです」「旅の仲間に信頼してもらえなかったということです。もとより王座に就く者ではありませんが、これでは王族として失格です。」「…はぁ。あなたって人は、本当に15歳なんですか?まるで大人のような発想ですね」 途端にヒカルは口をへの字にしてすねてしまった。「どうせ私はおばさん思考ですよ。友達にもよくからかわれていました。まるでお母さんとしゃべってるみたいだって」「ふぅ。殿下の教育が行き届きすぎだったのですね。その考え方は王族ならではなのでしょう」 参ったなぁと考えを巡らせていたハワードは、あきらめたように向き直って告げた。「…そうですね。白状すると、私は、もう少しだけ、少女らしいヒカルの姿を見ていたいと思ったのです。だから、その時が来たら、私の抱えているものについても聞いていただけますか?」 真摯な態度のハワードに、少しわだかまりを残したままのヒカルも「分かった」と言うしかなかった。 しばらくすると、馬車の外から声がかかった。もうすぐ次の街に入るという。今回はここで宿に泊まることになった。2日かけて歩いたあの土地を、馬車では遠回りしていくしかないのだという。窓の外は、金色の麦畑が広がっている。風になびく麦の穂が波のように美しかった。つづく
May 5, 2022
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第3章 アクシデントで知る想い 先の御者が言った通り、別の御者がやってきた。次の目的地は東の最果て、以前の王国があった場所だ。そこまでは数日かかるため、食料を多めに積み込んで出発する。 フォリナー侯爵領を出て2日が過ぎた。馬車は牧草地を通り過ぎ、森を抜け、美しい湖のほとりに到着した。馬車の中ではハワードによる昔の王国についての講義が続いていた。馬車が止まったことで、いったん講義は中断し、テントを張る。この辺りはすでに魔素のないエリアなので魔術は使えない。それぞれが荷台から木箱を運び、自分のイスとして使う。焚火を囲んで食事をとり、旅の予定などを話し合った。 ヒカルはちらちらとハワードの様子を盗み見るが、まるでなんでもないような素ぶりだ。すっかり辺りが暗くなると、それぞれがテントに落ち着いた。一日中馬車に揺られているのも案外疲れるものだ。その日も4人はぐっすり眠っていた。 しんと静まった真夜中に、コトリコトリと小さな足音が去っていくのを聞いて、リッキーが飛び起きた。テントを出ると、馬車が森の向こうに去っていくのがかすかに見えた。御者のテントも片付けられている。どうやら御者の持ち逃げらしい。「ちくしょー、連絡がないのはおかしいと思っていたのに」 すぐさまほかの3人を起こして事の次第を告げる。食料も水も着替えも、すべて馬車の中にある。手元にあるのは朝食用の食料と当面の路銀だけだ。旅の疲れが出ているヒカルもすぐには魔力を出せそうになかった。「仕方がないですね。 こうなったら、朝までゆっくり休んでから行動しましょう」 翌朝、朝食をとると、ヒカルはすぐさま王宮に連絡を取ろうと試みた。しかし、どういうわけか繋がらない。4人がじっと水晶玉を見つめていると、微かな反応があり、シルベスタらしき声で、今はこちらに来ない方がいいだろうとそれだけが聞き取れたきり、途絶えてしまった。「王宮でもなにかあったようですね」「そうね。だけど、これじゃあ私たちもすぐには帰れないわ。」 ハワードは枕元に置いていた手帳を取り出して、何やら調べている。「ありました! もう少し北に行けば民家があるようです。ただ、馬車がないので、たぶん2,3日歩くことになりそうです。」「それじゃあ、目に留まった果物なんかは収穫しておいた方がよさそうだな」「私も気を付けておくわ」 ハワードの言葉に、リッキーとベスも腹をくくった。 馬車で通った道を、テントを背負って歩く。木漏れ日が気持ちいいと思っていたが、合間に差し込む鋭い日差しがきつい。木々の間からは羽虫が飛び出し、足元にはぬかるみもあった。「ヒカル、大丈夫ですか?」「大丈夫よ。歩いた分だけ進んでるんだもん。頑張るしかないよね!」 時々かかるハワードの声に、懸命に答えるヒカルだったが、夕方にはすっかりおとなしくなっていた。「大丈夫、ですか?」「う、うん。なんとか」 テントを張って一日目をやり過ごしても、夕食は途中で見つけた果物ぐらいだ。そのまま倒れるように眠りに落ちて、翌朝もテントを背負って歩き出す。「雨が降ってないだけマシ、獣が襲ってこないだけマシ、…」 呪文のようにヒカルがつぶやく。今朝、近くにあった小川で水を汲んで以来、水分を補給できる場所が見当たらなかった。歩いた分だけ汗は吹き出し、先ほどから頭痛がしている。それでも、前に進むしかないのだ。「ちょっとここで待ってて。水の音がするから、水筒に汲んでくるよ」 リッキーがみんなの水筒を集めて、生い茂る熊笹の中に分け入った。残った3人が座り込む。みな同じく脱水症状で苦しそうだった。 私だけが苦しいわけじゃなかったのに、気づいてあげられなかったな。ヒカルは改めてリッキーの逞しさを尊敬した。伊達に軍人をやっているわけじゃないんだ。 しばらくすると、リッキーが明らかに先ほどとは違う確かな足取りで戻ってきた。両手に4人分の水筒と、果物を抱えている。「とりあえず、水分補給をしよう。落ち着いたら、一緒に来てくれ。うまくいけば魚が採れる。」 4人は一斉に水を飲み干し、しおれた植物が持ち直すように、元気になった。「では、私がお供しましょう。ヒカルとベスには、魚を焼く場所を作ってもらうのはどうでしょう」「そうだな。あんまり離れ離れにならないようにして準備してくれ」 二人が川に向かうと、ベスとヒカルはもくもくと大き目の石を並べて魚を突き刺せそうな枝を準備した。気が付くとリッキー達が袋に魚を詰め込んで戻っていた。枯葉を集めてなんとか火をつけると、枝で突き刺した魚をあぶる。「リッキーってすごいね。やっぱり軍人なんだなぁって、思ったよ」「なんだよ、ヒカル。今まで俺を何だと思ってたんだ。これでも王女様専属の騎士なんだぞ!旅に出る前には団長からいろいろ教わってるんだ」 空腹が満たされると、みんな朗らかになる。お互いの笑い声で元気になって、再び歩き出した。「もう少しだと思われます。ヒカル、頑張ってください」「うん、頑張るよ。」 再び山道をもくもくと歩く。リッキーが先頭を切って歩きながら、余計な草を薙ぎ払っているが、それでも笹の葉や古い枝に当たって小さな傷が絶えない。日が傾いて、そろそろテントを張る場所を探そうと言う頃、木々の間から明かりが見えた。「小屋ですね。あそこまでがんばりましょう」 ハワードに促されて、みんなは小屋を目指して歩き出した。先に小屋まで駆けて行ったハワードがドアをノックすると、窓の明かり揺れて、ゆっくりとドアが開けられた。出てきたのは足の悪い老人だった。夕暮れ時に突然やってきた4人組をいぶかし気に見つめている。「私たちは旅の途中で、悪い御者に荷物を馬車ごと奪われて、ここまで丸2日歩き詰めなんです。急にやって来て申し訳ないのですが、どうか少しの水と食べ物を譲っていただけませんか?」 老人はハワードの言葉を聞いても、じっと4人を睨みつけていたが、ふとヒカルがぐったりしているのに気が付いて、「入れ」と招き入れた。「その娘は熱を出しているのではないか?」 言われて初めて気が付いたのか、ベスがヒカルの額に手を当てて驚いている。「奥の部屋で寝かせると良い。付き添いの娘も一緒に休めばいい。男たちはわしと一緒にこっちのかまどの前で。まあ、テントで寝泊まりしていたなら、似たようなもんだ」「ありがとうございます。とても助かります。」 老人に促されて小屋に入ると、疲れが一気に押し寄せた。つづく
May 4, 2022
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夜になって夕食を囲んでも、ハワードはヒカルと目を合わせることもしない。ベスはリッキーを運んだまままだ帰ってこないので、どうにもいたたまれない空気が流れていた。「フォリナー侯爵様、今までにオオカミやほかの野生動物による被害はありませんでしたか?」「いや、今まで本当に一度もなかったんです。リカルド殿には大変申し訳ないことをしてしまった。彼は、大丈夫なんでしょうか?」 ハワードが、シルベスタは治療魔術が得意だと話すと、侯爵はそれならいいのですが。とそれでもなお心配そうにしていた。「王女様、その水晶玉で、シルベスタ様ごと、こちらに来ていただくのはどうでしょうか?侯爵様も心配してくださっているし、エリザベス嬢も心細いでしょう」「分かったわ。こちらからお願いしてみます。」 突然ハワードから声を掛けられて、思わずドキっとしてしまったが、憎らしいほどにいつも通りの表情をみて、悔しさがにじむ。そっちがそういうことならと、王女としての顔で返答する。ヒカルは水晶玉を取り出し、魔力を込めてシルベスタを呼び出した。シルベスタからは緊張した様子は見られず、ちょうどこちらに二人を返そうとしていたという。一緒にこちらに来て、現場検証をしてほしいと告げると、二つ返事でOKが帰ってきた。 ほどなく、治療を終えたリッキーとベスが戻ってきた。もちろんシルベスタも一緒だ。「侯爵殿、突然失礼するよ。私は王城の魔術師シルベスタ・サーガだ。」「これは、これは。建国の立役者と言われている大英雄のシルベスタ様ではないですか」「いや、それほどでも…。せわしなくて悪いけど、現場を見に行っても?」「お言葉ですが、もう外は暗いですし、明日になさいませんか?」 シルベスタはニコニコしたまま、侯爵に答えた。「いや、今回のオオカミ襲撃の件の糸を引いていた輩を捕まえたくてね。きっと朝早くにはとんずらするつもりで今頃カバンに荷物を詰めているところだろうからね。」 まるで、今見てきたようにそういうと、ハワードを連れて外に出て行った。彼らを見送っていると、ソファで寝かされていたリッキーが目覚めた。「リッキー、大丈夫!」 急いで駆け寄るベスに、リッキーは混乱しているようだった。「はっ!ヒカルは! 俺よりも早くヒカルのところに行ってやれ!どうして俺のところに来てるんだよ!ベスはヒカルの侍女なんだぞ!」「リッキー、落ち着いて。私は大丈夫よ。」 ヒカルの声を聞いて、やっと状況が呑み込めたリッキーはうろたえて黙り込んだ。「ベスにリッキーの傍についていてあげてって言ったのは私よ。だから、ベスを責めないで。それよりも、すごく心配していたのよ。もう少し、ベスの気持ちも考えてあげてよ」 フォリナー侯爵夫妻は、執事にいいつけて、リッキーを個室に連れて行った。「ベス、あなたは王女様の身の回りのことをお願いね。」 侯爵夫人はそういうと、侯爵と目配せして、リッキーの部屋に向かった。「ベス、湯あみの準備をお願いしてもいいかしら。」 ベスはモヤモヤする気持ちを押さえつけて、ヒカルの湯あみの準備に取り掛かった。今は、何も考えたくない。ヒカルの何でもない用事が、ありがたかった。 部屋に寝かされたリッキーは、天井を睨んで考えていた。この屋敷に来て、一層強く階級の差を感じていたのだ。領民も侯爵をとても尊敬している。彼の頼みならと、今回のオオカミ狩りだって、すぐに人が集まった。そんな立派な侯爵様の令嬢で、性格もいい、顔もかわいい、スタイルもいい、しかも魔力も強い。気もよくつくし、気配りもできる。あんな素晴らしい令嬢に、他の貴族から縁談が来ないはずがないのだ。 うかつなことに、今まで考えもしていなかった。魔術学校で一緒に過ごすようになって、気心が知れて、大切な人になった。だけど、彼女は侯爵令嬢、自分は子爵の息子に過ぎない。ベスが自分にかまってくれるのを良いことに、甘えてしまっていていいのだろうか。 思いめぐらせている間に、ドアがノックされた。「リカルド殿、体調はいかがかな」「侯爵様! この度は私の不手際で、大変なご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳なく思っています」「何を言うか。我が領のために戦ってくださったのに、怪我を負わせてしまったこと、こちらが謝りたいところですよ。」 侯爵が労わるように言うと、横から夫人も声を掛けた。「リカルドさん、娘がとてもお世話になっているようですね。長い旅の間には、ケンカもするだろうし、良いところも悪いところも見えてしまうもの。それをしっかり見た上で、将来を決めてくださいね」「え、あの。だけど、彼女は侯爵令嬢だし、うちは子爵。彼女ほど優秀で美しい人なら、いくらでも良縁はあるでしょう」 珍しく弱気なリッキーが言うと、夫婦は笑って言う。「侯爵だろうが、伯爵だろうが、ましてや王子様だろうが、性格が悪い人やそりの合わない人と一緒になることほど不幸なことはないだろう。本音をさらけ出して、ケンカしあえる相手に出会えることがどれほど幸運なことか。出来がいいと思っていたうちの長男ですら、まだそんな相手に巡り合えていない。リカルド殿。これを」 侯爵が差し出した手紙には、マイヤー子爵の宛名が書かれていた。リッキーは目を見開いてそのままその手紙を大事そうに胸に抱きしめて「ありがとうございます」とつぶやいた。 シルベスタは夜のうちに森を調べ上げ、森の奥の一軒の山小屋を見つけ出して、犯人に気づかれないように逃げ出せない結界を張っていた。リッキーの傷がすっかり治るまでの2日間には、ヒカルからも炎におびえないオオカミに違和感があると聞きつけ、犯人の男を締めあげてオオカミを魔術で操って必要な物をそろえていたことを白状させた。案の定、男は王城魔術師団の元メンバーで、いったんフォリナー侯爵に見せに行くと、出迎えたベスが突然怒り出した。「あの時の変態だわ!王女様、下がってください。よくもやってくれたわね!」 この男、不正がばれて辞めさせられるのをヒカルのせいだと思い込んでいた。嫌味を言った時にヒカルの突風で身ぐるみ剥がされて、下着姿になったところをベスに目撃され変態認定されたうえ、コテンパンに叩きのめられた過去があった。ベスが怒りをあらわにすると、部屋から起き出していたリッキーが慌てて止めに入った。「ベス、大丈夫だ。もうつかまってる。安心して」 リッキーの腕に抱えられ、ベスははっとして頬を染める。それを見ていたシルベスタは満足そうに頷くと、ハワードに「後は頼んだよ」といいつつ、その耳元に何か囁いて、男を引き連れて帰っていった。 翌朝、出発する4人をフォリナー侯爵夫妻が見送った。ウィリアムがなかなか帰ってこないのだから、たまには二人で遊びにおいでとリッキーに声を掛ける夫妻に、リッキーは真っ赤になって恐縮し、ベスは涙ぐんでいた。つづく
May 3, 2022
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翌朝は澄み切った青空で、生き生きと輝く草原の緑との対比がすばらしかった。4人は執事に案内されて、牧場を見学し、心地よい風が吹き渡るこの草原で昼食をとることになった。牧草地の端まで迫っている森の木陰にテーブルとイスが設えられている。侍女たちが手際よく食事の用意を整え、4人を迎えてくれた。「草原を目の前にしていただくのも、気持ちいいものね。」「お気に召したなら光栄です」 新鮮な空気を思いっきり吸い込んで深呼吸すると、ヒカルが進められた席についた。 4人が食事を始めたところで、遠くから鐘の音が鳴りだした。時を告げるような音ではなく、どうやら切羽詰まった何かが起こっているようだ。「失礼いたします。お食事のところ、大変申し上げにくいのですが、どうやら領地のはずれにオオカミが出たということです。念のため、邸宅にお戻りいただいた方がよろしいかと」「オオカミですって? 今までこの牧場にオオカミが出たことなんて、なかったじゃない」「俺が行くよ。どのあたりか分かるか?案内してほしい」 焦るベスを抑えて、リッキーは有無を言わせない勢いで伝えに来た下働きの男に言うと、「こちらです」と促す男について走っていった。ベスはそんなリッキーに声もかけられず、そのまま見送る事しかできなかった。「ベス、落ち着いて。今までなかったからこれからもない、なんてことはありえないわ。今は執事さんに従ってお家に戻りましょう」 困惑するベスを宥めて、ヒカルが立ち上がった。邸宅に戻ってしばらくすると、リッキーが下働きの男とともに帰ってきた。フォリナー侯爵が慌てて出迎える。「リカルド殿、大丈夫ですか?」「はい、オオカミは仕留めたので安心してください。だけど…」 そういって、下働きの男の方を見やった。男は悲壮な表情で領主訴える。「じ、実は、今日だけではなかったのです。他の仲間らも、オオカミに羊をやられたと聞いたのです。領主さま、一度全体の被害を確認していただけないでしょうか?」「なんだと! 今回だけの事ではなかったのか?!」 侯爵はすぐさま執事に伝令を出した。1時間もすれば、領民が集まってオオカミ討伐隊が組まれた。リッキーも当然仲間に加わり、出かけて行った。ベスはまたしてもリッキーに声を掛けられず、ただ窓辺から彼らが森に進んでいくのを見守るしかなかった。 刻々と時間が経つ中、ベスはずっと下を向いたまま動けないでいた。見かねたヒカルは、彼らに軽食の差し入れをするのはどうだろうかと提案する。「みなさん急いで出かけられたから、喉も乾くだろうし、お茶と軽食を差し入れるのはどうかしら」「王女様…。そうですね。準備してきます。」 ベスは気を取り直して顔を上げ、厨房へと駆けて行った。 日が傾きかけたころ、ヒカルとハワードも手伝って、屋敷からほど近いところにお茶を飲むスペースを作り上げた。王女が手伝うというので、恐縮していた執事や侍女たちも、ヒカルの手際の良さに驚き、王女様のご意志ならと、共に作業に入った。領地の外側を手分けして捜索していた何組かのチームがそろそろ戻り始めている。ベスは、みなを労って、お茶やサンドウィッチを勧めた。リッキーも戻って来て、お茶の支度に気づくと、他のチームの者たちを呼び寄せた。 領民はみな一様にオオカミの突然の襲撃に驚いていたが、これだけ見回れば大丈夫だろうというのが大方の意見だった。 薄暗くなり始めた木々の間に、まだ動いている者が見え、ヒカルが呼びに行ってくると駆けだした。すかさずリッキーがそれを追う。「おい、ヒカル。一人で行ったらあぶないぞ。まだいるかもしれないんだからな」そう言いながら追いかけて行った先で、なぜか不自然に立ち尽くしているヒカルに追いついた。「おい、どうした?」「えっとね。大きいのが1匹と小さめのが2匹いるわ」 リッキーはすぐさま剣を取り、オオカミと対峙する。にらみ合いはほんのわずかの時間だった。いきなりガタイの大きなオオカミがリッキー目掛けて襲い掛かってくる。それに合わせて小型のオオカミがヒカルにかみつこうと飛びついた。ヒカルはとっさに掌から突風を飛ばして吹き飛ばしたが、勢い余って、地面に転がってしまった。振り向くとリッキーが小型に足をかみつかれていた。リッキーは大型の牙に剣を当ててせめぎ合って身動きが取れない状態だ。「リッキー!!」 ヒカルはすぐさま突風で小型をひるませるが、なかなか離れようとはしない。森の中では炎は危険だが、このままでは埒が明かない。掌に炎を立てると、小型のオオカミに吹き付けた。「キャン!」と口を離した瞬間、突風で奥の木々の根元に吹き飛ばした。その後ろで、大型のオオカミはリッキーにのしかからんばかりに迫っている。「リッキー、伏せて!」 ヒカルは思い切って炎を大型のオオカミの脇腹に叩き込んだ。オオカミはわき腹に煙を立てながら、なおもリッキーから離れない。その時、帰りが遅いと心配したハワードが駆け込んできた。「なんてことだ!」剣など持ち合わせていないハワードは、とっさに傍にあった岩を大型のオオカミ目掛けて投げつけた。岩は頭に命中しオオカミは痙攣を起こしたが、それでもリッキーから離れようとしない。他の領民も駆けつけて、なんとかオオカミを捕獲した。 領民と一緒にやってきたベスが小さな悲鳴を上げてヒカルに飛びついた。「王女様、お怪我はありませんか?」「服はひどい状態だけど、私は大丈夫。それよりも、リッキーを見てあげて!」 気が付くと、リッキーは力尽きて倒れたまま動かない。足からの出血もひどい状態だ。「ベス、瞬間移動はできる? すぐにシルベスタ様のところに連れて行ってあげて!」「分かりました!」 ベスは覚えたばかりの瞬間移動で、リッキーを王宮に運び込んだ。それを見送ると、ハワードはヒカルを抱き上げて領主の邸宅へと向かった。「ハワードさん、大丈夫です。どこも怪我なんてしてないですから」「王女様、今日のことは大変危険な行いでした。もう少し、私やベスを頼ってください。リッキーが気づいてついて行ってくれていなかったら、どうなっていたと思いますか?」「ハワードさん、怒ってますか?」「はい、私は今、猛烈に怒っています!!」 美丈夫に姫抱っこされる王女様を目撃してニヤニヤしていた領民は、一気に背筋を伸ばした。つづく
May 2, 2022
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第2章 東の地で見た忠誠 次の目的地は東の領土フォリナー侯爵領だ。エリザベスやウィリアムの実家にあたるが、そこに向かうにはルクセン伯爵領を通ることになる。ハワードにとっては苦い思い出の場所だ。リッキーの指示で足早に通り過ぎようとしていた馬車が、急に速度を落とした。 リッキーが外の様子を確かめると、一人の女性が卵をかごに入れて売り歩いているところだった。「ご婦人、馬車の前に出ると危ないですよ。下がってください」「も、申し訳ございません。卵を売っておりまして…」 馬車の中で聞いていたハワードは、はっとして馬車のドアを開けて出た。そこにはよく知った人物がいた。「ルクセン伯爵夫人! どうなさったのですか?」 娘を亡くし、夫は信用を無くして収入も途絶えたというのに贅沢癖が治らず、夫人は手元にあるわずかなお金で、養鶏場を立ち上げ、卵を売り歩いているという。「まぁ! あなたはアルフォートではないですか?! もう、怪我は治ったのですか? あの時は何もしてあげられなくて、ごめんなさいね。だけど、お元気そうで良かったわ」 ほほ笑む夫人の顔には深いしわとクマが出来ている。アルフォートとは、異世界から召喚されたとき、記憶をなくしていたハワードにルクセン伯爵がつけた名前だ。ハワードは夫人のかごの卵を全部買い取ると「少しは休んでください」といたわった。夫人はハワードの手を取って静かに言う。「ありがとうございます。外聞ばかり気にするルクセンは、決してよい主ではなかったでしょう。でも、どんな過去があろうと、あなたの本質はあなただけの物。それを見ていてくれる人は必ずいるわ。どうか、幸せになってね」 ルクセン伯爵夫人と別れ、馬車はフォリナー侯爵領へと向かう。ハワードは、夫人の温かみの残る掌を、じっと見つめていた。「ちょっとリッキー! またうたた寝している! ダメでしょう。護衛がうたた寝なんかして」「うるさいなぁ。今はみんながいるんだから、一番安全なんだよ。」「だからって、護衛騎士が居眠りして言い訳ないでしょう?」 小さな小競り合いだった二人のケンカは、どんどんエスカレートしていく。「ベス、どうしたの?」「私がいるので、お二人ともくつろいでいてくださって大丈夫ですよ」 ヒカルとハワードが間に入っても、険悪な雰囲気はなかなか収まりそうになかった。もうすぐフォリナー侯爵領だ。せっかくベスの実家に立ち寄るのに、二人がケンカしたままでは、もったいない。ヒカルはどうしたものかと考えあぐねていた。「フォリナー侯爵領に到着いたしました。」御者の声がして、ヒカルたちは馬車を降り立った。ハワードは、御者となにやら打ち合わせをしている。どうやら、ここで、御者を交代するように指示が入ったという。ハワードには連絡が来ていないままの交代だが、すぐに出発する予定ではないので、そのまま了解した。ハワードが振り返ると、未だ冷戦中の二人が黙々と降りてくる。最後に出てきたヒカルの手を取ってエスコートすると、フォリナー侯爵夫妻が出迎えてくれた。「ヒカル王女様、ようこそお越しくださいました。」「お世話になります。」 ヒカルはにっこり微笑んだ後、ちらりとベスに目をやって、眉を下げた。「あの、せっかくエリザベスのご実家に伺ったのに、なんだか揉めているみたいで。」「まあ、エリザベス! 王女様にご心配かけてどうするの。長旅でお疲れでしょう?まずはお部屋でおくつろぎください」 フォリナー侯爵夫人は、ベスに部屋に来るように指示して、荷物は執事に運ばせた。「こちらのお部屋をお使いください。殿方は向いのお部屋をどうぞ。」 執事は部下に指示を出して、リッキーとハワードの部屋へと荷物を運ばせると、ヒカルに向き直った。「王女様、御用の向きは、当家の侍女がお手伝いさせていただきます。なんなりとお申し付けください。」「エリザベスには後で会えますか?」「はい。ただ、少しお時間をいただくことになるかと…」 執事は黒ぶちの眼鏡の奥で戸惑う様子を見せた。「それは、夫人のお叱りがあるってことですね? 以前、ベスから聞いたことがあります。夫人のしつけがとても厳しいのだと。」「これは!ご明察でございます。そこまでエリザベス様と親しくしてくださっていたのですね。ありがとうございます」 堅苦しい印象だった執事の目がパッと見開いて、笑顔がにじみ出ていた。「きっと、素晴らしいお母さまなんだと思います。だから、ベスはいつだって頼りになる存在なのですね。」「お母さま」の言葉に哀愁を感じた執事は、ヒカルに母がいないことを思い出し、はっとした。「そんな風に思っていただけるとは、エリザベス様は本当に素晴らしい主に恵まれたのですね。それでは」 執事はそう言い残して、部屋を出た。 その頃、フォリナー侯爵夫人の私室では、ベスと夫人が向き合っていた。ベスはリッキーが昼間から居眠りしているのが許せないと訴えるが、夫人はただクスクスと笑っているだけだった。「お母さまったら、何がおかしいの? リッキーは護衛騎士なのよ!居眠りなんてしている場合ではないわ」「でも、あなたや執事の方がいらっしゃるのでしょ?」「そうだけど…」 憤懣やるかたないというベスに夫人は問いかける。「では、夜は誰が護衛に付くの? 護衛騎士に交代はいるの?」「いないわ。私たちは4人で旅をしているんだもの」「では、夜に神経をとがらせている人は誰かしら?」「…」 ベスはやっと気が付いたように黙り込んだ。「ベス、あなたの見ている物だけがすべてじゃないのよ。ウィリアムもそうだけど、護衛騎士の方はいついかなる時も、すぐに飛び出せるようにしているわ。それは、夜も同じでしょ? だったら、昼間のほかの仲間がいるときに、少しでも英気を養っておかなくてはいけないのではなくて? 私は感心したわ。まだ若い騎士さんなのに、ちゃんと危険度の低い時間に睡眠をとって、いつでも万全でいられるようになさっているのでしょう? しかも、どこかのじゃじゃ馬娘を大切にしてくださっているとか。なかなかできることではないわよ。ふふ。」 目を見開いて驚くベスは、夫人が楽し気に笑っているのを見て、顔がまっかになるのを感じていた。誰よ、誰がそんなこと告げ口するの?「お兄様ね!ひどいわ!」「あらあら、八つ当たり? 微笑ましカップルだから、つい助け舟を出したくなったとか言ってたわ。あなた、何かウィリアムに無理なお願いをしたのでしょう。口には出さないけど、ちょっとうらやましがってるみたいだったわ」 ベスには思い当たることがあった。そう、リッキーが初めて異世界に転移したとき、落として行った水晶玉を届けたいとウィリアムに泣きついたのだ。「マイヤー子爵家からは、以前、一度お礼状を頂いたことがあったわ。あなたが水晶玉を届けてくれたことをとても感謝してくださって。エリザベス、大切なのは、あなたがどうしたいかってことよ。お父様も私も、もちろん、ウィリアムも、あなたの想いを応援しているわ」「お母さま、ありがとうございます」 夫人はいつの間にかすっかり淑女らしくなった娘を抱きしめて、もう一度向き直ると、翌日に牧場見学を計画していると告げ、準備をしておくように言いつけた。 つづく
