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遥統番外編17
大切なあなたへ、サヨナラ
あの大戦の終結からおおよそ2年の歳月が経過し、完全に、とは言えないものの、エルフの森は以前の生活を取り戻していた。
最近のビッグニュースとしては、生死不明だった大戦の英雄、ゼロ・アリオーシュの凱旋帰還。このニュースに国民全員が湧きかえり、また同時に、大戦を想起させ、一時的な哀愁の念を抱かせた。
そしてこの日、大戦で犠牲になった同窓生たちを悼む、合同慰霊祭がゼロたちの学年でも行われることとなっていた。
南の王城から、北西に2キロほど進んだところに、大戦で犠牲となった貴族たちを称えた墓地がある。東西南北が国家予算を捻出して建設した墓地には計428人の貴族の墓碑が建てられているのだ。
「帰ってきてまだ間もないのに、大変だね」
ベイト・ネイロスの言葉に、ゼロ・アリオーシュは肩を竦めた。
「そうでもないさ。優秀な宰相がいるから、予想以上に政務は少なかったしな」
「国王陛下にお褒め頂けるとは、ありがたき幸せ」
コールグレイ家が用意した巨大な馬車の中で、二人の美男子が言葉を交わしていた。最大10人を同時に乗せることが出来る4頭の馬を使って走らせるこの馬車には、現在18~19歳になる西王と貴族、男女合わせて8人が乗っていた。
「まぁ、俺が何より驚いたのはライダーだけどな」
「確かに。ライダーもミューも、死にかけてたってのに。大したものだね」
ゼロの言葉に、マーシュ・ルッセンダムが相槌を打つ。
「うっせえよ」
馬車を手配してくれたライダー・コールグレイ、改めライダー・グレムディアが若干照れながら毒づく。彼の隣では、ミュー・グレムディアがくすくすと微笑んでいた。
「ライダーは、約束を守ってくれましたから」
「7年間の片想い、見事に成就したってわけだもんな。大したもんだ」
この馬車の中で一番面積を取っている大男、ギン・イクソラルが笑いながら言う。嫌らしさのない、爽快な笑い方だ。
だがその言葉の意味が分からず、ミューがきょとんとしている脇でライダーは穴が開くかと思うほどギンを睨みつけていた。
「ライダーの片想いを知らないのは当事者だけですわよ」
ギンの隣にちょこんと座っている、まだ12歳程度にしか見えない小柄な少女、ミシェリラーナン・ニークターがさらっと言ってのける。
「ま、俺はお似合いだと思うよ」
「おや?」
普段はライダーのこととなるとほとんど関わってこないゼロが、珍しく話に入り、予想外に二人に祝福の言葉を発する。誰もが一瞬耳を疑った。
「ただ二人とも熱くなると冷静さを失うところがあるからな、そこにだけ気をつけりゃ、グレムディア家は安泰だろう」
「なんか、やっぱりゼロの雰囲気変わったな」
「歳月は人を変える、か」
「流石西王様」
マーシュとギン、フェミル・フォーハーブが感慨深げに頷いている。
「もうすぐ、着くみたいだね」
馬車の速度が遅くなったのを感じ、ベイトがそう呟いた。
同じ頃、南の王城に集結し、墓地に向かったリオラーゼ家が用意した馬車の中には五人の男女がいた。
「あれからもう2年、かぁ」
あと数分で到着という頃、初めて馬車の中に言葉が漏れた。
「早いものだな」
最初の発言者、ユニア・キューターの言葉を受け、黒一点オリアス・ゼオンドールが端的に相槌を打つ。一人が声を出すと、続々と言葉が生まれてくる。
「5年前は、南の貴族10人いたのに、なんだかやっぱり寂しいな」
この慰霊祭の主催者、クラリス・リオラーゼが寂しげに呟く。
「皆自分の信念を貫いた。その分も私たちが生きるべき」
生じた重い空気を跳ね除けるように、ナナキ・ミュラーがすらっと言い放つ。
「そうですよ! 頑張らないと、皆に悪いですよ」
下流貴族という事実から、貴族学校時代からずっとアミール・サンデーフォークトは敬語を使ってしまう癖があるのだった。
南の貴族は10人中10人が戦場に戦士として足を運んだ。そして、5人が戦場に散った。だからこそ分かるのだ。生きたくとも生きられなかった彼らの分も、生きねばならないことが。
