Nonsense Story

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うわばみ 1




うわばみ 1




 少年は一人で、 舗先 ( みせさき ) に坐していた。彼の頭上には、杉の葉を固めて作られた、大きな 雪洞 ( ぼんぼり ) のようなものが吊るされている。一般に 酒琳 ( さかばやし ) と呼ばれる、造り酒屋の看板のようなものである。
 家の者は留守だった。祖父母は先日から湯治に出かけており、伯父は役場に、伯母は保育園に通う従妹の迎えに行っている。この家に預けられている彼は、少しの間、 舗番 ( みせばん ) を頼まれているのである。
( みせ ) の前の未舗装の道路を、風が渡って行く。踊るように砂が舞って、少年は一つ身震いした。風が冷たく感じられるようになってきた頃だった。
 おばさん、まだかな。
 ぽつりと呟く。誰が待っているわけでもなかったが、早く部屋に入りたかった。
 舗にあった空瓶の蓋で、でたらめに線を描く。蓋には舗の屋号が入っている。長いのや短いの。真っ直ぐなのや曲がりくねったの。最後に全部を繋げて、垂直な線を加えていく。舗の入り口を駅に見立てた線路である。しかし、舗の前でとぐろを巻いているかのように描かれた線路に、次の駅はない。
 どうしようかと考えていると、頭上から声がした。
 これ、へび?
 つと ( かお ) を上げると、自分と同じくらいの少年である。 微笑 ( わら ) っているような細い眼で、こちらを見下ろしている。
 彼は少し ( たの ) しい気分になって応えた。
 ううん。線路。でも、次の駅に行けないの。ここから動けないから。
 どうして動けないの?
 この舗の番をしてるから。
 じゃあ、舗の中には行ってもいいの?
 いいよ。
 なら、ここと舗の中を使ってかくれんぼしよう。
 彼は一も二もなく頷いた。退屈だったし、寂しかったのだ。
 鬼は彼がすることにした。舗の番もするには、かくれているのでは都合が悪かったからである。
 入り口脇の柱に顔を ( うず ) めて数を数える。十まで数えて声を掛けようとした時、伯母が帰ってきた。
 何をしているの?
 かくれんぼ。今、男の子が来て中に隠れてるの。
 従妹が自分もすると ( ) って、先に少年を捜し始めた。しかし、表の店土間にも奥の醸造蔵にも、少年の姿はなかった。そしてその代わりのように、 ( ふね ) の中から一匹の蛇が見つかった。


 「槽って何?」
( くだん ) の造り酒屋に向かう車中で、わたしは訊いた。旦那の運転で、 ( はは ) の実家へお歳暮を届けに行く途中である。
「酒袋を圧搾する機械みたいなものだよ。風呂釜みたいな形をしてるんだ。昔の五右衛門風呂みたいなのじゃなくて、今の浴槽みたいなの。最近は使ってるとこ少ないんだけどね」
 さすがは造り酒屋の孫である。酒琳は年に一回、最初の酒が絞られた時に新しいものと取り替えられ、新酒ができた合図になるのだと教えてくれたのも彼だった。青々とした杉の葉がだんだんと赤茶けてくることで、酒の熟成度の目安にもなるのだという。
「それで、蛇はそこで冬眠してたわけ」
「うーん、きっと隠れてたんじゃないかな。でも、冬眠の時期に差し掛かってたもんだから、そのまま寝ちゃったんだと思う」
 旦那はどうやら、あの少年が蛇だったと云いたいらしい。
「随分と間抜けな蛇ね」
 わたしは適当に調子を合わせて云った。実際には、家の裏口から出て行ったか、彼の夢であったかのどちらかだろう。
「それが、そうでもないんだよ。そいつさあ・・・・・・あ、ここだよ」
 旦那が何か云いかけたところで、前方にある商店の軒に、緑のくす玉のようなものが吊るされているのが見えた。酒琳である。色から ( ) して考えるに、新酒はできたばかりであるようだ。
 舗の前の ( みち ) は、今はもう舗装されている。酒琳の下に、一組の男女が ( ) っていた。男がわたし達の車を指差し、女の方が徐行している車の横へやって来る。それを見て、旦那が窓を下ろした。
「この先に駐車場があるから、車はそこに停めて」
 わたし達の結婚式で見たきりの、旦那の 従妹 ( いとこ ) であった。




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