May 1, 2022
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カタンっとドアが開く音がした。「こんばんわ。」 ヒカルが照れ臭そうに笑っていた。「どうしたのですか、こんな夜更けに?」「お昼寝しすぎて、眠れないのです。お隣座ってもいいですか?」 ハワードはそそくさと立ち上がり、どうぞごゆっくりと席を譲った。すさんだ世界から逃げ出してきたような感覚で、ヒカルの顔をまともに見られない。「私は、そろそろ休もうかと…。ヒカルもほどほどに。夜は冷えますよ」「あ…。そうですね。分かりました」 少し不安げな瞳がハワードの長い金髪の流れを見つめていた。その視線を感じながらも、ハワードは振り向けずにいた。ベランダにもたれて夜の海を眺めるヒカルは、これから先の旅のことを考えていた。貴族の屋敷に泊まる時ばかりではないだろう。自分が王女だと言わないで出来ればこの国の現状をこの目で確かめたい。「おや、眠れないのですか?」 ジークがベランダの人影に気が付いて声を掛けてきた。「ちょっとお待ちを」そう言って階下に下りて行ったジークはほどなく、トレイにカップを乗せて戻ってきた。「ホットミルクです。緊張を和らげたり、眠りやすくしてくれますよ」「ありがとうございます。昼間にお昼寝しすぎたのがダメだったみたいです」「あはは。じゃあ、少しお話でもしましょうか? 例えば、アラン王太子殿下の子どもの頃の話とか」「うわぁ、聞きたいです!」 慣れた様子でジークがイスに腰かけると、嬉しそうにジークの向いに座った。「アラン王子は小さいころから大変な美形でね。侍女たちが追い回していたんですよ。それはもう大変な騒ぎで、パーティなどがあると、必ず母から私に王子を守りなさいと指示がでるのです。ですから、よく二人で抜け出して、厨房や控室などに隠れて遊んでいました。」「ふふふ。楽しそうですね」「そうなんですよ。お腹がすくと見習い侍女だったフランソワがこっそり差し入れを持ってきてくれて、隠れて3人で食べたりしてたんですよ」「わぁ、いいなぁ。私も混ざりたい」 ゆっくりとホットミルクを飲みながら、今まで聞いたことがない父親の話を聞きながら、星空を眺める。いつの間にか、ヒカルはうとうとし始めていた。 ジークはそっとヒカルを抱き上げると、ヒカルのために準備しておいた部屋に連れて行く。「随分大きくなられましたね、王女様。お疲れがでましたかな」 ジークはそんな風に呟きながらヒカルの部屋のドアを開けた。その後ろ姿を、水を飲みに出てきたハワードが見かけた。大きなジークの胸に抱かれ、すやすやと穏やかな寝息を立てるヒカルからは、先ほどすれ違ったときのような不安な空気は感じられない。 ぼんやりと様子を見ていると、ベッドにヒカルを寝かせたジークが部屋から出てきてハワードと鉢合わせた。「ハワード殿、どうかされましたか?」「あ、いえ。少しのどが渇いたので、水を頂こうかと」 自分でもしどろもどろで歯がゆい。ハワードはなんとも居心地の悪い気分で台所へと行きかけた。「あの方は、まだお若いのに周りが見え過ぎてしまうのです。どう動けば穏やかにおさまりが付くか、いつもどこかで考えてしまうのでしょう。」 ジークはすれ違って後ろ向きのまま、誰に言うともなしにつぶやいた。ハワードは、つい振り返ってジークを見つめた。当のジークはゆっくりと振り返って笑みを浮かべた。「ですが、ご自分の気持ちにはなかなか素直になれない部分も多いようです。この旅の間になにかいいきっかけがあれば良いのですが。では、おやすみなさい」 そう言って通り過ぎていくこの屈強な騎士を、ハワードは茫然と見送っていた。「私は、何をやっているんだ。」 ほんの一瞬でもジークの行いに疑いを持った自分が恥ずかしかった。自分は逃げてばかりではないか。暗いキッチンで冷たい水を飲みながら先日の異世界日本でのことを思い出した。アランが怪我をして見舞いに行く途中で、ばったり「紅」シリーズの監督に遭遇していた。「ハワード?ハワードじゃないか!どうしていたんだ?」心から心配してくれていた監督に、ただ頭を下げることしかできなかった。「今からでも戻ってこないか? 俺はあのシリーズの続きがどうしても撮りたいんだ。おまえでなくちゃ、あの役は務まらない。」それは俳優にとってどれほどの誉れだろう。それでも、ハワードは首を縦には振れなかった。俳優の世界からも逃げ、ヒカルからも逃げているのだ。翌朝、領主の邸宅に戻って朝食をとっていると、ジョージが期待を込めた目で見つめながらヒカルに声を掛ける。「王女様、うちの領土は暖かで過ごしやすいでしょう? どうです。うちには一人、婚期を逃しそうなのがいるのですが、一度考えてみてはもらえませんか?」「おい、失礼なことを言わないでくれ。」 ジークは慌てて止めに入るが、夫妻はちっとも気にしない。「まぁ、ジークったら、こんな愛らしいお嫁さんなら、あなただって嬉しいでしょう?」「王女様が困ってらっしゃるだろう。まったく、好き勝手なことを言わないでくれ」「でも、父が結婚を決めたのですから、次はジークさんの番なんじゃないですか? 私みたいな子供ではなくて、ちゃんとしたいい人がいらっしゃるのではなくて?」 ヒカルまで話に乗ってきた。ジークは途端に耳を赤くして、しどろもどろになった。「はぁ、仕方がないな。まったく、ヒカル王女様はするどくて困ります。一応想い人はいる。それだけだ。」「あら?ん? ん~、もしかして…」 うすいとび色の瞳がくるりと動いてジークを捉える。その瞬間ジークの顔が真っ赤になった。「や、えっと。王女様、あの。」「ふふふ。善処します。あ、でも、チャンスがあれば、私が旅から帰るのを待たなくてもいいですからね。」「あらあら。なんだか進展がありそうですわね。王女さまからのお知らせと息子からの知らせ、どっちが先に来るのかしら。今から楽しみですわ」 食事が終わると、ジークは王城に戻り、ヒカルたちも昼前には次の目的地に出発することになった。ヒカルはハワードを誘って、砂浜に散歩に出かけた。昨夜のハワードの様子がおかしいと感じていたからだ。しかし、ハワードが家庭の事情を話すことはなかった。「ハワードさん、何かあったの?元気がないみたいだけど」「いえ、特には…」 言葉が途切れてしまう。その穴を埋めるように、穏やかな波の音が続いていた。海を見つめていたヒカルは、視線をハワードに移してその言葉の続きを待った。「王女様に聞いていただけるような物ではないのです。人間のドロドロした感情などに触れていただきたくはない」「…そうですか」 視線を落としたとび色の瞳に薄茶の巻き毛が揺れている。返事に困ったハワードは海原の向こうに目をやった。「では、帰りましょうか。リッキー達も待っているでしょうし」「はい…」 それ以上、何も言わないヒカルに、ハワードの胸中は揺れていた。つづく
April 30, 2022
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翌朝、夜遅くに実家に戻っていたジークが、自家用船で離島の別荘に4人を案内した。「リカルド、エリザベス、今日はお前たちに休暇を与える。こっちの別荘でゆっくり遊んでくれ。王女のお世話は俺が任されよう。この島は丸ごとうちの別荘だから、自由に遊んでくれていいぞ。ただし、向こうの岩場は危ないから、気を付けてな。」「「やったー!!」」 リッキーはベスと手をつないで早速浜辺へとかけて行った。ジークはその姿を見送って、ハワードに向き直る。「ハワード殿、君も自由にくつろいでくれ。釣りをするなら、さっきの船着き場の近くに突堤がある。近くの小屋に道具も置いてあるから良かったら声を掛けてくれ。」「ありがとうございます」「私も釣りをしてみたいなぁ。ジークさん、良いですか?」 ヒカルは今まで一度も釣りをしたことがなかった。3人はさっそく突堤に向かい、釣竿を垂らすことにした。年老いた釣り小屋の管理人がヒカルにツバの広い麦藁帽を手渡す。「お嬢さんにはこれを。日差しがきついですから、日焼けしては大変ですよ」「ありがとうございます。ここには釣りのお客さんも多く来られますか?」 管理人は日に焼けて深くしわの入った顔をほころばせて、楽し気に笑った。「ここはウェリントン領主さまの別荘ですから、お客さんは領主さまのお客様だけですよ。さ、大物を狙ってくださいよ」 突堤の真下は透明度の高い海だ。波間に魚の影が見えている。朝が早いので、風が爽やかに吹き渡る。静かな波音が絶え間なく聞こえて、まるで別世界に来たような感覚だ。「うわぁ!」 突然、ハワードの釣竿がしなって持って行かれそうになる。「一気にひっぱらないで、じっくり引き寄せて」「おお、すごい手ごたえですね」 珍しく頬を紅潮させたハワードが、じわじわと魚を手繰り寄せる。年齢からは想像できないような素早さで、管理人が網で補助すると、見事な魚が吊り上がった。「さあ、ここに。」 管理人が差し出した容器には、氷が詰め込まれている。ハワードが針を引き抜いている間に、今度はジークの釣竿がしなりだし、同じく見事な魚を釣り上げた。 「わぁ、すごいなぁ。」 ぴちぴち撥ねる魚と動かない自分の釣り竿を見比べるヒカルも、「ひやぁ」と声をあげた。釣竿が引っ張られている。ぐいぐい引っ張られる感覚に心がワクワクしてくる。「ゆっくりですよ」 管理人が網を差し出そうとしたその時、釣竿が急に軽くなって、魚に逃げられてしまった。「え~、悔しいなぁ」「あははは。残念でしたねぇ。」「逃した魚は大きいってやつですな。ほっほっほ」 そんなやりとりをしながら朝の時間を過ごし、別荘に戻ってきた。ハワードとジークが釣った魚は、アクアパッツアになってお昼ごはんに登場した。 午後からも、リッキーとベスは海岸に出かけ、ヒカルは浜辺が見える別荘の庭に設えられたハンモックで木漏れ日の中、ゆっくり読書を楽しんだ。ジークは夜のバーベキューの準備をすると言って、食材の調達にでかけ、ハワードは別荘の書棚にあった植物図鑑で何やら調べものを始めた。 波の音がこんなに心地よいなんて、いままで知らなかった。木漏れ日の優しい光と、程よい海風に吹かれて、ヒカルはうとうと昼寝を始めた。 夕陽が水面にオレンジの光をちりばめている頃、ジークがバーベキューを始めた。新鮮な魚介のバーベキューに舌鼓を打って、今日はお開きとなる。それぞれに一部屋を用意してもらって、大はしゃぎしていたリッキーとベスだったが、気が付くとベスの部屋でチェスの駒を握りしめたまま二人そろって眠りこけていた。 深夜になって、それまで調べものに精を出していたハワードが、ベランダに出てきた。静かな波の音と、月の輝きが浮足立っていた気持ちを沈めてゆく。ベランダに並べられたボンボンベッドに身をゆだね、ぼんやりと星空を眺めると、まるでさっきまでの光景が夢だったかのような錯覚にとらわれる。「はぁ、ずいぶんと遠くに来てしまった」 ヒカルが転移してきたのに対して、ハワードは何者かによる召喚だ。撮影に忙しくする日々が突然途切れ、気づいたときにはルクセン伯爵に保護されていた。男色の気がある伯爵から逃れるのは手間だったが、俳優業をしていたら、監督や立場のある人物から無理な要求をされることもあったので、ハワードは難なく逃げおおせてきた。伯爵の失脚によって、シルベスタの執事へと立場を変え、それは激動の日々ではあったが、大人のハワードにとっては自由のある暮らしだ。しかし、深夜の月と波音が誘うのは、思春期の不安に揺れ動く時代への郷愁だ。家族と買い物中にスカウトされた若き日のハワードを、当時父は面白がって俳優を目指せといい、母も嬉しそうだった。映画に出るようになると、弟も友達に自慢ができると喜んでいた。しかし、「紅の騎士」の人気で、今まで以上にファンに囲まれることが多くなると、事態は一変した。ロケバスの周りにも、近くのビルのトイレにもファンが待ち伏せしていた。ロケバスのカーテンの隙間からカメラのレンズが覗いていてぞっとすることも度々だった。それでも、外に出ると、多くのファンに応援されているのが心地よかった。問題は、実家に帰った時だ。 外とは全く別の世界が広がっていた。玄関のドアを開けると、いつも弟のリチャードが仁王立ちして睨んでいた。そして、手を差し出して金を要求する。手渡しても黙ってひったくるようにして出ていくだけだ。ギャンブル狂いの父はほとんど家にはいない。母は紅の騎士の契約金が入ったとたん、家に戻ってこなくなった。金庫に入れていた契約金はなくなっていた。どんなに人気があっても、孤独だった。映画、テレビ、グラビア撮影。露出度が上がると、油断する暇もない。本当の自分はどこに行ってしまったのだろう。自分は家族に何をしてしまったのだろう。家のベランダから海が見えたので、よくこんな風に夜風に当たりながら自問自答しながら波の音を聞いていた。 執事としてシルベスタの元で働くことは、何の苦痛もない。給金も良いので、不安はない。ないのだが、この胸にぽっかり空いた空洞のような焦燥感はなんだ。ふと、すさんだ弟の顔が浮かんで、一層心を引きずり降ろされる感覚に襲われ、ハワードは深いため息をついた。つづく
April 29, 2022
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翌朝、ヒカルはベスに手伝ってもらいながら、少しだけドレスアップした装いでミシェルと落ち合った。ウェリントン家の馬車に乗って、海岸沿いの道を進む。到着したときの、昼下がりの海辺も美しかったが、朝の空気は格別だった。 ミシェルの案内でシーグラスのお店やアクセサリーの店を見て回った。お昼になって、街中のレストランで食事を楽しんでいるとき、事件が起きた。「こら! 待て! それは売り物だぞ」 隣のベーカリーから飛び出してきた子供が、コック帽をかぶった男性につかまっている。子供は「離せ!」と暴れているが、その腕にはバケットが2本抱えられている。「まあ、どうしたのかしら」 ミシェルが驚いている傍で、ヒカルがリッキーに目配せする。リッキーはすぐに騒動の中に割って入って、お金を払ってやると、子どもを連れて戻ってきた。周りが心配そうに見守る中、ヒカルはなんでもないように声を掛ける。「こんにちは」「…」 ヒカルが声を掛けても返事は返ってこない。絶対に口を聞いてやるものかときゅっと唇が閉じられていた。「お店のものはお金を払わないと勝手に持って行ってはだめなのよ。知らなかったの?」「そんなこと知ってる!」「知ってるのに勝手に持って帰ろうとしたの?」 子どもはぷいと横を向いてしまうが、その小さな手は強く握りしめられていた。その時、ふいにハワードが子供の傍に座り込んで声を掛けた。「何か事情があるのでしょう。話してはくださいませんか?」 少し後ろに下がりながら戸惑う子どもににこりと人好きのする笑顔を向けて、尚も言い募る。「私にも年の離れた弟がいるのです。あなたを見ていると、つい懐かしくなってね。ご両親はいらっしゃいますか?」「…お母さんはいない。お父さんは病気になったからって、会社をクビになったんだ。ぼんやりして、めそめそして…。だから」「そうでしたか。病院には行きましたか」「行ったよ。行ったけど、原因が分からないって言われたんだ」「そうか。それは大変でしたねぇ。」 ハワードが子供の背中をさすっていると、ミシェルが声を掛けた。「ねえ、もしかして、あなたはグランディから来たの?」「うん」「グランディというところに何かあるのですか?」 ヒカルがミシェルに問う。ミシェルは美しい瞳に陰りを乗せて「そうなの」とつぶやいた。ミシェルは連れていた執事に声を掛け、少しの生活費を子供に渡した。「お大事にね。気を付けて帰るのよ」「あ、ありがとう。あの、お名前を聞いてもいいですか?」おずおずと顔を上げた子供に、ミシェルは微笑んだままそっと首を横に振った。そのまま皆に促されて子供は帰っていった。 邸宅に帰ってくると、ミシェルはジョージと相談して、ヒカルに事情を話すことにした。「王女様にはお恥ずかしいところを見せてしまったようですね。ミシェルが言ったように、グランディという村には今奇病がはびこっています。もう3年目になるでしょうか。この季節になると、頭がぼんやりして、鼻水がとまらなくなったり、くしゃみがとまらなくなったりする者が増えるのです。それはもう仕事どころではない様子で」 ジョージは頭を抱えていたが、ヒカルはその症状に覚えがあった。きっとハワードも。ちらりと視線を送ると、やはり同じことを考えていたのか、ハワードもヒカルに視線を送っていた。「ウェリントン公爵、私が異世界で育ったということは、もう公になっていることなので隠しませんが、その異世界にも似たような症状の病気があります」「そ、それは本当ですか!」 ジョージはしがみつくようにヒカルに問いただした。王国内のいろんな地域の高名な医者を呼んでも原因も治療方法も分からなかったのだと言う。ハワードが花粉症の症状や原因について説明すると、ジョージには思い当たることがあるようだった。「グランディの南に4年ほど前から広い畑が出来たのです。茎を干して土産物の材料にするのだとか。もしやそれでは…」「もし、可能であれば、その植物の生産をやめるか、別の場所に移した方がいいんじゃないでしょうか」 ヒカルはそういいながら、ハワードに助言を求めた。「風向きにもよりますね。花粉が飛ぶ季節の風向きを調べたら、どこで栽培するのがいいか分かってくるのではないでしょうか? 薬については、一度シルベスタ様と相談してみます。」「そうですか。ありがとうございます。分からないことだらけだったので、大変助かります」 食後、ハワードはヒカルの魔力を借りて王城に転移した。薬の調合などは専門家からも助言してもらうためだ。そのハワードが出かけている間に、ジョージの弟がウェリントン領に顔を出した。「よぉ! 今日は近くまで仕事に行っていたからちょっとよらしてもらったよ。おや、今日は客人が来ているのか?ずいぶん若くてかわいいお客さんだね。やぁ、こんにちは。これはうちの領土で採れたオレンジだ。よかったらみんなでどうぞ」 陽気な弟はどさっとオレンジの入った箱を置くと、楽し気に話し出す。ヒカルやベスが驚いているのもお構いなしだ。「今日は東部の商工会があってね、ルクセン伯爵にも久しぶりに会ったよ。まあ、あのパーティー以来ずいぶんとおとなしくなっていた。いやはや彼はずいぶんとやりたい放題だっただろ?周りもほっとしているんじゃないか? そういえば、彼は男色の気があると言われていたけど、あの美形の執事は最近見ないなぁ。あの執事も彼の毒牙にかかった口だろうかねぇ。かわいそうに」「おい、女性の前で言う話じゃないぞ」 ジョージに言われて「しまった」と顔をしかめた弟は、「では、お先に失礼するよ」と帰っていった。ハワードさん、大丈夫だったのかしら。ミシェルにオレンジを勧められて口にしたが、酸味と微かな苦みがあって、ヒカルの心を一層締め付けた。つづく
April 28, 2022
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REALIZE 2第1章 南の地で気づく心配事馬車に揺られてまだ見たことのない街にやってきた。先ほどからカーテン越しにも辺りがまぶしいのが分かる。ヒカルがそっとカーテンを引くと、目の前には春の日差しをきらめかせた海が広がっていた。 異世界日本で生まれ、父であるアラン王太子殿下とともにアイスフォレスト王国にやってきたヒカルも15歳になっていた。薄茶の巻き毛は淑女らしく波打ち、アラン譲りのうすいとび色の瞳も健在だ。日本にいるときは身分を隠し、コーヒー専門店を小学生だったヒカルと二人三脚で営んでいたアランも、今ではすっかり王太子としての仕事が板についてきた。この旅は、そんなアランと魔術の師匠であるシルベスタが、ヒカルに指示したものだ。「うわぁ、まぶしい! でもきれい」「海ですね。もうすぐ、今日の目的地に到着しますよ」 ヒカルの隣で一緒に窓の外をうかがっていたハワードが説明する。ハワードはヒカルと同じ世界から突然何者かに召喚されてきた売れっ子俳優だ。実はその人気は日本にも届いていて、ヒカルも彼の大ファンだった。腰まで伸ばしたうすい金髪を後ろで束ねた、水色の涼やかな瞳が印象的な青年だ。本来は大魔術師シルベスタの執事として働いているが、今回は主の命を受け、ヒカルの教師役として旅を共にしている。そして、アイスフォレスト王国南部のこの美しい街はアランの護衛である第一騎士団長ジーク・ウェリントンの父、ウェリントン公爵の領土だ。 ヒカルがこの世界にやってきて初めてのパーティーでも、ぜひ自分の領土に遊びに来てほしいと声を掛けられていただけあって、きれいな海岸や点在する島々、港町の家々はみな白い壁に色とりどりの鮮やかな屋根がメルヘンチックな風景だ。 ウェリントン公爵邸に到着すると、初老の執事が数人の侍女を連れて出迎えてくれた。「ようこそおいでくださいました。中でウェリントン夫妻がお待ちかねです。」「素敵なところですね。気温も暖かいし、海辺の景色も素晴らしかったです。」「喜んでいただけて光栄に存じます。ここは漁業も盛んですので、後程、おいしい魚料理を楽しんでいただきます」 屋敷の奥へと案内しながら、どうぞごゆっくりと扉を開けて促した。扉の向こうでは、ウェリントン公爵夫妻が満面の笑みを浮かべて待っていた。「よくいらっしゃいました。ジークから連絡をもらって今か今かとお待ちしておりました。」「まぁ、ワンピース姿も愛らしいわ。王女様、ぜひゆっくりしていってくださいね。」 この旅のメンバーは4人。ヒカルとハワード、そしてヒカルの護衛のリッキーと侍女のベスだ。旅の間はあまり身分を表に出さずにいようと、4人は動きやすいよう、軽装にしている。「あの帰還パーティーの時から、いつか訪れてみたいと思っていたのです。ほんとうに素敵なところですね。今日からお世話になります。」 先ほどの執事が指揮をとり、4人の荷物が運びこまれる。ウェリントン公爵は自ら客室を案内してくれる。広いベランダが設えられた客室はゆったりとして心地よい。「うわぁ、素敵!」ヒカルはすぐさま窓を全開にして、ベランダからの景色を楽しんだ。潮風が頬に当たって心地いい。「夕食は私たちとご一緒していただきます。それまでごゆっくりお寛ぎください。皆さんのお部屋は後程執事がご案内します。」 公爵は、どこかジークによく似た慈愛に満ちた笑顔でリッキー達に語り掛けると、部屋を出て行った。「俺たちの分まで一人に一部屋ずつ用意してくれるなんて、団長の家は太っ腹だなぁ。」 護衛のリッキーことリカルド・マイヤーは第一騎士団に所属していて、ジークは直属の上司だ。そのジークに指名を受けて、ヒカル王女の護衛に当たっている。リッキーが初めてヒカルに出会ったのは、異世界日本で行方不明になっていた王太子殿下を探しに行った時だった。その時の縁があって、王女様と護衛騎士、専属侍女、執事というバラバラな立場の4人は、すっかり打ち解けたお茶のみ友達でもあった。「こちらには3日ほどお世話になる予定です。夕食までまだ時間がありますし、街中を散策されますか?」 ハワードに誘われて、ヒカルも二つ返事で出かけた。美しく整えられた道路、きれいな街並み、観光地として栄えてきたのだろう、土産物屋も人当たりよく穏やかだ。美しい貝殻を拾ったり、岩場にカニを見つけたりして楽しんだ。館に帰ると湯あみを済ませ、魔術師としてのローブに着替えて夫妻との晩餐に参加した。本人にあまり自覚はないが、王城魔術師のシルベスタが恐れるほどの魔力の持ち主だが、今はシルベスタの下で修業中なのだ。「王女様は魔術師でもあらせられたのですか?」「ふふふ、あなたご存じなかったの? ソフィア王妃様から散々自慢されていたのよ?」 楽し気な夫婦の会話に王妃の名前が挙がるほど、公爵家は王族と親しいのだ。「この若さで王宮魔術師として認められているなんて、本当に素晴らしいですわ」「シルベスタ先生の教え方が上手なんです」 ジークの計らいか、4人は同じテーブルで一緒に食事を楽しむことが許されていた。「ヒカル王女様、そのペンダントはもしかして…」「ええ、お守り石のペンダントです。」「噂はかねがね伺っています。リカルドさんを守ったというお守りアクセサリ―ですよね。」ミシェル・ウェリントン公爵夫人は興味深々の様子で話していたが、ふとリカルドに目を向けて言う。リカルドは慌てて頷いた。「そういえば、リカルドさん、息子は厳しくしていない? 無理なことは言ってないかしら」「はい。団長にはほんとに良くしていただいています。面倒見がいいから、騎士団のみんなからすごく慕われているんですよ。」「そう、それなら良かったわ」とミシェルが胸をなでおろした。「あの子は気が優しいのはいいのだけど、不器用というか…。なかなかいい人にも出会えなくてね。」「ミシェル、彼らにそんな話をしても困ってしまうだろ。そうだ、君たちの事は聞いているよ。いいご縁があって、良かったね。ジークにもだれかいい人がいたら紹介してやってくれ」 ジョージ・ウェリントン公爵は、そんなに焦っている様子もなく、朗らかに笑いながらそう言った。「そうだわ。明日の夜にはジークも休暇を取って帰ってくるの。それまでに、街中にお買い物に行きましょう。今、うちの領地では、シーグラスを使ったアクセサリーが流行っているのですよ。王女様もきっとお気に召しますわ」 次々出てくる海産物はどれも新鮮でおいしい物ばかりだ。明日の買い物の約束をして、たのしい食事を終えると、それぞれ部屋に戻っていった。ヒカルは、そっと海側の窓を開ける。穏やかな波の音が心地いい。海を渡ってきた風が湿り気のある独特の空気を運んでくる。「なんだか落ち着くなぁ。海って、そう言えば行ったことなかったかも」「ヒカル王女様の以前お住まいだったところは海が近くになかったですよね」 ヒカルは、ベスが就寝の時間を言ってくるまで、波の音を聞きながら、ぼんやりと波に揺れる月の光を見つめていた。つづく
