さんぽ すすんで にほ さがる

食とのつきあい


幼い私からすれば、ナイフとフォークを使ってお行儀良くステーキを食べるよりも、ファミレスでお子様ランチを食べたいのが本心だったのだが、両親がファミレス否定派で、連れて行ってもらえなかった。そのため、誕生日に祖父母がファミレスに連れて行ってくれるのがすごく楽しくてワクワクした記憶がある。(だが、今現在私もファミレスには自ら行こうとは思わない。でも子供ができたら連れて行ってあげるのかな・・・その前に父親募集。)
高校生になっても家族そろっての外食の習慣は続いており、レストランの選定を時々任せてもらえるようになった。
その頃、私は拒食症だったため、食に関してかなり神経を使いすぎていた。食事をきちんと摂っていなかったため、1度の食事がかなりのビッグイベントだった。それで、私がレストラン選びをするときは、1週間も前からインターネットで調べ、良さそうな店のメニューをすべて調べて、自分でカロリーブックでカロリー計算していた。
食に自分の生活が支配されていた。
でも、食事にこだわるのは、幼いころからだったかもしれない。
小学校から帰ると、いつも「今日の夜ごはんなあに?」と聞いていた。
過剰な糖分・脂肪分、添加物は体に悪影響だからと、あまりおやつを食べさせてもらえなかったため、すごく夕食が楽しみで楽しみでしょうがなかった。
それで夕食となると、妹と2人で競い合うようにおかわりをいっぱいした。
重度の拒食症の時は、母親が私にたくさん食べさせようとし、それに反発した私が意地にになって食べないのを見かねた父親が、外食に頻繁に連れ出してくれるようになった。
過食症になると、外食するのが嫌だった。なぜなら、1人前の量で満足できないから。だからといって、沢山食べるところを見られるのは恥ずかしかったから。1人分のコース料理を食べても満足できず、外食から帰ってすぐに自分で料理し食べまくった。高いお金を払って美味しいものを食べて幸せな気分になるどころか、そのあとに自分で適当に作ったものを大量に摂取して、なんだか一緒に食事に行く両親に申し訳ない気持ちがした。そのため、この頃はビュッフェ式のレストランに行くことが多かった。
やはり、大量に食べているところを見られるのは家族であれど恥ずかしく、夜中に料理をして食べることがほとんどだった。そのため昼夜逆転な生活を送っていた。でも、母親は買い物をしてもしても冷蔵庫や貯蔵庫からどんどん食べ物がなくなっていくため、かなり心配していた。
過食嘔吐の時は、外食することは極力控えていた。どうせ吐く食べ物に高いお金を払ってもらうのは申し訳なかったから。しかし両親は、『遅かれ早かれ体外に排出されるのだから気にするな。』と言っていた。
過食症が落ち着きだした今、食にこだわる時と、興味が湧かずどうでもいい時と、かなり両極端になりだした。本当はこだわりたいけど、完璧主義なのでこだわりだすとキリがなくなってしまうと自分で分かっているため、そんな病気じみたことをしたくないから、どうでもいいフリをしているのかもしれない。だから、両親が以前のノリで、「今週末どこに食べに行きたいか調べておいて。」と頼んできても、以前ほどやる気がない。どこでもいいわぃ!と思ってしまう。無計画なので、出先ではランチ難民(?)になるのだが、そこでも「じゃあ、イタリアンと中華と和食とフレンチ、なにが食べたい?」と聞かれたり、店の名前を羅列されて「で、どこがいい?」と聞かれても、自分が何を食べたいのか分からず、考えられず、頭が働かず答えるのに困り、結局「どこでもいい。」という回答になってしまう。かなりめんどくさい子になってしまうので、申し訳ない気持ちになる。両親は私の微妙な気持ちを理解しくれるようになったので、そんな答えが返ってきてもスルーしてくれるのだが。
でも、他人とそういう場面になったとき、どう対応すれば良いのか難しい。








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