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15日の日記に書いた、Kさんと、昨日話をした。朝の読み聞かせが終わって、10時ごろKさんの家にお邪魔して、帰ったのは5時だった。Kさんは「ゆうべもちょっとあって、出かける気になれなかったから、汚いうちだけどごめんね。」と、初めて見るすっぴんの顔は、疲れていた。「まず、親業の事聞いていい?」思いがけない質問で、びっくりした。一通り説明するものの、Kさんの気持ちはそこにないような気がした。私がKさんに声をかけた気持ちを、順番に正直に話した。子どもが悪くても、せっせと学校に通うKさんを立派だと思っていたこと。Kさんが自立支援施設に送られたB君のおかあさんに言ったことばを聞いて、感動した事。この人なら、真剣に、正直に書いてくれると思ったこと。原稿を頼みながら、食事をして話をしている時に、Kさんの子どもへの線の引き方に、「それはちがうんじゃないか」と思ったことがあったこと。それを伝えたくて話したことが、Kさんに大きなショックを与えたことを後から感じたこと。でも、それをちゃんと聞きたい、と言ってくれて、うれしかったし、ちゃんと答えたいと思ったこと。高みに立って「親が悪い」と責めることしかしない人だらけの中で、Kさんに真剣に向き合ってもらったB君のお母さんの気持ちにふれたところで、Kさんはポロポロと泣き出し、それから5時まで、話しては泣き、話しては泣き・・・。Kさんは本当にたくさん話して、たくさん泣いた。話はあっちこっちに飛びまくった。でも、Kさんが息子のI君のことと同じくらい話したのは、自分の育った家庭のことだった。優しいけれど精神的に弱く、お酒に浸るおとうさんと、しっかりもので強くて、でも子どもの気持ちを汲み取るというようなことができないおかあさんの間で、自分を抑え、しっかり長女をつとめ、弟さんがそううつ病になってからは弟も守り、必死に生きてきたKさんのことだった。同居していたおじいちゃんのうんちの世話をするために、旅行先から呼び戻されて、そばでお茶を飲んでいる親戚を横目にふいた、おじいちゃんのウンチまみれのやせたお尻.二人目の出産で里帰りした時、弟の言動に疲れ果て、自分の子どもまでおかしくなるような気がして、イライラして「病院に入りなよ」と言ったら、素直に「うん」と言った弟の悲しい目。弱いけれど優しかった父親が亡くなった時、出先で聞いた訃報を夫に伝えようと電話したら、「どこで何してるんだ」とあびせられた心無いことば。一つ一つのシーンを思い出し、話しては、Kさんは泣き続けた。そして、それを聞きながら、おかちにもKさんにもわかったことは,「Kさんは自分がしてほしかった事、弟がしてほしかったことを、自分の息子達にしている」ということだった。守ってあげること、信じてあげる事、聞いてあげる事、包んであげる事・・・。それを、Kさんは子どもの頃のように、自分の事はおいといて、子どものためにやってきた人だったんだ。今までそうしてきたことが、間違いだったとは思わない。Kさんにとっても、息子達にとっても、それが必要な時期はあり、それがあったから育ってきたものもきっとあるはず。でも、今のI君は、おかあさんにかばってもらったり、叱ってもらったり、話を聞いてもらうために、いろんな問題を起こしているように見えてしまう。I君への愛情の伝え方を、ここで変えられないだろうか。問題を起こさないように、先生に目をつけられないように、息子の気持ちがわかってもらえるように、サポートするのではなくて、起こした問題の結果を息子がしっかりしょえるように、先生に信じてもらえなくて腐る気持ちから立ち直る事ができるように、自分の気持ちを説明することができるように、サポートをする。そういう形で愛情を伝えられないだろうか、と話した。Kさんはしょぼしょぼの目で、「何かを変えていかなくちゃ生けないと思った。」と言った。原稿はあまりに混乱して、とても今の時点で書けそうにない、というので、そんなものは全然気にしなくていい。と言ったら、でも、書いたら整理できるかもしれないと思うから、期限なしで書いてもいいか、と言うので、おかちはものすごくうれしかった。この人に、何とか這い上がってほしいと思った。「じゃあ、具体的にどうしたらいいんだろう。」「それだよね。おかちにもはっきりわかんない。考えてみる。 でもまず、いろんな問題が起こったときに、理由を聞く前に理由に関わらずダメな一線をしっかり確認する。”かけで負けたんだから、相手がかけるって言い出したんだから、持って来いよって言っただけ”という理屈に線を揺らしちゃダメ。 子供同士でお金のやりとりはダメ、の線を変えないこと。その上で、いきさつや言い分はちゃんときいてやればいい。だけど、聞き終わったらさわやかに”でも、だめだよね”と言ってやる。先生の叱り方や、罰の与え方が理不尽だったら、それは親と先生の関係で意見する。そのことで、息子のしたことの重みをへらしちゃだめだと思う。」「むずかしいね。」「うん、むずかしいよね。 覚悟がいるよね。I君きっと怒る よね。その時、ちゃんと愛してるんだ、見捨てたんじゃない、信じてないんじゃないっていうことを、伝えられるかが勝負だね。」さすがに、5時を過ぎたので、失礼した。でも、また話そうと思った。ずっと応援して行こうと思った。帰ってきたら、息子の話。暴走族がらみのいわゆる「カンパ」が高・中にもまわってきているらしい、と生徒総会で先生が言ったとの事。息子は、「中学ではどうやらI君たちがやっているらしい、って先輩が言ってた。」と言う。本当だろうか。また、Kさんは裏切られるのだろうか。心配だ。
2004年05月23日
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今日は車で2時間はなれた町でCAPのワークショップがあった。母親クラブの熱心な人たちが何とかCAPをやりたいと、3年前からおとなワークショップと、希望者の子どもたちを集めての子どもワークショップをセッティングしている。毎回ワークショップが終わると、近くのおいしいお蕎麦屋さんに案内してくれ、食事をしながらメンバーの方々の熱い思いや、学校に働きかけるもののなかなか理解してもらえないことなどを、話しました。今年も依頼を受けて、めげずにがんばっているなあ、と思っていたら、今年は地域の小学校の校長先生が変わり、ものすごく理解があるそうです。前の校長は、「学校は学校で安全教育をしています。外部の人に教えてもらうというのでは、教師にもプライドがありますから・・・。」と言ったという人。 正直なところ、そんな鼻くそみたいなプライド、捨てちゃエーーー!!と叫びたかったです。それが、今年の校長は「まず、教職員が理解しないといけないから、教職員ワークショップをやりましょう。それから、保護者のおとなワークショップ。子ども達は何とか費用を捻出しなければならないけど、子ども一人当たりにすれば300円程度でこの内容が聞けるなら高くはないでしょう。」とおっしゃったとか。いやあ、学校って校長先生でずいぶんちがうんだなあ。 今までも感じたことはあるけれど、この変わりようにはちょっとビックリしました。もう、いろんな意味で開かれた学校、アウトソーシングをしていく学校が求められているのだから、校長先生たちももっと頭を柔らかくして、民間の機関を上手に利用してほしい、と思います。 でも、同時にわからない人に必死にごり押しをしなくても、学校というところは人が変るので、少し様子を見ればいいタイミングが来るとも言えそうです。そしてまた、前向きに取り込んでくれる校長先生の学校で、しっかり伝えておくと、その校長先生が移動した時、その学校でまた依頼してくるということも、少なくありません。先日やった、小学校PTAのワークショップには、隣の学区の小学校のPTA会長さん、役員さんが見学に来ていました。ワークの後、お話しをしたら校長先生が隣の学校でこんなのをやるから、見てきたらどうですか、と教えてくれたそうです。町が予算をつけるところも出てきて、かなり追い風のようです。役所や学校は横並び感覚は強いので、ひとつの市町村で予算化すると、自分のところも、という市町村は出てくるでしょう。アメリカでは、少し前にCAPへのバッシングがずいぶんあったそうです。日本は10年遅れといいますから、近々向かい風の時がくるかもしれません。でも、今はとにかくどんどん依頼が増えています。一つ一つのワークショップや、打ち合わせ・フォローアップを丁寧にやっていこうと思っています。
2004年05月20日
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今日、夕方、昨日の日記に書いたKさんから電話があった。「おかちさんって、昼間、仕事の日は多いの?」えっ、何でそんなこと聞くのかなあ、と思っていたけど、要するに話がしたいということのようだった。Kさんも、自分がいったい何を話したいのか、もやもやとしているようだった。自分が悩んでいないと思っている人がいることは、やっぱりとてもショックで、一日落ち込んだこと。おかちさんは、なぜ私にそんなことを話したのか。私をよく思っていなかったのか。そうではなくて、よく思っていたから話してくれたのか、聞きたかった・・・と。おかちも、いったいなぜ傷つくかもしれないことをたっぷりと話してしまったのか、よくわからない。はじめはとにかく、原稿を頼むつもりだった。それは、親業を受講した人たち、これまで会報に書いてくれた人たちは、どちらかというとI君のような子に傷つけられてこもってしまっている子どもをもっている人が多い。勢い、表出型の子どもやその親に対して、「強い子は自分の思い通りにしているからいい。」とか、「強い子の親は悩まない。」という考えの人もいるからだ。引っ込み型も表出型も、うまく生きられないのは同じで、その親だってかたちはちがっても悩んでいるんだ、ということをわかってほしかった。同時に、全く先入観のない場で、kさんに自分の気持ちを素直に表現してほしかった。それは、周りの人が思っているよりも、kさんは真剣に悩み考えていると、おかちが思ったからで、でも、偏見で見る人たちへのガードを固めすぎていて、素直になれていないとも感じていたからだろう。はじめはそれだけのことだった。でも、原稿を頼むのに一緒に食事をしながら話しているうちに、いろいろな出来事の中で、昨日の日記に書いた「ダメ」の一線にとても違和感を感じ出したのだ。その前におかちは、KさんがB君のおかあさんとの話をしてくれた時、とても感動した。B君は学校1の不良と言われて、ついに自立支援施設に送られてしまった子で、その妹も、弟も、かなりの不良だと評判を立てられている。母子家庭で、最近、離婚していたおとうさんが亡くなり、おかあさんはがんばって働いている上に、精神的に調子が悪く、しょっちゅう安定剤を飲んで朦朧とした中で眠ってしまうそうだ。B君は毎晩のように出かけていって悪仲間と徘徊していたらしいが、その時によくおかあさんに「これから出かけるぞ。いいのか!」と言っていたらしい。Kさんはそれを聞いて、いてもたってもいられなくなり、B君のお母さんに言ったという。「何でとめてやらないの。B君はとめてほしいんだよ!!薬で眠っちゃうからなんて、逃げちゃダメだよ。『これから薬飲むから、起きていられないから、どこへも行かないでちゃんと家にいて!』って言えばいいじゃない。」I君の何倍も厄介者扱いされ、おかあさんだって責められいやがられるだけだったろう中で、Kさんのように真剣に言ってくれた人はきっといなかっただろう。 そして、全くkさんの言うとおりだとおかちも思う。だから、そのkさんが自分の息子I君に、同じようなことをしている感じに、すごく違和感があったのだ。その時Kさんは、誰にも話していなかったけど私の弟はおとなになってから精神を病んで、今も自立できずにいる。その原因は子どもの時にちゃんと親に甘えてくる事ができなかったことだと思っている。だから、私はしっかり甘えさせてやりたい、と話してくれた。人はみんなそれぞれの人生を抱えている。自分の親と、そして自分の子とのいろいろな経験の歴史を抱えている。だからわかっていてもできないこと。これは私のせいじゃあないんだ…と言いたいこともたくさんある。「あなたはそういう経験をしていないんだから、私の気持ちなんかわからない」と言いたくなる時もあるだろう。でも、そういうことが全部あるのは認めた上で、できることをやっていくしかない。そんなことを思ったのだ。出かける用事があって、時間切れで充分話せなかった。「原稿を書く前にもう一度話をさせて。」と言われて切った。彼女は悶々としていたんだなあ、と思うと、やっぱりもう少し関係ができてから言うべきだったかなあ、と反省。
2004年05月15日
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昨日、読み聞かせで一緒になった、中学のお母さん友だちKさんと一緒に食事をしました。食べながら子どもの話になり、おかちはかなりはっきりしたことをKさんに言ってしまいました。Kさんは息子が3人。真ん中の息子がうちの娘と同い年で、今年同じ高校に合格して何と同じクラスです。一番下の息子のI君は今中学3年生。 このI君は、うちの中学で一番荒れていると評判の3年生の中でも、5本の指に入る問題児といわれています。おかちはこのI君がどの子かわかっていないのですが、I君が起こした数々の問題に先生や他の子が振り回されている事、母親のKさんが自分の息子の実態がわかっていなくて、かばってばかりだからいけないんだ、という声を、いろいろなところからよく耳にしていました。Kさんはおかちと話していても、I君のことを「初めから疑ってかかられているから荒れてしまう。」「仲間の事は大切にするいい子だ。」とよく言っています。でも、そう言いながら「夕べも4時までいろいろ話したんだけど・・・。」とか、「信じてやりたいと思うんだけど・・・。」と言っては、目をうるうるさせているのです。そして、少しでも息子の様子を自分の目で確かめたい、と思って読み聞かせに参加したそうです。Kさんのことをよく言わない人もたくさんいる。Kさんは子どものことを悩んでいないと思っている人もいる。でも、おかちは悩んでいない人が話すたびに涙をこぼしたりしないし、校長先生に呼び出されたその足で、ボランティアに行く気まずさをわざわざ選ぶはずがないって、思ってる。きっとKさんは、責められるばっかりで、疑われるばっかりで、親とも子ともきちんと話をしてくれる人がいなくて、誰も信じてくれないなら私ぐらいは・・・って、一生懸命子どもの味方をしているんだと思う。って、全部そのまま言っちゃいました。彼女は自分がそんな風に言われているだろうことを充分判っていると思ったのですが、やっぱりそのことはショックだったようでした。それなのに、「おかちさんは、私の子育てをどう思ってる?」と聞かれたので、その時話していて思ったことを、はっきり伝えました。子どもが親にいろいろ了解を求めるから、何でも話してくれるから大丈夫と思うのは違うと思う。「修学旅行にマージャン牌を持って行っていいでしょ。」とわざわざ聞くんだから、「ダメ」と言ったらやめるんだから、ちゃんと親子関係ができてると思うのは、違うと思う。子どもが本当に自立していくっていう事は、「ダメ」と言われても、やろうと思ったら秘密でもやる。自分の責任でやって、結果を自分でかぶる。 そういうことだと思う。だから、親は子どもの要求で、子どもとの関係を壊さないために、「ダメ」の線を簡単にずらしちゃいけないと思う。タバコを吸ってはいけないといくら言っても吸うからといって、家ではいいけどよそでは吸うな、と言ってはいけないと思う。たとえ言う通りにしなくても、「ダメ」の線をこどもにはっきり言い続けることを、本当は子どもも求めていると思う。Kさんは本当に子どもたちを愛しているし、外れていく子どもたちともちゃんと向き合う事のできる人だと思う。だから、今、他の人や先生の非難をかわすことではなくて、本当にI君がいい人生を送っていくことのために、いいと思うことを言ってほしい・・・と。何でこんなにはっきり言っちゃったのかわかりません。余計なお世話だてことはよくわかっています。でも、おかちはKさんが他の人に理解してもらえてない事がつらかった。理解してもらえないがために、I君と二人の世界がゆがんでいく感じがつらかった。 なぜだか、まだそんなに付き合いが長くないのに、Kさんならわかってくれるような気がしたのです。その後、高校のPTA総会に一緒に出席したのですが、Kさんはずーっと黙っていました。すごくショックだったんだな、と思いながら、安易にフォローしたりするのは失礼だと思い、おかちも黙っていました。総会とクラス懇談が終わって帰る時、Kさんがポツリと言いました。「私、すごくいろんなことがわかった。」「今まで、やっぱり息子が悪く言われるのがいやで、悪く思われないようにっていう事ばっかり考えすぎた気がする.」「うん・・・。」そのまま彼女はまた黙って、おかちも黙って別れました。伝わったのだろうか、という気持ちと、ただ傷つけ落ち込ませたんだろうか、という気持ち。月末にKさんが、おかちの親業の会報にI君のことを書いてくれることになっています。今は、その原稿をただ待とうと思います。
2004年05月14日
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今日は、ずっとかかっていた仕事が終わったので、初めてのパン作りをした。おかちは、おそうざいならつくるけど、どうもお菓子系は苦手。 すぐ「こんなのも入れてみようかなあ。」と初心者のくせに勝手に変えて失敗するし、手間ひまかけたお菓子はあっという間に食べ終わって、「さて、今夜のご飯はどうしよう。」なんてなると、すっかりいやになってしまうのです。というわけで、手作りパンをいただくと、そのおいしさと香りにクラクラしても、自分で作る事はなかったのでした。それが、半年ほど前に、「村上祥子の電子レンジでらくらくパン作り」という本を見つけて、これならおかちにもストレスためずにできるかも・・・と思って、買ったのです。そのままずーーーっと作らなくて、なぜいきなり作ろうと思ったか。 1.ひまができた 2.お金がないので、お菓子を自粛している。でも食べたい。 3.薄力粉と間違えて、強力粉をたくさん買ってしまった。まあ、そんなわけでとにかくつくりました。また無謀にも、いきなり基本の分量の3倍量に取り掛かり、3分の2はベーシックなプチパンの状態にして、冷凍。3分の1は無謀にも、次のステップの「バケット」にして、焼きました。しかし、これが本当に簡単にちゃんと「バケット」になったのです。感動!!ちょうど息子が、雨の晴れ間をぬって犬の散歩に行ったのに、行ったとたんざんざんふられてしまい、やめろというのにはいて行った中学のジャージ(明日校外学習で花博に行く時に履いていくつもりの)がずぶぬれになり、むかつきをどこへもぶつけられなくて、ドンドンと2階に上がっていったところでした。ころあいを見計らって、「おーい、パンができたんだけど、ちょっと食べてみるー?」息子は大のフランスパン好き。 ブスーッとしながらもおりてきて、ブスーッと食べたら、もううれしそうな顔を必死に押し殺していました。食べ物の力は本当に偉大です。「もうないのー?」「もう少し食べたいなー」と言うので、うまくいったら明日持って行きたいところがあったんだけれど、気をよくしてつくっちゃいました。プチパン用に丸めてあったのを、いきなり無謀にも油で揚げて、あげパン。 これもばっちりおいしい。じゃあ、明日用のをもう1回作ろう・・・と、今度はコーヒーパンに挑戦。 1次発酵で冷凍して、明日焼こうと思っていたけど、3個だけ焼いてみました。 コーヒー味はほのかだけれど、これもりっぱにねじりパンができました。いやあ、うれしいなあ。まだまだ強力粉はあるから、いろいろやってみたいなあ。明日からちょっと忙しくなるから、今度作るのはいつのことやら。でも、おかちはパンを作れる、と思っただけで、何かものすごくうれしい。
2004年05月10日