April 27, 2022
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そう、気が向いたら掲載しますなんて言いながら、ぼちぼちこの流れでREALIZE 2 も お届けしたいなぁと思っています。私の作り方としては、だぁ~~っと勢いで書き(なんか勝手に登場人物が動き出すので、必死で追いかけてる感じですが。。)、ちょっと落ち着いてから読み返して手直し。。いやだってね。せっかく作ったプロットなんてまるで無視してわーっと引っ掻き回すような人がいたりするのですよ。それがいい味出すこともあれば、全部没にしちゃうこともあって。ふぅ、まったく。だから、出来上がってから少し自分を冷静にさせて、再度読み返して手直しするのですが、まだまだ冷静ではないので、ちょっと心配です。。。では、ぼちぼち載せますので、よろしかったらこちらも楽しんでいってください。
April 27, 2022
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長いこと、読んでいただいておりました「REALIZE」もとうとう完結いたしました。長すぎる!ダラダラしてる!いつまでやってるんだ!などのお叱りはどうかご勘弁を。作者本人は、すっかりハワードさん推しになっておりまして、家族にも呆れられております。実は、なかなか完結できなくて、末っ子プチしんたに、「いい加減にしなさい!」と叱られる始末でして、仕方なく、「REALIZE 2」を書き始めた次第でして。。。(まったく懲りてないですね)って、実はその「REALIZE2」も書き終わりました。(おい)まあ、2の方は、ややスイートな内容になっておりますが、気が向いたら掲載予定です。
April 26, 2022
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最終章 新しい旅へヒカルはトランクに荷物を詰め、身支度を整える。今日から国内を視察に回るのだ。連れて行くのはベスとリッキー。ガウェインとソフィアには前夜に挨拶を済ませている。15歳になったヒカルは、シルベスタの指示で、国内を回って世の中をより理解するための旅に出ることになったのだ。「お父さん、それでは出発します。」「うん、気を付けて行っておいで。だけどヒカル、本当にこれでよかったのかい」 まだ未練の残るアランは、成長した娘がまぶしくも切ない。この旅の間に、ガウェインが用意してくれる別館にヒカルの住まいを移すことになっているのだ。それはアランの新しい生活のためでもあり、ヒカルの魔術師としての生活のためでもある。「今日は会えなかったけど、シャルロット先生によろしくね。帰って落ち着いたらお二人をお茶にご招待しますね」「はぁ、ヒカルは親離れが早すぎるよ」 アランの嘆きなど聞こえていないかのように、笑顔のヒカルが出かけていく。「行ってきまーす」 馬車の乗車口では、リオン夫妻とウィリアム、ジーク、クランツ、シルベスタが見送りに来ていた。「随分、簡素な馬車だな。王室の馬車でなくていいのかい?」 リオンが心配そうに問うがヒカルは気にしていない。「ええ、だって王室のマークが入っていたら、皆さん普段の生活なんか見せてくれないでしょ?」「なるほど、考えてるな」「ヒカルちゃん、これ、焼き菓子なの。旅のお元にどうぞ」「やったー! レイナ叔母様のお菓子大好き。ありがとうございます」 大喜びのヒカルを心配気に見つめているのはジークだ。何か言いたげにしながら押し黙っている。「ジーク殿、どうされました?」「い、いえ。何でも…」 ウィリアムに心配されながら、ジークは握りしめていた箱をリッキーに手渡した。「怪我と病気に対応できるよう、薬を準備しておいた。くれぐれも頼んだぞ、リカルド、エリザベス」「「はい」」「では、行って参ります」ヒカルが手を振ると、馬車が動き出す。「ヒカル、私からの餞別は後で追いつくからね」「え?あ、はい。ありがとうございます」 シルベスタが声を掛けるのをかろうじて聞きながら、そのまま馬車はスピードを上げ、王城から離れて行った。「王女様、そんなに簡素な服装で良かったのですか?」 いつもドレスに身を包んでしとやかに暮らしていたジュリアーナと比べると、動きやすいワンピース姿は物足りないと感じるベスだった。「新しいお住まいには、ドレスもたくさんご用意していますのに」「ふふ、旅に行くときは動きやすいのが一番よ。一応ドレスも持ってきているでしょ?いざとなったら魔術師としてのローブも持ってきたしね」 この旅にでることは、シルベスタからの提案だった。魔術の師匠であるシルベスタに言わせると、視野を広げ、あらゆることを見聞きしておくことは魔術師にはとても重要なことなんだとか。はじめは渋っていたアランも、それを言われると首を縦に振るしかなかった。シルベスタからは王宮魔術師の証として、大き目のペンダントとローブが与えられていた。「あれ?あの人は…」 ぼんやり外を眺めていたリッキーが声を上げた。ヒカルとベスもそちらをうかがうと、旅行鞄を持ったハワードが手を振っていた。「ハワードさん…」 ヒカルは口元を手で押さえて、感極まっていた。御者が馬車を止めると、ハワードの荷物を預かって、決められていたかのように荷台に積み込む。そして、ハワードは馬車のドアをあけ、恭しく頭を下げた。「お久しぶりです。 シルベスタ様から王女様の旅のお世話係を仰せつかりました。」「…」「ふふふ、王女様は嬉しすぎて言葉が出ないみたいですね」 ヒカルは恥ずかしくなってベスにしがみついている。「では、座る場所を変わりましょうね。ハワードさん、こちらにどうぞ。王女様、お手をお離しください」 ベスの腕を握りしめているヒカルの手をメリッと引きはがして、笑顔のベスがさっさとリッキーの隣に移ると、「では」とハワードがヒカルの隣に落ち着いた。どうにも落ち着けないヒカルを見かねたリッキーが、まるで気にしていないように別の話を持ち出した。「それにしても、ここしばらくはずいぶん忙しそうでしたね。俺たちも、何度かお茶会に誘おうとしたんですが、団長から控えるようにと言われてたんです」「そうだったんですか。お気を使わせましたね。実は、シルベスタ様から、ヒカルの執事として動けるように学びなおすように言われていて、貴族の家系や社交のマナーや国の歴史などを一気に覚えなければならなかったのです。」 それを聞いたリッキーとベスは思わず引いてしまった。「うげ、ウソだろ。そりゃ無茶だ」「なかなか大変でした。私には俳優として貴族的な所作やある程度のマナーは知っていましたが、ことアイスフォレストとなると、少しずつ違ってくるので反って覚えるのに苦労しました。ですが、時折やってくる私の栄養剤があったので、乗り切れました。」 そういいながらそっとヒカルに視線を移した。それに気づいたヒカルはゆでだこになって、顔を手で覆ってしまった。「王女様が熱心に便箋を選ばれていたのは、そういうことだったんですね。」「お願い、もうその辺で勘弁して。恥ずかしすぎる」 馬車内に笑い声があふれていた。 その頃、王の執務室にシルベスタがやってきた。「ヒカルはもう行ったのか?」「ああ、元気に旅立ったよ。今頃ハワードが合流しているころだね。それにしても、ほんとにそれでよかったの? アランが結婚を決めたことは良かったけど、必ず跡継ぎが生まれるとは限らないだろ?」 シルベスタはさっさとソファに座り込んでくつろいでいる。ガウェインもそれにつられてソファに移動してきた。「まあな。ヒカルが遺伝の種の術を掛けられていると分かって、その術が短命を呼ぶと知った時、この娘だけは思い通りの人生を歩ませてやりたいと思ったんだ。そうでなくとも、異世界日本でアランが暮らしていけたのは、ヒカルのおかげだ。 しかも、驚くほどの魔力と魔術のセンスを持ち合わせていて、それを国のために使うと言うじゃないか。」「ああ、確かにね。僕はてっきりあの魔力はデビリアーノの術によるものかと思っていたんだけど、術が解かれても変わらなかったからね。」 侍女が紅茶を持ってやってくると、それに合わせてソフィアも現れた。「あら、あなたも来ていたのね。あの子たち、行ってしまったわね。」 ソフィアもソファに腰を下ろして、少し寂し気な表情を浮かべた。「王妃殿下はかわいい孫が行ってしまって寂しそうですね」「もう、シルベスタはいつも意地悪ね。私、思い出していたのよ、昔のことを。この地にやってくるまで、私が劇団の団員だったことはご存知でしょ? 旅の劇団だから、一緒にサーカスまがいのこともやっていたのよ。私は猛獣使いのソフィアと呼ばれていたわ。いろんな国を旅して、あなたたちの騒動に出くわしたのよ」「ああ、そうだった。ソフィアの鞭はすごかったよなぁ」「そうだったね。僕はてっきり劇団を装った軍隊かと思っていたよ」コホンと咳払いをして、ソフィアが二人を睨む。「旅をすることはいいことよ。視野も広がるし、多くの経験を積めるわ。それに、長い旅の中では、外面の良さも続かないでしょう。本当の自分と向き合い、相手の本当の姿とも向き合うことになるわ。帰ってきたときどんな顔をしているか、今から楽しみね」3人は紅茶を手に、それぞれが思う未来に思いを馳せた。おしまい。
April 26, 2022
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数日後、ヒカルはアランやジーク、リッキーとともに王の執務室に集まっていた。そして、シルベスタ指導の元、ヒカルによってデビリア―ノが召喚されていた。 小さく貧弱な姿に召喚器具が巻き付いている。異世界に召喚されていてもデビリアーノはやはりふてぶてしい。玉座から鋭い視線を感じながらも精一杯の虚勢を張っているようだった。 「お前はボーグに成りすましていたそうだが、ボーグ本人はどうした?」 邪魔くさそうな態度に、リッキーが思わず剣の柄を握るが、それを鼻で笑いながら知らないと言い張る。すると、突然召喚器具がぎりぎりと小さくなっていく。「う、く、苦しい」「ヒカル、制御だ」 シルベスタの指示でヒカルが制御の魔術を使う。緩めるのではなく、止めるだけだ。「うう、緩めてくれ。息ができない」「…」 ヒカルがゆるめる様子を見せないと分かると、とたんにパタリと倒れて意識を失ってみせた。だが、そんなことに騙されるヒカルではない。「先生。もう少し締め上げた方がいいですか?」「そうだな。いつまでもくだらない茶番に付き合っていられないよね。もういっそのこと…」「分かった、分かったから!俺が殺したんだよ。ここの転移技術がお粗末だったから、ちょいといたずらして違う場所に転移させたんだ。んで、おっさん、めちゃめちゃ焦ってたから、まあコーヒーでも飲みなって、毒入りを飲ませたわけさ。」「なんだと!」 リッキーは怒りで震えている。それをジークが押さえていた。「陛下の前だぞ。控えろ」 その時、転移省捜査課の人間が慌てた様子で執務室に現れた。「お取込み中失礼いたします。陛下、ご指示いただいていた例の国からの返答がきました。」「うむ」 差し出された書類に目を通して、再びガウェインはデビリアーノを睨みつける。「ジャンマルコ3世。それがお前の名前か。」 はっとするデビリアーノに対して、ガウェインは書類を読み始める。「この者は、デビリアーノの王族に当たるが、多くの国の魔素鉱脈を奪い取り多くの人の命を奪い、私利私欲にまみれた王族の恥さらし。よって、王族としての地位をはく奪するものとする。なお、貴国にその身柄があるのであれば、いかような償いを要求しても自国は干渉しないものとする。 となっているが、どうする、ジャンマルコ3世?」 立っていられないほどに足がガタガタと震えだし、しまいには膝をついてうなだれた。「もう、二度とこのようなことをしないと誓えるか。」「誓う!誓うから、許してくれ」 床に這いつくばって懇願する姿を見て、ガウェインが頷いて立ち上がろうとした。その時、隣に座っていたソフィアがすっくと立ちあがってジャンマルコ3世の前に立ちはだかった。「つまり!あなたはあの時のデビリアーノに間違いないってことよね?」 その場にいた皆が、一斉にその妖艶な王妃に注目する。マーメイド型のスレンダーなドレスに身を包んだソフィアは、パシンっと鞭を一鳴らしして、獲物を見つめる蛇のように微笑んだ。「デビリアーノ族がどれだけいるのか分からないけれど、その文面からは明らかに、私たちと戦ったあの時のデビリアーノに間違いないってことだわ。覚えていないとは言わせないわよ。あの時、もう2度とこの国に関わらないと約束したのに、これはいったいどういうことかしら。」 言い終わるが早いか、鞭がしなりデビリアーノに叩きつける。「やめて、やめてくれよ。なんだよ、この女。誰か止めてくれぇ!」「残念だけど、ここにいる人はみんな、一緒に鞭を使いたい人ばかりよ。」 どこまでも冷静な表情でヒカルが言う。シルベスタとガウェインが、ぼそっと呟く。「これは、ハワードには見せられないな」「やっぱり祖母に似たんだろうか…」 そのあと、しばらくいっそすがすがしいほどの鞭の音が鳴り響き、デビリアーノは転移させられていった。 デビリアーノがボーグの遺体が埋められている場所を白状したので、リッキーはすぐさま、日本に転移して亡骸を回収することが出来た。そして、ボーグの葬儀は国葬となり、多くの要人に見送られることになった。 葬儀の全ての段取りが終り会場を後にするリッキーにベスが寄り添った。「ベス、俺も騎士団の人間だから、伯父さんみたいに危険なことになるかもしれない。それでも、…それでも」「リッキー、私、もうずいぶん前からリッキーが騎士団の団員だってことは知ってるわ。それに、ヒカル王女様の爆発事件の時にも、その危険は味わったもの。今さら怖気づいたりしないわ。私は、これからもリッキーの傍にいる。それが私の望みなんだもん」 ニカッと笑うベスに思わずリッキーがしがみついた。「こらこら、お嬢さんにしがみつく奴があるか。相手は侯爵令嬢なんだぞ。もっと丁寧に扱いなさい」 ボーグの弟でもあるマイヤー子爵は、そんな風に窘めながらも、この度の事件解決に関わった息子を誇りに思っていた。「フォリナー侯爵殿には、一度ご挨拶に行かねばならないな」「じゃじゃ馬ですので、もらっていただけるなら父もどんなにか喜ぶでしょう」 ふいに横を通り過ぎながら、さらりと呟くウィリアムがいた。 執務室に戻ったガウェインに、一通の書類が届いた。そこにはデビリアーノ族の王族からの正式な謝罪と大量の魔石を送ったということ。そして、最後にジャンマルコ3世は死刑となり、その刑は執行されたと記されていた。つづく
April 25, 2022
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「あの時、デビリアーノが言った言葉を。遺伝の種を植え付けたら、仕事を終えて早々に死んでしまうはずだったと。まるでそれが当たり前に植え付けられたルールかのように。だとしたら、ヒカル王女様にもそんな危険が孕んでいるのではと思ったのです。私には、魔術の心得も魔力もありません。王族や貴族のような地位もない。ここではただの異世界の人間です。だけど、それでも王女様をお守りしたいのです!」 こぶしを握り締め、懸命に訴える青年を無下にすることは、アランには到底できなかった。「王女様もきっと気づいていらっしゃるのです。だから、もし、突然死が訪れたとしても後悔しないように、自分のしたいことを素直におっしゃるのだと思います。今まで、王女様は我慢なさりすぎだったのです。」「冗談じゃない! こんな宴などしている場合ではないじゃないか!」 突然席を立って、アランは声を荒げた。「殿下、お待ちください。もう陛下も動いていらっしゃると主からは聞いております。私への指令は、ここしばらくのヒカル王女様の心労を癒し、ご自分の思い通りに行動されるのを手伝うことです。そして殿下が妃を選びやすい環境を整えろと言われております。」「あっ…」 ぽすんっと再び椅子に腰を下ろして、アランは茫然としてしまった。ヒカルのことが心配で視野が極端に狭くなっていたと気付いたのだ。「殿下、どうか私が王女様の傍にいることを、今この時だけはお許しください。ご心配なさらなくとも、王女様ももう数年もすれば、ご自分の立場を理解され、選ぶべき未来を見つけられるでしょう。どうかそれまでは…。」 懇願する水色の瞳には、娘を奪おうという野心などどこにもなかった。ただ愚直なまでに、ヒカルを助けたいと、それだけを訴えている。「デビリアーノについては、主もすでに陛下と策を講じているようです。明日にもご報告が上がると思われます」「そうか。」 アランはそういうと、噴水の向こう側で薔薇の香りを確かめている愛しい娘の姿に目をやりながら、答えた。「しばらくヒカルを頼む」「承知いたしました」 アランはそっと席を立つと、近くにいた侍女に薔薇ジャムのムースと紅茶を2人分持ってくるように言って王宮に帰っていった。「あら? お父さんは?」 バラ園を回って戻ってきたヒカルが不思議そうに言いながら、椅子に腰かける。それを見計らったように、薔薇のムースと紅茶が運ばれてきた。「殿下が二人で楽しむようにと声を掛けてくださったのです」「ふーん、お父さんも一緒に食べればよかったのに。お父さんって、実はスイーツ大好き人間なのよ」「ふふ、そうなんですか。殿下は甘いのが苦手なのかと思っていました。」 そんな二人を双眼鏡で覗きながら、満足げな様子のシルベスタは、ガウェインにどうだと言わんばかりの笑顔を見せた。「ほうらね。うちの執事はやるときはやるんだよ。アランとも堂々と渡り合い、二人の時間を死守したんだからね。」「そうか、ヒカルもそんな年頃なのか。ジュリアーナの嫁ぎ先も決まってしまったし、寂しくなるな」 ガウェインは肩を落として愚痴る。シルベスタはそんなガウェインを無視して続ける。「そろそろ昼の部はお開きだね。夜会までに着替えておかなくちゃいけないだろ。ハワードも今夜は王子様みたいに着飾らせてヒカルをもてなしてやらなくちゃ。」「その役目、俺がやってはダメか?」「ガウェイン、ダンスの相手はせめてアランの後にしてやってよ。だいたい君にはソフィアがいるじゃないか。」「はぁ、まあな。ところで明日の手筈は整っているのか? デビリアーノを召喚するとは聞いているが、ただ召喚したところで本当の事は言わないだろう?」 シルベスタはにんまりとほほ笑んだ。「準備は出来ているよ。ここでヒカルに掛けられた術を解かないと、次はないだろうからね」日が暮れて、夜会の時刻が迫っていた。 ヒカルはベスに着付けをしてもらっていた。ふんわり透き通るジョーセットの生地を幾重にも重ねた夢見るようなドレスは、襟元が薄い水色に、ウエストから下は徐々に濃い青へとグラデーションになっている。髪は結い上げられ、ハワードにもらった髪飾りで留めている。耳の前に一筋髪を残し、きれいに巻き上げて躍らせる。「王女様、いかがでしょう?」 姿見の前に立ち、全体を映し出すと、つぼみが開くようにふわっとほほ笑んだヒカルを見て、思わずベスが目を見開いた。ヒカルの中で何かが変わったのが分かったのだ。その時、ドアがノックされハワードがやってきた。 ハワードはキリリと引き締まった黒の燕尾服で、襟元はシルバーのサテンに切り替わっている。胸元のチーフはヒカルのドレスに合わせた水色で、長い髪は後ろで束ね、前髪を後ろになでつけている。「ハワードさん、王子様みたい。とっても素敵」「姫、今宵、私にエスコートすることをお許しください。」 そんな二人を嬉しそうに見ていたベスは、はたと気づいて退室を申し出た。「では、失礼いたします」 ベスが部屋を出ると、ヒカルの目に力がこもる。「ハワードさん、お願いがあります。もしも、デビリアーノが掛けた術で、私が夜会を台無しにするようなことをしそうになったら、どんなことをしてでも止めてください。そのために私が死ぬことになっても構わないです。でも、もしそんなことになるなら、私を殺すのはハワードさんであってほしいの。」「ヒカル! なんてことを言うんです。私は、私はあなたを… いえ、絶対に守ります。」 ハワードはたまらなくなって、小さな体を抱きしめた。ヒカルはその背中にそっと手を回して、優しい胸に耳を当てると、ドキドキと早めの鼓動が聞こえてくる。驚いて顔を上げると、困ったような恥ずかしそうな瞳がこちらを見つめていた。 ハワードは抱きしめていた両手でヒカルの耳をそっと塞いで胸に押し当てると、「ヒカル、あなたを愛しています」とつぶやいた。「さあ、そろそろ参りましょうか」 気分を変えるように声を出すと、ハワードはさっと手を差し出した。その手に自分の手を預けるヒカルの頬は、ほんのり桜色になっていた。つづく
April 23, 2022
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春の宴の日がやってきた。爽やかな水色のサテンに白のレースがちりばめられたドレスを身にまとい、アランのエスコートでヒカルが会場にやってきた。帰還のパーティーのような夜だけの会ではなく、昼間は王城の庭園を惜しみなく開放して春の訪れを楽しみ、夜は華やかなダンスパーティーを楽しむ宴だ。王城の庭園には春の風が吹き抜け、季節の花が所せましと咲き誇っている。「アラン王太子殿下、ヒカル王女様、ごきげんよう。」「シャルロット先生!ごきげんよう」 ヒカルが親し気に挨拶した先には、指導者らしい落ち着きのあるドレスを着た女性が微笑んでいた。「やあ、あなたは確か、ヒカルのマナー教育の…」「ええ、そうです。シャルロット・パーカーと申します。王女様もずいぶんと淑女らしくなられましたわね」「先生のおかげですよ。」「そうだと嬉しいですわ。あの…もし、よろしければ、お庭をご案内いただけないでしょうか?こちらの庭園に来るのは初めてなんです。散策しながら今後の講習の進め方などお話させていただきたいのです」シャルロットはヒカルにちらっと合図してアランのエスコートで庭へと歩き出した。ヒカルは嬉しそうにそれを見送ると、すぐさま庭に面したオープンテラスに駆け込み、シルベスタの控室へと向かった。「おいおい、すごい勢いだな」「シルベスタ先生、ごめんなさい。だけど…」 少しはじらうしぐさをみせるヒカルに、シルベスタはにやりと笑ってハワードを呼び出した。「おーい、姫君がナイトをお呼びだよ」奥からやってきたハワードは、紅の騎士そのままのような貴族の装いだ。「もう傷は大丈夫?」「はい、主に見ていただきましたから。ご心配をおかけしました。では、お手をどうぞ」差し出された手にそっと自分の手を預けて、二人は連れ立って春の庭に出かけて行った。庭園を歩きながら、ふっと笑みがこぼれる。アランにはシャルロットの企みは分かっていた。シャルロットにもアランが気づいていることは分かっていた。「殿下もお父さんなんですね。でも、ご自分の人生も楽しまないといけませんよ。子供に幸せになってもらいたいなら、あなた自身が幸せにならなくちゃ。」「いやぁ、私にはヒカルがいるからね」 シャルロットは足を止めてアランを見つめた。「ヒカル王女様からは、お父様が子離れできなくて、自分の幸せを諦めてるのが心配だって、伺いましたわよ?」アランは目を見開いて驚いた後、大きなため息をついた。ヒカルは何もかもお見通しかと嘆いてみせた。「ふふふ。殿下、本日はかわいい教え子の企みに乗ってくださって、ありがとうございました。では、私はこれで」東屋に戻ってくると、シャルロットは美しい淑女の礼をしてその場を後にする。その潔いまでの後ろ姿に、アランは思い直してシャルロットを引き留めた。「あの、もしよろしければ、夜の部で私にエスコートさせていただきたいのですが」「まぁ、殿下!私でよろしいのですか? では、支度をしておきます」「ありがとう。では、後程馬車でお迎えに伺います」ハワードのエスコートで、庭園をゆっくり回るヒカルは、いつもより少しおとなしい。「どうかしましたか?」「ううん、なんでもないの。今こんな風にハワードさんと腕を組んで歩いているのがなんだか夢みたいで」「そうですね。本当に。こんな風に穏やかな気持ちで春の花を楽しめるときがくるとは、先日まで思いもしませんでした。ヒカルのおかげですね」 え?っと驚いたように隣を見上げると、春の風にあおられて薄茶の巻き毛が舞い上がった。ハワードは笑いながらその巻き毛を整えて胸元から銀の髪飾りを取り出した。「姫、こちらを。主にお願いして、守護の魔術を封印してもらいました。」「わぁ、きれい。間で光っているこの粒はアクアマリン? ハワードさんの瞳の色とそっくりね」 屈託なく笑うヒカルに、目を見開いて頬を染めるハワードは慌てて言い訳を募る。「風が出てきましたので、少しまとめさせていただいてもよろしいですか?」「はい、ではお願いします。」 柔らかな薄茶の髪に手櫛を入れて、ゆるやかなハーフアップを髪留めで留める。「よくお似合いです。では、今度はあちらのバラ園に行ってみましょうか」 気恥ずかしさを隠すようにハワードが提案すると、後ろから「そうだな。私も付き合ってあげよう」と声がかかった。「お父さん!」「殿下!」「そんなに驚かなくてもいいだろ。ヒカル、お父さんが案内してあげるよ」「お父さん、シャルロット先生は?」「先生は夜のダンスパーティーに参加されることになったよ。」「本当に?! やった!」 満面の笑みを浮かべた後、小さくガッツポーズを決める。「ありがとう、お父さん。私のこと、ちゃんと見ていてくださるから、シャルロット先生が大好きなの。じゃあお父さん、バラ園に連れてって。ハワードさん、行きましょう」「え? あ、そうだな」 恐縮するハワードの腕をつかんで、ヒカルは楽し気に、少し肩を落とした父に続く。ミニ薔薇のアーチをくぐると、あちらこちらにテーブルが設えられ、みな思い思いに花を楽しんだり、お茶を飲んだりしてた。 その中央にある噴水を眺められる席にアランが二人を呼び寄せた。「ヒカル、少し話しておきたいことがあるんだ。」「どうしたの、改まって」 まだあどけなさの残るその表情を、隣で静かに見守る美しい青年に、アランは嫉妬しそうになって、ぐっと堪えた。「お父さんが王太子だってことは知ってるだろ? 王太子になったってことは、次の王様になるってことなんだ。ヒカル、もし、お父さんが誰かと結婚することになったら、どう思う?」「王様は次の世代を残さなくちゃいけないんでしょ?紅の騎士でも、王様は貴族の人と結婚してたよ。次の王様になってくれる子供を産まなくちゃいけないんだって。」 少し寂しそうな瞳が父親の視線を避けるように影を落とす。「お父さんがもし結婚しても、ヒカルの事は大事に想っているから心配しないで…」「違うの! ハワードさんがやってたあのかっこいい王様が結婚したのがとっても悲しかったの。しかも好きでもない貴族の女の人と結婚したのよ。だから、だからね。お父さんが結婚するときは、ちゃんと好きな人と結婚してほしいの。」「ヒカル…」 3人のテーブルを優しい春風が横切った。ヒカルが頬にかかった髪を払うように首を振ると、アクアマリンの髪飾りがきらりと光ってアランを驚かせた。「ヒカル、悪いが少しハワード君と話をさせてくれないか」「分かった」 ヒカルは、ハワードに目線で挨拶してバラ園の中を歩きだした。その可憐な後ろ姿を柔らかなまなざしで追う美麗な青年を咳払いで振り向かせてアランが問う。「ヒカルがつけていた髪飾りは君が?」「はい、僭越ながら、シルベスタ様にお願いして、守護の魔術を封印していただいた宝石をちりばめたものをご用意いたしました。」「ご丁寧にありがとう、だが、前にも言ったがヒカルにはまだ…」「殿下。おぼえていらっしゃいますか?」 珍しく自分の言葉を遮って問いただすハワードに、一瞬ひるんでしまう。つづく