時を同じくして、北ではシェラクラハ家の用意した馬車で、4人の男女が墓地へと向かっていた。
「結局、ジェシカは生死不明?」
悲しげな面持ちで、エルミラ・クェフォーブが正面に座る青年に声をかける。
「諜報部の力をもってしても、彼女の居所はおろか生死も確認できなかった。済まない」
表情にはあまり出ていないが、声だけで申し訳なさが伝わってくる。シレン・フーラーのこんな姿を初めて見て、エルミラはおろか他の2人も驚きを隠せなかった。
「シューマ、ルー、ギッセル、イェーク、本当に惜しい人たちが……」
中性的な容姿の、まだ少年と形容できるサプル・シェラクラハが悲しげに俯く。
―――戦争に関与しなかったの、私だけなんだよね……。なんか、立場ないなぁ……。
貴族学校の同年代45名の内、戦闘にも政治にも、シアラ・ウェフォールは関わらなかった。その事実が、彼女を会話に参加させることを許してはくれないように、彼女は感じていた。
そして、東でも同様にコーセルバイト家が用意した馬車が墓地へと向けて走っていた。
「たったの、3人か」
声に力なく、ヴァド・コーセルバイトがそう漏らす。
「仕方ないよ、私たちは、一般論からすれば敵だったんだもん……」
ヒューネ・フェラッセの言葉は、ヴァドに向けるよりも、彼女自身へ向けられているように感じられた。
最後の聖戦を終え、ヴァドとヒューネは生き残ったことの方がすごいことなのだが。
「皆の魂が安心して眠れるよう、心を込めて祈りましょう」
その歌声を兵士の鼓舞に利用された悲しき歌姫、マリア・フィーラウネは、悲しげにそう呟いた。
最初に南の馬車が到着してから約1時間後、シェラクラハ家の馬車が墓地に到着した。今回参加できたのは20名。卒業当時は45名で、うち24名がここに墓碑を建てられているのだ。ジェシカ・レドウィンは生死不明のため、墓碑は存在しない。
久々の再開にわやわやとしている中、主催者であるクラリス・リオラーゼが前に出た。
「慰霊祭のあと、リオラーゼ家で簡素だけど同窓会の準備をしているから、積もる話はその時にして、今は、皆に祈りを捧げましょう」
彼女の言葉に、静寂が訪れる。
そして彼女は、戦死した同窓生たちの名を読み始めた。
シューマ・デルトマウス
北の上流貴族デルトマウス家の嫡子にして、アイアンナイツの新星と期待されたが、西南北同盟前のシャーデンの戦いにて、ゼロの奪還を狙った西の虎狼騎士と交戦し、無念の死を遂げる。
彼の名を耳にし、武術専攻クラスのメンバー全員が表情に陰影を落とした。
―――死ぬには早すぎだろ、馬鹿野郎……。
ブルー・ワークターク
西の下流貴族ワークターク家の三男で、卒業後三年間の訓練の末、ようやく虎狼騎士となる。だが、最後の聖戦にてクロー・ユヴェルデーテスの部隊に所属し、ルティーナ・フォード率いる部隊と交戦、善戦空しく、その命を雨降る大地へと捧げた。
彼の名を聞き、特に仲のよかったマーシュ・ルッセンダムの目にうっすらと涙が浮かんだ。
―――ようやく、これからだってのになぁ……。
クロー・ユヴェルデーテス
西の中流貴族ユヴェルデーテス家の次男で、卒業後恋人のシェリル・マッケンジーとともに虎狼騎士を目指し、二人とも16歳の頃見事に選抜試験に合格。同盟前の北東連合軍との戦いで彼女を失い、復讐に燃える彼は最後の聖戦にて一大部隊を任せられるも、ルティーナ・フォードの狂剣の前に、儚く散った。
彼の名を聞き、ついにマーシュの目から大粒の涙がこぼれ始めた。
―――ブルーもお前も、逝くには早すぎるんだよ……。
アスター・リッテンブルグ
東の中流貴族リッテンブルグ家の三男で、卒業後王立騎士となり、メキメキと頭角を現し東の聖騎士と謳われるほどとなった。だが、その名声を東の総大将ムーンが利用し、最後の聖戦ではゼロと一騎打ちを繰り広げるも、あえなく戦死となった。彼の活躍により、リッテンブルグ家は東の上流貴族へと登り詰めた。
彼と恋仲であったフェミルを心配し、皆が彼女を見たが、彼女は凛としたまま、僅かに肩を震わしながら涙を堪えていた。