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ぜーんぜん更新しないまま、1週間以上たってしまいました。あらためて皆さんのまめさを尊敬。この1週間もいろんなことがあったけれど、とりあえず今日は母の日。息子と娘で夕食を作ってくれる・・・と言っていたものの、娘は日曜日もお弁当持ちで一日部活。ちっともあてになりません。それでも息子は、「ハンバーグとコロッケとどっちがいい?」と聞くので、「両方」と答えたらのけぞっていました。「コロッケはおかちが作るよ。」と言ったら、「いいよ、両方つくるから何かデザート作って。」ということで、おかちがプリンを作る事になりました。コロッケとハンバーグのタネを作っている間にプリンを作ったのだけれど、ちょっと蒸しすぎて、ひっくり返したのを見た息子がひとこと。「ちょっとこのプリン、年とってるね。」ちょっと味見をしようか、と言うところに娘のご帰宅。「ほんっとに、いいところに帰ってくるよね。」と息子と笑って、3人で味見。味は年とってないのでよしとしました。帰ってきても、娘はいつまでも味見をしたり、のぞき込んだりしているだけで、息子は文句も言わずにせっせとつくっています。我が家では試食はつくった人の特権。「それは試食っていう量じゃあないでしょう」というくらい食べても、文句は言われません。「衣つけて」とか、「油の上に、油じゃないお皿のせないで」などと息子に言われて、娘は素直に従っています。息子を見ていると、「自信」っていうのは、こんなにも人を寛容にするんだなあ、とヘンに感心します。程なく完成した料理は、 レタスの上に大きなハンバーグがひとつ コロッケが二つ なすの甘味噌炒めとバター焼き フライドポテトが並び、その横におかちの「オールドプリン」が並びました。 本当に上達したなあ、とあらためて実感。おいしくおいしくいただきました。犬のポッタにも「あんたも、母だもんね。特別だよ。」とフライドポテトと、オールドプリンをひとくちあげました。娘のあきはもらえず、恨めしそうに母を見ていました。来年の母の日は、何をリクエストしようかな・・・と強欲な母は、早くも考えています。
2004年05月09日
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連休中もほとんどずーっと子ども達は部活があるので、どこへも行かずにのんびりです。今日、草むしりしていたら、隣のおばちゃんと世間話になりました。このおばちゃん、我が家の生活をほとんど把握していて、時々ちくちくいやみっぽい言い方をするので、あんまり好きじゃぁないんだけど・・・。「休み中も娘は朝から夕方まで部活。」と言ったら、「じゃあ、休みまでお弁当で大変だ。」と言うので、「いやあ、作れる時は自分でつくっていくから・・・。」と言ったら、ものすごく驚いて、「まあ、このおかあさんはひどいねえ。娘がかわいそうだねえ。」と言ったので、こっちがビックリしてしまいました。でも、この感じ、久しぶりだなあ。もっと小さい時は、しょっちゅう言われたっけ。「雨なのに送ってあげないなんてかわいそう。」「お弁当箱、出さなかったからって洗ってあげないなんてかわいそう。」「みんな買ってるのに、古いのじゃかわいそう。」「テスト前まで、犬の散歩をやらせるなんてかわいそう。」・・・・・・・・・・・・・年齢が上がってくると、「かわいそう」が「えらいねえ」に少しずつ変わってきて、「うちの子なんか・・・。」のぐちにかわったりもします。でも、かわいそうと言う限り、その人は子どもの尻拭いをし続けるんでしょう。おかちは全然かわいそうなんて思いません。晴の日もあれば雨の日もあって、雨の日には歩きにくかったり、ぬれたりして、大変なのは当たり前。お弁当箱は、自然にきれいになるわけではない。洗ってもらう人との約束を守れなければ、食べた自分がやるのは当たり前。その家その家の経済と、何にお金をかけるかの価値観はみんなちがう。買えるものもあれば、買えないものもあるのは、当たり前。犬の散歩は子ども達のお仕事と決めた事。テストの方が大事なんかじゃないし、勉強が必要なら両方できるように時間調整をするのは当たり前。もちろん、子どもはめんどくさかったり、うんざりしたり、メソメソしたりする事もあります。それもまた、当たり前のことで、とめる必要もないし、かわいそうがることもない。それが自分を生きるっていう事だし、社会の中で暮らしていくっていう事だと思ってきました。もっと小さい時、あんまり回りが「かわいそう」と言うから、「かわいそうなのかな。」「おかちはひどいおかあさんなのかな。」「子どもが将来恨むかな。」と思ったことも少しはありました。でも、今、そうしてきてよかったと心から思っています。特に「家事」って、本当は家族ひとりひとりの「自分の事」「自分の後始末」のかたまりなんですよね。それを、「おかあさん」が仕事として請け負ってしまうのは、とてもよくないと思っています。おかちがそう思ったのは、ただ単に「私は召使じゃない。」「みんなが食べたご飯の後始末を、おかちが一人でやるのはやだ。」と思っただけなんですけど・・・。でも、年月がたってみると、家事の部分で「自分のこと」を意識する事、「自分が生きる」ために必要な事や、「自分が生きる」だけで起きるいろんなめんどうや後始末を知っていることは、「自分が生きている」「自分は生きていく」という実感やエネルギーを高めてくれている気がするのです。今、娘は毎週月曜日と、休みの日は自分でお弁当を作ります。大したものは入っていません。冷凍食品を使えるように買っておいたり、前日の使えそうなおかずは取り分けておいてやったりはします。 本人はごく普通の顔をして、時々おかちに甘えつつ、友達から「すごーい」とか言われるのはけっこううれしいようです。金曜日は、時々息子が作ってくれます。娘より、息子の方が料理上手です。でも、息子はただ単に、おかちがちゃんと起きられないんじゃないかと、心配なようです。これも、冷凍ポテトをそのまま入れて、溶けた水分でおかずがびちょびちょだったこともありました。でも、娘も決して文句は言いません。 むしろ、みんなで笑い話のネタです。生活のおかしみです。今、子どもたちにこの「生きている実感」や「生きていくエネルギー」を育てていくのは、とてもむずかしい時代だと感じませんか?中学生でも、自分の人生だか親の人生だかわからなくなっている子。 リストカットをして、血が流れるのを見て、生きているって実感すると言う子。 あなたの命が大切なように、他の人の命も大切なんだ・・・という論理は通用しないぐらい、自分の命が大切でない子・・・。 珍しくありません。おかちは不安になります。この先、この子がどうやって自分の人生を感じていくのだろうと思うと、育てた世代としてあせります。価値観を唱えて、子どもに伝えるのはむずかしい。おかちはぜひ、おかあさんがずぼらになることをお勧めします。おかあさんの家事は、あんまり完璧じゃない。抜けてたり、間違ってたりもする。明日はどうしてもアイロンかけたワイシャツが必要だから、自分でチェックしなくちゃ・・・、と思わせたらしめたもの。 「おおー、あんたはすごい。お母さんより数段りっぱ。おかあさんのもチェックしてね。」とどんどん仕事をまかせましょう。子どもを勉強や学校のシステムに遅れをとらないようにする事で、「生きる作業」から遠ざけないでほしいのです。 「生きる営み」を勉強より価値の低いもの、優先順位の低いものとして、おかあさんが肩代わりしないでほしいのです。「かわいそう」ではなくて、「やるじゃん」と言ってあげたい。
2004年05月01日
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その1.来年、市町村駅伝に出たい! 代表に選ばれたい!今、俺が勝てないのはあいつとあいつとあいつ。でも、少しずつ近づいてる。 あいつにはダッシュでかなわない。 あいつは練習の力がそのまま出る。 いろんなやつと走ってみて、速くなりたい!!!息子がそんな風に闘志をむき出す事はあんまりなかった。負けたときの悔しさに耐えられなくて、勝ちたくもなかったフリをするほうが多かった気がする。自分はここではあいつにかなわない・・・なんていうことも、なかなか認められない人だった。その2.来年、部長は誰になるのかなあ。やる気のないほうにひっぱられると、部活がつまんないなあ。 今、2年と3年の間に壁ができちゃってる。おれは、3年の先輩と仲いいから、みんなもこっちにひっぱりたいんだけど、なかなか出ようとしない。どうして自分で壁を作るのかなあ。 俺も前は、けっこう決まった友達とくっついてたけど、このごろあんまりしない。 決まった友達とくっついてる時って、他の友だちとの間に壁を作っちゃう感じがして、楽しくない。確かにいつも一人か二人のなかよしとくっついていた。それに、ちょっとしたことですぐ人にむかつく子で、「クラスにむかつかない子いる?」と娘とよく聞いていたくらいだ。それが、「クラスにいやなやつって特にいない。」と言っている。その3.おとう(父)にすごく反抗してた時、時々おとうを怒らせてけんかしたいっていう気持だったこともある。 なんだかむかむかして、こう言ったら絶対おとうが怒るっていうことを、わざと言っていた時もあった。でも、おとうが自分の悪いことをたなにあげて、俺だけを怒ったりすると、ものすごく悔しかった。あの頃、学校から帰る時、自転車をこぎながら、いっつもおとうとけんかして俺が勝つ場面を想像していた。時々、創造なのに、ものすごく腹が立って、そういう時に帰っておとうがいると、おとうは悪くないのにけんかをふっかけちゃう。他にも、いろーんなことについて、考えていることを話してくれた。おかちもそれに、自分の率直な気持ちを話し、本当におとなの友達同士のようにいろんな話ができた。息子は小さい頃、本当に大変な子だった。自信家で、気持ちの切り替えがへたくそで、妙なところにこだわりが強く、すねやすくて、息子と一緒に何かをしていくのは、本当に忍耐が必要だった。その息子が、どうしてこんなに柔らかくなったのかはわからない。それが、時がたつ、成長するという事なのかもしれない。 でも、とにかく息子とは本当にたくさんぶつかってきた。おかちもいこじだから、自分の予定を棒に振っても、決して適当にはしなかった。それはとても消耗したけれど、今のあの子ができあがるのに欠かせなかったような気がする。
2004年04月28日
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金曜日・土曜日とよーく眠った。元気になったところで、昨日は先送りになっていた我が家の愛犬ポッタのお誕生日スペシャルお散歩に行った。娘が午前中の部活がどうしても休めないと言うので、昼に学校まで迎えに行って、そのまま車で着替えて八丁池に行った。ここは、ポッタが1歳のスペシャルお散歩で来た所。人がほとんどいないので、少し奥に入れば放して歩けるので、ポッタは大喜び。疲れ知らずに走り回り、遅れる人のところに何度も戻って往復したり、1度は谷の方に走っていったきり呼んでもカサとも音がしない。心配になって、みんなで必死に呼んだら、谷のしたーの方から、葉っぱと蜘蛛の巣だらけになって飛ぶように走ってきた。八丁池では、写真を撮ろうとして用意していたら、やおら池に飛び込んで、あれよあれよという間に深いところに入っていって、ひと泳ぎして戻ってきた。小さい、甘えんぼだけど、本当に山が良く似合う自然犬だ。この山にはまだポッタがうちにいなかったとき、子どもたちが小3と小1の時に、初めて来た。登るに連れて、子ども達も思い出すらしく、「あ、前の時お弁当食べたところだ。」とか「そうそう、ここでおかちが『山では小さい石でも落とすと、ものすごいスピードになっちゃうんだよ』って言った。」「ここのガードレールに、コケのじゅうたんをひっかけたよね。」「ここであんた(弟)がもう帰りたいっておとう(父)とけんかしたんだよ。」とか、とか。最近のおかちは、何か楽しいことがあると、いつかこれを思い出す時のことをふと思って、感傷的になってしまう。上の娘の離れていく日が近づいた感じがあるからなのかな。1年生の頃の、歩くの大嫌いでぶちぶちぶちぶち言いながら、お菓子に釣られていた息子。おととし着たときに、本当に楽しく歩けて、「ああ、成長したなあ。」と思ったこと。その時、元気よく飛び回っていたポッタが、もうおかあさんで、今年は娘のあきも一緒なこと。いろんなことが、映画のシーンのように流れていき、それをまたいつか懐かしく頭の中で流す日を、思う。今年は、息子とずーっといろんな話をした。ここ1年ほど、精神的にすごくおとなになったなあ、と感じることが増えていたけれど、昨日息子と話してみて、本当に人の心の深い話ができること、そして息子自身がそれをおかちと話したがっていることが、すごくうれしくて、楽しい1日だった。ああ、これもいつか思い出になるのね。息子との話は、また次に書きたいと思います。お楽しみに。今日は、足も腰も首も背中も痛い。 ああ、こうやって、だんだん年老いていくのね。
2004年04月26日
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ああーー、今日は疲れたー。明日までに仕上げなくちゃいけない、CAPの資料の原稿作りで、ここ3日ほどまともに寝ていない。でもって、今日は17:30~ 学童の総会でCAPの話をしてほしいと言うので、よれよれで出かけていったら、なんと7:30のまちがいだって。ああーーーーー。家に戻ってもまたすぐ来なくちゃいけないから、子どもにご飯を食べておくように電話して、相棒と一緒に夕飯を食べる。どうせ子どもは、おかちがボーっとして間違えたと思っているんだろう。19:30~ワークをして、帰ってきたらほぼ10時。もう、お風呂入って今日は寝るぞーー、と思ったら夫が入っていて、ずーっと出てこない。 はやくしてくれーーーー。とおもいつつ、パソコン打ってます。明日資料ができちゃうと、少し楽になる。では、もうすぐお休みなさい。
2004年04月23日
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今日は、隣の市の公立幼稚園の合同総会というもので、講演をした。始まる前に、控え室でお茶を入れてもらって、主催園の園長先生が応対してくれる。実はおかちは、この時間がとても苦手。ざっくばらんに話せる人だといいのだけど、あきらかに間をもたせてますっていう感じの人だと、ますます間がもたなくて早く行きたいなあ、と思ってしまう。今日の園長先生は、今どきの若いお母さん達はものを知らない、若い先生も同じ感覚でびっくりする・・・というようなことを、丁寧に話しておられた。今日の講演は始めに、なぜおかちがひとつの肩書きでくくれないいろいろな活動をすることになったのか、という話をした。それは、おかちが子育てけっこう苦しかったから。周りの人が思っているよりも、孤独でつらかったから。 今その中にいる人に、少しでもその人が求める形、フィットする形のサポートをしたい。サポートがあるということを、いろんな切り口で伝えたい。それが大きな動機。その話で、おかちは「子育てがつらい!」となかなか大きな声で言えないお母さんたちのことばを代弁したいと思っていた。理想論にはうんざりしているだろうから、ちょっと刺激的に自分の感じた苦しさを口にしてみようと思っていた。原稿を作って、だいたいの時間を組み立てるために、家で話してみる。こんな内容。子どもはかわいいし、成長は大きな喜び。でも、こちらがどんなに疲れていても、どんなにエネルギー落としていても、容赦なく待ったなしで愛情を要求してくる。ボロボロに疲れて眠った夜は数え切れない。親が一生懸命やったからということでは、子どもは認めてくれない。 一生懸命つくった離乳食をペッと吐き出され、ささやかな自分の楽しみのために一生懸命段取りした外出が、子どものたまたま起こった不機嫌でぶちこわされる。こんなことも数限りない。子どもがいたから学べた事、成長できた事もたーくさんある。でも、時々思う。おかちにもし子どもがいなかったら、もっと自分の事、優しくて理性的な人間だと信じて死んでいけただろうなあって。子どもという存在に、自分の本性を暴きだされて、自信をなくした。子どもを通して出会った心許せる友達や、サポートしてくれる人は財産だ。でも、夫婦二人の時よりも、子どもができて初めて、本当の孤独を知ったような気がする。親にならなかったら見ることはなかったであろう、「今時の母親は・・・」という敵意すら感じる目。(この辺で、応対してくれた園長先生の顔つきがかわったような・・・。)自分の頑張りではどうにもならない子どもの言動を、叱られ責められるみじめさ。家でぶつぶつ言っていた時は、「もうちょっと刺激的な方がいいかなあ。」くらいに思っていたのに、実際に100人以上のお母さんと園長先生を前にして、マイクでこれを話していたら、おかちの中で、”そんな事母親なんだから当たり前じゃん” ”母親のくせに、そんな甘ったれた事言って・・・!”という声が聞こえて、ドキドキした。人に話せばそういわれるに決まっているから、誰にも言わずに胸の中にしまって固くふたをしているうちに、中でコチコチに固まって動くたびに内側から自分を傷つけたり、中で腐ってしまって恨みや妬みという悪臭を放っていた。だから、抱え込まないでサポートを求めてほしい。そう言いたかったし、そう言ったのだ。それなのに、まだおかちのなかで、「こんなこと言ってはならない」という呪縛のようなものが、生きているんだなあ、と話しながらあらためて感じた。聞いているお母さん達の中にも、ここの話だけで泣いている人が何人かいた。子育てって大変な仕事。太古の昔からみんな自然にやってきた事だといわれても、その自然から遠く離れたところで育ち、遠くはなれたところで育てていかなくてはならない、今のお母さんたちには、別の苦しさがあると思う。ヤンママでも、ろくなしつけをしていなくても、ボーっとしていても、意地悪でも。 幼稚園の年齢まで育てるには、たくさんの我慢とたくさんの努力をしてきたはず。その自分を自分ぐらいは認めてねぎらってあげよう、と話した。ここでまた、泣かせる・・・。子育てまだまだ長い。途中でやめられないし、引き返せない。かかえこまずに、たくさんの人の助けを借りて、がんばってほしいな、と心からエールを送っている。
2004年04月21日
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今日は、高校生の娘は一日部活。吹奏楽部に入ったんだけど、何の楽器にするか、面接で決めるとのこと。娘はクラリネットを第1希望にしていて、決まれば楽器を買うことになると思う、とインターネットなどで値段を調べていた。夕方娘からメール。「クラに決まりそうなんだけど、20万円くらいだって。」返信。「バタッ!」(倒れる音。)そんなに高いものなの? 楽器だからピンからキリまであるだろうけど、高校生の楽器のレベルってそんななのかー。それが普通なのかな。帰ってきて、娘はすまなそうな顔をして、「先生のお勧めは、30万円くらいのなんだって。」と言う。おかちも多少は楽器をいじってきたから、初めて持つ楽器、しろうとだからこそいいものを持ったほうが上達するっていうのはわかるけど。 それとも、この金額はそんなにいいものでもないの?「うーん、とにかく楽器を決めたなら買ってあげる。ただ、どの程度の楽器が必要なのかは、もう少し調べようよ。」と言ったら、娘はうれしそうに「うん。 じゃあ、うち少し節約しなくちゃね。」と言う。「節約って言うのは、何となく気をつけていても張り合いが なくて続かないよ。 これをすればこのくらい浮くってい うのを調べて、その都度その金額をためていくとやる気に なる。」・・・というわけで、みんなで節約の方法を相談。我が家は何しろエンゲル係数が高い。 一家4人がそろって食べるの大好きで、大食い。 食材は生協の宅配で1週間分まかなうようにしているのだが、生協の日に留守をしていると、玄関前に発泡スチロール箱が6~7個積み上げられていて、恥ずかしい。”生協でお菓子を一切頼まない、ノーお菓子週間を作る。””肉・魚を食べない、野菜曜日をつくる。””野草の天ぷら曜日をつくる。””テレビつけたまま眠ったら罰金。””トイレの電気つけたまま出かけたら罰金。”いろいろでたけど、どうせなら楽しく節約したいね。あら捜しの節約は家庭崩壊の元だなあ・・・。なんて言っていたら、「でもさあ、おかちが一番無駄遣い多いんじゃないの?」「はい、その通りです。」使ってしまうのは、本・生協のカタログでちょっとした洋服・出先でのランチ・人へのお土産やプレゼント・・・。こういうものは一応自分で稼いだお金を使ってきたんだけど、だんだん誰のお金なんて言っていられなくなってきた。気をつけなくちゃ。「あのー、こんな時に言うのは大変申し訳ないんだけど・・・」と娘。「高校生になって、お小遣いの値上げというのはないんでしょうか。この前おばちゃんが(おかちの姉)『おばちゃんちは5000円だってよ、って交渉しろ』って言ってたよ。」ううーむ、余計なことを言いおって・・・。我が家は小学生1000円、中学生1,500円できたので、まあ、値上げはするでしょうが、やっぱり今言わない方が・・・という感じ。はあー、大学行く時はいったいどうなるのでしょう。誰か、使わないいいクラリネット、ありません?
