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夏休み(7月と8月)モードに入る前は比較的静かで、それに猛暑でうだっていたのが、暑さは落ち着き、出勤時刻も幾分夏時間にしようと思った矢先、毎日が忙しかった。特に今週は正直しんどいぃぃぃ。。。
我々は何か「これ」(この回)で終わりだ、もうやらない、続けないと決心すると精神的に落ち着く。実際にそう思いきると楽になる。緊張がとけるとでも言おうか。。そしておかしなことに、その最終回に即刻次のシリーズが始まっていることに気付くのである。
オニオンの例は、2002年からゴスペルのコーラスに一年通ったのだが、なんとなくフンギリつかない気持ちを抱えていたので、ゴスペルの終わりということでクラス外のスタージ(講習)が週末あったので参加した。講習料はクラスの一年分ほどあったので、躊躇したが、オニオンの金銭は揺れたが琴線は不動さんだったからだ。
もちろん講師が別人であった。「どうせ」アフリカ人(カメルーン)だろう。同じようなもんだわ。。。
ところが、その会場についたオニオン、一歩足を踏み込んだ、階段をあがると、瞬間、何かを感じた。それは「静けさ」だった。まだ誰もいなかったようだったが、よく見るとピアノの横に一人髪の毛がアフリカンでツナギを着ている。ディディエの兄さんエマニュエルだった。黒くてよくわからなかったが、微笑んでいたようだ。その時だけ、ディディエの代理だった。
それからはまるで魔法にかかったように、数年間ゴスペルにのめり込んでしまった。失神するくらいの声を出す時まで。。そのあとはペースを落としはしたもののぶちぶちと。。先週のゴスペルコンサートで本当に幕を閉じようと思っていたのだ。
幕は閉じた。途中大雨のせいでコンサートは中止になったものの、司会役のディディエとも話すことができた。ところが、別の幕が開いたのである。心の扉が次から次へ開いていくのと似ている。ゴスペル以上の、アフリカの音楽の深さの扉を開けてしまったのだった。
長くなったが、ディディエのゴスペルは一般の教会のそれと違う。説明は省略するが、歌うことより声を出すこと。自分の声を聞くことから始まるのである。さいしょの一年はただのコーラスの練習ばかりで普通のレッスンが続き、どうやってゴスペルを歌うかの技術的なコーチだった。あとはまるでボイストレーニングであった。
一度、終わりだと宣言することによって新しいページが開始するようである。
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