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最近再び凪の状態が続いている。かつてもあったが今回は深い。揺るがない感情。対人にも感情が動かない。客観的意識。透明感。これがゼロなのかもしれない。出てくるものは感情や思考ではなく直感・インスピレーション。ただ「在る」という自分自身への意識確認。一番にあるのは自分のやりたいこと、行きたい所。他の目、思惑とは無関係に自分がワクワクすること。「義理で」とか「止むを得ず」が無いこと。その時自分から笑顔が溢れていることが解かる。真に打ち込めることができるのは自分の心からのワクワク。期待や思い込みから超えたところにある。「人生はアート」だと聞いたが本当にその通り。他者は?わたしはこの生き方を今しているけれどそれぞれがそれぞれの生を生きている。生き方は他者に求めるものではない。かつて自分も感情の坩堝にいた。その時も今と同じように一生懸命生きていた。足掻き、もがき、怒り、泣き、大いに喜び、笑いその時を一生懸命今と同じに折角生まれてきたのだから色々な体験をしたい苦しい思いも、楽しい思いも、全て時が経てば懐かしい思い出となる生きた来た証今は凪この後はどんな体験ができるのだろうどんな意識・感情が出てくるのだろうとても楽しみでワクワクしている明日は行きたい場所 大阪の住吉大社へ行きます。
2010年05月28日
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ホ・オポノポノの『ゼロ』。バシャールの『ワクワク』。様々なメソッド。表現は違うが同じ。集中し、そのことに打ち込み、楽しく喜びを感じる時間。そこには思考がない。その状態が日常にある時が『ゼロ』の状態。そこには他を基準にした考えも、思惑も、我もない。真の愛の世界。
2010年05月24日
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生命力は素晴しい久しぶりにArrived Energy On Earth から人生の目的 Archangel Uriel channeled by Jennifer Hoffman Tuesday, 4 May, 2010 http://spiritlibrary.com/uriel-heals/the-purposeful-life あなたにとって人生の目的とは何ですか? 地球に存在する目的とは何ですか?私達はここで何をしていてどのようにして自分たちの生きる目的を知ることができるのでしょうか?人生を歩くための特別な道があるのでしょうか。しかも、その道を歩いているかどうか、どうやって知ることができるのでしょうか?もし、その道を歩かなかったらどうなるのでしょうか?もし、本来の目的がスピリチュアルなものであるとしたら、なぜ、多くの人がその目的を無視して物質的な世の中に生きているのでしょうか?しかも、繁栄しているように見えますが。。。物質的な世の中で生きている人達の目的は何でしょうか?私達はどのようにして生きる目的を知るのでしょうか?いつそれを全うしたと知ることができるのでしょうか? 私達にとって劇的なシフトが起きています。スピリチュアルな道を歩いていけば、人生をあなたの内側であらゆる側面で考えるようになります。もしかしたら、この内側の声によってあなたはがっかりして、今の人生がハッピーにも満足にもならなくなるかもしれません。なぜなら、私達にとって必要な物は、もはや金銭や物質ではない、何か他の物であることが分かってしまうからです。いったんそれに気付くと、今まで抱えていた目的を失い、新しい目的、価値観、意味を探し始めます。この岐路に立てば、私達は、生きる目的を再認識し、新たな喜びや満足が得られるようになるでしょう。人生の目的を見つめ、目的を持った人生の意義を理解し、新たな目的を見つけることが可能になります。その目的によって、私達はそれぞれの道を歩いていくことになるでしょう。 多くの人は、人生の目的についてじっくり考えたことがあるかと思いますが、目的を持たない方が良いと考る人もいます。私達はここに生まれ死んでいきます。物質的な観点では、生きる目的は、物質で埋め尽くすことですね。そして、それが完了すれば死んでいきます。生きている間にどんなに物質的に満足しても、死んでしまえば全てを残していくことになります。したがって、今こそスピリチュアルな観点で人生を見つめ始める時なのです。なぜならば、物質的な観点では、単に、次の世代の人間を創造する以外の目的がなくなってしまうからです。これからは、次のステップへ進むべきです。”どのようにして目的のある人生を生きるか?”です。 目的を持った人生とは、あなたにとって一番大きな望みを実現させることです。その望みは物質的なことかもしれませんし、スピリチュアルなことかもしれません。