2004年04月18日
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3年前の今日は、我が家の大切なペット、「ポッタ」がうちに来た日。小鳥やさんでもらった子犬で、産まれた日はわからないので、今日をお誕生日として祝っています。去年もおととしも、お誕生日お散歩で、お弁当持ちで1日かけて山に出かけました。今年は、娘も部活が始まり、みんなの予定が合わないので、まずお祝いのパーティーを!今夜のお犬様のメニューは 1.小魚ふりかけご飯 2.ほっけの干物 3.ローストポーク 4.豚汁これらをひとくちずつお皿に入れて、去年生まれた娘のあきちゃんと2匹、うれしそうに食べました。それをカメラを構えて撮ったり、「あ、落とした。」とか「今日はあたしの誕生日なんだから、あきと差をつけてよね!」 「あきだってママのお手伝いしてるんだからね!」などと、人間同士が犬の会話を代わりにしたり・・・。犬バカ以外の何者でもないんだけど、本当にしあわせな、暖かい時間。子どもの頃は転勤族のアパート暮らしだったおかちは、犬を飼う楽しさ、傍らで一緒に生きる犬のいとおしさに、おとなになってから目覚めました。それは、今までに経験した事のない気持ちで、その想いが大切なら大切なほど、失う事がこわくなりました。誕生日に写真を撮ると、いつかこの写真を見て懐かしく思い出す日のことを考えて、つらくなっちゃうのです。だんだん、子ども達が手を離れていく、家を出て行く日も近づいてくる・・・。そんな思いもあるのかもしれないけれど、このぬくもり、このしぐさや瞳に、お別れしなくちゃいけない日を思うと、悲しくてなりません。ペットロス・カウンセラーなる存在があるのも、よーくわかります。ポッタ、うちに来てくれて本当にありがとう。小鳥やさんの小さなかごの中に、きょうだい4匹でまるまっていたあなたに会えて、本当に良かった。去年は6匹も子犬を産んで、立派に育てて、かわいいだけじゃなくて、おかちは尊敬しています。命が生み出される事、命がはぐくまれ成長していくことを、おかちも子どもたちもずーっとそばで見せてもらって、かけがえのない経験をしたと思います。ありがとうね。できれば、ずーっと死なないでね。できないけどね。安心して、いい気持ちで死ねたらいいね。でも、できれば逝かないでね。来てくれて、ほんとにありがとう。
2004年04月17日
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今日、息子の同級生の事で、児童相談所に電話をした。いわゆる、虐待の通告というやつだ。おとうさんに殴られたという顔のあざを、息子が何回か見ている。おかあさんも殴られるそうで、生活ができるようになったら離婚をするって言っているから、それまでだ・・・と同級生が話していたとか。暴力をふるう人は、相手が自分から離れようとしている時が、あぶない。 DVの離婚調停なども、その危険を避けて、できるだけ離婚を前面に出さないで進める事が増えている、と聞いた。半年ほど前に、息子からその話を聞いて、その時1度通告をした。疑わしきは通告・・・とはいえ、やっぱりとてもドキドキした。 このくらいのことでは、児童相談所は動かないかもしれない。動き方が悪いと、かえってひどくなる事もある。いろいろ不安はあるけれど、最近の私はどんどん通告する。岸和田の虐待事件もそうだけれど、何となく周りの人が知っていても救えない。知っている人がたくさんいるのに救ってもらえないほど、子どもを絶望させる事はないと思う。とにかく、密室の出来事にしないで、周りの人が知っている。そして、専門家につながっている・・・ということは、むなしいことがあっても、やっぱりとても大切な事だと、あらためて思っている。今回は、新学期が始まって2~3日は学校に来ていたが、その後来ていない。 お父さんの暴力がひどく、お母さんと二人で逃げていて、居場所がわからないらしい、と言ううわさを聞いた。 息子に聞いてみると、”休んでいるかどうかはわからないけど、顔は見ない。4月当初に、また顔にあざをつくっていた。”と言う。私が事実を確認する事はできないので、迷わず電話をした。応対した職員は、「彼のケースは児童相談所が対応に入っています。本人とも話をしています。 でも、把握していない情報がありそうなので、うわさでもけっこうですので、教えてください。」と言っていた。安心した。私の通告だけではないかもしれないが、ちゃんと対応してくれていた。今日、明日で状況が緊迫する事も充分考えている感じの、日付や時間を一つ一つ確認する聞き方、でも、詰問ではなく安心して話せる雰囲気。掲示板のおーぴんさんの書き込みにもあったけど、役所の対応と言うのはとかく責められるし、私の中でも今ひとつ信頼できない気持ちもあったので、うれしかった。児童相談所が知っていながら、関わっていながら救えなかった命も決して少なくない。 伝えたから安心、とはいえないのも事実。でも、とにかく地域の人間として、伝え続け、児相だからできることをお願いし続け、それをきちんと受けとめてもらって子どもを守っていきたい。おーぴんさん、役所だからできることはたくさんある。大切な仕事だよ。 おかちは、そこをつないで、そこを支えていこうと思う。 よろしくね。
2004年04月16日
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今日、夕方昨日の日記のNちゃんからメールあり。「お弁当の件、うまくいったよ。ありがとう!」あと2~3日はもじもじしちゃうかな、と思っていたので、一発で実行できたNちゃんに拍手。朝、声をかけようと思っていた子に練習どおり声をかけたそうです。 一緒に食べる事になって、隣で食べていた二人も一緒になって、4人で食べたとか。 そうしたら、大勢で食べていたグループの一人が「一緒に食べる?」と誘ってくれたので、「明日はみんなで食べるかも・・・。」だって。本当に”さっき泣いたカラスが・・・”を絵に描いたようなNちゃん。 まずはひとつクリア。 1ヶ月ぐらいは平和な日が続くことを祈っています。掲示板に書き込んでくれた皆さん。 ありがとう。みんな誰にも、覚えのある新しい環境でのハードルなのでしょうね。ごりママさんのように、異国の地での寂しさを乗り越えていく人もいるんだよね。 一つ一つを自信にしてほしいものです。娘も息子も、その気持ちが身につまされるようで、口々に「よかったねえ。」「自分から声をかけたんだ。 がんばったねえ。」と言っていました。 そう言ってくれる子ども達がとてもうれしいおかちです。娘は部活の仮登録で吹奏楽部を見学してきました。 かなり熱心な先生で、運動部並みのハードさだといううわさですが、はりきっているので青春を燃焼してほしいです。実はおかちも中学の時、吹奏楽をやりました。クラリネットをやっていたんだけど、サックスのメンバーが足りなくなって、ひとりだけアルトサックスに回され、男子ばかりだし、学校のボロボロのサックスだし・・・で、悲しくて悲しくてたまらなかったのを覚えています。でも、サックスの先輩がすごく優しい人で、けっこう好きになっちゃったり、パート練習してから全体で合わせた時の感動もまた、忘れられません。これから帰りが遅くなるから、夜道の心配と、犬の散歩を肩代わりしなくちゃならないかな。
2004年04月12日
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いろいろあって、なんと体罰先生のクラスで、PTAのクラス役員をやる事になりました。 こうなったら、この1年、体罰なしに過ごしていけるように、近いところで見届けていこうと思います。きのうの朝、すぐ近所の娘の友だちから半べそで、「今から行ってもいい?」と電話。「また、親子げんかのプチ家出かな?」と待っていたら、来るなりひとしきり泣いています。落ち着いたところで、娘と聞いたら、新しい高校で一緒にお弁当を食べる人がいない。自分だけ一人で食べていてつらい・・・ということ。この友だち、Nちゃんは、小さい時から勉強・運動・社会性・・・様々な面で、他の子よりも遅れている・・・とおかあさんもずいぶん心配していました。これまでにも、いじめられたり、高校にいけるかどうか・・・とやきもきしたり、いろんなことがありましたが、彼女の持ち前の明るさで、なんだかんだと人に支えられながらクリアしてきていたのです。クラスに同じ中学から行った子はひとりもいなくて、先生もお弁当の時間など教室にいなくてノータッチ。 誰か声をかけてくれるだろうと思っていたのに、誰もかけてくれなくて、自分からうまく声をかけることもできないまま、時間がたっていってあせっています。うちの地域は小学校は分校だったようないなかで、ずーっと濃密な人間関係の中で生きてきたNちゃんにとって、0から人間関係をつくっていくなんていうことは、全く初めてのことでしょう。とにかく、一人で食べるのがいやなら、自分で声をかけるしかない、ということで、いつ、誰に、どんな風に声をかけるか、娘とおかちと息子まで入って、さんざんシュミレーションしました。「大勢で輪になって食べてる人と、二人で食べてる人だったらどっちに声をかける?」「大勢のグループだと、誰に声をかけたらいいかわからないんだよね。」「二人組みの人って、同じ中学同士だったりして、他の人が入るのいやじゃないかな。」「一人の人は優しそうなんだけど、もう一人の人はこわそうで、いやな顔するかもしれない。」「1回一緒に食べたら、次も当たり前に一緒に食べていいのかな。」次から次から出てくる心配。やるしかない。失敗しても、またチャレンジするしかありません。ささいなことのようだけど、あの頃はものすごく重大な問題だった事、おかちもまだ忘れていません。他の事はともかく、一人でお弁当を食べるのはつらい。一人で食べている姿を見られなくてはならないことも、つらいことです。同じようにクラスに同じ中学の女子がいない娘は、普段ならけっこうきついこと「そんな事考えたってしょうがないでしょ!!」くらい平気でいうのに、ひたすら聞いてあげています。さんざん話して、声をかける台詞までメモして、うん、やってみる・・・と言って、1度は帰ったのに、夜になってまた不安でたまらなく、お母さんの用事について来て、またひとしきりみんなで話しました。いくら考えても、いくらシュミレーションしても、相手のあること。結局はその時にならなければどうなるかわからない。しばらくは、堂々巡りをするのを、聞いてやるしかないんだろうな、と思っていたら、Nちゃんが、「どうやったら考えないようにできるだろう。考えない方がいいと思うんだ。」と言いました。自分でもそう思うんだな、と思ったらなんだかいじらしい。犬の散歩に行くとか、買い物に行くとか・・・と気を紛らわす手段を考え、今日はちょうど娘が通学用のリュックを買うというので、一緒に出かけました。帰ってから、がんばって勉強をしているそうです。明日は学校。うまく声をかけられるといいね。 ゆっくりでいいから、友達ができるといいね。がんばれ、Nちゃん。当面は、弁当友だちでいいじゃん。ファイトでゲットだ!!
2004年04月11日
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今日は娘の高校の入学式。新しい制服に身を包み、すばらしい吹奏楽の先輩の演奏に迎えられて、無事入学しました。思いがけず、CAPで知り合いになった児童養護施設の指導員さんと会いました。施設の子どもがひとり入学したそうです。説明会の時には別の職員が来たとかで、話が見えなくてとまどっていました。いろんなハンディーを超えて、合格した彼をかげながら応援したい・・・とか思いつつ、その指導員さんと「今度飲みに行こうね。」なんて話に花が咲きました。高校の近くの「桜公園」の満開の桜の下で、写真を撮って帰りました。帰ったら、中2に進級した弟が暗い。聞くと、新しい担任が絶対なりたくなかったK先生。私もかなりショックです。K先生は体罰をふるいます。去年は隣のクラスでしたが、子どもから聞いた話にがまんができず、おかちは1度教頭先生に話しに行った事があります。体育会系の熱血タイプではなく、もっとクールで一人の子をビシーッとしめて、他の子を効率的にまとめる・・・という感じで、正直なところ「こわい」。学校教育法の総則第11条に、体罰を禁じると書いてあります。でも、学校の体罰はちっともなくなりません。体罰を求める親も少なくありません。甘いことを言っているとクラスがまとめられないし・・・と容認する管理職も少なくありません。でも、暴力で言うことを聞かせるのは教育ではないと私は思っています。恐怖の空気でクラスをまとめることは、子どもがおおらかに学ぶ精神を奪う事だと思うのです。この1年、どうなるでしょうか。体罰があったことを聞いたら、私は黙ってはいられません。そして、理不尽な思いを胸にしまいこんで、早くも忘れ物がないか異常に心配している息子。この姿を、1年間見続けるのはとてもつらい。「私は体罰を知った場合は、決して見過ごせません。きちんとした対応がなければ教育委員会にも報告します。ぜひ、体罰がふるわれないように、指導をしてください。」と、初めから校長先生に言ってしまおうかとも思っています。その先生を糾弾する事ではなく、体罰がふるわれないことを私は求めています。
2004年04月06日
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昨日から友人が1泊で泊まりに来た。小3の息子と二人。1年前にも泊まりに来て、その時から気になっていたんだけれど、子どもがお母さんに対して「お前がうるさいんだろ!」とか「やめろって言ってんだよ!」とかっていう、罵倒言葉をしょっちゅう使う。聞いていて耐えがたい。見ていれば明らかに甘えで、お母さんにしかやらないし、そんな風に言うから一切拒否するかと言えば、いい時はベタベタしている。おかあさんの方も、それはわかっているので、「あっそんな言い方するならもうやってやんない。」とか言うけれど、それほど大した事だとは思っていない様子。おかちはこういうの、すごくいやだし、これをほっとくのって、この先のこの子にとって絶対によくないと思っている。「そんな言い方は良くない」とその子にも言うし、友達にもそれで言う事聞かないほうがいいと思う、と言うけれど、息子の方はお母さんには何をしてもいいと思っているし、お母さんもやっぱりよそのうちで息子ととことん向き合う事は難しい。でも、今こういう親子の風景が多いように思う。ただの駄々こねっ子とちがって、親も子もなかなかに賢い。だから、駄々と言うよりは、子どもがいばりちらす事でプライドを保ち、親は子どもを認めるという名目の下にそれに正面から向き合わない。こういうのって子どもにとって、やりたいことをやらせてもらっているようでいて、実はとても赤ちゃん扱いをされている。強くてえらいように見えて、実はちっとも精神が成長しない・・・という、ダブルバインドのような状態をつくってしまっている気がしてならない。うちの息子も、自分の思い通りにならないと、あたらずにはいられず、ちょっとした言葉尻をつかまえて突っかかってきた時期があった。他で気に入らない事があると、そこでは何もできず、家族に不機嫌を撒き散らして発散しようとしていた。これは性分もあるだろうけれど、おかちはそういうのは見逃せない。徹底的に「それは認めない」という姿勢をとった。それはとてもとても大変だった。認めちゃったほうが、その時は楽だったと思う。おかちは性分で認められなかったけど、「まあ、いいんじゃないか。」と思う人だったら、きっとこんなエネルギーを使ってぶつかる事もないだろう、と思ったかもしれない。「まあ、もういいじゃないの。」と息子の要求を呑もうとする実家の親の手を押さえて、ものすごい恨みの目の息子を見据えた事も1度や2度じゃなかった。「そんな顔をしなくちゃここにいられないなら、やめよう。」と楽しい外食の席を棒に振ったことも1度や2度じゃなかった。でも、今、まえよりずーっとずーっと自分を抑えることができるようになった息子を見て、ああしてきてよかったとしみじみ思う。何より、自分を抑えられないこと、自分を切り替えられない事は、本人にとってもかなり苦しい事。思春期になったときに、自分でそれができない、結局親のサポートなしにできないことに、子ども自身がいらだって、また親に当たっているという感じがする子が、たくさんいる。友だちだから、彼女にもわかってほしいと思う。でも、友だちとしてとても好きで、よく気があっても、親としての子育ての価値観になると、驚くほど違うことって、けっこうある。その人の勝手じゃん。 それが本当にいいかどうかなんて、誰にもわからないじゃん。 そう思うけれど、やっぱり、気になる。 友だちだもん。
2004年04月04日
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娘の高校の入学説明会があった。教頭先生のお話が、しょっぱなから「入試の面接の時に聞いたら、ほとんどの人が4年制の大学を希望しています。」ときた。高校説明会の時から、進学校は国公立や有名私立の4年制大学にいかに大勢はいっているか、進学校でないところは短大や専門学校・就職がいかに4年生に近いものかを説明する事に、たくさんの時間がかけられていたように思う。「またか~」とうんざりしていたら、教頭先生は「でも」と話を続け、「大切なのは4年制大学に入ることではありません。 自分がどうやって幸せになるのか、自分の道を見つけるのか、ということです。」何だか、とてもうれしくなった。その後、生徒指導の先生が生徒会について話をした。「かつて、この学校はこの地域で唯一、冬のマフラー使用を禁止していました。親が、『子供達が寒いだろうと思う』と言うので、『ほんとに寒いでしょうね』と答えます。親はビックリして、『先生そう思ってるんだったら何で変えてくれないんですか?』というけれど、それは違うよ。変えたかったら主張をしてください。筋の通った主張には、きちんと対応します。携帯電話も、授業中に鳴ったら取り上げます。自分で管理のできないものは、持つ資格がありません。みんな同じルールではなくて、Aさんは管理ができるから持ってもいい、Bさんはできないからだめ・・・。それが責任を持つということです。」という内容のことを話された。またまたうれしくなった。こういうこと、今までちっとも聞けなかった。高校でも、聞けないところもあるだろう。この学校、いいみたい・・・とまたうれしくなった。
2004年04月02日
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すっかりお休みしてしまいました。もともと、毎日書かないおかちなので、そんなに変わらないかな、と思っていたけど、さすがに久しぶりという感じがします。おかげさまで、2泊3日で楽しい京都・奈良旅行に行ってきました。行く前の日に通り道の実家に大事な犬2匹を預けて1泊し、帰りは大事な犬を迎えによって、帰って来ました。高校が決まったら、修学旅行でゆっくり見られなかったところにもう一度行きたい・・・という娘の希望だったので、計画も娘に任せ、私はひたすら安い宿を探しました。見つけたのは、1泊目金閣寺の近くのホテルで素泊まり4500円。 2泊目祇園の近くで朝食つき6,000円。特に2泊目は、たたずまいはちゃんとした旅館で、仲居さんがあいさつに来てくれて、ゆったりした大浴場もあり、朝食も立派で、どこかに落とし穴があるのではないかと、貧乏性な家族はびくびくしていました。うちの家族旅行はこれまで、まず車だったし、キャンプとかコテージとかが多かったので、安い宿を見つけても普段よりは大きな出費。お土産や拝観料もぜーんぶ入れて、22万円使いました。高校入学で物入りなので痛かったけれど、もう何度家族旅行ができるだろう、という時期ですから、思いきって行ってよかったです。だいたい我が家は計画を立てて旅行などしたことがないのに、今回は娘が行きたいところを織り込んで計画を立ててくれ、我が家にしてはかなり優秀にその計画にのっとってまわれました。中学の修学旅行で行った時は、ただ”友達と旅行に行った”程度の事でしたが、大人になってあらためて予習して行ってみると、すごくおもしろかったです。 おかちは学生時代、勉強はできたほうだと思うんだけど、本当にテストのための勉強でした。 勉強する事が面白いとも思わなかったし、やらなくなったらあっという間に忘れました。大人になって旅行に行ったりすると、歴史や地理って楽しく学べたら、きっとすごくおもしろいし、世界がちがって見えるんだろうな、と思います。今回特に感動したのは、法隆寺。聖徳太子の時代から、ずーっとそのまま残っているって、すごいことですね。この風景を聖徳太子もながめ、この柱にもさわったのかなあ、なんて思うと感慨深いです。第2次世界大戦の時、この文化財を残すために京都奈良には空爆をしなかったというアメリカの余裕にも驚きます。去年の今頃までは、最悪の関係だった息子と夫が、今、いい感じなことも旅行が楽しかった大きな要因です。 どうしてよくなったかと言うと、息子が成長したのひとことにつきます。夫が頭ごなしに決め付けた物言いをしても、感情的にならずにかわせるようになりました。 言うだろうな、と予測をして、”やっぱりね”と笑えるようにもなりました。傑作だったのは、ひとりでお風呂に入った息子が、黙って湯船につかっているのが気まずかったので、一緒に入っていたおじさんに話しかけたというのです。「なんて話しかけたの?」と聞いたら、「地元の方ですか?」と聞いたというので、爆笑でした。大きくなった子どもとの旅行、いい思い出にします。あとはつましく暮らしていかなくては。