April 22, 2022
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第7章 乗り越えるべき課題 アイスフォレスト王国では、ソフィア指導の下、春の宴の準備が刻々と進められていた。街中もいよいよお祭りムードだ。アイスフォレスト王国では、王族主催の春の宴に合わせて、一般庶民も街を上げてお祭りをする。 そんな賑わいの中、王の執務室にはガウェイン、ソフィアをはじめとした7人がそれぞれの成果を共有していた。「ルクセン伯爵令嬢は、あの帰還パーティー以来姿を見せていないようです。噂では、暴走して馬車ごと湖に落ちたとも言われていますが、遺体はあがっていないそうです」 リオンは気まずい思いを隠そうともせずそっぽを向いた。「王子、それはあなたの責任ではないでしょう。レイナ嬢にあれだけの失礼を働いたのですし、誰かが馬車に罠を仕掛けたわけでもない」 きっぱりと言い放つウィリアムだが、どうにも後味の悪い結果だ。ソフィアはウェリントン公爵夫人に依頼してライオネル子爵令嬢について調べてもらったという。ライオネル家の令嬢は、相変わらず思い込んだら突っ走る性格のままだそうだが、最近小さいころから世話をしていた乳母が自殺して、思うところがあったのか、少しはおとなしくなってきたとのことだった。「それにしても、アランはどうしているのかしら」「リカルドからは、何度か中間報告が入っています。異世界日本のご自宅には、王太子殿下が到着されたと思われる痕跡がいくつかあったと。しかし、先日は、殿下が殺人の罪に問われているうえ、どうやら怪我をされたらしいと報告がありました。ヒカル王女様が大変ショックを受けられていて、翌日には収容されいてる病院に向かうとのことでした」 その場にいた全員が少なからずショックを受ける中、ソフィアが腰に手を当てて怒り出した。「いい加減にしなさいよ!婦女暴行の次は殺人なの?そんなわけないでしょう。女の子に追い掛け回されて半泣きになっていた子が人を殺めたりするものですか!」「しかしだなぁ…」 ガウェインが宥めにかかろうとしたとき、急にジークの水晶玉が光り出した。「団長!大変です。ハワードさんが大けがをしてしまって、すぐにヒカル王女と一緒にそちらに転移させてシルベスタ様の治癒魔術を依頼しろと王太子殿下のご命令です!」「分かった!すぐに手配する!」 ジークが素早く部下に指図すると、すぐさま担架が用意された。そして、目の前には息も絶え絶えのハワードと懸命に名前を呼ぶヒカルが現れた。「ヒカル、少し離れて! 私に任せなさい」 シルベスタが両手の平をハワードにむけて魔力を送り込む。不安に震えるヒカルはソフィアに抱きとめられた。「大丈夫よ。シルベスタならきっと助けてくれる」「何があったんだ!」 慌てたガウェインが叫ぶが、「そんなことは後よ!」と一括された。ソフィアはヒカルの肩をそっと抱きしめて、大丈夫を繰り返す。そうこうしている間もシルベスタの魔力はどんどんハワードを包み、出血を止め、傷口を癒していく。 浅かった息はゆっくりと穏やかなものに変わってきた。 やがてシルベスタは、ハワードの容体が落ち着いたので近くの客室に寝かせて引き続き治癒魔術を施すと言う。痛々しい姿から離れられないヒカルはシルベスタに説得され、自室に戻ってきた。ほんの2,3日留守にしていただけなのに、まるで自分の部屋のような気がしない。ソファに突っ伏して不安に駆られるヒカルに、ベスが香りのよい紅茶を運んできた。「王女様、以前の爆発の時、王女様やリッキーは今のハワードさんのような状態だったのですよ。だから、王女様のご心痛、理解しております。だけど、シルベスタ様がこんなにきれいに傷一つなく治してくださったじゃないですか。今は、あの偉大なる大魔術師さんの腕を信じてみましょう。」 優しく微笑んでいるベスが、少し無理をしているように感じたヒカルは、はたと気が付いた。まだ終わっていない。アランもリッキーも帰ってきていないのだ。「ごめんね、ベス。私、自分のことばかり考えてた。今から陛下のところに行ってくるわ。日本で起こったこと、きちんと報告しなくちゃ!」 気持ちを切り替えたヒカルは、王の執務室へと急いだ。そして、日本での出来事を克明に伝えた。「デビリアーノがボーグさんに成りすまして、父上を襲ってきたのです!そこで私の事を出来損ないといい、教育しなおすと言って拉致しようとしたのです。ハワードさんは私を助けようとして…」「ヒカル、よく頑張りましたね。では、アランの疑いは晴れているのですね。」 頷くヒカルを見て、その場のみんなはほっと息をついた。そんなヒカルを部屋に戻して、ソフィアは微笑んでいた。「ソフィア、ご機嫌だな」 なにがそんなに嬉しいのかと不思議そうに様子をうかがうガウェインに、「分からないの?」と返す。「ガウェインは相変わらず鈍感だなぁ」 ハワードの治療を終えて戻ってきたシルベスタがにんまりと笑った。「いじらしいじゃないか。あれは初恋だね。しかもハワードもまんざらでもないみたいだし」「ええっ?そうなのか。う~ん…」「あら、浮かない顔ね」 複雑な表情のガウェインの顔を覗き込んで、ソフィアが言う。「あいつがな。ちゃんと受け入れることが出来るかどうか…」「そうね。一人で必死に育ててきたんですものね。だけど、手を離さなくちゃだめよ。アランにはアランの立場と責任があるもの。いい機会かもしれませんわ」 ドアがノックされ、ジークがやってきた。「もうすぐ王太子殿下とリカルドが帰還するとのことです」 言うが早いか、目の前にアランとリッキーが姿を現した。「お、おい、リカルド。食事中に転移するとはどういう了見だ」「え?あ、いや、違うんです。すぐ食べ終わりますから」 ジークに注意されて、リッキーは慌てて手元のプリンを掻き込んで食べ終わった。「ヒカルは無事ですか?」 それどころではないアランは、早速娘の居所を確認する。ガウェインとソフィアは思わず顔を見合わせた。「心配ないよ。ハワードも治癒魔術が終わって、落ち着いている。ヒカルには自室に戻ってもらっている。それどころか、さっきまで日本での詳細を説明してくれていたんだよ」「そう、でしたか。それなら良かった」 ソフィアは呆れた様子で心配性な息子をたしなめる。「12歳の少女が国のためにと懸命に事情を説明してくれているのに、王太子たるあなたは自分の気持ち優先ですか?」「まあ、仕方がないな。男親とはそういうもん…」 ガウェインの言葉はソフィアのするどい視線によってさえぎられた。「今回の春の宴でも、何人もの貴族の令嬢が出席するわ。あなたもいい加減に相手を決めなければね」 ソフィアにくぎを刺されて、アランは言葉も出ない。「あのそれで…。ヒカルの乳母の件ですが、…」 気を取り直してアランが状況を説明する。リッキーから、偽物のボーグに接近されたことを聞いたガウェインは沈痛な面持ちでリッキーを労った。 シルベスタから受け継いだ召喚器具をうまく装着させることができたと聞いて、ガウェインは早速召喚しようと言い出した。「いえ、今はまだいいでしょう。」「そうだね。あれは嘘をついたらどんどん縮まっていく器具だから、こちらに危害を与えないと約束させたならしばらくは大丈夫だろう。それよりも、帰らない父親を心配し、次には殺人犯にされそうな父親を心配し、けがをした父親を心配し、最後にはデビリアーノと対峙したんだよ。少しはあの子にほっとできる時間をあげたいじゃないか」 アランの言葉を引き継いだ割には、この魔術師、なかなかに厳しい現実を突き付けてくる。「ふふふ、シルベスタもすっかりヒカルのファンになったのね。」 楽し気なソフィアに、ちらっと片眉をあげ反論する。「いいえ、あの子はきっと私の後継者になる。王太子殿下のお相手が決まったら、子離れできない父親から離れて、手に職をつけないかと、誘ってみようと思っているんだよ。」「ほお、それは名案だな」「そうね。あの子には魔術師の素質が十分にあるわ。シルベスタが後継に選ぶのなら、その地位も確立されるでしょうし。あとは、優柔不断な父親次第ね」 両親の視線を浴びて、アランは大きなため息をついた。どんなに言われようとも、この世界の女性たちにはちやほやされすぎてしまったのだ。この外見や地位ではなく、自分自身を見てくれる女性など、あったこともない。つづく
April 20, 2022
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リッキーが帰ってきたのは午後2時を過ぎたころだった。カウベルの明るい音とは対照的な真剣なまなざしで入ってくると、二人に話があると声を掛けた。「率直に言う。伯父さんは、たぶん、偽物だと思う。もしかしたら、もう…いや、今はそんなことより、二人には気を付けてほしいんだ。伯父さんは厳しい人で、俺のことをリッキーとは言わない。それに、昨日ここに来た時、なんだかカバンが重そうだったから調べたんだが、魔石がどっさり入っていた。ヒカルが部屋に置いていたビーズの粒と似ていたから、食事をしている間に1/3を残して他はビーズと入れ替えておいた。で、どうして店の中に突っ立ってたんだ?」 帰ってくるなり矢継ぎ早に報告を終えると、我に返ったように二人を見比べた。「なんだかね、ダイニングに魔術の気配がするから、店内にいようってことになったの。」「殿下から、ここでの話がどうやら筒抜けになっていると言われて、調べてもらったんです。そうだ、ヒカル。さっきの病院からの電話、スマートフォンで取りましたか?」「ええ、そうだけど…でも、ダイニングで取ったわ。どうしよう!」 リッキーとハワードの目が合った。行動は迅速に。すぐさま3人はタクシーを拾って病院に駆け付けた。 病室に駆け込むと、すでにボーグがアランの横に立っていた。「お父さん、大丈夫?」「おやおや、結局お見舞いに来たのですか?そろいもそろってゾロゾロと」 にやりと笑うその表情は、昨日一緒にいたボーグとはまるで別人のようだった。よく見ると、アランの腕は不自然に後ろに回されている。「ああ、ヒカル王女。こちらにどうぞ。殿下がお待ちかねですよ」 不自然な態度に身構えるヒカルを魔術で拘束すると、満足げなボーグは勝ち誇った様に笑い声をあげた。「まったく、お前のような出来損ないは教育しなおさなければならないな。なぜ術式を受け入れない?魔力だけ横取りするなど、もってのほかだ」「何の話だ!ヒカルに何をした?」 リッキーが詰め寄ろうとするが、結界が張られていて近づくこともできない。見えない鎖で後ろ手に縛られたような格好のヒカルはずるずるとボーグの元に引き寄せられる。 ハワードが結界の壁を叩くがびくともしない。「ヒカルを離せ!」 アランは叫びながらもナースコールのボタンに体をにじり寄せるが、ボーグにコンセントを抜かれ、蹴り飛ばされて壁に激突した。「ぐはっ!」「お父さん、大丈夫?!」 床に倒れこんだままボーグをにらんだアランは、はっと目を見開いている。ヒカルがその視線を辿ると、さっきまで結界の壁になっていたものが、一気にハワード目掛けてするどい突起を伸ばし、ハワードを串刺しにしていた。「くっ!」 「ハワードさん!」 結界を壊そうと殴り続けていたハワードが血まみれになっている。 リッキーは両手を突き出して掌に意識を集中している。魔素のないこの国で魔術を使うのは大きな負担だ。じわじわと魔力はたまっていくが、リッキーの額には冷や汗が流れている。「ちくしょー!」 リッキーの手のひらから鋭い光がボーグを差す。強い光に目がくらんで一瞬強く目を閉じたヒカルが再びそっと辺りを見渡すと、魔力を使い果たして倒れているリッキーに、ボーグが何やら術を仕掛けるところだった。「いや、もうやめてー!!」「うるさい!」 ボーグはヒカルに絡めている見えない鎖をぐいっと引き寄せて締め上げた。「ヒカル…!」 床に血だまりを作っていたハワードが、ジワリと這い寄ってボーグの足にしがみついたが、蹴り飛ばされて動けなくなった。「イヤー!!」 その瞬間、ハワードはヒカルの瞳が真っ赤に染まるのを目撃した。ヒカルの叫び声はその場にいたすべての人の聴力を奪い、魔術という魔術を全て無効化してしまった。ギギ、ギギギ。小さな魔石がはめ込まれていた義手は、意識を取り戻したハワードが動くたび、金属のきしむ音を立てる。「ヒカル、大丈夫か?」「お父さん!あの人は?」「やっぱりそうだったか。ヒカル、あれはデビリアーノという小人族だ」 目の前には小人のような男が不機嫌そうにイスの陰に隠れている。後ろからその背中をグイっと掴んでロープでぐるぐる巻きにするリッキーがいた。「やっと効いてきたか! お前の魔石はほとんどが偽物だ。もう悪さはできないぞ」「そ、そんな。泥棒!返せよ!もう、なんだよ。人の邪魔ばかりしやがって!だいたいお前が術を跳ね返したのが悪い!俺だって手荒な真似などしたくなかったんだ。そのままおとなしく地下鉱脈をこちらに渡していれば良かったんだ。」 縛られて身動きの取れないまま、それでも男の態度は横柄だ。「平田はお前たちの手下か」 リッキーに助けられながらベッドに横になって、アランが問いただす。「手下?まさか。あれは駒だ。遺伝の術を使ったのだから、仕事をしたらさっさと死んでくれたらよかったのに、あいつはしぶとく生きていやがったから、始末するはめになったんだ。ほかの連中はおとなしく死んでくれたのに」 忌々し気な様子で愚痴るデビリアーノに誰も言葉を返せない。「もういいだろう。こんな魔素のない国に長居したくないんだ。魔石は取られるし。」 リッキーをにらみながらふてくされるデビリアーノに、はたと思い立ったヒカルはポケットから金のチョーカーを取り出して渡した。一か所が蝶番になっていて、カチッとはめるタイプだ。「ごめんなさい。お詫びのしるしにこれをあげるわ。ネックレスみたいにつけるのよ。なかには魔力が込められているから、これであなたの世界に帰れるわ」「変な物じゃないだろうな。ほう、魔力がたっぷりだな。」デビリアーノが用心深くチョーカーを見ていたが、魔力不足のデビリアーノにはたまらない代物だ。早速クビに付けるとキーンという高い音とともにわっかが一体化して継ぎ目が無くなった。「それは、先生からもらった召喚器具よ。これでいつでも呼び出せるわ。嘘をついたらチョーカーが短くなるから、気を付けてね」「だましたな!!ちくしょー!」 そう言い残したまま、そのわずかな魔素を使って、デビリアーノは逃げるように転移していった。「ヒカル、大丈夫か?」「ハワードさん、大丈夫?」 アランとヒカルの声が重なった。先ほどまで気丈にふるまっていたヒカルだったが、足元から震えが這い上がっていた。それでもハワードにしがみついて声を掛けている。「ハワードさん、しっかりして!お父さん、どうしよう?ハワードさんの出血がひどいよ。」「ヒカル…。」 魔力の多くを使い果たし、ふらつきながらも倒れている青年に寄りそう娘に、アランは胸が痛くなった。「あの、ハワードさんとヒカル様に先に転移してもらって、シルベスタ様に見てもらった方がいいのではないでしょうか」 リッキーも緊張した面持ちで言う。意識を失い息も浅くなっている青年の名を呼びながら、ヒカルの目から大粒の涙が零れ落ちた。「分かった。では先に二人を転移させよう。リッキー、すぐにジークと繋いでくれ。シルベスタさんにも診てもらう様に頼んでくれ」 リッキーがすぐさま水晶玉を取り出して、ジークと連絡を取り合い、さっそく二人が転移できるよう手配が整えられた。「お父さん、ありがとう。行ってきます」「… そんな、お嫁に行くみたいに言わないでくれ、ヒカル」 それを聞いてわずかにほほ笑んだヒカルの残像を残して、二人は転移されてしまった。「リッキー、悪いが退院を早めてほしいと頼んできてくれないか?」 アランはそういうと、そっとベッドから立ち上がって荷物を片付け始めた。ほどなく、退院の手続きが終り、リッキーに助けられながら、アランは病院を出ることが出来た。「このまま転移されますか?」「いや、持ち帰るものがあるから家に帰るよ」 荷物を整理して、アランは店内、住居部分を丁寧に見回した。ダイニング辺りで感じていた魔術の気配はすでになくなっている。これで安心して戻れそうだ。もろもろのコンセントを抜いて、冷蔵庫を確かめると、なにやらデザートが冷やしてある。「あ、うまそうですね」「どうせ傷んでしまうだろうから、食べてから帰るか」 男二人でキレイなガラスの器に入ったプリンを食べる。病室での出来事を思うと、滑稽だが幸せな時間だ。「ヒカルが作ったのかな。うまくできている」「いや、ハワードさんだと思いますよ。あの人、何やらせても器用だから。でも、大丈夫だったかなぁ。はぁ、あんなに美形なのに、ヒカルの事となると突然不器用になるし」 思わずプリンを食べる手が止まってしまったアランだったが、気を取り直して食べきった。「シルベスタさんが診てくれたら大丈夫だ。さぁ、食べ終わったら帰るぞ」「え、まだ途中なんですよ。待ってくださいよ」 どうにも落ち着かないアランは、プリンを持ったままのリッキーを引き連れて、さっさと転移してしまった。つづく
April 19, 2022
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翌日、約束通りハワードは警察病院にアランを訪ねていた。着替えをロッカーに入れ、ベッドサイドのスツールに座ると、ボーグに聞いた話を伝えた。アランからは、こちらに転移してからの情報を聞かされ、二人は考え込んでいる。「今回殺された平田は、やはりヒカルのベビーシッターだった。うまく誘い出してアジトを突き止める予定だったんだが、思わぬ邪魔が入って逃げられてしまったんだ」「思わぬ邪魔?ですか」 おうむ返しに尋ねるハワードに、ちょっと言いにくそうなアランが答える。「まぁ、ファンってやつだよ。君なら経験あるだろう。こちらにしたら見ず知らずの人だが、向こうはすっかり知り合いのつもりで親し気に話してくる人種。」 はぁ、と疲れた表情の王太子に憐みの視線を送る。ああ、確かに。以前はそんなことばかりだった。プライベートなんてないに等しい。「突然目隠しされて、恐怖で体中が硬直したよ。まあ、店によく来てくれていたお客さんだったんだけどね。それからしばらくは平田を見失ったあたりで調べていたんだ。そうしたら、偶然、平田の勤務先が分かったんだよ。普通の会社に勤めていた。何気なく周りに聞くと、やはりわがままで身勝手な性格だと口をそろえて話していた。そこで、同僚だという女性から気になることを聞き出したんだ。平田は昔、どこかの国の王女を教育する係に選ばれていたと豪語していたというんだ。赤ん坊の時からの英才教育だと話していたそうなんだ」「ベビーシッターをしていたってことですか? だけど、私がヒカル様と一緒にこちらに来た時、ベビーシッターの会社に電話したら、こちらからの申し込みは翌日にはキャンセルされたと言われました。」「なんだって?! それじゃあ、僕がその会社に電話しているときに、すでに奴らはその行動を見ていたってことか。そんなことは平田本人も言ってなかった。ハワード君、どうも嫌な予感がする。今からすぐうちに帰ってヒカルを守ってくれ。もし、ヒカルに出来そうなら、魔術の気配がないか確かめさせるといい。」 真剣な表情に背筋がピンとなる。「承知しました!」 ハワードが急いで準備していると、思い立ったようにアランがハワードの腕をつかんだ。「ハワード君、あの子を守ってほしいけど、まだ、その…、まだ取らないでくれ!」 次の瞬間、ハワードはゆでだこのように真っ赤になってしまった。「な、な、何の話ですか? 取るだなんて、あ、あの方は私などには手の届かない尊い存在です。第一、あの方の倍以上も生きている私が振り向いてもらえるとは思えません」「だけど、気になってるだろ? 忘れないでくれ、まだ12歳なんだ。まだ僕のかわいい娘でいてほしいんだ。」「…分かりました。彼女の事は、私たちが絶対に守ります」 ハワードは愛する娘を取られそうな哀れな父親の手をそっと外して握手すると、ヒカルの元へと急いだ。 ハワードが去ったすぐ後に、再び来訪者があった。「失礼します。森亜蘭さんですね。捜査のご協力ありがとうございました。無事、犯人が捕まりました。ご家族がお見えになるようなら、明日にも退院できますよ」「犯人の名前をうかがっても?」 刑事は一瞬ためらったが、今日の午後のニュースには公表されてしまうことを思い出し、答えることにした。「平田太一郎。被害者の夫です。どうも被害者は金遣いが荒かったようで、我慢の限界だったようです。では、お大事に」 よくある話、と刑事はあっさり切り上げて行った。欲望のまま行動するあたり、やはりデビリアーノだったのだろうか。アランは思いめぐらせながらスマートフォンを取り出した。「ただいま戻りました。」ハワードが帰宅すると、ヒカルが満面の笑みで飛び出してきた。「ハワードさん、お父さん退院できるんだって!今、連絡が入ったの!」「そうでしたか。では、明日は病院にお迎えに行きましょう」 さりげなく、室内を確認して、ハワードは静かすぎることに気が付いた。「リッキーはどちらに?」「それが、久しぶりに会えたからってボーグさんに会ってくるって、出て行ったの。」「それは、いつ頃ですか?」「ついさっきよ。もうすぐハワードさんが帰ってくるから私はお留守番してくれって」 リッキーがヒカルを一人にしてボーグさんを訪ねるのは違和感がある。嫌な予感がじわじわと心を埋め始めていた。「ヒカル、この店内や住居部分に魔術を使った気配を感じるところはないですか?もし出来そうならでいいのですが、 殿下から調べてもらう様にと言われています」「お父さんが? ん、ちょっと待ってね」 ヒカルはゆっくりと店内を回り、それぞれの部屋、そして厨房をめぐってダイニングを調べ上げた。固定電話の前に来た時、ヒカルの顔色が変わった。「もしかしたら、この辺りかも…。」 つぶやき始めるヒカルを不意に引き寄せ、ハワードが明るい声で言う。「そうだ、ヒカル。あの紅の騎士の本を見せてよ」「え?いいけど…」 そのままぐいぐい奥へと連れていかれながら、ヒカルにもピンと来たようだった。そして、自分の部屋に来ると、じっと気配を確かめ、ほっとした表情になる。「ここは気配がないのですね」「うん、あの固定電話のあたりだけ、気配というより、今も何かがのぞき見しているみたいだった。」「やっぱり…」 ヒカルはハワードに問いかける視線を送る。何も知らされないのはずるい。「殿下から伺ったのですが、どうやら殿下がこちらで調べていることなどが筒抜けになっていたようなんです。それで、家の中を調べてもらえと言われたのですよ。それと、失礼かもしれませんが、私はどうもボーグさんに違和感を覚えます。異世界の病室で殿下などと呼ぶのはおかしいでしょう。あの場にいたみんなが、平民らしい呼び方をしているのに。それに、王妃様のことを嫌っているような言い方も気になりました。」 ヒカルが眉を寄せる。掌をぎゅっと握りしめて、ハワードを見つめる目が不安に揺れている。「大丈夫です。リッキーはなんとなく気づいているようでした。だから、今日の外出にヒカルを連れて行かなかったんだと思います。明日には殿下も退院されます。あと少しの辛抱ですよ」「分かったわ。何日も待ち続けていたんだもん。1日ぐらい平気よ。さて、お昼ごはん、サンドウィッチを作ろうと思うの。手伝ってもらってもいい?」「はい、承知しました。」 気持ちを切り替えて上を向くと、ヒカルは元気に立ち上がった。けなげな後ろ姿に胸が締め付けられる。ハワードは小さな後ろ姿を見守りながら、そのあとに続いた。つづく
April 18, 2022