物質的な目的の場合、大きな成功を果たしたいことなのかもしれません。巨万の富を築きたいのかもしれません。スピリチュアルな目的の場合、愛を求めるのかもしれません。何年も掛けて叡智を求めていくのかもしれません。物質的な目的を持つ人生は、アップダウンが生じます。お金、叡智、成功、愛の積み上げのそれ以上でも以下でもないでしょう。勝ち抜いてのし上がったとしても、結局、落ちていった人達がいるのも事実です。まるで、山登りをした後にもとの場所に降りてくるかのように。。。 スピリチュアルな目的を持つと、その目的は、精神的な満足を追求していくことになります。これは、沢山の意味を持ちます。これは、物質的な世界を捨てて追及していくということです。言いかえれば、最もチャレンジングな状況、人達、環境を受け入れ、世界を癒そうとすることです。これは、とても価値のあることですが、ひとりひとりの生きる目的とは言えません。生きる目的をより深く理解するために知らなければならないことがまだあるのです。実は、人生に目的なんてないのです。突き詰めてみれば、まったく。。。 人生の目的を探してみると、結局、人生には目的なんて何もないことが分かります。あるフォーラムで、人生の目的について話す場があったのですが、“空で意味のないもの”と表現されていました。ある意味、人生そのものを考えれば、確かに、意味も目的も無いと思います。人生とは、私達の経験の積み重ねであり、その積み重ねによって意味が生まれてくるのですから。スピリチュアルな観点からの真の人生の目的とは、”no thing(空)”です。つまり、この物質的な世界に繋がらない限りは、人生の目的と物質的な世界とは何も関係ないのです。物質的な世界に繋がらなければ、目的を果たすための経験そのものがないわけですから。死ぬときに持っていける物質なんてこの地球にあるのでしょうか? これを聞いて落ち込んだり幻滅したりする前に、もっと突き詰めて考えてみましょう。私達全体の人生の目的は、対立から連携へのエネルギーシフト、カルマの解消、恐れから無条件の愛への移行、天と地の融合です。したがって、個々の人生の目的は、恐れ、ネガティブ、対立を取り除き、愛を受け入れるための心のスペースを造ることです。もう、それを実践しましょう!スピリチュアル的には、私達は完全なる愛なのです。 今の瞬間から次の瞬間へシフトすることは、一段階新しいエネルギーへシフトするのと同じです。その瞬間に経験することが何であろうと、それが私達の目的となるのです。そして、すぐに、他の目的へエネルギーをシフトさせることも可能です。魂の声に基づいて前進した経験が、恐れ、トラウマ、痛みからエネルギーを自分自身へ戻してくれます。私達を縛り付けるカルマのコードを手放せば、より多くの光で照らされるようになります。そして、新しいレベルへ、また、新しい目的へ進むことになるのです。その結果、本来の目的が、”癒し”からもっとあらゆる側面での”愛、慈悲、喜び、満足”へ重点を移すことになります。最も素晴らしい目的とは、ひとりひとりがセンタリングやグラウディングされ、光で包まれた状態で、簡単に人の繋がりが再構築できることです。この場合の人の繋がりは、神聖な繋がりであり、身体、心、感情、魂で繋がった関係のことです。そして、神聖なるスピリチュアルな生命体として人生の旅を楽しむことができるのです。にほんブログ村ご覧いただきありがとうございます。愛と光満ち溢れる一日に
2010年05月22日
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15日。 雲ひとつない快晴の中、中南信へ行ってきました。 ここの所何故か分杭峠の番組やニュースを立て続けに見て、どうも呼ばれている感じがしたので最初にそちらに伺いました。 同じ県内ですが初めてです。 途中伊那の諏訪神社に参拝させていただきました。 光がとても綺麗です。 分杭峠は余りの混雑の為、今は交通規制がされていて車の乗り入れは出来ません。 途中の駐車場でシャトルバスに乗ります。 大変込み合っていましたが、すり鉢状になった場では簡易な木の台が設けられていて、ゆっくり座って森林浴が出来ました。 暖かい日差しを受けて、まるで日向ぼっこの猫の気分。 感謝の気持ちを込めて、地球さんへ感謝の祈りを祈らせていただきました。 お返事のように谷の底から涼やかな風が吹いてきて嬉しかったです。 次は奥の水場に向ってみました。 皆さんお水を汲むポリタンクを幾つも持っていて、多くの方の目的はここでお水を汲む事のようです。 とても長い行列ができていて、待ち時間が1時間半から2時間という声が聞こえてきました。 帰りのシャトルバスに乗ろうとすると直ぐ横の枝から鶯の声。 運転手さんが「歓迎しているんですね」と言ってくれた、その柔らかな言葉がとても嬉しかったです。 分杭峠を辞し、杖突峠を通って茅野市へ向いました。 