2004年03月31日
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親業の修了生の会で発行している機関紙、40号が出ました。最初のページをアップします。日記の「親業VOICE」のページにもアップ中です。 卒業の季節です。 我が家の娘も無事中学を卒業しました。 対面式の卒業式で、証書を受け取った後、卒業生が親に花と手紙を渡すという、新しい形でした。 娘は終始晴れ晴れとした顔をしていて、親の私もしみじみと泣くという様な心境ではなく、ニコニコと帰ってきました。 家に帰って娘のくれた手紙を読みました。 「おとうさん、おかあさん、これまでありがとう。高校に行ってもがんばるね」みたいな手紙をイメージしていたのですが、予想を裏切って娘が自分のことばで、自分の思いを書いてくれた、いい手紙でした。 誰かに自慢したいと思っているところに、VOICEの発行日が来ました。本人の許可なく、全文を載せますので、娘を知っている方はどうぞ内密に。お父さん・お母さんへ今までの15年間と2ヶ月間、すっごく楽しい人生をありがとう。特に、大変なはずの受験生活では、本当に感謝しています。こんなに楽天的な私が困ってしまうほど、二人とも受験を意識していなくて、お父さんは私が勉強するために朝早く起きても、 「今日は何かあるのか?」 「今日、どっか行くのか?」とか言ってたし、お母さんは「受験ごっこ」と言って、紅茶とケーキを持って、奥様言葉使ったりして、楽しんでやってたよね。 でも、そのおかげでこんな生活ができたんだと思います。これからの人生の中で、どんなに辛い事があっても、二人からもらった「自分」を自分で傷つけることだけはぜーったいにしないよ。それと、二人より先に死なないようにするよ。二年後には弟君が受験をすると思うけど、そのときにもぜひ、私みたいに楽しい生活を作ってあげてください。PS. ゆかいな犬の仲間達と弟君 犬軍団にはたいへんな時期にお生まれいただいて、ありがたく思っております。 弟君には受験のことをおしえてあげよう。みんなありがとうございました。(これからも・・・)受験生の親っぽくしない事は、それは私のポリシー、私の美学であって、娘は本当はもっと特別扱いしてほしかったんじゃないだろうか。 時々よぎったそんな思いが拭い去られました。 何より、あらためて口に出して言ってきたわけではないのに、私が一番願っている「自分を傷つけない」ということを書いてくれた事、それだけで本当に嬉しかった。 これまでに娘にしてきた、数々の悔やまれる事が、帳消しにできた気がしました。 私の友人は次男が卒業を迎えたのですが、式に参加して長男の卒業式を思い出した、と言っていました。今は高校生のご長男は、中学時代にはなかなかの不良だったそう。式の当日、子どもが書いた親への手紙をみんな受付でもらっているのに、自分の子だけ書いてなくてもらえなかった。私は子どもに感謝の手紙も書いてもらえないのか・・・って悲しかったって。 お兄ちゃんにそれを話したら、「そうだったっけ。 わりい、わりい。」と言って笑っていたとか。 節目のイベントは、とても感動的なこともあるけれど、とても悲しい事もあります。 でも、いつか懐かしい思い出にしていけたらいいですね。明日から家族旅行をします。29日に帰ってきますので、しばらくお休み。(いつものペースには、全然支障ないかも)
2004年03月25日
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毎度のコトながら、その1とその2の間隔が長くて、忘れられてしまいますね。先生に限らず、誰かに文句や不満を言う時、大事な事のみっつめは、「怒り」の奥にある気持ちを表に出す事です。相手に腹が立ったとき、「怒り」は氷山の水面上に出ている感情で、実はその奥に「悲しみ」「傷つき」「不安」「恥」「迷い」・・・といった感情があるんです。そういう気持ちにさせた相手への攻撃の感情として怒りを見ていくんですね。そして、自分の今の気持ちを伝えるのに、「わたしメッセージ」で水面下の気持ちを伝えます。「先生、うちのこの宿題に目も通してくれないってどういうことですか!!!」という怒りではなく、「先生に見てもらえなかった・・・とがっかりしている息子を見ているのが、親としても切ないんです。」と、切なさの方を伝える。これ、カッカきている時は誰でも難しいものですが、今、若いお母さん達と話していると、ここのところですごく損しているなあと思うことが多いです。「今どきのヤンママ」というムードを持った人によくあるのは、傷つくとその気持ちが瞬間的に相手へのとがった攻撃になってしまう、ということです。幼稚園の先生に、ものすごい挑発的なことを言ってこじれにこじれてしまったこと。それをよーく聞いていくと、そのママなりに一生懸命やっていることを、「もっとお母さんが愛情かけてあげなきゃ・・・」みたいに言われて、とても傷ついているんですね。 でも、自分でも自分が傷ついているということを認める間もなく、次の瞬間「先生なんてこの程度なんですね。幼稚園は事故なく過ごせば良しとしなくちゃいけないってよーくわかりましたよ!!」と吐き捨てるように言ってしまうんですね。だから、相手にもそのママが実はとても傷ついているなんて感じられないんです。すっごく気が強くて自己中なママ、とレッテル貼られちゃうんですね。自分の弱さ、悲しさ、もろさを見せるのは、負けだ、負けてはいけない・・・という思いは、若い人たち・子どもたちの中にとても強い気がします。あなたは怒っているとき、必ず何かが辛かったはずです。切なかったはずです。その気持ちは、実は「怒り」よりもあなたが伝えたい気持ちであり、相手も受けとめられる気持ちなのです。そしてこれは、後でも出来ます。かーっとなって、思わず怒鳴り込んでしまったけれど、落ち着いて考えてみたら、実は”我が子がしゃれっ気が強いことを、先生は不良っぽいという風に見ているんじゃないかと不安でたまらなかったんだ”と自分で気づいた。 そうしたら、何日かたっていてもいいんです。そのことを正直に先生に伝えてみたら、お互い人間ですから、そういう気持ちはよくわかると思います。これ、子どもに対してもぜひ、あとからできることはしてみてください。「この前、ガーッと怒っちゃったけど、あの時ほんとはお母さん・・・な気持ちだったの。」と。そしてぜひ、先生にもやってほしいですね。生徒にも、親にも、自分の弱さを正直に見せてほしいです。「自分が上に立たなくちゃ」と思っている相手に、弱さを見せるということは実はものすごく勇気のいる事です。「何だか先生、悔しいよ。」とか「きらわれているのかなって、不安なんだよ。」「先生もね、仕事が出来ないって思われたくないっていう、見栄があるんだよね。」ということばは、子どもたちにもそのまま届くはずです。 こういうことが出来ると先生も楽になると思うんですけどね。以前、中学の読み聞かせに行った時のこと。私は俳優の宇梶剛士さんの「不良品」という本を紹介していました。 この人は名前を聞いてもわからないんだけど、顔を見ればたいてい「ああ」とわかる人なので、話をしながら彼の写真が載った新聞の切抜きをまわしていました。そうしたら、突然、一度教室を出ていた担任の先生が入ってきて、「人が話をしてくれてるのに、何をしてるの!!」とその時切抜きを持っていた、ちょっと悪そうな男の子のところににじりよったのです。あわてて私が、「いや、それは私がまわしてもらっているんです。」と説明しました。ところがここでどうするかです。「あっそうなんだ、ごめんごめん、勘違いしちゃった。」とすぐあやまれば、子どもはたいてい許してくれます。 でも、この先生、それができなかったんですね。黙って、怒った態度を変えずに、その子の足を押して前を向かせて、「チャンと聞きなさいよ。」と言って、ごまかしたのです。その子の恨みに満ちた目は、当然の事です。その場であやまってほしいところですが、先生のよろいを着た彼女がここで謝らせられたら、今度は彼女に恨みが沸き起こるだろうな、と思いました。私は、「私の新聞記事で誤解されちゃって、悪かったね。」と先に子どもに謝って、「先生、ちゃんと聞いてくれてましたから、後であやまってあげてください。じゃ、続きを読むね。」と流しました。 後であやまってくれればいいですが。きまり悪い自分、かっこ悪い自分もさらせると、本当にこわいものはへるんですけどね。
2004年03月21日
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寅さんのページで、ADHDの子どもについて、学校に話す時のアドバイスを見ながら、最近相談された、幼稚園のお母さんの話を考えていました。子どもの事について先生に話すときに、やっぱりまずいなあと思う言い方があります。 本人は、そういう言い方をしないと気がすまないということもあるのですが、大事な事は何なのか、を忘れちゃいけない。 大事な事は、お母さんが伝えたい事をちゃんと先生に届ける事です。先生を言い負かしたり、非を認めさせる事ではないんですよね。寅さんが言っているような事は、障がいのある子だけではなく、どの子の親にも言えることだと思います。おかちが思うところをまとめてみると、まず、話す相手をとばさない事。担任の先生が頼りないから、担任の先生の対応が問題なんだから・・・といきなり校長先生・教育委員会に連絡をしたり、しょっぱなから知り合いの教育関係者や弁護士に口ぞえや仲介を頼んだりしない。もし自分が逆の立場だったらどうでしょう。始めから不信感や敵意をむき出しにされたようで、話し合おうという姿勢を持つのは難しくなってしまいます。直接関わる人から話していって、聞いてくれなかったり、逆攻撃されたりしたら次の人にもっていったほうが、さわやかです。ただ、「先生からのセクハラ」については、周りからしっかりと事実関係の情報や、協力者を固めておく必要があると感じています。直接先生に当たった場合、たとえ事実であっても「そんなことしていない」と言う可能性は高く、そうなると被害にあった子どもが「うそをついた」「エッチな妄想をしている」と非難される事もあるからです。2番目に、出来る限り具体的な話をすること。具体的というのは、ひとつにはこれまでの他の出来事や、他の人の問題を持ち込まないということ。よくあるのは、昨日持っていったお金がなくなったことについて話していたのに、話しているうちに「だいたいクラスで落し物が多くても、先生ちゃんと対処しないでそのままだそうじゃないですか。」とか、「前にA君がなくなった時も特別な指導をされなかったと聞きましたけど・・・」とか。これは先生の側にもよくあるんですね。「前にもお宅のお子さん、なくなったって言って来たのに、結局バッグに入っていた事があったんですよね。」「学年主任の方からも、学校にお金を持ってこないようにと指導をしているんですが・・・」とか。どれも事実ではあっても、今話している事を広げてしまうと、じゃあどうしようかという対応も、どんどん広がってむずかしくなります。そしてまた、話が広がると、話は抽象的になり、抽象的になると、それは価値観の問題になってしまって、これまた「じゃあ、どうするの?」という話ができなくなってしまいます。具体的のもうひとつのポイントは、「目に見える動作」「耳に聞こえる言葉」について、要望するということです。よく、「もう少し子どもをちゃんと見てやってください。」「頭ごなしに叱らないでやってください。」という言い方をされますが、これはやったかやらないか、親と先生が確認できないんですね。 「ちゃんと見ています。」「でも、今日も予定帳書いてないんですよ。」「ちゃんと時間はとっているんですよ。他の子はその時間で書いてるんだから。」・・・と泥試合になります。「どうしても最後まで書ききれないようなので、どこかで5分ほど予定を書く時間をとってもらえないでしょうか。」これなら、先生がやってくれたのかくれないのか、お互いに確認できます。 目に見える動作、耳に聞こえる言葉は、主観にとらわれずに、納得できる事実なのです。そして、先生が要望を聞き入れてやってくれた時は、その結果・子どもの様子をぜひ伝えてください。私たちは、とかく文句や不満は言うけれど、よかった時・特に悪くならない時は黙っている事が多いんですね。それをぜひ、ことばにして伝えてください。それは、先生に媚びたり、よいしょするということではなくて、先生を育てる事なんです。「こう働きかけるとこの子はこうなる」という事を先生にはたくさん知ってほしい。そして、親は学校での子どもを、先生は家での子どもを、意外に知りません。どんな風に影響しているのか、たくさん伝えてください。続きはまたこの次。
2004年03月18日
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久しぶりの更新です。おかちには、これぐらいのペースでいいみたいです。ネット依存にならずに、暇を見て書き込むペースをつくりたいと思っています。書き込まなくても、人のところはしょっちゅうのぞいちゃうんですけどね。だって、皆さん毎日のように更新してくれちゃうし、欲望を抑えられないようなタイトルをつけてくれちゃうんですもん。今週末に卒業式を控えた娘が、何となく暗い。 淋しい・・・? 不安・・・? だらけ・・・?いろいろあるだろうと思うけど、何となくこういう時は大切に目をかけていないと危うい感じがする。 「母親の勘」とかかっこいいこと言っても、本当のところは誰にもわからないのだから、どうとでも言える。3年前、娘が中学に入学した頃を思い出す。娘の卒業に合わせて引越しをしたので、娘は友だちが進学した中学の、隣の学区の中学に入学した。娘と入れ替わりに卒業した3年生がひどく荒れていたせいもあってか、中学の受け入れは、脅しモードだった。「中学は小学校みたいに甘くないんだぞ」「中学になったら、自分でちゃんとやっていかなくちゃ、最後に泣く事になりますよ」「中学生なんだから・・・」「いつまでも小学生の気分でいないで・・・」緊張と不安で入学してくる子どもたちに、もう少し温かい迎え入れの言葉をかけてやれないのか・・・と、私は内心腹立たしい気持ちだった。でも、娘は私が思う何倍も、緊張し、不安だったのだろう。それは娘だけではないだろうけれど、そういう心配な事やむかついたことなどをわかちあう仲間がいなかった。何日か本当は行くはずだった中学を横目で見ながら通ううちに、娘はだんだん暗くなっていった。そしてある日、帰ってくるなり、「セーラー服のリボンがうまく結べないの。 みんなのはもっとふわってしてて、もっと短くて・・・。お母さんにしばってもらってくるから、聞いてもわかんないし。こんなんじゃないの。もっとふわっと!!!」と言って、泣き出した。日頃おっとりして、喜怒哀楽の激しくない娘なので、ビックリしてしまった。おかちは、中学も高校も制服はブレザーだったので、セーラー服のリボンって、どうやって結ぶのか、わからない。娘なりに苦労して、自分で結んで行っていた。「やつあたり」であることは明らかだったけど、ここはきちんとこたえてやりたい・・・そんな気がして、おかちはかつて中学生だったおばさんたちに、片っ端から聞きまくった。教えてくれた友達に「何でそんな事聞くの?」と聞かれて、説明しているうちにおかちが泣いてしまった。自分でもビックリした。ついこの前まで、楽しい小学生で、それが数日たっただけで「中学生」「中学生」と叱咤され、引っ越して仲間とはなれた気持ちの整理もつかないまま、いっぱいいっぱいなんだなあ、と痛々しかった。結局、娘のリボンはあの頃の結び方と何も変わっていない。あの結び方で特に問題はなかったようだ。リボンを見ると、時々思い出す。 聞きまくった友達には、「あの時、おかちらしくなく、うろたえる母だったよね。」とからかわれる。でも、そういう時もある。それもこれも、「親の勘」だけど、絶対はずせない時があるんだと思う。
2004年03月16日
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昨日は公立高校の合格発表で、娘は無事合格しました。大丈夫そうだな、とは思っていたけれど、やっぱり発表があるまではせいせいしませんね。けっこう入試は娘の問題、と割り切っていたのですが、前期試験を落ちた時の落ち込みようを見てから、さすがに飲みに行く予定をいくつか保留にしていました。 さあ、再開だ!!と娘に宣言しています。今日は、中学で読み聞かせがありました。(五味太郎さんは読み聞かせは大嫌い・・・と書いていて、自分がやりながらこれもまたしごくよくわかるので、おかしいです)いろんな人がそれぞれその人のジャンルやムードを持っていて、交代でクラスに入ります。 民話系の人・BGMつきでの「100万回生きたねこ」専門の人・科学系の人・感動ものの人・戦争の人・アメリカの人・・・。1年間やってくると、その人の味があって、自分に対しても気負いが抜けてきます。おかちはだいたい、ノンフィクションのアウトロー系です。これまでに読んだのは、 「不良少年の夢」 北星余市高校教師の義家弘介さんの本 「不良品」 俳優の宇梶剛士さんの本 「学校を楽しくするための100の方法」 高校生のアイディアを集めた本 「ビタミンF」 重松清さんの短編集。そして、今日は性同一性障害の当事者が書いた本を3冊紹介して、そのうちの1冊を少し読みました。(前の日記)で書いたけれど、知り合いが性同一性障害らしい、ということがあってから、それはどういうことなのか、おかちなりに調べました。そして思ったのは、人がそれぞれ自分にとって心地いい生き方を選ぶ、それを尊重した性を生きる、という事を理解するのには、性同一性障害を理解する事がいい方法かもしれないという事。それから、子どもたちが思春期の入り口にさしかかるまでに、「性同一性」ということについて伝えておきたいな、ということです。生まれてきた時の肉体の性と、心が認知する性・脳の性がちがうということ。 それを障害と言う事に抵抗のある人もいると思うけれど、これまでただ単に「変態」とか「おかま」「おなべ」「女装愛好家」「ホモ」「レズ」「女みたいな男」「おとこおんな」・・・ありとあらゆる差別語や揶揄する言葉を投げられたところから、一歩進歩した事は確かだと思う。そして、この傾向を持った人は自分自身にもこのことばをぶつけざるをえなくて、自分をちっとも愛せない、自信を持てない青春時代を過ごしている人は多い。特にこの思春期の時代には、苦しむためのたくさんの条件がそろってしまう。まず、制服。 男と女がはっきりと別れていて、女の子は必ずスカートである制服は、踏み絵のようなものだ。 これが耐え難くて、学校に行けなかった人、制服を着ている3年間・6年間は出来るだけ目立たないように透明な存在になっていたという人。次に思春期の体の変化。はたから見れば女の子が女っぽい体になる、男の子が男っぽい体になっているだけなのだけど、性同一性障害の人にとっては大変な辛さだ。自分は男だと思っているのに、胸が膨らみ生理になってしまう。自分は女だと思っているのに、ひげが生えたり、ペニスが大きくなったり、勃起したりする。自分の肉体を否定し、隠し、憎む。さらに、誰かを好きになったり、そういう話題で盛り上がったりする時期。自分自身が男か女かもすっきりできず、自分が男の子を素敵だと思うのは同性愛なのか、異性愛なのかも混乱し、人を愛する事も楽しめない。だから、こういうこともある、そういう人もいるっていう事を知っていてほしい、と話した。そして、今日帰ったらぜひ紹介した本の作者(虎井まさ衛さん・安藤大将さん・佐倉智美さん)のホームページをのぞいてみてほしい。もしいつか、こんな事で悩んでいる友達にあったら、ホームページを教えてあげてほしい、と伝えました。実は今日は娘のクラスだったので、「どうだった?」とあとで聞いたら、「いつも、あとであんまりおもしろくなかった、とか言う人も何人かいるけど、誰も何にも言わなかった。」ということ。 それってどういうことかなあ。 ちょっと、刺激が強かったかなあ。ひとつ気になっているのは、娘のクラスの女の子、Sちゃん。彼女は競艇が好きで、競艇場のある県外の高専を受験した、ちょっと面白い子。 今日読んだ本の作者、安藤さんは女子競艇選手として活躍し、性転換をして男性選手として登録しなおす事をマスコミに発表して話題になった人だ。その話をした時、競艇といえば目を輝かす、という彼女が、ものすごく意識して下を向いていた。いわゆる女っぽいところのない子だけれど、もしかしたら自分の中で悩む部分があったのかもしれない。 安藤さんのことも知っていてあとをついていく気持ちもあったのかもしれない。そうだとしたら、今日は彼女にとってどうだったのだろう。ビックリしても、恥ずかしくても、しっかりと聞いていてくれたらいいな。 家に帰って、ホームページを読んでくれているといいな。もうとっくに読んでいたとしたら、エールとして受けとめてくれていたらいいな、と願う。娘もSちゃんの反応を意外に思ったと言っていた。来週最後の読み聞かせがあるけれど、そのクラスにもおかちがひょっとしたら・・・と思っている子がいます。読もうかどうしようか、考え中です。