―――アスターの想いは、私が引き継ぐから。
リヴァス・ベルテンダル
東の中流貴族ベルテンダル家の四男で、王立騎士団に所属。粗野な性格から部隊長に抜擢されることはなかったが、実力は折り紙つきでそこをムーンに利用される。最後の聖戦にてベイトを怒らせ、彼の魔獣によりこの世を去った。
あまり親しい友のいなかった彼だが、武術クラスのメンバーたちの表情には暗すぎるものが浮かんでいた。
―――リヴァス……ごめん。
ジーン・ヴェーフェル
南の上流貴族ヴェーフェル家の三男で、シックス・ナターシャの魔法騎士団に所属。目目立った戦績はなく、ムーン台頭に際して恋人のイクスティ・オーチャードのオーチャード家が粛清にあい錯乱したまま、同盟直後東が南に攻め入ったムートの戦いに出陣。ルー・レドウィンの部隊によって討たれた。
彼と親交の厚かったシレンが、その表情を曇らせた。
―――先にそっちで待ってろ、遅かれ早かれ、俺もそちらへ向かう。
ミリエラ・スフェリア
西の中流貴族スフェリア家の長女で、虎狼九騎将として、魔法騎士として、抜群の働きを見せるも、ムートの戦いにて因縁の敵クウェイラート・ウェブモートと交戦、相討ちとなる。彼女の無念はムーンに利用され、最後の聖戦においては愛するゼロの刺客として彼と戦う。最後は彼の腕の中で逝った。
彼女の最期を見届けたゼロは、悔しそうに拳を握り締めていた。
―――ミリエラ……すまない……。
フィールディア・フィートフォト
南の上流貴族フィートフォト家の長女で、紅騎士団団長を務め、南になくてはならない存在であった。恋人のシューマの死を知ってからも、その心中を誰にも打ち明けることなく、健気にも戦いに明け暮れる。最後の聖戦においてその命を使い果たす。戦後、フィートフォト家は滅亡することとなった。
彼女と逆に裏側から南を支え、彼女の親友でもあったナナキ・ミュラーが、小さく彼女の名を呟いた。
―――南はこれからなのに、フィーがいないなんて、寂しすぎる。
シェリル・マッケンジー
西の中流貴族、マッケンジー家の次女で、恋人のクローとともに16歳のとき虎狼騎士となる。だが同盟前の北東連合軍とのアンファンの戦いで東の部隊に包囲され、彼女の所属した第17小隊もろとも戦死を遂げる。
彼女の名を耳にし、アスターの名前は堪えたフェミルの瞳から涙がこぼれた。
―――シェリル……クローと仲良くね……。
ゼリオ・ヴォック
東の中流貴族ヴォック家の次女で、ミステリアスな雰囲気を醸し出す不思議な存在だった。しかし剣と魔法の腕は確かで、その腕前はムーンに認められ、東の精鋭部隊、四死天の一人に抜擢されるほど。最後の聖戦において、貴族学校時代の想い人であるライダーと壮絶な死闘を繰り広げ敗れ、彼に看取られながら最期を向かえた。
あの戦いを思い出し、ライダーがそっと瞼を閉じる。あの戦いは、彼にとってあまりにも大きかった。
―――お前のおかげで、今の俺がいるぜ、ゼリオ。
ルー・レドウィン
北の上流貴族レドウィン家の嫡子で、同盟に際して父親の命令で東へと所属を変える。面倒くさがりだが実力は本物で、ムートの戦いにて総大将を務め、連合軍と敵対する。しかし南の自由軍を率いるグッディム・モックルベラから受けた攻撃がたたりながらも無理を押して大魔法を使用、魔力と体力を消費仕切り、その命を燃やし尽くした。
貴族学校時代、彼と恋仲であったユニアの目に、大粒の涙が浮かぶ。
―――ルーくん……もう一度お話したいよ……。
ギッセル・ダンクム
北の中流貴族ダンクム家の嫡子で、北の王立騎士団魔法騎士部隊に所属。荒っぽい性格だが人情が厚く、魔術専攻クラスでもムードメーカーの一人で、政術専攻のセリラと恋仲であった。同盟前の北と西のズィプテンの戦いにて無念の戦死を遂げる。
貴族学校時代よく彼とつるんでいたヴァドが、悔しそうな表情を見せる。
―――簡単に死ぬなんて、お前らしくねぇじゃねえか……。
イェーク・ニクトムタートス