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その場にいたすべての人があ然となるほど、男性は取り乱しベッドにしがみついて泣き出した。案内してきた警備員が心配そうにとどまっている。気が付いたアランが、「大丈夫です」と目で合図すると、気になりながらも部屋を出ていった。「ボーグ、久しいなぁ。元気そうで安心した」「はい、あのような事故が起こるとは思いもせず。ニュースを見て馳せ参じました」 リッキーがそっと寄り添い背中をさすると、驚いたように振り向いたボーグは再び泣き出した。「ああ、ありがとう。」「伯父さん、俺が分かる?リッキーだよ。俺も第一騎士団に入団してるんだ。みんな伯父さんのこと、心配してるよ」 ボーグは嬉しそうにリッキーを抱きしめると、「リッキーなのか?!大きくなりやがってこいつめ」と頭をわしゃわしゃと撫でまわした。「ボーグ、とりあえず2,3日はここにいるだろうから、ヒカルと一緒にうちの家で待っててくれ。その間にこれまでの事情をリッキーから聞いておいてくれ。ハワード君、悪いがボーグの話を聞いたら、着替えをもって明日にでももう一度ここに来てくれないか?」「承知いたしました」 ヒカルはもう一度アランの傍に行くと、釣り上げられた右足にそっと手を添えた。「痛いの痛いの 飛んでいけ! はぁ、治癒魔術が出来たらよかったのに、ごめん。お父さん、早く元気になって戻って来てね。ハワードさんがここに来るとき、一緒に来てもいい?」「いや、ヒカルはボーグたちの世話を頼む。ハワード君はもともとこちらの世界の人だから、大丈夫だ」 ヒカルはちょっと意外だった返答に戸惑った様子だったが、「わかった」と答えるにとどまった。お父さんがそういうってことは、何か考えがあるのだ。するどいヒカルには、父の纏う雰囲気が微妙に変わったことが感じとれたのだ。 4人で病院を出ると、ボーグが慣れた様子でタクシーを呼び止めた。ヒカルがスーパーに寄ってほしいと提案して、帰り道に買い物を済ませることになった。「それで、ヒカル王女様はお料理もできるんですか?」「あの、王女様っていうのはここではやめてください。じろじろ見られてますよ。簡単な物なら。お父さんがお仕事で疲れちゃうから、買い物とお料理は私の仕事だったんです。」カートにてきぱき商品を入れていくヒカルに、ぞろぞろと後ろを歩く男たち。買い物を済ませると、再びタクシーに乗り込み、珈琲専門店ハーフムーンへと帰ってきた。「ほう、これが殿下の経営されていた店舗ですか。なかなか立派ではありませんか。」 店の前で感慨深げに眺めるボーグを中に入るように勧めると、ヒカルは早々に食品を冷蔵庫に片付ける。台所が手狭なので、今日は店内で食事を摂ることにした。 ヒカルが台所で準備をするというので、ハワードが手伝いを申し出た。その間にリッキーは今までの事をあらかたボーグに説明した。「じゃあ、本当にあの子は王太子殿下の子どもなのか。まあ、陛下が認めているのなら、間違いないな。それにしても、そんな高貴な人に食事を作ってもらうとはなぁ。」「そんなことより、伯父さんは今までどこでどうしていたんだよ」 リッキーが少し怒ったように問いかけたとき、ヒカルがトレイをもってやってきた。「ご飯できたよ。ボーグさん、ここは日本です。私はこのコーヒー専門店の子どもです。大したことはできないですけど、召し上がってください」「いやぁ、すまないね。私もここの生活が長くなってしまって…」 後からきたハワードが紅茶を淹れて持ってきた。みんなが座ったところで、食事を摂りながら、ボーグは今までの事を話し始めた。「あの日、転移先の予定地を大きく反れて、私が到着したのはここから電車で5時間あまりの場所だった。帰りの指標を示す水晶玉や持参していた魔石は全部私が持っていたから気が気じゃなかったよ。しばらくは、宿も取らずに王子を探し回っていたんだ。だけど、どこにも手がかりがなくて、仕方なくアルバイトをしながら転々としていた。今は、ここから2駅先のアパートで暮らしている。もう1年になるかな。そろそろここもダメだと思って、次の場所に引っ越そうと思っていた時にあのニュースを見たんだよ。」「ええ、じゃあ、殿下たちとは入れ違いだったんだ。」 ボーグはため息交じりに笑って見せた。「そうらしいな。さっきお前さんの話を聞いて驚いたよ。こんなに近くに来ていたのに、会えなかったとはね。」「お父さん、お店が忙しくて買い物以外で外に出ないから。」 慰めるようにヒカルが言うと、穏やかな笑顔が帰ってくる。「それにしても、こんなに立派な娘さんがいるとはなぁ。陛下や王妃は驚いただろう?」「陛下には、ソフィア王妃に似ているって、すぐに認めてもらえました」「ふふ、ということはあの女…いや、失礼、王妃がかみついたのか?相変わらずなんだな」 ボーグは楽し気に呟く。ヒカルは慌てて否定した。「ちょっとだけですよ。でもそのあと、すぐ認めてもらえたんです。今はシルベスタ様の元で魔術師の修行中です。」「ええ、あの気まぐれで残忍は魔術師シルベスタ・サーガが指導しているのですか?それはすごい!」「ここにいるハワードさんは、シルベスタ様の執事をしているの。」 急に紹介されて、ハワードは丁寧にお辞儀をすると、ハワード・スミスですと名乗った。「ハワードさんはもともとこちらの世界の俳優さんだったんです。それが、突然召喚されて…」「ほう、そうでしたか。だからあのような変装を。」 なるほど、と頷くボーグにハワードが続ける。「実は、アイスフォレスト王国には突然召喚されていたんです。いろいろあって、今はシルベスタ様の元で暮らしています。今回はヒカル王女の転移の付き添いにと、リカルド君共々やってきた次第です。」 その美麗な姿はカジュアルなジーンズと綿シャツ姿でも様になっている。先ほどもできるだけ目立たないように眼鏡をかけ、帽子の中に美しい髪をまとめていたのだ。その左手を見て、ボーグは痛々し気にその表情を見やった。「あ、これは。召喚された時、襲われたようで、実はシルベスタ様に助けていただいたのです。この手が動くのは魔石か魔素のある世界だけなんです。今回私は元の世界にかえってきたわけですが、もう、以前住んでいた国には戻るつもりはありません。気の合う仲間もいてくれますしね」 ちらっとリッキーとヒカルに視線を送ると、二人から二カッと笑顔が帰ってくる。それを見ていたボーグは、ほほうと、あごを撫でて頷いた。「さて、私は一旦家に帰るよ。殿下が退院されるときには呼んでくれ」「伯父さん、俺、駅まで送っていくよ」 リッキーは嬉しそうにボーグに続いた。「リッキー、うれしそうだったね。」「ええ、そうですね」 二人を見送りながら言うと、ハワードの答えがなんだか上の空のようで、ヒカルはちらっとハワードの顔色を窺った。それに気づいたハワードは慌てて笑顔を返す。「でも、殿下がご無事でよかったですね。」「うん、ハワードさん、ありがとう。とても心強かったです」 吸い込まれそうなとび色の瞳が、じっとハワードを見つめている。手を伸ばしたくなるのをぐっと抑えて、「そうだ!」と思い立ったように声を上げた。「スイーツを作っておいたのです。お茶うけにいかがですか?」 ハワードは冷蔵庫に作っておいたプリンを取り出して、ヒカルに差し出すと、自分は紅茶を持ってきて向い側に座った。「プリン、大好きなの!」と嬉しそうにスプーンを抱きしめて小躍りすると、キラキラした瞳でプリンにスプーンを差し込む。その姿に見とれている自分に気が付いて、ハワードは深呼吸して姿勢を整えた。つづく
April 17, 2022
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駅を降りると、すぐ目の前に目的の店舗は見つかった。とりあえず飲み物を買って座席に座ってみたが、誰かに出くわすこともなく時間だけが過ぎて行った。「一度、自宅に帰りましょう。ジークさんたちと連絡を取って一緒に考えた方がいいでしょう」「そうだな。」「じゃあ、帰りにスーパーに寄って晩御飯のお買い物をさせて」 最寄り駅まで帰ってくると、手慣れた様子でヒカルがカートを押し始める。「二人は食べられないものとか嫌いな物とかある?」 カートを押しながら店内をめぐるヒカルが、まっかなリンゴを手に取った。「リンゴは好き?」「私はラフランスの方が好きですね」「じゃあ、デザートはラフランスね。野菜は平気?」「おい、今かごに入れた緑の奴、あんまり好きじゃないかも」「ピーマン?う~ん、向こうのと味は似てるかなぁ。大丈夫よ。色々食べないと大きくなれないんだから」 ヒカルは楽しそうにピーマンを3つもかごに入れた。「ええー、俺の好みは聞いてもらえないのか…」次々とカートに食品が埋まっていく。会計はスマートフォンを使った電子マネーだ。リッキーはここでも目を見開いて驚いていた。自宅に辿り着くと、ヒカルはお風呂の準備に取り掛かった。「ヒカル、手伝います。何もかも自分でしなくてもいいですよ。長らく使っていなかったでしょうから、ここは私がやりましょう」「ありがとうございます。じゃあ、他の事をしてきます」 ヒカルは、アランの部屋に布団を2人分敷いて、さっさと次の作業とばかりに夕食の支度にとりかかった。「おーい、ヒカル。この箱、どうやって使うんだっけ?」 リッキーは以前に来た時からテレビがお気に入りで、今日も早速テレビの前に座り込んでいる。「リッキー、先に戸棚からお皿出して。」「へいへい」 リッキーはすっかり我が家気分だ。お皿に盛りつけたのはナポリタン。例のピーマンもしっかり入っている。フォークを並べていると、ハワードがダイニングにやってきた。「お風呂の準備、できましたよ」「はは、ご飯ができて湯あみの準備もできて、実家にいるみたいだなぁ」「日本は身分制度がないから、みんな自分でやるんだよ。リッキーは仕事忘れて子供にもどっちゃったの?帰ったらベスに言いつけちゃおう」その一言で大慌てのリッキーだった。 3人はヒカルの作ったナポリタンに舌鼓を打った。ピーマンにおびえていたリッキーも、ご機嫌で食べていた。食器を洗ったり片付けたりはすっかりなじんだ作業だ。ヒカルが黙々と片付けていると、リッキーがいよいよテレビをつけろと言う。異世界日本にしかないおかしな箱は次々新しいお話を繰り広げるので、リッキーはくぎ付けなのだ。ヒカルが洗い物を片付けてハワードがお茶を入れて戻ってくると、ちょうどニュースの時間になった。交通事故のニュース、政治家のニュース、もうすっかり遠い世界のように感じていたヒカルが突然「え!」と声を上げた。画面にアランの姿が映っていたのだ。アナウンサーは淡々と殺人事件の詳細について語っている。「亡くなったのは平田 真理さん(35)。帰宅したところを室内でまちぶせしていた犯人にナイフで刺された模様。現場には、犯人の指紋があり、返り血を浴びた犯人は逃走途中に道路に飛び出し車と接触した。」「お、お父さん」 自分でも驚くほど声が震えていた。どうしてお父さんが人を刺すの?車と接触したっていうけど、お父さんは大丈夫なの?足に力が入らず、ヒカルはその場に崩れ落ちそうになって、ハワードに抱きかかえられた。「ヒカル。大丈夫です。お父さんが亡くなったわけではないんです。明日、警察に行ってみましょう」 12歳の少女にはあまりにもショックが大きかった。ハワードの胸にしがみついて、こらえようとした涙は次々あふれ出した。室内の空気は一気に重苦しいものになた。「とりあえず、明日に備えて今日は休もう」 リッキーが勤めて明るく声を掛けた。ハワードに抱えられたまま、ヒカルは自分のベッドに寝かされた。ベッドサイドに膝をついたハワードがそっとヒカルの手を握って励ます。「ヒカル、不安な気持ちも分かりますが、さっきまで殿下が無事に生きておられるかどうかさえ分からなかったのですから、会いに行ける場所が見つかったと思えば大きな前進です。」「そうだぞ。俺たちはいつだってヒカルの味方なんだから、泣きたい時は泣けばいい」 枕に顔をうずめたまま、ヒカルは頷いた。そのまま背中をゆっくり撫でられているうちに、嗚咽は寝息へと変わっていった。 二人は頷き合ってそっとヒカルの部屋を出ると、アランの部屋へと移動した。ドアを開けたとたん、リッキーが声を上げた。「あいつ…、子供のくせにこんなことまで気が付くなんて」 リッキーはきれいに敷かれた布団に驚いていた。「王太子殿下が侍女も執事もつけずに店舗経営が出来たのは、彼女のスペックのおかげでしょうね」「じゃあ、とりあえず団長に報告しよう」 水晶玉を取り出して、リッキーは早速連絡を取った。 リッキーと並んで布団に横になり、平静を装うハワードだったが、抱き上げたヒカルの華奢なのにふんわりとした感触にドキリとしたことに戸惑っていた。「布団、固いなぁ。眠れるかなぁ」「リッキー、日本は元々そういう生活様式なんですよ。諦めて…。え、もう寝てる? はぁ、羨ましいです。」 ハワードはリッキーに背を向けて横になると、締め付けられる胸をそっとなで、深い深いため息をついた。 翌日3人が警察署に向かうと、アランは警察病院にいるとのことだった。係員に案内されて病室を訪ねると、右足を吊り下げられたアランがぼんやりと窓の外を見ていた。「お父さん!大丈夫?」「ヒカル。どうしてこんなところに…」 言いかけて、後ろにハワードとリッキーを見て取ると、はぁと深いため息をついた。「そうか、長らく帰らないから、心配されたんだな。ヒカル、心配かけてごめん。君たちにも迷惑をかけたな」「そんなことより、お父さんが悪いことしたって昨日ニュースで言ってたよ。どうなってるの?」 ヒカルはベッドにしがみついて詰め寄ったが、アランはなんでもないんだと笑った。「いろいろ調べている間に平田というベビーシッターに会えたんだけど、どうやらその黒幕に見つかったらしくてね。いきなりトマトジュースを掛けられて後ろから押されたんだ。」「じゃあ、返り血を浴びていたって、トマトジュースだったんですか?」 緊張していた肩をすっと緩めて、リッキーが呆れたように呟いた。「ま、ここは警察病院だからいいが、一応、僕が容疑者ってことにして、本当の犯人をあぶりだす作戦らしいから、もう少しここにいることになるだろうね。」 ほっとしたヒカルがハワードと視線を合わせて頷き合った。「何か、必要な物があれば準備してきます。退院まではヒカルさんにもこっちにいてもらった方がいいですよね」「…まだ、ダメだよ。」 ハワードの申し出に答えず、じっとその姿を見ていたアランはぼそっと言葉を漏らした。「え?何が?」 首をかしげて問う娘の髪をそっとなでながら、「いや、なんでもないんだ。お父さんは寂しがりだなぁ」と笑った。 その時、ドアがノックされ、今度は中年の男性が案内されてきた。「殿下!! ああ、やっぱり殿下だ! よくぞ、よくぞ御無事で…」つづく
April 16, 2022
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ハワードからその日の報告を受けたシルベスタは、一人考え込んでいた。手元からは香りのよい紅茶がほのかに湯気を上げている。一口飲んで、思い立ったようにハワードを呼んだ。「ハワード、今日、何かあったのか?」「は?いえ。特には…」「ふむ、こちらも無意識か。今日はリカルドと二人で出かけたんだったな」「はい、途中でリカルド殿の仕事仲間のルドルフ殿も合流されました。ジーク団長の事をとても心配されていて、状況を説明していただいた次第です。」 主の意図がつかめず戸惑いを見せるハワードを、観察しながら続ける。「ほう、一介の騎士団員を王女様の前に連れ出したのか? 騎士団はなかなか女性と交流する機会がないから、浮かれていただろう」「はい、確かに。悪い人間ではなさそうでしたが、王女様をかわいいとか、けなげとか、その、軽々しく…」 ハワードのこぶしが握りしめられているのをちらりと見て、シルベスタは楽し気に笑う。「そうか。そりゃ仕方ないな。ヒカルなら、あと2,3年もすれば、美しい淑女に成長するだろう。さぞやモテるだろうな」「シ、シルベスタ様、私をからかっていますね!」「クックックッ」 シルベスタは耐えきれないでわらい声を漏らした。「いや、すまない。君たちを見ていると、自分が過去に縛られて落ち込んでいるのが馬鹿らしくなるよ。君も知っている通り、この国はまだ若い国だ。身分制度で罰を受けることもない。ましてや、君やヒカルのいた国では、身分制度すらなかったそうじゃないか。伝えたい気持ちがあるなら、伝えるべきだと思うよ。私のように、何十年もくすぶってしまうことにはならないでくれ。」「シルベスタ様!わ、私はそのようなことは…」「はは、気にするな。今日の紅茶が少し渋かったから、余計なことを言いたくなっただけだ。明日はうまい紅茶を淹れてくれよ」 はっとして、失礼しました!とハワードは急いで紅茶を淹れなおした。第6章異世界日本再び 春の宴まで、あと2週間に迫っていた。シルベスタはジークを訪ね、アラン捜索について相談していた。日本に行ったことがある者を向かわせるのが一番だが、まさか王女に行かせることはできないとジークは渋っていた。「では、前回アラン王子を連れ戻したリカルドと、日本に行ったことがあるハワードを護衛に付けよう。それに、先日発表された通信ができる水晶玉を使ったら、中間報告も聞けるだろう。」「しかし、まだ幼い王女が危険な目に遭ってしまっては…」「ジーク、ヒカルは守ってもらうだけの弱い子じゃないよ。こちらに着て1年足らずだというのに、行儀作法も生活様式も、そして魔術も、どんどん洗練されている。それに、あの子は相当な人たらしだ。仲間も多いだろ? そしてなにより、王妃様譲りのあの意志の強さだ。」 そこまで言われてしまうと、反論はできない。ガウェイン王が認めるならとジークはしぶしぶ承諾した。 ヒカルはリッキーとハワードを伴って、懐かしい異世界日本に戻ってきた。「リッキー、水晶玉は持ってる?」「ああ、大丈夫だ。同じヘマはしないさ。それにしても、懐かしいなぁ。」「ここが、殿下がマスターをしていたお店ですか。落ち着きがあっていい佇まいですね。」 カウンターの分厚い天板を触りながら、ハワードが納得する。リッキーはするりと黒猫になって、まだ置いたままになっているクリアケースに収まってみた。「ハワードさん、俺はここでは人気者のアイドルだったんだぜ」「うふふ。リッキーはお客さんに人気あったもんね」「猫カフェ、ですね。でも、猫になりながら、ここで何をしていたんですか?」 ハワードの疑問にヒカルがぷぷっと噴出した。「リッキーは、お父さんを迎えに来てたのに、水晶玉落としたから、傍にいるのにしばらく気づけなかったのよ」「あ~ヒカル、それを言うなよぉ」 3人は笑い合いながら、住居エリアに進んでいく。「ここが私の部屋。あ、机の上に紅の騎士の本とポスターがまとめてある!これ、お父さんが準備してくれてたんだわ。じゃあ、ちゃんとここにはたどり着いたってことよね」 丸めてあるポスターを開いて、リッキーがうなる。「うわぁ、かっこいいなぁ」「それは映画のポスターですね。懐かしいなぁ」「ホントに俳優だったんだなぁ。あ、これが噂の紅の騎士か、後で読ませてもらおう」 リッキーは初めて入るヒカルの私室が珍しくて仕方がない。ハワードにとっても初めての日本の一般的な家なので、珍しそうに眺めている。そのまま台所に向かったヒカルはテーブルにポツンと母子手帳が置いてあるのに気が付いた。パラパラとめくっていくと、アランの文字で電話番号と“ハピネスベビー”と書かれたメモを見つけた。すぐさま二人を呼んで、電話をかけることにする。子供の声では聞いてもらえない可能性があるので、ハワードに任せる。固定電話の受話器を上げると、無事、通話ができる状態だ。メモを見ながら電話を掛ける傍らで、リッキーが目を見開いて驚いている。 しばらくすると、明るい女性の声が出た。「少し、お尋ねしたいのですが…」 12年前にこの会社にベビーシッターを依頼したのだと告げると、調べてくれるという。少しの保留音の後、残念そうな声が出てきた。「申し訳ございません。そちら様からのご依頼は派遣前にキャンセルされているようです。」「あの、以前にも誰か知り合いがお電話したかと思うのですが、…」 ハワードはカマを掛けてみた。「あ、確かに私がお受けしました。たしか、平田さんという方をお探しだったんですよね。でも、こちらでは登録された形跡がなかったのです。お力に慣れず申し訳ございません」 礼を言って電話を切ったが、ハワードの眉間には深いしわが入った。 まさかそんな返事が来るとは。ヒカルはショックを隠せない。その横で、電話におっかなびっくりのリッキーが、「どうなってるんだ?」と、そうっと受話器を耳にあてて、ツーっとなっているのを聞いて驚いて受話器を戻したりしていた。「でも、殿下がお電話されたのは間違いないでしょう。さっきの方は、平田さんという人を探していると言われたそうです」「平田さん? 私は聞いたことがないですね。」 ため息交じりに返事するヒカルの横で、電話をいじっていたリッキーが声を上げた。「おい、なんか書いた跡があるぞ。」 固定電話の横に置かれたメモ用紙にうっすらと文字が浮かぶ。筆圧の強いアランならではのことだ。透かして見ると、アランが日本に着て3日目の日付と隣の駅の駅前にあるファーストフード店の名前が読み取れた。「ここに、行ってみようか」「そうですね。もうずいぶん経ってしまいましたけど、どんなことでここに向かったのか、何か手掛かりがあるかもしれません」 3人は早速家を出て電車に乗り込んだ。「お、おい。これって、大丈夫なのか? ずいぶん速度が速いじゃないか。」 リッキーが小声でヒカルに問いかける。アイスフォレスト王国の世界には電車がないのだ。以前に日本に来ていたはずのリッキーも、駅から見る程度の知識しかない。実際に乗ってみてその速さにたじろいでいるのだ。「リッキー、こちらのポールにつかまるといいですよ。隣の駅なのですぐ着くでしょう」「ハワードさんはやっぱり慣れてるんだね」「いいえ、私も10年ぶりぐらいです。顔が知れ渡ってからは、もっぱら移動は車かヘリでしたから」「クルマ? ヘリ? なんだそれは?」 一気にこちらの文明が襲ってきて、リッキーはオーバーヒート状態になった。つづく
April 15, 2022
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翌日、早朝から出勤しているベスを置いて、リッキーはシルベスタ邸を訪ねていた。呼び鈴に答えたのは、珍しくシルベスタ本人だった。「すみません。急に来てしまって。ハワードさんと相談したいことがあって…」「そうか。じゃあ、ここを使ってくれ。今彼には奥で仕事を頼んでいたんだけど、急ぎじゃないからいいよ。私は奥で休んでいるから、気にせずゆっくりしていってくれ」「あの、シルベスタ様、どうなさったのですか?」 リッキーにもシルベスタの顔色が良くないのが分かった。少し疲れているだけだよと笑う姿さえ、哀愁を誘う。そんなシルベスタがハワードを呼ぶと、力になってやれと言い残して奥の部屋へと下がっていった。主を見送ったハワードは、サルビィの丘から帰って以来食事も進まず、黄昏たような状態が続いているのだと美しい水色の瞳を翳らせた。「ところでリカルド殿、珍しいですね。どうされました?」 トレイに乗せた紅茶と焼き菓子をテーブルに並べながら、穏やかにほほ笑むハワードだったが、どうもこちらもお疲れ気味の様子だ。「ちょっと相談に乗ってほしくて。」 今までのいきさつをハワードに話し、せめてヒカルの力になってやってほしいと頼み込む。「え、あのヒカル王女様が? そうですか。お父様が長らくいらっしゃらないのですもんね」 悩んでいると、奥からシルベスタが現れた。「私が沈んでいるのはプライベートな事だ。どんなに悩んだってどうしようもないことなんだよ。気にしないでくれ。ハワード、どうせこちらの仕事はしばらく足止めだ。ガウェインも王太子殿下が帰ってからまた話し合おうと言ってたし。今は、あの子の力になってやりなさい。」「承知いたしました。では、少し出かけてまいります」 そういうと、リッキーと連れ立って二人は王宮を目指した。王宮の入り口近くまで来ると、リッキーを呼ぶ声がした。「おーい、リッキー! 団長のこと、どうなりそう?俺で役に立ちそうなら言ってくれよ」「ルドルフ! あ、紹介します。こいつは俺と同じ第一騎士団のルドルフです。こちらは、大魔術師シルベスタ・サーガ様の執事のハワードさん。」「よろしく」「あ、ちーっす」「こら! こいつ、俺以上にマナーとかダメなんですよ」 リッキーが出来の悪い我が子を紹介するように言うので、ハワードは思わず笑ってしまった。「これからヒカル王女様のところに相談に向かうところなんだ。団長のことを相談に乗ってもらおうと思って。あ、お前も一緒に行くか? 最近の団長の事分かるだろ?」「え、いいの? じゃあ、一緒に行くよ。」 なんとも不思議な取り合わせが王女の元を訪ねると、すでにヒカルが談話室で待っていた。「ヒカル王女様、急に押しかけてしまい、申し訳ございません。」「ハワードさん、リッキー、いらっしゃい。あの、こちらは?」 ハワードがスマートに挨拶すると、ヒカルも慣れた様子で部屋へと促した。そして、こちらと言われた本人は、部屋の入り口に突っ立って、おろおろしていた。「おい、ルドルフ。早く入れよ」「え、お前、なんでそんなに簡単に部屋に入ってんだよ。大丈夫なのか?こんな豪華な部屋で」「いいから!ほら、ちゃんと名乗らないと」 リッキーにつつかれて、なんとか部屋に入ったルドルフだったが、初めてのことだらけでここでもおろおろだ。「私は、ヒカル・アイスフォレストです。はじめまして」 すっかりいたについた淑女の礼をすれば、ルドルフも慌てて膝をついて名乗りを上げた。「私は、第一騎士団のルドルフ・ベイカーです。えっと、リカルドとは訓練校からの仲間です。ってか、うわぁ、本物の王女様だぁ。」「ふふふ。そうなんですね。どうぞ、おかけください」 ヒカルに促されて、3人はソファに落ち着いた。それなりに鍛え上げた男3人を前に、微笑みを浮かべるヒカルは華奢でどこか頼りなげだ。4人に紅茶を出した侍女はヒカルの合図でそっと席を外した。「ふう、これで普通にしてても大丈夫だよな。」「リカルド殿、それはあまりにも砕けすぎでは?」 ハワードが苦笑いで言うと、ヒカルが反応した。「ううん、いいよ。ここでは王女様だけど、お茶会仲間の間ではそのまま名前呼びしてもらった方が気が楽だもの」「え、あの。王女様相手になんてこと…。リッキーお前、どんだけ顔が広いんだよ」「あれ?お前知らないかったの?俺は今ヒカルの護衛だよ。ま、その前に友達だけどな」「そうなんですよ。私も以前こちらのお二人に助けてもらってから、このように親しくしてもらっているんですが、みんな気さくな方たちです」 リッキーとハワードの説明に、な、なんかすげぇ。