途中、守屋山を祀る守屋神社が目の前に現れたので車中から参拝。 守屋山の裾を通って諏訪大社上社前宮に伺いました。 御柱祭が終わったばかり。とても喜んでいらっしゃいました。 そして次は上社本宮へ。 こちらでも皆様とても嬉しそう。 大祭御柱祭の直後で、真新しい御柱が光っていました。 何だかわたしも嬉しくなって御柱に触らせていただきました。 ツルツルのスベスベ 氏子の皆さんが心を合わせて運び建てた想いが伝わってきました。 そして今まで伺ってこなかった諏訪の神社へ伺いました。 今まで何度も通った諏訪の道。 不思議とご縁が繋がらなく、今まで伺うことが出来ませんでしたが漸く伺わせていただくことができました。 習焼神社、櫛稲田姫のお母様がいらっしゃる手長神社、櫛稲田姫のお父様がいらっしゃる足長神社、そして諏訪湖の御神渡拝観という神事を司る八剱神社。 この日は手長神社にいらっしゃった、八剱神社の宮司さんにお話を伺うことができました。 今年諏訪湖は一度結氷して御神渡となりそうになりました。 でも次の日に氷が解けて果たせませんでした。 毎年御神渡の見極めの神事を行なっている宮司さんが、 「人間が自然や大地や水を想い大事にしてこなくなったので、神が御神渡なされなかったのだと思います。 わたしたちにもっと自然を大事にするように、との神からのお言葉なのでしょう。」 とお話くださいました。 しみじみ沁みました。 今パワースポットブームで、書店に行けばその類の雑誌や本がたくさん並んでいます。 ただ旅行感覚でそこに行って『ご利益』をいただくだけが目的、とするのはちょっと違うんじゃないかな、と思います。 わたしも各地へ行かさせて貰いますが、その土地に入ることが出来るということは、少なからず迎えて戴いているということ。 まず迎えて下さる事に感謝する気持ちが大切なんじゃないかな、と。 「ありがとうございます」 心から感謝申し上げる。 それが一番最初の出発点。 真摯な想いが土地のエネルギーを感じ、御神気を感じ、喜びを感じ。 帰宅してからの自分の生き方に反映されていく。 それが本当の意味の『ご利益』。 宮司さんのお話をお聞きし、ブームとなっている分杭峠に初めて伺って、改めてしみじみ感じました。にほんブログ村ご覧いただきありがとうございます。愛と光満ち溢れる一日となりますね
2010年05月18日
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来月来日されるダライ・ラマ法王。 長野で6月20日に講演会がありますが、金沢と横浜でも行なわれるようです。 横浜会場は今発売中。当日券もあるようです。 まだ間に合いそうですよ。 http://www.tibethouse.jp/dalai_lama/2010japan/より 【長野 講演】6/20 Sun 善き光に導かれて−今、伝えたい心− 平成22年6月20日(日)会場:ビッグハット(長野市) ・主催 善光寺 ・後援 ダライ・ラマ法王日本代表部事務所(チベットハウス・ジャパン)【金沢 講演】 6/22 Tue 般若心経の解説 ~希望へのみちしるべ~ 平成22年6月22日(火)石川県立音楽堂コンサートホール ・主催 チベット難民支援グループ 佛性會 ・後援 ダライ・ラマ法王日本代表部事務所(チベットハウス・ジャパン) 【横浜 法話・講演】6/26 Sat <法話> 縁起賛と発菩提心 The Virtue And Practice of Connectedness and Generating a Kind Heart <講演> 『幸せの本質』~共生と共存の未来へ向けて~ The Essence of Happiness and a Healthy Co-Existence 平成22年6月26日(土)会場:パシフィコ横浜 展示ホール ・主催 ダライ・ラマ法王日本代表部事務所(チベットハウス・ジャパン) ・後援 在日チベット人コミュニティ にほんブログ村ご覧いただきありがとうございます。愛と光満ち溢れる一日となりますね
2010年05月12日
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4日用事で諏訪の実家に行った主人。 行く前に一言。「明日の朝帰ってきたら、その足で皆神山へ行くから支度をしておいて。」 「5日も連れていってくれるんだ」とウキウキ。 最近こういうサプライズを企画してくれて嬉しいです。 皆神山へ着くと警察の方を始め誘導の人がいっぱい。 皆神山はピラミッド祭りでした。 子どもたちのお神輿の後はお神楽。 いつもはひと気のない皆神山神社が大賑わいでした。 わたしたちはひとしきり拝見してから静かに参拝へ。 桜の花びらが敷き積もった境内で、神々様はとても喜ばれているようでした。 皆神山から地蔵峠を登って行くと真田町に出ます。 手前に見えるのがきっと皆神山。真田町の竹室神社へ伺いました。 