2004年03月12日
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絵本作家の五味太郎さんのエッセイって読んだ事ありますか?前に1回読んで、ものすごい強烈だなあ、と思ったのですが、昨日もう1度読んで、このどうしようもなく管理教育になじまない感じが、おかちの中にも強くあるな、って改めて思いました。自分の人生では、そういう自分として生きていけばいいんだけど、子どもの人生となると難しくなってしまう。自分の事は棚に上げて、「しっかりやれ」「足並みそろえろ」みたいに言っちゃう親も多いようだけど、おかちの場合その反対をやりすぎてしまう不安があります。「何でそんなにしっかりやるの?」「ほんとにおもしろくてそんなことやってるの?」「そんなのってあんたが自分で決めればいいことじゃん」そういう事を言いたくてたまらないことが、しょっちゅうあります。自分と子どもは違うんだ、押し付けちゃいけない・・・と思いながら、こんな風に疑いもなく従っていて、生きていけるんだろうか、と不安になったりすると、言ってしまいます。楽天の中で学校教育を一生懸命考えている人、親として地域の人間として、それをサポートしていこうとする人、たくさんいて、そのエネルギーに励まされる事はたくさんあります。おかち自身も、できるだけそういう立場で学校に、教育に関わっていきたいと思っていることが多いのです。でも、五味さんのように、すっぱり明快に書いたものを読むと、ものすごく胸がすーっとすることもまたおかちの事実です。特に集団というものの圧力や束縛が、小さい時からストレスだったのが、おかちの現実です。両親が「おかちの月曜病」と呼んでいた、月曜日になると微熱を出すくせは、不登校の走りでしょう。小学校の時から、さっきまで体育をやっていたのに、たった45分ですぐに国語の作文を書き、45分でまた音楽鑑賞に浸る・・・という風な切り替えに、どうにもついていけず、面白くないなあと思っていました。決められたクラスの中に、必ず気の合う親友が出来るなんてわけないよなあ、と醒めていました。こんな子も学校でも楽しめるように、その子のよさが評価されるように・・・と努力していく事も大事だけど、あくまでも集団の場である学校は、そこで楽しめる、評価されるのは、一部の子供だという自覚を持つことも、大事じゃないかと思っています。五味さんの文章を抜粋します。「おとなは・が・の・もんだい」 講談社僕の友だちの教師が、市販のテスト問題を使って生徒に感想文を書かせたのを見せてくれたことがありました。 その問題文の文章を要約すると、授業中に雨がザーザー降ってきて、お母さんたちが次々に傘を届けにきてくれる。 でも、うちのお母さんはパートで働いているから来られない。 お母さんもがんばってるんだから、わたしもがんばろうと思って、わたしは友だちの傘に入れてもらって帰りました、というようなやつです。 で、その感想を50字以内で述べなさい、という解答欄に、「べつに。」と書いた子がいました。 しみじみします。 まったく同感です。 だって、たかが雨が降って、傘があったりなかったりで、まさに「べつに。」は妥当な線です。 50字以内すぎるキライはありますけれど。 ぼくの教師の友だちはまあ出来るやつだから、「これ、参っちゃうよ、いい点数つけるしかないんですよね」って。 でも、そんな教師って、まずいません。 その市販のテストについている教師用の模範解答が、また気持ち悪いものでした。 女の子がお母さんの気持ちを考えて、さみしいのを我慢したことに感動しましたとか、傘に入れてくれた友だちの優しさに感動したとか。 つまり、子どもたちは、その線でサボってる大人用の答えを模索しなくちゃいけないわけです。「うちの子は○○なのですが、それでいいんでしょうか…」というような質問、よくあります。 ○○には、家でばっかり遊んでいてちっとも外に出ないとか、全然勉強しないとか、あるいはとても異性に興味を持っているとか持っていないとか、そんなものが入ります。 問題なのはその○○よりは、「それでいいんでしょうか」というところです。 何が、どこに対して、どういう具合に、それでいいのか悪いのか、ほんとうにわかりにくい質問です。「うちの子はすぐ靴下を脱いじゃうんですけど、それでいいんでしょうか」「うちの娘は鏡ばかり見ているのですけれど、それでいいんでしょうか」「うちのパパはほとんど子どもと話さないのですが、それでいいんでしょうか」「うちのおばあちゃんはお経ばかり上げていますが、それでいいんでしょうか」うちの息子は五味太郎絵本しか見ないのですが、それでいいんでしょうか」「わたしはイライラすると放火して歩くのですが、それでいいんでしょうか」・・・それはいけないとはっきり言えるのは最後の質問だけです。「学年配当漢字」という、不思議なものがあります。 1年生で出てくる漢字、2年生で出てくる漢字というやつです。 文部省初等科は、あくまで目安です、けっして強制ではありません、と言いますが、現場の先生はそのまま受けとめます。 ですから「えん足」とか「かい水よく」みたいな表記が生じます。「遠」と「海」と「浴」はまだ習っていないから使えない、使ってはいけない、というわけです。 山田くんはわりあい早目から「山田」くんですが、遠山さんはしばらく「とお山」さん、遠藤くんなんて、だいぶあとまで「えんどう」くんでいなくてはなりません。
2004年03月10日
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今日は、子どもの中学の「読み聞かせボランティア」の反省会があった。 中学での読み聞かせは、今年度が初めての試みで、週に1回、朝読書の時間にボランティアのお母さんたちが教室に行って、15分間の読み聞かせをしようというものだ。おかちを含めて、10人でスタートしたが、少しずつ増えて、年度末には20人になっていた。いろいろなことがあったが、こうして反省会をやってみると、実にいい仲間だったなあ、という感じがする。はじめのうちは、自分たちも慣れないし、子どもたちもどういう位置づけをしていいか慣れないみたいで、終わってそれぞれの教室から図書室に戻ってくると、ああだった、こうだったとひとしきりこぼしあった。小学校でも詠み聞かせをやっている人も多く、かえってそういうお母さんたちの方が、中学生の反応のなさや、1部の子の挑戦的な態度に傷ついて、自信をなくして、やめたい・・・なんていう人もいた。その度におかちも含めて、「まあ、中学生なんてそんなものだよ。態度と心は必ずしも同じじゃない。」って思っている何人かが、慰め励まして、足を洗わせずに1年間やってきた。9月の文化祭には、読み聞かせのお母さんたちで20分ほどステージ発表をしてほしい、と言われ、夜も何回か集まって練習したのも懐かしい。立派な群読などはできないから、詩を中心に読みやすい小品をいくつか選んで,その詩にあった人がひとりで読んだり、3~4人で読んだり、3グループに分けて掛け合いをしたり・・・というアレンジをして、無事20分を乗り切った。特にテーマや統一性もなく、説明も何もなく、「早口言葉」で幕を開け、金子みすヾの「大漁」・島崎藤村の「初恋」・萩原朔太郎の「竹」といったまじめなものと、「寿限無」・「お経」といった言葉遊びをまぜて、ひたすら読んだ。中でもおかちが忘れられないのは、「お経」。言葉遊び歌の中にこの1連を見つけたとたん、続きを作りたくなってしまって、あっという間に遊びで出来てしまった4連。それをみんながいたく気に入ってくれ、木魚と鐘(というのでしょうか。チーンというやつ)まで持って来てくれて、ポクポクやりながらステージで唱えた。おかちのあたりはかなりの田舎なので、法事の時に近所の女がその家に行って、お題目を唱えるという地域が多い。その節回しで唱えると、すごく感じが出る。不謹慎だと思う人もいるだろうか、という心配も出たが、まあ、中身で許してもらおう、ということで発表となった。これが子どもたちに大うけで、終わるなりまだもうひとつ詩が残っていたのに、自然に拍手が起こって、終わりのようになってしまった。自分でつくったお経は実はおかちもとても気に入っている。何か子どもたちを応援する詩を読んであげたい、ないならつくろう、と思ったこの4連に、誰かが「青春応援歌」というタイトルをつけてくれ、みんなでその気持ちでとなえた。読み聞かせのあとの記録の時間に、クラスの子どもたちの事や最近の学校の様子など、いろんな事を話した。司書の先生も含めて、具体的な子どもの個人名もたくさん出して話をしたけれど、誰一人興味本位で聞いたり、聞いた事をうわさ話にすることもない、気持ちのいい仲間だった。来年度もやろうと思っている。青春を応援したいと思っている。青春応援歌を紹介します。1連目は既存のもの。2連目からは、おかちの創作です。「青春応援歌」 電車ー馬ー車ー自ー動車ー 人力車ー力 自ー転車ー 交通地ー獄 通勤者ー 受ー験地ー獄 中高生 合ー唱練習 土ー曜日ー 空腹帰ー宅 晩御ー飯 茶ー髪腰パンミニスカート 自己中 反攻中 禁煙中 中間 期ー末 急降下ー 三者ー面談 針むしろ おどしーすかしー泣き喚き 家ー庭崩壊 家具崩壊ーー つーわり 難産 乳不足ー 夜ー泣き朝泣き昼も泣きー 発熱骨折医者通いー 過ー労寝不足 無我夢中 健康笑ー顔 癒し系 入園入学 祝い酒ー 戦争 犯罪 天災害 逃げろーさけろー無駄死ぬなー アホ・愚図・ケチ・ワル・暗かろうとー 代替不可能 授かり者 天才秀才 ひとにぎりー 平凡青春 応援歌ー チーーーーーン
2004年03月06日
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(寅さんの日記)を読んで、ちょうどおかちは水谷先生の本を読んでいたところだったので、思っているところを書きたくなった。義家先生の「ヤンキー母校に帰る」のドキュメンタリー放送にはとても感動した。実際の映像として、撮りためてきたものの力を強く感じた。入学当初の子どもたちの姿と、卒業していく時の違いに、「人は、誰かにしっかりと受けとめて貰うと、あんなにも変われるものなんだ。」とうれしくなった。 義家先生が書いた2冊の本も読んだ。とっても頭のいい人なんだなあ、と感心し、また、ドラマの人のように感じてしまうけれど、今現実の社会の1教師であり、同じ教育の波の中で生きている人なんだ、と当たり前のようだけど、再認識した。水谷先生も、だいぶ前に新聞で知って、本を読んで薬物の勉強をし、講演を聞いて、また今本を読んでいる。おかちは水谷先生が色々なところで言っている、「薬物依存は教育や愛の力ではなおらない。」ということばにとても共感した。教師にしても、親にしても、「愛の力で」「愛情があるのだから」「生徒だから」「我が子だから」・・・そういうものでくるむことで、かかえこんでしまうこと、悪循環にはまっていってしまう事は決して少なくないと思う。どれだけその子を愛していても、何でもしてあげたいと思っていても、その子にとって今何が必要なのかをみきわめ、それをきちんと得られるようにサポートする事、必要なところにわたしていく事がプロであり、本当に愛するという事なんだと思う。突出した先生のすばらしさというのは、この個人の「愛」の部分と、そしてプロの教師としての「技術」の部分があわさったところにあるように思う。子どもたちにとって本当に必要な大切な事は、それを提供できる教師集団としての技術やシステム、言ってみればハード面を整備していかなくては、たまたま熱意ある先生に当たった時にしか期待できない・・・とういうことになってしまう。でも、個人として「愛」の強い先生にとって、それを待つことは耐え難いだろう。 今、できる事をできる人がどんどんしていかなければ、子どもが犠牲になる・・・という思いで、批判する人から見ると、「個人プレー」に走っていく。急に次元が落ちるけれど、おかちはこのハード面のかたさ、変わる事の遅さに耐えられないので、「親業」とか「CAP」のように、子育てサポートのひとつの小さなパーツとして仕事をしている。 でも同時に、子育て支援をする側の個人の熱意や深さ、柔軟性、センスは千差万別で、それを教育の力で一定基準にしていくことはほとんど不可能だと思っている。これを書きながら、思ったのだが、おかちはだから「プログラム」のある支援に関わっているのかもしれない。もちろん、同じプログラムだって、それを伝える人によって天と地ほどの違いがあるのは経験している。でも、少なくとも最低限のメッセージを確保できる。お互いが切磋琢磨していくときも、「愛」や「熱意」ではなくて、この「プログラム」に立ち戻って、納得できる。これが本当に必要なプログラムなら、実施する人を増やしていくことで、多くの人がこの支援を受けられる。何の仕事でも本当はそうなのだろうけれど、特に生き物に関わる時、仕事としての「技術」と、「愛・熱意」はどちらも欠かせない。けれども、他の人と切磋琢磨し、仕事として要求していけるのは、「技術」の部分で、「愛・熱意」の部分は、その人の中からわきあがってこなければ、要求できるものではないんじゃないかと、おかちは思う。それがたとえ、教師であっても、親であっても。水谷先生は、講演を聞いてもただただものすごい人、という感じで、ご本人はまだまだできないんだと情けなく思っているだろうけれど、とてもあとに続いていけるような存在ではない、と凡人に思わせるオーラがある。彼は、この「愛と熱意」の部分を教育に求める事に、エネルギーを注ぎきっているんだと思う。水谷先生は、自分が癌だという事を公表していて、「そう長くはないでしょう」とさらりと言う。そのことに対する、驚きや心配すら受けつけないような孤独な愛を感じてしまう。水谷先生がいなくなったら終わり、ではやっぱりダメだと思う。先生の本を多くの人が読んで、「こういうことが起こっているんだ」という事を知ることも、とても大切だと思う。でも、今薬物依存から抜けられない子は、救えないけど・・・。むずかしい。何だか、堂々巡り・・・。
2004年03月04日
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娘の中学の友達が、以前、携帯でよくメールをしている相手がいた。 大阪の中学3年生なんだって・・・と言って、たまにおかちにもメールを見せてくれた。確かに、中学生っぽい言葉遣いで、お互い意気投合している。「でもさ、これ、もしかしたら50歳の禿げたおじさんかもしれないんだよ」(はげている人ごめんなさい。想像と違うと言う事のたとえです。)「どっかで援助交際の仲介しているにいちゃんかもしれないよ」「ないない、だって今あっちも試験だっていうしー」心配だ。顔が見えなければ、どんな風にも成りすませるっていうことの実感がないんだな。そんな風に思っていた。ここのところ、おーぴんさんと私書箱でやりとりしていて、ふと、その事を思い出した。 こんなに近い領域の仕事をしていて、仕事の仕方やなんかでわかりあえて、年のころとか家族の感じとか想像しているけど、これが全く違う仕事のおじさんだった、っていうことだってありなわけだよな・・・って。おーぴんさん、ごめんね。ひきあいにだしちゃって。おーぴんさんのことは、実はちゃんと実体がわかっちゃって、想像通りの素敵な人だったのですが、全然違う事もありだなんていうこと、いつの間にやら忘れていました。ああ、あの子もこんな気持ちで相手の事すっかり思い描いていたんだろうな、と思いました。ネットの中の世界が、いつの間にやら現実になっていたり、ネットの世界で楽しく生きて、現実の自分がどうであるかを考える事をしなくなる・・・。それは、何も特別な事じゃないっていうこと、実感しました。今の子どもたちは、こういうことと上手に付き合っていかなくちゃならない。 なかなか大変だなあ。
2004年03月02日
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(前の日記)に書いた、「悟空の大冒険」の歌、掲示板で寅さんはじめ、みんなに思い出してもらって、マスターしました。 本当にありがとう。 おかちは全くその番組そのものを知らず、年代はたぶんはまっていると思うのですが、ちょうど我が家にテレビがなかった時期かもしれません。(1度はあったテレビが壊れた時、頑固親父が「もうテレビは買わん!!」と宣言して、1年ほどなかったのでした。)それで、寅さんに書いてもらった感じで口ずさんでは見るものの、本当にこれでいいのか、実はちょっと不安だったんですが。 夕べ、ご飯を作りながら口ずさんでいたら、突然夫が「・・・が好っき、好っき、好っき、悟空が好っき、好っきっ!!・・・」とのりのりで歌い始めました。 2歳年上の夫もテレビ番組世代は同じですから、聞いてみたのですが、番組は知ってるし、そんな歌があったような気はするけど・・・ということだったのに、「ああ、思い出した、思い出した。 やっぱあれは手塚治虫の絵だったわ。」とうれしそう。じゃあ、おかちの歌っていたのでよかったんだ、とうれしくなり、音楽もちゃーんと文字で伝えられるんだなあ、って寅さんの力に改めて感心しました。「ねえ、それってけっこう速いテンポなの?」「うん、けっこう速かったと思う。 学校が好っき、好っき、好っき、学校が好っき、・・・」(のりのりハイテンポ)「ふーん、まゆみのおかあさんってどのくらいの速さで歌ったのかなあ。」本を読んだ娘が「もっとゆっくりでしょう。 速く歌ったら速く歩けっていう感じになっちゃうもん」歌を禁止されて声が出なくなり、歩く事もできなくなって学校に行けなくなったまゆみが、それでも「学校が好き」と書いた作文を読んでお母さんは行動します。毎日毎日、まゆみが行けるところまで学校に向かって歩くのに、つきあいます。 決して先に立たず、せかさず、がんばれとも言わず、「まゆみが好っき、好っき、好っき・・・」の歌をシャワーのようにそそぎながら。 そして何ヶ月もかけて、まゆみは学校へたどりつきます。おかちもきっと、おかあさんは小さな声でゆっくりと独り言を言うように、歌っていたんじゃないかと思います。いつか自分の子どもに、周りの人たちに、こんな風などうにも自信をなくす時があって、「がんばれ」と言うにはきつすぎるけれど、応援している事を伝えたい時に、おかちも歌ってみたい・・・と思っています。もしも、何かがあったらこうしてみよう、という具体的な行動が頭にあると、何だか安心する、勇気がわくっていうことあります。CAPの大人ワークショップでいつもお話しするのは、もし、子どもがいじめとか痴漢行為とか体罰とかについて相談してきて、びっくりして何て言ったらいいかわからなくなったら、この台詞を言ってください、とお願いしていることばがあります。それは、「話してくれてありがとう。」「よく話してくれたね。」ということばです。 せりふでいいから、頭の中においといて、と言うと、それだけで参加してくれた人たちは優しい顔になり、中には涙ぐむ人もいます。 おかち自身もかけることばがなくて、この台詞に助けられた事があります。土曜日に地域の福祉大会に女優の石井めぐみさんが来て、講演をされました。石井さんは重度の障がいをもって生まれてきた息子さんを通して、たくさんの訴えかけをした「ゆっぴいのばんそうこう」というドキュメンタリー番組で知っている人も多いと思います。 ゆっぴいは4年前に亡くなっているのですが、現在(てんしのわ)という支援活動、講演活動にも、忙しく飛び回っておられるようです。体の小さな人ですが、とにかく1時間以上ものすごいエネルギッシュで、よどみのない講演でした。 おかちは、正直言って、テンションの高い話し方が苦手なので、そういう意味ではちょっと疲れましたが、それよりも石井さんの使命感とも言うような迫力に圧倒されました。 そして、伝えたい事を伝えるための広告塔として自分を見せているそのプロ根性を感じました。その講演の最後に、石井さんが「私が講演に行くたびにお願いしている事があります。」と話されました。「あの人困ってるのかな?と思ったら、ちょっと立ち止まってほしい。」心の問題かと思って聞いていたら、そうではなくて、「足を止めてほしい。 そしてその人の目を見てほしいんです。」「風のように通り過ぎたり、目をそらされたりすると困っている人は声がかけられないんです。だから。」おかちは障がいのある人たちに関わる仕事をしてきたので、道端で知らない人に手助けしたり、バスでパニックになった子を落ち着かせたりしたことはけっこうあります。でも、やっぱり困ってるのかな、そうではないのかな、と迷う場面は多い。 そういう時、立ち止まって様子を見る事はよくするんだけど、目を合わせることはなかった気がします。まだまだ子どもの頃からすりこまれている、「じろじろ見るんじゃない」という戒めから、解放されていないのでしょうね。だから、このことばはすごく新鮮でした。 そうだよ、目を合わせれば少なくとも助けてほしいと思っている人は助けてほしい事を訴えられる。 これならできる、と思いました。人の心の問題を仕事にしていると、簡単なことばで言いきってしまうことがすごくこわいような、軽率な気がすることが多いです。 でも、単純な行動として方向を示してもらうと、そこから踏み出せる事も多いんだな、と最近感じています。