とつぶやきながら、まだまだおろおろがとまらないルドルフだった。「ところで、今日お邪魔したのは、ジーク騎士団長のことなんです。ヒカル王女様…」「ヒカル! ヒカルって呼んでください」「えっと、では、ヒ、ヒカル? 最近のジーク団長について気が付いたことはなかったですか?」 リッキーはちらっとハワードを見上げ、ニヤッと笑った。なんで耳が赤くなってんだよ。呼び捨てしたことないのかよ。 リッキーのつぶやきを、咳払いでごまかすと、ハワードはヒカルの答えを待った。「ごめんなさい。私、お父さんがなかなか帰ってこなくて、そればかり気にしていたわ」「多分、ヒカルの前ではちゃんとしてたんじゃないかな、団長も。だけど、団長の執務室では、じっと考え込んだり、うなだれてため息ついたりばっかりしているんだ。今まで時間には厳しかったのに、遅刻してくるやつに注意の一言もないし」 まいったなぁといわんばかりに顎を撫でるルドルフに二人から突っ込みがはいる。「お前は慣れ慣れしすぎるんだよ!」「君、王女様とは初対面だろ。それは看過できないな」 うっす。と簡単な返事で流すルドルフをよそに、ヒカルは心配そうに眉を顰める。「お父さんから話は聞いていたの。陛下やクランツ首相たちとの会議で、もう一度日本に戻って調べものをする必要ができたとかで、事情を知ってるお父さんが向かうことになったの。以前もお父さんが長らく日本に行くことになったのは団長さんが提案したことだったって言ってたから、また異世界に向かわせてしまったと後悔しているのかもしれない。」「だけど、今度は転移の指標になる水晶を持って行ってるはずだろ?それでこちらに帰ることは十分可能なはずだ」「そうね。でも、だから余計に心配してるんだと思う。どうしてお父さんが帰ってこないのかって」 目の前のカップをじっと見つめながら、そこまで言い切ったヒカルの唇はわずかに震えていた。「ヒカル、殿下はそんなやわな男じゃないだろ? 日本に転移したとき一緒に行ったボーグさんとはぐれても、立派にお店を切り盛りしてたじゃないか。きっと何か調べもののヒントを見つけて、追い詰めているんだよ」「え…。あ、そうか。私にとってお父さんはお父さんだけど、ここでは王子様なんだもんね。あんな風に自分でなんでもできるってこと自体、努力してたってことだったんだ。もっと、お父さんを信じてあげなくちゃ。私、団長さんに会いに行ってくる!」 ヒカルが席を立った時、入り口のドアがノックされた。「ヒカル王女様、失礼いたします。」 入ってきたのはジーク第一騎士団長その人だった。「ん? 君たち、どういうことだ?」「あ、えっと…」「ジーク団長。失礼しております」 一礼するハワードには会釈でこたえつつ、リッキーとルドルフに向き直る。「護衛のリカルドは良しとして、ルドルフはこの部屋に入ってよい立場ではないな」「ええー、あのー」 おろおろするルドルフを抑えて、ヒカルが声を掛けた。「ジークさんの騎士団は、素晴らしい人たちなんですね。今日は、最近落ち込んでた私の事を心配して、それに同じように元気のない団長さんの事を励ましたくて、ここに集まってくださったんです。みんな団長さんのことが大好きなんだなあって、思いました。おかげで私、なんだか元気が出てきたんです。一人ぼっちじゃないんだって思えて」「お前たち…。だからと言って、むやみに王女様の部屋にはいるんじゃないぞ、ルドルフ」 ヒカルの言葉に気をよくしたジークは嬉しいような困ったような複雑な様子だった。「ええ、俺だけ?なんでぇ?」 困惑していてもどこか憎めないルドルフに、みんなから笑い声があふれた。 団長も、ベスからヒカルが元気をなくしていると聞いて様子を見に来たのだとのことで、安心したと言葉を残して部屋を出て行った。「今日は突然押しかけた上に、フォローまでありがとうございました。また、いつでも呼んでください。主からもヒカルの力になってやれと許可をもらっています」 ハワードはそういうと、騎士団の二人を連れて王宮を辞した。 帰り道、ふと振り返ってルドルフが深いため息をついた。「ヒカルちゃん、けなげでかわいかったなぁ。」「ルドルフ、お前には手の届かない人だよ」「お前はいいよなぁ、エリザベスちゃんがいるんだからよ。俺も彼女ほしー!でもさ、今日会ったばかりの俺を助けてくれるなんて、もしかして、運命の人だと思われたんじゃないだろうか」「「それはない!!」」「え?」 調子のいいルドルフの言葉にリッキーだけでなくハワードまでもがNOを突き付けた。「失礼。では、わたしはこの辺で失礼するよ。リカルド殿、また次の機会に」「ああ、今日は助かったよ。俺たちじゃ簡単に王女様に謁見できなかっただろうしな。それから、俺のこともリッキーでいいよ。」「俺もルドルフでいいよ」「お前は違う!」 ええ、なんだようと口をとがらせるルドルフをよそに、ハワードは主の邸宅に帰っていった。つづく
April 14, 2022
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王宮を出て4日が経っていた。ペンダントを握り締め、キャロルの気配を感じるものを探すシルベスタだったが、3日目からは雨になった。アイスフォレストから持ち出した魔石も残りわずか。しとしとと降りやまない雨は、大魔術師と誉れ高いシルベスタでも、じわじわと心をえぐられる。―どうしてあの時、手を振り返さなかったんだろうー―どうしてあの時、素直に「そうだね。」って言わなかったんだろうー―どうしてあの時、「待っててね」って言わなかったんだろうー その一つ一つが人生の岐路だったような錯覚に打ちのめされ、シルベスタは大きく枝を茂らせた木の下に座り込んでしまった。「キャロル…今頃自分の気持ちに気づくなんて愚かだね。」 青く光るペンダントを見つめながら、深いため息をついた。雨は降りやむ様子もなく、枝のあちこちからタンタンと水滴がリズムを刻む。「ああ、これはまるでダンスのレッスンのようだな。ヒカルはハワードとうまく踊れるようになっただろうか」 そんなことがぼんやり頭をかすめた。その時ふいに先日のヒカルの言葉がよみがえった。「あ、そういえば、急に雨が降ってこまった時は、全力で雨雲を追い払うおまじないとかしてました。これ、ほんとに効くんですよ!ふふ。」 うん、ヒカルを連れてくれば良かった。あの子なら本当に雨を吹き飛ばしてしまいそうだ。ヒカルのことを思い出すと、なぜだか心の中がカラリと晴れ渡っていく気がする。「よし、もう少し、がんばってみるか」 シルベスタが立ち上がると、見下ろす谷の途中になにやら白いものが見えた。すぐさま近づくと、雨に溶け始めた紙きれのようだ。シルベスタは慎重に周りの土をかき分け、その本体を何とか引き出した。「これは、何かの本だな」ページがバラバラにめくれ半分ほどは泥と水分でにじんでいるが、あの日、キャロルの握りしめていた古文書の表紙と同じ色をしている。シルベスタは大急ぎで荷物をまとめると、再び王宮へ向かった。 王の執務室に先の会議のメンバーが集まった。ここにアランがいないことをみな心のどこかに想いながらも、今は目の前の古文書に集中していた。「やはり大部分が解読できないようですね。」 洗浄と乾燥をすませた古文書を用心深くめくりながらクランツがつぶやく。ガウェインはそれをじっと見つめていたが、ふと思い立って古文書を受け取ると、クランツが見ていたところよりずいぶん先のページをめくりだした。「確か最後の方だっただろ。あ、ここだ。遺伝の種の文字が読み取れる」「ああ、確かに!」 頭を寄せ合い、中を確かめていると、この術を施されたものは通常の魔術には影響されないと記されているのが分かった。「そんな…、ではどうすれば」「ジーク、気持ちは分かりますが、少し落ち着きましょう。わざわざ古文書に記しているのですから、なにか伝えるべきものがあったのでしょう。シルベスタ、あなたもこれを読んだことがあるのでしょう?なにか思い出せないかしら」 鋭い視線がシルベスタに突き刺さる。その後ろで何か言いたげなガウェインは、ふいに振り向いてふんわりとほほ笑む銀髪の妃に何も言えない。「う~ん、確かに何かあったような…」 シルベスタはガウェインから古文書を受け取ると、どんどんページをめくり、最後のページでぴたりと手を止めた。「あった。けど、半分消えているな」 7人の視線が再び古文書に集まった。「亜種を…、探せ? 亜種?」「それじゃまるっきり、ハワードが話していた物語と同じじゃないか」「どういうことですの?」「進化の途中でまったく違ったものに変異することを生態的異変というのですが、前回の会議でヒカル王女が遺伝の種の術の条件に一致しているのにおかしな行動をしていないと言う話がありましたが、それがこの亜種に相当するかもしれないということです。」「とりあえず、アランの帰還を待とう。この話はそれからだ」 ガウェインの一言で、会議は皆の心に不安を残したまま、お開きとなった。 その頃、王太子の間では、春の宴に向けてヒカルがドレス選びをしていた。菜の花色のサテンのドレスや、淡い紫の上品なドレス、レースをふんだんに使った豪華なドレスなどクローゼットには多くのドレスが並べられている。それを一つ一つ眺めては、ため息をつくヒカルだった。「王女様、こちらの水色のドレスはいかがですか?色白な王女様のお肌によく映えますよ」「ん、そうかな」 返事はするものの、心ここにあらずである。父親のアランからは何の連絡もないまま、宴の準備はどんどん進んでいる。か細い肩を落として沈む姿をベスはどうしたものかと考えていた。その時、窓の外でリッキーを呼ぶ声がして、ベスはそっと窓辺に寄ってみた。「あ、リッキーの友達の人…」 こちらに向かっているところを見ると、リッキーは今からが出勤なのだろう。そのリッキーに親し気に話しかけているのは、同じ第一騎士団の仲間のようだ。ベスも見たことがあるので、リッキーが親しくしている仲間だろう。少し話し込んで別れていたのを見て、今のヒカルの状態を自分もリッキーに相談してみようと思い立った。 仕事帰り、いつものようにリッキーがベスを迎えに来ると肩を並べて歩き出す。こんな風に素直になれたのも、ジーク様のおかげだわ。あのお茶会の後、呼び出された時はてっきり罰を受けると思っていたのに。「こんなことで仕事に支障をきたすとはどういうことだ。お前たち、いい加減早くくっついてくれ。独り者の俺には目に毒だ!」ふふふ。いい人だなぁ、ジーク様。ベスは胸のあたりがぽかぽかするのを覚えていた。「ねえ、リッキー。最近ヒカル王女様、元気がないのよ。宴のドレス選びも以前ならそれは楽しそうにしていたのに、もう見ていられないぐらい。」「そうだなぁ。王太子殿下からなんの音沙汰もないなんて、ちょっと考えられないんだが。いや、待てよ。殿下が水晶玉をなくしていたら…」「リッキーじゃあるまいし、それはないと思うけど」 う~ん、と二人は押し黙ってしまった。「そうだ、元気がないと言えば、さっき騎士団仲間のルドルフに会ってさ。あいつからも相談されたよ。ジーク騎士団長が元気ないんだとか。」「ああ、王太子殿下が転移するとき、一緒に行こうと思ってたらしいもんね。でも、殿下がいないとなると、クランツ首相はジーク団長に残ってほしいだろうしねぇ」「なぁ、もし、もしもだけど、もう一度異世界に転移することになったら、待っててくれるか?」 ベスは足を止めてきっぱりと言い放った。「いやよ!その時は私も一緒に行くわ」「駄目だ!向こうではきっと王太子殿下をさがすことになる。俺の仕事中にベスが危険な目にあったら、また前みたいなことがあったら絶対に嫌なんだ!!」 仕事中はベスを優先できない。そのことがリッキーを焦らせていた。ベスの両腕を掴んで懸命に説得しても、きっとベスはウィリアムに頼んで異世界に来てしまうだろう。だけど、向こうにだって危険な連中はいるはずだ。自分が仕事をしている間に、何かあったら、とても耐えられない。気が付くと、リッキーはベスを抱きしめて懇願していた。「いやなんだ。ベスに何かあったら…」「リッキー…、分かったわ。」 ベスはそっとリッキーの背中に手を回して宥めるようにトントンと優しくリズムを刻んだ。そうして、そっと体を離すと、まだ不安げなその頬を両手で挟んで祈るようにつぶやく。「だから、お願い。ちゃんと無事で元気に帰って来てね」「うん、分かった」 頬を包むベスの手を握りしめてキスを落とすと、もう一度頬に寄せてベスの瞳を覗き込んだ。「ベス、好きだよ」 頷いた瞳は潤み、頬はバラ色に染まっていた。つづく
April 12, 2022
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あ、小説の続きじゃなくてすみません。。。昨日、3回目のワクチン接種に行きました。体調が悪くなることを考慮して、娘たちにも晩御飯の支度をお願いしていたのですが、意外なほど元気で、「楽勝~~♪」なんて言ってたのですけどね。一晩寝て、起きようとしたら、身体の節々が痛い。え?うそでしょ?昨日はなんともなかったのに?頭はぼんやり、熱っぽい感じで、注射を打った左腕が上がらない!ぬぉぉぉー! 私のバカ野郎!!左利きなのに、どうして左に打ったのさ!何にもできないじゃないの。午後からは微熱もでて、この暑い暑いと言われている日に、寒くてゆたんぽ入れて寝ておりました。今日はもう娘たちにご飯の支度をお願いして、のんびりすることにしました。。。いつ頃晩御飯たべられるのかなぁ。。。。
April 10, 2022
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第5章 記憶をさかのぼる旅 アランは再び母子手帳を手に取り、何か手掛かりはないかと調べなおした。そして、個人の電話番号を見つけた。「そうだ。翌月の予定や予定変更の連絡は直接自分に電話してほしいと言われていた」 アランは早速その薄れかけた番号に電話をしてみた。数回のコールの後、誰かが電話に出たが、アランが名乗ると、すぐさま切られてしまった。なんだか様子がおかしい。考えた末、アランは公衆電話を探し当て、偽名を使い、荷物を頼まれたと偽って約束を取り付けた。駅前のファーストフード店は平日の昼間ということもあり、混雑していると言うほどでもなかった。飲食コーナーの隅に陣取って帽子を目深にかぶり、アランは平田がやってくるのを待っていた。約束の時間を少し過ぎたころ、角のとがった眼鏡をかけ、すべてを見下すような表情の平田がやってきた。しばらく様子を見ていると、コーヒーを一杯飲み干して、少しきょろきょろと周りを見渡した後、「まったく」とでもいう様に、いらだった様子で席を立って店を出た。 アランはその後ろ姿を見送ってから、なんでもないように自分も席を立ち、距離を取りながら後を追うことにした。あの頃も独特な雰囲気をまとっていたが、それは今でも変わらないようだ。当時はそれどころではなくて気づけなかったが、あれはベビーシッターに向いているとは思えないな。 しばらく歩いた先に大きな邸宅の門が見えてきた。平田はちらっと左右を確かめると、その横にある小さな通用門からするりと中に滑り込んだ。アランがその家を確かめようと近づいた時、突然、後ろから何者かに目隠しされ拉致されてしまった。 同じころ、シルベスタは元の王国の中心部があったサルビィの丘にやってきた。30年の月日でずいぶんと震災の跡は風化しているが、誰も住まなくなった街は荒れ果てたままだ。じっと目を閉じ、蔵書のありかを探っていくが、なかなか目当ての物は見つからない。避難所のあった丘から少しずつ谷を下りながら、シルベスタはその度神経をとがらせて調べ上げた。 気が付けば、陽が傾きひんやりとした空気が辺りに満ちてきた。片手を上げて、ハンモックを設置し、焚火と小さなテーブル、そしてそれらを囲む結界を張ってささやかな夕食を摂る。カバンには魔石をふんだんに入れているので、旅慣れたシルベスタには、造作ないことだった。食事を終えるとハンモックに横になる。木々の間から覗く星空は、昔と何も変わらない。ガウェインと二人で旅をしていた時もこんな風だったな。シルベスタは過去に思いを馳せていた。 災害のあった時、シルベスタは17歳、一つ年上のガウェインはいとこにあたる。その頃の王には3人の息子と2人の娘がいた。ガウェインは三男で、幼いころから帝王学を学び王としての教養を叩き込まれていた上の二人の兄と比べると、比較的自由に遊びまわれる存在だった。あまりに自由奔放にしているので、見かねた王はもう少し見聞を広めて来いとガウェインに言い渡し、補佐役に自分を指名したのだ。思えば楽しい旅だった。不思議なことに、近隣諸国を回るほど、自国の良さに気づかされた。王は国民に理解のある人で、国政は至って安定していた。酪農と工業がとても盛んで、切り立った岩場からの美しい滝も人気の観光スポットだった。懐かしい風景を思い浮かべながら眠りにおちそうなシルベスタは、寝返りを打った拍子に目の前の草むらに何かが月の光を浴びて光っているのに気が付いた。 そろりとハンモックを降りて近づいてみると、小さなペンダントが泥に半分埋もれていた。風雨に晒されたのか、少し泥が流されてそこに月の光が差し込んで青く輝いていたのだ。その青はシルベスタの青空のような瞳の青ではなく、海原のような深い青。「これは、あの子の…」 シルベスタの心は一気に過去へと引き戻される。幼いころからもてはやされていたのは、何もアランだけではなかった。美しい銀髪、透き通るような白い肌に青空のようなブルーの瞳。本人は嫌がったが、多くの者がその容姿に憧れていた。そんな自分に見向きもしない女の子がいたのだ。剣術ではガウェインに勝てないし、勉強も優秀程度だ。王位継承権に至っては王の息子3人と叔父に続いて5番目だった。シルベスタは中途半端な自分に嫌気がさしていた。そんな時、あの子に言われたのだ。「生まれ持った容姿や立場に胡坐をかいているなんて、かっこ悪いことだと思うわ。自分の中の特別って言えるものを持つべきよ」 それからというもの、シルベスタは狂ったように魔術の特訓に明け暮れたのだ。そして、今がある。 翌朝、シルベスタは荷物をまとめて王宮へと戻ると、すぐさまガウェインの元にペンダントを届けた。「これは…。キャロルの自慢のペンダントか」「そうだ。海のような深い青がキャロルの瞳とそっくりだと母親からもらったんだと自慢してた」 王族の遺品はいくつか見つかっていたが、災害時、別の場所にいたらしいキャロルの遺品は見つかっていなかった。ガウェインは、すぐさま専門家を呼んでペンダントの洗浄を依頼した。シルベスタは再びサルビィの丘に向かうため、魔石や鉱石を準備すると言って部屋を出た。 ガウェインはその後ろ姿を見送って、小さなため息をついた。キャロルはシルベスタにとってもガウェインにとってもいとこにあたる。普段はおとなしくて冷静な少女だった。ガウェインがキャロルの想い人に気が付いたのは、シルベスタと旅にでることが決まった時だ。王からの指示があったとなにげなく伝えた時、珍しく動揺するキャロルを見たのだ。 その頃からシルベスタは麗しい容姿で女性たちから絶大な人気があった。それがうっとうしくて逃げたい時、いつも自分を遊びに誘ってきたのだ。キャロルはそんなシルベスタの内面を見ていたのかもしれない。見た目よりずっと心細く、不安をいっぱい抱えたあいつの本当の姿を。シルベスタに告げ口すればよかっただろうか。そうすれば、あの震災の前に、あるいはあの子にとって幸せは展開があったのかもしれない。 思いを巡らせているうちに、ペンダントはきれいに汚れを落とされ、元のように美しい姿になって戻ってきた。ガウェインがそっと手に取ってみると、裏側に刻まれた文字があることに気が付いた。 再びサルビィの丘に向かおうとするシルベスタは、伝令により王宮に立ち寄ることになった。「シルベスタ。これは、お前が持っていてくれ」「え?でも、これは王族の…」 怪訝な顔でそれを受け取ったシルベスタは、海のような青い宝石の裏側に刻まれた文字に愕然とする。「LOVE SELV. Carol…」 いつも飄々としているシルベスタが、急いで口元を抑えた。それでも美しいその顔が悲しみにゆがんでいく。その背中にそっと手を添えて、ガウェインは言う。「シルベスタ・サーガ。もう一度これのあった場所を探してくれ。思い出したんだ。俺たちが旅立つ時、あいつは古文書を抱えてただろう?俺たちが帰るまでに読み切って専門家になるんだと」 普段はおとなしい少女が珍しく明るい笑顔を見せて、それが少しやせ我慢のようにも見えたのだが、古ぼけた本を胸に抱えて目標を語って手を振っていた。シルベスタは手のひらに収まる小さなペンダントを握り締めると、「行ってくる」とつぶやいて、足早に王宮を飛び出して行った。
April 10, 2022
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二人が次のお茶会の相談をしている頃、王の執務室では、王子たちを交えた会議が行われていた。この中でデビリアーノ族と対峙したことがあるのはガウェインとシルベスタだけだ。「デビリアーノ族は、小人族に属する種族だ。成人でも背は140cmぐらい、力も少年ぐらいのものだろう。魔術に長けていてその暮らしぶりは自由奔放だ。魔素を湯水のように使って暮らしている。だから、魔素を含む地下鉱石を見つけると、その国を乗っ取ったり、国のトップの人間に取り入って魔石を貢がせたりしているようなんだ。」「まったく、大切な魔素をくだらないことに無駄遣いしやがって。あんなひ弱な連中にどうやってそんなことが出来るんだと、私も最初は不思議でならなかったが、先代が保管していた古書にその情報が載っていたのを思い出したんだ。」 シルベスタの説明にガウェインが憎らし気に付け加える。「情報? 陛下、具体的にそれは?」 ジークの問いに、「遺伝の種という術だ」ガウェインは眉間をもみながら答えた。「私も若い頃に学んだ程度の知識だが、その術は相手の脳内に”種“を植え付けて、まるで昔からデビリアーノ族であったかのように彼らを自分達と同じ思想に染めてしまうらしい。」「とにかく、今不審な動きをしているのはルクセン伯爵令嬢とライオネル子爵令嬢よ。さっきも言ったとおり、この条件にはヒカルも当てはまるの。シルベスタから聞いた物語がこの令嬢たちと同じとは決められないけれど、気を付けるに越したことはないわ。アラン、あなたはもう一度日本に行って、ヒカルの乳母を、リオンはルクセン伯爵令嬢の乳母を調べてちょうだい。」 「それでいいわよね?」とガウェインを振り向くソフィアに、セリフを全部取られて苦笑いのガウェインが微笑み返す。「シルベスタ、すまないがサルビィの丘の跡地を調べてくれないか。古文書が見つかれば、対応策があるかもしれない」「そうだね。長らくあちらには行ってなかったから、調べてみるよ」「陛下、春の宴までにしなければならない準備は多いわ。心配ではあるけれど、準備を進めますね。そうだわ、ウェリントン公爵夫人と相談しなくちゃ…」 ソフィアは半ばから独り言のように呟いて、早々に部屋を出た。それを見送って、ジークは苦笑いを浮かべた。自宅では母親がなにやら計画しているのを知っている。そう、ソフィアが話しているウェリントン公爵夫人とは、ジークの母に他ならないのだ。「ま、そういうことだ。ジーク、ウィリアム、王子たちを頼む。」 皆は頷き合って、それぞれの先に向かった。 久しぶりに親子での夕食を楽しみながら、ヒカルはリッキーとベスの事を話して聞かせた。身近な二人をまるで自分の事のように心配したり悩んだりする娘を見たアランは、複雑な心境だった。―いつの間に、こんなに周りの人を気遣えるようになったんだろう。それにしても…― 今日の会議で聞いたデビリアーノ族の話は、今まで一度も父親であるガウェインから教えられたことがなかった。それに、シルベスタが話していた物語は、確かにヒカルが夢中になっているとは知っていたが、そんな話だったのか。しかも本人にも関わる話になるかもしれないとは。目の前で楽しげに話す娘は、こちらの世界に来てから驚くほど成長している。ドレスやヘアスタイルのせいもあるが、ちょっとおませなこの子なら、明日にでも突然彼氏をつれてくるかもしれない。「お父さん、どうしたの?」「ん?あ、そうだ。実は、お父さん、一度日本に戻らないといけなくなったんだ。ヒカル、一人でも大丈夫かい?」「お父さん、日本に戻るの?じゃあ、私の本棚になる「紅の騎士」の本、持ってきてほしいなぁ」「ああ、分かったよ」「やった!」 ご機嫌な娘にちょっとだけ寂しいお父さんだった。 2日後、アランは異世界日本に帰ってきた。1年足らずの不在だったが、店内には長く捨て置かれたような空気が充満していた。王宮が落ち着いてから諸々を片付けるつもりで、電気や水道も自動支払いでつながっているし、転移の際に置いてきたスマートフォンも無事だった。 住居スペースに移って、ヒカルの本棚を見に行くと、「紅の騎士」が数冊並んでいる。横には映画のポスターが貼られている。「あ、これは…」 キリリと勇ましい表情のハワードが、子役の男の子と一緒に剣を構えている。アランはポスターをそっと壁から外して、紅の騎士の本と一緒に丸めてヒカルの机に置いた。「さて、これからが本番だ」 戸棚の引き出しから母子手帳を取り出すと、メモ欄にある連絡先を見つけた。ベビーシッター派遣の会社の電話番号と平田という名前が書かれている。早速電話してみると、受付嬢の明るい声が応対した。しかし、平田というベビーシッターはいないと言う。10年以上前だと伝えてみたが、登録者名簿にはないということだった。 「参ったなぁ」 考え込んでいると、母子手帳の間から何かがするりと零れ落ちた。アランが拾い上げると、それは小さい頃のヒカルの写真だった。「こんなにかわいいのに…」 ガウェインやシルベスタの言うように、デビリアーノの魔の手がヒカルに罹っていたのだろうか? 素直で明るく、小さいころからしっかりしていたあの子が。確かに傍にいても膨大な魔力を持っていることは分かっていた。だけど、人の脳に作用して洗脳まがいなことをする術を跳ね返すなど、幼い我が子に出来たのだろうか? アランは気を取り直して、店内に移動すると、窓を開けて空気を入れ替え、慣れた手つきで自分用にコーヒーを入れた。豆は古くなって香りは薄かった。「さすがにダメか。新しいのを買って来よう」 新鮮な空気が入って、レースのカーテンを揺らしている。ここに満員のお客が入って、ヒカルと二人、よく頑張っていたなと自分でも感心する。店の前の通りを小学生たちが下校していくのが見えた。二人の女の子がわいわい楽し気に話している後ろを、一人少し離れた場所からついていく子。それを見た途端、アランはふと昔のことを思い出した。 そうだ、めったに泣き言を言わないヒカルが、一度だけしょんぼりして帰ってきたことがあったな。「晴れがいいって言ったじゃない。」「ヒカルちゃん、気持ちわるい~…」 あれは、なんと言って気持ち悪がられていたのだった?子供たちの小さないざこざだと見逃していたことが、なぜかとても重要に思えてならない。じっと扉を見つめていると、突然、カランとカウベルが鳴った。「あ…」「マスター!帰ってきたのね!」 常連の女性客が嬉しそうにほほ笑んでいた。「すみません。ちょっと空気を入れ替えに来ただけなんです。家族が体調を崩しちゃって、身動きが取れないんですよ。」「まぁ、大変ですね。みんなさみしがっていましたが、仕方がないですね。でも、いつでも戻って来てくださいね。マスターのファンは多いですから。あと、晴れ娘の光ちゃんにもよろしくね。お二人がいなくなって、ホントにしばらく雨が続いていたんですよ。じゃあ。」 女性はそういうと、会釈して店を出て行った。ん?晴れ娘の光? その言葉がマスターの記憶を紐解いた。そうだ!ヒカルは100%晴れにできる特技を持っていたんだ。そして、そのことで友達に魔女だと言われたのだ。「ヒカルちゃん、気持ちわるいよ。魔法で雲を動かすなんて、悪い魔女みたい」 そうだ!ヒカルは自分の力で天候を操っていたんだ!魔素のあるアイスフォレスト王国ですら、そんなことが出来る魔術師はいない。アランの背筋を冷たい汗が流れる。これは、本当にデビリアーノ族の悪意を跳ね返したのかもしれない。つづく