旧村営の小さな神社。 とても澄んだ気の神社さんでした。 そして次は別所温泉へ。 先日北向観音へ伺った時、下調べをしてなくて伺えなかった安楽寺へ伺いました。 安楽寺には国内で現存する唯一の八角三重塔があります。 別所温泉に着いた時の気温は30℃。 ひたすら暑かった。 その中で凛として建っている八角三重塔は美しかったです。 八角塔の中には大日如来様がいらっしゃるようですが、残念ながら拝見できませんでした。 安楽寺を辞し黒門を通ると北向観音はすぐ側。 気持ちのいい(?ちょっと暑かったな)日差しの中をトコトコ北向観音へ。 この日も綺麗な北向観音の光。 今回は由来の看板もしっかり見ました。 そこに書いてあった「常楽寺の山」が気になったので、今度はトコトコ常楽寺へ。 常楽寺の山の手前には石の多宝塔がありました。 最後に御祭り準備中の別所神社を参拝して予定は終了。 上田方面には殆んど来たことがなかったのに、二週続けて来る事になったのは呼んでいただいたのかな。 車に戻った時の気温は31℃。暑いわけです。 快晴に恵まれたこの連休。とても有意義に過ごせました。にほんブログ村ご覧いただきありがとうございます。愛と光満ち溢れる一日となりますね
2010年05月06日
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今日も各地は行楽日和のお天気でしたね。 長野も最高気温が30℃を超えたそうです。 どうりで暑かった。 暑くてもお天気がいいと嬉しいですね。 今日の太陽さんは巨大でした。 最後の写真は緑の太陽さんでした。 この間から改めて浮かんできたこと。ちょっと取り留めなくなりますが。 ブログを通していろいろな方と繋がって。 みんなそれぞれ日本各地に住んでいる。 直接会うことが出来ないけれど、でも繋がっている。 それぞれの地でみんなと共有する「アイテム」を、それぞれがその地で実行する。 そして例えば自分が行って実行したい事があったとして、遠くて自分が其処へ行けなくても、その地に住んでいる人が実行してくれる。 そしてそれを知ることが出来る。それってよく考えたらスゴイことなんだよね。 信頼と絆。 今日その体験をさせてもらいました。 本当にありがとうございます。 わたしがこの「長野」という地に住んでいることは、とても意味があることなんだな。 わたしが「此処」にいるからこそ実行できることが、きっとあるんだな。 わたしたちは望まれて今の地に住まわせて貰っている。 この地で生きて、生活して、育んで。 喜んで、楽しんで、幸せを喜怒哀楽を体験して。 全てがとても意味ある事。 今日はしみじみ感じています。にほんブログ村ご覧いただきありがとうございます。愛と光満ち溢れる一日となりますね
2010年05月04日
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今日もいい天気ですね。 ベランダから撮った太陽さん とても綺麗な虹のような冠を纏っています。 降り注ぐ光は祝福の光 今日も素敵な一日となりそうですね。にほんブログ村ご覧いただきありがとうございます。愛と光満ち溢れる一日となりますね
2010年05月03日
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今日は快晴。 主人に連れられて戸隠神社へ今年の初参拝へ伺いました。 登る道にはまだ桜が咲いていました。 9時に到着。 いつも伺うより早い時間でしたがとても沢山の光が降りていました。 宝光社 火之神子社 中社 今日は連休なので人がいっぱい。 車も県外の方がほとんどでした。 奥社の参道はまだ雪がいっぱいで、奥社は深い雪に囲まれていました。 今年初の参拝なので御朱印を頂こうと長い列の後ろに並びました。 待ち時間が長い為かみなさん雪の上に雪だるまや雪のアートを作っていました。 30分並んで御朱印帳をお渡しして先に会計をして「10人待ちです」と言われてまた待って。 でもその御朱印帳。他の男性に「自分のです」と言って持っていかれたと気付いたのは少ししてから。 同じ神社の御朱印帳は他には残っていなくて、神社の人から「こちらではどうしようもありません」と言われて悲しくなりました。 奥社の御朱印が最後だったのにな。 持っていったのは先日行った伊勢神宮の御朱印帳だったので尚更です。 これも一つの経験なのでしょうね。 帰り道。奥社の駐車場に入ろうとする車が延々と続いていました。 車の列は中社を過ぎ宝光社も超えて一の鳥居跡まで。 皆さん本当にご苦労様です。 連休中各地で渋滞があるでしょうが、気をつけて運転してくださいね。にほんブログ村ご覧いただきありがとうございます。愛と光満ち溢れる一日となりますね
2010年05月02日
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