北の中流貴族ニクトムタートス家の三男で、17歳の時に見事アイアンナイツとなるも、その初陣たるズィプテンの戦いにて単身で虎狼騎士団第18小隊と相打ちという見事な最期を遂げた。
いつでもクールだった彼の死は、同じ魔術専攻クラスの面々には俄かには信じ難かった。
―――ギッセルもイェークも、死ぬには早すぎだよ……。
ベルヘント・キーカクル
西の中流貴族キーカクル家の四男で、諜報部に所属。同じ西の貴族エレミアと恋仲であった。同盟前のシャーデンの戦いにて斥候を務めるも、不運にもアイアンナイツと遭遇。3対1の絶対劣勢の中一人を打ち倒すも、命を奪われた。
同じ諜報部として、シレンとナナキにとって彼の死は大きかった。
―――俺も一歩間違えば、死んでいたんだな……。
―――諜報部とは、そういうところだものね。
アル・オーレイ
東の上流貴族オーレイ家の次男で、貴族学校時代は委員長を務める優等生で、アミールと交際があった。戦闘に関しては才能があったわけではないが、魔力は非凡なものがあり、親友のルーとともに幾度か戦場に赴いた。最後の聖戦において一部隊を指揮するも、ミューとの壮絶な一騎打ちに破れ、大地へその身を委ねた。
彼との戦いを思い出し、ミューの表情が歪み、恋人であったアミールの目に涙が浮かぶ。
―――貴方の想い、忘れません……。
―――アルくん、サヨナラ……。
ニーギス・ヴァレーシュ
南の中流貴族ヴァレーシュ家の長男で、代々魔法騎士の家系としてシックス・ナターシャの魔法騎士団に所属した。魔術専攻クラス時代からポーヴェ、アレッドと3人でよくつるんでいた。最後の聖戦において、コトブキ・ジェネラル部隊の攻撃を受け戦死した。
貴族学校時代彼と交際していたマリアが、俯き加減になる。
―――ご冥福を、お祈りしてるわ……。
アレッド・マーターラーサー
南の中流貴族マーターラーサー家の三男で、温和でおよそ戦争とは無縁の人物であったが、親友のニーギス、ポーヴェに誘われるままシックス・ナターシャの魔法騎士団に入団する。だが最後の聖戦においてニーギス同様の最後を遂げた。
彼と恋仲であったヒューネが、目を閉じた。
―――アレッド、安らかに眠って……。
ポーヴェ・ウェンタンス
南の中流貴族ウェンタンス家の次男で、自由気ままに生きることを望み、自らの意志でシックス・ナターシャの魔法騎士団に入隊した。最後の聖戦において、ニーギス同様に無念の討ち死にとなる。
同じ南の貴族として、オリアスの目に涙が浮かぶ。
―――お前ら3人して逝っちまうなんて、どこまで仲が良いんだよ……。
イクスティ・オーチャード
東の上流貴族オーチャード家の次女で、両親の愛情を受けて過保護に育てられ、貴族学校時代からジーンと交際していた。しかし父のオーチャード卿の地方統治を快く思わなかったムーンによりオーチャード家に粛清が下る。燃え盛る屋敷の中、アスターの手によって殺された。
アスターが彼女を殺したという事実は、フェミルの耳にも入っていた。
―――ごめんね、イクスティ……でも、アスターは正義を貫いたの。
リディア・ラールフ
西の下流貴族ラールフ家の長女で、虎狼騎士としては珍しく魔法騎士としてミリエラの小隊員として活躍した。ムートの戦いにて行方不明となったミリエラを探し、彼女の亡骸を見つけるも、それを利用しようと現れたムーンに邪魔と思われ非業の死を遂げた。
彼女の恋人であったギンが、肩を震わしていた。
―――リディア、お前のことは、生涯忘れん……。
エレミア・ヴェルフォラジャ
西の下流貴族ヴェルフォラジャ家の四女で、王立騎士団に魔法騎士として入団する。恋人のベルヘントをシャーデンの戦いで失って以降、彼女の歯車は狂った。ムートの戦いにおいて、体調不良ながらも出陣したが、敵に情けはなく、その命を散らした。
いつも明るく、周りを笑わせるのが上手だった彼女の死は、魔術専攻クラスのメンバーに。とりわけ同じ下流貴族のアミールに深い悲しみを与えた。
―――エレミア、いつか私もそっちにいったら、またお話しましょうね……。
ランフェル・カータード