April 9, 2022
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翌朝、シルベスタが王の執務室を訪ねると、ソフィアと鉢合わせとなった。麗しの王妃の手には2通の手紙がある。「ソフィア王妃様、おはようございます。本日もご機嫌麗しく」「まぁ、シルベスタ。ごきげんよう。陛下に御用?」「ええ、少しご相談したいことがありまして。もしかして、王妃様も、ですか?」 薄いとび色の瞳がほんの一瞬空をさまよって、そしていつもの意志の強い瞳になった。「ええ、そうよ。もしかして、ちょうどよかったのかもしれないわね」 40代にはとても見えない若々しい笑顔で言うと、すぐさま執務室のドアをノックした。扉が開かれると、中ではすでにクランツ首相が打ち合わせを行っていた。「ソフィア、ちょうどよかった。ん?お前も来たのか」「ん、ちょっと気になることがあってね。先に王妃様のご用件をどうぞ」 会釈した王妃は先ほどの2通の手紙を差し出して、ガウェインの表情を伺った。「1通はルクセン伯爵、もう1通はライオネル氏に宛てたものです。春の宴には、招待しなければならない二人ですが、警戒が必要な人物でもあります」「ルクセン伯爵は先日のパーティーでも実行犯のジーノに罪を擦り付けて逃げ切りましたからね」 クランツ首相は悔し気に呟いた。それを引き継いで、王妃が続ける。「このライオネル氏は転移技術の科学者ですが、彼というより、その娘がどうも曲者のようで。ウェリントン公爵夫人からも気を付けた方がいいと忠告をもらっていますわ」「曲者と言えば、ルクセン伯爵令嬢もどうも様子がおかしいそうだ。先日うちに引き取ったルクセン伯爵家の元執事から聞いたんだが、何かに立腹して馬車から彼を突き落としたというんだ。リカルドが見つけて助けたときは、ろっ骨が2本折れていた。腕の骨にもひびが入っていたしな。本人はボロボロになっていて気づいていなかったみたいだが」 黙って聞いていたガウェインがうなる。「なんだ、最近の娘たちはそんなに気が強いのか」「はぁ? どうしてそんなくだらない発想になるのです?!何かの企みではないかとは考えないのですか?憶測なら良いのですが、王族に近い令嬢たちがこんな気性の激しい者ばかりでは困ります」「そ、そう言われてもなぁ」 そばで聞いていたシルベスタがこらえきれずに笑い出す。「何がおかしいのです!」「いや、失礼。ガウェインに一番近い人物がなかなか気性の激しい方でね。クックック」 クランツも下を向いているが肩が微妙に震えている。「笑っている場合ではないかもしれないわよ。この娘たち、なぜか共通点が多いのです。二人とも母親とは縁が薄く、乳母に育てられているそうです。」「いやぁ、しかし、ルクセン伯爵にはご夫人がいらっしゃるでしょう」 クランツ首相の言葉にソフィアは首を横に振った。「ルクセン伯爵令嬢は夫人の子どもではないの。伯爵家に引き取るまでは乳母に育てられていたそうよ」「しかし、乳母に育てられたぐらいなら、ヒカルも同じ条件ではないか」「それだ!」 ガウェインの一言にシルベスタが飛びついた。そして、前夜にハワードから聞いた話を伝えると、ガウェインは考え込み静かに呟いた。「もしや、遺伝の種か…」「おそらく。アイスフォレスト家の古書にあったよね。大地に根を張る大樹のように、何日もかけてじわじわと脳内に浸透させ、まるで最初からデビリアーノ族だったかのような考え方に染めてしまう術だ」「確かめることはできないのですか?」 クランツの問いにガウェインは首を横に振った。母国のあの災害の中、王族の蔵書のほとんども失われていた。「アランとリオン、それにそれぞれの騎士団長をここに」 ガウェインの命に近衛兵が動く。ここからは王子たちを交えての作戦会議だ。 午後になって、王宮の一室に規則正しいリズムが刻まれている。ハワードがそっと覗くと、部屋というには広すぎる場所に、レモンイエローのふんわりしたドレスに身を包んだヒカルがダンスのレッスンを受けていた。 ハワードが名乗ると、講師はお待ちしておりましたと丁重に挨拶して、さっそく何パターンかのステップについて説明すると、ヒカルに声を掛けた。「王女様、お待たせしました。それでは本日からハワード様にお相手をお願いします。宴では、実際にハワード様ともダンスされるでしょうから、今から慣れておかれるのが良いですよ。では、音楽に合わせてやってみましょう」 向かい合ってそっと手を差し伸べられると、ヒカルはちょっと恥ずかし気にその手に自分の手を預ける。音楽が始まり習いたてのステップを思い出す。「王女様は今までダンスを習ったりしていたのですか? とてもお上手です」「習ってはいなかったですよ。友達が習っていたダンスを教えてもらったことはあるけど、もっと今風なダンスだったし。ほかは学校で習ったフォークダンスぐらいです。あっ!ごめんなさい!」「大丈夫です。ダンスは慣れですから、本番まで私の足なら、何度でも踏んでもらっていいですよ」目の前の金髪の麗人に微笑まれ、ヒカルはなんとも落ち着かない気分だ。タンタンタン、講師が手をたたく音がだんだん大きくなってくる。「ほら、王女様。リズムに乗って。背筋が曲がってますよ。」「うう、背中が痛いよぉ…」 講師に聞こえない程度の声で、ヒカルが悲鳴を上げる。ハワードはクスクス笑いながらも優雅にヒカルをフォローしながら踊った。「ハワード殿は筋がいいですね。動きに隙がなく優雅です。さぁ、王女様も頑張りましょう。ああ、左手が下がっていますよ」 ダンスの講習をなんとか終えると、はぁ~と大きなため息をついて二人を笑わせるヒカルだった。「お疲れ様でした。王女様、初めて来られた時よりずいぶん上達していますよ。それに、まだ背丈も伸びるでしょう。そうすれば、より踊り易くなるはずです」「では、王女様。お部屋までお送りしましょう」 講師に見送られてハワードがドアを開けると、慌てた様子の侍女たちが恥ずかしそうに笑いながら去っていった。あとにはあきれ顔のリッキーが残されていた。「どうかしたのですか?」「ああ、さっきの連中はハワードさんを一目見ようとやってきたんだ。元々シルベスタ様のファンだったはずなのに、最近はハワードさんに鞍替えしたみたいだ。まったく…。俺なんか、邪魔だって言われたし」 リッキーがふてくされて言うと、「仕方ないよ」とヒカルも苦笑していた。「でも、リッキーには素敵なお嬢様がいるでしょ?」「えっ、あ、うん」 軽く茶化すつもりだったが、否定しないどころかわずかに頬を赤らめて照れた様子のリッキーにヒカルとハワードはピンときたようだ。「ねぇ、ハワードさん。また4人でお茶会しなくちゃいけない気がしてきたけど、どうかなぁ」「ああ、そうですね。私はこの歳までドキドキするような恋をしたことがないので、どんな感じなのかぜひご享受願いたいものです」 そう言えば、とハワードは思い立ってヒカルに耳打ちしてきた。「先日のお茶会の帰り、ジーク殿が二人を呼び止めていたのですが、なにかあったのでしょうか?」 さぁ、と答えつつ、ヒカルには心当たりがある。パーティーの控室での出来事はすでにジークの耳に入っていると聞いている。何事もなければいいのだけれど。つづく
April 7, 2022
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第4章 ヒカル王女様 フランソワに手伝ってもらいながら、ヒカルはハワード、ベス、リッキーに招待状を送り、いよいよ自分主催のお茶会が始まった。「侍女長様、申し訳ありません」 しきりにフランソワを気遣うベスを抑え、おっかさん侍女長が微笑む。「エリザベス様、本日はようこそお越しくださいました。ヒカル王女様とのひと時を存分にお楽しみくださいませ。そして、次のお茶会の参考になさってください」「そうよ。今日はお客様なんだからね。では、改めて、本日はみなさん集まってくださってありがとうございます。私はまだまだこちらの世界の事を知らないので、いろいろ教えてほしいのです」 そっと淑女の礼をして、挨拶を始めると、フランソワがさりげなく紅茶を配り始めた。テーブルには愛らしい洋菓子が並んでいる。ベスがその一つに目を止めた。「あら、王女様、こちらのマカロン、手に入ったのですか?とっても有名でなかなか買えないと夜会でも話題に上がってましたのよ」「そうなの? フランソワが準備してくれたの。マカロンは日本にもあったけど、こちらの方が甘さ控えめで食べやすいかも」 二人は早速甘いものを口にして感想を述べ合った。ハワードもつられてつまんでみる。「ほう、確かに甘さはずいぶん控えていますね。でも、フルーツの味わいがしっかり出ていて旨い」「うわぁ、ハワードさんがマカロン食べるなんて、すごい不思議。でもかっこいい!」ヒカルはベスにもハワードの以前の活躍を説明して、紅の騎士の話を熱弁する。「…そうして、人間界を乗っ取ろうとした悪魔族が人間に悪魔の力を与えて操り人形にしてしまうの。いつの間にか世の中の常識がおかしくなっちゃうんだけど、そこに同じように悪魔の力を与えられながら、良心を強く持っていて操られない少年が現れるの。そして、天使に導かれながら、その少年とともに戦うのが、ハワードさんがやってた王でありながら最前線で戦っていた紅の騎士なのよ。はぁ、かっこよかったなぁ…」 気が付くと、リッキーもベスもニヤニヤと笑っている。ハワードは照れ臭そうに苦笑いだ。「ヒカル、今、自分が王女様だってこと、忘れてない?」「あ、そうだった…。夢中になっちゃって、ごめん」 だけど…。ベスは少し視線を落として何かを考えているようだった。「どうした?」とリッキーが声を掛けると、迷った末に気にしていたことを告白した。「あの、こんなに楽しい会でお話するのはどうかと思ったんですが、実は、最近の夜会で気になることがあるんです。」 ベスは侍女としては新米だが、それでもフォリナー侯爵令嬢として、夜会にはある程度慣れている。そんな彼女が言うには、とある令嬢の様子がおかしいという。今までそれほど目立つ存在でもなかったのに、何かと攻撃的な口調でこき下ろしてくると言うのだ。「最近は、自分がヒカル王女様の侍女に相応しいはずだと執拗につっかかってくるので、夜会は控えるようにしているんです。王族の方の侍女になるには、家柄も大事ですし、何より見習い期間を積んで初めて任命されるべきものだと思っているので、どうして急に彼女がそんなことを言い出すのか不思議で…」「ベス…、私は誰が何といってもベスがいい!!」 ヒカルがこぶしを握り締めて宣言するので、ベスも思わず笑ってしまった。「ちなみに、その令嬢って、もしかしてあのパーティーの?」 リッキーはやや心配そうに尋ねた。「そう。ライオネル子爵令嬢よ。ほら、転移装置を開発したミスター・ライオネルの。」「身元が分かってるから、ジークさんたちに注意されてるはずよね。あれ以来、王宮では見かけないよ。だけど、しばらくは気を付けた方がいいかもしれない。お仕事上がりの時間は、リッキーと時間を合わせてもらえるようにジークさんにお願いしてみるね。美しいお嬢様を守る黒猫の騎士参上!ふふふ」 思わず紅茶を吹き出しそうになったリッキーを見て、3人は大笑いした。「いや、しかし。確かに気を付けてください。まさかとは思いましが、ルクセン伯爵令嬢も、異様なほどに攻撃的でしたから、もしも、本当に悪魔的な何かが絡んでいるとしたら、冗談では済まされない話です」 ハワードは水色の瞳に影を落として、そっと胸元のシャツに触れながらつぶやいた。あの馬車の中で自分の胸元を掴んだアンジェリーナの力は、とても女性のものとは思えなかった。馬車の揺れに合わせたとしても、馬車のドアを突き破って大の男を放り出すなど、簡単にできることではないのだ。 静かになった室内に、笑顔のフランソワが入ってきた。新しく入れなおした紅茶とプチケーキやサンドウィッチが並ぶ。「ところで、皆さんとても仲がよくて素敵ですが、リカルド殿とエリザベス嬢のご関係をうかがっても?」「うかがっても?」 ハワードのしゃれた振る舞いにヒカルが真似をしてニヤついている。途端に二人は真っ赤になってしどろもどろになった。 楽しい時間はあっという間に過ぎて行った。時計台の鐘がなったのを合図に、会はお開きとなり、リッキーはヒカルの言いつけでベスを送り届けることになった。二人を見送って、ハワードも今日の会の礼をいい帰っていった。 普段着に着替えるのを手伝ってもらいながら、ヒカルは気になっていたことを聞いてみた。「フランソワ、教えてほしいのだけど。こちらの世界は貴族にも順位があるでしょ?エリザベスは侯爵令嬢だし、リカルドは子爵令息だし。でも、位が違うと結婚とかはできないの?」 フランソワは手を止めて目を見開いている。「王女様、あの二人の行く末を心配してくださっているのですか?」「もちろんよ。あの二人にはとってもお世話になってるんだもの。幸せになってほしいなぁって思うの」「そうですねぇ。あまり例はないですが、絶対ダメということもないと思いますよ。大切なのは本人たちの意志と両家の関係だと思います。あの二人なら、ご両親を説得できるんじゃないでしょうか」 柔らかな微笑みを向けられ、ヒカルはほっと胸をなでおろしていた。 その夜、食事を終えたシルベスタはベランダから街を眺めていた。大魔術師シルベスタ・サーガの邸宅は小高い丘の上にあり、そのベランダからは街の景色や晴れた日には遠くの海まで見渡せる。シルベスタは何か考え事をするときは決まってここに立って街を見下ろすのだ。「旦那様、まだこの季節は冷えますので、どうぞお部屋の方へお戻りください。今、温かいお茶をお入れいたします」「ああ、ハワードか。そうだな、さすがに冷える」 昼間のふざけた人物とは別人のようなシルベスタに、これが主の本来の姿なのだろうと心に刻みつつ、ハワードは熱めのハーブティーを手渡した。ソファに深く腰掛け、ハーブティーの香りを楽しんでいたシルベスタはふと思い立って声を掛けた。「そういえば、今日はヒカルのお茶会だったか。どうだった?」「お時間を頂きありがとうございました。とても楽しい会になりました。ヒカル王女様は、なんというか、不思議な力をお持ちですね。リカルド殿やエリザベス嬢も素晴らしい人物ですが、幼いながら皆を包み込むようなあのオーラは、やはり王女様だからこそでしょうか」「不思議な力か…」シルベスタはなぜか考え込んでいるようだった。「ええ、今日の帰り際、王女様に言われました。この世界の方々の前では、自分は王女として振舞わなければならないかもしれないけれど、私とは、単に一人の人として付き合っていきたいと。私は王女様と同じ世界から来ていますが、日本のごく普通の少女の言葉とはとても思えませんでした。」 シルベスタは紅茶を少し口にすると、「うん、確かに」とつぶやいた。「ハワード、私がヒカルの持つ魔力に畏怖を覚えると言ったら信じるかい?」「畏怖、ですか?」 意外な言葉を発する主に目を見開いたハワードだったが、思い当たる部分もあった。「そうですね。魔法に縁のない私ですら、あの方は底知れない力を持っているように感じます。見た目の愛らしさとは裏腹に、神々しいというか。こちらに引き取っていただいた日にもお話しましたが、私は以前王女様と同じ異世界で俳優をしておりました。その時の代表作の物語にとてもよく似た登場人物がいました」 ハワードは紅の騎士の物語を簡単に話して聞かせた。もとより俳優であるので、穏やかで聞き心地の良い声で話すハワードの話に、ゆったりとソファにもたれながら聞いていたシルベスタだったが、途中からカップを置き、前のめりになって聞き出した。「その世界を征服するために、人間たちに悪魔の力を授ける、か。なるほど、その少年の話はヒカルに似ているな。ヒカルの父親のアランはね、ああ見えてとても計算高いんだよ。あの容姿だから子供のころから女官や侍女たちに騒がれていてね。まぁ、そのあたりは君も同じ目に遭ってるだろうけど、なかなかプライベートな時間を取れないんだよね。どこに行っても黄色い声と好奇の目に晒される。だから、ふわふわとつかみどころのない風にしているんだろう。貴族の中にあからさまに敵を作らない。だけど、間違ったことに流されない。そんな彼を父親に持っているのだから、あの子も視野が広いし正義感も強い。」 物語では、ここから死闘が始まるのだが、いくら魔法が使える世界といえども、そこまでのことは起こらないだろうと、この時ハワードは考えていた。「もし、ヒカルの魔法について何か新たな事を聞き及んだら、私の耳に入れてほしい。それから、ハワード。君は、ダンスは踊れるか?」「ええ、少しなら」「では、明日の午後から王宮に通って、ヒカルとダンスの練習をしておいてくれ。話は私から通しておく。宴の当日、ヒカルが多くの者と踊らなくていいように対策を取りたいんだ」 ハワードは「承知しました」と美しい所作で礼をしてその場を辞した。その後ろ姿を見送って、シルベスタはぼんやりと建国の頃のことを思い出していた。ガウェインと二人、魔素の鉱脈を探し当てた後の厳しい戦闘の日々を。アイスフォレスト王国は建国30年余り。それまでは、大陸のずっと東にある山岳地帯を中心とした場所にあった小さな国だった。しかし、巨大地震とそれに続く豪雨で、多くの街は壊れ、当時の王が国民を守るため準備していた避難所はダメ押しのような余震によって、避難していた王族や国民の多くを巻き込んで崩れてしまった。その当時、王の命によって旅をしていたガウェインとシルベスタは、生き残った近衛兵からの連絡で災害が起こったことを知り、急いで国に戻ってきたのだった。アイスフォレスト王国は魔術を使う国、山岳地帯の下に眠る魔素の源となる地下鉱石がこの災害によって流れ去ってしまった。ガウェインは魔素を失ったこの土地に国を復興させることを断念し、新たな土地を目指したのだ。 やっと見つけた地下鉱石の規模を計測しているときだった。突然、山の頂から大きな岩が襲ってきた。それがデビリアーノ族を見た最初だった。ギリギリのところで岩をかわしたガウェインはとんでもない力で奴らを蹴散らした。食料を節約しながら、へとへとになって日々を過ごしていたさなかだと言うのにだ。「ふふ。まったく、あの頃のあいつはなんでも力業だったな。しかし、ここ十数年デビリアーノ族からの攻撃はない。嵐の前の静けさでなければいいが。まあ、備えあれば憂いなしか」 シルベスタは心を決めたように私室に戻っていった。
April 4, 2022
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「よくぞ無事で生きていたな。腕の調子はどうだ?」 呆気にとられるハワードにかまわず、シルベスタはハワードの義手に魔力を込めていく。「先生、どういうことですか?ハワードさんと面識があるってこと?」「ああ、彼自身は気を失っていたから、私の事は知らないだろうけどね。この義手は私が施したんだ。国内を視察しようと出かけた時だったが、妙な魔術の気配がしてね。違法な召喚をしていたようだ。確認しに行ったら彼が倒れていた。おまけに傍にいた男がどういうわけか、意識のない彼に刀を向けた。脅すつもりだったのかもしれないが、奴らにとっても思わぬ大けがだったのだろう。おろおろしていたので、とりあえずこの義手をね。しっかり睨みを聞かせておいたのだが、あの男は想像以上の愚か者だったようだ。ヒカル、あの男にもバーカと言ってやれ」 言葉もなく驚いている3人を前に、シルベスタは楽し気に懐から何かを取り出した。「そうだった。これを渡しておこう。このブレスレットの宝石の裏にはミラーが仕込んである。ヒカル、もしもチャンスに出会えたら、その男にこのミラーを向けてバーカと言うんだ。きっと楽しいことが起こるぞ。ふふふ」 ヒカルはリッキーに視線を送るが、苦笑いが帰ってくるだけだった。その横で、驚愕に打ち震えるハワードがいた。「そんな…、ルクセン伯爵は、私を助けたと、この義手をつけてくださったとおっしゃったのに…。」そういいながら、手首が滑らかに動いていることに気づくと、もう片方の手で滑らかに動く義手を握り締めた。「ああ、そうか。それなら合点がいく。あのパーティーの後、意識を取り戻して、なんとかお屋敷に戻った私に、伯爵は会ってもくださらなかった。ただ、裏口に回されて、奥様からささやかな餞別を渡され、この家は何かに取りつかれているかもしれない。あなたはこんなところにいない方がいいと。そんな風におっしゃって」「ハワードと言ったかな。行く当てがないなら、私の屋敷に来ないか? 元の世界に戻すのは、召喚した本人でないのでできないが、生活の保障ぐらいはできる。」「よろしいのですか?」「もちろん、執事として働いてもらうよ。しばらく視察に明け暮れていたから、仕事は山積みだ。先だってもガウェインに注意されたところだ」 願ってもないとハワードはシルベスタの提案を受け入れた。「ところで、ヒカル。君はソフィア王妃とは親しいのか?」「いえ。父上と一緒に一度お目にかかったきりですが」「ふ~ん、そうなのか。ふふふ。王妃はずいぶんヒカルを気に入ったようだな。城に帰ったら、体制がいろいろ変わっているから確認しておけよ。“大魔術師で王城魔術師団のリーダー的存在”だったロイス殿とフィル殿は掃除夫になったようだ。いやぁ、彼らがそんな偉大な魔術師だったとは、知らなかったなぁ。ま、王妃が恐ろしい剣幕でガウェインを攻め立てた結果だ。ふふふ。」 楽し気に話すシルベスタは、まるでいたずらが成功した小学生のようだとヒカルは思っていた。それにしても、あの優雅な王妃様に叱られる陛下って、どんな感じ?想像がつかない。ヒカルも耐え切れず笑い出した。「さて、では帰ろうか。ハワード、君は私と転移魔法で屋敷に向かおう。まだ少し静養が必要だろう。リカルド、ヒカルを頼んだぞ」 それだけ言うと、シルベスタはハワードとともにさらりと消えて行った。「なんだかいろいろありすぎてびっくりね」「そうだなぁ。シルベスタ様が戻ってこられてから、陛下の容体もすっかり良くなられて、さっきの話じゃないけど、今まで王城魔術師は何をやってたんだろうって思うよな。…さぁ、王女様、馬車へどうぞ」「ありがとう」 二人は馬車の待つ乗降場までやってくると、王女らしく、騎士らしく言葉を改めた。 王城に戻ってくると、さっそく魔術師団の一人と鉢合わせした。ヒカルを見た途端ビクッと身構え、それでも憎々し気な視線を送ってくる。さっとヒカルを庇うリッキーを止め、ヒカルがブレスレットを持ち上げてにやりと笑うと、小さな声でばーかとつぶやいてみた。その途端、ミラーから魔術師に向かって鋭い突風が吹きだし、自慢のローブや派手な衣類、つややかなかつらを吹き飛ばしてしまった。「わっ!えっ? な、なんてことするんだ!」「キャー!変態!変態よ!王女様、逃げてください!」 下着だけになってずり落ちそうなパンツを抑えて怒鳴る魔術師に、後から迎えにやってきたベスが飛び蹴りをくらわした。廊下の端まで蹴り飛ばされた魔術師はちくしょーと叫びながら逃げて行った。ヒカルはびっくりしすぎて声も出ない。これじゃ、また逆恨みされそうだ。「王女様、大丈夫ですか?」ヒカルをヒシっと抱きしめて、ベスが心配げにヒカルをうかがう。「あ、あれ、リッキーもいたの? やだ、どうしよう、恥ずかしいわ」「あははは、見事な飛び蹴りだったよ、ベス」 リッキーは笑いながら言うと、ふと真顔になってベスの耳元でつぶやいた。「だけど、俺が傍にいない時は、十分気を付けるんだぞ」「う、うん。分かったわ」 不意打ちのようなつぶやきに、ベスは真っ赤になってうつむいていた。「ははは。見事だったよ。あ~面白かった」「先生!」「どんなに魔術に優れていても、忠誠心がない者は王城に置いてはおけないのでね。そうやってふるいにかけていくのさ。さっきの男も解雇された口だ。」 シルベスタが満足げに話していると、「シルベスタ様!こちらでしたか」と声がかかった。「ガウェイン陛下がお待ちですよ」「ああ、ジーク、手間をかけたな。ちょっとヒカルに渡した魔道具の具合を確かめたくてね」 王を待たせることなど、なんてことないとでも言いたげな言い方に、護衛達もすっかり慣れっこで笑っている。シルベスタはガウェインの親友であり、同志。二人がいたからアイスフォレスト王国は建国でき、安定した政治を行えているということは、王宮では周知の事実だ。それでも、自由奔放なシルベスタが国内を際限なく旅するため、王族の側近でなければ、その存在を知らない者も少なくないのだ。「王女様、あまりシルベスタ様のいうことを真に受けない方がいいですよ。昔からいたずらっ子で有名な人なので、ね」うん、知ってる。。。ヒカルは心の中で頷いていた。「ヒカル、これからしばらくはアランも私も忙しくなるかもしれない。魔術の勉強はひとまずストップだ。今のうちに、もうすぐやってくる春の宴のダンスの練習をしっかりしておけよ。あ、それから、ハワードが会いたがっていたから、茶会でもして呼んでやってくれ。こいつらも巻き込めば、気楽な会になるだろうし」 視線を送られたリッキーとベスが真っ赤になるのを楽しんで颯爽と去っていくシルベスタを見送って、「では、失礼いたします」とジークは声を掛け、銀髪の美丈夫を追いかけて行った。つづく