2004年03月01日
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娘、私立高校は無事合格しました!!!とりあえず、高校浪人は避けられる。 よかった。昨日、重松清さんの最新刊、「卒業」という本を読んだ。おかちは重松さんのファンで、本はたぶん全部読んでいると思う。 「卒業」には4つの小説が入っているが、一番最初の「まゆみのマーチ」を読んで、おかちは声をあげて泣いてしまった。(どうも年と共に涙腺がゆるむのだろうか)初老のお母さんの臨終に、娘のまゆみとお兄さんがかけつけて、おかあさんの思い出を語る。 まゆみは小さい頃歌が大好きで、その無邪気さが学校の枠からはみだしてしまい、押さえつけられるうちに学校に行けなくなってしまった。 そのまゆみにいつものんきにつきあっていたおかあさんが、しょっちゅう歌ってくれたのが「まゆみのマーチ」。 兄がどんな歌かと聞いても、秘密と言って教えてくれなかった。その歌を、母の死にあって、まゆみが教えてくれる。それは、「まゆみが好き、好き、好き、まゆみが好き、好っき! まゆみが好き、好き、好き、まゆみが好き、好っき! まゆみが好き、好き、好き、まゆみが好き、好っき! まゆみが好き、好き、好き、まゆみが好き、好っき!」という当時のテレビ番組、「悟空の大冒険」の替え歌。ただそれだけのその歌を、うちのめされたまゆみがシャワーのようにあびて、立ち直っていく。そこで、おかちはもうエンエンと泣いてしまった。 ぜひ、読んでみてください。それで、その「悟空の大冒険」の歌をおかちは全く知らないのです。 誰か、知っていてメロディーとリズムを表記してくれる人がいたら、教えて。 歌ってみたいんです。こうすればわかるよっていうのがあれば教えてください。
2004年02月27日
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昨日ちょっと大きい仕事が終わって、今日はのんびり。(娘の私立高校の発表なのですが、おかちがうろたえてもしょうがないし)今朝、息子が出がけに「お姉ちゃん、受かったかどうか後で教えてね。」と言った。 公立前期の発表の日、「どうだった?」と聞いて、落ちたショックの整理がついていなかった娘に、思いっきりあたられて、息子はすっかり傷ついていた。「もう、俺は絶対聞かない!!」と数日怒っていたのだ。それでも、今朝のことばを聞いて、”優しい子だな”と思った。急に思い出したけど、ゆうべサツマイモがたくさんあったので、大学芋を作った。おかちは基本的に甘いおかずがあんまり好きでなくて、さつまいもとかかぼちゃ料理は少ない。でも、子どもたちが大学芋好きって言ってたな、と思ってつくった。食べながら娘に 「大学芋好き?」と聞いたら、 「うん、まあ」と言う。それほどでもないのか、と思い今度は息子に聞く。 「えっ、うん・・・まあ」と言う息子の顔には「だーいすき!」と書いてある。 「へっ、何でそんなにがまんするの?」 「えー、だってー・・・」どうやら息子は大学芋が好きなんてガキくさい、男がすたる、と思っているらしい。男らしさって、本当にもろいのね・・・と思って、おかしくてたまらなかった。今朝、テレビをつけていたらオウム事件で死刑判決を受けた中川智正の友人が300回だかにわたって面会した記録と、コメントを放送していた。 ”麻原の影響下から抜け出せず、本当に反省する事もできずにいた中川が、4年目くらいから少しずつ変わってきた。話をする事で、彼が本当の意味で償う気持ちになれたように思うから、これからも通う。”という趣旨のことを語っていた。何かとても胸にしみた。非難こそされ、誰にも感謝なんかされなかったであろう面会を黙々と続け、ただ情に流されるのではなく、中川の変化をしっかりとキャッチして残し、そして死刑という形の結論が出ても変わらずそれを続けていくということ。 こんな友達がいる中川はきっとまじめな人だったのだろう。やるせない。
2004年02月25日
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昨日、朝目が覚めたとき、「やっぱり夢だったのか。」と少し淋しかった。 娘が受験した高校から電話がかかってきて、「前期試験はこちらの手違いで不合格の扱いになってしまいました。 娘さんは合格しているので、改めてお知らせします。」と言われた夢だった。 夢の中で、”そりゃあ、夢だろう”と思い、夫に確認する。「ちがうよ、ほんとに電話があったよ。」と言われて喜ぶ、という夢を2回も繰り返して見た。「やっぱり夢だよなあ」と苦笑してしまったのと同時に、自分がこんな夢を見ることをとても意外に思った。前期試験が落ちた時の娘の落胆ぶりが、おかちの中でかなりこたえていたみたい。 あれから少し集中力をなくしているような娘の姿にも、自分で思っている以上に胸を痛めていたのかもしれない。昨日は、朝早くから夫と二人で、千葉にいる夫の弟の家まで、2段ベッドを運んでいった。 この2段ベッドは夫とその弟が子どもの頃使っていたもので、我が家で2段ベッドを買おうかどうしようか考えていた時に、夫の実家から送ってもらったものだ。義母はきちんとした人なので、ベッドもとても丁寧に保管されていて、子どもたちも喜んで使わせてもらってきた。 が、ここのところで「もう足が飛び出ちゃう」と言う二人の声に、新しくベッドを買うことにした。 その2段ベッドを最近マンションを買った義弟のところの子ども二人が使うことになった。送ると送料がかなりかかるので、車に積んでいくことにした。 うちは8人乗りの車なので、積むのは簡単だし、夫婦共に長距離運転は比較的平気なので問題ない。 ただ、二人とも混雑したところがきらいなので、自慢じゃないが東京方面には車で行った事がない。 首都高速なんて、一生走らないつもりだったので、さすがの夫も「ついて来てくれよー」と情けない顔。うちの場合、道がわからないところに行く時は自動的におかちが運転する事になる。 夫はナビゲーターだ。 なぜって、おかちはすごい地図音痴だからだ。 よーく地図を見て、「よーし、絶対こっちだ!」と確信した場合は、その反対に行けば大体あたっている。 そこのところは、もうほとんど努力をしようという気さえない。 言われたとおりに運転をして、一切責任をしょわない事にしている。まあ、意外と短時間で、混まずに無事に着いた。 昼食をごちそうになって、喜んでベッドで遊ぶ二人の姪とも遊んで、夕方には帰ってきた。夫と二人で車で長距離移動するのは、久しぶりだなあ。 結婚して割とすぐ子どもができたので、新婚旅行以来かもしれない。今思えば、新婚旅行ぐらい海外に行っとけばよかったなあ、と思うが、おかちの新婚旅行は車で行ってみたいところ、行く用事のあるところを転々とまわるという、変な新婚旅行だった。元々おかちと夫は大学のサイクリングクラブの出身で、学生時代は休みを目いっぱい使って、全国を渡り走っていた。 結婚式に来てくれた夫の幼馴染も別の大学のサイクリング部で、その日の夕方から信州を自転車で走るんだと言って勇んで出かけていったのに、大雨に降られて、キャンプをするのがつらくなったらしく、何と新婚初夜のおかちの家に「今晩一晩泊めてください」と電話してきたのである。 おかちはこういうばかな事がけっこう好きなので、泊めてやって3人で大酒を飲み、翌朝彼は無事サイクリングに、おかちたちは新婚旅行に出発した。(そういえば、後日、夫の実家に彼のお母さんが思いっきり恐縮して菓子折りを持ってきたそうだ。 そんなこと実家の親に言ったのかと、また大笑い。)新婚旅行は、まずはひたすらおかちが行きたかった広島をめざし、着くまでの間にスピード違反でつかまり、鍵を中に入れたまま夫がロックしてしまいJAFに大金をとられ、さんざんで到着。 10泊ほどの旅行に1泊も予約しなかったので、着くたびに宿探しに大変だった。まあ、いざとなるといわゆる「ラブホテル」が安くて、活躍していたけど。フェリーで九州に渡って、積んでいった自転車を組み立てて、阿蘇山の外輪を走った。 熊本のおかちの父方の親戚の家にあいさつに行き、天草の方にもまわって、また本州に戻る。今度は日本海側で丹後で遊んでから、福井の夫の実家に行き、友達の結婚式出席と実家のご近所周り。 着物を着て回るようにと言われて着たものの、アルバムを見ると日焼けした真っ黒な顔、全然やる気のないしょぼくれた顔に、きれいな着物が妙に浮いていて、まあ何というか、今考えれば義母も結婚させたことを悔いただろうと思う。そこから開放されて、夫が卒業後に住んでいた金沢の思い出の場所を巡り、おかちが幼稚園の頃まで住んでいた新潟の家を探し、そして松本に戻ってきた。乗っていった車は、夫が友人から2万円で譲り受けたというものだから、よくがんばって走ってくれたと思う。あの頃は、ほんとうにラブラブで(当たり前だけど)いくらでも話があっただろうし、話をしなくてもうれしかったのだろう。 今のおかちと夫はどうだろう。それぞれの人間は、あの頃とずいぶん変わったのだろうか。 毎日毎日ぶつかった時期もあったけれど、今はそうでないのは歩み寄れるようになったからだろうか。 それとも、あきらめだろうか。子どもが生まれてから、おかちは多くのことを考え、感じてきたように思う。 そして、どうしても子どもとの関係の密度が薄かった夫と、そこのところのギャップが大きくなっていったように思う。 夫は夫のやり方、速度で子どもとの関係をつくっていき、変化させているのだろう。でも今、ふと新婚旅行のことを思い出すとき、ああいう喜び、ああいう人生の楽しみ方から遠ざかっていったのは、おかちの方だな、と思う。 夫は子どもが生まれても、子どもが成長しても、相変わらずあんな楽しみ方のできる人間のままなのだろう。 その変わらなさが、何だか妬ましくて、淋しくて、突っかかっていた時もある。子どもを育てていく時に、おかちはああいうワイルドな楽しみ方と子育てを両立できなかった。 でも本当はしたかった。 そのための、細かな配慮や準備をすることがわずらわしかった。 本当は家族であんなワイルドな楽しみ方をしたらかっこいいとも思っていたし、親になったからといってマイホームママ・パパみたいな枠におさまりたくないとも思っていた。でも、今あれやこれやを思い返してみると、これでよかったのかもしれない。 そこで、子どもたちも同じ楽しみに巻き込んでいたら、おかちは自分の美意識で子どもをもっともっと縛って、過剰な期待をかけていたかもしれない。今日の日記は何だか自分の独り言。 わけわからないかもしれないけど、ごめんなさい。 でもなんかコメントあったらください。 似た感じを持っている人もけっこういるような気がするから。
2004年02月22日
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暴力というのはふるっている人とふるわれている人の間だけのものではなくて、その場に恐怖の空気を作る。 そして周りにいる人のそれぞれが加害者・被害者との力関係の中で、沈黙したり、見てみぬふりをせざるを得なくなる場合が多い。岸和田の事件でも、母親の実子も言えなかったし、逃げ出した弟は恐怖の家庭から離れてからですら言うことができなかった。大人同士であっても、妻が子どもを折檻していても「お母さんのいうことを聞きなさい」しか言えない父親、夫が娘をレイプしていると知っていても、とめることのできない母親や、知らないふりをする祖父母はいる。それが暴力という力関係がつくりだす、制約だ。そしてだんだんそういう光景に慣れていってしまう。家族だからといって、いい人だからといって、虐待から子どもを救えるわけではない。
2004年02月20日
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子どもを半殺しの目に合わせても、施設に保護すると「返してくれ」「会わせてくれ」と迎えに来る親は多い。逆恨みしたり、脅しにかかる親もいるが、もうこんな事はしない、大切な子どもなんだと、泣きながら懇願し、施設職員でさえほだされてしまう状況も決して少なくないようだ。今回の岸和田の親のように、徹底的に誰から見ても鬼のような親というのは、むしろ少数派だろう。虐待は英語でChild Abuse、子どものアブノーマル・ユース。つまり子どもの乱用という意味だ。乱用とは本来の目的とは違う形で使うこと。親が子どもをいつくしみ、世話をするのではなくて、自分の苛立ちのはけ口にしたり、自分の強さや優位性を確認するための手段にしたりすることが、乱用だ。だから、こういう親にとっても、子どもはなくてはならない存在だ。暴力夫が殴らせてくれる妻なくしては、社会のストレスに耐えていけないのと同じだ。そして、暴力にスイッチが入っていない時は、ごく普通に笑ったり、抱っこしたりする暖かい親子である事も多い。子どもはそのささやかな楽しい時間にすがって、暴力に耐えていく。子どもに愛情を注ぐ瞬間があるからといって、そんなにひどいことはしていないだろうなどとは、言えないのだ。
2004年02月18日
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岸和田の中学生の虐待があってから、ずっと書きたいと思っていたこと。 世の中にこういう親がいるということは、もう前提として対応を考えていかなくちゃならないと思う。「親なのに」とか「鬼のような親」などと言って、自分たちと一線を画して安心をしている場合ではない。でも、今回の事でおかちが一番ショックだったのは、児童相談所の職員が「中学生だから逃げる事ができると思った。」というコメントをしていたこと。一般の人ならともかく、児童相談所の職員がこんな発言をしていたら、救えるわけがない・・・と本当にショックだった。第1に塗り替えてほしいのは、「虐待をされている子は、親を恨み、憎んでいるはずだ」という神話だ。虐待をされている子もまず100%、自分の親のことを愛している。愛されたいと思っている。親にされる事は辛く、痛くても、親が何とか優しくなってくれる事・自分を愛してくれることを願っている。自分が悪いと思って、何とか親の気に入るようにふるまおうとしたり、それ以上怒りをかわないように感情を殺して耐えたり、辛さをあまり感じないように自分の意識を鈍感にしたり、虐待される自分を別の人格として自分から切り離したりもする。子どもは殺されそうになっていても、ありとあらゆる方法を使って、何とかこの親とうまくやっていこうとする。こんな親はいらないとか、別の人が親だったらいいのに…ではなく、自分のこの親が変わってほしいと願う。だから、そこに「中学生だったら本当に辛ければ逃げられるだろう」という理屈ははまらない。 逆に、子どもが親の元を逃げ出したり、誰かに親の虐待を訴えるような時は、もうぎりぎりの危機的な時なのだ。虐待で親と離され、施設で暮らす子どもたちも、どんなに施設で安心できる暮らしをして、職員に大切にされても、親の元に帰りたがる子は多い。成長して働くようになった子どもにお金をたかるような親であっても、ついついと言って何度でもだまされてお金をあげてしまう青年もたくさんいる。子どもは本当に親が好きなのだ。親と離れたくないと思っているんだ、ということを、まずよく知ってほしい。子どもが親を嫌う度合いで虐待の程度をはかる事はできないということだ。
2004年02月17日
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CAPのワークショップ、今日も重い話がいくつかありましたが、でも、実は数々のとってもおかしい、楽しい出来事もありました。今日は、楽しい編をいくつか。その1.2年生のクラス。おなかに手を当てて”特別な叫び声”を練習する時。 おなかに手を当てないで、手を上にあげたままの子がいたので、”おなか、おなか”と声をかけると、その子、とーっても迷惑そうな顔をして、洋服をズボンの中に押し込みましたとさ。 そりゃあ、今いいところなのに、そんなこと言われてさぞかし迷惑だったでしょう。その2.生きるためにどうしても必要な権利を説明している時、「寝る権利」と誰かが言ってくれる。「そう、寝ないと生きていけないよねー」と言うと、3年生のA君が「ぼく、寝れない時あるー」ひょっとして何か虐待?なんて思うまもなく、「それね、クリスマスの日!」「あっそうそう、私もー」・・・とひとしきり盛り上がる。その3.1年生のクラス。始めに自己紹介をしたら、2列目にいたKちゃんがパーッと顔を輝かせ、おかちのほうを見て「おんなじ、おんなじ」と言う。おかちと同じ苗字だそうな。自己紹介が終わってKちゃんのそばにすわると、本当に嬉しそうに、恋人を見るようにおかちを見てはにこにこしている。ワークショップが進んで、友達にいじめられて権利を取られる・・・という劇になり、おかちはいじめっ子の役をやった。席に戻ったら、Kちゃんはさっきの笑顔はみるかげもなく、本当に悲しそうに恨めしそうにおかちを見ている。次の劇はいいもんだからね、と心の中でわびながら、冷たい視線に耐えてすわっていた。その4.ワークショップの後、雑談をしていたら、3年生のS君が、おかちにいきなり、「赤ちゃんいる?」と聞く。「えっ?」「赤ちゃんいるの?」・・・も、もしかして、おかちの中年腹を見て、妊娠していると思ったんだろうか。けっこう傷つきつつ、開き直って、「いないよ。これは全部お肉!」と答える。S君はへーんな顔をして「おうちに赤ちゃんいるの?」・・・おお、子どもがいるかってことか。「いるよ、ふたり」「いくつ?」「中学生」「ふーん」 そこまで失礼ではない、3年生でした。
2004年02月13日