東の中流貴族カータード家の次女で、政術専攻クラスに所属しながらも卒業後は騎士となり、東のために戦った。痛覚を感じないという神経障害も持ち、自らの身体を省みずに戦い、最後の聖戦においてテュルティ・アリオーシュを追い詰めるも、意識を取り戻したベイトに心臓を貫かれ、絶命した。
政術専攻クラスの旧友エルミラの目に涙が浮かぶ。
―――なんで、戦場なんかに行くのよ……。
セリラ・ヒューレン
東の中流貴族ヒューレン家の三女で、政術専攻クラスに所属しながらも卓越した槍術を誇り、東の騎士として活躍した。在学中はギッセルと恋仲であった。最後の聖戦においては西のリン・イーヴァインと互角の戦いを見せるも、彼女の奇策の前に儚くもその命を散らした。
政術専攻クラスの同級生、ミシェリラーナンが悲しげな表情で俯く。
―――死んでは、何にもなりませんのよ……。
そして、あと一人分名前が挙がるはずなのだが、クラリスはその名を口にすることを躊躇った。“彼女”の墓碑だけは、ここにはないのだ。
何故なら“彼女”は、森に混沌を撒き散らした元凶として扱われているのだから。
「後は、ムーンか」
全員の考えとは裏腹に、ゼロがその名を口にする。彼女の名を気安く呼べるのは、この場においては、彼女と戦い、平和を築き上げた彼しかいないのだ。再び、ゼロが彼女の名を口にした。
ムーン・クールフォルト
東の王家クールフォルト家の長女で、北王オーゲルド・ラックライを殺害し、東北の同盟を一方的に破棄させ、統一戦争を激化させた大罪人としてその名は語られている。だが彼女もまた“森の意志”の犠牲者の一人であり、その事実を知るゼロからすれば、この仕打ちはあんまりではないかと思っている。最後の聖戦において、愛するゼロと激闘を繰り広げるも破れ、その命を以って“森の意志”から開放された。
全員が複雑な表情を浮かべ、彼女のことを思う。
―――誰がどう思おうと、俺はお前を忘れないさ。
こうして全員の名を読み終えたゼロたちは、最後に死者への黙祷を捧げた。
もう二度とこんな戦いを起こさないことを。
犠牲になった人々の分まで、生き抜くことを。
皆で過ごした7年間を、忘れないことを。
様々な思いを残し、彼らは合同慰霊祭を終えた。
その後の同窓会にて。
「毎年、こういった機会を設けるといいかもね」
「そう、だな」
ベイトとゼロがワイングラスを片手に持ちながら、壁際で話をしていた。
「せっかくの同窓会なのに、暗い顔をしては損だよ」
そこへ一際小さな少年が近付く。
「サプル」
「ああいうことの後だからこそ、笑わなきゃいけない気がするんだよね」
「お前は強いな」
そう言い、ゼロはまるで弟の頭を撫でるかのようにサプルの髪をくしゃくしゃとする。それを見てベイトはようやく笑みを見せた。
あるテーブルでは、男女が3組集まって話をしていた。
「しっかし、まさかライダーとミューが結婚までいくとは、思わなかったな」
新婚の二人にニヤニヤとした笑みを浮かべ、オリアスが突っ掛かる。
「そういうお前らだってもう結婚してんじゃねえかよ!」
ライダーの指摘通り、確かにオリアスとその恋人エルミラは婚約はしている。だが、まだ結婚まではしていないのだ。
「恋人同士生き残れた私たちは、幸運だったんだよね」
エルミラの言葉に、5人が少し俯く。フェミル、ギン、マリア、ヒューネ、アミール、ユニアの6人は、恋人を戦争で失ったのだ。戦争が無ければ、彼らと同じように婚約、結婚までいっていたかもしれないのに。
「ところで、ヴァドとナナキはまだそういうことは考えていらっしゃらないんですか?」
場面の空気を変えようと、ミューが別の恋人同士に話を降る。
「生憎私は諜報部、迂闊に婚約は出来ない」
「俺はいつでもいいんだけどねぇ」
東の騎士として奇跡的に生き残ったヴァドだが、こちらの方面での奇跡はなかなか起こりそうになかった。
「なぁんかさ、あっちのテーブルの雰囲気、羨ましいというか何というか……」
不機嫌そうな声でヒューネがフェミルとアミールに声をかける。すっかり酔いが回っている彼女に、二人は少し怯えた様子だ。
「仕方ありませんよ、同じく戦場に身を投じたのですから、分かるはずです。あそこで生き残るか死ぬかなんて、本当に運次第ですから」