April 3, 2022
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今日は4月1日です。ええそうです。エープリルフールです。だからって、会議に遅れたわけじゃないのよ。これはほっっんとに、完全な私のミスです。会議の時間、メモし間違えたのです。なめてたわけじゃないです!ごめんなさいです。え~~ん、新年度早々やらかしてしまいましたわ。
April 1, 2022
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体調がすっかり良くなると、ヒカルは早速魔術の勉強を再開した。ガウェイン王の指示で、指導はシルベスタがすることとなった。幸い、あの事故の際に魔力の放出が激しく気を失っていたヒカルは、どれほど大きな爆発の中にいたのか記憶にない。ただ、恐ろしいことに、魔力を多く放出することで体の中のもやもやしたものがすっきりするという感覚だけは覚えていた。「ヒカル、君の魔力はこちらの世界でも類を見ない量なんだが、今までどんな暮らしをしてきたんだ?」シルベスタが呆れたように問えば、きょとんと不思議そうな表情が帰ってくる。「えっと、普通の暮らしです。」「う~ん、無意識か。魔素のない世界でも魔力を使い続けると、鍛えられてより多くの魔力を生み出せるというからな。しかし、無意識か…」「あ、そういえば、急に雨が降ってこまった時は、全力で雨雲を追い払うおまじないとかしてました。これ、ほんとに聞くんですよ!ふふ。」「!!」 シルベスタは、この素直で愛らしい王女の無意識の真実に脅威を覚えていた。「今日の講義はここまでだ。すまないが、これから魔術師団の会合があるので、私はこのまま移動する。ヒカルは護衛と帰宅してくれ。おい、リカルド!君の出番だ。」「先生、魔術師団では何かあったのですか?」「ん?」 少し眉間を寄せながら問いかけるヒカルに、シルベスタは魔方陣を止めた。「だって、私と廊下ですれ違うと、魔術師の人たちがちょっとばつの悪そうな顔するんです。」「なんだ、そんなことか。それはね、王女がその辺の魔術師より多くの魔力を持っているとわかったから、すねているのだ。いいか、今度廊下でへんな顔する奴がいたら、バーカって言ってやれ。おい、リカルド、お前も一緒に言うんだぞ。バーカってな。あはははは」「…」 大笑いしながらシルベスタはさらっと転移していった。残された二人は面食らったままそれを見送った。「先生。黙ってたらかっこいいのに、中身はこどもみたい」「確かに…。じゃあ、そろそろ帰ろう」 リッキーが演習場の出口に向かい始めた時、ヒカルが「あれ?」と声を上げて、出口と反対の森の方に歩き出した。「どうした?」 後を追うリッキーはその先の森に何かが動いたのが見えて、すぐさまヒカルの前に立ちはだかった。「リッキー、あの森に誰かいるみたいなの」「そのようだな。俺が確かめに行くからちょっとここで待っててくれ」 リッキーが森に向かうと、大きな木の根元に男が一人蹲っていた。「誰だ!」「すまないが、どこかに水を飲めるところはないだろうか」 顔を上げた男は、まだ若く、土埃に汚れていたが、明るい金色の長い髪は微かに艶を残し、涼やかな水色の瞳に長いまつげが影を落としていた。そして、その服装はどこかの貴族の執事のようだった。よく見ると、ベストのボタンに貴族の紋章が見て取れる。「君は、もしかしてルクセン伯爵の執事じゃないのか?」「そうです。いえ、今はもう…。いろいろあって、クビになりました。」 疲れ切った顔をゆがませて、悲し気に笑う姿を見ると、リッキーはいたたまれなくなった。「とにかく、こっちに水飲み場があるから。手を貸すよ。立てるか?」 リッキーに助けられながらなんとか立ち上がったその手首から、キキキッと錆びた機械のような音がしていた。「リッキー、どうしたの? 大丈夫?」 心配して近づいたヒカルは、その男の姿を見て驚いた。「えっ? うそ! ハワード王子!」「え? 君は私のことを知っているのですか?」 ヒカルにしがみつかんばかりのハワードにリッキーは慌てて止めに入った。「なんだかよく分からないけど、ちょっと落ち着こう」 リッキーは、二人を演習場の休憩室に連れて行った。ここならば、水も飲めるし、テーブルやイスもある。 勢いよく水を飲んだハワードは、ふうと大きなため息を一つついて、自分の身に起こったことを話し出した。「申し遅れました。私はハワード・スミス。元の世界では俳優をしていました。こちらでは、アルフォートと名付けられていました。ある日突然この世界に召喚されたのです。召喚の際、見ての通り右手首を失う事故に遭い、それを助けてくれたのが、ルクセン伯爵でした。召喚した者も分からず、なぜ召喚されたのかも分からない状態で、事故のせいで私は元の世界の記憶すら失っていました。 ルクセン伯爵はその魔術で私にこの不思議な手首を与えてくれました。そこで、行き場のない私に執事として働くことを許してくれたのです。アラン王太子の帰還パーティーの夜、私は、ルクセン伯爵のご家族とともに王城に向かいました。ところが、まだパーティーの途中だというのにアンジェリーナお嬢様が大層立腹されて馬車にお戻りになったのです。もともと、アンジェリーナお嬢様はリオン王子にご執心で、リオン王子に王太子になってもらって、ご自分はその伴侶となるのだと決めておいででした。ところがそれが叶わなくなったようで…。そのまま馬車を走らせていると、どうしても怒りが収まらないお嬢様が、走行中の馬車から私を突き落として行ってしまわれたのです。」「そんな、めちゃくちゃな…。お体は大丈夫だったのですか?」 今目のまえで起こったようにヒカルがきゅっと肩を寄せると、ハワードはふっと力なく微笑んだ。「全然大丈夫じゃなかったです。しばらく土手に倒れて気を失っていたようです。気づいたときは、空腹で死にそうでした。どうやら通りがかった旅の人が少し治療してくれたらしく、包帯などが巻かれていました。通りかかった村の人が、納屋まで運んでくれて、食べ物を分けてくださったので、なんとか動けるようになったのです。」「この国には貧しくても親切な人はいるのですね」 ほっとしたようにヒカルがつぶやいた。「だけど、ルクセン伯爵のお嬢さんは助けてくれなかったのか?ひどい話だなぁ」「あのパーティーではリオン叔父様とレイナ様の婚約が発表されていたからかしら」「リオン叔父様…? はっ、もしやあなた様は!」 ハワードは慌てて膝を折って騎士の礼をした。「はじめまして。私は、アラン王太子の娘、ヒカルです」「も、申し訳ございません。知らずに大変な失礼を…」 恐縮するハワードをいたわるようにリッキーが声を掛けた。「大丈夫だよ。ほかに誰もいないし。ヒカルももとは普通の一般人だったんだし」「そうよ。私、ハワード王子の「紅の騎士シリーズ」が大好きだったんだもの」「なぁ、さっきから王子って言ってるけど、どちらの国の?」 心配げに問うリッキーを見て、ヒカルははじけるように笑い出した。「あちらの世界ではね、かっこいい俳優さんやタレントさんのことをなんとか王子って言ったりするの。「紅の騎士」って物語のシリーズでは、王子でありながら騎士として最前線で戦う姿がすごーくかっこよかったんだから!」 ヒカルが満面の笑みで言うと、ハワードはちょっとてれたように頬を染めた。「いや、こちらに呼び出されてから、自分の作品の事を賞してくださる方がいなくて、忘れそうになっていました。ありがとうございます。では、王女様も召喚ですか?」「いいえ、私はおと…、父上と一緒に転移してきました。父上が陛下の指示の元、転移していた日本で私は生まれ育ったので、こちらに来るまでは普通の日本人として生活していたのです。」「日本!私も行ったことがあります。日本の騎士が使う剣が好きで、レプリカを自宅に飾っていたぐらいです」休憩室のドアが開いて、シルベスタが入ってきた。「リカルド、呼んだかい」「シルベスタ様、実はこちらの方が…」 ハワードについて説明しようとしたリッキーを押しのけて、シルベスタはハワードの腕をつかむと、じっと手首から先を見つめた。
April 1, 2022
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演習場の事故の後、謁見の間にガウェイン王と対峙する二人の魔術師の姿があった。魔術師たちは、それぞれ慌てた様子でヒカルの容体を案じる発言をしたのち、それにしてもと、ヒカルがおもしろがって勝手に火薬庫に火炎を打ち放ったのだと証言した。「いや、確かに王女様の魔力は素晴らしかったのですが、我々も幼い王女のなさりように振り回されて、助けに入るのが遅れてしまいました。」大げさに嘆いて見せる二人をガウェイン王は黙ったまま見つめていた。「陛下、我々の証言は今お話しした通りでございます。その、これよりまだ仕事が残っておりますゆえ…」「そなたたち、我の言を聞かずに立ち去るというか」ガウェイン王の目は恐ろしく冷たい。二人がそれの意図するところにおびえ始めたところに、近衛兵の声が聞こえた。「大魔術師シルベスタ・サーガ殿がお見えです」背の高い扉が静かに開けられ、銀髪の長い髪をなびかせた長身の美丈夫がゆっくりとした足取りで入ってきた。「此度は世話になった。ヒカルの様子はどうだ?」「危ないところだったが、なんとか間に合ったよ。傍にいた護衛の彼が守ってくれなかったらと思うとぞっとする。二人には治癒魔法を施したから、しばらく寝かせてやれば大丈夫だ」 緩やかになびくローブを身にまとい、妖精のような白い肌と青空のような瞳。そして王をも恐れぬ物言いに、王城魔術師団の魔術師たちは声を上げた。「貴様、さっきからガウェイン陛下の前で失礼だぞ!」「そうだ。たまたま居合わせて、良いとこ取りしやがって!」いきり立つ二人を一瞥し、シルベスタはゆっくりと玉座に歩み寄った。「久しいな、ガウェイン」「ふふふ。まったくおまえと言うやつは。どこをほっつき歩いていたんだ。」ガウェイン王とシルベスタはしばらく見つめ合ったあと、ガシっと握手する。「とりあえず、報告だ。先ほど私が演習場の近くを通りかかった時、ずいぶんと濃度の高い魔力の塊を感知してな。それで、ちょっと覗いてみたんだ。そうしたら、あの少女に火薬庫に火炎を浴びせろと指導している魔術師がいてな。まあ、だれとは言わないが」言葉を切って、ふっと王城魔術師の方をみやるシルベスタを見て、その場にいた全員がじっと二人を見る。ロイスとフィルが生唾を飲み込む音が謁見室にささやかに響いていた。「あの護衛はよくやっていた。煙で視界の悪い中に飛び込んで、ギリギリ少女を守っていたのだからな。本当に大切なものがなんなのか、きちんと分かっているのだろう。それに引き換え…、自分の身を守る結界を張ったとて、そんなものは足元からあっさり崩れ去ると言うのに」「へ、陛下、あの…」「ロイス、フィル。シルベスタに部屋を用意したい。王城魔術師団の宿舎にまだ空き部屋はあるか?」「残念ですが、今は満室です。物置小屋ぐらいしかご用意できませんね」「そうか、では、その物置部屋をお前たちの部屋とする。すぐに荷物をまとめろ!」ロイスとフィルはまったく意味が分からない様子だ。「ガウェイン、ずいぶん手ぬるいじゃないか。こんな雑魚を置いておくとは」「ははは。相変わらず手厳しいな。まあ今日のところは貴賓室でくつろいでくれ。あとでゆっくり話そう」そういうと、ガウェイン王は玉座を立った。しかし、微かにロイスとフィルの緊張がゆるむのを見落とさない。部屋を出る直前、ぼそりと呟いた。「おまえたちが物置小屋に行くことは確定だからな。まあ、そこにすら今後居られるかどうか」王の退室を機に、崩れ落ちる二人だった。演習場の事故から2週間が経っていた。意識を取り戻したリッキーは、傍にいた侍女にすぐさまヒカルの状態を確かめていた。リッキーの意識が戻ったことは、すぐに王宮内に伝わり、アランとジークがすぐさまやってきた。「リッキー、お前がヒカルの護衛についていてくれて良かった。礼を言うよ」「王太子殿下!もったいないお言葉です!」 無理に起き上がろうとするリッキーを、ジークが制した。「やっと気が付いたんだな。まだ無理はするなよ」「団長、申し訳ありません。王女を守り切れず…」「大丈夫だ。あの爆発の直後に魔術師のシルベスタ様がお前たちを救いだしてくださった。気づいているかもしれないが、ここは王族エリアの控室だ。シルベスタ様がヒカル王女様共々毎日治癒魔法を施してくださったんだ。もう、怪我も癒えているだろ? あとはなまった筋肉を鍛えなおすだけだ。」ジークにそう言われて、改めて自分の体を確かめ、リッキーは深いため息をついた。あの時、耳がおかしくなるような爆音と息をすることすら躊躇われる熱風に包まれながら、かすかに見えたヒカルの靴に覆いかぶさるしかできなかった。主であり、大切な友人でもあるヒカルを絶対に失いたくない!ヒカルの笑顔を守るためなら、命など惜しくもなかったのだ。今、落ち着いて考えると、傷跡すら残らず、あの日の出来事がなかったことのように思える。こんなことは、ありえないのに。リッキーは顔を曇らせてジークを見た。「お前はシルベスタ様に会ったことがなかったな。そのうちお目にかかれるだろう。あの御仁は、国内最強の魔術師だ。陛下とともにこの国の建国に力を尽くされた大魔術師でな。お前も今は気持ちと体がちぐはぐで不安定だろうが、じきに落ち着くだろうとおっしゃっていた。まぁ、ちょっと変わった方だが、陛下が親友と位置付ける唯一無二の存在だ」 リッキーは呆気にとられていた。そんなすごい人がなぜ今まで国政に関わっていなかったのか。ヒカルはともかく、なぞ自分まで助けて傷まで治してくれたのか。「ふふ、とにかく変わった人なんだ。リカルド、お前のことはとても気に入ってるとおっしゃっていた。これは非常に珍しいことだぞ。」ジークは楽しくて仕方がないのを必死でこらえているように、妙にまじめな顔で言い、アランも苦笑している。動けるなら早めに鍛えなおしておくことだと言い残すと、ジークを連れてアランは仕事に戻った。上司を見送ってゆっくりとベッドに起き上がる。まだ少しふらつく体を気力で奮い立たせるが、2週間は体力を奪うのに十分だった。トントンと、控えめなノックが聞こえ、そっとドアが開いた。「リッキー…。」 声の主は、リッキーが起き上がっているのを見て、思わずその場に座り込んだ。「お、おい。大丈夫か。今、やっと起き上がれたばかりなんだ」「リッキー、生きてるのね。ちゃんと動けるのね。どこも具合悪くないの?良かった。」 いつも勝気なベスの頬が、あふれ出る涙でべちょべちょになっている。奇跡を目の当たりにしたように小さな声で確かめながらそっと立ち上がり、ベッドサイドに近づく肩は不安で震えている。リッキーはとっさにそんな肩を抱きしめた。「心配かけたな。ごめんな、ベス。ヒカルはどうしてる?」「王女様も3日前に意識を取り戻されたわ。事故の事はほとんど覚えてないみたいだった。シルベスタ様が王女様を治療されて、どこにも傷が残らないようにしてくださったの。リッキーを治療されたのもシルベスタ様よ。」「そうか…。あの爆発の中にいて、生きているのが信じられないぐらいだ。とにかく、ヒカルが生きていて、元気でいてくれるなら良かった。」「うん、シルベスタ様から言われたの。リッキーが王女様の盾になってくれたから、王女様の命が守られたんだって。そういえば、リッキーの倒れていた場所だと、もう生きているだけで不思議なぐらいだったって言われてたけど、リッキー、何か危険回避の魔法とか使ってたの?」「ん?…あ、そういえば、ヒカルにもらったお守りのブレスレットは身に着けていたんだけど、どうなっただろう。」 ベスは、異世界で初めて見たリッキーのブレスレットの強い魔力を思い出してはっとした。「確かに、あれは強い魔力が封じ込めてあったわ。だけど、あのシルベスタ様もそんなお守りのことは仰ってなかったわ。ヒカル王女様に魔力を封じ込めるような高度な魔術が使えるのかしら…。ううん、そんなことどうだっていいわ。もし、ヒカル王女様のブレスレットが守ってくれたのなら、最高に嬉しいもの。リッキー、生きていてくれてありがとう。王女様の命を守ってくれて、ありがとう。」 思わずベスの顔を覗き込む。いつもなら、自分の気持ちだけを優先していたベスが、急に大人びて見えたのだ。「あ、当たり前だろ。」「うん、そうだよね。 ごめん、まだ仕事中だから、そろそろ王女様のお部屋に戻るね。リッキーが意識を取り戻したって連絡が来たから、王女様が早く顔を見せて、励ましに行くように言ってくださったの」 途端にリッキーの顔が赤くなった。部屋の扉をあけながら、ベスがふと振り返る。「お仕事上がりに、もう一度来るわ。ゆっくりやすんでね」「ああ、じゃあな」ベスを見送ると、リッキーはベッドで悶絶した。「どうしたんだよ、ベス。可愛すぎるじゃないか!!」 思えば事故の前にもヒカルには散々問い詰められていた。やれ、告白したのか、やれ、デートに誘わないのかとか。なんだよ、ヒカルってまだ12歳かそこらだろ?なんでこっちの気持ち汲み取っちゃうかなぁ。つづく
March 31, 2022
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こんな騒ぎになっていても、会場内の貴族は一人も覗きに来なかった。会場内では、アランが異世界転移していたこと、子を設けて帰ってきたことが発表され、大騒ぎになっていたのだ。そして、ヒカルが王女として認められたことも発表されると会場内は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。「おかしいだろう。10年余りも王族としての仕事を放り出して、異世界にいたんだと?おまけに子供まで作って、ふしだらにもほどがある!」怒り狂うルクセンに、アランは丁寧に説明するが、聞く耳を持たない。「異世界どころか、王宮に閉じこもって夜な夜な女性を襲っていたのではないですかな?婦女暴行事件には必ず王太子の紋章が入ったものが落ちていたと聞いている」幾ら攻めても冷静に対応するアランに、ルクセンはいよいよ肩を怒らせて詰め寄った。しかし、その肩にそっと手を添える者がいた。「ルクセン伯爵殿、少し、そのことで伺いたいことがあります。別室までお越しください」「なんだと? クランツ首相ともあろう人が、なぜこのような事態を抑えられないのです。」「あなたのお力をお借りしたいのですよ。さあ、こちらへ」 クランツに詰め寄るルクセンを、静かにしかし圧倒的な圧力で別室へと連れていくのはジークだった。 どうなるかと思われたパーティー会場はルクセンの退場であっという間に和やかな空気に包まれた。首相と第一騎士団の団長に連れられていくルクセンを見たら、鼻の利くほかの貴族も何かが起こっていることはすぐに気づく。 リオンはアランの臣下につくと宣言した。もうこれ以上もめる必要もないだろうというのが大方の考えだった。「お父さん…」「ヒカル、大丈夫だよ。この雰囲気なら、もう認めてもらえてるさ」小声で話す親子に、貴族たちが次々挨拶に訪れる。「ヒカル王女様、初めまして。私はジョージ・ウェリントンと申します。息子ジークとは、親しくしていただいております。我々の領地は王宮の南、海辺の街並みは美しい場所ですので、ぜひ遊びにおいでください」「ありがとうございます。」「ヒカル王女様、はじめてお目にかかります。スチュアート・フォリナーと申します。エリザベスを侍女に召し抱えてくださいましてありがとうございます。アラン王太子殿下、私は愚かにもルクセン伯爵の垂れ流す噂に翻弄されておりました。いや、お恥ずかしい。ウィリアムがいろいろ調べ上げております。後程ご報告差し上げます。 此度の事では、息子にもずいぶん意見されてしまいました。ですが、もう大丈夫です。我々貴族も間違っていることと分かれば、身を正すことを知っております」 フォリナー侯爵は潔く告げると、膝を折って忠誠を誓った。「フォリナー侯爵、リオンを正しい道に引っ張ってくれたのはウィリアムだとジークから報告が上がっている。今後ともどうか力を貸してほしい。そして、不慣れな娘の傍に、エリザベスがついてくれるのは心強い限りだ。」「有り難きお言葉」 次々と挨拶に来る貴族たちは一応に歓迎ムードで、華やかなパーティーの夜は更けていった。そんな華やかな場を後にして、一騎の馬車が王宮を出発した。「アルフォート! 帰るわよ!」「アンジェリーナお嬢様、いかがなされたのですか?」ひときわ豪華な馬車に乗り込み、執事のアルフォートを同席させたアンジェリーナは、会場で恥をかかされたと怒り心頭だ。「今日のこのドレス、どれだけお金をかけたかあなたなら知ってるでしょ?それなのに、リオン王子はほかの令嬢と婚約したっていうのよ!しかも、王子の護衛に帰れって言われたわ。周りの護衛たちもまるで私を悪者みたいに追い立てて!!」「お嬢様、それは大変でしたね。ですが、先ほど周りの者が噂をしているのでは、レイナ嬢はリオン王子の想い人だったとか。そればかりは仕方がないのでは…」 言いかけたアルフォートははっとした。今まで見たこともないほどの怒りに包まれたアンジェリーナがいきなりアルフォートの胸倉をつかんだのだ。「何をバカなことを言っているの。リオン王子には王太子になっていただいて、私と結婚してもらうのよ。そのためにお父様にも働いてもらってるのだし、お金に糸目をつけずにいろいろ計画してきたわ。財界トップのルクセン伯爵家の娘の私が、王妃になるにふさわしいはずよ!」「お嬢様、落ち着いてください。立ち上がられると馬車が揺れて危険です」「うるさい!!まったく、どいつもこいつも使い物にならないわね!私の言うことを聞かないのなら、いっそ、王国ごと焼き払ってしまった方がいいんじゃないかしら!」「ぐぐっ、苦しい…。お、お嬢様、なんてことを…」 胸元を締めあげられ、息もできないアルフォートは、意識を失う直前アンジェリーナの瞳の色が真っ赤に染まって見えた。 その時、轍に車輪がかかって馬車が大きく揺らいだ。腹の底から無限にわいてくる怒りをそのまま握りしめた手に込めると、アンジェリーナは勢いよくアルフォートを馬車の外に突き飛ばした。「ぐはっ!」 背中から道端に落ちていく執事を目の端に捉えて御者が止めようするのを制止すると、アンジェリーナは馬車を進めるよう命令した。そして暗闇の中に馬車は消えて行った。 パーティーから数日が過ぎた。ヒカルは午後からの魔術の時間を、王宮の森をはさんだ北側にある演習場で過ごしていた。魔術の先生は王城魔術師団のメンバーが交代で担当している。「ちっ、まったく。子供の相手なんぞ、王城魔術師団の大魔術師たる俺らの仕事ではないぞ。」「まあそう言うな、フィル。あれでもアラン殿下の娘だというじゃないか。どれほどの魔力があるか、試してみてもいいんじゃないか?」 その日の担当は貴族出身のフィルとロイスだ。二人は魔術師団の古株で、大抵のことは部下にさせ、自らは大魔術師と名乗っている。そんな彼らにとって、ヒカルはただの子どもに過ぎない。そのお相手となれば、ままごとの付き合いのように感じているのだった。ヒカルの傍で待機するリッキーが若いのもあって、尚のこと小ばかにするのだ。「さて、王女様、本日は何をいたしましょう。風を起こすことはもうできますかな?」「はい、風はこの通り」ヒカルが爽やかな風を起こすと、次は火を起こすように言い渡す。ヒカルが小さな炎を空中に浮かべると、フンっと鼻で笑った魔術師ロイスは近くの木箱に火炎をぶつけて見せた。「王女様、あなたがアラン殿下の娘だというなら、あの向こうにある黄色の壁の小屋の一つも焼いてみればいいのです」「おい、ロイス!あれは!」傍にいたフィルが慌てて止めに入る。その小屋はレンガで作られたもので、この国では、黄色い壁は火薬庫などの火気厳禁を現している。「なにをおびえているのだ。こんな小娘にレンガを焼き切れるわけがないだろう。ちやほやされて調子に乗らないように、今のうちに身の程を知らしめないとな。」こそこそと話す二人には耳を貸さず、真剣に取り組むヒカルは、ぼうっと火炎を出して見せた。しかし、その程度では焚火の火種ぐらいにしかならない。「どうすれば、強い火力がでるのですか、先生」「腹に力を込めて、火山が噴火するようなイメージで、掌に意識を集中するのです。まあ、頑張ってもあなたのような子供には…!!」言い終わる前に、ヒカルは足を踏ん張り腹筋に力を籠めると、すうっと瞳に赤い炎が浮かび、怒涛のごとき火炎を放出した。その炎はレンガどころか、中の火薬にも燃え移り、一つ、二つと爆発が起こり始めた。「やばい、逃げろ!!」「何しやがる、このガキ!」二人の魔術師はすぐさまバリアを張り巡らせて退避したが、多くの魔力を消耗したヒカルはそのまま倒れてしまう。「な、なにやってんだ!」離れた場所で待機していたリッキーは、異変に気付くとすぐに爆発が連続する演習場に飛び込んだ。あのパーティーで、自分の望みを優先させたがために、ヒカルに危険な目に遭わせてしまったことが、ずっと頭の隅でくすぶっていた。ヒカルは絶対に自分が守るのだ!リッキーは心に強く誓っていた。爆音で耳がきーんと悲鳴を上げ、視界は煙で閉ざされ、ヒカルを見つけられない。「ヒカルー!どこだ!!ゴホッゴホッ」叫んだ拍子に熱風で喉が焼けるように痛む。何が起こったんだ、煙でヒカルの居場所が分からない!リッキーはやみくもに走りだした。「ヒカル… ちくしょー! どこだー! あ、この靴は! うわっ!!」もうもうとした煙の中で微かに見えた見慣れた靴に駆け寄ったが、続いて起こった爆発に、リッキーは最後の力を振り絞ってその靴の主に覆いかぶさり、そのまま意識を失った。つづく
March 30, 2022
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