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CAPのワークショップ後、トークタイムにNちゃんが来た。大事な話があって来る子のほとんどがそうであるように、後で考えてみると本題をわずかにかすめるような話を最初はする。 前に、プールに行ったら知らないお兄さんにお尻をさわられた。こわくて弟をおいて、あがってきちゃってシートのところで泣いちゃった・・・と。「こわかったね。誰かに話した?」と言ったら「一緒に行ったのは、親戚のおじさんだったから言えなかった。おばあちゃんは、性格的にそういう話ができるっていう感じじゃないし。後で、離婚したお母さんに話した。」と、少しずつ自分の家庭の話をしてくれた。1年生の時にお父さんとお母さんが離婚して、自分と弟はおとうさんと、おじいちゃん・おばあちゃんと暮らしていた事。そのおとうさんが、去年自殺してしまった事。死んだのはS市のとても淋しい暗い公園だったこと。お父さんが死んだ日にたくさん不思議な事がおこったこと。お父さんの友だちが3人くらい、その日にお父さんと私と弟が本屋さんにいたのを見たと言ったり、その日におじいちゃんがお父さんの悪口を言うと、仏壇の花がゆらゆら揺れたり、携帯に入っていたニコニコマークが急に消えてしまったり…。「Nちゃんはそのことをどう思ってるの?」と聞いたら、「お父さんが助けを求めてるって思った。」 ここで、私の涙腺はもう限界だった。「そう。おとうさんはNちゃんたちのことがとっても大切だったから、その声がNちゃんに届いたのかもしれないね。 あのね、お父さんやお母さんが自殺しちゃうと、自分があの時こうしてあげなかったからだ、とかあんな事言っちゃったからだって、自分のことを責めてる子ってたくさんいるんだって。でもね、そんなことは絶対ないんだよ。」「私も、お父さんが死ぬ前すごく疲れてて、肩もんでくれ、肩もんでくれって言ってたのに、いやだからもんであげなかった。 2月のバレンタインデーにお父さんが会社からチョコもらってきて、冷蔵庫に入れてあったの、私が食べちゃったの。 あれ、食べなければよかった。」Nちゃんはトレーナーの袖をギューっとひっぱって、袖口で口元を押さえ、でも決して涙をこぼさない。私はもう、ズルズル泣きながら、「肩もんであげたら、チョコ食べないであげたらその時はおとうさんうれしかったかもしれない。でもね、お父さんが自殺したくなっちゃった事は、そのこととは全然関係ない、お父さんの問題なんだよ。Nちゃんは、何で死んじゃったのってお父さんのこと怒ってもいいし、いっぱいいっぱい泣いてもいいんだよ。」「うん。」そういいながら、ぎゅーっと口を袖で押さえ、涙をこらえるNちゃん。この子はまだちゃんと泣いてないんだな、と思った。自分の悲しみに目を向けている場合ではなくて、悲しんでいいよと言ってくれる人もいなくて、心にふたをして今日まで来たんだな。「お母さんには1ヶ月に1回会うの。でも、今月はまだ会ってないんだ。おじいちゃんが会っちゃいけないって言うから、本当は手紙ももらってるんだけど、おうちにあると怒られるの。J先生がお母さんのこと知ってるから、先生のところに手紙が来て、学校で読んで先生にまた預かってもらってるの。」「お母さんと会う時は、ご飯食べに行ったり、一緒に美容院に行ったりするの。2年生の時に、友だちと3人でお母さんのマンションまで歩いて行ったこともあるんだよ。おかあさんが『お母さんの事大好きならうちまで歩いてきてごらん』って言ったから、行ってみたの。途中で道がわからなくなっちゃったし、暗くなっちゃったんだけど、ちゃんと着いたんだよ。そうしたらお母さんが泣いちゃって、みんなを車で送ってくれた。」子どもは大好きなお母さんのために一生懸命だ。その気持ちを試すようなことをする残酷さに腹が立つと同時に、言っておきながら本当に来た娘の顔を見て泣いてしまう、お母さんの一人の人としての弱さと矛盾は痛いほどわかる。子どもは親が子どもを愛する気持ちの何倍も、親のことを愛している・・・と私は思う。親だって人間やっていれば、離婚もあれば子どもを傷つけることもあるだろう。でも、子どもが親への愛情を叫ぶことをとめてはいけないと思う。そのことをふさいではいけないんだと思う。そして、やっぱり、親は自殺しないでほしい。そのことで子どもは長い長い間自分の親への愛情を反芻し、足りないところを責め続ける。同時に、死の歯止めにならなかった自分の存在の小ささを責める。Nちゃんの話は、本当に切なかったけれど、私は心の底から今日Nちゃんがそのことを話してくれてよかった、話せてよかったと思った。今日、私と話した事は、Nちゃんの人生にとってきっととてもいいことだった、と謙遜せずに思うことができた
2004年02月12日
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昨日は娘の高校入試の発表日だった。公立高校前期選抜なるもので、娘の志望校は定員の15%が合格する。つまり、成績上位者、約30人強が合格というわけ。娘は、1年生の頃は本当に学年のドンぴしゃり、真ん中くらいの成績だったが、自分なりによくがんばって成績を上げ、受験に至った。だからというわけでもないが、上位30人で合格するのはちょっときびしく、でも後期選抜で受かれば充分よくがんばってきた、といえる・・・そうおかちは思ってきた。娘もそう言っていたから、そう思っていると思っていた。昨日は正午に発表ということで、授業は2時間でおしまい。それぞれが高校に発表を見に行く。おかちは1日CAPのワークショップだったので、娘は自転車と電車で友だちと見に行った。「携帯に電話してね」と言ったら、「絶対受かってないよ」というので、「じゃあ、受かってたら電話して。」とういうことになった。落ちれば話もできないまま家に帰って、一人でお昼を食べるんだなあ、とちょっとかわいそうになって、手紙を書くことにした。でも、朝は私の方が先に出かけてしまうので、朝は気がつかなくて、帰ってきたら必ず気がつく場所・・・と頭を悩ませた。でも、名案!息子と私のお弁当と一緒につくった娘様のおかずのお皿にラップをかけて、その裏に貼り付けておけば、食べる時必ず気がつく。 おかえり。 受かってても、落ちてても、よくがんばってきたね。 落ちてたら、あと3週間ちょっと長いけど、応援してるよ。と書いてはっておいた。結果は、不合格だった。 娘は、特別落ち込んだ風もなく、実家で心配しているので一応結果を知らせようと、「そんなに落ち込んではいないよって、メール送ってもいい?」と聞いたら、「うん」と言って笑っていた。 でも、いつもより早く寝てしまった。やっぱり精神的に疲れたろうと思っていた。今朝、連日のワークショップの休養とばかり、おかちは大寝坊。起きて、娘の部屋に行って見ると、ストーブがついて、電気がついているのに娘がいない。下にいるのかな、と思っていたら「へへっ」と娘の笑い声。見ると、勉強机の下に体を折り曲げて寝転がっている。「なんか、寒かったからここで寝ちゃった。」と言う娘の目は、はれぼったい。「落ちて、がっかりしちゃった?」と言うと、「うーーん、まあ」 受かればもうけもんだと勝手に決めて、勝手に落ち込んでいないと思っていた自分が、申し訳なくて、娘を抱きしめたやりたかった。でも、何せ狭い机の下にいるので、もぐりこめない。かといって何て言ったらいいのかもわからず、「なんか、自分よりできる人だけに受かっててほしいね。」なんて、エゴ丸出しなことを言ってしまった。それ以上、ことばをかけられなかったので、下に降りて、しばらくしてあったかいココアとお菓子を少し持っていった。(自慢じゃないが、普段はこういうことをした事がない)娘はもう、いすにすわって普通に勉強をしていた。あんたの人生をしっかりしょっていけ。少々鈍感な親だけど、ずーーっとエールを送ってる。だって、あんたのこと大好きだもん。打ってて、泣いてるおかちです。
2004年02月11日
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今日は1日、CAPのワークショップでした。ワークの後、私のところに来た女の子と話していて、おかちはCAPで初めて、泣いてしまいました。子どもが話しにきた時、どんな話でもびっくりしたり、あわてたり、感情的に取り乱したりすると、子どもはそのことにびっくりしてそれ以上話せなくなってしまう・・・と教わったし、実感していたけれど、今日はその子のけなげさにどうしても耐え切れず、涙がこぼれてしまいました。今日はちょっと書けないので、そのうち書きます。 遅い帰宅で、あわてて作った夕飯を食べながら、子どもに今日の話をしていたら、切なくて切なくてたまらなくなり、泣いてしまってご飯が食べられませんでした。子どもがどんなひどい目にあったか、を聞く事には耐えられても、子どもがその自分にはどうにもならない状況をけなげに耐えて、自分ががんばらなくちゃ、とか自分もいけなかった、と思っていることに触れると、こんな思いを子どもにさせてはいけない、と強く思います。とてもとても、悲しい日でした。
2004年02月09日
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2004年、最初の「親業VOICE」です。第1号を出したのが1999年8月ですから、今年の夏でまる5年になるんですね。 一番はじめの講座は、知る人ぞ知る“親業ルーム”で、4人の受講生でした。 講座が開講できる事がうれしくてうれしくて、つい話が発展してだらだらと追加講座をやっているうちに、(その頃からそうだったのか、とあきれないでください) あとからおひとりで始まった講座が、先に終わってしまいましたっけ。 ほとんどの人は、受講後もこの親業サポートのメンバーになってくれたり、時々手紙をくれたりして、何らかのやりとりが続いています。 5年という年月は人生80年の中では16分の1ですが、子どもの時代が20歳までとするならば、4分の1です。 その間には、親にも子にも、いろいろな変化がありドラマがあった人もたくさんいます。 受講した時には考えられなかったような、穏やかな親子関係の中にいる人を知っています。 一方で、今、毎日苦しい親子関係の中にいるあなたのことも知っています。 でも、あなたが親業を受講しようとした時、どんなに一生懸命だったかを、私は知っています。 それは今そのエネルギーがあろうとなかろうと、私の中で決して変わる事のない事実です。 私はその姿に支えられて親業を続けてきたのですから…。 我が子だからといって、毎日毎日、何年も何年も愛し続けることは、簡単な事ではありません。苦もなくできる人もいるのかもしれないけれど、苦もなくできる時もあるのかもしれないけれど、少なくとも私は、 「親にならなかったらどんなに身軽な人生だっただろう」 と何度も空想し、 「今日1日でいいからこの子と顔を合わせたくない」と子どもひとりにつき、何十回と思い、今でも時々 「1年間の単身海外留学なんていいなあ。」 とあこがれます。 これから先、死ぬまでの間に何度そう思うのかわかりません。 あの頃は幸せだったと思う日も来るかもしれません。 でも私は親であることから逃げる事もできず、やめることもできません。 あなたもそうです。 そういうところに立たされているというそのことが、私たち親の弱みであり、尊さなんだと思います。 私は親をしている人たちが好きです。小さな娘が思ったこと 茨木のり子小さな娘が思ったこと人の奥さんの肩はなぜあんなに匂うのだろう木犀みたいにくちなしみたいに人の奥さんの肩にかかるあの淡い靄のようなものはなんだろう?小さな娘は自分もそれを欲しいと思ったどんなきれいな娘にもないとても素敵な或るなにか……小さな娘がおとなになって妻になって母になってある日不意に気づいてしまうひとの奥さんの肩にふりつもるあのやさしいものは日々ひとを愛してゆくための ただの疲労であったと
2004年02月06日
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今日は、子どもの中学で産婦人科医のK先生の性教育講演会がありました。 おかちはCAPの活動から波及して、ここ3年ほど性教育にも大きな関心を持ってきました。カナダの第一人者、メグ・ヒックリングさんや、その一番弟子のアリス・ベルさんが来日した時に、仲間と一緒に講演会や子ども向けのワークショップを企画して、来て頂いたりもしました。 K先生はその講演会に参加してくださり、そのご縁もあって今回子どもの中学の講演も実現しました。地元の学校で積極的に子どもたちに講演をしていらっしゃるので、おかちも聞いたのはこれで3度目でした。それぞれの学校で、子どもの反応、そして先生の反応が違うのが、別の意味でなかなかおもしろくもあります。K先生がいつも使っている資料があるのですが、それには男性器を前と横から見た図と、女性が大股開きした形での女性器の図が載っています。 まず、その資料の扱いだけで、うろたえる学校があり、何だかおかしいような、情けないような気がします。ある学校では、男性器はいいが女性器はカットしてほしいと先生から申し入れられたとか・・・。「女のあそこ」と言っただけで、「ワー、エロい、エロい!!」と大騒ぎする小学生と全然変わらないじゃん、先生!・・・とがっかりしてしまいます。今日の講演の中で、K先生も言っていましたが「女性器って自分の体なのに自分でちゃんと見た事ない人、多い」ですよね。そういうおかちだって、おしっこの穴がどこにあるか知ったのは、大学生になってからでしたもん。性教育は、本当に奥の深い、生教育です。それを、性器教育や、妊娠出産教育や、セックス教育にしないで、本当にトータルにそして暖かくできる人は、どの人もとっても魅力的です。でも、私の一押しはメグ・ヒックリングさんです。本当に素敵な方でした。もう、日本に来ての講演は引退するというのが、とても残念です。関心のある人はぜひ、 「メグさんの性教育読本」 木犀社 1800円を読んでみてください。 ユーモアたっぷりで、暖かく、とても科学的な本です。 一番おかしかったのは、男性の巨根願望に触れて、”巨大なペニスだったら勃起した時、血液が集まって貧血で倒れます。何にもいいことないよ。精子を届けるというペニスの役割は、5センチもあればことたります。”という説明をしてあるところです。読みやすいので、中学3年生ぐらいからなら、子どもに直接読んでもらってもいいかもしれません。大笑いもできる本ですよ。
2004年02月04日
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今日は、CAPのワークショップで別のグループのお手伝いに行った。無事に終わったんだけど、何となくモヤモヤした気持ちで帰ってきた。まだ、あまり回数をこなしてない人たちが何人か、部分的にデビューの状態で、参加者の前に立ってファシリテートをした。 回数をこなしていないのだから、うまくできないところがあるのはしかたない。 おかちだって、始めの頃は同じだったに違いない。 でも、やっぱり、これはまだ人の前に立てないのではないか・・・と正直思う場面がいくつかあった。部分的には「ここはこうした方がいいと思う。」と伝えた。でも、おかちがすっきりしなかったのは、全体として「初めてにしてはよかったよ。」「初めてなんだからしょうがないよね。」というムードにあることが、納得できなかったんだと思う。 そして、「私もそうだから…。」「私も人のことは言えないけど…。」ということが、お互いを甘やかしあう台詞になっている感じが、いやだったんだと思う。参加する人、参加している子どもにとっては、これがCAPで、もしかしたら一生でこれが最初で最後のCAPかもしれない。 その意識を持ってほしい、と思いつつ、でもやっぱりおかちだって初めはそんな事できていなかった。 自分ではそのつもりでいても、これでよしとする基準が違っていたと思う。じゃあ、人を育てるってどうすればいいんだろう。なんか、もやもやしたまま。やっぱり、子どもにとって何が大切かを、語り合える、そこのところで納得できる、そういうムードがほしかったんだと思う。それをつくっていくほど、自分が関われる状況ではなかったから、余計フラストレーションがたまったんだとおもう。でも、何となく物言うのにためらうのは、今、おかちの身近におかちのよくないところを言ってくれるような経験豊富な人がいないからだと思う。何だか自分が一番経験をつんで、何か言うたびにおごってるんじゃないだろうかっていう、不安が沸くからだと思う。 そういう立場にあるんだったら、潔くそれを背負うのもかっこいいかなとも思うけれど・・・。 なかなか潔くそう思えないおかちがいるのでした。
2004年02月02日
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久々に「親業」の続きにとりかかってみます。「能動的な聞き方」がむずかしかったり、やる気になれなかったりする理由について。特に子どもの場合、二つの理由がよく聞かれます。ひとつは、子どもがどろどろした気持ちを言ってきた時に、もう一度繰り返して、「あなたは~って思ってるんだんねえ。」なんて言ってしまったら、さらにどろどろにしたり、どろどろでいいんだと認めた事になってしまうと言う、心配です。たとえば、「今日、幼稚園行きたくなーい!」と言われた時、「そっか、今日は行きたくない気持ちなんだ。」なんて言っちゃったら、それって「行かなくていいよ」って言うのと同じで、きっと子どもは「うん、だから休む。」と言うに決まってる、だから言えない…という心配です。これは、「能動的な聞き方」と「同意」を混同しているんですね。「能動的な聞き方」は、「あなたはこういう気持ちなんだね」と言っているのであって、「私もそう思うよ。」とか「そう思うのが当然だよ。」ということとは違うんです。自分と全然考えの違う人にも能動的に聞くことはできるんですね。そして、「こう思う」ということと、「こうする」ということは別のことです。「幼稚園に行きたくない。」という気持ちを受け止めたら、幼稚園に行かないかといったら、そうでもないんですね。(もちろん行かない時もありますけど)さんざんぐちって、ぶーたれて、聞いてもらったら「しょうがない、行くか。」とか、「まあ、面白い事もあるんだけどね…。」という風になる事は、珍しくありません。これって、おとなでもそうじゃないですか?夫に腹が立って、友だちに悪口言いまくったりした時、「そーなんだ。そーなんだ。」って聞いてもらうと、「そりゃあまあ、自分だって人のことは言えないけどさ…。」くらいの気持ちになるのが、「お宅のご主人、よくまめにやるじゃない。」とか「うちよりましよー。」なんてやたらとりなされたりすると、夫がどんなにひどいやつかわからせるために、これでもかとそこまで言うつもりのなかった事まで言ってしまったりしませんか? 相手の気持ちを認める事を、こわがることはないということです。「能動的な聞き方」ができない理由で、もうひとつよく聞かれるのが、子どもがマイナスの気持ちを抱えている事に親が耐えられなくて、あわててふたをしてしまうことです。子どもにはいつも機嫌よく、楽しく、満足していてほしい。悲しかったり、悔しかったり、恥ずかしかったり、怖かったり、腹が立ったり…そういう気持ちは一刻も早くおさめて、切り替えさせたい。そういう親心です。その気持ちはわからなくもないけれど、人はいつも機嫌よく生きていく事はできません。いろんなどろどろに振り回され、吐き出して、そしてそこから学んで、対処の仕方を身につけていきます。かわいそうだからといって、子どもから楽しくない感情や体験を取り上げることは、子どもがそこから学ぶチャンスも奪う事になってしまうんですよね。でも、一方でその逆に、「痛い思いをしないと学ばない。」とわざわざ子どもが失敗するように仕向けたりする人もいます。それは意地悪ですよね。 ごく自然に起こってくる出来事、物事の結果を捻じ曲げずに自然に体験していけばいい。その時の苦しさを、聞いてあげればいいんです。うまくいくことも、いかないことも、その子の大事な体験なのだから、失敗した時にぜひ「ほらごらん。」「だから言ったでしょ!」と駄目押ししないでほしいのです。痛い思いを自分でしょっているのだから、それで充分なんです。
2004年01月29日
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昨日は1日CAPづけで、帰りは本当にヘロヘロで、頭ががんがんして、もう無理のきかない年だなあ、と実感。1,2時間目が1年生、3,4時間目が2年生、給食食べて、昼休みの子どもたちの相談を受け、5,6時間目は6年生、先生と反省会をして、夕飯を食べながらスタッフと反省会、夜、先生・保護者・地域の人たち約60名でのおとなワークショップをして、12時ちょっと前に家に着きました。1,2年生に1時間集中させるのは、ものすごくエネルギーを使います。学校の先生は大変だ。でも、子どもってすごいなあ、と毎回思う出来事があります。今回、6年生のワークのこと。「暴力」って具体的にどんなものがあるか、を子どもたちにあげてもらう場面で、「自分への暴力ってどんなものがあると思う?」と聞いたら、ひとりの男の子が「うそ」と言ったのです。これまでワークをやってきて、「暴力」の例として「うそ」が出てきた事はなかったし、増して自分への暴力に出てくるなんて、恥ずかしながら考えてもみませんでした。私は一瞬胸を打たれて、じっとその子を見つめてしまいました。子どもってすごいな。2年生のワークショップの後、「何かCAPの人に話したい事がある子は来てね」という個別の時間、「トークタイム」にA君が来ました。同じ地区の上級生が自分たちを従えて、けんかをさせたり、いじめさせたり、殴ったりする。それがいやなんだ、というのがA君の訴えでした。どんなことができるか、一緒に考えました。 遊ばないようにしても呼びに来る。居留守を使っても、見つかっちゃう。 お母さんは相手の子や相手の親に言ってくれたけど、変わらない。おとうさんは、一緒に言いに行っても後ろに立ってるだけ。(なんて鋭い・・・。)先生に言ったら仕返しされそうで言えない。一緒にあれこれ考えて、A君が心を動かされたのは、”やられているお友だちがみんなでこのことを一緒に考える。おとうさんやおかあさんもひとりずつじゃなくて、集まって言ったら変わるかもしれない。”ということ。”担任の先生じゃなくていいから、話せそうな先生をさがす”ということ。”仕返しがとっても怖いということと、されることがいやなんだということを、二つ一緒に先生に話す”ということ。”今日、先生に言うつもりがあって、手伝ってほしいならCAPの人がついて行ってもいい”ということ・・・でした。それだけのことを話して、A君は、「ぼく、給食の時考えて、お昼休みにまた来ていい?」と言いました。約束どおり、昼休みに来たA君は、「ぼく、先生に言ってみようと思う。」と言うのです。「そう、言えそうな先生が見つかった?」「ううん、まだ決めてない。」「一緒についていかなくてもいいのかな。」「うん。今日は言わないけど、いつか言いたい。」今しないけど、する、と言える事。自分が言える人に、言える時に言うんだと、言い切れること。 本当に、子どもってすごいな。ワークショップの間中、隣の子とつつきあったり、チャカしたりしていたB君とC君。 終わって「どうだった?」と聞いても、「あんまり覚えてない」「よくわかんなかった」とバリアをはっていた。 トークタイムの時間には喜んでサッサと帰るかと思ったら、二人そろって何となくまとわりついている。雑談しているうちに、B君が帰ったら、C君が急にそばにすわって「B君帰った?」と何度も聞きます。「うん、何か話したいことがあった?」「うーーん」「B君とうまくいかないことがあるのかな?」「うーーーん」と言って、しばらく私の顔を見ていたC君。 「話したらどうするの?」と聞く。 「C君にどんなことができるか一緒に考えられると思うよ。 C君が誰にも話してほしくない事は、C君に黙って話したりはしないよ。」と言ったら、うれしそうな顔になって、「ふーーん」と言って、窓ぎわで遊んでいた子の仲間に入った。 話に来るのかな、と思ったら、そのまま楽しそうに遊んで一緒に帰ってしまった。 どんな風に聞いてくれるのか、話せるところがあると思ったら、それで安心したのだろうか。子どもってすごい。