「ただ運って片付けちゃうのも、悲しすぎるけどね」
アミールとフェミルの反応に、ヒューネがため息をつく。
「アレッドは運悪かったからなぁ」
そう言ってヒューネは再びワイングラスを仰ぐ。
「こういう時は! 飲んで寝る! ホラ、あんたらももっと飲みなさぁい!!」
「「ええ?!」」
まさかの展開に、フェミルとアミールは逃げる術を持っていなかった。
「クラリス、今日は本当にありがとうね」
「どういたしまして」
主催者であるクラリスの隣には、彼女よりも頭一つ分ほど小さい美少女がワイングラスを片手に立っていた。
「ベイトくんのとこに、行かないの?」
純粋無垢な瞳には、素直な感情しか浮かんでいなかった。クラリスは、苦笑いする。
「負け犬は大人しく引き下がりますよ~だ」
「あ」
言ってから思い出す。ベイト・ネイロスが2つ年下のテュルティ・アリオーシュと結婚したという話を。
「……飲もっか?」
「もちろん」
クラリスとユニアは、小さく乾杯をした。
「どうにもこういうのは苦手ですわ」
和やかな雰囲気の中、毒舌を吐く少女が一人。
「まぁまぁ、折角の機会なんだし」
「たまにはミシィも政治から離れろって」
不満を垂れるミシェリラーナンに対し、マーシュとギンがなだめにかかる。ゼロ不在の西を政治的に支えたのは勿論王妃ユフィ・アリオーシュや宰相ベイト・ネイロスの活躍も大きいが、彼女の働きも忘れてはならないのだ。こと経済政策においては彼女のセンスは抜群のものがあり、他国からも一目置かれているのも事実だ。
「この同窓会を開く資金があったら、もっと民への公共の福祉の充実が……」
ぶつぶつと呟き続ける彼女には、大戦を生き抜いたマーシュもギンも、苦笑するしかなかった。
「複雑そうな顔をしているな」
壁際で一人休んでいるマリアに、シレンが近付いた。
「少し、考えごとをしていただけよ」
「案ぜずとも、どう足掻いてもまだ完全な平和にはならん。また戦いが起こるかもしれないが、お前はお前の歌を歌えばいい」
意味深な彼の言葉を聞いても、マリアは表情を変えなかった。
「……そうね」
まるで未来が分かるかのように、二人の空気は誰にも読めなかった。
「なぁに柄にもなく暗い顔してるんだよ」
テラスで夜風に当たるシアラを、彼が訪れた。
「ちょっと、居にくいんだよね、ここ」
苦笑交じりにシアラが答える。若干頬が赤い。飲んでいることは確かなようだ。
「お前が戦争に関与してないからか?」
「ご名答」
ふむ、とゼロが小さく唸る。
「確かに命を懸けて、死んでいった奴もいるのに、自分だけ何もしなかったと思うときついかもしれないな」
彼の言葉には、責めも慰めもない。ただ淡々としたテンポがあるだけだった。
「だが、人生はまだ長いぜ?」
シアラが、きょとんとした表情を見せる。
「後悔する気持ちがあるなら、これからの生き方で示せばいい。お前に出来ることは多いはずだぞ?」
ゼロの前向きな言葉に、シアラはくすりと笑った。
「やっぱゼロと話すとなんか落ち着くなぁ」
「隣に居てやることは出来ないが、相談くらいなら乗るさ。シアラは、笑ってる顔が一番似合ってるからさ」
その言葉に今度は耳まで赤くする。
「妻帯者がそんなこと言うもんじゃないぞ?」
そう言いながらも、シアラはゼロの頬へ軽くキスをする。
「お言葉に甘える時があったら、その時はよろしくね♪」
そういい残し会場へと戻っていく彼女を、ゼロは呆然と見送っていた。
死者は帰らない、それは絶対の真理だ。
だが、死者は忘れられなければ、色褪せずに人々の心の中で生き続ける。
そして俺たちが今生きている時間は、今を生きられなかった奴らの時間でもあるんだ。
これから先、後悔したり、挫けそうになることがあるかもしれない。
それでも、俺たちは力強く生きていく。
そうしなければ、サヨナラ告げたあいつらに、向ける顔がなくなっちまう。
行こう、俺たちの、未来へ。
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