不登校・ひきこもり・ニートを考える

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巨椋修(おぐらおさむ)

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2007年08月12日
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カテゴリ: 不登校
学校教育において、相反する2大標語があります。













これ……


無理ですから……


個性を尊重して、みんな平等って不可能ですから……

だって、児童生徒が“個性的”に行動したら、クラスはたちまち学級崩壊です。

この平等意識は、学校だけじゃなく、日本人の国民性にまでいたっているような気がしますね。



以前『学校は軍隊だ!』で書いたように、学校は軍隊に近いところがありますから、とても個性を発揮するような場でじゃない。

じゃあ平等ならいいのかというと、平等にするには、出来る子をおさえつけ、できない子を切り落すしかないという一面がありますな。


わたしはね。



実によくやっている。



しかし、いささか現代社会に合わなくなってきているとも思います。

ここらへんで少し考え方を変えてもいいんじゃないかと思ったりしますね。






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Last updated  2007年08月12日 09時07分19秒
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個性と我侭の違い  
スケッチ さん
個性と我侭をはき違え、それを皆が押し通そうと

個性を発揮することは出来るし、大人は子供に
そのことを教えるべきだと思います。 (2007年08月14日 19時03分59秒)

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