PR
キーワードサーチ
コメント新着
フリーページ
明日がタイトルですが、、まだ、11日なんです。
今さっき、ラジオ(用事をどんどんこなすのには耳だけ開けておくこれがお薦め)を聞き流しておりました。朝、郵便局で「ひともんちゃく」ありまして、それから買い物を続けて帰って来たわけですが、ドイツから来ているヨモギでなく抹茶アンパン(皮が抹茶の色であるというだけです)を食べて片づけをしていました。
いつものことながら、クラシック音楽の局ですが、ふとよく流れる音楽、モーツアルトのがありました。オニオンはモーツアルトのお兄ちゃんはあんまり好みが合わないのですが、それでも「これっ」というのがいくつかあります。
その時の曲はそれではありませんでしたが、なんとなく最後までラジオの前で聴いていました。
で、さらに思ったことはですね、以前からおかしいと感じていたことの焼き直しですが、クラシック音楽には番号ばかりで曲名がないのです。「ホタルノヒカリ」とか、「時には母のない子の様に」とか、「花の首飾り」とか、「お座敷小唄」とか、「みかんの花」とか、「茶摘みの歌」とか、「瀬戸の花嫁」とか、「ヘイ、ジュード」とか、「レッツダンス」とか、「クリスティーヌの場合」とか、「青い目の人形」とか、とかとか歌曲から来たシューベルト作曲のモノは「野ばら」とかあっても番号もありますが、殆ど名前がで通っています。
日本のオニオンの知人の音楽家のMさんに尋ねたところ、それはそこに感情をつけないため。。とかいう返答でした。←間違っていたら許してくださいね、Mさん。
つまり、番号であるとそこに感情がつかない。ということでしょうか。。。。。
オニオンは9がつくもの、つまり3の倍数が好きですが、自分の携帯電話の番号もそれが並んでいるくらいですが、一般的に数字に感情は入らないようです。オニオンは変人かも。。
入らないと思い込んでいるのではないでしょうか、とも受け止められますが。。
ところが、話を戻すと、その持つアルトの兄さんのは、番号とともに名前が付いているものがあり、番号よりもその名前の方を皆さん、一般人が好んでいるのです。感情をくっつけちゃったのでしょう。それが例えば、「愛ね、暗いね、那覇と無軸」、K525の曲なのです。
アイネ・クライネ・ナハト・ムジクは小夜曲として訳されますが、実はオニオンの昔からのお気に入りの一曲です。番号と一緒に覚えています。ときたま、525なのか252なのかくらくらすることありますが、リラックスするとちゃんと525と出てきます。
まだまだ例はありますが、前述で留めておきます。エンドレスですので。。。
何が言いたいかと申しますと、もしかしたら、番号だけであるのは何か意図的なものではないかということ、そして、それでも名前がついていて有名になるのには意味があるのではないかと。。。
さもなければ、中華レストランで注文を通すみたいに、67番と97番、それに3番のスープも。。なんて番号で便利がいいなんて、ちょっとおかしいとは思いませんか。。思いませんよね。。
週末の腱鞘炎でくらくらになった手首のつぶやきでした。
チェロ国際コンクール。。 2026年05月18日
消えていくわ。。 2026年05月08日
チェロ国際コンクール。。 2026年05月07日