2004年01月27日
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ふあーーーあ。なんかこの山積みの仕事をどうしよう・・・!もう、パソコンやりすぎて、目なんかしょぼしょぼ。お化粧しても、目のふちだけ赤くてこわい!今夜二つ仕事を仕上げて、明日は息子の駅伝を応援して、あさっては昼から隣県へCAPのワークショップに行く・・・という予定だったんだけど、今夜急にTellあり。あさって、私は夜のおとなワークショップの担当だったんだけど、朝から子どもワークショップに行くスタッフが、インフルエンザで撃沈しているとのこと。 急遽朝から行くことになりました。 小学校の子どもワークショップは、1時間目から入るとだいたい8:30~。 30分以上前にはついて準備をするので、遠いと大変です。 おまけに近ければ何日かに分けて行けるのですが、1日で6学年の子どもワークショップと(各学年1クラスなのですが)夜のおとなワークショップで、私は朝から合計4つのワークショップをやるわけで、もうヘロヘロだと思います。 先生たちは本当にタフだ。 特に低学年のワークショップは60分集中させるのにはものすごいエネルギーがいります。ああー、行くのはいいからどっか温泉に泊まってきたいなー。しばらく、親業の続きは棚上げになるかもしれません。また取り掛かるので、見てくださいね。
2004年01月24日
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エルクさんが(1月18日の日記)に書いていた、末期がんの自分を伝え続けて亡くなった校長先生のことが、今日の朝日新聞に出ていました。 私はそれまで知らなかったので、「ああ、このひとがエルクさんたちがいっていた人だ」と興味深く読みました。でも、その中に教頭先生のこんなコメントがありました。「普段は病人であることを忘れて教師でいたが、『痛いな、危ないかな』と死の恐怖をのぞかせることもあった。弱気になるといけないので、聞いていないふりをした」自殺した校長先生、あんなにいい先生だったと言われているのに、苦しみを分かち合ったり、吐き出すことができなかったのかな、と思ったけれど、もしかしたらあの校長先生の周りの人も、この教頭先生みたいなやり方で、支えようとしたのかもしれない。能動的に聞いてあげたらいいのに。 「こわいんですね。不安になっちゃうんですね。」って受け止めてあげたらいいのに。 「怖いよう、不安だよう。つらいよう、切ないよう。」と言ってもしょうがないことを言わせてあげたらよかったのに・・・と思う。死の宣告を受けた人がホスピスにはいって、何がいいって、この心置きなく怖がれる、不安がれる、死をことばにできることだと聞いた事がある。 家族は、それを言ったら自分と同じようにひどく悲しむのがわかっているから、家族にはいえない。気丈に振るまって、なぐさめなくてはならない。それは、苦しい作業だ・・・と。もし自分が死を宣告されたら、私も聴いてくれる人がほしい。 家族は家族で時間を共有したいけれど、泣かずに私が死ぬことを聞いてくれる人がほしいだろうな、と思う。自殺した校長先生は、生徒が亡くなったことが、本当に悲しかったんだろうな。 一人の人として、たまらなかったのだろうな。それを、充分悲しむ事ができないまま、絶望の世界に行っちゃったのかな。聞いてもらうだけでいいこと、吐き出すだけで楽になる事あるって、思えなかったのかな。
2004年01月21日
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伊東市の成人式で暴れた新成人が、市長に謝罪に行ったというニュースを何日かやっていましたが、市長が親の同伴を求めたということで、昨日かおとといのニュースで、順番に立って頭を下げている親の映像がありました。 今朝の新聞には、新成人はその隣で神妙に下を向いていた・・・と書かれていましたが、私はとってもいやーな気持ちになってしまいました。謝罪は受け入れても、告訴という形で責任をとってもらいたいという市長の言い分は、それはそれでわかるのだけれど、この市長さんの言っている責任をとるという事は、親が頭を下げる横で下を向いて座っているという場面を作る事なんだろうか、と何だか納得できません。中学生や高校生でも子どもが何か悪さをすると、親を呼んで親と一緒に説教を聞き、あやまらせる、という方法はよくとられるようだけど、こういうのってやっぱり、説教する側が子どもに伝える、子どもに向き合うのをあきらめ、逃げているようにしか感じられないのです。 私は自分の事で親が頭を下げているのを座ってみている場面をつくるだけで、その子どもの成人程度はぐぐーっと落ちていく気がするのですが。
2004年01月20日
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今日は、話の聞き方としての「能動的な聞き方」について書きます。「能動的な聞き方」はカウンセリング用語では「積極的傾聴」。親業のオリジナルというわけではありません。でも、「親業」の講座では親子の自然な対話としての聞き方をかなり時間をかけて練習するので、他のカウンセリング研修とかに行くと、ちょっとわざとらしいというか、治療者っぽくてやだなあと思う事があるけど、「親業」を受けた人はけっこう自然にこれができる気がします。「能動的な聞き方」というのは、相手が何か悩み事を言ってきたり、イライラをぶつけてきたり、ぐちってきたりした時に、相手が自分の気持ちを吐き出して、自分の問題を整理して、自分なりの解決を見つけていくのを、サポートする聞き方です。「能動的な聞き方」を伝えるのに、私が50人くらいまでの講演会では必ずやるロールプレイを紹介します。まず、あなたの子どもは運動が苦手だとします。もうすぐ運動会という時にこんな事を言いました。 「どうせビリなんだから、運動会なんて出たくない。」その時、あなたならその子になんて言いますか? 話し言葉で台詞を書いてみてください。書けましたか?じゃあ、今度は状況を変えます。もうすぐ皆さんの住んでいる地区の運動会です。 あなたは今年、体育委員になっていて、どうしても徒競争に出なくてはなりません。あなたはとっても運動が苦手です。出ればおそらくぶざまにビリです。残念ながら運動が得意な人は、何か自分が苦手な事、ピアノを弾くとか、絵を描くとか、を人前でする気持ちをイメージしてください。運動会を数日後に控えて、あなたはお友だちにぐちります。「どうせビリなんだから、運動会なんて出たくないよ。」声に出してその台詞を言ってみてください。 そうしたら、隣の人にあなたがさっき書いた、子どもに言った台詞を読んでもらってください。言われてどんな気持ちがするか。いやだなあ、出たくないなあ、という気持ちはどうなったか味わってみてくださいね。これはとっても盛り上がり、いつぞやはマイクなしの講演で二人が言い合って盛り上がっているのをとめられなくて、「ガランガラン」と鐘を鳴らしたこともありましたっけ。さて、皆さんはどうでしたか?親は、何とか子どもの気持ちを前向きにしてやろうと思って、いろいろなことばかけをするけれど、自分が言われてみるとちっとも前向きになれないことばもあったんではないですか?親業ではこういう時に「コミュニケーションをはばむ聞き方」として、「命令」「脅迫」「説教」「講義」「分析」「提案」「非難」「侮辱」「同意」「激励」「尋問」「ごまかし」の12をあげています。具体的にどんなことばか、私が言ってみるので、順番に「ビリだから出たくない」と言ってください。ということで、参加者に順番に言ってもらって、私が片っ端からコミュニケーションをはばむ聞き方をします。 (命令):どうせ出なくちゃならないんだからぐずぐず言わないで出なさい。 (脅迫):そんな投げやりな気持ちじゃあ、抜けるものも抜けないよね。 (説教・講義・分析)…要するに理詰め系: ビリだろうと何だろうと最後までがんばる事が大事でしょ。 (提案):今から少し走って、練習すればいいじゃない。 (非難・侮辱):まったく情けない。すぐ逃げるんだから…。 (同意):ほんとだよねえ。ビリだってわかってるんだったら、出てもしょうがないよね。 (激励):大丈夫。参加することに意義があるんだから。 (尋問):誰と誰が一緒に走るの? 何コース? 練習ではみんなあんたよりどのくらい早かったの? (ごまかし):まあ、あんまり考えないでもう寝れば? 明日になればまた気分も変わるよ。とこんな感じです。 もうみんなげらげら笑って、「言ってる、言ってる。ぜーんぶ言ってるよ。」なんて盛り上がりますね。でも、これがダメなら何言えばいいの? という感じですが、「能動的な聞き方」というのはとっても簡単に言うと、 「あなたはこういう気持ちなんだね。」 「あなたの言いたいことはこういうことだね。」と、話を聞いた人がもう一度口に出すという事です。例えば、 「びりになるところ、見られるのいやなんだね。」とか 「早く走れないから、やる気でないんだあ。」と返す事です。自分が何か、もやもやを抱えている時は、どんなに正しい事でも、励ましのことばでも、なかなか聞けないものなんですね。 まず聞いてもらいたい。 自分の気持ちを吐き出したい。 それをサポートするのが「能動的な聞き方」です。これも私がよく例に出すのですが、1999年に東京の文京区の幼稚園児、若山春奈ちゃんが同じ幼稚園に通う子のお母さん、山田みつ子さんに殺されるという事件がありましたよね。新聞報道の中で、犯行に至るまでの不安を、みつ子さんが僧侶である夫に話した時のやりとりが、いくつかとても印象に残りました。その中のひとつ。 「私が殺人者になったらどうする?」とみつ子さんが言ったのに対して、夫が「一家離散になるよ。」と答えています。この夫の答えは、まさしく答えです。正しいです。実際みつ子さんが殺人者になって、山田家は一家離散になってしまったようです。また同時に脅迫でもあったかもしれません。 そんな事をしたら大変な事になるよ。バカな事を考えるんじゃないよ…と。これを能動的に聞くということは、 「そんなに苦しいのか。」 「殺すかもしれないって思うのか。 こわいのか。」そう言ってくれたらどうだったでしょうか。 何も変わらなかったかもしれません。 でも、もしかしたらワーッと泣き出して、どんなに自分がつらいか、充分に吐き出すことができたかもしれません。「能動的な聞き方」はただ繰り返しているだけみたいに感じる時もありますが、本当に苦しい時、それをうまくことばにできないでいる時に、こうやって聞いてもらって、劇的に状況が変わる事は、私もたくさん経験しましたし、受講生からもよく耳にします。私の息子が1年生の時、夜になって日もとっぷり暮れてから、予定帳を見て「あっ」と息をのみました。(やばい!何か忘れていたんだな。)瞬間的に私はイヤーな気持ちになりました。 息子は小さい時から、自分の計画とかイメージというのにとても生真面目で、そして感情の表現が派手だったので、何かが思いがけず予定通りに行かなかったりすると、もう乱れに乱れて泣き喚くのが常でした。 その時も早くも泣き始め、「どーしよう」「もう行けないー!」と怒り泣きで私のほうにあたってきそうでした。そうなると私は逆効果だとわかっていながら、「あんたのことでしょ。」「お母さんにそんな言い方するなら、手伝わない!」などと捨て台詞を言ってしまう。 その時もだんだん自分の気持ちが波立ってくるのがわかったので、半ば無理やり、子どもの口を封じるようにして、能動的に聞きました。 「びっくりしたんだねえ。 後で取りに行こうと思ってたのに、暗くなってから気がついてあせっちゃったんだね。」 息子は、泣きながら「うん、そーだよー。」でも、「どーするのー?」 「もう行けないじゃーーーーん!」とまた私のほうへ八つ当たりしようとします。ただ、私はしょっぱなに能動的に聞いた事で「この子が困っているんだ」ということが自分の中で明確になり、いつものようにヒートアップしませんでした。 「お母さんにしてほしいことがあれば手伝うよ。何したらいい?」 「と、と、(ヒック)取りに行くからあ、(ヒック、ヒック)いっ、いいーーー、一緒にき(ヒック)てへ(ヒック)」 「うん、いいよ」というわけで、相変わらずワンワン泣いている息子と、懐中電灯を持った私は、家の近くの林に行きました。 息子は泣きながらじーっと木の上を見上げるのですが、なかなか木の実らしきものは見えません。 「なっ、なっかったらはあ、(ヒック)どおーーし、よおーー!」 「あっ、あったよ。」息子は夢中になって林の斜面を登ります。 木の枝をたわめて取ろうとするのですが、届きません。 「おっか、おっかあ、(ううーん、ううーん)届く?」今度は私が斜面を登ります。 サンダル履きで来てしまったので、ずりずりすべっていたら、後ろで私のたっぷりのお尻を、息子が小さな手と頭で必死に押さえています。 私は何だか、おかしくて、そして泣けてしまいました。やっと、その小さな赤い実が5~6個取れ、息子がもうこれでいい、と言うので、 「よかったね。」と言ったら、 「おっ、おっか、おっかあ、あ(ヒック)ありが(ヒック)と」私はもうジーーーんと来ていました。それまでどちらかというと、自分の事は自分でやりなさい。忘れて困るのもいい経験、みたいに思っていて、こんな風に本当に寄り添ってあげた事なかったなあ。 こうやってあげたら、この子がこんな風にありがとうを言うことできるんだなあ、って新しい信頼になりました。うーん、ちょっとずれたかな。「能動的な聞き方」、次回はそれが難しい理由について書いてみます。また質問など、ぜひどうぞ。
2004年01月18日
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昨日のわたしメッセージにみなさんいろいろな感想、ありがとうございました。しゅうさんから質問があったので、今日はそのことに答えて、わたしメッセージを補足します。今日初めて見た人は、昨日の日記か、ページの”「親業」ってどんなこと?”のわたしメッセージその1を先に見てください。まず、「わたしメッセージは怒って言ってもいいの?」という質問。もちろんいいんです! 掲示板のごりママさんのように「もーのすごくイライラしてるー!」と怒鳴っちゃってもわたしメッセージです。悲しい時は泣きながら、悔しい時はギリギリして言っていいんです。 ただ、親業ではわたしメッセージの感情に「怒り」というのをなるべく使わないように考えよう、と言っています。「腹が立つ」 「イライラする」というのは感情でないとは言えないのですが、実はその奥に「悲しみ・悔しさ・恥ずかしさ・不安・傷つき・怖れ…」というようないろいろな感情があって、「怒り」というのはそういう気持ちにさせた相手に向けた攻撃の感情であることが多い…と。だから、たとえば姑さんにいけずをされてすごく腹が立った時、実はその奥でとっても悲しかったり傷ついていたりする。 そしたら「怒り」ではなくて、「悲しい」「つらい」という感情の方を表現しよう、ということです。でも、怒っている時に確かにその奥の感情があると思っていても、なんかそっちは弱い感じがして、そっちを表現したんじゃ負けたような折れるような気がして意地でも言えない、みたいな気持ちもありますよね。 私もあります。それでも、これは”負けるが勝ち”じゃないけど、怒りの応酬をするより、こちらの気持ちはずっと伝わるはずです。とはいっても、私もなかなかムカッときちゃうとできない。でも、その時できなくても、あとで「私は何であんなに怒ってたんだろう。」と考えてみると、本当はとってもその人のことが好きだったりとか、楽しくやりたいという気持ちが強かったり・・・っていうのを発見したりします。 これなら少しはできそうでしょ。そしてもう一つ。 次の日でも何日かたってからでもいいから、気持ちが落ち着いている時に素直な気持ちを言ってみる。「この前、すごく怒っちゃったけど、本当は楽しくやりたかったのにできなくなっちゃって、悲しかったんだよね。」…とか。 大人同士とか夫婦だとけっこう照れくさいけど、子どもは言いやすいし、(おかちだけかも)子どもってそういうことをすぐ許してくれます。もうひとつ、感情に理由や説明をつけるか、という質問。わたしメッセージというのは文字通り、「私」を主語にしたメッセージなので、 「私、かなしーい!」でも 「私、もううんざり」 でもわたしメッセージには違いありません。でも、親業の「わたしメッセージ」のところで特にとりあげているのは「3部構成のわたしメッセージ」というものです。3部とはなにかというと、 「行動」 「影響」 「感情」 の三つです。うえっ、何だかもうやな感じ、と思う人もいるでしょう。でも一応説明しますね。 「ここにかばんを置くと(行動)」 「足を引っ掛けそうで(影響)」 「心配だよ。(感情)」これが全部入ったのが3部構成のわたしメッセージです。それに対してさっきの「わたし、かなしーい!」は2部構成のわたしメッセージです。しゅうさんが理由や説明を加える、という風に理解していたのは、たぶんこの「影響」のことだと思います。わたしメッセージで具体的に相手が行動を変えることを期待するには、3部構成が必要なんですね。 何でかって言うと、2部構成は私の価値観を伝えているだけなのです。 「おかあさんは、そういう服装嫌いなの!」 「そんな風に言うなんて、恥ずかしい。」こういうのは、こちらがそういう価値観を持っていることは伝えられるけれども、相手が違うからといってそれを変えさせる力はないんですね。3部構成は相手がしていることがこちらに具体的な影響、もっと言えば迷惑を及ぼしていることを伝えていますから、「どうにかしてほしい」と迫れるわけです。だけど、実際にはこの3部構成を自然にやるのは、とっても難しいなあと私は感じています。 すごく長くなっちゃったり、理屈っぽくなっちゃったり。 でも映画なんか見ると、やっぱりアメリカやヨーロッパの人は子どもにもよく説明してるな、っていう感じですよね。とまあ基本はこういうことですが、私は不自然なことは続かないと思っているので、まずとにかく私を主語にしてしゃべる習慣をつけられたら、いいんじゃないかな。 それだけで、ずいぶん自分の発想や相手との関係は変わってくるんじゃないかな、と思っています。でも、3部構成の中の「影響」を考えてみることは大切です。 講座でそれぞれ自分の身近な人に言いたい、3部構成のわたしメッセージをつくってみようとすると、全然言えることがなくって困っちゃう、っていう人がけっこういるんです。「影響」がないことばっかり、言ってるんですね。「もっと勉強しなさい。」とか「お友達をいじめちゃダメでしょ。」 とか「どうして忘れ物ばっかりするの。」 とか・・・。一生懸命影響を考えるんだけど、残念ながら私への影響ってどれもないんですよね。 影響がないことは「価値観の対立」で、即効で解決はできません。 自分の姿を見せたり、なんでもないときに自分の価値観を充分伝えたりすることで、じわじわと影響を与えていくんですね。だから、今解決するのを迫れるかどうか、詰め寄っても相手が受けとめるかどうかを見きわめるのが、「影響」があるかどうかです。親ってどうしても子どもの問題をしょいすぎてしまって、「あんたが困るでしょ」と怒ったりしちゃうんですよね。3部構成の「影響」は私への影響です。 「あんたが困る」という相手への影響ではないので、おまちがいなく。こんなところでどうでしょうか。 しゅうさんの返事になったかな。
2004年01月15日
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